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この本知ってます? 投稿者:やぶいぬ  投稿日: 9月29日(金)13時44分22秒
みなさんこんにちは。先般までの議論、興味深く拝読させていただきました。

ワタシは吹奏楽に関してはノンケのリスナーだし(すいません)演奏者でも団体運営に携わっているものでもありません。ですから申し上げることはないのですが、ただ皆さん大変に真摯に誠実に音楽のことを考えていらっしゃるのはひしひしと伝わって参りました。ちょっと感動しました(無責任な発言ですみません)。


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さて。最近、下記の小説を読みました。凄く良かった。
学校の読書感想文の課題図書にすれば、吹奏楽部の入部者増に貢献しないかな。(^−^;;


■「楽隊のうさぎ」中沢けい 新潮社 ISBN 4-10-437701-5

内向的な中学生の男の子が、ひょんなことから吹奏楽部に入って、全国大会に向けて練習を続けるとともに成長していく物語です。

課題曲に露木正登「交響的譚詩〜吹奏楽のための」、自由曲にコダーイ「ハンガリー民謡『くじゃく』による変奏曲」などという曲名がでてきます。作者が取材したのは平成8年の全日本吹奏楽コンクールなのかな?(←ネットで検索してみた)

中沢けいは「海を感じるとき」でデビューした純文学系の作家です。本業(?)の純文学作品ではけっこうクセのある文体を使う人なのですが、ここではケレン味のない素直な文章で、瑞々しく美しい、本当の意味での“よい児童文学・少年文学”ともいうべき作品世界を築いています。

現代曲と同様、知りもしない人間からすぐ死んだだの「どうせ〜でしょ?」とか言われてしまう(笑)純文学ですが、やはり20年以上コトバを磨いてきた人の書く文章は根本から違う。文章のひとつひとつが、吟醸酒になるために杜氏によって研がれたお米のように磨き抜かれている。それらの文章によって醸された物語は本当に旨い日本酒のように心を酔わせるものがあります。

ストーリーは説明しません。ご一読をお勧めいたします。そんなに長くないし文章読みやすいですから。

新潮社の書籍紹介は下記URLにあります。

PS:オビの背表紙に「ブラスバンド少年の成長物語」とか書いてありますが、どうか凹まないでください(苦笑)。

http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/200006.html


お礼かたがた 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 9月29日(金)11時18分35秒
NAPP様、S.O様そして益野様、余りあるお言葉の数々ありがとうございます。
この場をお借りして心よりお礼申し上げます。

特に益野さんにおかれましては、過去のこととはいえこちらの配慮の欠如によって不愉快な思いを与えてしまったことについて、お詫び申し上げます。私の方こそ同じ札幌(北海道)で活動していくものとして、今後ともより建設的な関係を築かせていただければ大変ありがたいと思っております。
細かな差異はあれども同じ指向性を有するものとして、手を携えさせていただきながらより大きな動きにしていければと、若輩者ながら考えております。(また遊びにいらして下さい)
まずは札幌のクラシックファンの掘り起こしが急務ですね。新聞社の文化部の方でさえ「吹奏楽ですか・・・」といった具合でなかなか理解を示してくださらないのが現状ですから簡単にはいかないと思いますが。いずれはプロの楽団を突き動かすような活動に発展していけば言うことないですね。

ここにお集まりの識者の皆様には、クラシックファンにたいしてアピールし、吹奏楽を外に開きつつ鑑賞領域まで高めていくための方法論について御議論頂ければ幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


(無題) 投稿者:益野大成  投稿日: 9月29日(金)07時22分38秒
 ええと、書きにくくもあり、この掲示板にふさわしくない話題といえば話題なのですが。

 過去にうちの団では、3月頃に小コンサートを定着させようとしていた時期がありまして(何回かは実施)、その時に事務方から出るセリフが「でも、ほら益野さん、三月はシンフォニカさんの演奏会が入ると思うので今後は無理だと思いますよ」でした。正直ウウムという感じで、うちのメンバーなのに何で向こうを優先するのか、と思わなかったと言えば嘘になります。「3月はメンバーが取られて活動にやや支障が出る」ということでした。

 ただし、上のようなみっともないグチもこぼしましたが、これは「通常のバンド間の競争」だと、私は(当時から居る団員もおそらく)認識しています。うちにもっと実力と活気があれば、そうはならなかったはずです。だいたい2〜3名の団員が欠けて演奏会日程を断念するというのがおかしいのでして、小所帯であることは当方の責任なのです。(あと3月のコンサート未定着について言えば、やはり年度末で団員多忙という理由もあったので、なおさらシンフォニカさんがどうということではありません)

 当時のシンフォニカさんに抱いていた印象は、畠中さんには申し訳ないが、S.O.さんやNAPPさんがお書きになっていることとほぼ同様なものでした(指向性が同じなことは感じていました)。しかし、前々回のコンサート(リンカンシャーをやった時)を聴きまして、この時点でうちの団とコンセプトの差異がほとんど無くなっている事を知りました。いやいや、差が無いどころか、演奏レベルでは全然比較に成らず、更にうちの団でやっていない(できない)“作曲者指定の編成”という画期的なことをやっているのですから、その意味でうちは大きく後れをとっていると言えます。正直「同人吹奏楽団の存在意義はもう無いのではないか」と考え込みました(覚悟していたこととはいえ、目の前が暗くなりそうだった)。

 ただ、今年畠中さんに会ったときも少し話したのですが、やはりうちとシンフォニカさんには、現時点では理念において多少の違いはあると考えています(この話はこの場では割愛します)。

 現在のシンフォニカさんに対する益野の感想としては、

 シンフォニカさんは、その演奏アプローチと演奏力、そして志の高さにおいて、日本吹奏楽界の台風の目となっているのではないか(プロを含めても)、と思います。非常に大きな可能性が、この楽団の前途に待っていると感じます。組織運営もしっかりしていらっしゃるようですし、あれだけの実力があれば、いろいろなことが出来そうですよね。

 狭い札幌で似たような方向を志しているバンドがつまらないグチは言うモンじゃない、と思いました。かえってもっと協力すべきだと。私が以前畠中さんに「丘の歌第2番」のデータを提供したのも、多少はそういうこともあります(まあ、大したことが出来たわけじゃありませんけど)。過去の私のグチがもとで今回のようなことになったのなら、申し訳なく思います。せっかくお知り合いになれたのだから、今後も今まで通り畠中さんと、建設的なお話をしてゆくことができれば、と私は思っていますが、いかがでしょうか。

 演奏会3日前のゴタゴタの中で書いているので、きちんとした説明になっているかどうか自信がないのですが、シンフォニカさんの名誉および畠中さんの御不快・御懸念もあろうかと思い、取り急ぎ投稿します。

同感です 投稿者:Jun  投稿日: 9月28日(木)21時47分49秒
『ドン・ファン』と聞き、「ついにここまで来たか」というのが率直な感想でした。R.シュトラウスの曲では一番好きなので、できればコンクールではやって欲しくなかったというのが本心です。下の方に書かれていますが、「どんな曲をやるか」ということと合わせて、「どんな演奏をするか」というのも大切なことだと思います。

でも、確かにアマチュアの立場で新曲を開拓し、それを普及していくというのは難しいですよね。
たまたま東海大翔洋(旧東海大一)高校や厚木西高校の例がありますが。
プロ、といっても日本にはせいぜい数団体しかないし・・・。個人的には大学バンドがその役割を担って欲しいと思っているんですが、でも学生指揮者が多い現状ではそれもまた難しいかもしれません。でもここ数年積極的に新曲を開拓している山形大学なんかの例もあるので、ここは声を大にして「がんばれ、大学バンド!」と言いたいところです。

http://page.freett.com/junmwn/index.html


付け足し 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 9月28日(木)01時54分08秒
ちょっと付け足させて下さい。ちょいとその辺の吹奏楽関係のBBSを除いてたら、今度の全国大会でいくつかの団体がやる「ドン・ファン」が話題になっとるんですなぁ。
しかも「うちもR・シュトラウスはやりたいorそのうち是非」なんてお話が結構多かったりしてなんと恐ろしいことなのでしょう。そもそもアマのオケだってどこだって出来るような代物ではないあの人の曲をしかも吹奏楽で演奏するなどそんな簡単なお話ではござんせん。
前の書き込みでアレンジ物擁護ととられ兼ねない事を書いちゃいましたが、少なくとも私は高校生のBANDが演奏する「ドン・ファン」に音楽的興味はどう考えても持つことは出来ません。どれだけ上手くてもです。
やりゃええってもんじゃないっすよね。
失礼しました。

お久です・・・ 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 9月28日(木)01時36分47秒
>NAPPさん
毎日見てはいるんですが内容が小生如き”ちんぴら”な指揮者には高度なんでついROMってました。ごめんね・・
なんか熱い論議になってるようなんですが、NAPPさんが言ったとおりうちも「巫楽」の極端な編成に恐れおののいて断念したくちなんですが、今でもいっぺんやってみてぇなぁ〜と考えてしまうくらいあの曲は頭から離れません。しかしあの曲はプロにやって欲しい曲ですよね。
川越のBANDがやった「ディオニソス」なんて正直言ってアマチュアがあそこまでようやるなぁ
とつい思ってしまいました。本音は拍手喝采なんですが、あれだけのことをやるには各団員が負う負担はかなりのものになることは容易に察します。もしあれだけのことをアマチュアの楽団に期待されたらかないませんよね。アマチュアの本質は自分達の楽しみですから。
それを自己満足と言われてもそれは大きなお世話と言うもので、そこまでのニーズはプロが負うべきと思うんです。たしかに聴衆や音楽ファンの事を考えないと言うわけでは決してありませんがそれがあまりに過剰になってはもはや重荷でしかなくなります。もしそれが原因で辞めていく人がいても僕は留める気にはなれません。
アーノルドの「ピータールー」と言う作品が本当に好きで共感し、その結果演奏したいと思うのであればそれに対して反感は感じません。アレンジ物をやっている=閉鎖的だ と思われては何とも哀しいものです。
但し、珍品発掘、「これまだ知らねぇだろう」的ななんでもありのオケ物編曲選曲は関心しないどころかあきれてしまいますが・・・・・
そう言えばストコフスキーがオケに行った一連の編曲譜って今では何というかほとんど小馬鹿にされて顧みられなくなってますが、あれって結構好きだったりするんですよ。オケが華麗に鳴ると言う点では間違いなく楽しめるし、ビギナーのファンには絶対良いと思うのでプロオケだってもっと演奏して良い気がします。要はあまり頭で音楽を考えすぎるのは危険な気もするんです。
要は楽しめるか、感動できるか、そこが問題でいくらオリジナル曲を演奏しても、感動させられるアレンジ物の演奏にはやはりかなわんのですよ。要はどんな演奏してくれるかではないかと・・・

ンンンン〜私らも気合いを入れねば・・・どぉ〜りゃぁ〜〜!!!
たまに出てきてとんだ失礼しました。

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


(無題) 投稿者:NAPP  投稿日: 9月27日(水)18時35分15秒
 結局のところは吹奏楽に関する様々な現状が原因なのですね。内部的なものも外部的なものも双方で。

 「オリジナル曲を演奏する」と一口に言いましても、どのようなオリジナル作品を演奏すれば、それが一般のクラシック音楽ファンにとっても興味深いものとなるのか。そこが問題だと思います。
 この問題に関してはウインドシンフォニカofサッポロさんの掲示板でも議論となっているわけですね。みなさん、ご一読を。
 TAIさんの書かれたように「現代である」という印象を避けること。吹奏楽でしか認知されていないものを避けること(私が以前畠中さんにお会いしたときに兼田敏「パッサカリア」を外すように主張したのはこのためです。もっとも、吹奏楽関係者にも少しは関心を持ってもらわないといけない、ということも分かるのですが)。 益野さんには悪いのですが、正直ホヴァネスやサリナック、そしてグレインジャーでさえもイマイチ認知されていないのではないでしょうか?
 その点、今回のウインドシンフォニカofサッポロさんのMozart「グラン・パルティータ」から編成の点から拡大していき吹奏楽へと至らせるというプログラムは画期的であると思います。
 
 そして、S.O.さんが書かれていますが、やはりこれは本来プロがやるべき仕事なのですよ。一回完結の演奏会ではなく、定期的なシリーズものとして連続公演を行っていけばそれなりに注目も集まろうというもの(ちょうど紀尾井ホールで行われているシリーズのような)。そうすれば吹奏楽黎明期から初めて現代まで到達させて「ゲンダイオンガク」を聴かせることも無理がない。それだけの企画力、資本力、表現力をアマチュアに求めるのは無理というもの。
 川越奏和奏友会がシュミット「ディオニソスの祭」をオリジナル編成で録音する(結局縮小編成ではあったけれど楽器は全部揃った)という大偉業をやってのけましたが、なぜあれを東京佼成がやらない?

 「巫楽」をやろうとして、そのあまりに極端な編成のために断念せざるをえなかったアマチュア吹奏楽団がありましたが、アマチュアが演奏できないから、という理由であれを「駄作」と言うことができる人がいますか?ああいった新しい可能性を創りあげていくことができるのは、プロだけなのです。今は書く側にも「アマチュアが演奏できるように」というリミッターが無意識のうちに存在します。まずは、ここを改善しなくては吹奏楽の新しい道は開けないでしょう。
 蛇足ですが、逆に「アマチュアに可能な限り現代的な表現をさせる」というのもとても面白いことだと思います。
(と、無理やり現代音楽の話に持っていっちゃうのは私の悪い癖ですね)

発言に関するお詫びなど 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 9月27日(水)14時51分21秒
>みなさん、分かってらっしゃる方ばかりだと思いますが、感情論ではなく、冷静に討論してみましょう!

貴殿のWEBに感情的な発言を掲載してしまいましたこと、まずお詫びいたします。

「引き抜き」うんぬんの話がこの掲示板の内容のレベルとはフェイズを異にすることも重々承知しております。ただそれこそ多くの音楽関係者の方が目にされている掲示板であるからこそ、「引き抜き」や「オリジナル曲を演奏することによって吹奏楽の良さを認識してもらおうという主張を掲げて発足しながら、実は単なる一般的な市民吹奏楽団が編曲物とポピュラー音楽をやらないだけだった」という断定的な発言によって生じてしまう誤解はといておきたいと思ったものですから…
「イヤミ」に関するこちらの発言は冷静に考えればそれこそ感情的な「誤解」で、それこそあれだけの情報を提供してくださった方には失礼な態度でした。申し訳ありませんでした。

この掲示板にふさわしいのは、「明確な意志に基づく手法論」であることを自覚した上で、私見を述べさせて頂きます。
真の意味で吹奏楽を外に開いていくためには、まず吹奏楽のもつ内的な問題を解決すべきであると思い、敢えて徹底的に「吹奏楽オリジナル曲」に固執するところから活動をはじめました。(自閉を助長してしまう危険性があること、またそれ自体が最終的な目標ではないことを承知の上で)
現在は徐々にではありますが、「吹奏楽以外の音楽との関わり」を考え、皆さんの貴重なご意見を参考にさせて頂きながら選曲をシフトし始めています。
遅々とした移行ではありますが、「管楽合奏」の演奏会の中に「吹奏楽」を包含するという手法に切り替えながら、少しでも多くのクラシックファンの方々に興味をもっていただけるような演奏会を目指しております。
そのような視点から、次回の公演は器も編成も縮小し、「管楽器の可能性を探ること」を主眼にしたプログラミングを行いました。(NAPPさんにはお世話になりっぱなしで。もしよろしければ私どものWEBをご参照下さい)

自分から感情的な発言をしておいて言うのも何なのですが、できれば上記のような私どものスタンスについての討論に転換していただければ幸いです。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


お詫び 投稿者:S.O.  投稿日: 9月27日(水)14時14分58秒
数々の暴言、お詫びします。

確かに「引き抜かれた」というのは、私の勇み足でありました。「ごく自然に足が遠のいていった」という益野さんの解釈ならば、私の誤解であったことを認めます。
ただ、その背景に、札幌同人吹に対する周囲の無理解(これは、吹奏楽全体に蔓延する現象なのかもしれません)があることも事実でしょう。そういうこともあって、少し感情的になりました。
申しわけありません。

ウインドシンフォニカ・サッポロさんの「吹奏楽が音楽の一ジャンルとして自立するためにはどうしたらよいのか」と考えるのは、大変重要なことです。ただ、その結論が、課題曲であったり、「指輪物語」であったというのは、まったく理解できなかったのです。これでは、ごく普通の、吹奏楽の愛好家のみで盛り上がっているだけじゃないか、最初のお題目に合致しているのだろうか。そういう思いがありました。
要するに、クラシックのファンが、吹奏楽に期待していることは何かという観点に立ってほしかったのです。オリジナル曲というだけでは、十分に解決されない問題であると思います。また、オリジナル曲というのは、まだまだ十分に発掘されていないので、もっと研究して欲しいと思っていました。別に変な曲を演奏することがよいとは思いませんが、少なくとも、私が紹介したものは、クラシックのファンをも満足させ得ると確信しています。

ただですね、これは札幌同人も含めてなんですが、アマチュアがやるのは無理ではないかとも思うのです。益野さんには気の毒ですが、少なくとも、数十人ほどしか聴きにこないというのでは、いかなる主張も空しくなってしまう。
まずは、吹奏楽界に影響を与え得るような団体およびその指導者が、率先してとりくむ課題ではないでしょうか。そうすれば、それに影響されて、アマチュアの体質も変わってくるでしょう。

数々の暴言をお詫びしますが、現在のウインドシンフォニカの活動については、好感をもっています。「編曲物とポピュラー音楽をやらないだけだった」と、過去形にしたのはそういうつもりだったんです。言訳がましくて申しわけありません。


>畠中さん 投稿者:NAPP  投稿日: 9月27日(水)12時13分16秒
 S.O.さんの真意がどこにあるのかは断定できないのですが、それだけ切り込むのが難しい問題である、ということでしょう。より明確な主張を常に意識しておかなければならない、ということが大事なのだと思います。
 「引き抜き」に関してはちと誤解があったかもしれませんが(ウインド・シンフォニカは期間限定団体ですからね)、「オリジナルを意識した」団体であるからこそ、もっと吹奏楽以外の音楽との関わり合い方も考えて欲しい、というところなのでしょうか。また、批判を受けるのが苦手な吹奏楽界ですが、このような厳しい意見も聞かせていただけることは大変ありがたいことだということを大事にしなくてはいけませんね。

>NAPPさんの目にも「単にオリジナルを演奏することだけ」を主眼にした
>活動に見えていたのでしょうか。

 実のところ、発足当初のプログラムを拝見させていただいたときはそのような印象を持ったことは否定しません。しかし、近年、そう、演奏会別にテーマを持たせるようになったあたりから段々と主張がプログラムだけでも感じられるようになったと思います。オリジナルの普及を意識しているのであれば、外部からの意見も取り入れてよりよいものにしていけば、いずれ非常に完成度の高い演奏会をコンスタントに行えるようになるだろう、と思います。コンセプトが存在するのだから、それを実現させるようなプログラムを組むことができていないのであれば、周りから意見を言ってあげればいいのでは、と思います。故に、僭越ながら部外者の身でありながらプログラムを組む段階で色々と意見を言わせていただいています(私の提案にはかなり偏りがあるみたいなのが申し訳ない限りですが)。
 他にも「オリジナルを中心に」と銘打って活動している団体がありますので、話の対象をそこまで拡大したのが私のコメントであったことを一応書き添えておきます。

>「そんなレベルの選曲で偉そうにするな」というイヤミから発せられた
>ものであるということを知るにつけ

 S.O.さんは「そんなレベルの」というつもりでお書きになったのではないと思いますよ。「いかに知られていない作品が多数存在するか」ということを示すための連載であったと思っています。ウインド・シンフォニカさんの選曲が「知られている」(それも吹奏楽関係者に)曲が中心であったことがたびたびであったために書かれたことでしょう。「探せばまだあるよ」ということをS.O.さんはおっしゃりたかったのでは(ホヴァネス作品なんかがその例かな)。こんなのがあるよ、と教えるのは簡単ですが、「探す」という行為の大切さをS.O.さんは大事にされているのだと思います(時々、当サイトにS.O.さんのなさる書き込みにはそれが感じられますね)
 また、「イヤミな」というのは、S.O.さん、自嘲気味に使っておられませんか(または一種のエスプリでしょうか)?ただの単なる「イヤミ」であれだけの質の、あれだけの量の連載が書けるものでしょうか?素直に「喜んで読ませて頂いて」いていいと思います。もし許されるのなら、例の連載、全文当サイトに転載したいのですが。あのまま埋もれてしまうのは実にもったいない。


 みなさん、分かってらっしゃる方ばかりだと思いますが、感情論ではなく、冷静に討論してみましょう!

S.O.さまへ 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 9月27日(水)11時00分36秒
>実はその近隣の団体というのが、オリジナル曲を演奏することによって吹奏楽の良さを認識してもらおうという主張を掲げて発足しながら、実は単なる一般的な市民吹奏楽団が編曲物とポピュラー音楽をやらないだけだったという団体で、私は、どうにもその主張に納得できなくて、その団体のHPの掲示板に、イヤミなエッセイを連載してしまったりもしました。

ご批判を受けましたウィンド・シンフォニカofサッポロの畠中です。
どのような観点から上記のようなご批判を頂戴したのか、より明確にしていただきたいのですが。

一応反論させて頂きますと、まず私が考えた活動のスタイルは、「単なる一般的な市民吹奏楽団」の枠を超えて、ある時期(一年のうち1ヶ月)だけ集まって演奏会を開こうと声を掛けたに過ぎません。実際毎回10団体程度からメンバーは集まっております。中にはここでしか演奏しないというメンバーもおりますが。
確かに益野さんの団体の演奏会の時期に練習が重なったこともありましたが、無理やり引き抜いた覚えはこちらには全くありません。当然益野さんが「引き抜かれた」とお感じになっているのであれば、不愉快な思いを与えてしまったことについてお詫びの言葉もございません。

われわれの姿勢ないし主張が「実は単なる一般的な市民吹奏楽団が編曲物とポピュラー音楽をやらないだけだった」と映ってしまったのであれば、非常に残念ではありますがそれはそれで貴殿にとっては真実なのでしょう。
ただ少なくとも「吹奏楽が音楽の一ジャンルとして自立するためにはどうしたらよいのか」ということを主眼に活動していることだけは分かって頂きたいと思っています。
例の掲示板へ投稿頂いた連載についても、こちらとしては非常に勉強になったと感じておりましたが、それが「そんなレベルの選曲で偉そうにするな」というイヤミから発せられたものであるということを知るにつけ、それに気付かずに喜んで読ませて頂いていたいた自分がとても情けないです。
それならそうと書き込んで頂けた方がよっぽど嬉しかったというのが今の率直な感想です。

NAPPさんの目にも「単にオリジナルを演奏することだけ」を主眼にした活動に見えていたのでしょうか。(あれだけお話させて頂いているので「まさか」・・・ですよね)

これをちょうどよい機会として捉え、自分達の活動を見定め直す契機にできればよいのでしょうが・・・
現在、益野さんやNAPPさんとは掲示板上で意見を交換させて頂いております。
是非ご一読の上、ご返答下さい。よろしくお願いいたします。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


御礼 投稿者:益野大成  投稿日: 9月27日(水)06時59分12秒
 直接間接のご声援、本当に有り難うございます。心より感謝します。演奏会前のモロモロの最中なので、このような短信での御礼、ご容赦下さい(この話題については、思っていることもないではないのですが、それはまた別の機会にでも)。

 なお、ちょっと訂正というわけでもないのですが、「近隣他団体からメンバーを引き抜かれた」という事があったのかどうか(他団体による積極的な引き抜きがあったのかどうか)、については、私は知る立場にありません。まあ、自分の意志でだと私は思っていますし、私の頭の中に浮かぶ何人かの方について言えば、それなりの事情も伺っていますので。「引き抜き」という程のおどろおどろしいものでもないです。

 “ごく自然に足が遠のいていった”、というところでしょうか。

 それは「ああ、(我が身が)情けないなあ」という思いもありますが、他団体で活躍されているその方達には頑張って欲しいと思っているんですよ、いや、マケオシミではありません(笑)。状況が変わればまたどこかで一緒に音楽が出来るかもしれないのですし。

 過去のS.O.さんとのやりとりの中で、他団体にメンバーを引き抜かれた、とも取れるような曖昧な文章を、益野がグチついでに書いたこともあったようなので、これはS.O.さんにも申し訳ないことだと思っております。

 今回に限って言えば、他団体への移籍者よりも、育児休暇・転勤によるメンバー減が痛かったァ。

http://sapporo.cool.ne.jp/dojin/?


むぅ、たしかに 投稿者:NAPP  投稿日: 9月27日(水)03時22分56秒
TAIさんのおっしゃるとおり。そもそも「クラシック愛好家」に「現代音楽」を敬遠する人も少なくないために、聴きもしないのに拒絶してしまうことは少なくないように感じます。
 いわゆる「現代」を避け、かつ吹奏楽人にしか通用しない作曲家の作品を除外すると、ミヨーやシュミット、シェーンベルク、ヒンデミット(あ、ここらへんで既に「現代」に入るのかな)などなど。そして忘れてはならないホルスト、ヴォーン=ウィリアムス、グレインジャー。・・・・・そう、益野さんのなさった選曲になるのです。
 いたずらに前衛手法や同時代性を追求してもいけないし、無視してもいけない。じつに難しいところだと思います。

 「なつかしの名曲」で盛上がるのは私も好きなのですが、あんまりやりすぎるといけないかな、と思います。大事な話題がやりにくくなる。
 吹奏楽関係サイトの掲示板、そのバンドの関係者の話題や、酒の話題で盛上がるのは実に楽しそうで、読んでいてほほえましいのですが、そこにプロが加わるのはちょっと危険のような気がします。業界全体が馴れ合いの世界になりかねない。節度を守ってくださることを期待します。私は音楽関係で人に会うときはちょっと距離をおきたいな。

嗜好といっても 投稿者:TAI  投稿日: 9月26日(火)22時22分34秒
NAPPさん、こんばんは。
>他のクラシック愛好家の嗜好なんて知ったこっちゃない。

既存の吹奏楽作品の絶対量が不足している以上は、吹奏楽は常に「現代音楽」にならざるを得ませんね。しかし、すべてのクラシック愛好家が「現代音楽」そのものに興味を示すとは限らないわけで、そのあたりにも大きな壁があるような気がします。

(つけたし)
現在、吹奏楽の「名曲」には4種類ある。
 (1)後世に残すべき真の名曲
 (2)後世には残らないだろうが、人気はある曲
 (3)管楽器の初心者が学ぶべき要素が多くあり、技術的・音楽的に平易な「いい曲」
 (4)演奏したことのある人が一つの時代感覚を共有できる、いわゆる「なつかしの名曲」

(1)のつもりで話題をふっても、最終的には(4)の話題になってしまうんですよね〜。吹奏楽サイトで散見される「名曲」という言葉、もう少し吟味して使ってほしいものだ。(なつかしの名曲の話題で盛りあがること自体は少しも悪いことでなく、むしろ楽しいものですが)

(無題) 投稿者:NAPP  投稿日: 9月26日(火)03時41分14秒
>ちんぴら指揮者さん
 とくに、自分の音楽を他人に押し付ける形にならざるをえない指揮者や作曲家の場合、ある程度の音楽的知識を身につけておくのは、もはや義務だと思うのです。教師がきちんと理解していなければ生徒に教えることができないのと同様に、指揮者・作曲家に音楽的な下地がなければ楽団によりよい音楽を与えていくことはできないのですね。生徒に質問されて「知らない」ではすまされないはずです。

>にみにみさん
 他にもNHK教育の色んな番組のテーマ音楽も創ってらっしゃるそうですよ (^^ゞ

>S.O.さん
 お書きになられた内容、痛いほどよく分かります。吹奏楽を一般のクラシック音楽愛好家にも聴いてもらえるようになるには、つまり単なる音楽の一ジャンルとして吹奏楽が自立するにはどうしたらよいのか。私は長いこと思い悩んでいました。

 このサイトを立ち上げた真意。それは実のところ吹奏楽をアマチュアの手から奪回しようとするところにありました。無論、吹奏楽はアマチュアを主体として成長したのであり、それが長所であることは十二分に承知しているつもりですが、あまりにもそこに依存しすぎているような思いで一杯でした。
 「現代作曲家の吹奏楽作品」というリストを作った際も、実のところアマチュアがあれらの曲を演奏するようになってくれれば、などという甘い考えは微塵も無く、プロの音楽評論家や、マネージメント関係者の目にとまってくれたら、というのが本音です(この目論見は私にしてはかなり成功したと思えますが、まだまだでしょう)。あそこに挙がった作曲家の名前がいかに大変なことか、分かる吹奏楽関係者は残念ながら少ないでしょう。

 吹奏楽関係のサイトを覗いていて思うのは、やはり彼らがどこまでいってもアマチュアであるということ。結局のところどの団体も自分たちが楽しければそれでいいにすぎないのです(それ自体は非難すべきことではない)。私が某サイトに「吹奏楽『曲』の魅力とは」という問いを投げかけたときにどの程度反応があったでしょう?第一線で活躍する吹奏楽指導者も「違法コピー」などには反応するのに、こういった問いには応えない。自分たちが楽しければいいのだから、他のクラシック愛好家の嗜好なんて知ったこっちゃない。プロの吹奏楽団体でもこういった意味ではアマチュアでしょう。プロとしての責務をあまりにも果たしていないのです。 こうした吹奏楽サイドの現状に絶望すら感じたこともありましたが、ここで諦めてしまっては私の夢、書きたい音楽が費えてしまう(実のところ私が本当に書きたい音楽はプロの演奏技術・環境による吹奏楽でしか実現不可能なものなのです)。
 益野さんたちのように、「吹奏楽ってなんだろう」ということを冷静に見つめ、考え抜き、それによる選曲で演奏会を行っているバンドが他にあるでしょうか?単にオリジナルを演奏することだけで吹奏楽の本当の魅力に行き着くことはできない、思慮無き行動は最善ではないのですね。

 同時に、音楽大学に在籍していると、こちらのサイドからの吹奏楽に対する見方にも疑問を持たざるをえません。演奏家は自らが吹奏楽出身であることを恥であるかのように隠し、作曲家(かなりの大御所でさえ)の吹奏楽に対する見方も非常に偏っています。これも吹奏楽がアマチュアに占有されているために起こった現象であると思うのですが、こちら側の意識改革も必要であるように感じています。各音大に最低一人は吹奏楽・管弦楽ともに精通した人物(しょ〜もない解説しか書けない吹奏楽マニアはいらないよ。M音大)をおかなければならないと思います。

 どうすれば吹奏楽と通常のクラシック音楽との間に接点を作ることができるだろうか。私の永遠の課題です。とりあえず些細なことですが、この掲示板でレスを付ける際、現代音楽の話題には吹奏楽の話題を、吹奏楽の話題には現代音楽の話題を、無理にでもぶつけるようにしていますが、お気づきでしょうか?しかし、いかんせん私程度の人間の知識ではいかんともしがたいものです。もっとグローバルな見方をしてくれる優秀な方が吹奏楽支援に動いてくれることを切望しています。


 最後に。もはや吹奏楽関係者は「音楽」すらしていないと感じることがあります。近頃、あちこちで吹奏楽コンクールの結果の書かれた掲示板を目にします。しかし、なぜその内容には「団体の受賞内訳・代表校」だけで「演奏曲」が書かれないのでしょう?私は「どこが代表にいった」よりも「代表がなにを演奏するか」の方が大切だと思うのですが。もはや吹奏楽コンクールは演奏された「音楽」を「聴きに」いくのではなく、音楽を演奏する「団体」を「見に」いく場所でしかないのですかね。

長文失礼2 投稿者:S.O.  投稿日: 9月26日(火)01時02分54秒
クラシックの愛好家が吹奏楽に求めるものは、管弦楽の真似じゃありません。ベルリオーズの「幻想交響曲」よりも「葬送と勝利の大交響曲」が、ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」よりも「アルメニアンダンス」が、レスピーギの「ローマの祭り」「・・・ベルキス」よりも「ハンティングタワー・バラード」が聞きたいわけです。また、吹奏楽の分野でしか知られていない次元の低い作曲家の「オリジナル曲」なんて、さらに興味をもたれないことも当然でしょう。一方では、たとえ編曲モノであっても、本当に優れたものならばきちんと評価されますよ(実際には、一流の管弦楽作品を二流の作曲家(あるいは一流?の編曲家)が吹奏楽に編曲しても、まず評価されないと思いますが)。そんなこと、ちょっと考えれば判ると思うのですが、不思議なことに理解できないようなんですね。

要するに、吹奏楽という世界は、外からの評価を受けることを避けていることを棚に上げて、管弦楽のできそこないと軽蔑されている(と思い込んでいる)という意識から抜けられていないのではないでしょうか。編曲だとかオリジナルとかという問題ではないと思うんです。工夫をすれば、自然とクラシックの愛好家が近寄ってくるはずなんだけどなあ。

益野さんたちの活動は、一つのヒントを与えていると思います。特に、プロやプロ級の団体、そしてそれを率いる指揮者たちに、大いに参考にしてほしいと願います。

 あまりにも遠方なので、私も聞きにいくこともできませんが、定期演奏会が成功されますよう、影ながらお祈りします。そして、どうか潰さずに、末永く活動してください。

長文失礼1 投稿者:S.O.  投稿日: 9月26日(火)01時01分33秒
最初にお断りしておきますが、以下の意見は、団の運営に四苦八苦しているようなアマチュアの団体を対象にしているのではありません。これは、特にプロ、あるいはプロ級(たとえば、コンクールの全国大会に出場できるような)のアマチュア団体に、熟考をお願いしたいのです。

吹奏楽のコンサートは、プロ、アマともに、何故か内輪で閉ざされているような気がするし、概してつまらない。確かに、バラエティーに富むという意見は、その通りであると思うのですが、何をやりたいのかという主張が感じられないし、そもそも、完全に吹奏楽愛好者のみを対象とした演奏会および演奏が99%以上ではないかと感じていました。これが閉鎖的な印象を与えている原因ではないかと感じるのです。
確かに、プロや音大などの演奏団体にも、意欲的な試みをするようになってきましたし、アマチュアでも、最新のオリジナル作品を中心に演奏会をする高校等も登場しました。もちろん、これらは他の百凡の団体よりははるかに興味深いのですが、それでもなお、私にとっては何か納得できないものがありました。つまり、ある主張は感じるものの、やはり内輪だけを対象にしてしまい、一般のクラシック愛好家を引き付ける魅力がないのです。これでは、閉鎖性を解消するには程遠いような気がしてならなかったのです。もちろん、閉鎖的であれば、批判もされないけれど、決して評価の対象にもなり得ないわけです。

そういうときに、私は益野さんたちの活動を知りました。管楽器の音色を最大限に引き出せる作品を演奏しようという(ごくあたりまえのことなのになぜか稀有な)主張があり、なおかつ一般のクラシック愛好家を引き付ける魅力を持っている。益野さんは、別にクラシックの愛好家向けに演奏会をやとうとしているわけではなかったのですが、管楽器の音色を最大限に引き出せる作品を追求するうちに、あのリストのような選択になったのですね。そういう作品を書ける才能を持った作曲家が、実はクラシック愛好家の嗜好する作曲家に合致していたというのは偶然ではなく、当然の成り行きだったと思います。

管弦楽の演奏会と同じレベルで評価され得るコンサート。プロでさえ成し得なかったことを、アマチュアの団体がやってのけていたことに、正直言って感動してしまいました。私は、もう15年以上も演奏活動をやめてしまったのは、魅力的な演奏活動をやっているところにめぐり合えなかったというのも原因だったんですが、初めて参加したいと思う団体が見つかりました。悲しいことに、このアマチュアの団体は、北海道という遠い地で活動をしているために、私が演奏に接することもできないのです。プロならば巡業もあるだろうし、コンクールなぞに出場しているのならば、近くにやってくることもあるだろうに。ああ、北海道の人たちは、うらやましいなあ。

ところが、話を聞いてみると、信じられない状況なのです。この団体は、その存続さえ風前の灯という状態で、定期演奏会をやるために、エキストラを集めるのに四苦八苦しているという状況であること。さらに驚愕したのは、私が理想的と思っているその定期演奏会で、観客数が、ただでさえ少ない団員数と競争しているという信じがたい事態であること(NAPPさん、「聴き手も受け入れている」なんて、とんでもない)。それは宣伝がまずかったのかもしれませんし、地理的に不便だったのかもしれません(私は、まだ北海道に行ったことがないので判りません)が、NIFTYなどでコンサート案内をだしても、やはり状況は変わらないようです。この吹奏楽の関係者でさえ関心を持っていないという事態は、まさに屈辱的です。これでは、団員を近隣の団体に引き抜かれてしまい、存続さえ危ういというのは当然でしょう。これをきいて、本当に悲しくなるとともに、吹奏楽の関係者を軽蔑し始めました。また、それでもなお楽団を存続させ、屈辱を味わいながらも定期演奏会を継続させていることに、深い尊敬の念を抱くようになりました。
実はその近隣の団体というのが、オリジナル曲を演奏することによって吹奏楽の良さを認識してもらおうという主張を掲げて発足しながら、実は単なる一般的な市民吹奏楽団が編曲物とポピュラー音楽をやらないだけだったという団体で、私は、どうにもその主張に納得できなくて、その団体のHPの掲示板に、イヤミなエッセイを連載してしまったりもしました。


坪能克裕といえば、 投稿者:Rにみにみ  投稿日: 9月25日(月)13時10分10秒
TVアニメ「聖戦士ダンバイン」のサントラしか聴いたことなかったりして:-p

http://member.nifty.ne.jp/nimi/


ん〜なかなか・・・ 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 9月24日(日)07時34分44秒
>あいつらは坂本龍一が「ゲンダイオンガク」に関する並々ならぬ知識と技術(時々使い方間違え
>るみたいだけど)を持っていることをしらないのだろうか?例えば久石譲だって、国立音大の作
>曲科の学生だったころは前衛書法ばかり追い求めていて、行き着いたところがあの世界。知って
>て切り捨てるのと、知らないで切り捨てるのは全く違うこと。
いや〜実に良いお言葉です。そう言えばコープランドだって片方では(当時の)前衛手法を追求してる顔を皆あまり知らないんですよね。学ぶべき物は学ぶと言うことは大切です。
最初から思いこみの敬遠をして避けて通るのは簡単でしょうが、得る物は無いですしね・・

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


痛い (>_<) 投稿者:NAPP  投稿日: 9月24日(日)05時56分24秒
 ペンダコが裂けたので出血がとまるまでレスにします(笑)
 それにしても私は締め切りの二週間前までには曲をあげるようにしてきたのに、今回はホントの締め切り(9月28日)ギリギリまで書くことになりそうです。

>あべちょ
 まぁ、そういうことはよくあるのだけれど。高校卒業のときには先生に「小室を超えてくれ!」って言われたし、教育実習のときも音大で作曲やってる、って言ったら生徒に「創った曲、歌って」って言われたしね。
 でも、ここで「世界が違うの」って切り捨ててはいけないと思う。この前からの話と繋がるけれど、「音楽のジャンル別に優劣がある」ということを教える方(創る方)が無意識のうちにでも持っていれば、ますます子供たちのクラシック音楽(?)離れが進むと思う。
 そういえば「オレは劇伴でやってくからゲンダイオンガクの書法は知らなくてい〜よ、聴かなくてい〜よ」っていうヤツを内外でよく見るけれど、そういうヤツは劇伴は書けないと思う。そういうヤツは大抵坂本龍一を信奉しているけれど、あいつらは坂本龍一が「ゲンダイオンガク」に関する並々ならぬ知識と技術(時々使い方間違えるみたいだけど)を持っていることをしらないのだろうか?例えば久石譲だって、国立音大の作曲科の学生だったころは前衛書法ばかり追い求めていて、行き着いたところがあの世界。知ってて切り捨てるのと、知らないで切り捨てるのは全く違うこと。なぜそういう転換をしたのか、なぜそれが可能であって、そして成功したのか?それを考えると全ての音楽はどこかで繋がっていることが分かるはず。
 ちょっと話がそれたけれど、小室にしても、君が私淑する崎元仁にしても、はたまた三善にしても、それぞれが現代日本の音楽(の一部)を引っ張って行っていることには変わりない。だから私は「小室になるの?」と訊かれたら「まぁね」と答えるようにしているよ。

>植田さん
 がんばってくださいねぇ!T先生いわく、「打ちこむのに1〜2年はかかるかな」と。いちおう箱づめの際に「オケ、室内楽、現代、オペラ」と分けたつもりですが、大雑把だし、結構まざっているかも・・・・・ ごめんなさい。

>益野さん
 すばらしいリストでした!私も色んな楽譜を手に入れなくては。
 10月1日の演奏会、私も聴きにいきたいです(ちょっと無理ですが)。ああいった意欲的なプログラムはおおいに他の団体にも見習って欲しいものです!
 アマチュアがホヴァネスとかを演奏してしまう(そして聴き手も受け入れている)吹奏楽って、聴衆が固定されているという現代音楽の現状から考えると、現代の奇跡のような気がするのですが、どうでしょう?

お知らせ 投稿者: 益野大成  投稿日: 9月23日(土)08時17分29秒
 以前ここに書かせてもらいましたが、私の団のHPに「益野所蔵譜」をアップしました。興味のある方は見てやって下さい。(NAPPさん、所蔵譜に関するコメント有り難うございました)

 別件ですが、10/1に私の団の演奏会があります。現代音楽と言えるかはちょっとアレですが、一応20世紀に活動した作曲家の曲ばかりです。日時、場所等は団のHPの掲示板に(連絡として)載っています。

 (う〜ん、でもここに投稿する錚々たる方々の事を考えると、ちょっとうちの演奏レヴェルは恥ずかしいなあ。ま、アマチュアでもこんな事やってる奴がある、てなことで…)

http://sapporo.cool.ne.jp/dojin/?


げげげ・・・ 投稿者:植田  投稿日: 9月21日(木)02時35分47秒
えー、久しぶりに来てみました。助手の植田です。
私事で恐縮ですが、先日T先生に「西村先生所有のCDの整理」という仕事をおおせつかりました。要するに種類別?に分類してリストを製作せよ、ということなのですが、NAPP氏が先生宅から運び出したものがそれのようですね・・・。ダンボール数十箱・・・ハァ・・頑張ります・・・。


16999だった・・・ 投稿者:あべちょ  投稿日: 9月20日(水)23時40分33秒
久しぶりに来てみると、トップページのカウンターが16999だった。
そーいえば夏休みに高校卒業以来の友人にあい「今何やってるの?」と聞かれたときに、
「今大学で作曲勉強してるのだ。」と言ったところ・・・
その友人は「えっ!そーなの?小室になるのか〜!?」と言われました。
僕は思わず絶句・・・作曲科ってあんまりよく認知されて無いみたいです。
まあ僕の田舎がナカナカのド田舎だからかもしれませんが・・・
NAPP氏はそういう事ないですか?

時間が・・・・・ 投稿者:NAPP  投稿日: 9月20日(水)22時14分59秒
>JUNさん
 そうですね。やはりJ-POPだけでなく色々なジャンルのものも音楽として聴いてもらいたいものですね。どうしても「クラシック音楽」(現代音楽も含む)というと「お勉強するもの」という意識がどこかにあるような気がしてなりません。

>ももたろうさん
 音楽之友社より出版されている「音楽指導ハンドブック」というシリーズにある、坪能由紀子先生の著書を読まれることを強くお薦めします。教育、子供と現代音楽の関わり方について書かれたものの中でも特に素晴らしいものです。なお、坪能由紀子先生の旦那様であり、作曲家の坪能克裕先生は東京音大の先生ですので機会があったらお話を伺うのもよいでしょう(克裕先生もこの手の音楽の第一人者です)。
 なお、私は「自主的夏休み延長」中(笑)ですので、現在あまり学校ではお会いできないかもしれませんね。ももたろうさんの作曲科の知り合い、というのはおそらく山梨出身の某女史だと思いますが、彼女を見ていてもお分かりの通り作曲科4年の人間は皆大変な時期です。特に私は諸事情により他の人よりも締め切りが半月ほど早いものでして、現在学校に出られる状況ではありませんので。いりえさん(笑)他、ピ演には知り合いが結構いますので私の出没情報は彼らに聞いてください (^^ゞ

>S.O.さん
 ダン・イヤーについてはこの掲示板でず〜っと前に書いた覚えがあります。ブラスファンタジーはもうすぐでしたね。晴れるのを祈るばかりです。 「夕鶴」はプッチーニ「ラ・ボエーム」を聴いた後に聴くと・・・・・ 「ミミ〜」って(笑)
 当サイトの作品リストに載って入ない團氏の吹奏楽曲に「ブリヂストンマーチ」というのがあるみたいですね(CD「レジェンダリーV」より)。 作曲者自身の編曲版は全く異なる表情を見せることが少なくないので、モノによっては曲のアナザーサイドを照射する意味で認めてもいいような気はしています。

 ところで、レジェンダリーシリーズは演奏はたしかに上手いけれどどこまでいっても結局はアマチュアの域を出ていない(なにより過去のコンクール名演というような懐古主義にはなんの魅力も感じない)し、収録曲目にあまり魅力を感じないので結局ヤマハ浜松のもの一枚しか買っていません。
 作品リストといえば、阿部亮太郎先生にはリスト掲載の三曲以外に、高校生のころ在籍していた吹奏楽部のために高校時代から5年間1曲ずつ書いた曲と、「尺玉釣瓶打」という曲(上越教育大学吹奏楽部が定期演奏会で演奏したらしい)があるそうですね。「嵌め込み故郷」が、断片化された動機群が様々な形に分離・融合する(包括するd-mollのノスタルジックな旋律的断片!)のを吹奏楽の特性をフルに生かした音色の多様性で纏め上げた、という吹奏楽屈指の作品であるだけに他のものも聴いてみたいですね。この曲、楽譜がどうしても欲しいのだけれど国立楽器のレンタル譜でしかないので、演奏に一切関わっていない私は手にすることは一生ないんでしょうね。

 昨日、西村朗先生が仕事場を改装するというのでお手伝いに自宅にお邪魔。とりあえずCDを運び出すために段ボールに詰める作業をしました。中にはシュトックハウゼンの大管楽合奏曲「ミヒャエルの旅」のCDや、関係者にしか配られなかった西村朗電子音楽作品集「響きの樹」、イサン・ユン全集など、信じられないようなものがヤマのようにあって聴きたかったのですが、段ボール43箱という膨大な量(前日までにさらに20箱近く出していたのに)のためにそんなことを言い出す余裕(と勇気)はありませんでした。それにしても私の思いつく全ての作曲家の交響曲は全てあったし、オペラも膨大な量が。プロの作曲家の資料の量に格の違いをみた思い。笙やフルート、ツィンバロンなどなどの楽器まであるとは・・・・・ 奥様の手料理(本格インドカレー)がとてもおいしかったです。

 なお、私、オケはまだ上がってません (;_;)

DAN year 2000 投稿者:S.O.  投稿日: 9月20日(水)19時45分31秒
今年は、「DAN year 2000」という企画で、團伊玖磨の作品が各地で演奏されているようです。
詳細は、
http://www.danyear.ne.jp/top.htm

吹奏楽関係では、
−夢〜DAN YEAR 2000 特別記念日 10.15−
(1)ジャパン・スーパー・バンド演奏会 ブラスファンタジー

というのがありますね。少し、マーチ(風)の作品ばかりなのが残念ですが(「奏鳴曲」とか「オリンピック序曲」などが演奏されるといいのにな)、野外コンサートのようで、入場料も無料ということですので、興味がある方はどうぞ。行進曲「青年」というのは聞いた事がないので、ぜひとも聞きに行きたいのですが、私は、当日、地元の秋祭りで帰省中。

まあ、ゲンダイオンガクの面々からはロクな言われ方をしない作曲家ではありますが、それでもこれだけの企画が行われるのだから、大した人なのですね。私が好きな作曲家の一人でもあるんですが、個人的には、初期のわかりやすい作風のものが好きです(たとえば、「ブルレスケ風交響曲」とか「シルクロード」とか)。また、祝典行進曲も、よく演奏したものですが、やはり日本を代表する行進曲だと思いますね。

先日、別のところで、NEC玉川の演奏会での話題が出ていました。それは、團氏の「シルクロード」を編曲したものを演奏したそうなんですが、作曲家自身が聞きに来ていて、大変喜ばれたということでした。最近氏は、落ち込みぎみだったそうなんですが、その演奏を聞いて、勇気づけられたとのこと。

私は、基本的には編曲ものはやらない方が良いという考えなのですが、作者の同意が得られたものや作者との協力で編曲されたものなどは、許されるのではないかと思っています。また、そうすることによって、吹奏楽に関心を持たれる場合もあるでしょうし(三善晃が、そんなかんじでしたよね)。


ありがとうございます。 投稿者:ももたろう  投稿日: 9月19日(火)11時03分13秒
私の質問に丁寧に答えて下さった皆様、本当に有難うございます。
とても参考になりました。
御意見を元に授業を組み立てていこうと思っています。
「現代の音楽」も音楽の一つだということを知ってほしいので、少しでも身近に感じるように、参加、体験させたり、楽器・楽譜を見せたりしたいと思います。
>NAPPさん。
まだ学校でお会いしていませんが、突然の質問に答えて下さってありがとうございます。

現代音楽というよりは 投稿者:Jun  投稿日: 9月16日(土)23時44分29秒
私も高校の教壇に立ってましたので(社会科ですが)、面白そうな話題です。
現代音楽も民族音楽も、あるいはジャズもラテンも邦楽も、みんな「音楽」なんだと言うことを高校生達に分かって欲しいなあ。吹奏楽部の生徒を車に乗せたときたまたまクラプトンのブルースのCDがかかっていたのですが、「なんか変!?」というリアクションが返ってきて、逆にこっちが驚いてしまいました。
彼ら(彼女ら)はいわゆる「Jポップ」や「流行の洋楽」系以外はあんまり(というかほとんど?)聴いていないんじゃないかという気もします。かと思うと熱心な吹奏楽部員はコンクールでよく演奏されるマイナー系のクラシック作品(しかもカット版!)しか聴かなかったりと、やっぱりバランスが悪い(^^;)。
たまたまうちにあったクラシック全集を聴いていて、『春の祭典』第1部の最後のところのバスドラムのロールの場面で背筋がぞくぞくっとしたのが確か高校3年の時だったような気がします。まさかその曲を翌年に大学オケでやることになるとは、夢にもおもっていませんでしたが(笑)。

http://page.freett.com/junmwn/index.html


まちがえた 投稿者:NAPP  投稿日: 9月16日(土)02時47分32秒
 すみません。「プリペアド」ではないです。「内部奏法」でした m(_ _)m
 プリペアドは面白いけど、谷口さんの書かれているような事態になるのが明白(笑)なので避けた方が賢明ですね。実際、とある現在音大の先生をされている方が教育実習でやってえらいことになったとか。弦の下に落ちたものは取るのが大変ですからね。
 ミュート奏法(打鍵の時、弦の端(調律ピンのすぐ横)を指で押さえ、響きを変質させる)とか、その程度だったらほとんど楽器に影響はないでしょう。指の脂で弦が酸化するおそれがあるのでハンカチで拭くことさえ徹底させれば、ね。 一時期大はやりしたジョージ・ウィンストンにもこれを使った曲があったような・・・・・ いっぱい使ってるのは西村朗(笑)