和歌についての面白い本を何か紹介して欲しい、と言われて頭を抱えてしまいました。私は確かに国文学科の出身なのですが、なにぶん大学で和歌を専門にしていたわけでもなかったし、卒業して数年も経つと、すっかりボケボケになっています。さて、困った。そのように先方に言ったところ、だから頼むんだ、と逆に言われてしまいました。素人にでも気楽に読める和歌入門書を教えて欲しいとのこと。なるほど、それならなんとかなりそうです。
和歌を文学史的に眺めたもので、いちばん分かりやすいと私が思ったものは、「和歌の読み方」(馬場あき子・米川千嘉子著:岩波ジュニア新書144)です。見開き1ページにつき1首取りあげられています。最初に原文、次に3行くらいで訳してあって、後は作者と作歌事情が簡単に書かれます。「超有名な歌」ばかりに偏っていないのがいいな、と思いました。
似たようなスタンスで、「短歌」に限らないものに「私の古典詩選」(大岡信著:岩波同時代ライブラリー86)があります。「古典詩」なので、漢詩や俳句・歌謡なんかもあって、なかなかに雑多な紹介のされ方がされていますが、きちんと時代順になっていて、説明も明快でお気に入りです。こういう素養がなければ「折々の歌」なんかは書けないのでしょう。
歌の作者を女性に限定しつつ、なおかつ文芸史としての広がりを持つ稀有な本があります。「日本の女歌」(竹西寛子著:NHKライブラリー73)は、額田王から稿を起こして和泉式部、式子内親王を経て与謝野晶子に至る女流歌人を丁寧に解説した力作です。取りあげてあるのは女性の和歌ですが、女性だけで和歌史を作り上げることは不可能、ということで男性の詠歌についても一章を設けてあります。そのバランス感覚に好感を持ちました。NHK『市民大学』用のテキストとして書かれたという事情もあって、たいへんに平易な書き方がなされています。
あとは個々の作品集について、ということになるのですが、講談社から出ている「古典の旅」シリーズは、女流作家がそれぞれの作品について書いたエッセイなので分かりやすいです(しかし残念なことに、絶版。図書館をあたって下さい)。歌関連だと、大庭みな子「万葉集」と竹西寛子「百人一首」があります。「古典の旅」シリーズと似たような本で紛らわしいのですが、集英社から出ている「わたしの古典」シリーズ(集英社文庫刊)もいいです。歌関連だと、「清川妙の萬葉集」「尾崎左永子の古今和歌集・新古今和歌集」がありました。
百人一首についての本はたくさんあるので、分かりやすいのも多いのですが、「みもこがれつつ 物語百人一首」(矢崎藍著:筑摩文庫刊)は、比較的面白く読めます。「物語」とありますが小説ではなく作歌事情を物語風に書いてあるというだけなので、やっぱり解説書と呼んだ方がいいでしょう。ただし、どうも歌の主題によって並べてあるので、私のように歌番号でしか覚えていない者としては、個人的にはかえって見づらいな、という印象を持ちました。時代や作者についてあまり触れていないので、ちょっと食いつきが足りないかな、とも思ったりします。どのあたりまで解説に加えるかは、書き手のバランス感覚なのでしょうけど…。
百人一首でイチオシなのは「田辺聖子の小倉百人一首」(田辺聖子著:角川文庫:上・下)です。歌番号順に丁寧に書かれた解説と、岡田嘉夫によるオールカラーの挿し絵がとても美しい好著です。田辺聖子は、たぶん現代の女流作家の中で一・二を争う国文オタクで(でもダントツトップは瀬戸内寂聴でしょう)、古典紹介エッセイにいいものが多くあります。「文車日記」(新潮文庫)は、歌に限らずたくさんの古典文学作品・または作者について好き勝手書いたエッセイですが、これも難しくなく、きっちり調べて書いてあるので安心しておすすめできるいい本です。「文車日記」は分量が少なくて物足りないわ、ということであれば、「小町盛衰抄」(文春文庫)がいいです。これも古典全体について書いているため「和歌」という観点から見ると大きく逸脱してしまって、はっきり言って和歌関連は小野小町を取り扱った表題作しかありませんが、この表題作は一読の価値がある文章だと思います。少なくとも私は、こんなにも過不足なくきれいにまとめられた小野小町論を、他に見たことがありません。
百人一首から、あらぬ方へ飛んでしまいました。そろそろ別のものに行きましょう。ちょっと時代を遡って「古今和歌集」(竹西寛子著:岩波同時代ライブラリー古典を読む)は、著者が古今集を読むうえで折々に考えついたことを気ままに記したような感のある本です。やや難解かな、という印象を受けました。言葉自体はそんなに難しくないはずなのですが、私のボンクラな脳みそで、中途半端に理解することを拒むような「何か」があるようです(どんなんや…)。それに比べると「花にもの思う春;白洲正子の新古今集」(白洲正子著:平凡社ライブラリー)は、はるかに読みやすいように思いました。新古今に至るまでの和歌史と、時代背景についての大まかな解説が綴られたあとに代表的な歌人が紹介してあります。人物像の捉え方が非常に解りやすく、また説得力があって面白く読めました。ここで書かれている「本歌取り」の解説は、なまじな古典解説本よりもすっきりまとまっていて、その分かりやすさには感動すら覚えます。
あとは私のお気に入りの歌人についての本を出してみましょう。「王朝歌人伊勢」(山下道代著:筑摩書房刊)は、「難波潟みじかき蘆のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや」の伊勢についての本です。古今集に最もたくさんの歌が取りあげられていて、おそらく平安期には人気が高かったと思われる女流歌人なのですが、現代ではあまりパッとしない扱いしかされていません。この本は可能な限り伊勢の生涯をたどり、同時代に活躍した歌人と伊勢とのつきあい方を探り、更には後世に作られた伝説をも丹念に調べ上げた労作です。私自身は古今集が好きなのですが、この本を読んで初めて知ったことがたくさんありました。
全体に「古今集」に比べて「新古今」の歌人についてはよく語られているようですが(それだけ時代も複雑なら人間性にも語るべき点が多いのでしょう)、なかでも西行については百花繚乱の様相があります。出版点数もさることながら、みなさん言葉を尽くして語ること語ること、その思い入れの深さには圧倒されそうです。当然ながら面白いものも多いのですが、読みやすさと入手のしやすさを考えると「西行」(白洲正子著:新潮文庫刊)と「西行」(高橋英夫著:岩波新書赤番277)がイチオシです。
おなじく新古今では、式子内親王も人気です。「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」で有名な「忍ぶ恋」の歌詠み、ということで特に女性に人気があります。西行に比べて冊数は少ないので、よせばいいのに読み比べなんかしてしまいました。「式子内親王・永福門院」(竹西寛子著:講談社文芸文庫・日本のエッセイ刊)では極端に内気な姫君の内親王が、「式子内親王」(馬場あき子著:ちくま学芸文庫刊)では諦観しきった中年の内親王が、「式子内親王伝」(石丸晶子著:朝日文庫)では勁(つよ)さを秘めた内親王が、それぞれ浮かんできました。石丸晶子の式子内親王がどこか華やいでいるのは、「忍ぶ恋」の相手探しに本の大半を費やしているからなのでしょうが、その意外な結論には呆気にとられてしまいます。同じ人が詠んだ同じ歌を材料にしても、浮かび上がってくる人物像はこんなに違ってくるのだなぁ、と思わず勉強になってしまいました。よほど興味があれば読み比べも一興かと思いますが、そんなアホなことはあまりおすすめいたしません。私自身は式子内親王に興味があったのでやってみた、というだけの話です。
文字ばかり追いかけるのも疲れるので、最後にビジュアル本もご紹介しましょう。仏像の写真ばかり撮っていると思っていた入江泰吉が、こんなやさしい花の写真集を出版していました。「万葉の花を訪ねて」「源氏の花を訪ねて」「新古今の花を訪ねて」(入江泰吉撮影:求竜堂刊)の3冊は、古典に出てくる花の数々の写真を季節の流れに沿って並べた、目が喜ぶ一冊です。源氏は歌に限りませんが、この際細かいことは気にしないでおきましょう。「新古今」は王朝末期の美意識が「花(桜)」と「紅葉」に対して特に鋭いから、ということで桜の写真と紅葉の写真が多くなっています。ため息が出るほど美しい本で、私のお気に入りです。