飯田線の旧国 51系電動車編(クモハ50、51、54)
本系列は、飯田線の中でも最大勢力で、両数・バリエーションとも非常に多岐に渡るため、電動車と制御車で別頁立てで、クハ68、クハユニ56等は[51系制御車編]に記載します。
3扉セミクロスシートの車体をもったグループで、現在で言う近郊型電車スタイル。飯田線では現在活躍中の119系などと車内の基本レイアウトが同じであることから判るように、飯田線の旧形国電では最も両数が多く活躍した。
電動車グループには、クモハ50、51、54の各形式がいたが、クハ68等制御車同様、2扉車を3扉化したものや、ロングシート車をセミクロスシート化改造されたものが多数入り乱れている。

●51系クモハ50解説
元々モハ50という形式は、大正期に造られた木造電車を鋼体化した17m級の電車に付けられた形式であったが、のちの称号改訂で17m車は10系列にまとめられ旧モハ50もクモハ11 400番代となり、その後の改造車両に空いた番号が割り振られたため生まれた形式で、クモハ50はその時に51系列の一形式として組み込まれた。

■クモハ50008

元モハ43系クモハ43を電動機出力アップ改造したクモハ53(42系列解説の項参照)を横須賀線配属時に3扉化改造した形式。同出力の主電動機を持つクモハ54(後述)に編入されなかったのは、同車とは歯車比が異なるため。

増設された中央客扉の戸袋窓のHゴムが非常に目立つ。

飯田線には他にも数両配置されていたが、豊橋区へ80系進出時に廃車、008番のみ伊那松島区に残り旧国末期まで活躍。

パンタグラフはPS13が搭載される。

クモハ50008 豊橋 HS

●51系クモハ51解説
戦前製3扉セミクロスシート車の代表形式。本来の51系は製造時期の関係から、前面は丸みを帯びた半流線型で作られている。その後、電動機出力がアップされたクモハ54型が製造されることとなり、製造両数も多くなく、またそれまでに作られた車も戦時中ロングシート化改造などを受けたが、戦後に復元された。また、別形式から改造された車もいる。

■クモハ51029

飯田線に唯一残った原型モハ51。扉間の窓が6枚であることが本来の51系の特徴。元々数両配置されていたが、飯田線の勾配などには出力が低い為か、80系転入以降に残ったのは029番1両のみであった。

飯田線の旧国末期には編成替えが行われ、相方にはただ一両残った原型51系クハ68042番であった。しかし、同車には便所がないため、飯田線では単独で使用出来ないような運用が組まれていたため、51029番は滅多に顔を出すことがなくなってしまった。

パンタグラフはPS11が搭載。

クモハ51029 '83.03.30 本長篠 TM(まともな画像が見つかりませんでした)

■クモハ51200

クモハ50と同様、2扉クロスシートのクモハ43を3扉化改造をした形式。ただし、改造種車が出力アップ改造がなされていないため、クモハ50ではなくクモハ51型の200番代車に区分された。

外観上などもクモハ50に酷似しているが、パンタグラフはPS11が搭載され、貫通扉の周りに幌枠の名残りがある。

クモハ51200 伊那松島区 HS

●51系クモハ54解説
51系の電動車であるクモハ51型が製造されて間もなく、各形式電動車の出力アップが行われ、今後出力が高い電動機を標準とすることが決定し、51系の電動車もクモハ51を出力アップしたクモハ54型が製作された。しかし、戦局が悪化し、さほど製造数も多く作られなかった。のち、同じ電動機出力を持った3扉ロングシート車クモハ60をセミクロスシート化した100番代も登場し、飯田線では最も多く活躍した形式の一つであった。

クモハ54001 '83.07.25 中部天竜区 TM

 

クモハ54002 伊那松島 HS

 

クモハ54006 '83.06.06 伊那松島区 TM

■クモハ54001・002・006(原型クモハ54)

原型クモハ51同様、数少ない51系のオリジナルの扉間窓数が6枚の形態を保っていた車。クモハ51のMT15系100kwに対し、MT30系128kwに出力アップがなされたため、新形式のクモハ54となったが、外観上はクモハ51と見分けがつかない。

飯田線では001・002・006番の3両が旧国末期まで活躍した。

'37年製の001・002番は、車体にリベットが残る形態であるが、'40年製の006はリベットがない。

また、54001番は客用扉の窓がHゴム支持ではなく、2段分割タイプの古い形のままで、運転士側の前面窓のみがHゴム支持化されていた。(しかも他の車に比べ、天地方向が短い)

パンタグラフは全車ともPS11が搭載されている。

クモハ54108 豊橋 HS

 

クモハ54111 '83.03.29 天竜峡 TM

クモハ54117 '83.06.05 天竜峡 TM

クモハ54125 '83.03.30 本長篠 TM

クモハ54129 伊那松島区 HS

クモハ54131 '83.03.28 伊那福岡〜田切間 TM

クモハ54133 '83.06.05 中部天竜 TM

■クモハ54106・108・110・111・112・117・125・129・131・133
(クモハ54100番代、41系モハ60型セミクロスシート化改造車)

 

 

戦後の復興整備で、関西緩行線車両のセミクロスシート化が行われ、戦中にロングシート改造された51系をセミクロス復元しただけでなく、ロングシート車として製造された41系モハ60(後のクモハ60)をセミクロス化改造し、51系クモハ54に編入した車。オリジナルのクモハ54は戦局の悪化などにより新製数が少数に留まったため、こちらの改造車グループの方が多数勢力となっている。

外観上はオリジナルが客扉間窓数が6枚に対して、100番代車は41系列と同じ5枚なので、見分けることは容易である。

飯田線旧形国電としては出力も余裕があり、3扉セミクロスシートとともに使い勝手が良く、同一形式・同一番代として最も多く残った車両で、旧国末期まで106・108・110・111・112・117・125・129・131・133番の10両が活躍した。

両数が多かったため各車毎に変化があり、108・110・117番は戸袋窓までHゴム支持化され、112・125番の助士席側前面窓は角が円い鉄製の窓枠に改造されていた(合わせガラス化によるものとの情報もあり)。また131・133番は浜松工場独特の、運転席側前面窓が原型窓枠位置のままHゴム支持化改造がされたため、一段引っ込んだ形になっている(俗に「静鉄Hゴム」支持とも言われるらしい)。

パンタグラフは117番のみPS13に換装されているが、他の車両はPS11が搭載されている。

 


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