喜びは悲しみのあとに    上原隆著
  幻冬社  1500円+税
ISDN4-87728-339-0

たとえば風邪をひいてひとりで寝ているときなど、自分だけがぽっかりと世の中から取り残されているような、得体の知れない「頼りなさ」に襲われるときがある。それは「焦り」だとか「苛立ち」だとか「倦怠感」だとか名前を付ければさまざまに変化していくのだが、得体が知れないだけあって、かっちりとした名前をつけにくい感覚だ。
身体が風邪をひくように、心や人生も風邪をひくことがある。どんなに予防したって風邪にやられるのと同じように、人生の風邪も本人の意思や努力ではどうしようもない。決断を自分で下したのだとしても、自ら望んだ結末だとしても、辛さは軽減されない。よくある話である。また困ったことに、自分はどうしようもなく孤独だと感じる時に限って「頼りなさ」は忍び寄ってくる。へたり込んでしまいそうになるが、これもまたよくある話である。
ここに出てくる18人は、それぞれ「頼りなさ」を乗り越えてきた人たちだ。どん底を味わった人、と言ってもいい。ひとつひとつの章は短く、読むうちに語り手の辛さがひしひしと伝わってきて胸が締め付けられる思いがする。
著者はそれぞれの人が抱える物語についていっさい口を挟まない。それはこの本が聞き書きを中心に据えたノンフィクションであるという要因も大きいが、それ以上に著者は、それぞれの人が直面する現実に対してはなまじな言葉など追いつかないと考えているふしがある。本文では著者自身がかけたであろう言葉が極力排され、その代わりに彼らのちょっとした癖や歩き方などが挿入される。ダイアローグでもモノローグでもない不思議な文章はこの人の持ち味であるが、描写が入るおかげで語り手の像が結びやすい。語り手と著者(ひいては読者)との間には一定の距離感があって、読者に安易な同情心を起こさせないだけの迫力がある。
それでもここで語っている人々は、それなりに状況と折り合いをつけていたり、あるいは時が問題に決着をつけていたりして、現在進行形の物語ではないところがちょっと変わったところでもあり、逆にほっとさせられる部分でもある。
風邪で寝ているときに、誰でもいい、人でなくてもいいからぬくもりが傍にあったなら、それだけでどんなに慰められるか知れない。それと同じように孤独感でへたりこんでいるときに、誰かがゆっくりと話を聞いてくれると実感できたなら、それがたとえ理解してもらえないと感じても、人はやはりほっとするに違いない。
即効性はないけれども、心の風邪の引きはじめに穏やかに効く、葛根湯のような本である。


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