理由  宮部みゆき著 朝日新聞社刊

 本をブランドで選ぶことだってある。このシリーズだから、この著者だから読んでみよう、というのはおそらく誰にでもあるのであって、そういう作家と巡り会えることは幸せなことだと思っている。私にとっての「宮部みゆき」もブランドのひとつだ。全作品を読んでいるわけではないのだが、新刊が出ればちょっと気になる作家である。これも書店で見かけて、あまりの分厚さに気圧されながら、でも気になって気になって読んでしまった。
 物語は、ある高級マンションで一家4人が惨殺される、という血なまぐさい事件で幕を開ける。その「一家4人」というのが実はそのマンションの持ち主ではなかった、というあたりから一気に謎が深まっていく。面白いのは一連の謎を追う手法が「インタビュー形式」であるということだ。語り手は事件の全容が明らかになった後で、改めてこの事件を本にまとめようとするルポライターである。聞き書きという手法は決して珍しいものではないのだが、この本では語り口にどこか他人事を冷静に観察しているような雰囲気があって、いつもの宮部節を期待する読者を良くも悪くも裏切ってくれる。
宮部みゆきという人は登場人物の一人ひとりをすごく大事にする作家で、この本でもその視線は揺るぎない。ちょっとした脇役程度の人物でも確かな存在感を持っていて、だから私はこの作家の本なら、殺人事件の本でも安心して読める。が、この『理由』の殺人の顛末には首をかしげてしまった。彼女の作品にしてはあまりにも短絡的に人がいっぱい死んでいるからだ。犯人が殺すに到った思考には説得力がなく、ひたすら利己的で残忍である。でも、普段私が接しているコーコーセーたちの中にはこの犯人みたいな考え方の子がけっこういるのだ。だからぜんぜん共感はできないのにリアリティーがある。全登場人物の中で犯人のカゲがいちばん薄いのは、犯人が人との関わりを最小限に押さえていた、というよりは、さすがの宮部みゆきもこの手の人物像を捉えきれなかったからじゃないかなぁ、などとつい勘ぐりたくなってくる。
 だから、物語の筋としては十二分に推理小説なのだが、彼女が書きたかったのは実は殺人事件ではなくて「家族」なのではないかな、という印象を受けた。語り手は、事件に関わった人たちへの「インタビュー」で、まるでそのことが目的であるかのように執拗に「家族」や「家」について問いかける。それは時として、読者自身に対して問いかけているようにも見える。家族という存在は何なのか。家を持つということはどういうことなのか。「帰る場所がある」とはどういうことで、それを失うという感覚を理解することはできるか。たて続けに問われているように感じた。
少なくとも私については「宮部みゆき」というブランドに惹かれて読んだはずなのだが、作者も読者もブランドに安住してはいられないんだよ、と言われたような気がする作品だった。


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