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つづき 投稿者:S.O.  投稿日:10月31日(火)20時18分11秒
そのうち、いくつかについて、簡単にご紹介。
D.Erbの「Stargazing」の楽譜は、なんじゃこらという感じ。第一曲「The Stars Come Out」は五線紙に黒丸がポツポツおいてあるだけだったりする。続いて、第ニ曲「Comets, Meteors, Shooting Stars」、第三曲「The Surface of the Sun」からなり、全て指示された電子楽器のテープを用いる。
B.ブリテンの作品は、Tp3、Hr4、Tb3、Tubaと打楽器の合奏曲。
アイブスの作品は、1904年頃の作品を、アイブス研究のスペシャリストであるシンクレアが吹奏楽に編曲したもの。
O.リードは、ご存知「メキシコの祭り」の作者です。後年は現代的な手法に走り、アマチュアからは見放された感じだったんですが(それでも、かなりの吹奏楽作品がある)、「エンツの目覚め」も無調っぽい。途中で合唱も入るけど、譜面づらはそんなに難しくなさそう。
 L.フォスのスコアも、すごい。最後のtuttiのカデンッアは、見ているだけで頭がウニになる。
H.カウエルの譜面は、自筆譜で、貴重資料としてコピーを取ることが認められませんでしたので、急いで五線紙を自作して書き写しました。それほど、個人的には好きな曲だったので。これは、RVWとグレンジャーのファンに大受けしそうな、隠れた名作なんですよ。
 クレストンのは、フィンランド民謡を元にした幻想曲ということですが、まだちょっと譜面をしっかり見てないのでなんとも言えない。
G.キュービックの「Stewball、Variations」も、隠れた傑作の筆頭に挙げたいものなんですが、作曲者自身は、ピューリッツアー賞なども受賞しながら、後年はテレビや映画音楽の世界に入ってしまい、地味な活動で生涯を終えたようです。4曲からなる変奏曲で、演奏時間は計13分。
W.スティルは、ヴァレーズ門下の人で、黒人作曲家としては、初めて世界に認められたとでも言うべき人ですね。実は、隣の席に座っていた白人のオバサンが、「この人のは、いいよねえ。」とか言って話し掛けてきて、ご親切にいろいろ参考文献などを紹介してくれたり、その出版元(実は、4ヶ月ほど前に、私はフラッグスタッフ(アリゾナ州)のその場所を訪れていたのです)なんかを教えてくれたりしました。この曲は、「Work Song」「Spiritual」「Dance」からなる組曲。

入手した音源などについては、あらためて。


帰国報告 投稿者:S.O.  投稿日:10月31日(火)09時24分57秒
 アメリカから帰ってまいりました。
 今回は、ソルトレイクシティ、カルガリー、セントルイス、ワシントンD.C.を中心に回りました。
 ソルトレイクシティでは、前回見つけ損ねたハチャトゥリアンの吹奏楽作品集のスコアをさがし、また、レコードとしてはR. WashburnとW. Hillの各作品集を聴かせてもらいました。
また、カルガリーでは、D. Erbの「Stargazing」等のスコアを見つけ、またKravierの例のシリーズ等も聴かせていただきました。セントルイスは、よく中山鉄也氏も沈没するという、Shattinger Musicという楽譜屋に行ってきました。
http://www.shattingermusic.com
さすがに、噂どおり、吹奏楽に関しては膨大な楽譜を持っていました。ここでは、4種類ほどの楽譜を購入し、また多数のプロモーションCDを貰いました。ミズーリ大学セントルイス校にはあまり成果がなく、唯一、ルーカス・フォスの「24管楽器のために」を見つけました。ワシントンD.C.の、議会図書館は、もう書ききれない。ここには、米国で出版されたものはほとんどあるのではないかな。
 ということで、詳細はまたの機会にして、とりあえず手に入れた吹奏楽関連の楽譜としては、
上記以外に、

 カルガリー(カナダ)
V.ジャンニーニ「ファンタジア」
B.ブリテン「ロシアの葬送」

 セントルイス(Shuttinger Musicで購入)
C.アイブス/J.シンクレア編「序曲と行進曲"1776"」
V.パーシケッティ「汝ふりむくなかれ」
N.デロ=ジョイオ「ルーブルからの場面」
O.リード「エンツの目覚め」

 D.C.
H.カウエル「賛美歌とフーギングチューン第一番」
P.クレストン「カレワラ」
G.キュービック(Kubik)「Stewball, Variations」
W.スティル「デルタから」
V.ジャンニーニ「変奏曲とフーガ」

といったところでした。オケ譜やピアノ曲なども沢山あるのですが、とりわけ大好きなパーシケッティの「シンフォニア・ヤニクルム」やデロ=ジョイオの「Air Power」等のスコアが入手できたのが大きかった。

D.C.は病み付きになりそうです。

Temps Novum 投稿者:いしづか  投稿日:10月30日(月)17時58分30秒
の第11回演奏会には私も行きました。山本作品は確かに「素晴らしかった」ですね(何故か括弧付き)。その素晴らしさや面白さをここで説明したりするのは、推理小説を評論する際に、犯人に関して言及してしまうかのようなもので、無粋だと思うため止めておきましょう。

鈴木作品は期待通りの出来。今回は「言葉」を発する人間が3人になった事で、意味性と音楽のスタイルと調律が、今までに無く錯綜していました。しかし、音楽が複雑な装いを持ち始めても、聴きやすさは失われていないのが鈴木音楽の特色ですね。

田中さんの作品も良かったですね。田中さんは独学で作曲を始め、所謂音楽大学には通わずに作曲家としてのキャリアを重ねてきた方ですが、あのグループの中で最も職人的志向が強い人でもあります。田中さんが、己のそうした志向に合致した素材を選び、それを的確にリアリゼーションしたことに、私は深く打たれたという次第です。

#いかにも大判の5線紙が入っていそうな、大きく薄いカバンを持っていた
#会場中央、後ろから3番目くらいの席に座っていた方がNAPPさんとお見受
#けしましたがいかに?

行進不可能なマーチ 投稿者:Rにみにみ  投稿日:10月30日(月)12時35分20秒
ジェイガーの2組...はなんとなく、行進できそうな(^^;)

http://member.nifty.ne.jp/nimi/


伊藤康英オールインワン 投稿者:ワタセケイコ  投稿日:10月29日(日)19時13分56秒
はじめまして。
ムジクケラー音楽事務所のワタセケイコと申します。商用に掲示板を使ってはいけないと承知していますが、ウチのコンサートはここが違う!というのはひとつはっきりありますので、あえて投稿させて頂きます。問題があるようでしたら、管理者の方に削除をお願いします。

メールkeiko@keller.co.jp頂ければご優待します。

ピアノで吹奏楽作品を弾く、というコンサートは他ではないでしょう。作曲家自身が、自作を弾く音にちょっと耳を傾けてみてください。スタッカートは?レガートは?え、こんなテンポだったの???ときっと新鮮な発見があるはず。楽譜の見方が変わってくるかも。

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伊藤康英オール・イン・ワン

武蔵野スイングホール(中央線武蔵境駅北口) 
2000年11月8日(水)
19時開演(18:30開場)
入場料 3000円 
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以下は伊藤康英の文です。

演奏予定曲
■オン・ザ・マーチ(ぼくの吹奏楽第1作。これをピアノ連弾でどうぞ)
■抒情的祭りファンタジー(《抒情的「祭」》にもとづくピアノ独奏曲)
■琉球幻想曲(ピアノ独奏版もしくは連弾版で)
■アイヌ民謡による変奏曲 (《ユーフォニアムと吹奏楽のための幻想的変奏曲》のピアノ連弾版)
■こきりこ行進曲(ピアノ連弾版を作る予定。今年のとやま国体入場行進曲です)
■第1曲組・連弾版(ホルスト作曲、伊藤康英編曲。…こんなのを作ってみました)
■ディオニソスの祭り・連弾版(シュミット作編曲。ただし超難曲なので、ぼくの練習が間に合ったらやります…)
■歌(クリスティーナ・ロセッティ作詩、林望訳詩)
■ふたりしずか(野呂さかん作詩。たぶん初演になります)

                     ☆☆☆

 自分の作品のコンサートをしようと、あれやこれやと曲を選ぶ。それはいいのだが、いざコンサートが近づき、その間に新たな曲を書き上げていたりすると、あ、これもやりたいよなあ、と興味が移ってしまうことがよくあるのです。そこで今回は、このチラシには演奏曲目について詳しく書かないことにした。もしかしたらやるかもしれないし、もしかしたらやらないかもしれない。
  このコンサートでは、主に吹奏楽曲のピアノ連弾編曲それから歌の作品を中心にお届けします。題して「伊藤康英のオールインワン」というわけですが、もし、演奏組曲の要望などがあったら、ムジクケラー宛メールをください。なるべくプログラムに収めてみます。また、当日のリクエストもOK!…かもしれません。
  ともあれ、「採れたての伊藤康英」、どうぞお楽しみに。

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出演: 伊藤康英  藤井亜紀(ピアノ) 遠藤久美子(ソプラノ)

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制作、お問い合わせ&チケット取り扱い:ムジクケラー音楽事務所
tel03-5946-3188 fax03-5946-3728 E-mail musik@keller.co.jp  http://www.keller.co.jp/


企画:伊藤康英



マーチ 投稿者:IDLER  投稿日:10月27日(金)23時56分16秒
三善晃作曲の「クロス=バイ マーチ」というのがありますが、あのマーチは行進不可能ですよね。行進できない行進曲なのに「マーチ」と名づけたのは、何故なんでしょう・・・。

宣伝ありがとうございます。 投稿者:ももたろう  投稿日:10月25日(水)21時16分43秒
「サントリーデビューコンサートレインボウ21」は各音大生が出演するのですが、その他にコンサートマネージメントも学生とホールの方が担当します。
将来の演奏家とコンサートマネージャーに発表の場を与えてくれているのです。

で、先日この掲示板で「教育実習で現代音楽を使うには」ということでお世話になったわたくし、ももたろうが東京音大の「レインボウ21 マネジメント担当」なのです。

いま、ちけっとぴあで発売されていると思います。
各音大、結構観客動員数を気にします。
そして、身内の人だけでなく、本当に聴きたい人に来ていただきたいと思います。
よろしくお願い致します。

http://members.tripod.co.jp/momo13


むだい、みたいな 投稿者:NAPP  投稿日:10月25日(水)02時39分26秒
>IDLERさん
 お役にたてなかったようで申し訳ないです。多分学校の図書館で検索すればもしかしたらあと1曲くらいは見つかったかもしれませんが、ちょっと調べ忘れてました。ごめんなさい。

>岡村さん
 あらら、そうだったのですか。あとどのくらい在庫があるのでしょうね。 でも、やっぱりかなりの量が売れているみたいですね。喜ばしいことです。


 今日は珍しく時間が合った(というより作った)ので、Temps Novum の演奏会に出かけてきました。実は毎回予定があわず、なんと今回が初めて。いや〜、面白かったです。個人的には山本裕之先生の曲と、鈴木治行先生の曲が好きでしたね。
 CD「Temps Novum Anthology 7」と鈴木治行先生のCD「システマティック・メタル」が買えたのがとても嬉しいです。


 11月末から12月上旬にかけてサントリーホールで「レインボウ21」という連続演奏会があります。これは各音大から選りすぐりの学生(卒業生)でアンサンブルを組むのですが、現代作曲家の曲が多く取り上げられます。んで、12月4日が東京音大の会なんですが、これが結構すごいプログラムですよ。
 ・滝廉太郎「メヌエット」「憾」 はおいといて、
 ・山田耕筰「日記の一頁」より(ピアノ曲)
 ・諸井三郎「ヴィオラ・ソナタ」
 ・入野義朗「管楽五重奏のためのパルティータ」
 ・八村義夫「エリキサ」
 ・池辺晋一郎「ストラータ I 」
 ・西村朗 「ニルヴァーナ」(日本初演)

 です。ちなみに、西村先生の曲(Pf,SQ,Sop)はつい先日ハノーヴァー万博で世界初演されたのですが、そのときと同じメンバーで演奏します。そのピアニストは私の友人の九州人だったりします。
 でも、12月4日って、ジルベール・アミのオケ世界初演もあるんですよね。

 他にレインボウ21で注目なのは11月30日の洗足学園大の会。ここでも入野義朗「管楽五重奏のためのパルティータ」をやりますし、それに八村義夫「ブリージング・フィールド」。それとなんと甲斐説宗「2人の打楽器奏者のための音楽」!他の作品もなかなか面白く、東京音大への挑戦か(笑)?

 あ、レインボウ21で吹奏楽人が興味を持ちそうなのは12月6日の国立音大の会ですね。伊藤康英先生の「街に出かけたモーツァルト 〜ソロ・マリンバのための」(世界初演)というのがありますよ。この会では他にモーツァルトの「コン・ファン・トゥッテ」を管楽アンサンブル伴奏に編曲したものをやるようです。

訃報 投稿者:NAPP  投稿日:10月25日(水)02時38分43秒
 作曲家・高田三郎先生が10月22日、心不全のためご逝去されました。享年86歳。
 高田先生は故・中田喜直先生同様、毎年東京音大に声楽の特別講師として講演にこられていただけに残念です。これで残すところ小林秀雄先生だけになってしまいました。
 中田先生といい、高田先生といい、一つの時代の終わりを感じてしまいます。
 名曲「水のいのち」を聴き、ご冥福をお祈りすることにします。合掌。

ペルセポリスの在庫確認 投稿者:岡村  投稿日:10月23日(月)23時58分28秒
NAPPさん
> ペルセポリスは私が買いに行った時は実は最後の一枚でした(新宿タワー)。

実は、私も最後の1枚だったのです。
NAPPさんが買った後、1週間ぐらい後です。

もしかしたら、棚に乗せていないだけで、店の倉庫に在庫があるかも知れません。
そして、定期的に補充しているかもしれません。

※ ペルセポリス購入予定者の方々へ:
CDショップに電話を先にして、在庫を確かめた方がよいと思います。
棚にないから手に入らないと諦めていると、次の週に再び棚に陳列されていることもありますので。

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


TB4重奏 投稿者:IDLER  投稿日:10月23日(月)21時01分46秒
NAPPさんへ

トロンボーン・フェスタで行われたのは「イントロダクションとアレグロ」という曲ですよね。作曲者は早川正昭氏だったと思います。

あの後、いろいろと調べたのですが、けっこう見つかりました。どうも、ありがとうございました。

ちなみに、見つかった曲は以下の5曲です。

ドリーム(作曲:小長谷宗一)
私を酔わせて三章(作曲:福島弘和)
トロンボーン4重奏のための5章「ケンタウル祭の夜に」(作曲:建部知弘)
組曲「スピニング・スパイラル」(作曲:真島俊夫)
トロンボーン4重奏曲「イントロダクションとアレグロ」(作曲:早川正昭)

たぼ〜 投稿者:NAPP  投稿日:10月23日(月)03時13分24秒
>いしづかさん
 ペルセポリスは私が買いに行った時は実は最後の一枚でした(新宿タワー)。危なかった。倉庫にしまってあるのか、売れたのか。売れたのだったら大変嬉しい!
 この「ペルセポリス」にせよブーレーズ「レポン」にせよ、シュトックハウゼン「グルッペン」にせよ、このような空間的な音の推移を計算した曲というのは数多いわけでして、これらの曲をL,Rという二極からの発音で聴く(≒家庭で聴く)のが作曲家の意図を正しく伝えられているかというのは甚だ疑問なんですよね。
 テープ音楽、というとどこで聴いても同じ結果が得られると思っている人が時々いるけど、そうではないんですよね。チャンネル数はもちろん、再生する機材、スピーカーの距離、ホールの音響などなど、「その場限りの音楽」である要素は数知れず。「スピーカーの位置 = 演奏者の立ち位置」とするなら、いしづかさんが書かれた近藤譲先生のお話と電子音楽の再生の問題とに重なる部分があると思うのです。 実際、私も自分のテープ作品を自分の家のミニコンポ(もっといいのが欲しいの)で再生すると、早稲田大学のスタジオで再生したときとのギャップに悲しくなります(苦笑)。
 アコースティックにしてもエレクトロニクスにしても、「生で聴く」ことの大切さは永遠に変わらないことだろうな、と思います。

 望月京先生は「カメラ・ルシダ」が思いっきり私はツボにはまったので、私も一押し。個人的趣味もあるけれど、客観的に見てもすごい人だと思います。
 伊佐治先生が吹奏楽を書いたので、個人的には次は川島素晴先生に副次的ではないものを書いて欲しいと思ってます。あと、金子仁美先生も「呼吸」シリーズの終着点としてぜひ吹奏楽に行きついて欲しいな。藤家渓子先生もきっとお洒落な曲を書いてくれるに違いない。
 その前にいつ死ぬかわからない(失礼!)大御所にも残していってもらいたいなぁ。


>ちんぴら指揮者さん
 スーザもいいけど、アルフォードもいいなぁ。でも、吹奏楽人の想像する「マーチ」から言ったらエルガーの「威風堂々」とかも相当「妙」なマーチに属してしまうんですよね。むしろ吹奏楽の中で「マーチといったらこんなやつ」という暗黙の了解があることの方がとても奇妙かつ恐ろしい。


>IDLERさん
 邦人作曲家にTrb四重奏って少ないんですよね。ソロにしちゃうか、「四人なんてケチなこと言わないでいっぱい使おうぜっ」という考えをする人が多いんでしょうね(私もそう)。
 手許の資料を眺めてみても「四重奏」はありませんでした。青島広志に「In terra pax」(1990)というのがあって、これはTrb 6重奏。三善晃の「Opening Fanfare」(1995)という曲(?)はトロンボーン・アンサンブル(何人だろ?)。池野成の「エヴォケーション」はTrb4人だけど他に打楽器も必要。
 今年の現音のイヴェントの一環で行われた「トロンボーン・フェスタ」には4重奏があったはずだけど、ちょっとプログラムが行方不明になってしまっていてよくわかりません。確か川崎美保(吹奏楽人には「パルスモーションII」が知られている人)さんの曲がそうだったような・・・・・
 お役に立てませんで (;^_^A


 最近いやに多忙です。11月頭にある芸術祭(学園祭ですな)で演奏される私の曲の準備(なにせ演奏者14人)で大変です。私も演奏者として出るし(自作には出ませんよ)。大学院入試の準備も並行してやらないといけないし。ひぃ〜。

 さて、お詫びと訂正を。
 先日の私の書きこみで
> プロの吹奏楽団がアマチュアを意識しないレパートリーで演奏会を企画したと
>しても、客の入りははっきり言って「現代音楽のコンサート(東京)」と同じ位、
>もしくはそれよりも少ないでしょうね。(中略)
>昨年(だっけ?)の岩城宏之先生が黛「トーンプレロマス」を振った東京佼成WOの
>演奏会がいい例でしょう。
 というのがありましたが、これは正しくありませんでした。この演奏会は東京芸術劇場の1999人の定員のうち、約1700人の聴衆が入っていました。関係者各位にお詫び申し上げます。

いつも質問ばかりで申し訳ないのですが 投稿者:IDLER  投稿日:10月20日(金)20時21分12秒
邦人作品のトロンボーン4重奏の楽曲を探しているのですが、何かいいのをご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。
現代性が強くてもかまいませんし、全然マイナー(音大生によるものでもなんでも)なものでもかまいません。ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ともご一報下さい。宜しくお願いします。

>自称「私は作曲家である」   投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日:10月20日(金)07時14分51秒
>ラ・マルシュ」なんていう変なマーチを作りまして
その変なところがまた気に入ってその年取り上げたアマ指揮者です。
でもなんか古風な味わいもあって決して「妙なマーチ」とは僕には写りませんでしたよ。
それより、正統風のマーチの形を取りながらも奇をてらいすぎて、結果的に妙なと言うより薄っぺらになっているマーチが多いですからね。
正統派のマーチを作るんならスーサを参考にして欲しい気もします。
そうでなければ自由奔放に作った方が何かしら光るものがあるような気がするのですが・・

そういや僕んとこの掲示板にも課題曲作曲者の方が今年一人お出でになられてました。
最近ご無沙汰やなぁ〜

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


音楽のおしえ By 近藤譲 投稿者:いしづか  投稿日:10月19日(木)05時03分04秒
「作曲フォーラム」で聞いた話の中で、講師の近藤譲さんによる、こんな話が印象に残りましたので、ちょっとした御紹介を。

かなり昔の話ですが、譲さんが自作の演奏に立ち会った際に、ホールでのリハーサルを聴きながら、「かなり良いレベルなんだけど、何か1つ足りない。ただ、その『何か』が自分にはわからない。一応、譜面はきちんと音になっているし‥‥‥」と、まあこんな具合に、非常に歯痒い気分を味わったことがあったんだとか。理由もハッキリしない事でリハを止めるわけにもいかないから、リハーサルがそのまま続くうち、同じ会場にいたモートン・フェルドマンが譲さんのところへやってきて、「あの奏者とあの奏者の位置を取り替えてみたら?」と、2人の奏者を指さしつつ提案したんだそうです。言われる通り奏者の位置を取り替えてみて、再び演奏を始めさせてみたら、驚いたことに自分の感じた不満は一挙に解決され、音楽が一層の説得力をもって響くようになったということです。それ以来、譲さんはリハーサルの際に、奏者の位置を非常に神経質に気にするようになったそうで、実際、教えている音大でサキソフォン4重奏のリハーサルに立ち会ったときも、奏者の位置を取り替えることで目覚しい効果をあげたことがあったという話です。

ただ、譲さんが、この劇的改善の理由をスコアに書かれた音楽の構造のうちに見出せたのか、それとも会場の形状等によるものと納得したのかは、聴き損ねてしまいました。それを訊こうと思ったら、譲さんは望月京さんに自作のリハーサル会場へ連れて行かれてしまったのですね。

#そうそう、吹奏楽曲を委嘱するなら、NAPPさんのリストに載っていない若手の中
#では、この望月京さんが一押しですね。出来上る曲はメチャクチャ難しい曲にな
#るだろうけど、作曲技術的な完成度も演奏効果も素晴らしい曲になるに違いない。

『ペルセポリス』は 投稿者:いしづか  投稿日:10月19日(木)04時04分05秒
えらい勢いで売れているようで、先週の金曜日に、私がタワーレコード新宿店に行ったときには、残りは2枚しかありませんでした。素晴らしいことですね。クセナキスは、脳溢血の後遺症でかなりボケてきているらしいから、この好セールスはなおさら嬉しい。私は、10月の始めに入手してから、それこそ30回以上聴き返していますが、聴く度に、つい音量をあげてしまいます。

ただ、もともと8チャンネルのテープを2チャンネルに落としているために、音の奔流が周囲をグルグル回転する感覚が欠けているのが悲しい。音を観客の周囲に配置することは、クセナキス作品に於いては単なる音響的こけ脅し以上の意味を持っていて、観客の前面のみから発生させていたのでは複雑さのうちに潰れて聴こえてしまう構造を、観客の周囲からバラバラに発生させることで聴取し易くする、という意図があることを忘れてはいけないでしょう。あのCDから聴き取れる音楽は、それはそれで畏るべきものだけど、あれはまだ、作品の全体像の一側面を露わにしたものに過ぎないんですね。このCDを聴いた人々が、『テレテクトール』や『サンドレ』や『シナファイ』や『アナクトリア』や『テトラス』に興味を持ってくれれば現代音楽&クラシック音楽の将来に多少は明るい見通しを持てるんだけど‥‥。

セリー音楽を批判する論文を書いた経歴にみられるように、クセナキスって作曲家は常に聴取という問題に曖昧さ無く取り組みながら作曲を行なってますね。そんな基本的な認識すら踏まえずに、クセナキスに関する文章を書くヒョウロンカやらライターが存在するのが現代のクラシック音楽界の不幸でしょう。そういった手合いを、この1枚のCDが虐殺してくれば、クセナキスの伝統楽器のための作品も、もう少しは演奏されるようになるかもね。

res 投稿者:NAPP  投稿日:10月19日(木)03時36分35秒
>ののさん
 なるほど。そのような作品があるのですか。聴いてみます。
 明日(今日、か)エストラーダがどんな話をするか、楽しみです。

>JUNさん
 気にしていただいて、ありがとうございました!
 ところで、昨日の「長々と」という投稿ではオフラインで書いたものを書きこもうとしたら、文章作成中に蝸牛の旋さんの書きこみがあったので、JUNさんに「詳細未だわからず」とレスしておきながら、蝸牛の旋さんに「詳細な情報ありがとうございました」と答えてしまっているんです。申し訳ない。
 蝸牛の旋さんにも改めてお礼をば。

>IDLERさん
 そんなとこですね。でも、一つ大事なのは「演奏できなくても演奏理論は身につけておく」ことですね。Vnのポジション表を暗記しておくとか、ピアニズムの研究をしておくとか。やっぱり作曲家はどんなに「難しいの」を書いてもいいけど、「不可能なの」は書いてはいけないなぁ、と。 あと、やっぱり「最高の演奏効果」は「演奏しやすい」というところから生まれることがある(全てではない)というのも大事なことでしょうね。
 それに時として作曲家は演奏家よりもその楽器のことを知っておかなければならないことがあるのです。例えば木管のマルチフォニックなんかは、そんな特殊な指遣いは奏者は覚えてないけど作曲者はそれを指定してやらなければならない、とか。

>自称「私は作曲家である」さん
 はじめまして。「ラ・マルシュ」の作曲者ということは、コンクール課題曲作曲者がこの掲示板に登場されるのは2人目ですね。なかなか独特のぶつけかたをする、トリオが特徴あるフレーズ取りのマーチだったので印象に残ってます。
 自分の創った音楽が多くの人に演奏されて記憶に残り、後に数年たって「私が○○生だったときに演奏したあの曲」とか話題にされることがある、というのは本当に作曲家冥利につきるというか、幸せなことですね。
 最近はなんだか「何考えてるんだろ」みたいな作品が課題曲になることがあるんですが、自分の作品によって喜ぶ人、苦しむ人、悲しむ人、幸せになる人、それぞれがたくさんいることは肝に銘じて作曲にあたってもらいたいものです。


 学校の図書館に購入希望を出していたシュワントナーの「そしてどこにも山の姿はない」と「オーケストラと打楽器のための協奏曲」の楽譜が入荷。早速借りたもののCDを人に貸していて聴けず。まぁ、覚えてるから大丈夫ですけど。オーケストレーション上の学ぶべき点(TrpやHrnが部分的にタイで結ばれて細かいベルトーンを作るという実に芸の細かいことをやっている)が多くあってなかなかの収穫でした。一緒にルイ・アンドリーセンの「デ・スティル」も入荷していたけど、こっちはまだいいかな。
 それにしてもうちの図書館、ファーニホウ(Ferneyhough)の読みを「フェルネイヒュー」って登録するの、やめてくれない?最初だれだか分からなかった。
 読みといえば、サリナックはS.O.さんの書かれたように「スリナッチ」とも呼ばれていますし、人名事典などでは「スリニャック」とか「サリナッチ」とか書かれることもあるようですね。スペイン生まれのアメリカの作曲家ですからね。「アルゲリッチ」と「アルヘリッヒ」みたいなもんでしょうか。

はじめまして 投稿者:自称「私は作曲家である」  投稿日:10月18日(水)22時19分37秒
はじめまして。作曲に関していろいろ議論がされているところをホロホロと探しておりましたらここに来ました。私中学の頃から作曲を志しておりましたが,結局高校の英語の教師になりまして母校であります兵庫県の某田舎進学校に勤務しております。古巣である吹奏楽部の顧問をしてます。「ラ・マルシュ」なんていう変なマーチを作りまして吹奏楽コンクールの課題曲に採用されたことがあります。それが後にも先にもはじめて公にした曲ですが,実は結構作ってまして作ったやつは必ず実演されています。というか無理矢理生徒にやらせている?とにかく自称作曲家冥利に尽きます。うちのバンド決してうまくないんですけど(OB見たら怒る?オレもOBやけど。)いいんですよ。作曲家としては幸せなんですよ。とにかく生きているうちに演奏してもらえることが。そういう意味においては武満とかJ.ウィリアムズとか作曲家としてはもちろん尊敬している人物なんだけど,それ以上にうらやましいと思える人たちですね。だってあれだけ世界中で演奏されている人はいないでしょう。文字どおりコンテンポラリーな作曲家っちゅうことやね。皆さんいろいろと議論が盛んなようですが何よりも演奏してもらえるっちゅう事は大事なこと。しかも作曲上興味を引くものはなおよし。もちろん今いろいろと作曲を試みている方々にとって,作曲上興味を引かない作品でも演奏されるものは多いですけどね。レスお待ちしています。よろしく。

つまりの所 投稿者:IDLER  投稿日:10月18日(水)09時57分54秒
つまりは、現代の作曲家にとっては、和声法・対位法などの理論が重要で、演奏能力についてはさほど要求されていないという事なのですね。

シデロ・イホス 投稿者:Jun  投稿日:10月18日(水)07時08分39秒
今度は間違えません(^^;)。

蝸牛の旋さんの書き込みにありましたが、パイパーズの記事も確か石井真木氏の作品の演奏にこの楽器が使用された、という内容であったと記憶しています。

>楽器というよりはオブジェ、・・・うーん、写真を見たら確かに楽器とは思えないような印象だった(苦笑)。

エストラーダ 投稿者:のの  投稿日:10月18日(水)02時32分47秒
には、eua'on'ome (1995) というものすごいオーケストラ曲があります。ドナウエッシンゲン音楽祭シリーズ1995年の巻に収録されています(この年は、他にグロボカールやノイヴィルトの曲もあり、このシリーズの中では中身が濃い方だと思う)。ゲレーロ『サハラ』に勝るとも劣らない....と思って解説を読んでみると、クセナキスの eua'on (1980) というUPICを用いたテープ作品のオーケストラ編曲だったんですねえ。
いくら原曲がテープ作品でも編曲は編曲なのに、エストラーダ作品のように扱われているのは疑問。

長々と 3 投稿者:NAPP  投稿日:10月18日(水)02時10分28秒
 最後は公開講座のお知らせです。

 フーリオ・エストラーダ(Julio Estrada)氏が東京音大にて作曲の公開講座を行います。題目は「私の作曲技法とその思想的背景」。
 招聘者は湯浅譲二先生、通訳は伊藤弘之先生です。
 エストラーダはメキシコの作曲家でクセナキスの弟子ですね。
 公開講座ですので、学外の方でも、誰でも自由に聴講・質問が可能です。
 よろしければみなさん、聴きに来てください!
 なお、この掲示板を見た東京音大作曲科学生は必ず出席のこと。

 10月19日(木) 16:00〜18:00
 東京音楽大学 J-208教室にて

 お問い合わせ
 東京音大演奏課 03−3982−2496

長々と 2 投稿者:NAPP  投稿日:10月18日(水)02時09分00秒
>いしづかさん
 とても貴重な情報、ありがとうございました!!
 でも恥ずかしながら「池袋ミッテンヴァルト」って知らないのですが・・・・(;^_^A
 作曲フォーラムは毎年なぜか予定が入って行けないのです。とても残念。来年こそは参加してみたいと思っています。

>JUNさん
 ハネムーン、いかがでしたか?
 ところで「シデロ・イホス」ですが(お間違えなきよう!)、ある人が日本パーカッションセンターに電話で問い合わせたものによると「ウォーターフォン」という名称で知られている、とのことでしたが、う〜ん、どうも違うような気がするんですよ。色々調べたところ、楽器というより一種のオブジェ(しかも総称)なんですよね。未だ詳しいことは分からずじまいです。

>益野さん
>戦略の基礎
 先の益野さんへのレスで書いたことでほぼ内容が重複する部分もあるのですが。
 プロの吹奏楽団がアマチュアを意識しないレパートリーで演奏会を企画したとしても、客の入りははっきり言って「現代音楽のコンサート(東京)」と同じ位、もしくはそれよりも少ないでしょうね。吹奏楽という編成の認知度の低さに加えて「現代音楽」というレッテル(?)がつきまとう。昨年(だっけ?)の岩城宏之先生が黛「トーンプレロマス」を振った東京佼成WOの演奏会がいい例でしょう。
 吹奏楽が他の演奏媒体の演奏会と決定的に違うのは、実は演奏団体とか聴衆とか、そういう表面的な部分ではなく「マネージメント」の問題だと思うのです。せっかく名前がでたので使わせていただきますが、東京のほぼ全ての現代音楽のコンサートをマネージメントし、もっとも日本の音楽の成長に貢献している企業「東京コンサーツ」が吹奏楽をマネージメントしたことがありますか?というより、吹奏楽管轄の(吹連など)マネージメント「以外」による演奏会がどれほどありましょう?(あったらごめんなさい) 演奏会企画の段階で既に吹奏楽はクラシック音楽から「仲間外れ」なのです。たぶん、この問題は演奏・聴取・作曲という以前のすごく根深いものだと思うのです。

>その他として
 選曲の傾向がはっきりしているのはいいことだと思います。決して「偏っている」とか「古くさい」なんて言葉で表せるものではない(イ・ムジチ合奏団は古くさいですか?)。益野さん、もっと胸を張っても皆は納得しますよ。
 蛇足ですが、吹奏楽向きと思われるオーケストレーション・楽案を得意とし、吹奏楽を1曲もかいておらず、かつオスティナートを得意とする(なんて半端なものではない)作曲家がいますね。そう、松村禎三先生です。個人的には松村先生に吹奏楽作品の委嘱がされていないことの方が、武満が吹奏楽作品を残さなかったことよりも遥かに痛恨事だと思うのですが。一体吹奏楽界は何の教訓を学んだのだろう?松村先生もご高齢です・・・・・

>S.O.さん(無題:17日)
 実に分かりやすい喩えですね。付け加えるなら、その「試合を組む」興行主が不在であることも書いておきましょう(益野さんへのレス参照のこと)。
 クルシェネクには「ドリームシークエンス op.224」(すごく面白かった)や「三つの愉快な行進曲 op.34」などがありまして、今年は実は生誕100年にあたっています。しかし、このような紹介するのに絶好の機会をみすみす逃してしまうようでは、今のプロ吹奏楽団の企画力もたかが知れているというものです(オケや室内楽、合唱では取り上げられていた)。

>IDLERさん
 別に現代の作曲家がピアノを演奏家並に弾ける必要性はないのですよね。弾ければ技巧を生かした曲想が浮かぶし、弾けなければ「弾けないからこそ」思いつく楽想もあるのですよね。
 昔は作曲家は演奏家でもありましたから当然ヴィルトゥオーソでもあったわけなのですが、現在では分業化されてますからね。ベルリオーズはピアノが苦手だったそうですし、他にもピアノが得意でない作曲家はヤマほどいます。また、故・八村義夫などは作曲の際に主に使用した楽器はヴァイオリンです。ピアノだけが作曲家にとって最も身近な楽器というわけではないのです。野平一郎先生のように超人的なピアニストでもある作曲家というのも存在するのですけれどね。
 まぁ、音大の作曲科に入った人には少なくともBachの「平均律クラヴィーア曲集」のうちの1曲が鳴らせるくらいの技量はあるのですけれど(入試にあるから)。
 参考になるかは分かりませんが、私はピアノは苦手です。せいぜいピアノの発表会に出ている高校生のお嬢さん程度です。作曲の際にはほとんどピアノは使いません。核となる和音の確認は主にPCで行いますし、大体はなけなしのソルフェージュ能力でなんとかしてます(笑)

>蝸牛の旋さん
 おぉっ!なんと詳細な情報を!! 助かりました。ありがとうございました!!!!

長々と 1 投稿者:NAPP  投稿日:10月18日(水)02時07分16秒
言い訳を兼ねて近況報告を。
昨日、卒業作品のオケを大学に提出してきました。9月末の段階でほぼ完成していたのですが、例のコンクールの締め切りに間に合わなかったので、せっかくだからラストをもっとおおがかりなものにしたところ、あまりにも大きくなりすぎて、結局完成させることができたのは14日のことでした。他にも大学院入試の手続き、日本音楽コンクールを聴きに行く、と続いたのでレスが大きく遅れてしまいました。ごめんなさい。

#レスを読むにあたっては過去ログの方も別ウインドゥで開くと便利だと思います。

>益野さん
>長文 その1、その2、その3
 まずは演奏会お疲れ様でした!
 アマチュアが演奏活動をすることの意味などについては今更書くまでもないことですよね。ここで問題となっているのはそれが「吹奏楽の音楽的な発展」とどう関わる(あるいは関わらない?)べきなのか、ということだと思うのです。
 自分達の好きなことをやっていて、それが結果として吹奏楽の発展、広い理解を得ることに繋がればこれほどいいことはないでしょう。
 「自己満足」という言葉がありましたが、極端なモノイイをすれば作曲家なんてのはそれこそ自分の自己満足のために他人を使い、なおかつ金をもらって生きている人種なのです(苦笑)。自分の信じることを、やりたい・やるべきだと思うことをやればいいと思います。それを単に「自己満足」と片付けるかどうかは第三者が評価することだと思うのです。
 「下からの運動」ということですが(私は決してアマチュアが「下」だとは思わないけれど)、確かにアマチュアだからこそできる活動、聴いてくれる聴衆もいるでしょう。 オーケストラや室内楽など、いわゆるクラシック音楽のレパートリーはプロの活動をアマチュアが真似していくものなのですが(その曲目の成立した時代のこともあるけでど)、吹奏楽ではプロはアマチュアの要望に大きく左右されているのだと思います。吹奏楽のプロは「開拓」という作業があまりにも少ない。 クラシック界の音楽評論家はプロの活動しか見ませんから「アマチュアの反映」であるプロ吹奏楽団の活動が評価されないのはある意味当然と言えましょう。ならば、「アマチュア」のサイドに益野さんたちのような考え方を持った楽団が多く現れてくれれば、結果としてプロの活動も少しづつよくなっていってくれるのでは、と思っています。 プロが独自に「吹奏楽を広める」ための活動をしてくれれば言うことはないのですが、それを促すことができるのも吹奏楽のアマチュアであると思うのです。
 「大学の出番」ということですが、私は日本の大学には残念ながら期待していません。まず普通の大学のバンドはアマチュアと本質的になにも変わりませんから置いときまして、音楽大学での吹奏楽団ですが、これがまた期待できないのです。日本の音大でのアカデミズムではとてもではないけれど吹奏楽はまともな評価をされていないのです。授業として吹奏楽団は組織されていますが、あれは管弦楽団でのステージに乗せることができなかった多くの管打専攻生にステージの場数を踏ませるための救済措置の意味合いが強いのです。「吹奏楽」が「ブラバン」でしかないのは日本のクラシック音楽界全体に言えることですので、その端末機関である音大でも同様です。大学院や研究科、となるとあまりにもその人数が少なすぎる(うちの大学院の場合、器楽専攻はピアノ・弦・管・打の全部あわせて3人しかとらない)ので吹奏楽はおろかアンサンブルさえ難しいでしょう。 昔の国立音大ブラスオルヒュスターの活動はとても期待していたのですが現在では見る影もない。武蔵野音大はCDをリリースするなど活発に見えますが、その内容は実のところ「上手なアマチュア」と変わらない。なぜなら指導者(企画者)がアマチュアだから。 おそらくこのような状況は海外でも同じでしょう。イーストマンWEでさえ、主軸は管打専攻生以外だったと思うのですが(記憶違いですか?)。
 小人数の管打合奏にはまだまだ多くの可能性があると思います(益野さん、私は大編成を指向しているわけではないんです)。例えばB.A.Zimmermann 「Rheinische Kirmestanze」は二管編成の木管にHrnが2本、Trp、Trb、Tubaが1本。また、Vareseには多くの管打楽器のみによるオケ作品があります。しかし悲しいかな、これらは「ちょっと大きい室内楽」や「管のバランスが特殊なオーケストラ」として認識されて既にそれなりの評価を得ており、決して「吹奏楽」の認識を深めることには繋がらないと思うのです。「線的で鮮度の高いサウンド」も非常に魅力的です(だからこそ近藤譲「岩と鳥」はCD化されるべき曲筆頭なのに)。だけれども吹奏楽に相応しい楽想とは一つではないのです。管弦楽曲が多種多様なように、ね。

シデロ・イホスについて 投稿者:蝸牛の旋  投稿日:10月18日(水)00時45分17秒
こんばんは。
今NAPPさんが紹介されていたザビーネ・マイヤー他による「Modern Works for Wind Ensemble」を聴いているところです。HMVで特価だったのです。で、確かこちらの掲示板に書き込みがあったと思ってページを追っ掛けていたら、「シデロ・イホス」についてお尋ねの項が。
…あれ、これ知ってるかも、と思い立ちコンサートのパンフを漁ってみたら、ありました! 正に記憶の扉が開いた心境です。というわけで、既にリサーチ済みやも知れませんがちと書き込みを。

新交響楽団第135回定期「現代の交響作品展'92」、指揮は石井眞木で以下のようなプロ。

○夏田昌和:モルフォジェネシク
○一柳慧:ピアノ協奏曲第1番「空間の記憶」
○石井眞木:交響三連作「浮遊する風」

石井作品は元々独立した曲「雅霊」「風姿」「砕動鬼」からなりますが、3曲目は副題に「打楽器独奏とオーケストラの為に」とあります。この日は山口恭範氏をソリストに迎え、(全曲で)打楽器奏者6人で28種79個(!)もの打楽器を駆使しています。その中に件の「シデロ・イホス」がこれまた数種類用いられていました。

プログラムの記載から(ちょっと長いですが)抜粋しますと…
この楽器"CIDELO IHOS"は、金属彫刻家の原田和男氏と山口氏との共同制作による鉄の楽器の総称。
今回用いたもののうち四角と六角のものは、鉄製の箱を伏せて四隅に小さい足を付け、底には不規則な切れ目が入れてある。叩く場所やバチを違えると様々な音程・音色が得られ、さらにティンパニの上に載せてペダル操作する事で更に音が変化する。
丸(球)型のものは、地球儀で云う北極部分からパイプが突き出て、赤道部分にはパイプと同じ方向に伸びる長さの違う棒が取り巻いている。パイプを手で支え、棒や本体をバチで叩いたり弓で擦ったりして演奏する。またこれもティンパニの上に載せるが、さらに球の中には水が入っており、傾けて水が動く事でも音程が変化する。

実際に私が演奏を「観て」いた際には、球形のヤツが目立っていた(奏法も音響の面白みも)ような記憶があります。

P.S.
MONTAGNEの紙ケースによる再発シリーズ(クセナキス室内楽曲集2枚組などを含む)で、以前某掲示板でいしづかさんに推薦して頂いたジェームズ・ディロンの「IGNIS NOSTER」「HELLE NACHT」のCDが出ていたので買いました。英国の現代作曲家としては珍しい(?)軽やかさと鋭さを大編成で書き上げる術に長けているようで、結構気に入りました。

作曲家のピアノ演奏力 投稿者:IDLER  投稿日:10月17日(火)20時57分49秒
作曲家は主にピアノを使って、様々な楽曲を作ると思うのですが、作曲家のピアノの演奏力というのはどのくらいなのでしょうか?

「ピアノが弾ける」ではなく、やはり「ピアニスト」の域に達しているものなのでしょうか。是非とも知りたいのですが、どなたか、ご存知ないでしょうか。

(無題) 投稿者:S.O.  投稿日:10月17日(火)11時11分44秒
お気を悪くさせてしまい、申し訳ないのですが、私は益野さんの活動を否定するつもりは全くありません。むしろ、その活動に理解を示さず、生温い現状に安穏として、次元の低いコンサートを行い、そしてCDをバンバン制作している吹奏楽の関係者を批判したかったのでした。

プロの現状と言うのは、喩えて言うなら、リングに一人だけ上って、華麗な技の数々を披露し(たつもりになり)、観衆から喝采を浴びていい気になっているようなものです。観衆は皆ファンばかりなので、喝采を浴びるのは当然ですが、外から眺めていた外部の人間にとっては、バカバカしい茶番劇にしか見えないのです。

プロとしてメシを食っているのならば、少しくらい挑戦をしてもいいのではないかと思うのです。
例えば、スカルコッタスやクルシェネク、現代のカーゲルやナッセンの作品を東京あたりでコンサートに取り上げてみたとします。おそらく、吹奏楽の関係者はあまり足を運ばないでしょうが、これまで、吹奏楽なんて相手にもしなかった作曲家や音楽評論家などが興味を示すことは、間違いありません。やっと、敵?がリングに登ったことによって、戦いの形ができたわけです。
そうなれば、後は存分に敵を打ち負かせばよいでしょう。もちろん、この敵は強力ですし、観衆も味方してくれないので、怖い戦いですよ。でも、勝利したならば、作曲家は創作の意欲を示すだろうし、評論家は通常の音楽雑誌や大手新聞に論評を寄せ、吹奏楽だといって軽蔑する風潮を打破するのに役立ってくれるでしょう。
おそらく、興行的には不入りになるでしょうが、アマチュアが地方でチマチマやるのと比較して、世間に与える影響力ははかりしれない。そういう挑戦を期待したいところです。

委嘱などについてももっと意見を述べたいのですが、時間が無いので、別の機会に。

サリナックは、3年ほど前に亡くなっています。
http://www.schirmer.com/composers/surinach_bio.html
それと、この人の名前は、古くから、指揮者スリナッチとして記憶されている人が多いと思われます(LPなどではそう表記されている)。

また、アメリカに行きます。ワシントンD.C.の国会図書館が面白そうなので。
何か面白い発見がありましたら、ご報告します。