カットの例 〜Carl ORFF "Carmina Burana" (No.1 aus Trionfi)の場合〜



 実際にコンクール(’91〜’94)において演奏された「カルミナ・ブラーナ」のカットについて検証してみる。


●なぜ「カルミナ」か
 私自身が演奏に密接に関わったことがあり、その際に構造を多少なりとも分析したことがあったからで、他に深い理由はありません。

●なぜこの年代を選んだか
 私はあまりコンクールの実況録音版のCDは購入しておらず、たまたま持っていたカルミナが入っていたものが、この年代のものしかなかったからです。ですから、決して特定の演奏団体を攻撃しているわけではないので、ここに掲載されている演奏団体がどこか、などということを探らないようにお願いします。 なお、登場する四団体は演奏した年代順には並んでいません。


 それでは、選曲についてみてみましょう。はじめに演奏した曲を羅列、そののちに私の見解を書いています。各曲の後ろに「(C)」と書いてあるものは、その曲の一部分が省略されて演奏されたことを表しています。


☆1、 Ecce gratum (C)/ Tanz (C)/ In trutina (C)/ Ave formosisima / O fortuna (C)

 この選曲は数ある抜粋の中でも比較的良心的なもの。それでも首を傾げたくなる点がある。 「Ecce gratum」は、待ち望んでいた春がようやく訪れたことをよろこぶものであり、その直前に「春を待ちわびる歌」が歌われてこそ効果が際立つ曲。それはいいとしても、3番まであるこの曲のリピートを省略したのは大問題である。原譜をよく見てみると、各番のディナミックは先に進むにつれて大きくなるように設定してある。これは春が近づいてきたことを表している。さらに、3番だけアーティキュレーションが異なっているのには気づかなかったのだろうか?すなわち、この曲は「繰り返すことに意味がある」曲だったのだ。 カルミナにはこのようなものが多くある。特に三番までの曲は要注意である。それは、「1、過去の栄光 2、今の衰退 3、未来の輪廻」というカルミナの一大テーマの象徴だからである。
 「Tanz」をこの直後に持ってきたのは正解である。この曲で「春の芝生」というステージが用意されたその上で今後の物語は展開していくからである。この団体の選曲には「春を待ち、春が来て、(略)、幸せになってよかったね」という音楽的な構図がしかれている。一番おいしい「経過」が略されているが、選曲としてはまちがっていない。
 「In trutina」は「心を天秤にかけて」という「貞操観念と人を慕う思いとの間に揺れる乙女心」を歌った曲。どの団体も(なぜか)この曲を必ず入れてくるが、カットせずに演奏するのは非常に珍しい。ところがこの曲をやるのなら省略はあってはならない。この曲の持っている音楽的意味を引き出そうとするなら、カットしたら説得力に欠けるからである(迷いの時間の問題と、歌詞の意味合いから)。逆に言うとカットするくらいならやらないほうがまし、とも言える。
 「Ave formosisima」は、これまでくっついたり離れたりしていた男女が結ばれたことを祝う祝典音楽。この曲をやるには前振りをきちんと用意しておかなければならない。その「前振り」の意味合いが特に強い曲は、「Si puer cum puellula / In trutina / Dulcissime」の三曲なのだが、In trutinaはともかく他の二曲を楽器でやるというのは愚の骨頂でしかないのでしかたがない。また、この曲をやると、当然次の曲「O fortuna」もやらないわけにはいかない。
 その「O fortuna」であが、カルミナをやるからにはこの曲をやりたい気持ちは分からなくは無いのだが、結論から言うとこの曲は「やってはいけない」のだ。やってもいいが、その場合かなりのリスクを背負うことになる。 まず、この曲はカルミナの最初と最後に置かれている、ということを忘れてはならない。歌詞の内容から判断しても、この意味は「結局全ては運命の女神の手の内で弄ばれていたことだ」ということである。つまり、曲頭と曲尾の両方に存在しないと意味をなさないのである。コンクールの時間制限の中で、それは無理な話である。あと、この曲もリピートを省略されることが多いが、これもやめてもらいたい。この曲もディナミックが三段階(ウィスパー唱法、フォルテ、フォルテシモ)になっており、この差をはっきり出すためには省略できるところは全くない。これは歌詞とは無関係にである。オルフがいかに慎重に構成を練ったか、というものの現れである。これは蛇足だが、この曲の編曲(クランス版)はいまいち手抜きのような気がしてならない。

☆2、 Were diu werlt alle min / In trutina (C)/ O fortuna (C)

 なかなか「潔さ」が感じられて個人的には好きな選曲。が、厳しくいきたい。いきなりトップに「カルミナといったらコレ!」的な曲がもってきてあるが、この曲は「第一部の締め」的な曲なので、頭にもってこられるとずっこける。実際、全曲演奏会ではこの曲の後に休憩をいれるし、舞台形式では役者の登場もある。また、この曲は歌詞的にもあきらかに他の曲とは異質であり、取り扱いが非常に難しい。この曲をやるのなら「All 第一部」で攻めるくらいの覚悟が欲しい。
 「In trutina」に関しては前述のとおり。この選曲では「激しい→静か→激しい」とするために入れたのだろう。カルミナという楽曲的には誤りなのだが、プログラム的には必要とも思われるが、この判断やいかに・・・・・
 「O fortuna」がここでも登場。前に二曲しかないため、「これもありか」ともちょっと思ったりするのだが・・・・・ 注目すべきは「Ave formosisima」が入っていないこと。これはかなり勇気がいったことと思われるが、英断である。なお、実際の演奏時にはこの曲の前に「明らかに異常な長さの」パウゼがあった。必要とも思えるし、なくてもいいような気もするのだが・・・・・
 この年は課題曲が長いものが多かった年で、このような選曲となっている。個人的には「In trutina」をやらないで「O fortuna」を全曲やればもっとよかったかな、と思う。でも、それも味気ないかも・・・・・

☆3、 In taberna quando sumus (C)/ In trutina / Ave formosisima / O fortuna (C)

 この選曲のトップは「第二部の締め」である。先の団体と同じ理由でずっこけるのだが、第二部の場合はさらに始末が悪い。第二部はわずか4曲からなっているのだが、その連続性たるや見事なものである。また、歌詞のニュアンスをよくよく考えてみると気づかされるのだが、第二部はそれ自体が第一部のパロディなのである。よって、いきなり単独で、しかも終曲がでてくるのはおかしい。 それと、この曲は音符にするとただ同じようなものの繰り返しだが、歌詞をみると壮絶である。「一杯目は誰々に、二杯目は誰々に・・・・・」というように色々な人物に乾杯して回っているのである。すなわち、この曲では「繰り返した数」がもっとも大きなポイントとなっているので省略は絶対に不可なのである。しかもその数字は聖書(だったかな)に由来する。ふざけたようで、恐ろしい曲なのだ。
 あとの三曲に関しては前述のとおりである。ただ、「In trutina」がノーカットで演奏されたのは珍しい。また、「O fortuna」も編曲に手が加えられていたようだ。 一曲一曲はじつに丁寧に検証したようだが、全体とまではいかなかったようだ。

☆4、 Veris leta facies (C)/ Ego sum aggas (C)/ In taberuna quando sumus (C)/ In trutina (C)/ Ave formosisima / O fortuna (C)

 さて、最後である。もはや「カルミナ吹奏楽版・コンクール編」の悪いところを結集させたようなとんでもないものを紹介しておこう。
 「Veris leta facies」が単独であるのはいかにもおかしい(望んだ春はどうなったのだ?)し、この曲は「繰り返すことに意味がある」曲のもっとも分かりやすい例なのだ。「なぜリピートマークを使わずに繰り返しを指示するのか」ということの意味をよく考えてもらいたかった。
 「Ego sum aggas」はそもそもが楽器でやること自体に疑問。延々とソロであるこの曲が自由曲として適当であるとも思えないし、肝心のソロが「酔っ払いの雰囲気」を表現しきれないのが大問題だ。おまけにカットとは・・・・・
 「In taberuna」は、前述に同じ。が、この団体の場合はさらに始末が悪かった。カットの仕方が最悪なのである。3回繰り返しのところを2回しかやらない、という半端な処理をしつこく繰り返していた。原曲を知っているものとしてはこれほど不自然なものはない。聴いているうちに気分が悪くなってきた。
 のこりの三曲に関しては前述のとおり。
 全体として「やらなくていい曲をみみっちいカットをしてまでやる」という結果、なんともまとまりのない後味の悪いものとなっている。これは、楽団の音楽監督の責任でもあるし、このような演奏を全国大会まですすめた地区大会の審査の良識を疑いたくなる。


 以上、そうとう辛口でカルミナのカットについて検証してみました。最近ではカルミナ自体が少なくなってきましたが、もしこれからやられるかたは、なにかの参考にしていただければと思います。 たまたま今回はカルミナでしたが、ほかにも似たようなカットのされ方をされている曲がいっぱいあります。何気なくやるのではなく、きちんと責任持ってやってもらいたいものです。

<提案>
 編曲物をやるときは、プログラムにのせるときに元編成を明記する。(オーケストラのための「序曲 ピータールー」 M.アーノルド  というように)

 抜粋物・カット物をやるときは、曲名の最後に「より」をつける。



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