幻色江戸ごよみ 宮部みゆき著 新潮文庫刊 522円+税
ISBN4-10-136919-4
宮部みゆきの江戸物短編集である。「こよみ」というタイトルの通り、四季折々の風情を随所にちりばめながら12ヶ月分、合わせて十二篇の物語が並ぶ。謎解きが眼目のミステリー色の強いものから幽霊をもまじえた人情ものまで、実に幅広い作風と語り口で読者を飽きさせない工夫に満ちている。
物語の初めの方で出された謎が解かれていくにつれ、人の世の機微といったものがあらわになっていく様子は毎度ながら見事だ。いちいち後を引く読後感は宮部みゆきならではのもので、この著者は読者の心のツボをつくのが本当にうまいなぁ、と思う。
いわゆる幽霊話もひとつふたつ混ざってはいるが、それも恨みだとかそういうのとはちょっと違う。どちらかというと死者の念と生者の思いが偶然重なる部分があった(文字通り「波長が合う」のだろう)ために生者が取り憑かれてしまう、といった筋立てになっている。取り憑くのは物が寂しがっているからで、それに心惹かれて取り憑かれる側の人間もまた淋しいひとで、といった怪談が怖いはずもなく、ただひたすらせつない緊張感に満ちている。
緊張感といえば、年に一度だけ現れる不思議な押し込み強盗を追う岡っ引と、娘のために年に一度の「お仕事」をする畳職人の話「神無月」は絶品である。岡っ引の視点と強盗の視点が交互に書かれ、それぞれの男の純情がまっすぐにすれ違っていく物語は、下手に手を触れたら切れそうな、張りつめた空気が逆に心地よさを誘う。
それぞれの話の中で、繰り返し語られる希望論のようなものも興味深い。希望は時に、どん底にいる人を支えるたったひとつの光明かもしれない。だけれども、ぎりぎりのところで生きている人を情け容赦なく叩きのめすのもまた希望なのだ、という視点が面白かった。
どの話も全篇通じての読後感も、決してほのぼのしてはいないけれども、人の心を信じてみたくなるときに読んでみたい本だ。世の中は決していいことばかりではないけれども、それでも案外悪くないものだ、と思えてくる。