面目ないが 寒川猫持著
新潮社刊 1500円+税
 著者は歌よみである。歌壇に属しているわけではないから歌人でなく歌よみだ、と本人が文中で主張しているので従うことにする。猫持という変わった号は、ただ単に猫を飼っているから、というだけのことだろうが、それもなんだかおかしみのある名前だ。口語調のとぼけた短歌をよく詠んで、第三歌集「猫とみれんと」が出版されたときには少し話題になった。
 しかしこれは歌集ではなくエッセイ集である。どの章も自作の短歌を冒頭に据え、いかにも関西人らしい軽妙な文章が綴られている。タイトルの「面目ないが」という言葉は、このエッセイの各章に必ず出てくるフレーズである。ほかにヴァリエーションとして「言うてすまんが」とか「申し訳ないが」とかいうのが出てくるが、そんな言葉を多用している割にはちっともすまながっているように見えない。なんとなくのほほんとして楽しい。
 身辺雑記が主であるから、「猫好きでバツイチの中年目医者」という著者の経歴が随所で語られる。もちろんレトリック上の誇張もあるだろうからまさか鵜呑みにするわけにはいかないが、かなりダメな中年のおっさんぶりを、これでもかというほどくどくど語っている。しかしそれが愚痴っぽくもひがみっぽくもならないのは、ひとえに著者の人柄だろう。
 誰かと一緒にいるときには精一杯「おもろいおっさん」を気取り、ひとりになったところで(猫を相手に)しみじみとぼんやりしているような印象を受ける。あるいは女性読者の母性本能をくすぐろうというハラかもしれない(その手には乗らないぞ!)。しかし飼い猫が具合を悪くしたとあらば、仕事など放り出して三日三晩つききりで看病する。心優しい目医者である。
冒頭に書かれている短歌も、わかりやすくてちょっとヘンで面白い。これが全て新作の短歌であったなら、もっと力を込めておすすめするところであるが、この本が初めての猫持体験であれば関係のない話であるし、よしとしよう。
 ふふふっと笑いながら、読み終えたあとにちょっとしんとしてしまう、不思議な味わいのあるエッセイである。

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