するがシャトル色の119系
1989年〜1991年末頃まで、一部編成に見られた
この塗装は、'86年(昭和61年)に119系を飯田線から東海道本線線静岡地区の区間運転列車「するがシャトル」に転用した際に、同列車専用の塗装を施し、また119系には付けられていなかった冷房装置を取り付け改造も同時に行われた。(一部は非冷房のまま出場、のちに冷房化)しかし、列車本数増など実績を残したものの、元々飯田線用に作られた119系は永久直列制御では役不足で、東海道線の高速ダイヤについて行けず短期間で役目を終え、そのままの塗装で古巣の飯田線に戻り、後のJR東海色に変更されるまで使われた。当然使用線区の関係上、クモハ119-100番代には施されていない。

クリーム10号をベースに赤1号のラインで、側面の「SS」デザインと前面の複雑な模様が印象に残るが、だからといって似合っていたとはお世辞にも言えない塗装であった。

●平岡駅で長時間停車中の119系するがシャトル色車

東海道線の「するがシャトル」運用から戻り、本来の飯田線運用に付く119系。なお、車両配置は飯田線用も「するがシャトル」用も静岡運転所の所属だったので、表向きの転属はなかった。

平岡 '90.03.06 TM

●電留線で休むするがシャトル色119系

側面の「SS」デザインがよくわかる。

塗装による運用区別はなく、他の塗色との併結もよく見られ、場合によっては「するが色」+「青」+「東海色」の3色混編成もあった。

ちなみにこの写真の撮影場所は、現在「佐久間レールパーク」となっている。

中部天竜 '90.03.06 TM

●前面塗装も複雑な「するがシャトル」色

複雑なライン塗装も特徴だったが、模型化する人泣かせでもあった。ある種、登場時の身延線用クモハ123-40番代の前面塗装にも通じるものがある。

田畑 '90.12.24 TM

●「するがシャトル」色119系と、JR東海色に変更
 された元「するが色」車(左)

「するがシャトル」車は冷房改造方法が、のちのインバータ方式ではなく、従来のAU75を載せる方法だったので、比較的屋根上がすっきりしている。冷改時に、前面寄りにあった大型の通風機は撤去されている。

またインバータ冷改車のように改番は行われていない。

飯田 '90.07.19 TM

塗装変更過渡期の混色編成
●3色揃った119系の混色編成                豊橋 '90.12.23 TM

ちょっと判りづらいですが、左側奥から「するがシャトル色」2連・「JR東海色」5100番代・オリジナル「飯田線色」2連の混色5両編成、この当時の飯田線ではなかなか5両以上の編成を組むことが少なかったので、塗色変更の過渡期とはいえども、3色そろい踏みの編成はとても希なものであった。


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