井上ひさし用語用法辞典 遠藤知子編
集英社文庫刊 定価 税込630円
「用語用法?」と、まず不思議に思って手に取った。井上ひさしという作家は、そんなに造語をつくる人ではないし、独自の言い回しを好むわけでもない。誰でも知っている言葉で、少しでも正確に自分の思いを伝えようともがく人である。手を変え品をかえて、何度でも同じことを言い続ける物書きだと私は思っている。
要は語録じゃんよ、と思いながらパラパラめくって脱帽した。中身は単純である。彼の書いた戯曲、小説、エッセイから対談集に至るまで、ありとあらゆる著作から短文を選び出し、キーワードに沿って並べてある。しかしその結果、井上ひさしの世界観、社会に対するまなざしといったものが強烈に浮かび上がっている。読んでみて、この本は「井上ひさし思想指南書」だと思った。語録と言うよりやはりそっちに近い。
見出し語も316語と多く、出典書籍はなんと111冊に及ぶ(その中の大半は他社の出版物だ。太っ腹だぞ、集英社)。キーワードの選定から始まり、数ある著作の中から(こんなにあっても全部じゃないんだよな)その言葉をうまく使った短文を探し出すというのは、気の遠くなるような作業だったはずだ。さぞかし大変だったに違いないが、でも、楽しかっただろうな。私もやってみたい気が…いやいや。
なにはともあれ、編者のものすごい労力と、それから井上ひさしに対する並なみならぬ愛情がにじみ出ている好著である。こんな手のかかる本を作り上げた編者に深く敬意を表するとともに、言葉に興味を持つすべての人にこの本をすすめたい。