忍者ツールズ
<検索エンジンで辿り着いた方へ>
トップページは こちら です!
Re:講義内容 投稿者:とむ
投稿日:01月30日(日)13時58分08秒
>音楽社会学
先生はこの授業では問題定義をするだけです、といった前提で講義を勧めていらっしゃいました。きちんと歴史背景にも触れて、伊沢修二の活動や赤い鳥運動についても言及し、文部省唱歌や童謡をきかせてもらいました。鑑賞ばかりが続くと多少飽きてしまうこともありましたが、このような「うた」が教育の現場で積極的に取り入れられて、実際うたわれていたことを思うと文部省唱歌がもつ「国民思想の統一」という役割や、戦後の音楽教育で日本に洋楽を入れることに終始した結果もたらされた日本の伝統音楽・邦楽の伝承の衰退などが思い起こされます。日本歌曲・日本の合唱がいかに西洋音楽の手法にのっとって書かれていることか。私自身筝を習っておりますので、そこらへんの矛盾を抱えつつ「日本のうた」について考えていきたいと思います。私がこのように考えた背景には、田村先生の問題提起が少しは役に立っているのかもしれません。
>2年の西洋音楽史
すいません。1年間ほとんど出ていたのでちょっと。クナさんの話題はワーグナーのトリスタンとイゾルデを聴いていた時に、指揮がクナさんだったので「クナさんのブル8(ブルックナー8番)」いいよ、といった程度でそんなに強い言い方はしてませんでした。むしろ曲を聴きながらいろんな知識を授けてくれたので感謝しています。こちらの先生も自分の講義には好き嫌いがあると思うから、必修にも関わらず年2回だかの出席で単位は与える前提でした。
大学は与えられるというよりも自分で学んでいく場ですから、興味があることについて先生に伺っていくのは当然の立場。そのように突っ込んだ内容で先生と議論し合うのが理想的、と私は考えますけど。先生との相性はありますが、1年間先生の言わんとしていることを充分聞いた上で”やっぱり嫌い”とか”自分には合わない”とか結論づけるのは分かりますが、たいして話しも聞いていないのに非難はできませんよね。あ〜、またおんなじハナシしてる〜、とか思って聞いていて、ふと新しい情報を得た時の感動。知り尽くした話題であればあるほど、ちょっとした新しい知識が扉を開いてくれるのではないでしょうか。
NAPPさんのを読んで「もっといいところもあるよ〜」と思ったので書きました。ごめんにゃ。
Re: 講義内容、ピッチクラス分類 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月30日(日)07時05分05秒
>>音楽社会学
>結局、学校での授業はあんまりあてにせずに、自分で本とか読んで研究し、先生に質問に
>行く、というのが一番いいのかなぁ、とか思ってます。
日本の大学ってそういうところがありますよね。まぁアメリカの大学も、授業が全部面白い訳ではありませんが。
>二年生のときの西洋音楽史概論の講義、某有名先生が「ブルックナーはクナでなきゃダメ
>だ」とか「CDはライヴ演奏のものしかダメだ」とか、音楽観の押し付けみたいなことをやって
>いたので、とうとうほんの数回しか講義にでなかったことがあります(でも単位はとれた)。
こういうのって勘弁して欲しいですよねぇ。音楽観というより、単なる好みじゃないかなぁ、こういうのって。「CDはライヴ演奏のものしかダメだ」っつうんだったら、そもそもCDなどやめて生演奏を聴けばいい、ということになってしまうし…。
私のいた日本の地方大学では、西洋音楽史は「バロック・古典」、「ロマン派」、「20世紀」と3つありまして、毎年同じ先生が順番にやっていました。内容は楽曲分析で、ロマン派の時は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番、ブラームス交響曲4番、ブルックナー4番、マーラー1番と、それぞれ全曲をやりました。テストではこれらの曲のどこかがテープで流れ、どの楽章のどの部分かを答え、おおよその作曲年代や、作風のポイントを書かされる問題がでました。と〜ってもしんどかったです。
ただ、こういう「音楽史」をやると、音楽を楽譜の中の狭い世界から見るようになるという弊害もあるでしょうね。ま、本を読めば音楽以外の世界もある程度は補われると思うのですが。
>>アラン・フォーテのピッチクラス分類による分析法
>概略だけでも教えて下さい。
これは、ある和音を和音記号で表わすかのように、特定のピッチの組み合わせをラベルづける方法です。ただし、ピッチといってもオクターブは無視(だからピッチクラスという)し、12音の中の組み合わせを考えます。「機能」という考え方はしませんが、作曲家が特定の組み合わせ(ピッチクラスセットという)を好んで使うことはあります。
ちなみに 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月30日(日)04時31分35秒
>NAPPさん
>>バリ島
>私、行ったことないんです。
あ、私もビデオで見ただけです (^_^;;
息抜き 投稿者:NAPP
投稿日:01月29日(土)18時07分12秒
というか、逃避行動ってやつ?
>阿部さん
シュワントナーのページのご紹介、ありがとうございました!
う〜ん、シュワントナーのCD、ごそっとまとめて学校の図書館に買わせようかなぁ。
VELOCITIESの演奏、ぜひ委嘱者でもあるスティーブンスの演奏で聴いてみたいものです。
「New Morning for the World」、たしかに「山」に似てますよね。冒頭とか、ホルンの音型とか・・・・・ 私は「打楽器とオーケストラのための協奏曲」の第一楽章がお気に入りです。この曲の楽譜、学校の図書館に購入希望を出したんですけど、買ってくれるかなぁ。自分で買ったほうが早かったりして(Helicon
Music)。
>谷口さん
>バリ島
私、行ったことないんです。 音楽心理学と音楽環境論の先生がバリに別荘を持っていらっしゃって「希望者は泊めてあげます」というようなことを言って下さってますので、夏にでも行ってみようかなぁ。先生のつてで現地の人にガムラン教えてもらえるそうだし。
ガムランは一通り楽器に「触れた」ことだけはあるんですが、合奏の体験は無いです。結構、肉体的にハードなんですよね〜。
>音楽社会学
結局、学校での授業はあんまりあてにせずに、自分で本とか読んで研究し、先生に質問に行く、というのが一番いいのかなぁ、とか思ってます。
二年生のときの西洋音楽史概論の講義、某有名先生が「ブルックナーはクナでなきゃダメだ」とか「CDはライヴ演奏のものしかダメだ」とか、音楽観の押し付けみたいなことをやっていたので、とうとうほんの数回しか講義にでなかったことがあります(でも単位はとれた)。
>アラン・フォーテのピッチクラス分類による分析法
これ、知りません(恥?)。どんな方法なんでしょう。概略だけでも教えて下さい。
>ラング
情報、ありがとうございました!
結構音源があるみたいですね。今度探してみます。
ラング作品をオランダWEが演奏しているCDを持っていまして、このCDもCDレビューのコーナーで紹介してみようと思ってます。 これには、アンプリファイされたテューバとナレーション・吹奏楽のための「Are
You Experienced? 」と、2台のピアノと吹奏楽のための「Under
Orpheus」が収録されていました。 もっとも、「吹奏楽」といってもチェロやヴィオラが一名ずつ入っていたり、編成が偏っていたりしてるんですけど。
でもね、でもね、「Under Orpheus」って、西村先生の・・・・・(以下略)
他にも「Hell」というのがあるのですね。これは聴いたことありません。
とりあえず、他の編成のものも聴いてみたいです。
Re: 講義内容、ラング 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月29日(土)12時25分59秒
>>スナリ、ピンジャカン
そういえば道のあちこちに、竹細工で作ったような感じで、
風でくるくる回るオブジェみたいなのを見たことがあります。
バリ島では、生活の全てが音楽である、みたいなコメントを聴いたことがあります。
>>音楽社会学の童謡運動
>滝廉太郎「荒城の月」に山田耕筰が手を加えた話から脱線して
ああ、拍子記号が変わったとか、音符が長くなったとか、半音階があるとかないとかでしたか。う〜ん、それは社会学とは違うような。
>滝の唯一のピアノ曲「憾」を取り上げて「幼稚な曲だろ」という
>結論に至ったり、多くの童謡を取り上げて「このように内容のな
>い詩に曲をつけなければならなかった作曲家は・・・・・」とい
>う話だったりとか。
これも社会学ではないですよねぇ。問題は、どういう経緯でこういう童謡たるものが生まれたかのはずなのに。戦中の話になれば、山田耕筰とかも面白くなると思うんですけど。今はCDも出ましたから、このあたりも実感として興味が持てるかも。
>>無調分析法
レンドヴァイについては、軽く触れました。大半は、アメリカで流行っているアラン・フォーテのピッチクラス分類による分析法でした。
シェーンベルグの3つの小品作品11第1楽章、ウェーベルンの交響曲作品21の第2楽章などをみんなで分析しました(個々に宿題でやって、ディスカッション)。後半は、ヴァレーズの空間音楽の技法の分析などもやりました。戦後ものはやっていません。
>うちは教職をとっていれば他の楽器の習得ができるのですが、
私は教育学部だったので、打楽器実習や管楽器合奏、オーケストラやリコーダーも取りました(国立の良さは、いくら講義をとっても授業料が同じってことです。当時は半年20万くらいだったかな)。声楽科でしたから、室内合唱なども。東京のような一流の講師はいませんでが、体験としては良かったと思います。惜しむらくは、コンピュータ音楽実習を取らなかったことかな。
>どなたかDavid Langって作曲家の主要作品を知りませんか?どうも
>ミニマリストみたいな
1957年ロス生まれ。スタンフォード、アイオワ、イエール各大学で作曲を学ぶ。先生はジェイコブ・ドラックマン、ハンス・ウェルナー・ヘンツェ、マーティン・ブレスニックだそうです。彼は「Bang
on Can」フェスティバルの創始者で、現在はイエールの教授ということになっています。主要作品はCRI、Argo、Sony
Classicalから出ているようです。手元にある資料には以下がリストアップされてます。
<Small Ensemble>
Cheating, Lying, Stealing (1993/95) b-cl, vc, pf, elec-g, elec-bass.g
Face So Pale (1995) 6pf
Illumination Rounds (1981) vn, pf
My Evil Twin (1992-96) 3cl, 2hr, hp, elec-org, elec-bs, g, 2vla, 2vc
Orpheus Over and Under (1989) pf duo
Slow Movement (1993) amplified ensemble: two fl, alt-sax, ten-sax,
bar-sax, elec-bs, 2 synth, accordion, perc, vn, vc
<Large Ensemble>
Are You Experienced? (1988-89) chamber orch
Bonhead (1990) orch
Grind to Halt (1996) orch
Hell (1997) wind ens.
<Stage>
Modern Painters (1995) opera in two acts.
<Publisher>
Red Poppy, distributed by G. Schirmer
>シュワントナーといえば、先日打楽器科の友人を通して、マリンバ独
>奏曲「ヴェロシティ」の楽譜を入手。
「…そして、どこにも山の姿はない」のイメージでこの作曲家を捉えていたので、ミニマル路線を取り入れたのは驚きでした。私も阿部さんと同じで、この作品はあまり聴いてないです
(^_^;;
「New Morning for the World」を聴くと、ついコープランドの「Lincoln
Portrait」を思い出してしまうなぁ。作風は結構違うのに。
シュワントナー 投稿者:阿部達利
投稿日:01月29日(土)11時03分30秒
>NAPP さん
「IN AETERNUM」の録音:
面白そうな曲ですね。買ってみようかな。
シュワントナーのホームページ(http://www.servtech.com/~jschwant/index.html)によると、Boston
Musica Viva という団体の録音があるそうです。(DELOS
/ DCD 1011)
「VELOCITIES」:
グレニーのCDは持っているのですが、この曲はあまり聴いていません(^_^;)。
マーチン・ルーサー・キングの演説をテキストにした「New
Morning for the World」が気に入っていて、こればかり聞いています。
「…そして、どこにも山の姿はない」を彷彿させる響きも登場するし。
時間がないよぉ その2 投稿者:NAPP
投稿日:01月29日(土)03時35分50秒
>谷口さん
>スナリ、ピンジャカン
スナリは、バリにおいて「竹の節と節の間に切り込みを入れたものを家の周りに立てかけ、微かな風籟の音を楽しむ」というもの。ピンジャカンは「風車に竹の音盤をつけ、音を楽しむ。ジェゴグと同じような音がする」というものです。つまり、民族楽器のようなもの。
私の言葉が足りなかったようですが、これを音楽環境論で扱う、というのは即ち「民族(民俗)におけるサウンドスケープの歴史と流れ」ということですね。日本における風鈴や水琴窟のような例を他の国々にも求めてみよう、といった感じでしょうか。
>音楽社会学の童謡運動
なんか一向に講義が先に進まず同じことの繰り返しで辟易していたのが思い出されます。滝廉太郎「荒城の月」に山田耕筰が手を加えた話から脱線して滝の唯一のピアノ曲「憾」を取り上げて「幼稚な曲だろ」という結論に至ったり、多くの童謡を取り上げて「このように内容のない詩に曲をつけなければならなかった作曲家は・・・・・」という話だったりとか。
>無調分析法
どうやらピアノ科の科目である「楽曲分析」がそれに近いことをやっているようです。今日、ピアノ科の友人に「バルトークにおけるフィボナッチ数列についてなんか話して」と言われました(もちろん、レンドヴァイの本を紹介して逃げました)。
>音楽学や作曲専攻でも、楽器を一つ専攻するというのは、ここの特徴
>だそうです。
あ、いいですねぇ。他の楽器に触れる機会があるのはとっても羨ましいです。うちは教職をとっていれば他の楽器の習得ができるのですが、これは管弦打の人はできないし。 あとは10万円払えば、一年間他の専攻を第二副科として履修し、正科と同じレッスンを受けられるんですけど(ちなみに私はこれで指揮を汐澤安彦先生に習ってます)。 たしか、作陽音大(現:くらしき作陽大学)は無料で第二副科が取れるんでしたっけ(記憶違いかも)?
どなたかDavid Langって作曲家の主要作品を知りませんか?どうもミニマリストみたいなんですけど。
あと、シュワントナーの「In aeternum : Consortium
IV」という曲の音源をご存知の方、教えてください(楽譜はあるんです)。この曲はチェロと四人の奏者のための曲。フルート奏者に「A.Fl、ピアノ、鉛筆15本持ち替え」とか、ヴァイオリン奏者に「ヴィオラ持ち替え」とかいう指示がされてるのが、いかにもジャズ出身のシュワントナーらしいです。
シュワントナーといえば、先日打楽器科の友人を通して、マリンバ独奏曲「ヴェロシティ」の楽譜を入手。 いやぁ、グレニーの演奏しているCD(200CDでも紹介されていましたね)で知っていたんですけど、あのCDの演奏って一体? 楽譜には12分って書いてあるのに7分で超高速演奏してるし、音は違うし。前々から「傷の多い演奏だな」とは思っていたんですけど。
時間がないよぉ その1 投稿者:NAPP
投稿日:01月29日(土)03時34分34秒
今日で学科試験が終了。残すは学年末の作曲実技の提出作品の作成のみとなりました。 が、これが実にやばいっす。まだ8分、楽譜にして25ページしか書いてない。あと20ページは書きたいのになぁ。あと10日かぁ・・・・・ひぃ
掲示板の方も、手がつけられず、皆様にはご迷惑をおかけしております。特に、時期を逃して話題に出来なかったものが心残りです。フィリップ・ジョーンズ氏の逝去、センター試験・国語の問題となった近藤譲先生の文章、などなど。昨日もピアニスト、フリードリヒ・グルダ氏の訃報が飛び込んできたし・・・・・ あぁ、「チェロと吹奏楽のための協奏曲」の話もしたいのに。
>TH.KYさん
>「譜面を通じて演奏団体の実力を伸ばす」ことを前提とする曲
>作りは、無理でしょうか。
う〜ん、どうでしょう。個人的には作曲家は「表現者」であって「指導者」ではない、と思っているのですが。
そういった指導的目的をもった曲を作成するのは、むしろ現場で直接楽団に触れている指揮者の人が作成した方が、より適切なものが出来るのではないでしょうか。
なにか一つの要素に限定して音楽を構成した場合、それはやはり「曲」と呼べるほどのものにするのは難しいかと思います。例えば、数年前に「クロマティックプリズム」という半音階だけで構成された課題曲がありましたよね。コンセプト自体は面白かったし、オーケストレーションもあいまって、それなりに楽曲として纏まっていましたが、やはり「単純なリフレイン」という感が拭えませんでした。発展性・展開に欠けたというか・・・・・(長すぎたのかな?)
>作曲者の指示で、初めはたった一つのことだけ注意する旨が書いてあ
>る(それ以外の要素は無視する)。
これは別に作曲家が指定するまでもなく、現場の指揮者の方が適時指示して、一つの要素の集中練習をすればよいのではないでしょうか。
なお、「一つの要素のみで構成され、それが演奏されたときに聴衆にそれと分かり、なおかつ高度な音楽的内容を持つ」というものは、(吹奏楽ではないですが)あります。が、現実にはそれは普通の曲よりも遥かに演奏が至難で、音楽的にも高度なものが要求されます。 音に必要以上の価値や発言を求めない、ポスト・ミニマリズムの曲を数曲聴いていただけるとお分かりいただけるでしょう。
そうそう、これは蛇足ですが、大栗裕には「吹奏楽のためのエチュード」という曲が二曲ほどあるらしいです。残念ながら、音源も楽譜もないんですけど。
お詫び 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月28日(金)04時57分16秒
一部レスしてないところまで引用してしまいました。ごめんなさい。
亀Re: 講義内容 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月27日(木)18時13分36秒
> ジャーナリズム概論は、日本でも東京音大だけだと聞いています。内容は、主に「実演と
> 聴衆を結ぶマスメディアのありかた」を取り扱っています。 でも、まぁ、講義は横溝先生
>が記者だったころの思い出話に終始することが多かったのですが、
いいですねぇ。批評というのは、ガクモンとはまた違った難しさがあるような気がして。取材の仕方一つとってみても、私はまだまだ分からないことばかり。
> 環境音楽論は、先生が音楽心理の先生でもあるので、心理の講義でもちょっと習いました
>(四年で正式に履修しようと思っています)。マリー・シェーファーも勿論取り扱いますし、
> インドネシアにおけるスナリやビンジャカンなども取り扱います。
スナリやビンジャカンというのはどういうものなんですか?
>ですが、日本においてサウンドデザインやサウンドスケープ
>を学ぶなら国立音大が最先端ですね。質も規模も段違いです。
サウンドデザイン科っていうのがありましたよね。私はそこまで深くはやる気がないんですが、最近サウンドスケープのCDなんかを買って楽しんでいるところなのです。
>その通りです!丹羽先生は他にもフランス系邦人作曲家の研究でも知られていると思い
>ます。
>田村先生の音楽社会学の授業は、グレツキ「悲歌のシンフォニー」やペンデレツキ「広島
>の犠牲者によせる哀歌」など、やはりそこらへんの話が面白かったです。
>でも、後半に日本の童謡運動の講義になってからはいまいち面白くなかったかなぁ。
私はこっちの方に興味があるなぁ。言文一致運動とか、唱歌とは違った子どもの音楽のあり方とか。
> う〜ん、面白そう!「無調分析法」なんか、とくに。うちの大学では、
>そういった近現代のことは作曲科でさえ「自習」です。
確かに面白かったですよ。無調といっても、結構作曲家の選ぶ音というのは決まっていたり、グラフにしてみるとシンメトリーが見えたりしたりするものです。ただ、先生のおっしゃるには、特定の音楽の効果的な分析法ができるのは、作品ができた50年後くらいだろうとおっしゃってました。
でもこれからだんだん古いスタイルに戻っていくんだったら…どうなんでしょうね。
>谷口さんの学んでおられる学校では、やはりなんといっても「実演」
>に参加できる授業があるのが素晴らしいですね!
「1945年以降の音楽」でライリーの「In C」やゾーンの「コブラ」、モリスの「コンダクション」をやったというのがありました。遊びとしては良かったです。あとは、ルネサンスやバロックのアンサンブル、民族音楽ではガムラン(バリ)の他、アンデスの音楽、アフリカン・ダンス、インド、中国なんかがあります。やろうと思えばブルースやゴスペルというのも。特にブルースで単位が出るのは、珍しいとのこと。南部らしいといえば、南部らしいですね。
音楽学や作曲専攻でも、楽器を一つ専攻するというのは、ここの特徴だそうです。ちなみに私は声楽で試験を通ったので、最近は実技から遠のいていますが、以前はルネサンス・リコーダーを吹いてましたし、ガムランにも一セメスターだけお邪魔しました。あれって音が大きいんですね〜。
上手・下手の認識〜 投稿者:TH.KY
投稿日:01月24日(月)22時55分05秒
私なりに上手い人と下手な人との差、その分岐点はどこだろうと考えてみたのですが、上手い人は団体練習が始まってすぐ、吹いている瞬間の周囲とのバランスや、過ぎた所とこれから吹くところのバランスなど、一度に多くのことを考えられますが、下手な人は、団体練習が始まっても唇は柔軟に動くか指を間違えないか、等といった数少ないことしか考えられない、そこが境目なのではないかなぁ、と最近思ってます。
そして今までに基礎の指導力に乏しい指揮者としか巡り会っていないのか、「バンドとしてそのことをやっている時間はないから、各自が責任を持って出来るようにしておくように」とだけ言われて、終わり。考え方のヒントすら貰えない。
指導力に富んでいる指揮者なら違う、それは指導者の問題だ、という意見もありますので、それはまぁともかく。
作曲者って、どうなんでしょう?
例外はあるでしょうが、「演奏が可能であること」が大前提であっても、「譜面を通じて演奏団体の実力を伸ばす」ことを前提とする曲作りは、無理でしょうか。(クラシック音楽会では、作曲者の意図を演奏者・団体がきちんとくみとれるか、が重要なようですが)(行動としてはモデルバンドとの公開クリニックというのがありますよね)
作曲者の指示で、初めはたった一つのことだけ注意する旨が書いてある(それ以外の要素は無視する)。
たった一つの要素なのに現実には難しく、きちんと出来上がったときには聴衆だけでなく演奏者達にもきちんとその効果がわかることが重要。
その次に、もう一つだけ別の要素が加わり、前の注意事項にも神経を研ぎ済ませながら新たに加わった要素を磨いていく。
それが出来たら、もう一つだけ別な要素を・・・。
演劇の平田オリザさんの著作、「平田オリザの仕事1 現代口語演劇のために」晩聲社刊よりヒントを得ました。
著作には「意識を集中させ、さらに分散(散漫ではなく)させるための訓練」と、マニュアル的な書き方をしています。P224
う〜ん、作曲の現場を知らない甘い意見かなぁ。
谷口さん、
>>ところで「『資本の論理』を振りかざす方々」というのは?
いわゆるブルジョアジー、資本家、新興の上流階級ですね。
レスなど少々 投稿者:NAPP
投稿日:01月23日(日)16時07分05秒
追いこまれぎみ。時間をもっと欲しいNAPPです。
>TH.KYさん
赤松氏の文章の出典に関するお話、ありがとうございました。
それにしても、レコードの解説とは。貴重な資料ですね。
現在活躍中の作曲家のアマチュア用・ウォームアップ用・練習曲 、ですか。う〜ん、私はべつにどっかのバンドの指導に関わっているわけではないので、そういった現場の話には疎いのですが・・・・・
「アマチュア用」ということでしたら、コンクール課題曲や、委嘱作などがそれにあたるわけですが、そんなことは私が言うまでもないですし、トレーニングピースとなるとさっぱり・・・・・ 後藤洋先生(先輩?)がウォームアップ用のものを書いているのを知っている程度でしょうか。 お役に立てませんで、申し訳ない。
>JUNさん
三枝氏の新曲、ですか。最近はやってるのかなぁ?コラヴォレーション作品。 なんか、この間の譚盾のヤツや、坂本龍一氏の「LIFE」に通じるそこはかとない不安がありますね。機会音楽にならなきゃいいけど。
早稲田の委嘱活動って、貴重ですね。アマチュアオケが現代作曲家に委嘱することで「アマチュアでもやれる現代音楽」が誕生するわけですから。アマオケって、レパートリーが充実しているから、新しいものが生まれにくいんですよ。吹奏楽とはまた違った、現代音楽創造に関する問題を抱えていると思います。
>踊る指揮者さん
お久し振りです。約一年ぶりでしょうか?
昨年のものは大変参考になりました。どうもありがとうございました。
>帰属意識、モラル
そこらへんの話題を扱うのは、(うちの大学の場合)音楽社会学でも民族音楽学でもないですね。うちの大学では「音楽産業論」が最も近いのでしょうか。でも、履修してないので、何とも言えませんが。
昨日、合唱団OMPの定期演奏会に出かけてきました。いやぁ、よかった。特に久留智之先生の「ハミングバード」、最高!
ちょっと無理して行ったかいがありました。
帰属意識、モラルの研究 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月23日(日)03時22分43秒
>TH.KYさん
現在の学問の枠組みでは、おそらくそういうことを研究するのは「民族音楽学」になると思うのですが、実際の大学の中では、いぜん「西洋音楽の社会的研究」は「音楽社会学」、「非西洋音楽の社会的研究」は「民族音楽学」といった分類になっているような気がします。
なお、「民族音楽」は、諸民族の「音楽」を差し、学問分野ではないと、私は考えます。
「市民」に関する考察、ありがとうございました。まあ、でも、この辺は案外実際はあいまいじゃないかな、などとも思いますよ。ところで「『資本の論理』を振りかざす方々」というのは?
言葉の裏 投稿者:TH.KY
投稿日:01月22日(土)20時56分53秒
谷口さん、今晩わ。
考えてみましたら、1830年代の英国の「市民」って、現代で言うところの「資本の論理」を振りかざす方々のことで、金管バンド演奏の主流の方々は、いわゆる「労働者階級」ですね。
日本人の「市民」という言葉の捉え方は行政区分のものでしかありませんが、欧米ではそれに加えて、個人と社会との関係を深く考えている人達のことも指しますので、あてはまるのかどうか、よくわかりません。
そうそう、谷口さんに教えてもらいたいことがあるのですが、現実に日本の吹奏楽の中で活動している人が大なり小なり悩むことがあるのですけど、
たとえば帰属意識。自分はこの楽器をやりたいのか?
吹奏楽をやりたいのか?
この団体の一員でありたいのか?
日本吹奏楽界に貢献したいのか?
世界の吹奏楽の一員なのか?
たとえばモラル。違法コピーの問題。
団の社会性よりも現実社会のモラルが優先される。
不寛容な心の持ち主。
等々のことって(社会学の領域のような気もしますが)、民族音楽の扱う対象とは違いますでしょうか?
あとあと、NAPPさん、現在活躍中の作曲家の方々で、アマチュア用・ウォームアップ用・練習曲って、どなたか作っていませんか?
1999年コンクール順位 投稿者:踊る指揮者
投稿日:01月20日(木)22時11分34秒
さてさて、今年も会報吹奏楽が届きました。
そのなかの『コンクール一覧』をまとめてみました。
昨年に引き続き、ここで公表すると、諸団体に御迷惑となりますので、私にメールください。
今年はちょっと面白い順位でした。
横道にそれますが 投稿者:Jun
投稿日:01月19日(水)07時07分20秒
すみません。
早稲田大学交響楽団のコンサート(2/10−東京芸術劇場)で三枝成彰氏の委嘱作品の初演が行われるとのことです。
タイトルは未定ですが、狂言の野村万之じょう氏/和太鼓の和太鼓一路氏がソリスト。指揮は大町雄一郎氏。
どんな曲でしょうか?
OBながら、ほんとに初演の好きなオケだと思います(笑)。
(過去には、『春の祭典』・マーラーの8番アマチュア初演、武満の『星と島』=委嘱作・モーリス・パートの交響曲第1番の世界初演、同じく武満の『遠き呼び声の彼方に』ヨーロッパ初演、なんていうのがあったと思います。)
Re: 市民バンド 投稿者:谷口昭弘
投稿日:01月18日(火)13時59分47秒
TH.KYさん
結構こういうのって深いんですね。日本に言葉が輸入されて、そこでどこまでオリジナルの文脈が来るかどうか、難しいところです。
>英語の名前に、日本語で言うところの「市民バンド」に相当する言葉がないことが
>きっかけになりました。
ええっと確かアメリカですと、community bandとかcivic
bandというのがありますが、意味的は、こういういのが「市民バンド」に近いのでしょうか?
出典・・・ 投稿者:TH.KY
投稿日:01月17日(月)23時18分11秒
NAPPさん、こんばんわ。
赤松氏の文章は、レコードの解説にありました。
CBSソニーから出ていた「アメリカン・ブラスバンド・ジャーナル」です。
私の「ブラバン・O.K.?」説には二つあります。
そのうちの一つは、「名前の付け方って、幾通りの方法があるんだ?」でありまして、英語の名前に、日本語で言うところの「市民バンド」に相当する言葉がないことがきっかけになりました。ですので、まさしく「BRASS BAND」です。
軍楽隊、スクールバンドのように、所属組織(の種類)が頭につく
ロックバンドやジャズバンドのように、演奏するジャンルが頭につく
管弦楽、金管バンドのように楽器の編成が頭につく、
それなのに、なぜ英語に「民間人の演奏する」という言葉がつく名前がないんだ?と不思議に思っています。
アメリカ〜 投稿者:TH.KY
投稿日:01月17日(月)23時07分39秒
谷口さん、こんにちは。
>>つまり「英国式」はブラスバンドと呼べるということなんですか?
いえいえ、「英国式」は数多く考えられる金管バンド編成の中の一つにすぎないんじゃないかなぁ、という意味です。
>>木管楽器が入っていても、ほとんど聞こえないということですか?
いえ、マーチング用に編成された、木管楽器を含まなくて、日本の吹奏楽の座奏ではまず使われない楽器群のバンドがあるのです。
>>つまりブラスバンドという呼び名は、現在でも、わりとルースに使われてい
>>るとおっしゃる訳ですか?
YAHOO!のアメリカで検索してみると、BRASS・BANDは英国式だけのようですねぃ・・・。WIND〜だと、ダラス・ウィンド・シンフォニーのような有名どころが出てきます。
>>吹奏楽の中で完結できる世界が作られているような気はします。
>>編曲ものを演奏することで、(以下略)
音楽そのものではなく、団の運営方法、集団の練習方法、団内での対人関係の築き方、などなどです。
合唱や管弦楽団はま〜ったく知らないので、私も何とも言えませんが・・・。
そうそう、音楽之友社発行 竹井成美著「南蛮音楽 その光と影」のなかに、オルガンのことがのってました。安土・桃山時代に初めて日本にオルガンが上陸してから二十年ほどたって、日本人の手によるオルガンが造られたそうです。
本来金属製のはずのパイプが、竹でつくられたとか。やはり音は本家のと違うらしく、今でも東アジア地域に残っている竹管のオルガンでその音色を感じることが出来るそうです。
レス その2 投稿者:NAPP
投稿日:01月17日(月)02時17分07秒
>TH.KYさん
色々と貴重なご意見、ありがとうございました。とくに「米国式金管バンド」のお話、大変参考になりました。差し支えなければ、赤松文治氏の書かれた文章の出展を教えてくださいませんか?興味があります。
>「あぁ、ブラバンかぁ」と言われるときに感じる蔑称の響きが
>イヤだと言う人はいても
なるほど、そう言う人はたしかにいますね。
個人的には「ブラバン」という言葉を別に蔑称だとは感じません。まぁ、当然ですが、それでは本家本元の「ブラスバンド」の人に失礼極まりないですよね。
私は吹奏楽のことを「ブラスバンド」というのは「間違っているからイヤだと言う人」なんですが、やはりそれは「金管合奏」と明確に区別したいからなんです。それは、私は仕事上、編成を英語表記しなければいけないことが多いのですが、そのときに自分の作品が「金管合奏」なのか「吹奏楽」なのかの誤解を生むのを避ける必要があるからです。 これは蛇足ですが、私は「brassband」と書くのを嫌うのと同じように「Wind
Orchestra」と書くのを嫌います。 TH.KYさんが書いておられる
>「もしブラス・バンドに吹奏楽という意味が含まれているとする
>ならば、どういう理由が考えられるだろう?」からスタートしま
>した。
という疑問は、大変大切なもので、じっくり考える価値のある問題だと思います。「何故」というのは、いかんせん現在時間がないので詳しく調べられませんが、2月10日以降、それなりに気合を入れて探ってみたいと思います。
上記のTH.KYさんの疑問の場合、「ブラス・バンド」とは日本語であって英語の「brassband」ではないのですよね?
>「英国式」というのは、金管バンドと金管バンドの関係でつけら
>れる言葉ですよね。
つまり、金管バンドにも、例えばフランスのものとか複数種類あり、それらを区別するための言葉の一つとして「英国式金管バンド」というものがある、ということでよろしいのでしょうか?
>あまりにも経験主義的であり、閉鎖的であり、社会の動向に気を
>配っているような動きは見せるのに、実は自分たちの思いこみに
>終始している、そんな面が見えるのですが・・・
概ね同感です。私はこのようなことも「音楽」の一部として扱うべきだと思います。どのような環境(社会的な環境も含めて)において「演奏・聴取」という営みが行われたか、というのも音楽における重要なファクターであると考えます。
もっとも、個人個人が楽しみとして吹奏楽やるぶんには、どのようなアプローチがなされていても、どれも素晴らしいことだと思います。 私としては、プロの活動によって、アマチュア・プロを含めた「吹奏楽」という音楽社会をもっと裏付けたものとして欲しいと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今年のYAMAHA吹奏楽団浜松さんの委嘱作品は、どうやら長生淳先生のものになるようですね。
レス その1 投稿者:NAPP
投稿日:01月17日(月)02時15分33秒
ただいま学年末で、提出作品の作成、および学科試験のためレスがつけられなくて申し訳ございません。
すべてが終わる2月10日以降から本格的なレス、およびHPの更新を行いたいと思います。いましばらくご容赦ください。
とりあえず、ほんの少しだけレス。
>谷口さん(講義内容)
ジャーナリズム概論は、日本でも東京音大だけだと聞いています。内容は、主に「実演と聴衆を結ぶマスメディアのありかた」を取り扱っています。 でも、まぁ、講義は横溝先生が記者だったころの思い出話に終始することが多かったのですが、それがまた面白かったりするんです。ストラヴィンスキーが初来日したときの話(横溝先生が初めにインタビューしたそうな)とか、アルゲリッチ国際音楽祭の話だとか・・・・・
環境音楽論は、先生が音楽心理の先生でもあるので、心理の講義でもちょっと習いました(四年で正式に履修しようと思っています)。マリー・シェーファーも勿論取り扱いますし、インドネシアにおけるスナリやビンジャカンなども取り扱います。ですが、日本においてサウンドデザインやサウンドスケープを学ぶなら国立音大が最先端ですね。質も規模も段違いです。
> 丹羽正明さんといえば、フランス音楽の本でしたっけ?
> 田村進さんは確かポーランド音楽史。沼野雄司さんは、最近
>N響の解説に執筆してらしたのを読みました。
その通りです!丹羽先生は他にもフランス系邦人作曲家の研究でも知られていると思います。帰国直後の矢代秋雄に最初にインタビューしたのも、当時20歳ちょいだった丹羽先生だったはず。
田村先生の音楽社会学の授業は、グレツキ「悲歌のシンフォニー」やペンデレツキ「広島の犠牲者によせる哀歌」など、やはりそこらへんの話が面白かったです。でも、後半に日本の童謡運動の講義になってからはいまいち面白くなかったかなぁ。
沼野先生といえば、最近は東京オペラシティのコンポージアムの解説などが目新しいですね。
>うちの学校で面白そうなのは、「1945年以降の音楽」、
>「20世紀の様式」(学部)「無調分析法」(院)とかでしょうか。
う〜ん、面白そう!「無調分析法」なんか、とくに。うちの大学では、そういった近現代のことは作曲科でさえ「自習」です。あ、でも来年度から楽理科が新設されるんだっけ?
谷口さんの学んでおられる学校では、やはりなんといっても「実演」に参加できる授業があるのが素晴らしいですね! うちの学校では作曲科映画放送音楽コースにちょこっとあるだけです。