飯田線の旧国 51系制御車編(クハ68、クハユニ56)
本系列は、飯田線の中でも最大勢力で、両数・バリエーションとも非常に多岐に渡るため、電動車と制御車で別頁立てで、クモハ51・54等は[51系電動車編]に記載します。
3扉セミクロスシートの車体をもったグループで、現在で言う近郊型電車スタイル。飯田線では現在活躍中の119系などと車内の基本レイアウトが同じであることから判るように、飯田線の旧形国電では最も両数が多く活躍した。
制御車グループには、クハ68とクハユニ56がいたが、どちらの車も別形式から改造されたものが多数入り乱れており、同一形式でありながらまったく別形状を持った車両が多い。また、飯田線で使用するにあたり、便所取付改造が行われたものがほとんどである事も特徴である。

●51系・クハ68グループ解説

■クハ68042(原型クハ68、68024〜058偶数車)

3扉セミクロスシートの車体を持つ、本来の51系・クハ68型である。

クハ68は改造車が多く、本来の51系制御車として造られた原型クハ68は少数派で、また数少ない原型車も便所取付改造が行われ、飯田線で最後まで活躍した原型クハ68型は、この1両のみであった。

原型51系クハ68グループの車体は、扉間の窓数が6枚である。

68042号は便所なしの車のため、飯田線のような長距離運転で便所がないと不便なので、旧国末期の頃は運用が限定され、必ず4両編成を組ませて、便所なしにならないようにされていた。

クハ68042 '83.03.30 本長篠 TM

クハ68400 '83.03.28 田切〜伊那福岡間 TM

クハ68406 辰野 HS

クハ68408 '83.03.29 天竜峡 TM

クハ68410 '82.08.11 辰野 TO

クハ68416(右) 豊橋 HS

■クハ68400・404・406・408・410・416
(原型クハ68便所取付車)

飯田線での使用を考慮して、上記の原型クハ68後部に便所を取り付けた車両。クハ68やクハ55などでは、本来便所が付いていない車に便所取付が行われると末尾3桁が400番代となる。

外観上は、便所窓部隣の窓が埋めこみや水タンク取付などの便所取付にともなう部分のみである。但し、410番は便所天井部に水タンクが取り付けられているため、床下にタンクがない。

クハ68404、416の戸袋窓はHゴム支持化されており、さらに416番は残ったクハ68グループでは唯一前面貫通幌が残るが、前面サボ受けがない。(一時期、中間車代用で使用されていた名残)

通常、このグループの台車は平軸受けのTR23を履いているが、クハ68400のみ、なぜかコロ軸受けのTR23Aを履いていた。

このグループの車は全車下り向きなので、全車偶数の番号が付けられている。

クハ68403 辰野〜宮木間 '82.09 TM

クハ68405 伊那松島区 '83.06.06 TM

クハ68405 便所寄り車端部 中部天竜 '83.07.25 TM

■クハ68403・405
(68401〜405奇数車、元クロハ59改造車)

元42系クロハ59改クハ68(68001〜009奇数)を飯田線用に便所取付改造を行った車。

元42系で京阪神間の緩行線用に使用された2扉2・3等合造クロスシート車で、狭い窓がならぶ外観であったが、緩行線の2等車廃止により'41〜'42年にかけてに3扉化セミクロスシート改造がなされ、一度クハ68に。さらに戦時中に室内をロングシート化、クハ55に編入されていたが、戦後の同緩行線車両セミクロスシート化により再改造を受け、再びクハ68に編入された。後年、飯田線に転入するにあたり便所設置が行われ、本来のクハ68から便所取付がなされた400〜410(偶数)の空き番号(方向が上り向きなので)の401〜405(奇数)に編入された。

飯田線旧国末期には403・405の2両が残り、活躍していた。

元々が2・3等合造車からの改造のため、後部寄りの側面の窓配置が変則的になっているのが特徴(写真下)で窓と座席の位置関係がちぐはぐであった。また、403は便所用水タンクが便所内天井につけられていたため、便所付き車でありながら床下に水タンクがなく、また前面運転席窓下に小型の通風器(大鉄型ベンチレーターと呼ばれる)が付けられている。

 

クハ68412 '83.07.25 中部天竜 TM

クハ68414 '81.07.26 伊那松島 TM

■クハ68412・414・420
(41系クハ55<半流車>セミクロス化クハ68・便所取付車)

本来3扉ロングシート車の40系・クハ55型をセミクロスシート化した車を、飯田線で使用するため便所取付改造がなされ、前記の68400〜410(偶数)の続番となった。

外観上は本来のクハ68グループと似ているが、ドア間の窓の数が本来のクハ68の6枚に対し、本グループは5枚である。

クハ68412(写真上)は、飯田線の旧形国電としては珍しく、前面貫通扉に幌枠が取り付けられていない、いわゆる「関東顔」(※注)であったが、これは後年改造されたもので、飯田線転入当初は幌・幌枠が取り付けられていた。また助手席側の窓は、原型の開閉可能なタイプで、飯田線の旧形国電で最後まで残った中では唯一であった。なお、クハ68414(写真下)の助手席側窓も2段タイプだが、開閉出来ないように改造された細い窓枠のタイプで、これも他にあまり見られないものだった。

 

※関東顔…まだ旧形国電が大都市圏で活躍していた時代、関西で使用されていた前面貫通扉付きの車両は幌を取付をされ、貫通路として使用していたが、関東の車両は運用の都合上増解結が比較的多く、貫通扉は使用されることが希であったため、使用しない幌や幌枠を前面視界確保のため撤去した車が多く、そのように呼ばれていた。

クハ68409 中部天竜 '83.06.05 TM

クハ68418 本長篠 '83.03.30 TM

■クハ68409・418
(41系クハ55<切妻車>セミクロス化クハ68・便所取付車)

この車も上記と同様に40系制御車クハ55をセミクロス化したクハ68に便所取付を行ったもので、改造種車となったのは前述の68412等のベースとなった半流タイプよりも以前に製造された切妻前面を持つタイプ。

クハ68409号(写真上)の番号は奇数であるが、下り向きである。また、運転席窓と客扉以外のまどはHゴム化されていないのに対し、68418(写真下)は固定窓のほとんどがHゴム支持化されている。

乗務員室は半室式で、先頭部の展望が良く人気があった。

●51系・クハユニ56グループ解説

クハユニ56001 '83.06.06 中部天竜 TM

■クハユニ56001
('36年製クハニ67001改造車)

常磐線で使用されていた、元40系の荷物合造車クハニ67001を飯田線で使用するにあたり、荷物室半分を郵便室に、客室内をロングシートからセミクロスシートに、そして便所取付などの改造を施した車両。

最初に製造されたタイプのため、窓上下に帯(シル・ヘッダー)が付いている。またクハユニ56で唯一前面窓が全てHゴム支持に改造されている。

クハユニ56002 '83.03.30 小和田 TM

クハユニ56003 '83.03.29 天竜峡 TM

クハユニ56004 豊橋 HS

■クハユニ56002〜004
('39年製クハニ67003〜005改造車)

上記のクハユニ56001と同様に改造された車。制作年次が異なる種車により、この3両は窓上下の帯(シル・ヘッダー)がないため、001に比べスマートな外観である。

元々クハニ67は40系の車として作られているが、なぜか扉間窓の数が6枚で、51系グループと同じであるため、室内改造がなされても違和感がなかった。

クハユニ56 002〜004のグループは、各車ごとの差異が少ないので見分けが付けにくいですが、002の前面中央窓枠下部は他車に比べ少々厚く、011・012に見られるような通風口塞板がある。また004は荷物室扉下部の枠の形が他の車と異なる。

クハユニ56011(郵便室部窓埋後) '83.06.06 飯島 TM

クハユニ56011(郵便室部窓埋前) 豊橋区 HS

 

クハユニ56012 '83.03.29 山吹 TM

■クハユニ56011・012
(元モハユニ61未電装出場車002・003改造車)

戦時中制作されたモハユニ61のうち、物資不足で電装されずに出場した002・003の2両は、戦後もしばらく制御車代用のまま関東地区で使用されていたが、'52年に飯田線に転属の際、セミクロスシート化と便所取付改造が行われ、クハユニ56の010番代(011・012)に改番され、飯田線で旧国最後の時期まで使用されていた。一瞬上記のタイプと同じに見えるが、荷物用扉の幅が異なり、また窓上下部にシル・ヘッダーがある。電装予定車の名残で、台車はDT12を履いていた。(電装化されたモハユニ61001は、のちに[クモハユニ64]となって共に飯田線で活躍した)

011は012に比べ、荷物扉窓の天地方向が短く、また客室窓直前にある郵便室窓が末期に埋められるなど、特徴があった。

現在で言うところの近郊型電車である51系列の電車は、製作時期が太平洋戦争期にさしかかったため製作両数が少なく、戦後の混乱期を過ぎて鉄道輸送にも余裕が出来、物資不足が解消してから再度セミクロスシート化改造をしたものがほとんどなため、本来の51系としての車よりも他系列からま改造車の方が圧倒的に多く、それは制御車であるクハ68型にも当てはまる。便所のない、本来の51系制御車スタイルのまま68042が最後まで活躍したことは奇跡的であった。


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