小さな町のどん詰まりにその店はある。そこは小さな食堂で、店主のつけた名前とは別に「世界の果て」という異名を持っている。頑固で、しかし人の好い親父は「こんなところが『世界の果て』なものか」とぶつぶつ言いながら、それでも黙々と日々の仕事に精を出す.。物語はそんな魅力的な場所の描写から始まる。
−と言いたいところだが、語り始められた物語はあっという間に終わってしまう。次の章に出てくるのは、なんと掟破りにも「作者」の吉田さんだ。彼は平気で物語中に入り込んで「ここで行き詰まってしまってどうにも書き進めない」などと、太宰治のようなふざけたつぶやきを漏らす。
吉田さんの苦悩、吉田さんの知恵袋であるゴンベン先生という謎の大学教授、今は消息不明という謎のイギリス人作家とビートルズのアルバム、売れない作家であるところの吉田さんのもとへ、突然舞い込んできた書きものの仕事…という具合に道具だてが揃う。作中で決定するこの本のタイトルは「消息不明のイギリス人作家」が次の本のタイトルにすることにしていた言葉で、吉田さんが「The
story of Finger Bowl」とビートルズの曲「The
Continuing Story of Bangalow Bill」とが似ていることを発見したらしい(たいそう眉唾だが)。以後、物語はビートルズの二枚組アルバム、通称<ホワイト・アルバム>を共通の小道具として展開する。
綴られる物語は、ある部分で他の物語とつながり、まったく違う世界を舞台にしているくせに、妙なところで同じ小道具が出てきたりと奔放である。しかも作者までがその後も、時に応じて物語世界をうろちょろしている。こう書いてみると、たいそうガチャガチャした物語に見えるが、全体を包む空気は不思議なほど静謐で、音楽をテーマにしていながら音がまったく聞こえてこない。不条理というわけでもないのだが、読み流すことを許さない、「腑に落ちない物語」と言った方がしっくりくるような、ヘンな短編集である。唯一フィンガーボウルの出てくる物語「フールズ・ラッシュ・イン」が私の好みだ。
著者は「クラフト・エヴィング商會」の片割れだが、今回は「クラフト・エヴィング」名義ではないため、あのため息の出るような不思議に美しいモノたちは出てこない。しかし日常と非日常がなんの違和感もなく混ざりあっているような、どこかこの世ならざる雰囲気はそのままである。幻想物語に拒絶反応を示さない人におすすめだ。