尾張春風伝 (上・下) 清水 義範著 幻冬社刊:各1500円+税
あぁ、あのパスティーシュの清水義範か、と決めつけるのは良くない。これはいいぞぉ。長いけど、長さを感じさせない力作だ。
私は歴史小説も好きでよく読むが、基本的に江戸時代は苦手である(すみませんね、いつも自分の話ばっかで)。だから8代将軍の徳川吉宗がどんな政治をしていたのか、「暴れん坊将軍」とはどこがどう違うのかも知らないし、彼の最大のライバルだったらしい尾張藩主徳川宗春という人物のこともぜーんぜん知らない。ただこの話は、新聞の夕刊に連載されていたのを途中から読み出したので、物語の後半部分については、新刊なのに再読、というおかしな格好になってしまった。
尾張藩の二十男坊(!)、末っ子だからいることすら忘れられているみそっかすの若様が主人公である。若殿様は青春時代を江戸で過ごし、遊び呆けているのでバカ様だと思われている。が、この人物が、ものすごく魅力的なのだ。軽妙、洒脱で人を飽きさせない。そこにいるだけでなんとなく空気が華やぐ。芝居見物や遊郭が大好きで、派手好きでもある。ウケるとなれば、どこまでも真面目にバカをやる。これぞバカの鑑である。えらいことカッコいい(…本当か!?)。夫にしたくはないタイプだが、男友達でこういうのがいたらさぞかし楽しかろう、という条件を全て満たしている。
ただ、それだけではない。学問もする。物事の本質を見抜く目を持っている。時が来たな、と感じれば、思想書までものす。書くだけならともかく、この人の場合さっさと実践してしまったのだからえらい。しかも失敗したと知るや、あっさり引っ込める勇気も持っている。一種の天才肌ともいえる。 …ちょっと持ち上げ過ぎかな。 さて、そういう男が、突然尾張藩主になってしまう。彼はバカ様ではなかったので、尾張でいろんな政策を試す。「尾張を極楽にして見せる」だの「私は民と共にこの世を楽しんでいる」と言い切るのだからたいしたものだ。名古屋の人が派手好きで、名古屋が芸どころ、といわれるようになったのも、宗春の治世の結果だそうだ。ちっとも知らなかった。
江戸風を愛した宗春(と、その側近)が終始東京語を喋り、尾張藩の家臣が名古屋語でもたもた文句を言うあたりは、清水義範の面目躍如たるものがある。また宗春の描写にしばしば使われる擬音語が、すごく生き生きしていて、これまたすごくいい。
登場人物で仁吉というジャーナリストが登場するが、これはねぇ、たぶん著者だよ。この人物は主人公とつかず離れず、適度に距離を保った位置にいて、熱狂的な宗春ファンであり、情報通でもある。物語はもちろん仁吉が語っているわけではなく、著者自身がちょろちょろ顔を出したりもするが、なんとなくそんな連想をさせる。清水義範なら自著に登場人物として紛れ込むことぐらいやりかねん、と思ったのが一番の理由なのだが。