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賛成意見なんですよ 投稿者:にへ  投稿日: 1月18日(木)22時36分50秒
 S.0さんの考え楽しく読ませてもらいました。
 楽譜の問題って学校の現場でも、一般の団体にとっても頭の痛い問題ですよね。
 私は、nappさんの意見にまったく同感で、店頭にポケットスコアのみがずらっと並ぶ時代になるといいなと思います。著作権問題のわずらわしさも、レンタルで補えますよね。
IT時代の劇的な変化、大手出版社への不満も全く同感でありますが、やっぱり楽譜は紙で選びたいです。「いかさま作曲家」としては、楽譜の価値が下がるような気がして怖いような気がします。感情論で片付いてしまうのかもしれませんが、苦労してためたお金で買った(安値ではない)楽譜の紙のにおいは、何よりも好きです。それを探すのに苦労するのも、不満を言いながらもうきうきしたりします。だから、店頭にはポケットスコアを(できれば今よりもう少し安い値段で)置いて目に付きやすくしてもらい(隅っこで埃をかぶってないで)レンタルで楽譜を手に入れられればな、と思います。
 かくいう私も雪かたしに苦労している地方の人間ですので、情報不足や大手出版社への不満はたくさんあります。でも、システムだけで処理してしまっていいのかなぁ・・・(考え方古いかなぁ・・・)
 参考演奏の添付についてもその音楽に対して固定観念を押し付けてしまう可能性があるのではないか、とか、図形楽譜の未来は広がるのかな(偶然性は本当に消滅してしまいそうですね)とか、考えてしまいますが、本当に面白い考えであると思います。ただ、紙から伝わってくる音符の感覚だけは忘れないようにしたいなとも思うのですが、この矛盾を埋める方法はないですかね?どうでしょう。

ご意見感謝 投稿者:S.O.  投稿日: 1月18日(木)12時40分55秒
 大手の出版社が、消費者の要求や希望を無視して、非生産的な馴れ合いの体質を形成し、IT時代の劇的な変化についていけないというのであれば、先見性のある意欲的な新興出版社に食いつぶされてしまえばよいと思います。倒産すれば、その版権をSPCに理解を示す出版社に移してしまえばよいことですし。
 SPCというのは、出版社の体質改善の促進と消費者の購入意欲の向上、この二つに対するいわばカンフル剤のようなものなんです。長い目で見れば、出版業界にとっても、利益になるはずなのですが。

 スコアだけ販売するという考えは、個人的には大賛成でありますが、消費者の利便性を考えると、フルセットとスコアだけの両方の選択ができるようになれば良いですね。PDFファイルだと、元手はそれほどかからないし、貯蔵保管などの経費も少なくてすむので、フルセット価格でもたいしたことはないと思うのですが。

 まずスコアを見てから買うということについては、もちろんSPCのHP上にスコアの一部を公開したり、参考演奏の一部を載せたりしておけばよいことですし、米国の出版社(たとえば、Kjos)にはやっているところもありますよね。最近の傾向としては、スコアを見るよりも、参考音源を聞いてから楽譜を買うという方が多いと思います(例の課題曲というのでさえ、そうですから)。それに、コピーが割に合わないほど安いとなれば、特に地方在住の人ならば、都市部に出向いて楽譜を見に行くより、とりあえず買ってしまうほうが楽ですし。

 SPCというのは、小長谷先生のように個人でやるのではなく、なるべく大きな集団になることによって宣伝効果が得られるものです。また、リーダーとしては、なるべくビッグネームの人(たとえば、三善晃先生)が、現音会員を引っ張るという方がよろしいのではないでしょうか。吹奏楽関係者がリーダーになると、どうしても小規模でまとまってしまいがちなので(「饗宴」というコンサートが典型で、最初は田村、菊池といった有望株が参加して意欲的に見えたのが、次第に内輪のお披露目会みたいになってしまいましたから。)。もし、大先生たちが、出版業界との腐れ縁を切れないというのであれば、無名のアマチュアどうしでまとまるということになってしまうのですが、この場合、瓦解する可能性がある。市場の要求があるわけではないからです。

 とにかく、埋もれている作品をそのまま放置していても一銭の得にもならないわけですし、有効に活用していくように考えればよいのではないでしょうか。

 このアイデアをHPに掲載していただいても良いのですが、どちらかというと、一方的に提示するより、掲示板で議論をして、よりよいアイデアを出し合うということを期待したいのですが。

res2 投稿者:NAPP  投稿日: 1月17日(水)22時09分16秒
>S.O.さん
 「自主出版共同体」の考え、面白いと思いました。私はまだ「なんちゃって作曲家」にすぎないので、すでに楽譜を出版している作曲家の方々の意見を聞いてみたいのですが・・・・・とてもよいところが多数あると思うのですが、少々思うところを書きたいと思います。
 思うに、作曲家(吹奏楽作家にあらず)にとってこの考えを実行に移した際、一番恐れるのは「出版会社を敵にまわす」ことではないでしょうか。出版会社が作曲家、および作曲家協議会などに対する影響力というのは他の人達が思っているよりも大きいものです。某出版社と仲違いしたために一切の自作曲を絶版にされ、以後も作品が出版されない作曲家もいます。逆に全音出版社のように作曲家に直接作品を委嘱・出版するというところもあり、とてもありがたいものです。
 吹奏楽作品だけしか書かないのならいいかも知れませんが、吹奏楽作品をSPCにのせることで出版社の怒りを買い、ピアノ曲などが絶版にされると目もあてられません。店頭で何気なく手にし、多くの人の目に触れ、演奏されるような楽譜は吹奏楽譜ではなくピアノ譜の方ではないでしょうか。作曲家にとって自作の曲が多くの人に触れてもらうことが何よりも嬉しいことであるのはご理解頂けると思います。また、CD-R収録・NET販売では、店頭で見本を見て購入の判断をするというようなことができないのもネックでしょうか(今でも吹奏楽譜に限定して言えばこれは難しいことなのですが)。
 私は何より、吹奏楽の楽譜はスコアだけを販売する方式が一番よいのでは、と思っています。以前WBNでも書いたのですが、吹奏楽の楽譜はなぜかパート譜と同梱で販売されることがほとんどであるために、演奏目的以外での購入(たとえば作曲学習者の吹奏楽研究や、ただ楽譜を見ながら聴いてみたいという非吹奏楽人の聴衆、など)が困難です。そのため販売部数も伸びず、よい作曲家も育たず、ただ聴くだけの聴衆もあらわれない。吹奏楽の閉鎖的状況を作っている一因は出版業界にもあると思うのです。 スコアのみを(それもミニチュアスコアで)販売し、パート譜は完全レンタル制にしてしまうのはどうでしょうか。そうすればどの団体がいつ演奏するかを正確に把握することができ、申請なしに演奏されたらそれは不正コピーの楽譜による演奏ということになり、法的措置をとることができます。小長谷宗一先生の吹奏楽曲の一部がすでにこの形式で販売されていると思います。
 もっとも、出版されている吹奏楽譜は、吹奏楽譜のみを発売している出版社から出ているものがほとんどなのでSPCによってゆさぶりをかけるのはとても効果的だし、作曲家にとってのダメージも少ないと思います。SPCの導入と、音楽之友社をはじめとする大手出版社の吹奏楽市場介入が今後の吹奏楽界を動かしていくことになるかもしれません。

>谷口さん
 この掲示板って、すぐに内容が消えてしまうのが悲しいんですよね。一応ログはとってあるんですが、なかなかどこに何が書いてあるか分からないんですよね。
 そこで皆様、当サイトではもし「私の文章を『NAPPの部屋』に載せてもいい」という方がいらしたら、サイト中に「寄稿欄」というものを作り、そこに載せさせて頂きたいと思います(渡部先生の企画書のように)。S.O.さん、SPCの案、掲載されませんか?

res1 投稿者:NAPP  投稿日: 1月17日(水)22時06分18秒
 NAPPです。思ったよりもレポートの作成に苦戦していてレスつけられませんでした。ごめんなさい。

>阿部さん
 どうもありがとうございました。早速調べてみました。分かったことと訂正を書きたいと思います。
 話題の中心となっているのは第6回(1994.8.24〜29)「吹奏楽の実験、ヤング・コンポーザーズ・コンフェレンス」です。
 この回で演奏された吹奏楽作品は
  ・Robert HP Platz  「toku/NAH」 for wind orchestra
    防府市立桑山中学校吹奏楽部 (竹中俊二)
  ・Guseppe Giuliano 「Oh noche amable mas que el alborada」
    秋吉台レジデンス・ウインドオーケストラ (G.Giuliano)
  ・Gerhard Stabler  「trium PF 1993/94」
    秋吉台レジデンス・ウインドオーケストラ (Robert HP Platz)

 以上三作品でした。この年にはラインホールド・フリードリヒによって「ウインド・オーケストラの歴史と現在」というレクチャーが行われていますね。内容が気になるところです。この年に作曲賞ノミネートしている作曲家のなかに普段大変お世話になっているかたがいるので、今度話を聞いてみることにします。
 秋吉台では、これ以外の回(テーマは吹奏楽ではない)のときにも吹奏楽作品が発表されているようですね。それは、
  ・桧原弘  「Experiment」 for wind orchestra (1997年)
    防府市立桑山中学校吹奏楽部 (竹中俊二)
  ・田中吉史 「OUTER MUSIC」for wind orchestra (1998年)
    山口県立岩国高等学校吹奏楽部 (上田憲明)
 の二曲です。

 二点訂正。田中先生の「OUTER MUSIC」は上記のように98年の回に演奏されたもので、1994年ではありませんでした。また、川島先生が94年に発表されたのはアンサンブルというよりはデュオといった方が正確でした。すみません。

 私がうっすら記憶していたのはシュテープラーの作品のことだったようです。

S.O.さん 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月17日(水)12時10分40秒
読みました。もう少し粘り強く待つのがよろしいかと思います。実はROMってる人で、裏でひそかに画策してる人もいるかもしれませんよ (^_^)

あるいは、こういうのは、時間がたっても消えないようなところに、書くべきかな。
私んとこの「音楽雑記帳」にでも、載せますか?

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


全く反応がない(ToT) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月17日(水)10時02分42秒
作曲家の先生方は、大変お忙しいか、すでにお金持ちか、吹奏楽なんざどうでもいいということなのかな。

やはり、夢なのかなあ。吹奏楽の地位を、いっきに引き上げるアイデアだと思ったんだが。

SPC(第二段階) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月15日(月)19時29分04秒
 第二段階は、SPCの動きに対して、出版社が危機感をもつことです。おそらく、出版社は、売れそうな作品はSPCに流れないように、いち早く出版の契約をしなければならなくなり、さらに出版譜の価格もSPCに対抗して下げざるを得ないでしょう。そうなれば、消費者も、アメリカ並みの安い値段で印刷された楽譜を手に入れることができるようになります。また、各出版社は、SPCの雑事の代行を請け負うことで生き残ろうとするかもしれませんし、そこには新たなビジネスチャンスもできると思われます。いずれにせよ、次第に作曲家は、雑用を出版社に委託し、創作に専念できるようになるはずです。そうなれば、SPCはその使命を終えるか、あるいはアマチュア作曲家の腕だめしの場に変わっていくことになるでしょう。
 これで、消費者は安価で楽譜を購入できるようになるし、出版社は利潤を上げることができ、作曲家も潤う。アメリカなみの状況が出来上がるわけです。いいことづくめではないですか。そして、最終段階として、作曲家にとって吹奏楽を書くことはとてもオイシイことだということになれば、大先生も若手の有望株にとっても看過できないメディアと認識され、創作意欲を刺激することになるでしょう。
 ド素人の私めのアイデアではありますが、いかがなもんでしょう。

SPC(第一段階) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月15日(月)19時25分48秒
 SPCというのは、おおまかに言えば「書いた曲を自身で売ってください」ということなのですが、その目的の第一段階は、出版に掛かる諸経費を切り詰めることによって楽譜の価格をコピーが割に合わないほどまでに落とし、消費者の購買意欲を刺激することにあります。以下に具体的なアイデアを示します。
 例えば、コンクール自由曲程度の規模の作品ができたとします。その楽譜(スコア、パート譜)をPDFファイルにして、参考演奏などとともにCD-Rに焼いて商品を作ります(もちろん、INETを使ったファイル転送を使って、よりコストを下げることもできます)。これによって、楽譜の浄書、印刷、製本、装丁、デザイン、運送などの費用を切り落とします。それを、ホームページで紹介して注文を受け、これによって直接消費者に販売することによって、中間業者に掛かる費用を削減します。そうすれば、1曲の値段はおそらく3000円以下で充分だと思います。音楽CDくらいの値段なら、不正にコピーするより買ったほうが得だということになるでしょう(私なら、湯浅先生の「新潟」が3000円以下ならば、(演奏するアテはないですが、参考のために)買ってしまうでしょうね。)。そして、これまで2万円くらいする楽譜を1つ買って、それだけを自由曲としていた団体も、同じ費用で6曲くらい買えることになり、これまでよりはるかに多くの曲を買って選択できることになります。この価格破壊によって、楽譜が爆発的に売れるようになり、またコンクールの自由曲からアメリカやヨーロッパのオリジナル曲が一掃されるかもしれません(日本の作曲家にとっては良いことです)。
 一方、作曲者としても、その収益の大部分は自身に還元されるので、オイシイ話になるのではないでしょうか。単純に計算すると、1つ3000円のうち2000円が収入となるとすれば、わずか10しか売れなくてもこずかい程度にはなるし、100売れたとすればかなりのもんですし、500となると「朝日賞」程度ですよね。私の予想では、湯浅先生ならば、ネームバリューもあって結構いいところまでいくと思います(門下生だけでも、百人以上はいるだろうし)。それに加えて、演奏料なども入るでしょうし、これまでの委嘱料だけだったのが、かなりのプラスαを生むことになるでしょう。吹奏楽を書くことは、作曲家にとって「オイシイ」仕事になってくるのです。
 似たような方法は、作曲家の河野土洋氏もやっています。しかし、作曲家個人個人が、なるべく営利を求めないように(できればボランティアのつもりで)同じようなことをやることによって、さらにコストを削減します。そして、購入者との間に直接のコミュニケーションを持つことも重要なポイントです。参考演奏の添付、作品紹介文の寄稿、演奏指導の出張サービスなどもやっていいでしょう。また、販売した人を特定できるこのシステムでは、信頼関係で成り立つ面があるので、購入者も不正なことはしにくいでしょう。また購入者との良好なコミュニケーションは、新作委嘱という実を結ぶ可能性もあり、そうなれば一層創作活動を活発化させることになります。
 もう一つのポイントは、この自主出版を、個人個人が勝手にやるのではなく、共同して一つのホームページに集約することです。そうすれば宣伝費用を切れますし、また個人個人のアイデアをぶつけ合って、より効率的な営業活動ができるでしょう。これがSPCのアイデアです。
 こうして、今まで眠っていた作品を、どんどん吐き出してみれば良いと思います。当面は、作曲家も雑用が増えて大変かもしれませんが、軌道に乗れば次の第二段階に入ると思われるので、当面は辛抱して挑戦してほしいものです。

(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月15日(月)19時23分50秒
湯浅氏の話について、いろいろ思い巡らしていました。偉い作曲家の先生は吹奏楽に偏見を持っていると思い込んでいる関係者が多いと思うのですが、実際には違うんでしょうね。案外、松村、一柳、石井(真木)なども、チャンスがあれば書いてみたいと思っているかもしれませんね。
 ただ、状況として、吹奏楽を書くオイシサというのが、まだ熟していないというのも事実ではないでしょうか。少なくとも、一部の世間受けするような作品を書く人気作曲家を除いて、吹奏楽を書いても、初演された後は、もう演奏されず、録音もされず、そして出版もされずに埋もれてしまうという現在の日本の状況では、書く人のほうが気の毒です。
 市場規模は大きいはずだし、実際にアメリカでは多数の出版社が利益をあげていると言うのに、なぜ日本で上手くいかないか。それについては、演奏者側は「楽譜が高いから、コピーせざるをえない」と言い、出版社は「コピーをして売れないから、高くせざるをえない」と言い、不毛な議論になります。もちろん、不正にコピーする輩が悪いのだし、有識者の方々は、倫理的に「不正コピーをやめましょう」と議論しているようですが、「タバコの吸殻を捨てるな」というのと同じで、当事者の罪悪感が乏しいので難しいだろうなあ。
 ところで、この議論では作曲家が宙に浮いているのですが、作曲家のちょっとした努力で、この難題を解決できるのではないかという提案をしてみたいと思います。私が5年くらい前からあたためていたアイデアなんですが、仮に「自主出版共同体(Self Publishing Corporation, SPC)」と名づけましょう。詳しくは、別項で。

秋吉台 投稿者:阿部達利  投稿日: 1月15日(月)01時37分36秒
お久しぶりです。阿部です。

「秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティヴァル」については「音楽芸術」1998年11月号の特集が詳しいです。
NAPPさんがお知りになりたいインフォメーションはこの本に書かれていると思います。

それによると、1994年に

Robert HP Platz / "toku/NAH" for wind orchestra

という作品が竹中俊二指揮防府市立桑山中学校吹奏楽部によって初演されています。
NAPPさんが書かれているのはこの曲でしょうか?

http://www.wizvax.net/abe/winds/


れす:秋吉台 投稿者:NAPP  投稿日: 1月14日(日)22時23分50秒
>JUNさん
 たしかこの話題は前にも出したと思うのですが・・・・・
 細川俊夫先生が企画した「吹奏楽の現状を打破しよう」というこの企画では、田中吉史先生の「OUTER MUSIC」という吹奏楽作品や、川島素晴先生のアンサンブル作品(残念ながら吹奏楽作品ではない)が生まれていますね。しかしながら、この企画は吹奏楽界はもちろんのこと、現代音楽界にもそれほど強い影響を与えるには至らなかったようですね。
 実は、このときの秋吉台についての詳しいインフォメーションが欲しいのですが、どなたかご存知ないでしょうか?参加した人、どんな作品が演奏され、どんな講座があったのか。たしか招聘された外国の著名な作曲家の方(ドイツだったような気がする)が吹奏楽作品をこのときに1曲創っているらしいのですが・・・・・

作曲家考 投稿者:NAPP  投稿日: 1月14日(日)22時16分47秒
>ちんぴら指揮者さん、にへさん
 いわゆるクラシック畑の作曲家にもいろんなタイプの人がいますね。大別すると、

1、吹奏楽についての偏見・誤認はなく、吹奏楽にも「鑑賞に耐えうる」レパートリー
  を残している人
   これはもっとも望まれる存在ですね。例えば北爪道夫、近藤譲、伊東乾、阿部
   亮太郎など。もっと増えてもいいはずなんだけど。

2、吹奏楽についての偏見・誤認はないが、機会に恵まれない人
   これは意外に多い。先の湯浅先生もそうですが、過去の課題曲の作曲家にも多いの
   ではないでしょうか。吹奏楽界はこのタイプの人達に一番働きかけをするべきでは。

3、吹奏楽についての偏見・誤認はないが、音楽的に必要としない人
   個性的な作曲家ほど持っている世界の色は強いものです。中には自分の内の音楽宇宙
   と吹奏楽が適合しない作曲家がいても不思議ではないと思います。「有名な人だから
   書いてもらいたい」というのはいささか浅慮というもの。パティシエに懐石料理を
   創らせるみたいなものですから、あまりいい結果にならないかもしれないです。でも、
   もしかしたら奇想天外なものができるかもしれないのでその魅力も捨て難し。
   前者の例が武満で、後者の例が西村朗。

4、吹奏楽について一面しか見ていない人
   かつては「軍楽隊の面影が」という理由で、最近では「教育の現場のブラバン」の
   印象に捕らわれて、その音楽的な可能性を見失ってしまった人達。これは「作曲家の」
   というよりも「人間として個人の」精神的な問題である場合もあり、一概に悪いとは
   言えないのかもしれないですけど、やっぱり納得できないなぁ。吉松隆とか。

5、諦めている人
   吹奏楽の閉鎖的な態度が生んだ悲劇。素晴らしい実力を持った若手作曲家が「市場が
   出来上がっていて、今更参入する意味があるか疑問」というような考えを持つに至っ
   たという話を聞いたことがありまして、否定できないだけに悲しい。今のままでは
   このタイプの人達が増えて続けてしまうことは必至。

6、無知な人
   作曲家というより、音大生に多いと感じる今日この頃。クラリネットの1パートを
   数人で吹くことを知らなかったり、ジャズコンボやマーチングバンドとの区別が
   つかなかったりとか。「吹奏楽の常識」はクラシックの作曲家にはほとんど知られて
   おらず、だから「恐くて手が出せない」作曲家も少なくはないのでは、と思います。
   「音大の作曲科に吹奏楽法の授業を」というのが私の夢(笑)。


 こんな感じで勝手に分類しちゃいましたけど、結局「慎重かつ積極的に作曲家にアプローチする」ことをもっと吹奏楽界は心がけていかなければ明日はないでしょうね。吹奏楽関係者にもだけど、このサイトを見ている全ての作曲家にも心に留めておいて欲しいです(結構いるらしい)。

 最後。にへさんの挙げられた作曲家に関して・・・・・
>藤枝守
 どうでしょ?上の3のタイプだと思うんですけど。「寄生の作曲法」に適するのはどう考えても小人数。吹奏楽は純正律の実践には不向きでしょうし(同パートが複数人だから)。「響きの考古学」は名著だし、独特の考え方は面白いと思うんですけど。個人的にはインスタレーション的な最近の作品はイマイチ好きになれないんですよね。考え方は分かるんですけど。

>合唱畑の先生方
 同感です!耕・功のダブル松下先生に吹奏楽作品がないのは寂しいですね。あと合唱作家では、鈴木輝昭先生も外せない。荻久保和明・鈴木行一・新実徳英の三先生も1曲ずつしかないのは寂しいですね。 そういえば、以前合唱団OMP(アマチュアです!)が委嘱した「ハミング・バード」(だっけ?)がとてもすばらしかったので久留智之先生にもぜひ書いてもらいたい。

 余談ですけど、湯浅先生は今年はオーケストラを三作創らなければならないそうで、とても忙しいとのこと。このクラスの作曲家に委嘱をする場合、演奏の二年〜三年くらい前に頼まないとダメですね。


 今日は新星日響のサンフォニックコンサートを聴きに行ってきました。委嘱作の吉松隆「鳥たちの祝祭への前奏曲」が「新しい時代を告げる」はずだったけど、このオーケストラの終焉を告げることになってしまったのは皮肉なことですね。曲の内容はノーコメント。あえて言うなら「エド・ハックビーがオケを書いたらこんな曲になるだろうな」というとこです。私の後ろに座っていた人が「あのガーッていう盛上がりがゾクゾクする」と言ってたけど、そういう人はぜひ吹奏楽をナマで聴いてほしい。金管楽器の見せかけだけの説得力にあふれた曲がもっとゾクゾクさせてくれるでしょうから。
 しかし、今日の「春の祭典」は素晴らしかった。団員の平均年齢が若い新星日響のパワー溢れる演奏は圧巻。コンサートマスターが断弦するほどの狂演。高い緊張感を持った長大なクレシェンドも表現しきれていた。紳士パスカル・ヴェロがあんな指揮もできるとは思わなかった。実に気持ちのいい演奏でした。
 アンコールにハチャトゥリアン「スパルタクス」より「ギリシアの奴隷の踊り」と味な選曲。プレ・コンサートの10人のチェロによるヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ第1番」はブラヴォーが出るほどの好演。
 こんな素晴らしいオケが間もなく姿を消してしまうのはなんとも惜しいと思いました。
 明日は野田暉行オケ個展を聴きに行きます。

うーん 投稿者:Jun  投稿日: 1月14日(日)11時29分27秒
湯浅先生が吹奏楽に興味を持ってらっしゃったとは。
そういえばけっこう前に、山口は秋吉台で開催された音楽祭(秋吉台国際音楽祭?)で吹奏楽がテーマに取り上げられていたのを思い出します。確か作曲家の細川?先生(スミマセン、名前忘れました)が音楽監督的な立場で仕切っていらっしゃったはず。
してみると、吹奏楽の側からもっともっと積極的にアプローチしていけば、さらに新しい作品が生み出されてくる可能性があるかもしれませんね。
故黛敏郎氏のウインドオーケストラ作品ばかりを集めたCD、『トーンプレロマス』が世に出て初めて、「黛さんって、吹奏楽の曲も書いてたの?」とビックリしたのがついこの間のこと。
やはり新しい作品は、演奏家(団体)と作曲家がともに手を携えて作り上げていかなければいけないと言うことなのですね。

はじめまして 投稿者:にへ  投稿日: 1月13日(土)10時47分21秒
はじめまして。湯浅さんのお話を読んで、参加させていただきたいと思いました。
私も作曲を学んだものとして湯浅先生のお話は嬉しく、また吹奏楽界としては寂しい話として読みました。私は、湯浅先生の音楽は趣味ではないけれど、吹奏楽曲があるなら是非ともやってみたいと思っております。他にも、吹奏楽という編成素材に興味のある作曲家は、絶対いると思います。藤枝守さんなんか面白い曲を作ってくれるのではないでしょうかね?吹奏楽界が吹奏楽界だけに閉じこもっているのでは先がない、面白くならないような気がします。様々な所で活躍している作曲家に(合唱畑の先生方も含め、松下耕さんも面白い曲作ってくれそうですね)アプローチしないと本当に、閉鎖的なイメージの代名詞になってしまいそうですね。

ほーら、やっぱりね 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 1月12日(金)00時08分05秒
↓↓のNAPPさんの湯浅先生のお話。
NAPPさん!僕が言ったとおりでしょ!
湯浅先生のような真に傑出した作曲家を吹奏楽界は未だ放置しているのですよ。
なんて勿体ない!!!▼_▼"
オケだとアマチュアの団体ではなかなか取り上げないでしょうが、吹奏楽だと
結構やると思いますよ。湯浅先生の曲ならば編成等に無茶さえ無ければ絶対
やりますよ。僕はね。
あ〜、演奏してみたい!!

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


偉大なる湯浅譲二先生 投稿者:NAPP  投稿日: 1月11日(木)22時45分20秒
>しんさん
 あけましておめでとうございます。私のほうこそご無沙汰しておりました。
 グレインジャーは今年が没後40年なので、協会設立にはちょうどよい年でもありますね。私も一応協会の設立そのものには賛成です。
 しんさんの個人サイト、ご無沙汰していて申し訳ない。例の「切り番」のところからのリンクは今でも健在です(笑)。
 ところで、先日しんさんたちが演奏された(日本初演?)というチェザリーニの「リヴァイアサン」(レヴィアタン?)のCDを買ってみました。まだ聴いてないんですけど。


 今日は湯浅譲二先生のゼミへお邪魔してきました。今日のお話は「ヴァイオリン協奏曲〜イン・メモリー・オブ・武満徹」の構造についてが主だったのですが・・・・・
 スケッチなど様々なものも見せてくださったのですが、圧倒されました。6ページ以上にもおよぶ音組織のマトリックス表、グラフで書かれた膨大な量のスケッチ・・・・・ いかに綿密な計算のもとにあの曲が書かれていたかを知り、凄まじい衝撃でした。私たちが通常見ることができる唯一の「五線に書かれたスコア」というものが、先生が実際に書かれたものの、なんとごく一部であることか。また、その緻密な書法にも絶句でした。
 感覚的な(先生風に言えば「恣意的な」)音の選び方をすることが多い私は、いかに「音」をぞんざいに扱ってしまっているかを痛感しました。一聴しただけではそうとは気付かないけれど、あの曲が紛れもなく「十二音技法」で書かれているのですね。十二音、と言えばシェーンベルクやベルクの「アレ」のようなものしか浮かばなかった自分が恥ずかしい。
 いや、とにかく改めて「すごい人だ」と思いました。

 さて、その後お食事をご一緒させていただいたのですが、面白いお話をたくさん伺うことができました。 皆さんに紹介できるものとしては・・・・・
 湯浅先生の行進曲「新潟」ですが、新潟交通局の委嘱で書かれた10分ほどの曲だというのはご存知の方も多いと思います。 湯浅先生によると、これは10個ほどのバンドによる合同バンドによって初演されたのだそうですね。なんと初演の指揮は湯浅先生ご本人だったそうです。しかも本人は「あれはいい曲だと思うよ」とおっしゃっています。う〜ん、聴いてみたい。
 最大の関心事、「吹奏楽についてどう思うのか」ですが・・・・・

 NAPP「私は吹奏楽に興味があるのですが。」
 湯浅「吹奏楽の編成で現代音楽をやるというのはとても興味深いことだと
    思うよ。」
 NAPP「先生が書かれていないのはとても不思議な感じがするのですが。」
   (ヴァレーズに大きな影響を受けた、と公言しているのがその理由)
 湯浅「いや〜、機会がなかったからね。新潟だけだったよ。」
 NAPP「・・・・・!!」

 なんということだ。せっかくの世界的な作曲家が吹奏楽に対して「正当な」見解を示しているのに、吹奏楽側がそれに応えていないとは。なにが「武満が吹奏楽を遺してくれていてくれたなら」だ。一体なにを武満の教訓から学んだというのだ?今ならまだ遅くない。力のある、できればプロに動いて欲しい。21世紀に明るい見通しを立てて欲しいものです。

 あとは、個人的に色々とためになるお話をたくさん伺うことができました。意外な話としては、湯浅先生が田中賢先生を実に高く評価してらっしゃるということでした。私が吹奏楽の話をする前から名前がでてくるほどでした。スゴイ。

 とにかく、私にとっては大きな21世紀の第一歩でした。ちなみに明日は西村朗先生と新年会(笑)

もうしわけありません 投稿者:しんさん  投稿日: 1月10日(水)13時00分17秒
字を間違えてしまいました。たいへんもうしわけございません>渡部先生

re:re:グレインジャー 投稿者:しんさん  投稿日: 1月10日(水)12時57分24秒
NAPPさん、あけましておめでとうございます。ごぶさたしてます。

久々にやってきたら、なんと、グレインジャー協会設立の動き。
賛成1票です。どうぞよろしくお願いいたします>渡辺先生

#じつは、私の個人サイトのタイトルは宮澤先生にアドバイスして頂いたものなのです。
#開設したらお知らせします、といったきり、チープな内容に気が引けて
#ご連絡差し上げずじまいなので、もう憶えてらっしゃらないと思いますけど・・・(^-^;

http://ha2.seikyou.ne.jp/home/shin-san/nutshell.htm


re:パーチ ほか 投稿者:NAPP  投稿日: 1月 9日(火)15時03分28秒
>谷口さん
 ヴィツェンティーノはあと、オルガンのようなものも作ってましたよね。たしか「アルキオルガーノ」だったかな?(資料てもとになし) ニューグローヴ、今度見て確認します。どんな形なんだろ。
 パーチ、興味があると言うほどCDは持っていない(というより1枚しか持ってない。何を持ってるんだっけなぁ。実はまだ九州滞在中)のですが、色々と聴いてみたい作曲家の一人です。 「音源だけ」とか「楽器の写真だけ」とかだったら比較的簡単に触れることができるのですが、映像としては見たことがないです。面白そうですね。
 他にぜひ映像で楽しみたいのはカーゲルと川島素晴先生かな。映像といえば鈴木治行先生が音楽を担当した「ノスフェラトゥ」もよかったとか。見て(聴いて)みたかった。

パーチ 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月 7日(日)16時40分22秒
そうそう、アルキチェンバロでした。確か『ニューグローヴ』の「鍵盤」の項目に写真があったような気がします。

パーチの音源、結構集めていますよ。ビデオも3本出ています。その中では、ベティー・フリーマンが作った映画『The Dreamer that Remains』など、パーチの自己陶酔が見られてナイスです(ビデオはNew Demension Media)。作品としては、ソフォクレスの悲劇《オイディプス》など、真に迫ったところがあり、面白いと思ったんですが、対話の部分が、全曲で聴くと長く感じられるかもしれません(英語ですけれど)。とりあえずイントロダクションとしては、CRIの「ハリー・パーチ・コレクション」辺りからがいいのかも。Innovaから出ているEnclosureシリーズですと、《怒りの妄想》がいいのかな? このビデオも同じシリーズから出てます。Enclosureシリーズのビデオは、どれもちょっと、真面目なパーチですけれど。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


2001年といえば 投稿者:NAPP  投稿日: 1月 7日(日)15時19分25秒
 休み明けに提出しなければいけないレポートの作成に追われるNAPPです。あぁ、悲しき学生。

>JUNさん
 あけおめです。(←まだお屠蘇気分が抜けない私)
 このサイトもまだ色んな分野の表面をなぞるだけで、そんなに深くは切り込めていないところがあるので、もうちょっと学を深めないといけないなぁ、というのが新年の抱負(笑)

>谷口さん
 学校の音楽史で出てくる「初めて微分音を使った」というものの「初めて」ってのがいつから数えて「初めて」なのかが疑わしいんですよね。古代ギリシアでの「エンハモニック」の定義は「1個のニ全音と2個の微分音」らしいし、古代ギリシアの管楽器「アウロス」では微分音が吹奏できたらしいですしね。
 谷口さんの書かれたヴィツェンティーノ作の楽器、というのはアルキチェンバロのことですね。一回見てみたい。ご紹介いただいたCDも聴いてみたいですね。現代の作曲家が2台のピアノを微分音調律して使っているものならCDけっこう持ってるんですけど。 Pfではないけど、いま興味あるのはハリー・パーチ。



 2001年が記念の年にあたっている作曲家の吹奏楽作品をざっと挙げてみました。どこぞの吹奏楽団で取り上げないものかなぁ。 落ちてる人、作品もあると思いますので、どなたかフォローお願いします。

・サン=サーンス  没後80年
 「行進曲 東洋と西洋」op.25、「フランスースペイン讃歌」、「ナイル河畔にて」

・シェーンベルク  没後50年
 「主題と変奏」op.43a

・ミャスコフスキー  生誕120年
 「交響曲19番 変ホ長調」

・グレインジャー  没後40年
  多数

・ストラヴィンスキー  没後30年
 「シンフォニーズ」、「ピアノと管楽器のための協奏曲」

・プロコフィエフ  生誕110年
 「4つの行進曲」op.69 、「行進曲 変ロ長調」op.99 、「戦争終結に寄せる頌歌」op.105

・ラブラ  生誕100年
 「《輝く川》による変奏曲」op.101、「ヨーロッパのためのファンファーレ」op.142

・トマジ  生誕100年・没後30年
  交響詩「ベトナムへの聖歌」、「典礼ファンファーレ」


 日本では・・・・・ (基本的に物故者のみ)
・阿部幸明  生誕90年
 「あふれる元気」、「今日も元気で」

・石井歓  生誕80年(存命中)
  吹奏楽と合唱のための「大いなる秋田」、序曲「曠野をゆく」

・石桁眞禮生  没後5年
  ティンパニとシンフォニックバンドによる「協奏曲」

・清瀬保二  没後20年(昨年が生誕100年)
 「耕作の歌」

・清水脩  生誕90年・没後15年
 「三つの前奏曲」、「スイート・プロファーヌ」、「小組曲」、式典曲「東京オリンピック讃歌」

・瀬戸口藤吉  没後60年
 「軍艦行進曲」、行進曲「産業戦士」

・名取吾郎  生誕80年
  作品一覧

・箕作秋吉  没後30年
  円舞曲「青年」


 あと、浦田健次郎先生が今年で還暦ですね。「メタモルフォージス」や「バラード」などの有名どころもいいけど、作品一覧にあるような知られざる作品群に注目するのもいいかな。いっそ個展でもやればいいのに。

 今年こそ「注目を集める定期演奏会にしたい!」という吹奏楽団の方、こんなんいかがでせう?

微分音 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月 6日(土)11時16分02秒
といえば、古代ギリシャにも、すでに理論としてはあったようですし、最近の録音には、四部音を使った復元演奏もあるようです(例えばDe Organographiaの"Music of the Ancient Greeks"、Pandourion Records PRCD1001)。中世ではちょっとうかびませんが、ルネサンスだと、ヴィツェンティーノとかいう人が、微分音の出る鍵盤楽器を作っていたはずです。アメリカだと、やっぱりアイヴズですね。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


(無題) 投稿者:Jun  投稿日: 1月 1日(月)09時37分53秒
あけましておめでとうございます。>NAPP様。
最近はもっぱらROMばっかりですが、ほぼ毎日お邪魔してますよ(^^)。
今年もよろしくお願いします。

伊藤 順(盛岡ウインドネットワーク)

http://page.freett.com/junmwn/index.html


謹賀新年 投稿者:NAPP  投稿日: 1月 1日(月)00時19分12秒
みなさま、新年明けましておめでとうございます!

新世紀っつうことで、色々とこのサイトも「りにゅ〜ある」してみました。まちまちだったコラムの文体も統一したし(笑)

私は新世紀をお風呂の中で迎えてしまいましたが、みなさんはどのようにむかえられたでしょうか?

ともかく、今年もよろしく御願い致します。m(_ _)m

今世紀が音楽界にとってよい世紀となりますように・・・・・