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ネルソン関連情報御礼 投稿者:蝸牛の旋  投稿日: 1月31日(水)22時43分34秒
こんばんは。S.O.さん、谷口さん、NAPPさん、どうもRESありがとうございます。
(さすがにこちらはヘヴィリスナーの集う場、正にレスポンスが早い!)
少なからずネルソン作品に好意を持たれる方がいらして、ちょっとホッとしています。
紹介頂いたHPの内容、なるほどあの黄色い本のそれですね。ガイコクゴは苦手ですが、面倒くさがらずあちらのサイトもいろいろ参考にしなくては。

ギャルドのCDは気にはなっていますが、いかんせん録音が期待できなそうなのがイタイ。
パレ(ス)の「リシルド」なんて相当ヒキが強いのですが、SP復刻…うーん、どうしましょ。
ああ、それから「セラムリク」は私もずっと探しています。是非聴きたい!

遅ればせながらSPC構想について 投稿者:益野大成  投稿日: 1月31日(水)07時54分06秒
 遅ればせながらS.O.さんの SPC構想について。

 日本ではここ30年ばかり吹奏楽の隆盛が続いています(コンクール中心というやや変則な形ではありますが)。最近こそ不況と少子化で翳りを心配する声も出始めましたが、過去にやっていた人々の層の厚さという事を含めれば、今現在でも相当なものだといえましょう。

 ところが、どうもアメリカあたりと違って目立った「成果」がないような気がしていたのですね、実は。

 過去に吹奏楽の隆盛があったアメリカでは、様々な曲が出され、各地にバンドがあり、さらにはウインドアンサンブルという概念も産み落とされました。対して日本では?
 一つのジャンルが繁栄するということは、必ず何か眼に見える成果が遺産として残されることだと思うのですが、どうも日本ではイマイチ何もないという観があります。

 そこで愚考するわけですが、やはり「個人の信念」というか、「金の問題じゃねえ!」というスタンスでやっている人々と、一般の人々を繋ぐ接合部分、つまり“芸術”と“商売”を結ぶ部分が、日本では弱いと思うのです。具体的には「出版」「プロデュース」というような部分。つまりS.O.さんの提案は、その「失われた輪」を繋ぐための提言の一つだと思います。

 既存の大きな機構ではなく、小回りの利く小さな機構こそこういうベンチャーには向いているでしょうね。

 楽譜におけるインディーズ・レーベルと申しましょうか、そういうものは必要でしょう。ただ、それがS.O.さんの仰るようなある程度まとまった機構として発足するのか、それとも各個人がインターネットを通じて世に問うものなのかは、意見の分かれるところではないかと思いました。

 この手の活動、すなわち“芸術”と“商売”を結ぶ(というか“芸術”を“商売”に変換する)ことをやる人は「見る目」が必要ですよね。彼らは「一般の人代表」として“芸術”側の人に「そんなんじゃ売れません。売れないのはあなたが高尚だからではなく、あなたの作品のデキが悪いからです」と言わにゃならんわけですから(「よい意味でのポピュラリティー」という、これはこれで大変ムツカシイ問題)。

 ま、そこまで“商売”側に立たなくとも、やはり「これは」という作品をいつでも買える(演奏できる)状態にはしておきたいですよね。私なんか、出版社が絶版楽譜のコピーでもいいから売ってくれるんだったら、喜んで定価の倍は払いますけどね。

 この間ニフティーのMIDI関連を覗いていたら「オリジナル曲の楽譜を掲載します」というコーナーがあったような気もしもしたが…。

 ところで「レンタル」なんですけど、どうしてああ高いのか、というのが利用側の難点ですね。それは販売サイドから見たらしょうがない面があるのは分かりますが、利用する側としては、「まるまる買うより借りる方が高い」のはちょっと奇異です。「需要が少ないから高くなりました」なんて…。曲の演奏回数を減らす方向のベクトルとして働くように思います。

雑記 投稿者:NAPP  投稿日: 1月30日(火)18時39分37秒
 「現代作曲家と吹奏楽」を久々に補筆しました。補筆したのは三善晃、長生淳、阿部亮太郎、鵜崎庚一、大前哲の諸氏。新規に加えたのは成本理香、田中利光の両名です。岡田昌大先生については一作を現音のサイトで確認できたのですが、他のものが不明です。中村滋延先生についても他の作品があるとのこと。S.O.さん、ご教示下さいませんか?
 今回の更新は次回以降に行う予定の新項目作成のための準備更新です。新項目では、小編成吹奏楽の可能性を探るための糸口となるような内容を目指していますので、小編成指向の方、少々お待ち下さいませ。

 昨日は佐藤眞先生の個展を聴いてきました。テューバに朗々とソロを書いちゃったりするこのオーケストレーションの奇才にも吹奏楽作品はまだないんだよなぁ(吹奏楽伴奏の合唱作品はある)、と考えながら聴いてました。きっとすごく面白いものを書いてくれるに違いないのに。「土の歌(大地讃頌が終曲)」のイメージしかなかった人は、きっと真の姿を知ったらまさかあんな曲を書く人だとは思わなかったでしょうね(笑)。

 久し振りにCDショップに行きました。そういえば持ってなかったなぁ、と思いトマジ「典礼ファンファーレ」を購入。
 あと、ギャルドの20枚シリーズからとりあえず1枚だけ(Vol.5)を購入。サン=サーンス「フランス軍隊行進曲」が入っていたから、というのがその理由。マイアベーア「たいまつの踊り」のようなオリジナル作品もギャルドは多少なりとも編曲して演奏してしまうんで、どれがオリジナル作品なのか判別不能(全部編曲者の名前がクレジットされている)。それにしても20枚のほぼ全てがアレンジというのもなんともな話。ディオニソスにいたってはヘンな録音のされかたしてるし。少なくともサン=サーンスとギャルドの関係には「フランス―スペイン讃歌」、「ナイル河畔にて」 というオリジナル作品があるのだけど、これの録音は残っていなかったのかな?でも、ギャルドの過去の姿をそのまま聴けるというのはなかなか嬉しくはあるのですけどね。
 面白そうだったのでセルパン(テューバの祖先にあたる、昔あった通奏低音用木管楽器)のCDを購入。中世音楽やグレゴリオ聖歌をアヴァンギャルドとミックスさせる、というのもそそられた理由(笑)。
 あと、CAFUAから出ている伊藤康英作品集。正直CAFUAのCDにはイマイチ惹かれる物が少なかったのだけど、このCDはよい買い物だったと思います。編曲モノ2作にしても、他の編曲家とは姿勢が全く違うというところは注意しておきたいところですね。とりあえず聴いてみた「時の逝く」全曲もなかなか。
 他にも数枚買ったのですけど、まぁ、いいや。
 NAXOSのスーザ・バンドミュージック全集の録音は全部で16枚になる予定なのですね。今更ながら知らなかった (^^ゞ

res 投稿者:NAPP  投稿日: 1月30日(火)18時38分57秒
>岡村さん
 ご無沙汰しております。(^^ゞ
 例の講座はミュージック・コンクレートの歴史と、作成に使用するソフトのレクチャーでしたので「タイプ」というものでもなかったのですね。
 そうそう、この講座はIRCAMとは別のフランス国立の電子音楽研究機関であるINA・GRM(創設者はピエール・シェフェール)によるものなのですが、INAでは毎年夏に泊り込みで電子音楽作品作成を行うアトリエを実施しているんですよ。7月30日〜8月13日の間ラジオフランス内のスタジオが24時間開放されて、パリコンセルヴァトアールの教授らによって指導されます。かかる費用は助成金がでるので13万円。とてもいい機材が揃っていますので、かなり思い通りのテープ音楽作品の作成が可能かと思います。岡村さん、興味がおありでしたらメールいただければ要項を差し上げますよ。どうでしょう?なお、日本側は藤田現代音楽資料センターが主催者です。私は残念ながら参加できないのですけど。

>NAPPさんの世代だと、恐らく、テープ音楽という名称は完璧に古典になり、
>MAC音楽が普通になるのでしょうね。

 そうですね。「テープ」というものを実際に使用するわけではないですからね。また、Mac使用でもミュージックコンクレートとライヴエレクトロニクスは全然違いますからね。 まぁ、テープによってもハードディスクレコーダーによっても、アナログかデジタルかの違いでやることの本質は一緒ですから、「テープ音楽」という呼称でいいのでは、と思ってます。

>私はDNAの配列で音楽を作ろうとしたら、既に誰かが創っていました。

 頭に電極つけて脳波を音にして・・・・・なんてのも結構昔にやられちゃってますからね。わりと大抵のことは前例があっちゃうんですよね。それもすごい話だ(笑)。


>谷口さん
 コンピュータ音楽という語は、コンピュータを使用して行われた創作活動を総称して呼ぶ語だと思っています。その中にミュージックコンクレートやライヴ・エレクロトロニクス、作曲支援、ある種のサウンド・インスタレーションなど様々な形態、あるいはそれらの混合や、アコースティックと融合したものなどが含まれているのだと。例えばクセナキスの「ST/4」などはアコースティックで演奏されますが、ある意味でコンピュータ音楽でもあるわけですよね。
 これからの作曲家は電子音楽を手がけることも多くなり、様々な「キカイの知識」も必要になってくることと思います。なお、東京音大の作曲科では私の学年から電子音楽の講座が開設され、必修となりました。


>S.O.さん
 誰にとっての「名曲」で、それがクラシック全体にとって「名曲」とイコールであるかどうかはまだまだ分かりませんよね。一人の人間で知り得る範囲も限られているものですし。まだまだS.O.さんのお力が必要な領域もたくさんありますよ!!
いつもお世話になってます m(_ _)m 

新企画 投稿者:S.O.  投稿日: 1月30日(火)18時12分45秒
バンドパワー
http://www.band-p.co.jp/
で、
福田滋の「吹奏楽・隠れた名曲紹介!」
というエッセイが始まりました。
ということは、オイラはもう要らねってか?!

そうですねえ。 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月30日(火)14時49分53秒
ハードディスク・レコーディングも登場する昨今、今は、漠然と「コンピュータ音楽」という名称がポピュラーになっているのではないかと思います。メディアが音楽ジャンルを規定するのは新しいことではありませんが(器楽曲、鍵盤音楽)、電子機器にせよ、各種テープにせよ、インタラクティヴなコンピュータ・プログラムにせよ、そこに含まれる音素材や音楽様式があまりにも多様なため、この電子・テープ・コンピュータ音楽が、何かしら特殊で異様なものに、見えてしまうこともあったのでしょうね。

作曲家や音楽家にとって、しばしば課題となるのが、科学的な素養とか、音合成の知識とか、音響学や音響物理の世界でしょうか。技術者と作曲家のコラボレーションというのは、それゆえに、多くなされてきたと思うのですが、技術者の思い描いている音楽というのが、作曲家からは、しばしばあまりにも平凡なように見えたり、作曲者の描いている音楽というのが、技術者の耳で聴けば、あまりにも世間離れしているというか、そういうことが、割と問題になるのではないでしょうか? 作曲家が、両方できるというのは理想なのでしょうが、新しい機器や媒体の開発は日進月歩なので、大変なのでしょう。かといって、8チャンネルのリールテープレコーダーなど、現在でも有益に使えそうな古いメディアが瀕死の状態になったりしていて、難しいところです。もちろん、良い作品であれば、どんなメディアでもいい、というのが、外野からの意見なのかもしれませんが。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


再再投稿してすみません。 投稿者:岡村  投稿日: 1月30日(火)00時37分20秒
再再投稿してすみません。
submitした後で、思い付いたので。

よく考えてみたら、MACも既に普通なので、20代の方々(実験好きなタイプの人々)は、さらに新しい媒体を模索するような気がします。

ちなみに、私はDNAの配列で音楽を作ろうとしたら、既に誰かが創っていました。

正確には 投稿者:岡村  投稿日: 1月30日(火)00時24分57秒
Q:テープ音楽はどうでした?
が正しいですね。
失礼しました。

NAPPさんの世代だと、恐らく、テープ音楽という名称は完璧に古典になり、MAC音楽が普通になるのでしょうね。

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


電子音楽 投稿者:岡村  投稿日: 1月30日(火)00時12分53秒
>高周波バリバリのテープ音楽を
>一気に聴かなくてはならず、

NAPPさん、電子音楽、どうでした?

「ポツッ、....、ポツッ、....、ポツッ」
の池田亮司タイプ?

それとも

「ぴーーーーーーーーーーーーーーーー」
と一定の高周波の
松原幸子タイプ?

それとも

「ズズズ、ギャー、シュー、ジョーー」
の爆音の
秋田昌美タイプ?

それとも

湯浅譲二の「イコン」タイプ?

私は、NAPPさんを、なんとか「ノイズ」という「悪の音楽」の世界に誘い込もうと計画をしております。(笑)

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


(無題) 投稿者:NAPP  投稿日: 1月29日(月)02時04分25秒
先日の大雪のため搭乗を予定していた飛行機が欠航。予定が大幅に狂ってしまいました。

>JUNさん
 残念ながら私はその放送時は羽田にいたので見れなかった(ビデオは故障中だし)のです。クロノプラスティクIIはサントリー国際作曲家委嘱シリーズのときの初演は聴いたのですが、どちらかと言えば1番の方が好みでした。ちなみに、27日のN響のものは改訂版初演だったんですよね。あと、5月のミュージック・トゥモローでは3番が初演となることになっていますね。楽しみです。

>蝸牛の旋さん
 CDのお話、ありがとうございました!「カメラ・ルシダ」はモロに私の好みの曲なのでCDとして手に入るのは嬉しい限りです。王立ノーザン音大ウインドのCDは、既に他録音のない曲が入っていると嬉しかったですね。サン=サーンスにも他にマーチがあるし。でもベルリオーズなんかはドンディーヌ以外では聴いたことがなかったので(一部だけならリンドベルイ&佼成もあるけど)新録音の登場は嬉しいですね。私も買うことにしましょう。
 ロン・ネルソンに関しては私はあんまり詳しくないのでS.O.さんと谷口さんにお任せします m(_ _)m
 個人的な好みで言わせていただくと、かなり好きな作曲家の部類に入ります。「アスペン・ジュビリー」のような分かりやすいのも悪くないし、代表作の「パッサカリア〜Bachを賛えて」もBACH主題を中心にしてフーガの技法のコラージュも使い、なおかつバロック的な印象を与えないで自分の音に取りこんでしまう作曲技巧の高さもなかなかだと思います。そういえば日本ではなぜかP.スパークなどに比べてあまり演奏されませんね。やっぱちょっぴり難しいのかな? R.ネルソンが吹奏楽法にも長けているのは、パリ国立音楽院留学前にイーストマン音楽学校でも学んでいたからなんでしょうか。

>S.O.さん
 現音のサイトの存在は以前から知っていたのですが、イヴェントの詳細をチェックするのが主で、細部をじっくり眺めたことはありませんでした。
 手元に現音会員の名簿があるのですが、吹奏楽作家(だと私が勝手に思っている)人で名前があるのは伊藤康英・天野正道の両先生だけですね。吹奏楽書いている人なら他にもいるのですが。あと、夏田鐘甲先生が名誉会員だったりします。もっとも、現音に入っている作曲家というのは思いのほか少なく、近藤譲・西村朗・池部晋一郎などの諸先生は加盟していません。そうかと思うと吉松隆は入ってたりして。 どうでもいいことだけど、この名簿によると伊藤康英先生のお宅は、私の住んでいる部屋から歩いて5分ほどのところらしい(笑)

おすすめHP 投稿者:S.O.  投稿日: 1月28日(日)20時22分27秒
閑古鳥先生のHPのリンクを眺めていたら、日本現代音楽協会のHPがありました。
http://www.jscm.net/
もう、1年くらい前からできていたようですが、気が付きませんでした。いや、5年位前に、廣瀬量平氏が中心となって、このようなHPを立ち上げようとしていたと思うのですが、なぜかほどなく消えてしまいました。その際には、菅野由弘氏のみがHPで参加していただけでしたが、今回はまた別の組織なんでしょうか。それほど多くはないけど、作品紹介している人もいるので、参考になります。ただし、吹奏楽でおなじみの人って、ほとんど入っていないようですね(予想どおりなんですが)。
比較的良く知られているのは、川崎優氏、浦田健次郎氏くらいなものですし、それもほとんど演奏されていない方々のように思います。また、岡田昌大氏って、保科先生と同じ大学に勤めていた(もう退職されましたが)人で、4つほど吹奏楽も書いていたんですが、全く知られていませんでした。
残念ながら、ここの掲示板はやっていないようですね。やっていたら、SPCのことを振ってみたのになあ。

>谷口さん
 どうも、勘違いだったようですね。私もそういうのを見つけたので、勘違いだったかと思いはじめていたんです。
 サンプル音源だと、Robert Nelsonという人も悪くなさそうで、怪我の功名ということで買ってみようかとも思いました。

 

ネルソン資料関係 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月28日(日)02時01分03秒
ネルソン(こっちだと、ニルソンと聞くことも多いですが)、まだそれほど情報がないですね。Albanyは、Ronではなく、Robert Nelsonといのが、データベースにあるようです。S. O. さんのおっしゃっていたのは、これのことでしょうか?

http://www.albanyrecords.com/cgi-bin/miva?Merchant2/merchant.mv+Screen=PROD&Store_Code=AR&Product_Code=TROY381

活字になったものですと、合唱曲に関する雑誌記事が2つ、《パッサカリア》の分析記事が1つということで、結局ウェブの記事が一番詳しいのかもしれません。また、Reference RecordingsのCD解説は、割と参考になると思います。さらに突き詰めれば、新聞記事上の、初演評など、あるいはあるかもしれませんが、とりあえずこんなところで。

ロン・ネルソンについて 投稿者:S.O.  投稿日: 1月27日(土)21時34分42秒
このページが参考になるのではないでしょうか。
http://www.webster.monroe.edu/whsmb/bios/nelson_bio.html
例の黄色い本の解説は、ここをふまえているようで、ウォルトンやRVWとのくだりも記載されています。
他には、
http://www.tntech.edu/www/aba/ron_nelson.htm
なども簡単な紹介があります。
私も好きな人で、高校時代(ということは、20年くらい前になる)にNHK-FMで放送された「ロッキーポイントホリディ」の凄まじいスピード感に圧倒され、常に頭の中にあったんですが、他の作品が聴けるようになったのは、この5年ほど前くらいになってからでした。
 この人は、どちらかと言うと合唱の作品が多いようですし、また2つほどオペラもあり、その一つが「Hamaguchi」というタイトルで、どういう台本なのか、ちょっと気になっています。少し前に、彼のオーケストラ・合唱作品集がAlbanyから出ているのを発見したので、喜んでいたんですが、どうも消えている。それとも、勘違いだったのか?。
 
CHANDOSの王立ノーザン音大ウインドのシリーズは、興味を持っています。以前のドイツ特集では、ブラッハーやハルトマンを発掘したりして、さすがだと思っていたのですが、今回のフランス特集の選曲は、ちょっとアテがはずれた。できれば、フローラン・シュミットの交響詩「セラムリク」や、ルーセル、オーリック、トマジあたりの作品を発掘してくれると期待していたのに。でも、さすがの見識だと思います。どこかが出しているヨーロッパ特集というのとは、やはり次元が違うように思う(と、また、富永さんにアテツケを言うのはツライんですが)。

気になるCD+ロン・ネルソン 投稿者:蝸牛の旋  投稿日: 1月27日(土)17時14分39秒
おひさです。ここしばらく議論が白熱していたようで、しばし傍観しておりました。

去年の芥川賞受賞作、望月京「カメラ・ルシダ」の初演を含むドナウエッシンガー音楽祭'99のCDを聴きました。実は最初ちょっと前に池袋HMVで発見したのですが、2枚組で\7Kオーバーというクレイジーな値付けだったので、色々廻ったのですが姿は見えず。結局また昨日同じ店に行ったら今度は\4K前半になっていたのでゲットしました。まだ流通量は多くないようです。個人的にはエトヴェシュの作品が一番気に入ったのですが、当掲示板でも話題になっていた望月女史の作品も確かに充実していて、今後注目に値する人だと思います。

あと、CHANDOSの王立ノーザン音大ウインドのシリーズに新譜が出ました。今度はフランスの古典作品集で、サン=サーンス「東洋と西洋」オリジナルバージョンやボザ「Children's Overture」などを含み、ベルリオーズ「葬送と勝利の大交響曲」ではアレッシがソリストとして参加するなど興味深い内容。こういうしっかりした企画の音盤が更に増えるとよいですね。

さて、ここからは質問モード。ちょっと前にこちらでアメリカの作曲家についての話題が盛り上がった際に聞ければ良かったのですが…遅れ馳せながらちとお尋ねしたいと思います。

Ron Nelson は必ずしも吹奏楽オンリーの作曲家ではないそうなのですが(パリでオネゲルに師事したらしい)、ハッキリ言って全然情報がありません。一方の吹奏楽についても、日本においては「ロッキーポイントホリディ」や「パッサカリア」などが知られてはいるものの、実演・音盤ともに滅多に巡り合えない。一応 REFERENCE RECORDINGS からネルソン作品集として単独のCDが出ているからには、本国ではそれなりの評価は得られているのではと思うのですが…
また彼に関しての何某かの情報を得ようとして、書籍・HP・掲示板をいくらか見て廻っても殆ど記述が見当たらないのです。好き嫌いとかのレベルですら皆無と言って良いほど。
まあ確かに件のCDを通して聴くとなると、さすがに「お腹いっぱい」になるのも事実ですが、非常にアメリカ的な開放感や鳴りっぷりは楽しめるし、「パッサカリア」等に見る技術の確かさは見るべきものがあるように思います。

彼についての所感をお持ちの方に、何かしらコメントを頂ければ幸いです。

今日のBS2 投稿者:Jun  投稿日: 1月27日(土)07時07分31秒
今日(27日)のBS−2、『N響ライブ』で湯浅先生の作品がとりあげられるようですね。
『クロノプラスティックスII』。
どんな曲なんでしょうね?

答えは一つではないはず・・・・・ 投稿者:NAPP  投稿日: 1月24日(水)02時42分48秒
>JUNさん
 JUNさんの所属されていた大学オケ(一応伏せますね)はとても特殊な例ですね。でも、とても素晴らしい活動をしている。アマチュアにして武満に「星・島(スター・アイル)」を書いてもらうなどの活動は素晴らしいものです。逆に書けば、アマチュアでも頼めばこのクラスの作曲家に曲を提供してもらうことが可能であることを証明しているのであり(ついでに書くと指揮に岩城先生や高関先生なども呼んでますね)、同時に他のアマチュアオケにそのような意欲が希薄であることも示しています。これは吹奏楽の実状と共通点があって、JUNさんの所属しているオケにあたるのが吹奏楽ではヤマハ吹奏楽団浜松なのでしょう。ただ、決定的に違うのはプロの数と、それにより生み出される「プロにしか演奏できない(=極めて高水準の)」曲の数でしょうね。
 JUNさんの書かれた「どっちもどっち」というのはまさに的を射た表現だと思います。

>谷口さん
 「やりたいことをやる」のはある音楽形態の表現できる幅を広げるための原動力であると信じています。例えばオペラを吹奏楽にアレンジして演奏するバンドがあるとします(実際最近多い)。私の個人的な音世界にはとても受けつけられるものではないのですが、それを根絶やしにしようとは思いません。それは、それを演奏している人たちには、それがその人の「音楽」であるからなのです。私の「音楽」と違うからといって存在は否定できない。音楽に正解というものはないのですから。様々なベクトルの存在が結果として「吹奏楽」というものの絶対領域を押し広げることに繋がってくれるのでは、と思います(私が小編成・大編成のどちらにもこだわらない・こだわるのはその顕れです)。ニュー・サウンズ・イン・ブラスのようなものも北爪道夫「風の国」のようなものも存在していいじゃないですか。まさに「ジャンル的にも横断して」いるということはその領域の広さを物語っている。ただ、現在では数在るベクトルのなかに逆ベクトルが存在して、全体の拡大を妨げるような動きがあるような気がしてならないのです。それが何か、については私の頭痛がひいてからにしたいと思います。

>アマチュアを離れた人間が、それに対してノスタルジアとして感じる
>「アマチュアらしさ」という、実態のないものを追い求めてしまったから
 鋭いお言葉ですね。身に沁みます。思うに吹奏楽というものは限りなくアマチュアとプロフェッショナルの境が曖昧な存在なのでしょうね。それはとても素晴らしいことであると同時に危険なことでもある。私も心しておかなければとんでもないことになりかねない。
 #これに関しては是非、富永さんのご意見を伺いたいのですが・・・・・

>S.O.さん
 SPCの考え方は画期的である分、発生する危険の可能性も否定できないと思います。このサイトをご覧になられている私よりはるかにエライ作曲家の先生方といえども、作曲界全体の中ではまだまだ若手も若手な方達ばかりです(50代で若手といわれる世界ですからね)。公の場での発言となるとよほどの準備がなければできないでしょう。いずれ時がくれば必ずや実現したい考えです(私にそれだけの力があったらよかったのに)。されど、時はそれほど待ってくれない。不吉な話で申し訳ないけれど、例えば湯浅先生の「新潟」が闇に埋もれてしまう可能性というのは日に日に高くなっているのです。 えぇい、やめると書いたが書いてしまおう。「響宴」が行うべき選曲はこういうものだったのです。せっかく出版社も巻きこもうという明確なヴィジョンを持っているのだから・・・・・ もっとも響宴に思う点は他にもあるのだけど、これはホントにやめときましょう。

 ところで、読み返してて気付いたのですが、私の書きこみの中に矛盾していると思われてもしかたのない記述があったので釈明させてください。
>作曲家(吹奏楽作家にあらず)にとってこの考えを実行に移した際、
>一番恐れるのは「出版会社を敵にまわす」ことではないでしょうか
 という文章を書いておきながら
>作曲家の出版社を選ぶ自由は尊重されていると思います。
 とも書いている。これは、当初SPCを「(一度出版したものも)あまり知られていないから版権取り返して自費出版しちゃおう」ということも含んでいる、と誤解していたから初めの発言となったのであり、そうではない、ということが分かったので後者の発言となりました。すみません。



 今、すんごい頭痛です。困ったもんです。こんなときに限って明日の電子音響のレクチャー(講師はフランソワ・ドナトというフランスの作曲家・INA研究員)に参加する関係で高周波バリバリのテープ音楽を一気に聴かなくてはならず、かなりグロッキー(笑)。

(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月23日(火)21時34分46秒
>若手作曲家の中に、すでに自作品を演奏会場で自費出版により販売しておられる方々もいます。この場
>合は営利目的ではなく、純粋に自作品の普及の目的からなのですが、このような意志は作曲家側にもない
>わけではないと思われます。 SPCで入手が容易になり、注目が集まって版権を出版社が所得し、店頭に
>並ぶようになれば、というのがS.O.さんの意図されることと思ってよいのでしょうか。
 だいたいそれで合っています。ただし、個々の人が自作品の演奏会場などでやっても、ほとんど効果がないだろうと思われます。また、時を同じくして立ちあがるというのも大切なことで、もたもたしていると、出版社から横槍を入れられたり、懐柔されてしまい、失敗しかねない。こういうことは革命と同じで、集団になって一気に勝負をつけてしまうことが成功の秘訣です。そのためにも、それだけの影響力をもったリーダが号令して団結してしまうのが望ましいと思います。
 
 良かれと思って提案してみたですが、かえって場をシラケさせてしまったという印象が強くなりました。特に、将来のある若い作曲家にとっては、今後お世話になるにちがいない出版社の印象を悪くするような発言を引き出すことは酷なことだったでしょう。もっと(特に作曲家の先生方と)議論をしてみたかったですし、もしその中で同意が得られたならば、別の掲示板にも振ってみようかと思っていました。しかしあまり反応がなかったということは、非常に残念ですが、やはりいろいろな問題点があるのだろうと思います。実際、私自身も危険な点があることにも気がついたのですが、もうやめておきましょう。(どなたかが密かにSPCの実現に動かれているのであれば、嬉しいのですが。)。


Re: ブランド指向、レパートリー、閉鎖性 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月22日(月)23時58分21秒
NAPPさん
>以前の議論でもでましたけど、結局それは非難すべきことでも、されるものでもない
>のですよね。
的確なご指摘、ありがとうございます。「やりたいことをやる」は、一方でプロが見逃しがちな作曲家を発見し、果敢に新しい領域に切り込んでいく、開拓者的な側面もあり、これは大いに注目すべきであると思います。私の不満は、おそらくアマチュアを離れた人間が、それに対してノスタルジアとして感じる「アマチュアらしさ」という、実態のないものを追い求めてしまったからなのでしょう。コンクールなど、そんな無理して難しい曲をやらなくてもいいのに、と思ってしまうことも、しばしばだったもので(いや、自分がヘタクソな高校にいただけだったのかもしれませんが)。

「ブランド指向」そのものについては、プロ・アマを問わないような気がしてきました。むしろ、音楽を下手に知ってしまった人間が、これに陥りやすいと言わなければいけないかもしれません。それが、悪い方向に進まないよう自戒し、自分の在り方も、改めて考えたいと思います。

ありがとうございました。

吹奏楽を改めて考えてみると、レパートリーは、編曲ものも考えれば、本当はそんなに狭くないんじゃないかと思うんですね。ジャンル的にも横断してますし。閉鎖性というのは、そのレパートリーの広さとは違った、社会的な問題でもあるんでしょうか? 吹奏楽の吹き手と聞き手のみが、共通の空間を「支配」しているように、他者からは見えてしまうとか。入りにくいといか。でもクラシックだって、「入りにくい」と考えている人は多いようなきがするし。合唱のレパにしても、あれだけの物がありながら、合唱嫌いの人は、そこに「独特の空気」のようなものを感じ取っているように思えます。ステレオタイプを作り上げてしまうところも、あるいはあるのかもしれません。あるいは外から見ると、変に「団結」しているようにも、見えるのかな。

一応アマチュア吹奏楽・合唱・大学オケに所属した身から、私見を述べさせていただきました。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


アマオケの話 投稿者:Jun  投稿日: 1月22日(月)21時15分51秒
アマオケの話が少し出てますが、大学オケも含めていいかと思います。
たまたま私がいたのはメンバーが300名近くという「日本最大級」の大学オケで(というとどこだかすぐに分かっちゃうか?)、しかも在学中の4年間で『春の祭典』と『ペトルーシュカ』(1947年版)、武満徹の『遠き呼び声の彼方に』と『星と島』、三善晃の『アン・ソワー・ロワンタン』、モーリス・パート(英国)の交響曲第1番、なんていう曲を毎年のようにやっていたものですから、20世紀音楽に全然抵抗がなくなってしまったんですねえ(^^)。
しかし当然その結果として、ベートーヴェン&ブラームスという大学オケ最大のレパートリーをほとんど経験しないままに過ごしてきたわけです。
これはこれでけっこう悲しいものがある(涙)。
(外山雄三の『ラプソディ』も得意でした(笑)。)

吹奏楽が閉鎖的と言われるのとは違う意味で、大学オケを含むアマオケの世界も特にレパートリーの面で閉鎖的な一面があるのは確かでしょう。
どっちもどっちという気はしますが・・・。

『饗宴』聴きに行きたいですけど、疲れそうだなあ。

http://page.freett.com/junmwn/index.html


実は風邪ひいてます 投稿者:NAPP  投稿日: 1月22日(月)20時10分42秒
>S.O.さん
>出版社が、作曲家に共存関係をちらつかせて脅迫し、自由な競争を妨げて〜

 たぶんそのようなことは大手出版社に限って言えばそのようなことはないだろうと思いますよ。必ずしも、ある作曲家の全作品の出版を一つの出版社が独占している事実はありません。例えば合唱作品なんかはほとんどの作曲家がカワイ出版だし。作曲家の出版社を選ぶ自由は尊重されていると思います。 ということは、有名どころの作曲家の先生方にSPCの話をもちかけてみるのは面白いかもしれません。
 若手作曲家の中に、すでに自作品を演奏会場で自費出版により販売しておられる方々もいます。この場合は営利目的ではなく、純粋に自作品の普及の目的からなのですが、このような意志は作曲家側にもないわけではないと思われます。 SPCで入手が容易になり、注目が集まって版権を出版社が所得し、店頭に並ぶようになれば、というのがS.O.さんの意図されることと思ってよいのでしょうか。

>それと比べれば、吹奏楽は、まだまだ市場規模は大きいし〜

 コラムにも書いたと思うのですが、私が吹奏楽にこだわる理由は、
 1、現代作品が比較的受け入れられやすい
 2、歴史的にみて未開拓であるがゆえに、まだ多くの可能性が残されている
 3、まだ先駆者が少ない
 など。私はわりと吹奏楽の未来に明るいものを予感してるんですけどね。他の作曲家(+学生)のみなさんはそうでもないようで・・・・・ 「吹奏楽って知らないから書かない」ですませている人が身の回りにいっぱい。悲しい。これからなのになぁ。

>谷口さん
>アマオケについてですが〜
 なるほど。「演奏する」ことに主眼が置かれていないオーケストラであるから表にでないだけなのですね。ちょっと論点がずれますが、近現代になって書かれたオーケストラ作品はアマチュアの技量ではほぼ演奏不可能なものが多く、ある意味閉鎖的でもあると思っています。私がオーケストラよりも吹奏楽に魅力を感じる理由の一つはここにもあるのです(でもプロにしかできない音楽表現も必要不可欠だと思う)。

>合唱
 日本の合唱音楽のすごいところは、小学生からプロまで、すべての年代の力量に「ふさわしい」ものが別個に用意されている点だと思っています。これはとてもすごいことで、「曲はこうあるべき」という風潮が多少感じられる吹奏楽とはちょっと違う。三善先生も合唱作品を多数書いてますが、そもそも三善先生を合唱の世界に引き込んだのは、関屋晋先生だか栗山文昭先生だか田中信昭先生だか忘れたけど、とにかくアマチュア合唱団の指導者ですね。この三名の先生方は他にも次々にエライ作曲家に作品を委嘱し、おそろしく幅広いレパートリーを作りあげた。とにかく大作曲家を「巻き込む」のが上手かったのですね。そうする必要があったから、とはいえ、教育目的と芸術目的が個別に発展しているのはすばらしいことだと思います。もっとも近年の合唱コンクールの自由曲選択では吹奏楽コンクールと似たような状況がおこりつつあり、じつに残念なのですが。

>ブランド指向
 以前の議論でもでましたけど、結局それは非難すべきことでも、されるものでもないのですよね。アマチュアの音楽の本質ってなんだろ、って考えたら、やっぱり「やりたいものをやる」にあるのですから。だからこそ、どこになにが要求されるのか。自明のことなんですけどね。


>響宴
 書きたいことはありますが、やはり演奏会も近いですし、ここでの議論は避けましょう。演奏会が終わったのちに再開するか、「21世紀吹奏楽実行委員会」さんのサイトの掲示板でやるべきしょう。当事者の影でやるのはフェアじゃない。それでもご希望なら継続してもいいですのですけど・・・・・
 一応書いておくと、視点さえ変えれば響宴の可能性は大きい、というのは思ってますよ(保身?)たしか以前に掲示板で私の響宴へのスタンスは書いたはず。過去ログのどこかに埋もれてるはずなんですが・・・・・

響宴について言われると・・・ 投稿者:富永啓之  投稿日: 1月22日(月)17時04分42秒
他の出版については、ちょっと置いといて。
21世紀の吹奏楽実行委員会事務局の富永と申します。
少々キツイ言われ様ですので、胃が痛みます。とほほ・・・。
この活動に初回から携わる私人としての意見を話させて頂きたい。

>「次第に内輪のお披露目会」
これは良く分かります。実際に我々実行委員会サイドでも、議題にあがっています。
何らかの対応策を・・・と考えるのですが、公募されてくる作品の質量の部分で、ああいう風になってしまっている現状があります。
勿論、是正していかなければならないことなのかもしれないが、こればっかりは、一日の内にとはいきません。

>「コンクール自由曲という呪縛から逃れることができなかった点」
う〜ん、その様に曲を決めたことは一度もないですよ。むしろ集まった作品がそういうものが多かっただけのこと。
この文の後の「それも多くのスクールバンドで演奏できる範囲での」と言う点はおおむね当ってる部分があります。一番多く流布を狙うべき市場という判断は間違っていないと思いますので、そういう見解になったことがあります。
「市場」という言葉を使うと、「響宴」事体が商売を狙っているように取られそうですが、集まった実行委員会諸氏、会員諸氏はあくまでボランティアでの参加で、諸費用(ホール代、通信費など)に入場料関連の収入を見込んでいるだけですので、選曲などに商目的な考えを持ち込んだりもしていないことを、ご理解頂きたい。
ボランティアということならば、「委嘱作品」としているものも、ヤル気のある作曲家が無償にて書き下ろしてくれているのです。以降の版権に関しては別物にしていますが。儲けがないからといって、粗悪な作品を書く方はいないですよ?

>「響宴の失敗」
今まで例のない大規模な催しなので、参加者・聴衆全ての人間に対して、至らない部分があると思われます。この事に関しては申し訳ないと思います。
しかし「響宴」自体は、「最低5回はまずやろう」と初回メンバー諸氏で固く誓いました。
その中から何らかの問題点・修正事項などが生まれてきた場合はそれらに対応する事により皆さんに何らかの還元が出来る方法を模索している段階です、ご理解下さい。

>「三善晃先生」
実は第3回の東京文化会館は、先生のお慈悲の部分でナイスな日時を借りられました。
良い関係を保つことで生まれる産物ですね。いずれは無理じゃない話ですが、現行では然したるメリットもお渡しできないので、今は無理かなぁ?

私が言うのもなんですが、下記のようなご意見は実行委員会の方にもご紹介したいと思います。
なぜならこれも問題を解決する第一歩でもありますので。またここに集うような方々や他にも知識・見識に溢れる方々にもいずれ意見が出せる様に、組織のシステム(まぁそんなにしっかりした組織はないのですが)を構築していかなければなりません。

第4回も押し迫ってきていますが、是非とも拝聴して頂きたい。
まだまだ出出しの段階。否定的に聞こえる部分も重要な意見。
いろいろお聞かせ願いたいものです。

http://www.interq.or.jp/japan/tomigsp/


アマチュア音楽家と作曲家 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 1月22日(月)03時00分22秒
アマオケについてですが、あくまでオフレコということで申しますと、私の所属していた団体は、それほど吹奏楽とは変わらない状況でした。大学間の貸し借りということでしょうか。もちろん大学の音楽科オケといった、専門の学生がやるものは、先生が、おそらく自分の勉強も兼ねて楽譜を購入しています。しかし地方大学ですと、とても20・21世紀音楽をやるという訳にもいかず(演奏する方も、専科じゃないですし)、やはり18・19世紀ものが大半を占めます。

合唱曲の場合は、歌詞の問題がありますから、横文字をやるのが大変な場合、日本人の作曲家のものをやることが多いでしょう。また、欧米の近代合唱曲というのが、あまりスポットを浴びていないという現状も加わっていると思います。また、作曲家と合唱団というのは、吹奏楽などよりも、近いように思えます。各種学校の合唱部は、音楽の先生が実際にやっていることが多く、出身大学によっては、プロの人たちとの交流も可能でしょう。地方自治体単位の講習会では、結構大物が来ることがあります。三善晃さんとか、指揮では田中信昭さんとか。

横文字の曲は、なぜかルネサンスのア・カペラ物ばかり取り上げられますね。日本の合唱曲受容の問題かもしれない(たまにブルックナーとかも、あるかなあ)。

吹奏楽でも、出版されていないということならば、何かしら、作曲家と直接コンタクトを持つということも、一つの方法かと思います。これは、必ずしも「大物」である必要もなく、例えば、それぞれの地方にいる作曲家と話をするというのでもいいと思うんですね。作曲家の方も、演奏団体のことを、よく分かってくれると思うし、とりあえず、どこかから始めた方がいいと思うし。

「うまいバンド」としては、やはり「その辺の作曲家」よりも、大作曲家の名曲(の編曲)をやりたいという、名曲主義みたいなものもあるように思います。合唱と違って、歌詞の問題もないし。せっかくやるなら、ということなんでしょうけれど。でもそれが、単なる「ブランド指向」になってしまってはつまらないですよね。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 1月21日(日)20時13分26秒
確かに、馴れ合いというのは適切でない言葉でした。しかし、出版社が、作曲家に共存関係をちらつかせて脅迫し、自由な競争を妨げて消費者の利益を踏みにじろうとするならば、むしろ倒産させた方がいいですね。もっと、消費者の要望を真摯に受け止めるところだけが生き残ればいい。

 「衝動買い」について。確かに、NAPPさんの主張されることはもっともではありますが、まず、日本の作品が出版されなければ、その段階には至らないわけです。実際、貴殿のリストに載せられている現代日本の作品(特に、日本を代表する作曲家)のどれだけが出版され、楽譜屋の店頭で目にとまる可能性を持っていますか。
 私は、よくアメリカの作品が好きで、何度か現地へ出向いて楽譜を探したりしてますが、別に私は親米派というわけではないのです。アメリカの現代の作品の場合、そのほとんどが一度は印刷物として市場に出回っており、たとえ絶版になっていても、探せばどこかで見つかるものなので、探し甲斐があるのです。もちろん、日本人の作品もそうならば、時間も旅費も少なくてすむし、楽なんですが、不可能ですよね。たいがいは作曲者の書棚あたりで眠っているんですから、もう手も足も出ない。こんな状況で、邦人作品をもっと演奏しましょう、評価しましょうなんて、無理ですよ。その結果が、コンサートやコンクールの自由曲に現れていますよね。日本人の作品なんて、吹奏楽をほぼ専門的に書いている人の定番中の定番が申し訳程度に入っているだけでしょう。別に私は国粋主義者ではないですけど、せめて合唱の現状くらいにしないと不健全だと思うし、作曲家から軽蔑されても仕方がないと思う。
 繰り返し申しますが、SPCは、あくまで、書いたものはほとんどが出版され、比較的安い価格で市場に出回るようにさせるための、一時的な手段です。

 アマオケの内情は知りませんが、だいたい彼らがやるものって、100年以上前の手垢のついた定番レパートリーばかりではないですか。それも、1年に2回ほど定期演奏会やるとしても、それほど数は多くないし。あまり、楽譜のフルセットをバンバン買うという状況ではないのでは。
 それと比べれば、吹奏楽は、まだまだ市場規模は大きいし、レパートリーが少ない分、現代の作品を受け入れるキャパシティーが大きいはずですよね。だから、管弦楽よりはるかに現代音楽が生き残る可能性が高いと思って、いろいろアイデアを出しているつもりなんです。

 「饗宴」について。私は、「日本のスウェアリンジェン」が出ることは良いと思いますし、「欧米のスウェアリンジェン」やるくらいなら、「日本のスウェアリンジェン」をやるほうが良い。自由曲についても、現状ではその要求が一番多いのでしょうから、仕方がないことと思います。
 それより、あの委嘱作品ってのは・・・・・。
 まあ、「饗宴IV」も近いことですし、水を差すようなことは言わないことにします。コンサート終了後にでも、また(私は、聞きにいかないけど)。

ちょっと見えてきたかな 投稿者:NAPP  投稿日: 1月20日(土)21時32分24秒
 SPCのみ、印刷物のみ、という考え方ではなく「両者の混合した形」というのが理想の形、というところでしょうか。そしてその中で、どこを印刷の担当とすべきか、どこをSPCにするか。その見極めが肝要かと。
 SPCはまずは出版社へのカンフル剤としてスタートし、その後は出版社がカヴァーできないでいる部分を担当するようになればよい、と(出版界のNAXOSか?)。
 ヤマハが版権を所有している田中賢「メトセラII」が絶版となりました。こうした良くも悪くも記念碑的な作品の楽譜の入手ができなくなるのは実に惜しい。こういったときにSPCで版権を買い取って出版できるようになっていてればとても幸せなことではないでしょうか。売れるまではこれまでの形態で販売し(個人的にはスコアのみのほうを推進したいけど)、ある程度売れなくなったらSPCに移行する、など。 他にも初演後お蔵入りになってしまった作品なども、とりあえずなんらかの形で入手できるようにしておくと何かの役に立つかもしれない。少なくとも作曲家の手元に置いておいて入手が絶対に不可能なよりは作品も幸せに違いない。 どこまで出版社に任せておいて、どこからをSPCにするかのラインが難しそうですけどね。演奏によって発生するお金の権利問題が一番やっかいそうです。

 ちょいと確認をば。 >S.O.さん

>大手の出版社が、消費者の要求や希望を無視して、非生産的な馴れ合いの体質を形成し〜
 私は大手出版社(この場合は非吹奏楽の出版社)と作曲家の関係が「馴れ合い」だとは思えません。ほぼ確実に採算がとれないと思われる(!)数々の楽譜を出版し続けてくれているのは、ひとえに文化推進の意欲の顕れだと思うのですが。ついでに書くと、ある一人の作曲家が楽譜を出版する場合、その出版元となる会社はほぼ固定しています。ということは、現在様々な分野で活躍されているノンバンドの作曲家が吹奏楽作品を作成し、出版した場合はこれまでほとんど吹奏楽市場に参加していなかった大手の出版社が新たに介入することになります。当然吹奏楽譜出版社とは異なった出版方式を取るでしょうから(他の室内楽やオケの形態に揃えるであろうから)、それによる影響も期待できるでしょう。現に、音友から出ている辻井英世作品などはスコアのみによる販売です。

>スコアを見てから買う
 私の書いた、ポケットスコアで店頭に並んでいるのを手にとって買う、というのは「衝動買い」を期待している、ということです。サンプルのスコアの一部を見るにせよ見ないにせよ、SPCによる購入では、そのサイトにアクセスする前に「購入する意思」が多少なりともあるわけです。そうではなく、全く偶然に入ったお店で偶然目にした楽譜を見、気に入って購入する。そういった出会いを私は大事にしたいのです。そうしないと「既に興味のある人」しかその曲に触れず、「全く新しい聴衆」の獲得には結びつかないと思うのです。そのためにもポケットスコアの形で、Beethovenのシンフォニーのポケットスコアなどの横にひょっこり並んでいるのを期待したいです。吹奏楽を他のジャンルと同じ扱いをする、というのはそういうところにもあると思います。

 ところでふと思ったのですが、アマチュアオケの人って、演奏マテリアルはどのようにして手に入れているんでしょう?店頭で買えるのはポケットスコアだけだし・・・・・ 不正コピーで問題になっているという話もあまり聞かないし。

 これは脱線になりますが・・・・・
 響宴の失敗は、結局コンクール自由曲という呪縛から逃れることができなかった点にあると思います。それも多くのスクールバンドで演奏できる範囲での。小編成の提案、およびある有力者の響宴についての「日本のスウェアリンジェンのようなものが増えてもよいのでは」という発言がそれを象徴しているのでは。


 事務的なことを。この掲示板は、長期的な議論に不向きですね。かと言ってツリー式では自分の興味のない記事は読まない人がでるだろうし。現在対策を考案中ですので、しばしお待ちを。過去の議論も新たな読者が再燃させるようなことが起こるスタイルを目指します。

PDFと印刷物 投稿者:S.O.  投稿日: 1月19日(金)21時17分28秒
 PDFによるSPCは、出版を促すための一時的な手段で、いずれは再び印刷物による出版に移行していくべきだと思います。というのは、PDFファイルによる出版は、印刷物をコピーする以上に、非常に安く複製できるからです。SPCというのは、あくまで作曲家と消費者の信頼関係の上に成り立つものであり、あまりにも売れすぎたりして、単に売るだけになり、相互の信頼関係が保たれる段階を超えてしまうと、不正をする輩が出ないとは限りません。しかし、不正な複製がされるほど売れるのであれば、多少高い印刷物に移行しても、かなりの売れ行きを示すと予想されます。そういう段階になって、印刷物の出版物の価格が、比較的安い(たとえば、コンクール自由曲クラスが5000円前後)状況になっていればいいのです。「売れないから高くし、高くするから売れなくなる」という悪循環から、いったん「安くすると売れる、売れるともっと安くできる」という良好な循環に持っていければ、うまく回転していくと思うんですけどね。

 できることなら、印刷物とPDFの両方の選択があったほうが、よいのではないでしょうか。私の場合は、紙の質や匂いより、オタマジャクシの並び方に興味があるので、あまりPDFでもいやではないです。
 むしろ、これからは、売れるものは印刷物として、売れなくなったものはPDFとするのが良いかもしれません。そうすれば、すぐ絶版になって手に入らないという不満も解消するでしょう。