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'78年(昭和53年)〜'83年(昭和58年)の間、豊橋機関区に配置され飯田線ローカル運用に使用 |
80系電車とは、元々東海道線などで走っていた中・長距離客車列車を電車運転化するために作られた車両で、それまでの電車のイメージとは異なり、デッキ付きの2扉、中間電動車を標準にするなどし、塗装もそれまでの茶色から緑と橙の2色塗りとし、「湘南電車」と呼ばれて親しまれた。特に2次型以降の正面2枚窓のいわゆる「湘南顔」は、当時の鉄道デザインに多くの影響を与えた。 |
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●飯田線普通列車に使用される80系 '78年から、豊橋機関区に配属され、それまで同区に配置されていた戦前型車の代わりに主に豊橋口の普通列車に使用される事が多かった80系300番代。元々本線区間の中・長距離用電車として作られた車両であるが故、飯田線のような運用には必ずしも向いていなかった。 さすがに戦前型車両に比べ乗り心地も良く、また165系電車よりも安定した乗り心地であった。 '82.08.13 沢〜伊那松島間 TM |
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●中部天竜構内に留置中の80系 飯田線での営業運転を終えた80系は、豊橋区から各地に疎開させられ、この2編成は中部天竜区に留置された。 '83.06.05 中部天竜 TM |
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●牛久保駅に留置された80系 上記と同様の理由で予備車として残った1編成も、豊橋区が手狭なため牛久保駅構内に留置された。 クハ86334他4連 '83.07.25 牛久保 TM |
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●クハ86で唯一のシールドビーム化車、332号 80系の一部に、前照灯をシールドビーム化した車がいたが、殆どがクハ85グループの車両で、湘南顔を持つクハ86で唯一シールドビーム化された332号は、クハ86の中では珍しい変形車だったが、逆にあまりにもマイナーで気づかれる事も少なかった。 クハ86332他4連 新城 HS |
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●飯田線80系の内での異端者、クハ85 主として豊橋口のラッシュ時増結用に使用された車両で、元サハ87300番代を先頭車化改造したもの。デザインは103系等に準ずる高運転台構造で、近代的なスタイルとなっている。 飯田線には104号と108号の2両が在籍し、変化の少ない80系の中で異彩を放っていた。 また、増結用の2両編成はM-Tcでモハ80には貫通扉がなく、増結運転時は危険なので、特殊な貫通路塞ぎ板が付けられていた。 (上)クハ85108 '82.08.14 豊橋 TM (下)貫通路塞ぎ板のついたモハ80 '82.08 豊橋 HS |
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●元80系のクモニ83100番代 '68年(昭和43年)飯田線に転入してきた80系の郵便・荷物車クモユニ81型を、翌年スカ色化とともに郵便室を撤去の上荷物車としクモニ83型に編入され、飯田線の荷物電車として戦前型電車とともに旧国末期まで活躍した。なお、他のクモニ83と異なり、新性能電車との総括制御はできない。 クモニ83101 '82.08.13 元善光寺 TM |
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●モハ80の一部に見られた簡易運転台取付改造車 大垣区に配置された一部のモハ80に、入れ替え等の便宜を図るため簡易運転台取り付けが行われ、その残党が飯田線にも3両在籍した。これはモハ80の2エンド側に付けられた簡易運転台部窓。上部にはちゃんと前照灯、妻面左下腰部には尾灯も取り付けられている。なお、前記の2両増結運転時に使用すれば?と思うところであるが、連結方向が逆なため、飯田線内で活用されることはなかった。(但し大垣区所属時代の急行伊那使用時、飯田折り返しの増結編成としては使用されていた) モハ80341 '83.06.05 中部天竜 TM |
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豊橋区の80系は、基本的にTc-MおよびM-T'cの2両単位で固定され、編成の組み替えは中間のMで切離して行われる。 |
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注…表中モハ80にある(k)は簡易運転台取付車 |