ポケモン・ストーリー 畠山けんじ;久保雅一著 日経BP社刊 \1,400+税
ISBN:4-8222-4199-8
帯には「日本初!親子で読めるビジネス書」と書いてある。難しそうな漢字にはルビが振ってある。内容は明らかにビジネス書だというのに「です・ます」調で書かれた文章は、うたい文句の通り、できるだけ平易な言葉を選んで書いているように見える。本の分厚さと文字の細かさに気圧されなければ、中学生くらいでもたぶん理解できるだろう。しかしポケモンにのめり込む世代の子にはたぶん難しすぎるし、なんとか理解できるようになった頃には(この本にある論理を素直に信じるならば)ポケモンから「卒業」している年頃ではないかと思われる。まさかこの本を本当に親子で読むとも思えない。少なくとも私には、この本をネタにポケモンの話題で盛り上がる親子の姿をどうしても想像することができなかった。正直に言おう。この本はいったい誰をターゲットに書いているのかがまったく分からない。面妖で気色悪いビジネス書である。
私には子どもがいないし、実際の子どもたちがどのくらいの年代までポケモンに夢中になっているのかがよく分からない。少なくともうちの図書館に来るゲーマーな子たちからは「ポケモン」の四文字を聞いたことがない。そもそもゲームにもアニメにも興味のない私は、ポケモンと聞いたら「アニメを見ていた子どもが倒れた」あの事件しか知らない。「縁遠い」という言葉があるが、私とポケモンの縁は遠いどころかねじれの位置、全く接点がないと言っていい。だからこの本を手に取ったのも単なる気まぐれでしかなかったはずなのだが、読み始めてみたらこれがなんとも面白い。思わず寝る時間を削って読みふけった。
この本は『ポケットモンスター』の産みの親である田尻智という青年の、少年時代の話から語り起こす。彼は昆虫少年だったのだという。そのことを念頭に置くと「ポケモンを捕まえて持ち歩く」という発想といい「ポケモン図鑑」の存在といい、ポケモンは昆虫採集の延長線上にあるのだと容易に想像がつく。更に言えば「通信機能を使って友だちのポケモンと交換して種類を増やす」というのはメンコやチョコエッグの世界そのままである。ゲームの内容を知らない私にも、これなら売れるだろうとすんなり納得が行く。そういえば男の人はみんな「集める」ことが好きだ。
ほんの素朴な思いつきからゲームが組み立てられ、姿(=ポケモンのキャラクターデザイン)が現れ、音楽がついてだんだんゲームの形をなしていく。時間をかけて丁寧に作られたゲームなのに、発売当初は全く注目されていない。それが小学生たちの間にじわじわと浸透して、音もなく潮が満ちていくようにブレイクしていく。その様子は、文体と相俟ってまるで物語のように面白い。
第一の波のあと、アニメ化に向けて動き出す人々を追った部分が私はいちばん好きなのだが、アニメ化に至るまでの道のりはそうとう困難だったらしい。ゲームを作った人とアニメを作った人は全然別の人間なのだが、その仕掛け人がスタッフ全員にゲームの「ポケモン」の世界を共有してもらい、ひとつひとつ困難を乗り越えて遂にアニメの試写会にこぎつけたくだりを読んで、思わず涙してしまった。
アニメ化から放送事故を経て映画、そしてアメリカでの大ヒットとつながって現在に至る後半部分は、前半部分にあった「産みの苦しみ」は影をひそめ、代わりにキャラクタービジネスのたいへんさが語られる。いまポケモンはゲームソフトの世界累計販売本数6435万本,カードゲームの世界総出荷枚数42億枚,キャラクター商品国内累積市場規模7000億円(いずれも2000年6月までのデータ)という巨大ビジネスに成り上がっているのだそうだ。このあたりになると、実績の前に著者自身がびびってしまったのではないかと思わされるような及び腰の文章になっている。任天堂などの関係者にとって都合の悪いことがほとんど語られず、キャラクタービジネスが成功したカギは一人一人の関係者の「強い想い」と、それに誘発されて生まれた集団のエネルギーである、となんだか寝言のような美しい結論に終始して、なんだかよくできたおとぎ話めいてくる。だからこの本はまさしく「ストーリー」なのだ。私は遂にこの本を「物語」としてしか読めなかった。やっぱり面妖な本である。