チグリスとユーフラテス
新井素子著 集英社刊 1800円+税
ISBN4-08-774377-2

例えば、永遠の命を求める人がいる。あるいは不老不死と言い換えてもいい。とにかく半永久的に生きながらえることを望む人は、古今東西を問わずいたし、今でもその辺にいるかもしれない。
私が不老不死に価値を見いだすことができないのは、ひとりで生きながらえたって仕方がないと思うからだ。たったひとりでこの世に踏みとどまり、親しい人たちを見送っていかなければならないなどという孤独に、根性なしの私は耐えられない気がする。しかし、そういった孤独に否応なく直面してしまったら、いったいどうすればいいのだろうか。この本に出てくる人物は、全員が多かれ少なかれそのような運命を担っている。
物語の舞台はナインという移民星である。地球から30光年のところにあり、移民が始まってから4世紀が経って絶滅しつつある。絶滅の理由は「生殖ができない」こと。最後の100年間、ナインにおける出生率はどんどん下がり、「最後の子ども」ルナが生まれた後、この星に新たな人類が誕生することはなかった。
ところで、他の星に移民ができるくらいであるから、この時代の人間は既にコールド・スリープの技術も手にしている。しかし高額の費用がかかるために誰にでもできるわけではなく、その技術を用いられたのは「特権階級に属し、当時の医療技術では手の施しようがなかった病人・またはけが人」に限られていた。ナインのセントラル・メディカル・センターと呼ばれる建物には、そういったコールド・スリープの棺がいくつかある。家族を捨て、友達を置いて将来の医療技術に期待をかけ、ある意味で不老不死の状態にある人々である。
物語が始まったときに、「最後の子ども」であるルナ自身は痩せ枯れた老女になっている。ナインの住民は彼女をひとり残して死に絶えており、彼女は完全にオートメーション化されたセントラル・メディカル・センターで棺と共に暮らしている。そして彼女は何を考えてか、この「不老不死」の人々を起こすのである。
ルナが起こすのは、30代前半くらいの女性と決まっている。
最初にルナと同じ時代の女性を。次に100年遡った時代に生きていた、コンピュータ技術職の女性を。次にもう100年遡った時代の女流画家を。最後に移民星ナインの最初の移民であり、住民達から女神として信仰されている女性を。物語は、起こされた女性達の残した手記と、彼女たちそれぞれの回想によって進んでいく。従って物語は、移民星ナインの歴史を終わりから順に辿っていくようになっている。
ルナは出生の特殊さゆえに、精神的な成長を遂げるきっかけを失っている。だから幼児言葉で思考し、舌足らずに喋る。姿は老婆で頭の中身が子ども、というおぞましくも痛ましい「最後の子ども」は、敵もいない代わりに頼る存在もない。自己愛だけで完結しているから、どうしようもなく孤独である。極限状態に近い孤独の中で、彼女は自分に、また覚醒させた女たちに問いかけずにいられない。
自分はなぜ生まれなければならなかったのか。そして人の人生に意味はあるのか。
作者は登場人物を通じて、この疑問に明確に答えていく。それはルナが(そして、たぶん読者も)望む答えとは違うような気もするが、一つの正解であることには間違いない。ルナが(おそらくは生まれて初めて)他者の言葉を受け入れ、他者を愛そうとしはじめたとき、彼女はようやく自分の生の意味を納得する。このあたりは読んでいて本当にホッとさせられる部分で、複雑にうねりを見せた物語が一息つく場面でもある。
子どもを産み育て、生きていくこと(特に食べること)について書くとき、新井素子は独特な気合の入れ方をする。女性特有の狂気を感じるような思い入れたっぷりの筆は、男性読者には理解しにくい部分もあるかもしれない。今回もその狂気は健在だ。おそるべし、新井素子。
タイトルは、ルナが初めて生き物に対して思い入れを抱き、その後心の支えとした存在−蛍に、彼女が付けた名である。文明の残骸だけが残る人影の絶えた荒野に、蛍だけが飛び交う夕暮れの情景を想像したとき、なんだか胸が詰まる思いがした。


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