クモハ54001
'83.07.25 中部天竜区 TM
クモハ54002
伊那松島 HS
クモハ54006
'83.06.06 伊那松島区 TM
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■クモハ54001・002・006(原型クモハ54)
原型クモハ51同様、数少ない51系のオリジナルの扉間窓数が6枚の形態を保っていた車。クモハ51のMT15系100kwに対し、MT30系128kwに出力アップがなされたため、新形式のクモハ54となったが、外観上はクモハ51と見分けがつかない。
飯田線では001・002・006番の3両が旧国末期まで活躍した。
'37年製の001・002番は、車体にリベットが残る形態であるが、'40年製の006はリベットがない。
また、54001番は客用扉の窓がHゴム支持ではなく、2段分割タイプの古い形のままで、運転士側の前面窓のみがHゴム支持化されていた。(しかも他の車に比べ、天地方向が短い)
パンタグラフは全車ともPS11が搭載されている。
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クモハ54108
豊橋 HS

クモハ54111
'83.03.29 天竜峡 TM
クモハ54117
'83.06.05 天竜峡 TM
クモハ54125
'83.03.30 本長篠 TM
クモハ54129
伊那松島区 HS
クモハ54131
'83.03.28 伊那福岡〜田切間 TM
クモハ54133
'83.06.05 中部天竜 TM
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■クモハ54106・108・110・111・112・117・125・129・131・133
(クモハ54100番代、41系モハ60型セミクロスシート化改造車)
戦後の復興整備で、関西緩行線車両のセミクロスシート化が行われ、戦中にロングシート改造された51系をセミクロス復元しただけでなく、ロングシート車として製造された41系モハ60(後のクモハ60)をセミクロス化改造し、51系クモハ54に編入した車。オリジナルのクモハ54は戦局の悪化などにより新製数が少数に留まったため、こちらの改造車グループの方が多数勢力となっている。
外観上はオリジナルが客扉間窓数が6枚に対して、100番代車は41系列と同じ5枚なので、見分けることは容易である。
飯田線旧形国電としては出力も余裕があり、3扉セミクロスシートとともに使い勝手が良く、同一形式・同一番代として最も多く残った車両で、旧国末期まで106・108・110・111・112・117・125・129・131・133番の10両が活躍した。
両数が多かったため各車毎に変化があり、108・110・117番は戸袋窓までHゴム支持化され、112・125番の助士席側前面窓は角が円い鉄製の窓枠に改造されていた(合わせガラス化によるものとの情報もあり)。また131・133番は浜松工場独特の、運転席側前面窓が原型窓枠位置のままHゴム支持化改造がされたため、一段引っ込んだ形になっている(俗に「静鉄Hゴム」支持とも言われるらしい)。
パンタグラフは117番のみPS13に換装されているが、他の車両はPS11が搭載されている。
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