飯田線の戦前型旧形国電('81〜'83)
旧形国電博物館と呼ばれた飯田線で最後まで活躍した戦前型旧形国電

郵便・荷物合造車を併結した飯田線の旧形国電4両編成

伊那福岡〜田切 '83.03.24 TM

飯田線と言えば旧形国電、と言われていましたが、そんな旧形国電がなくなってから早や15年以上が経ち、そんな記憶がある方の年齢も30才を過ぎてしまっていると思います。
そんな飯田線で最後の活躍をした旧形国電を写真とともに振り返ってみたいと思います。

(簡単に)旧形国電とは
「旧形国電とは」っていうのは、世間でさんざ解説がなされていると思いますし、また私は技術者ではないので、技術的な部分の解説はできませんし、するのも烏滸がましいですが、とりあえず飯田線最後の旧形国電というのは、昭和一桁年〜昭和20年代にかけて作られた古い電車の事で、車体は半鋼製でリベットが並んでいたり、窓の上下に帯状の出っ張りがあったり(一部例外を除く)、車内は木製で壁はニス塗り(一部を除く)、床板もコールタールの染みた木張りで、独特のモーター音(吊り掛け駆動音)を伊那谷に響かせて走っていた車両でした。
一部に「ゲタ電」という表現をしている場合もありますが、それは都市部で運転されていた時代に「ゲタ代わりに乗って出かけられる」、つまり「気楽に乗れる列車」という意味で主に「通勤型」に付けられた電車に対する愛称で、旧国=ゲタ電ではありません。

クモハ54のニス塗り車内 '82.08.12 TM

飯田線の場合は、戦前に作られた旧形国電と、戦後に作られた80系グループとに分けられますが、ここでは主に戦前型の旧形国電を扱います。(飯田線の80系についてはこちらへ)

飯田線旧国の変遷
飯田線は'43年(昭和18年)に伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道の4社線を買収してで出来た線で、その時点で既に電化されており電車運転の歴史は長く、買収車両や大正期に製作された17m車なども入線していた。また流線型の車体で一世を風靡したクモハ52なども最後は当線で活躍した。

'78年(昭和53年)には、飯田線旧形国電に大きな変化が起きます。東海道・山陽、中央線等で活躍していた80系が新性能近郊型電車111・113系や115系の投入により余剰となり、飯田線の戦前型旧形国電を置き換える為に投入される事となり、元々4両固定編成での運転が多く、分割併合の少ない豊橋機関区に配置された。同時に中部天竜機関支区に配置の車両も統廃合により車両無配置化された。(同区は機関区に格上げされた)

この時に流電クモハ52やクモハ42等、多くの戦前型の名車が廃車され、一部は伊那松島区機関区の車両と入れ替えられました。

伊那松島区の運用は2両単位で行われ、分割・併合が多く、また郵便・荷物合造車などの運用もあるため、80系への置き換えはされなかった。

伊那松島機関区の旧国 '83.06.06 TM

そんな旧形国電も寄る年波に勝てず、'83年(昭和58年)6月に定期運用から離脱、7・8月の「さようなら電車」運転後全車が飯田線の運用から離れ、当時の国鉄の台所事情などにより保存などは行われず、順次廃車・解体された。
本章では、この時期まで残っていた戦前型旧形国電についての事を中心に書いていきます。

飯田線旧国の分類
旧形国電の車両分類は非常に複雑ですので、ここでは便宜上車体客扉の数と室内シート配列による分類で分けて行くこととします。よって、元々製造時は同一形式の車両もこれによりまったく別形式となってしまいますが、ご了承下さい。

■上記方法による区分で分けると

  • 2扉クロスシート車…42系(クモハ43・53、クハ47)
  • 3扉セミクロスシート車…51系(クモハ50・51・54、クハ68、クハユニ56)
  • 3扉ロングシート車…40系(クモハ61、クモハユニ64)
  • 荷物電車…10系・80系(クモニ13、クモニ83)
  • その他…事業用車等

    となります。(注)

旧形国電の車端表記と銘板 '82.08.11 TM

旧形国電は、途中太平洋戦争などを挟んだり、都市近郊線から地方線区に転出の際に室内構造・客扉数の改造などが行われ、同一形式でもまったく別形態であったり、逆にモーター出力などの関係で、まったく同じ車体ながら別形式を持つものがおりますが、それらは各系列の章で解説していく事にします。

注…旧国電は、旧国電という表記がされる場合もありますが、国鉄内部では前者を用いていたので、当HPではそれを尊重する事としています。逆に旧性能電車に40・51系という「系列」表記はされていませんし、系列の表記は新性能電車と異なり、制御機器環境が大きく異ならないので無意味なのですが、当HPでは扉数、シート形状などの区分のため、便宜的に系列表記をしております。

飯田線戦前型旧形国電編成表('82.10〜'83.6)(静ママ)

←豊橋                                     辰野・上諏訪→

編成番号

廃車年月日
編成番号

廃車年月日
47 069 − 54 110
'84.02.10
14
68 405 − 54 108
'84.01.18
54 117 − 68 408
'84.01.18
15
54 129 − 68 420
'84.03.19
47 009 − 53 008
'84.03.08
16
54 133 − 68 409
'84.02.10
68 403 − 50 008
'83.10.26
17
56 012 − 53 000
'83.10.26
47 104 − 54 002
'83.08.25
18
56 002 − 51 200
'84.01.18
53 007 − 68 400
'83.11.29
19
56 003 − 54 006
'84.02.10
43 015 − 68 414
'83.10.26
20
56 004 − 61 004
'83.08.31
54 131 − 68 416
'83.08.31
21
56 011 − 54 106
'83.11.29
54 111 − 68 410
'84.03.08
22
56 001 − 54 112
'83.08.25
10
54 001 − 68 406
'83.08.31
23
64 000 − 68 412
'84.02.10
11
54 125 − 68 418
'84.02.10
24
61 003 − 61 005
(003)'83.08.31
12
53 001 − 68 404
'83.08.31

(005)'84.03.19
13
51 029 − 68 042
'83.11.29
25
(クモエ21 009)
'85.03.09

※編成番号については、伊那松島機関区への見学者に配布された編成表に書かれた番号で、便宜的に付けられたものと思われます
※原則的に末尾番号が奇数の車は豊橋方に運転台、偶数の車は辰野方に運転台があるが、クハ47104とクハ68409のみは例外的に逆方向を向いている。(両運転台車のクモハ61と郵便・荷物合造車であるクハユニ56とクモハユニ64は除く)
※'82年10月以前の編成もほとんど変化はありませんが、編成番号6の53007の相手は68042、編成番号13の51029の相手は68400と、入れ替わっていた
飯田線旧形荷物電車配置表('82.10〜'83.6)(静トヨ)

クモニ83型(100番代)
廃車年月日
クモニ13型
廃車年月日
83 101
'83.08.12
13 025
'83.08.12
83 102
'84.03.19
13 026
'83.08.12
83 103
'84.03.19

※荷物電車に関しては、特に編成が確定していなかったが、殆どの場合クモニ83+クモニ13の組み合わせで、原則としてクモニ83が上り側(豊橋方)に連結されていた。基本的にクモニ13側が先頭に立たないように工夫されていた。(理由は定かではない)


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