道具づくし  別役実著  ハヤカワNF文庫刊 620円+税
ISBN4-15-050247-1

 海外で有名な「鼻行類」のような、また清水義範がよくやるような似非辞典・似非博物学の本である。別役実のこの手のウソツキ本は、「虫づくし」「もののけづくし」が先行して出ている。もうずいぶん前に「癒し系」出版社の大和書房から出ていたものが、ここ1〜2年でパタパタとハヤカワ文庫から出た。ハヤカワ文庫といえば翻訳ミステリや翻訳SF、ファンタジーを専門としていただけにこの品揃えはやや異質な感じを受ける。もっともここ数年、ハヤカワJA文庫から清水義範や坂田靖子といった不思議なラインアップが出るようになったから、早川書房の経営(編集)方針が変わったのかもしれない。しかし、ハヤカワ文庫を置いてあるような大型書店に行きさえすれば、この怪作を気軽に手に取ることが出来るようになった、という点でまことにめでたいと喜んでいる。
 先行する二冊をさしおいてこれだけ紹介するのは、怪しいぶっ飛び具合が他の本よりも頭ひとつ分抜きんでているからに他ならない。たとえば「とぜんそう」という項がある。「雅名を『つれづれぐさ』という」と種明かしを最初にしてしまったあとで「この草を刈り取ったあと乾燥させると強い芳香を発し、これには幻覚作用がある」と平気で続ける。この幻覚作用のことを「つれづれ」と言って…と(屁)理屈を並べていくと、あら不思議、かの古典の書き出しは「とぜんそう」によって幻覚作用が効いてくる様子を事細かに綴った体験記に変貌を遂げる。
 そうかと思うとたとえば「うしろがみ」という項がある。「まえがみ」と対をなす衛生具で、「まえがみ」は前を拭くため、「うしろがみ」は後ろを拭くためにあるのだという解説がなされる。「かみ」にあてる字が違うじゃないかと思いながら読みすすめるうちに「後ろ髪を引かれる思い」という言葉も、更に島崎藤村の有名な「初恋」の詩句もどんどん歪んであやしくなっていく。「まえがみ」と「うしろがみ」があれば当然「よこがみ」もあるのであって、その手で解説される「横紙破り」に至って読者は遂にそのあやしさに身を任せざるを得なくなってくる。
 別役実といえば、かの有名な「マッチ売りの少女」である。「ジョバンニの父への旅」の、あの方である。本当に同一人物が書いているのかと一瞬疑う。でもあの人は不条理劇を得意とする人だからいいのか。以前、宮沢章夫のエッセイを読んだときにも、その思考があまりにもあちこちへ飛んでいき、とんでもないところに着地するのを見て呆気にとられたことがある。演劇人の頭の中は宇宙のように計り知れない。
 ところで、この本が収められている「ハヤカワNF文庫」であるが、NFとは「NonFiction」のことらしい。
 ………いや、これって、おもいきりフィクションだと思うのだが。

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