<検索エンジンで辿り着いた方へ>
トップページは
こちらです!


いろんな話 投稿者:NAPP  投稿日:11月30日(火)02時41分32秒
>JUNさん
 私の愛する新星日響。2年前にオトマール・マーガの指揮で第9を共演させていただいた新星日響。私の作曲家人生に大きな影響を与えてくれた北爪道夫「映照」を委嘱してくれた新星日響。あぁ!なんてこと! 先ほど新星日響団員のかたのHPを見たら「吸収合併ではなく対等合併」という主張。でも、オケの方針はどうなるの?
 ともかく、これで「グレの歌」をトラなしでできるオケの誕生か?
 「海の上のピアニスト」は試写会の抽選に応募。あたるかなぁ。

>ちんぴら指揮者さん
 EWEに関する補足、ありがとうございました。私も「タイム&ウインズ」を買っておかなければ。
 アマチュアで守ることは確かに難しいことですね。プロよりもアマチュアのほうが活動が盛ん(のように思われる)な日本でEWEのスタイルが身につかないのは、深刻な問題です。 作曲家がアマチュアに委嘱されて曲を書いた場合、作曲家は委嘱元の団体の編成にあわせて曲を作成する、というのも一つの方法かもしれません。他の団体が再演するときは、それに合わせてもらう、とかね(委嘱者の特権ってやつですね)。私だったら多分、平気でクラを16分割くらいしそうだ。オケでヴァイオリンを全分割することは珍しいことではないんだし・・・・・
 ところで、「フェネル先生で直接の演奏経験を持つ身の」っていう部分が気になるんですが、詳細なデータ、思い出を差し支えなければ教えてくださいませんか?

>S.O.さん
 おぉ!嬉しいよう \(;。;)/ 自粛モード、ぜひ解いてくださいよ。あの一件の責任は全て私にあるのですから。この場での討論者の減少は、吹奏楽界の損失(大きくでてしまった)です。ぜひぜひ。梶木さんも、読んでおられたら、ね。
 さて、国立関係の情報、ありがとうございました。一度、立川に出向いて現地調査したいところですが、なにせあそこは辺境の地なもので(失礼)滅多に行かないものでして。でも、あそこの図書館の資料はすごく整理されているので、近日中に出向したいところ。 ちなみに武蔵野音大江古田キャンパスはすごく近いのですが、あそこの図書館はいまいち。
 私は東京音大関係ならさすがに強いですよ。近日中に有馬礼子「紋様」、遠藤雅夫「ミラージュ」、三枝成章「ピアノ協奏曲」、端山貢明「メタボリスム」、南弘明「ディデュラムボス」、渡辺浦人「必勝祈願太鼓」の音源を発掘して入手しようと画策しています(存在することはわかっている)。
 浦田作品の記述は、多分「音楽の友」の奏楽堂柿落とし特集でしょうか。バックナンバーをあたってみます。
 中村滋延先生は、私も参加する今度の12月12日の電子音楽の祭典で、京都芸術短期大学映像専攻の代表として来られますので、もし機会があれば直接伺ってみましょう。 って、絶対無理だとは思いますが・・・・・

 

自粛すべきなのですが 投稿者:S.O.  投稿日:11月30日(火)00時42分52秒
 少しだけ。国立音大の田中利光氏の管弦楽作品集のCDにあった作品リストに、吹奏楽の作品があったと記憶しています。それと、昨年の4月に、芸大の奏楽堂の柿落としに演奏された、浦田健次郎氏の作品(たしか吹奏楽のための「アンティフォナール」だったと思う)が印象に残ったと富樫康氏が何かに書いていたと思う。
 それと、国立音大の増田宏三氏も、作風は日本趣味の保守的な作風ですが、私は好きです。同じく、国立の中村隆一氏の「シンフォニア」という作品は、国立音大が録音しているし、楽譜までグラモフォンから出版されていたのに殆ど注目もされませんでしたが、素晴らしい作品だと思います。中村氏には、他には「エオリアン・スケルツオ」というオルガンと吹奏楽の作品も演奏会で聞きましたが、これも良かったです。中村氏ついでに、意外と知られていませんが中村滋延氏も、いくつか吹奏楽作品があります。私の地元の祭り(「灘のけんか祭り」)を題材に、吹奏楽組曲を書かれていて、地元のテレビ(サンテレビ)の秋祭り収録番組のテーマ音楽として、姫路市吹奏楽団の演奏するこの曲が使われていたことがあります。もう20年くらい前のことですが...。そういえば、氏は数年前に吹奏楽コンクールの課題曲にも応募されていて、意外に思ったこともありました。
 もう一つ、愛知県の東邦高校吹奏学部のホームページに、兼田敏、寺井尚行、豊住竜志各氏の作品のオーディオデータがありました。若手の豊住氏は、数年前に「現代日本のオーケストラ音楽」にピアノ協奏曲が入選されていましたかね。

 ああ、もっといっぱい書きたいよお(;_;)。せっかく、磯田先生も登場しているのに。そろそろ、自粛モードを解きましょうよ>梶木さん

編成考2 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日:11月29日(月)23時22分38秒
EWEにおけるウインドアンサンブルの考え方による編成は私にとっても理想の形態です。しかし数、編成にギャップがあるアマチュアの楽団では少々無理なようです。
ただ、その考え方に傾倒している私は、演奏のスタンスにウインドアンサンブルの精神を生かそうと努力するのです。フェネル先生で直接の演奏経験を持つ身のアマチュア指揮者としての責務とさえ考えてしまうのです。
尚、ウインドアンサンブルの理念やその考え方に至る考察の経緯を知るにはフェネル先生の著作「タイム&ウインズ」を読む必要があります。ぜひ皆さんも読んでみて下さい。(佼成出版から出てます)

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


予告編 投稿者:Jun  投稿日:11月29日(月)22時03分50秒
観ましたよ、『海の上のピアニスト』。>NAPP様。
原作も出版されているそうで、どっちも興味あるなあ。

今朝の朝日にも載っていましたが、「東フィル+新星日響=東フィル(180人弱)」はどういう展開になるんでしょうね?実は東フィル首席Hrの今井彰さんは大学の先輩でして他人事ではありません。オペラ系に定評のある東フィルと近現代ものに意欲的な新星、ですか。
日本のオーケストラ界にとっては、今年最大の話題かも!?

http://www.freepage.total.co.jp/junmwn/index.html


編成考 投稿者:NAPP  投稿日:11月29日(月)12時06分08秒
 磯田先生、編成に関する書きこみ、ありがとうございました。
 フェネル氏の提唱したEWEの概念は、演奏家にとっても作曲家にとっても、とても幸福な概念ですね。でも、日本では、とくに吹奏楽にあまりなじみのない作曲家には、ほとんど知られていないというのが現状ですね。名前くらいは知っているかもしれないけれど、その具体的内容なんてのは知っている人がはたしてどれだけいるか・・・・・ (かく言う私も熟知しているわけではない)
 思い出されるのは先日の遠藤雅夫先生のお話。このような基本的な概念は音楽学校で教えるべきだと思います。 基本的に1パート1人で作曲をしてきた管弦楽作曲家が生まれて初めて吹奏楽を書くことになったとき、まず感じるのが「バランスが分からない」ということでしょう。例えば「20人近いクラリネットのtuttiと6人ほどのトロンボーンとのバランス」なんて言われても、とっさには判断が難しい。先の遠藤先生のお話だと、遠藤先生は「もやもやっとした曲」を書きたかったそうです。しかし「バランスが分からずに手探りで書いたらえらいことになった」のだそうです。たしかにそのような微妙なバランスが要求される表現は、人数がきちんと規定されていないと「書けない」のです。結局、吹奏楽でできるのは「明快なサウンド」(遠藤先生談)ということになります。
 ある程度の基本的な概念は必要ですね。そして、それになることができるのがEWEの概念なのです。そして、それによって提示された基本的な構成人数に、作曲家が個々の作品で人員を増減し、きちんと「指定する」ことが大切だと思います。 それが遵守されるかどうかは別問題として、それなりの努力を作曲家はするべきだと思います。
 日本において、生まれて初めて吹奏楽を書くことになった作曲家が、参考にする編成は全日本吹奏楽連盟の課題曲のものではないでしょうか。まずはそこらへんから考えていかなければいけないかな、と思います。少なくとも、課題曲募集要項に作曲家をげんなりさせるようなことは書かないでほしいと思います。

>JUNさん
 う〜ん、はたしてこのページをみて「実際に演奏してみよう」と考えてくださるかたがどれほどいてくれるのでしょう? 楽譜の所在や、委嘱団体を提示したのですから、やろうと思えば蘇演・再演は可能なものもあるのでは、と思うのですが。 どれか一曲でも、再び日の目をみることがあれば、これほど幸せなことはありません。高水準の吹奏楽曲の発掘を望みます。


 「海の上のピアニスト」という映画の音楽を担当しているのがモリコーネだということを昨日知りました。これは絶対見に行かねば!

 新星日響と東フィルが合併するというショッキングなニュースがとびこんできました。個人的に新星日響のサウンド(とくに現代もの)が大好きなので、とてもショックです。新星日響と東フィルでは、現代曲の演奏頻度が全然違う(新星日響が多い)ので、悲しいです(東フィルに新星日響が吸収される、というような形らしい)。ついこの間聴いた新星日響のバルトーク「オケコン」のサウンドが脳裏をかすめます。悲しい。

はじめまして 投稿者:Jun  投稿日:11月29日(月)08時05分49秒
というか、以前ネムでお会いしたことがありますが、こちらでは初めてということで。>磯田先生。
『200CD 管楽器の名曲・名盤』買いました。大変面白いです。考えてみればこの手の本って今までなかったんですよね。ウチのHPでも近いうちに紹介させて戴くつもりです。
現在『200CD 吹奏楽の〜』も注文中です。吉松先生がどんな文章を書いているのか楽しみにしています(笑)。吉松先生の『サイバーバード〜』や『朱鷺に寄せる哀歌』などけっこう好きですが、彼みたいな人にオリジナルの吹奏楽曲を書いてもらいたいっていうのはまだ無理でしょうか?気を長くして待ちたいと思います。

>NAPP様、ウチの掲示板に書き込んでいただきありがとうございました。
早速読んでみましたが、力作ですね!今週は千葉からPHSでモバイル接続ですので、自宅に帰ってからプリントアウトして、じっくり勉強してみたいと思います。
こちらもウチのHP&掲示板で紹介させてもらいますので、よろしくお願いします。

伊藤 順(盛岡ウインドネットワーク)

http://www.freepage.total.co.jp/junmwn/index.html


有難うございました。 投稿者:磯田健一郎  投稿日:11月28日(日)17時36分17秒
 突然の書きこみに丁寧に対応して頂き、誠に有難うございました。また、制作意図も非常によくご理解頂いているようで、感謝いたします。吉松氏の件に関しましても、ご心情、考え、理解いたしました。一応、暴露すると、彼はアマチュア時代、実はファゴット奏者だったのです!

 編成概念については、フレデリック・ファネルがイーストマン・ウインド・アンサンブルを創生した時の思想が最も適切だと私は考えています。
 拙著にも書きました通り、フェネルはフルトヴェングラーとクーセヴィツキーの弟子で、オケ指揮者としてロンドン響、ボストン、クリーヴランド等の一流オケを振っている人物。彼が母校のイーストマン「シンフォニックバンド」の指導を依頼され、「吹奏楽」の作品の少なさと欠陥に気づき、ワグナーとストラヴィンスキーのスコアから創出したのが「ウインド・アンサンブル」です(このあたり、フェネルを吹奏楽の指導者、などと誤解している日本の吹奏楽関係者は、「オケからの発想」「作曲家の側に立った発想」ということが理解できないようですね)。
 作曲家にとって、管弦楽とか弦楽四重奏のように「楽器」としてイメージ可能な大きめの「管楽アンサンブル」ですね。そしてもちろん、そこに加えられた楽器を使用するかどうか、また、さらに楽器を加えるか、といったことは、作曲家のイマジネーションに一任する。管弦楽におけるプルトや、2管か3管かといったように。フェネルはそこまで考えた上でEWEを作っていました。
 私は現在のところ、これが最も常識的であり、またクリエイティヴでもある思想だと思います。・・・でもEWE創生から約50年経った現在でも、日本の吹奏楽関係者はこの考え方を全く理解していないように見えます。残念なことです。
 このような状況をぜひ活性化していってください。今後も期待しております。また拝見させていただきます。  

た〜ん・どぅ〜ん! 投稿者:NAPP  投稿日:11月28日(日)17時27分00秒
 譚盾の「オーケストラルシアターIV 門」を「見に」行ってきました。
いやぁ、貴重な体験をさせていただきましたよ。結論から書くと、「ありゃ、音楽だけなら全然ダメ」ってやつですね。中国(虞美人)、イタリア(ジュリエット)、日本(小春)の3人の女性が、愛ゆえに自ら命を絶った情景を、それぞれ京劇、オペラ、浄瑠璃で表現したんですが・・・・・
 京劇まではよかったんです。中国の五行音階と現代要素、民族舞曲のリズムと京劇、と惹きつけられるものがありました。でも、ジュリエットが五行音階でアリアを歌い出したときはどうしようかと思いました。いや、譚盾本人は西洋的手法でアリアを書いたのかもしれないけど、どう聴いてもあれは中国の音楽だった。 続く日本の浄瑠璃も中国風の音楽に支配され、雰囲気が今一つ。京劇、アリアは物語を歌で、すなわち音程を持って語っていたのですが、日本だけは純粋なる語り(朗読)。これはおそらく日本語の持つイントネーションによって作曲技法が著しく制限されるため。 まさに「音楽に国境はある」ということを実感しました。 最後に三国が絡むことを期待したんですが、それはなし。なんか、「それぞれが言いたい放題いって終わる」みたいな感じでした。 全曲を通じて流れる固執モティーフが、なんか「中国旅行したメシアン」みたいで、思わずオンドマルトノを重ねたくなる音型でした(ソプラノのすばらしく上手い声が似ていたせいもある)。
 映像を用いたことに関してですが、これは「正面からだけではなく、別の視点から同時に鑑賞させる」という意図があったようです。三ケ所に設置されたビデオの映像をリアルタイムでオーバーラップさせていくもので、これはなかなか面白かったです。ただ、ちょっとだけ「技術に溺れた」感がありました。というのも、「映像にアップでうつる」という効果をだすためにビデオカメラに役者さんが近づいていく場面があったのですが、カメラが横向きに置いてあったこともあって、ステージ上の実演のほうが間抜け極まりなかったのです。これでは「複数視点の同時性」というコンセプトがいまいち生かしきれていなかったと思うんです。もっとも、パーフェクトに両立させることはほぼ不可能だということは分かっていますが、見せ場だっただけに気になりました。
 よかった点は、なんといっても映像との相乗効果で抜群の印象を受けた「タイプライター」の使い方と「水滴」の使い方でしょう。タイプライターはあの場合、審判の書記の象徴だったのでしょうか?(いささか時代にそぐわない・・・・・って、時代設定はあったのか?)
 あとは客席に拡散配置されたヴァイオリンによる音響の推移が面白かったけど、これは別に目新しいことではないしなぁ。 あとは「審判」の演技を兼ねさせられたデュトワが、最初の方は張りのある声で叫んでいたけど、曲の進行にしたがって、だんだん疲れていったのが面白かった(失礼極まりないな)です。

 全体的に見ると、「すばらしさ」はなかったけど、「面白さ」は十二分にありました。とくに役者さんの熱演はすばらしかった。あと、音楽会にも関わらず、演劇関係など多くのジャンルの層の人達が見に来ていたのがとてもすばらしいことだと思いました。譚盾の公演はやはりその場で「体験」するに限りますね。 しかし、あれをCDで聴いたらとんでもなくクズに聞こえるんでしょうね。


 「保科洋作品集」の感想は日を改めて書くことにします。って、あんまり書くことないんですけどね。全体的に悪いところは見当たらないので、「風紋」改訂版の感想と、兼田氏の序文に関するくだらない話がちょっとある程度ですね。

 たびたび話題にしていた私の電子音楽作品も発表される演奏会のご案内。
「インターカレッジ・コンピュータ音楽コンサート」
12月12日(日)18時〜20時
 早稲田大学理工学部 57号館2階視聴覚教室(高田馬場)

 なんか、主催者である菅野由弘先生から作曲者に対して簡単なインタビューがあるらしい・・・・・ うっかり変なこと口走らなければいいけど。

res:磯田先生 投稿者:NAPP  投稿日:11月28日(日)16時06分03秒
 磯田先生、はじめまして。書きこみに対するご注釈、どうもありがとうございました。
著作中の「吹奏楽の定義」については私が誤った解釈をしていたようで、申し訳ございません。たしかに「広義の」意味では同属楽器のアンサンブルでも「吹奏楽」と言うことは可能ですね。というか、私自身が「吹奏楽」という編成を限定しすぎているのでは、ということを最近考えるようになっています。「管弦楽」という編成が多種多様なように「吹奏楽」という編成も多種多様な編成をとることができるのは当然なのでしょうね。
 「ガーデンレイン」を取り上げることは、全体的に見ればとても意義のあることだ、と私も考えています。ぜひ多くの人に知っておいてもらいたい貴重な作品でありますし、同時に並べることで比較対象となることもできるわけですから。 ただ、「狭義の」吹奏楽の響きを求めた人がそれを期待して聴取した場合をことを考えて、このページではあえて否定的に書いております。
私の言う「狭義の」吹奏楽サウンドとは、オーケストラや管楽アンサンブルとは異なる、すなわち同パートの楽器が複数存在することによってソロ的音色と異なる、いわばよい意味で「没個性的な」管楽器の群れでの音響のことです。
 磯田先生が取り上げていらっしゃることの意図は、私としても理解しているつもりです。もしも「ガーデンレイン」が佼成からCD化されておらず、本でも紹介されていなかったら、きっと私は「吹奏楽作品」として取り上げ、紹介することになっていたでしょう(苦笑)。

 吉松氏の文章に関してですが、これもやはり収録されたことの意義はよく分かっているつもりです。吉松氏が作曲家として書いておかなければいけない、と考えた(であろう)ということは理解できます。 私が納得できないのは「同種の木管や〜(中略)音楽的な理由では生まれえない編成」という部分。例えば「クラリネットだけによるクラスタ」や「10人近くのフルートによる重音奏法による音響」とかいうサウンドを求めるのは「音楽的欲求」とは言わないのでしょうか? もっとも、作曲家個人としてそのサウンドに魅力を感じないのは自由なのですが。
 吉松氏の「一角獣回路」は生で聴きましたし、「オリオンマシーン」以外の管楽器コンチェルト(本人いわく「恵まれない楽器のための協奏曲シリーズ」ですね)、および「チカプ」や「鳥たちの時代」はきちんと聴いています。「管楽器に対して冷たくない」のは確かですね。
 吉松氏の意見は、他の多くの作曲家が感じているであろうことである、ということは間違いありません。あの場に書いたということは、とても貴重なことであるのは確かです。
 あと、あれを読んだ直後はたしかにちょっと怒りを感じましたが、今はべつに怒ってませんよ。(^^ゞ

 磯田先生の著書は、吹奏楽のオリジナル曲(この言い方も好きではありませんが)の普及に大きく貢献するものだと思います。すばらしい本です。末永く読ませていただきます。
 また、今後とも良質のCDのプロデュースをお願い致します。どうも有難う御座いました。

こんにちは、はじめまして。 投稿者:磯田健一郎  投稿日:11月28日(日)10時41分07秒
 拙書お買い上げ戴き、誠に有難う御座いました。わずか2カ月の制作期間での発行で、不備もあるかと思いますが、ご愛用願います。
 1,2、NAPP氏の書きこみに誤読があるようですので、書きこませて戴きます。まず「吹奏楽の定義」ですが、そのように狭く書いておりません。
同属楽器のアンサンブルに関しても「広義」で含めることは可能と書いたはずでありますが?また《ガーデンレイン》を収録しないのは、CDプロデューサーとして自己矛盾になります。ご存知のように私はプロデューサーとしてTKWOのアルバムアルバムで武満、柴田両先生の作品を収録しておりますので。こういった「広義」のことを含めているのは、「狭義」の定義をこういった制作活動(アルバム制作、著述も含め)で採用した場合、「漏れ」が多くなり、「知られざる作品」が膨大に増えて行く懸念があるためです。
 チャンスがある限り、幅広く現代作品を紹介したいというのが私の基本的スタンスなのですが。
 ご理解願えませんか?音楽はより広く知られるべきものだと私は思いますが?(吹奏楽という「曖昧さ」を逆手にとって、現代作品を俯瞰した本、という解釈でもあながち的外れではないかも知れません)。
 また、吉松氏の件ですが、お怒りになる前に「吹奏楽の本」に、あえてああいう文章を載せた吉松氏の心意気と、それを企画した私たちの意図を、NAPP氏ならご理解戴けるはずですが、どうでしょう?同時に弦楽器だけでも欠陥多し、と吉松氏の文章にあるのもお見逃しなく。
 念のため書いておきますが、氏はファゴット、トロンボーン、サクソフォンなどに優れた協奏曲を書いており、「管楽器の発音システム上の問題点」を弱点と決め付けてはおりません。同属楽器アンサンブルではありますが、ラージ・フルート・アンサンブルのための《チカプ》という作品もありますし。
 以上、簡単ですが、拙書に関する書きこみについてです。
 今後のNAPP氏の活動の、より一層の充実を期待しております。

更新しました 投稿者:NAPP  投稿日:11月28日(日)04時40分25秒
 久々に大改訂をしました。ぜひ御照覧あれ。
 たびたび書いていた「某作曲家の作品集のCD」というのは三宅榛名氏のものでした。収録されている吹奏楽曲は「プレイタイム 〜ピアノ、シンセサイザーと吹奏楽」でした。

 とりあえず、レスは明日にします。あと、譚盾のオーケストラルシアターの感想、CD「保科洋作品集」の感想(結局買った)も後日書きます。

失礼しました 投稿者:Jun  投稿日:11月26日(金)07時26分48秒
>NAPP様。勘違いしていましたが、それにしても面白そうですね。
遠藤先生の「ブラストレーション」という言葉、なかなか言い得て妙だと思います。
管楽器特有の倍音構成や響きのパレットが理解できていない作曲家には、取っつきにくい演奏形態になってしまっているのかもしれませんね。
故武満徹氏が吹奏楽(または管楽アンサンブル)作品を残していてくれたら、とかえすがえすも残念です。

ところで話題は変わりますが、全日吹連が「音楽之友社賞」を受賞いたしましたね。
以前合唱連盟も受賞したことがありますが、これを機にまた、「日本の音楽界」の中における吹奏楽の位置づけについても、改めて考えていく必要があるように思います。

http://ww.freepage.total.co.jp/junmwn/index.html


 投稿者:NAPP  投稿日:11月25日(木)20時59分51秒
>裸の大将さん
 そうですね。宴席の場でやたらと「音楽談義」をぶちかます人は、あまりよい指揮者のようには感じられないかも。
 私は、自作の曲を演奏してもらうときに練習に立ち会う(指導する)ことがよくあるんですが、その後にできるだけ演奏者と食事したりする機会を設けることにしています。もちろん、その場では音楽の話はほとんどしないで世間話に終始するんですが、そうすることによって次の合奏が見違えるほど上手くいくのですね。 初対面の演奏者同士でアンサンブルを組んだときはなおさら。打解けた者同士だからできる演奏ってのはすばらしいです。音楽が「人と人との交流」であることを実感する瞬間です。 そうした演奏者同士(ときには指導者も交えた)の交流の場を用意することも、とても大切なことだと思っています。

>JUNさん
 すと〜〜っぷ!!「西村作品集」は「吹奏楽作品集」ではありません。あくまでも「西村朗という作曲家の個人作品集」であり、そのCDに収録された曲の編成は多岐に及んでいます。「吹奏楽」はその多くの編成にたまたま入っていた編成の一つの形にすぎず、そしてその吹奏楽曲が「巫楽」なのです。
 吹奏楽曲の収められたCDの多くは、ほとんどが吹奏楽だけで構成されていますが、もっと他の編成とごっちゃになったものが多くあってもいいように思います。「吹奏楽」はあくまでも「音楽の形の一つ」にすぎないのです。
 多くの編成と吹奏楽がクロスしているCDを探し出すことはとても重要なことです。次回の更新で私が紹介するCDも、某作曲家(まだ秘密)の個人作品集で、やはり吹奏楽のほかにも「筝と三絃のduo」だったり「PercとPfのduo」などが入っています。


 はてさて、今日は遠藤雅夫先生と話す機会があったので、先生の20代のときの吹奏楽曲「ミラージュ」についてお話を伺ってきました。マリンバ協奏曲であるこの曲は、先生はもう二度と演奏するつもりはないそうです。その理由はここに書くことはできませんが、「正式なオーケストレーションとブラストレーションは違うので、よほどの作曲家(吹奏楽作家ではなく)でないと吹奏楽を書くことは難しい」というようなことをおっしゃていました。そして「音楽学校においてブラストレーションを教えるべきだ」ということも。
 厳しい批評家でも知られる先生から、ひとしきり「現在もてはやされている吹奏楽曲」(某打楽器ドカドカのあれ、長崎民謡変奏曲のあれ、なども含まれていた)の欠点を聞かされた後、「では遠藤先生が吹奏楽曲でいいと思った作曲家は」と尋ねたら「間宮芳生、浦田健次郎、三善晃」とのことでした。

西村朗作品集!?  投稿者:Jun  投稿日:11月24日(水)22時53分56秒
>NAPP様、西村先生って、吹奏楽作品そんなにあったんですか!?
ちょっと驚きですね。『巫楽』しか知らなかった・・・。

じつはうちのHPの掲示板、いままで「コンクールレポート掲示板」としていたものを「吹奏楽・なんでも掲示板」として、色々な情報を積極的に載せていくことにしました。
「西村朗作品集」もぜひ皆さんにお知らせしたい情報です。
なにか耳寄りなネタがありましたら、是非書き込んで下さい。
お願いします。

伊藤 順(盛岡ウインドネットワーク)

http://www62.tcup.com/6213/golf587.html


指揮台を降りた後の指揮者… 投稿者:裸の大将  投稿日:11月24日(水)16時46分10秒
>「指揮台に乗っている時は張り詰めた緊張感をもって、的確に効果的な表現を
>《引き出していく》ように仕向けていく人、指揮台をおりたらやんわり穏やか、
>普通のオモロイ人」っていう指導者が理想かなぁ。じつに難しい切り替えですけど。

私は一般バンドで指揮を振っている時は、練習が終わった後の飲み会の場まで、指揮者でいたくはないと思っていました。
他の一般の団員指揮者の方はどうなんだろう?

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~mht/ht/


間つなぎ 投稿者:NAPP  投稿日:11月24日(水)03時16分39秒
>裸の大将さん
 にゃるほど、う〜ん、一般バンドの場合、指導者がコロコロ替わったらおおごとですね。 この場合の「惰性」っていうのは「だらだら無意味にやる」といった程度でしょうか。
 もし私が一般バンドの一プレイヤーだったとしたら、「指揮台に乗っている時は張り詰めた緊張感をもって、的確に効果的な表現を《引き出していく》ように仕向けていく人、指揮台をおりたらやんわり穏やか、普通のオモロイ人」っていう指導者が理想かなぁ。じつに難しい切り替えですけど。
 プロの場合、数回の合わせだけで本番に持っていくので、またスタンスが異なってしかるべきでしょうけど。


 次回の更新はすごいですよ。自分で言うのもなんですけど。
 これまで「現代作曲家と吹奏楽」および「日本の吹奏楽の古典」では作曲者と曲名にしか触れていませんでしたが、今回から「曲の演奏時間、楽譜の出版元、未出版の場合は委嘱または初演者」というものを分かる範囲で載せることにしました。これにより、「委嘱者からたどっていって演奏権を持っている人物(作曲者?)と交渉、楽譜を入手し演奏」ということが可能になると思います。あとは、これを読んでくださる指導者の方がいてくださるのを祈るのみ、ですね。 それにしても、「これは絶対おもしろい作品!」というような曲は以外と出版されているもんなんですね。例えば辻井英世氏の「響像 II」とか・・・・・
 もう少し突き詰めて調べたい作曲家が数名いますので、いましばらくお待ち下さい。
 かれこれこの一週間くらい、この作業で手一杯です。はたして、どの程度の意義があるのか・・・・・ でも、誰かがやらないとあの宝の山が埋もれてしまうのは目に見えてるし。 でも、このページって、どの程度のバンド指導者が読んで下さっているのかなぁ・・・・・

 それと、あと一点、とても面白い情報をアップします。それはとある作曲家の作品集のCD紹介なんですが、これがあまりにも「知られていない」吹奏楽作品なんです。私としては「西村朗作品集」なみに意義のあるCDだと思っているのですが・・・・・ えっ?それは誰のCDか、って? それは見てからのお楽しみですよ。 ヒント。極めて個性的な日本人作曲家です。演奏しているのは洗足学園ウインドオーケストラです。ある意味ダブルコンチェルトです。 それでは、お楽しみに(なんかTVのヒキかたみたい)

惰性 投稿者:裸の大将  投稿日:11月21日(日)01時02分36秒
>なおかつ惰性でなく
なるほど。
これは特に一般バンドでは通用しないですね。生徒が年々入れ替わるスクールバンドのことは、私には良くわからないけど。 というか、一般バンドってのは常に惰性と戦っているような気がします。”私の体験した限り”ですが。(^_^;;;

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~mht/ht/


re:Tan Dun 投稿者:岡村  投稿日:11月20日(土)23時42分07秒
久し振りに、ここに書き込みます。

>刈り上げ中国人

これは、私はうけました。

私は、譚盾の顔を知らなかった頃は、何か「いかつい顔」の人だと思っていました。(漢字で勝手に判断しました。)

ところが、実物は、確かに「刈り上げ中国人」です。

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamrua/


いろいろ 投稿者:NAPP  投稿日:11月20日(土)16時17分01秒
まずはレス

>裸の大将さん
そうですね。そして、「なおかつ惰性でなく」というのも私は必要かと思います。面白いだけ、やさしいだけではいけない、というのも「指導する」ということにおいては大事だと思うのです。もちろん、むやみに厳しいだけではいけないと思いますが。

>譚盾に関して
 私にとって譚盾は「マルチメディア作家」なんです。彼の作品は音楽のみではなく、他の分野とのコラヴォレーションのものが真骨頂なのでは、と思っています。音楽のみのものは私はあまり好きではないです。 もっとも、視覚効果などを伴う作品を実際に聴いたことがあるわけではないので、今度の「門」を聴いて(見て)、それからちょっと考えてみたいと思っています。

>T・Nさん
 東京音大の先生たちが作った聴音の問題集は、カワイ出版からでていますよ。タイトルは「聴音課題OOO」とかいうのだったと思います(OOOには3桁の数字が入ってます。実家においてあるんで正式な書名が不明)。著者は有馬礼子、糀場冨美子、遠藤雅夫、佐瀬道子らの共著です(東京音大の作曲科、ソルフェージュ科の先生ですね)。他にも、同じシリーズ、ほぼ同じ著者達(少し違うけど)で楽典の課題集もありますよ。
 ちなみに、過去問はあの広辞苑なみに分厚い音大入試問題集の東京音大のものを抜き出してやってました。受験生時代のピアノの先生が音楽高校にお勤めで、過去のものを大量にコピーしてきてくださいました。
 12月の冬季講習会には行かれますか?行くと先の問題集も売っていますし、聴音などの試験の傾向も教えてくれますよ。どっちにしろ、聴音はパターンさえ知っていれば、ある程度は大丈夫ですよ。それでは、がんばって!


 さて、話題の本「200CD 吹奏楽 名曲・名盤」をさっそく買ってきました。まだ、つらっと眺めた程度ですので、詳しくは後日にしたいと思います。
 が、最初の印象だけ。まず、好感が持てる点は選曲がかなり幅広いことと、載っているCDが国内盤に偏っていないこと。入手しやすい国内盤は、正直演奏が劣悪なものが少なくないので、これは嬉しかったです。 う〜ん、と思ったのはやはり「管楽アンサンブル」と「吹奏楽」がきちんと定義されていないこと。R.シュトラウスやモーツァルトなどには目をつぶるとしても、武満のガーデン・レインは載せないで欲しかったです。冒頭に「本書では管楽器と打楽器によるアンサンブルが吹奏楽」と明記されているにもかかわらず!

 最後にこれだけは。最後の方に作曲家からみた吹奏楽、ということで西村朗、伊藤康英らの先生方が文章を書いています。その中の「吉松隆の文章」がありますね。
 最初これを読んだときは「どうしてくれようか」と思いましたが、冷静に怒りを静めて考えてみると、「これが一般的な音楽ファンから見た吹奏楽の認識なんだ」ということと「同じように考えている作曲家はそんなに少なくないだろう」ということは事実なんだと考えられます。この事実を吹奏楽界はしっかりと受け止めて熟考する必要があると思います。
 他の言動での結果、音楽界の悪役となりつつある吉松氏にはこの際吹奏楽でも悪役になっていただきましょうかね(「朱鷺に寄せる哀歌」は大好きなんですけどね)。ただ、管楽器の発音システム上の問題点を「弱点」と決めつけて「逆手にとってやろう」という発想に至らない、また、「発生した音」のみで音楽を扱ってしまうあたりで、すでに私とは音楽的な思考が決定的に違うことは、これではっきりとしました。

 ついでに更新予告。この本が出たことで「NAPPの部屋」の一部のコーナーはほぼ役目を終えましたが、まだまだ「現代音楽と吹奏楽」という点で追及していきたいことがありますので、がんばっていきたいと思います。
 で、近日中に「現代作曲家と吹奏楽」に大幅な追加を行います。遠藤雅夫、金光威和雄などの吹奏楽作品20曲近くを追加します。それらの作品のほとんどについて委嘱者もしくは初演者が分かりますので、どこかの吹奏楽団が取り上げてくれることを切望します。
 また、作曲家の略歴なども大幅な加筆を行います。お楽しみに!
 どなたか分かる人に質問。野平一郎の「彷徨する空間第2番」って、吹奏楽?