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れす 投稿者:NAPP  投稿日: 2月25日(日)21時49分00秒
>S.O.さん
 室内協奏曲は個人的にぜひ聴いてみたい曲の一つです。いくら初期の習作に近いものとはいえ、やはり大作曲家の書いた管楽アンサンブル作品というのは興味があります。それに、一度評価が定着した作曲家なのですから、若い頃の作品で現在の評価がゆらぐなどということもないでしょうから、ぜひ全集のなかに入れて欲しいものですね。 閑古鳥先生も(うちの掲示板で!)「不可能」とはおっしゃっていませんしね。
 ところで、何で読んだかは忘れてしまったのですが、武満が劇団四季(だったと思う)のために書いた劇音楽が「管楽アンサンブルによるジャズ的なもの」だったらしく、「もしかしたら室内協奏曲が流用されていたのかも」と思ったことがあります。ちょっと不確かな情報で申し訳ないのですが・・・・・ 確認がとれたらまた書きます。


>まっつんさん
 このように蘇演にむけて実際に動いてくれている人がいると思うと嬉しくなりますね。「吉志舞」の蘇演に関してはうちのサイトでも過去に話題がでていますので、過去ログのほうも参考にしてくださると嬉しいです。
 響宴で演奏されてCDになるととても嬉しいですし、画期的なことですね。私は響宴の設立の趣旨を初めて見たときは「吉志舞」など埋もれてしまった貴重な作品が録音される、と勝手に思いこんで大変期待したものでした。

苦悩 投稿者:NAPP  投稿日: 2月25日(日)21時48分14秒
 昨日から頭の中でグルグル廻っていた思いがありまして、書いてみたいと思います。

 ある作曲家が吹奏楽のために書いた作品、と一言でいうとその中にはいわゆる「芸術作品」と「特定の目的のために書かれた作品」と両方をその中に含んでいるわけなのですよね。
 吹奏楽作品には「芸術作品(作曲家の内的必然により作成された楽曲)であるもの」(以下、芸術音楽)というものと、「式典などでの使用が目的の音楽性以外の機能的効果を得るために作成されたもの」(以下、機能音楽)の2種類があるわけです。これは、吹奏楽という形態がえてしてそのような状況で用いられることが多いために後者のような作品が前者と同じ位(もしくは多数)作成されたために起こる、他の演奏形態には見られないことです。

 「機能音楽」の場合、国体のために書かれたものも勿論なのですが、他にも様々なものがあると思います。例えば私の故郷である佐賀県の「県民の歌」は團伊久磨作曲なのですが、バンド伴奏で歌われることもあります。言うならば「吹奏楽伴奏の合唱曲」でもあるわけです。このような例はもっとあるでしょうし、校歌なども著名な作曲家によって書かれ、その吹奏楽版が存在する学校も数多いかと思います。「国体のための音楽」も「校歌」も規模こそ違いますが「作曲家の内的必然によって書かれていない」という点では「芸術音楽」とは一線を隔した「機能音楽」と言えましょう。

 何が言いたいかといいますと、これらを「ごっちゃに扱ってしまっている」ことに危機感を覚え始めたのです。現在、当サイトの作品リストではこれらの区別なしに片っ端から載せてしまっています。はたしてそれでいいのでしょうか?「鑑賞の対象としての吹奏楽」を目指すのであれば、「芸術音楽」と「機能音楽」の区別ははっきりさせるべきなのではないか、と思ったのです。この二つの音楽には明らかに音楽的な深遠さに差があるのです。今求められていることは、単に有名作曲家の吹奏楽作品を穿り返して発掘することではなく、それらを「整理する」ことなのでは?そう思えてきたのです。

 しかし、同時に思います。「機能音楽」とバッサリ切り捨ててしまうのは絶対に避けなくてはいけないのだと。矢代作品のように「機能音楽」でありながらも音楽的に優れている作品というものも確実に存在しているからです。また、「機能音楽を演奏する形態である」ということも吹奏楽の姿の一つであり、その「機能音楽を演奏するための吹奏楽」に有名作曲家がどのような作品を提供していったかを知らせることも大切なことだと思います。

 悩んでしまいます。今のリストから「機能音楽」と「芸術音楽」を別々にしてしまうことは簡単です。しかし、その場合、例えば矢代作品なんかは「機能音楽」に分類されてしまい、「機能音楽である」という時点で(音楽学者などエライ人に)聴かれもしないという事態を招きかねない。かといって、そのままごちゃまぜで羅列することで「本当に注目すべき作品」の印象が薄れてしまうのも確かなのです。また、「機能音楽」にしてもどのくらいまでを載せるべきなのか?国体ならOKで地方の高校総体などでしか流れないのはダメ、というのもヘンな話です。

 吹奏楽というのは「機能音楽を演奏するもの」というイメージが強すぎるために、「芸術音楽」との境目をいったりきたりする不安定な形態であると言えましょう。三善「クロス・バイ・マーチ」に「歩けないのになんでマーチなの?」という質問をする人が多いのもそれに由来するのかもしれない(芸術音楽としての「演奏会マーチ」という考え方が薄い)。この一面的なイメージを払拭するためにも一度整理することが必要なのかもしれませんね。でもなぁ・・・・・ 皆さんのご意見を伺いたい。

はい。ありがとうございます。 投稿者:まっつん  投稿日: 2月24日(土)23時37分20秒
>NAPPさん

矢代作品、ご存知でしたか。でも、存在を認識していただけるだけでも私は嬉しいですね。なにせ三重県以外ではほとんど演奏されていません。国体の式典音楽と言えども、やはり矢代氏だけあります。内容は大変に素晴らしいだけにもっと多くの方に取り上げていただきたいです。この曲、本当に演奏したくて矢代先生の奥様から直接に楽譜借用の許可をいただいています。(出版譜は国体事務局から出版されて三重県内でのみ配られたため。当然現在は絶版。)いつの日か演奏したい1曲です。
また、伊福部先生の『吉志舞』に関しても動いています。他の伊福部先生のオケ作品の編曲許諾をいただくために昨年先生に直接電話して伺った時に、「吉志舞も演奏できるなら演奏したいです。」と申し上げると、先生も理解を示してくださったのですが、その時は「私ももあの曲はよく分からん。」とおっしゃられたままでした。今改めて動いていますが、なかなか難しいですねぇ。でも、何とかしたいと思っています。
>富永さん  『響宴』でやりましょうよ!!!

http://akasaka.cool.ne.jp/pinewood/index.htm


前言訂正 投稿者:S.O.  投稿日: 2月24日(土)22時30分16秒
「合奏協奏曲」==>「室内協奏曲」

国体関連 投稿者:S.O.  投稿日: 2月24日(土)22時22分27秒
>国体関連
 そういえば、團さんの作品リストにはないですが、大分国体の行進曲「べっぷ」というのもありましたね。

 話は変わりまして、武満徹の全作品を音と資料・論文で全集化しようという計画が進行しているようで、これは楽しみなことです。「合奏協奏曲」や、若いころに鈴木博義と共作したバレエ音楽なんかが録音されたり、楽譜が出版されたら、飛びつくだろうな。
 「合奏協奏曲」は、片山杜秀氏によると、作者自身が失敗作扱いしておクラ入りにしたというのですが、ちょっとそれには納得できないものがあります。初演者が外山雄三とN響のメンバーだったそうなのですが、当時は外山さんも20台前半の指揮者見習みたいな立場だったでしょうし、そもそも当時は無名の武満の作品ということで、演奏者もかなり手を抜いていたのではないかと思われ、作者の意図にそぐわない演奏をしたのではないかと推察するのです。その後、武満も世界的な作曲家になりましたから、演奏者の意気込みも違うでしょうし、さらに、管楽器奏者の技術的・音楽的なレベルは格段に向上したでしょうから、また違った解釈をしたりして面白い演奏になるかもしれないので、一概に失敗作と決めつけずに、公にしてほしいですね。

帰還 投稿者:NAPP  投稿日: 2月24日(土)14時08分59秒
 帰ってまいりました (・_・ゞ−☆
 留守の間にもS.O.さんをはじめとして多くの方に書きこみしていただきまして、感謝です。管理者との対話だけではない掲示板が理想でしたので、とても嬉しく思います。どうもありがとうございました (^o^)

>M.グールド
 情けない話、あまり「サンタフェ・サガ」、「アメリカン・サリュート」、「ジェリコ」、「バラード」以外の作品を聴いたことが無い(ような気がする)のですが、日本の吹奏楽で知られている側面はごく一部にすぎないということはよく聞いていました。吹奏楽以外でも色々と聴いてみたいと思います。
 「プリズム」はとても興味がありますね。あまりこういった路線で知られていない作家のものであるからなおさらです。民音に音源と楽譜がある、とのことですので、今度時間ができたら行ってみたいと思います。
 M.グールドの吹奏楽作品を一挙に収録したCDなんかも出てると嬉しいですね。

>まっつんさん
 はじめまして!お名前は随所でお見かけしますよ (^^ゞ
 矢代秋雄作品のお話、ありがとうございました!この作品、正式タイトル「第30回みえ国体式典曲集No.1」のことは知っていたのですが、国体のために書かれた小曲集、というか機会音楽のように把握してましたのでリストに意図的に載せていなかったのですね。でも、最近になって色んな作曲家の機会音楽がリストに載るようになってきましたので(というより吹奏楽作品というのはほとんどが機会音楽だと言えなくもないのかな)、載せるべきなのでしょう。まっつんさんのサイトによれば1曲として成立させてもよいような内容のようですので。次回にアップします(現在さらなる改訂作業中。完成予定はかなり先っぽい)。この作品は「式典序曲」、「讃歌」、「ファンファーレ」、「式典終曲」の四曲からなっているわけなのですが、中でも合唱付きである「讃歌」は作詞が遠藤周作だったりしてなかなか興味深いものなんですよね。ところで、「No.1」ということは「No.2」もあるんでしょうか? まっつんさんのように実際に楽譜をなんとか手に入れて演奏してみよう、と思う人がもっと多くなれば、このサイトのリストにある作品群もっと演奏されるものが出てくるのでは、と思いますね。
 国体関連では、間宮芳生「行進曲・いわき」や廣瀬量平「行進曲・はなます」、「炬火賛歌」などもあって、他にも探せば結構意外な人が吹奏楽作品を書いてるのかもしれませんね。
 あ、リンクの件、どうもありがとうございました!


 最近、日本吹奏楽指導者協会の調査編集で1977年に発行された「日本吹奏楽作品総目録 〜昭和20年8月16日より昭和51年5月30日まで」というものを手にいれました。どうも「バンドジャーナル別冊’84」はこれを元にして作られたもののようなのですが(記述がほぼ同じ)、これによると芥川也寸志には「マーチインド」、「ユニバーシアード開会式行進曲」というものもあるそうですね。こうも知られていない作品が見つかってくると、脱力感を覚えずにはいられない今日この頃であります。(´д`)

初めまして! 投稿者:まっつん  投稿日: 2月24日(土)01時14分54秒
どうも、初めまして!
富永さんにさんざん世話になっています、まっつんと申します。
前々からちょくちょく拝見させていただいてたんですがなかなか書き込めなくて。。。(苦笑)
と言う訳で、初めてカキコさせていただきます。

邦人作品すごいですねぇ。
私も最近邦人作品の良さに気付き、CDやら楽譜を色々と集めているんです。伊福部、三善、矢代、黛、近藤 譲、
特に好きですねぇ。あ、そうそう。。。
NAPPさんのリストにも載ってなかった作品を一つ。
矢代秋雄の『みえ国体のための式典音楽集』、ご存知ですか? 実は矢代氏は『白銀の祭典』以外にももう一作吹奏楽作品書いているんですね。詳細は私のHPに載せてありますのでご覧いただけると幸いです。

これからも宜しくお願いします。
また私のページとの相互リンクお願いします。
(ずうずうしくてすみません。)

http://akasaka.cool.ne.jp/pinewood/index.htm


ホロコーストの録音について 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 2月22日(木)18時27分55秒
だいぶモートン・グールドの話が広がって、ホロコーストに来るとは思いませんでした。
ちなみに、この吹奏楽晩の音源は、アリゾナ州立大学の実況晩があるはずですので、そこの音楽学部かライブラリーに問い合わせてみてはいかがでしょうか。(確か、私もカセットにコピーしたものを持っています)

また、他に、この曲の吹奏楽版全曲のライヴを、1982年か81年に、山形県の米沢吹奏楽愛好会が行っていますので、ホームページ等で聞いてみてください。(確か私も持っているはずです)

それと、録音が残っているかは不明ですが、芸大ブラスが1985年に全曲演奏しています。

そんなところでしょうか?

「ホロコースト」組曲の音源 投稿者:S.O.  投稿日: 2月22日(木)09時39分27秒
吹奏楽版の「ホロコースト」組曲は、おそらく音源はないと思いますが、オケ版ならAlbany盤が、全曲収録されています。
http://www.cdnow.com/cgi-bin/mserver/SID=492739812/pagename=/RP/CDN/CLASS/muzealbum.html/itemid=46488
あまり、良い演奏だとは思いませんが。
 自演盤は、組曲版とは違った音楽が収録されていて、これまた興味深いのです。

ところで、amazon.comで検索していたら、彼の名作(迷作?)、Tap Dance ConcertoのCDが出てきました。
http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/B00004YUBG/qid=982799585/sr=1-29/ref=sc_m_4/104-3600716-8620723
サンプルを聞いてみると、なかなか面白そう。

「ホロコースト」組曲の音源 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 2月22日(木)02時22分09秒
おそらく一番入手しやすいのが、ジェラード・シュワーツ指揮シアトル交響楽団のものでしょう。残念ながら、テーマ音楽、哀歌と、2つだけですが、他にも楽しい曲満載のCDです。番号はDelos DE 3166。

かつてはLPで自演盤が出ていました。アメリカの中古屋に、時々出回るようです。一応番号の方は、RCA ARL1-2785

http://www.delosmus.com/index.html


『ホロコースト』組曲 投稿者:Jun  投稿日: 2月21日(水)22時57分47秒
>阿部さん、同感です。
私も聴いてみたい!
なぜか「プロローグ」だけ楽譜持ってるんですけど、もちろん音にしたことはありません(^^;)。全曲揃えたら幾らかかるんだろう?

グールドなどなど 投稿者:阿部達利  投稿日: 2月21日(水)17時59分51秒
「プリズム」は渡部さんに紹介されて民音でスコアを見ながら聞いたことがあります。
(もう15年くらい前の話ですね(笑))

ところで「ホロコースト」組曲の音源って簡単に入手できるものがあるのでしょうか?
いろいろ探しているのですが見つかっていません。

http://www.wizvax.net/abe/winds/


Decolations/M.Mailman 投稿者:S.O.  投稿日: 2月20日(火)22時26分12秒
>Shin様
 おそらく、マーチン・メイルマンの作品のことだと思います。私は聞いたことがないのですが、Golden Crestから彼の作品集のLPが出ていたことがあり、それに含まれています。しかし、もう入手困難でしょう。
 このLPが、ユタ大学の図書館にあることが判ったので、楽しみにしていたのですが、図書館員はそれを見つけることができませんでした(;_;)。かわりに、ロバート・ワッシュバーンとウイリアム・ヒルの各作品集を聴かせてもらいました。どちらも、なかなかよかったです。

 「ホロコースト」組曲、いいですよねえ。明日は、これを聴いて故人を偲びたいです。

>渡部先生
 ご唱和いただき、光栄に存じます。
 「民御」とは、おそらく「民音」のことでしょうね。借りても、ちょっとおいそれとは演奏できないような・・・・・。ただ、ホールの残響とかを考えながら、楽器の配置を換えてみたりして、結構楽しめるかも。そういう意味で、玄人向けですよね。
 私は、古い音源を持っています。若い作曲家志望の人にとっては、音色とかが参考になるかもしれないので、ぜひ聞かせてあげてほしいです。

ごめんなさい 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 2月20日(火)15時57分55秒
下の私のカキコが二つとも途中で切れていてすみません。
どうもわたしのパソコンがおかしいようです。
最近ちょっと変だったので・・。
直してから出直します。

メルスマン「デコレーションズ」 投稿者:Shin  投稿日: 2月19日(月)17時50分26秒
突然お邪魔します。gooで「現代音楽 吹奏楽」と検索かけると出てきました

さて、突然ですが、タイトルの曲(確かこれであってると思うんですが)の録音がないものかずっと探しておるのですが、心当たりのある方はいらっしゃらないでしょうか?
大昔に楽譜を見たことがあるんですが、そのあまりの奇抜さにいまだに印象に残っています

モートン=グールドは高校時代に「ホロコースト」の組曲だかをやったことがあります

http://shin_ueda.lycos.com/


誤字 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 2月19日(月)11時32分19秒
すみません。1980年の「芸大ブラス」です。

つなぎのつなぎ 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 2月19日(月)11時31分02秒
この「プリズム」は、1980年の言¥医大ブラスの定期演奏会で演奏されています。たぶん日本初演だと思います。そして翌年には「フォーメーションズ」も演奏されています。(わたしが1年生の時です。音源・録音は探せばあります。欲しいですか? また、どちらも民御に行けば楽譜を借り出せます。確かになかなか興味深く、S.O.様のおっしゃる通り、これがグールドの音楽の本質的なところかもしれません。吹奏楽では往々にして「ジェリコ」や「アメリカン・サリュート」、「サンタフェ・サーガ」的な作曲家としか見られていませんが、実際は違うのだということ%

「プリズム」組曲/M.グールド 投稿者:S.O.  投稿日: 2月19日(月)10時23分20秒
 それでは、つなぎに一席。
 表題の作品は、1965年に発表された、5曲からなる組曲で、全体は13分くらいの曲です。同時期に、後にマーチングバンドによるバレエとしても上演された「フォーメーションズ」という軽快な吹奏楽組曲がありますが、この「プリズム」は、おおよそそれとはかけ離れた、極めて実験的な作品です。昨年、カルガリーでこのスコアを閲覧することができたのですが、思わず唸ってしまいました。いや、この作曲家に特有の、シャレたメロディ、軽快なリズム、フォークソングやジャズの引用、そして作品全体に漂う「ノリ」というような要素をすべて否定したと言っても過言ではありません。メロディは全く見当たらず、ほとんどが、不協和な持続音や短い音の断片を、次々と楽器に振り当てるという手法を取っています。民謡の断片とも聞こえなくもない短いモチーフは提示されることがありますが、それをメロディに展開させることなく、あくまで音響の素材として扱ってしまいます。終曲に、三連譜のセリエルの中に、わずかに彼らしいリズム感覚が現れているところもありますが、やはり彼のイメージとはかけ離れていることにはかわりがありません。いうなれば、音楽というより、管楽器を使った音響の実験とでもいうような内容で、実は、私も長らくガンサー・シュラーの作品と勘違いしていたほどです。
 グールドには、数は少ないものの、無調音楽もいくつか残しています(例えば、管弦楽のための「ジキルとハイド変奏曲」、「Soundings」など)が、それらと比較しても、「プリズム」は前衛的です。「音楽は聴かれるために書かれるべきだ。」という主張をしていたグールドにとって、この冷徹な「プリズム」は、如何なる主張があったのでしょうか。
 実は、最近出版された自叙伝
http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/1574670557/qid=982545200/sr=1-1/ref=sc_b_1/104-3600716-8620723
によると、彼は、その名声に必ずしも満足していなかったようで、むしろ、芸術音楽の作曲家として、例えばエリオット・カーターのような評価をされることを望んでいたようなのです。しかしながら、彼の希望とは裏腹に、世間はそれを許さなかったというところでしょうか。となると、この「プリズム」にこそ、この作曲家の真実の主張が込められているのではないか・・・・、そういう印象を持つのです。
 さて、このモートン・グールドがフロリダ州オーランドで、U.S. Military Academy Band による「オール・グールド・プログラム」と題されたコンサートに出席し、三度におよぶスタンディングオヴェイションに感激したその夜、
http://www.usma.edu/band/bios/gould.htm
(ここには、最後のコンサートとリハーサルの模様が克明に述べられおり、とても胸を打たれる記述です。辞書を引きながらでも、一読する価値がありますよ。)
滞在先のホテルで亡くなったのが1996年2月21日。そう、まもなく5年が経過するのですね。もう、そんなに経つのかという気もするのですが、なかなか再評価が進まないなと、もどかしく思える今日この頃。

ぎょ〜むれんらく 投稿者:NAPP  投稿日: 2月19日(月)02時05分31秒
 むぅ。話の展開が止まってしまった (^_^);;

 業務連絡です。明日からしばらく卒業旅行(なぜか沖縄)に出かけてしまうのでちょいとばかり留守にします。しばらく掲示板・メールのレスができませんのでご了承下さい。m(_ _)m

 これだけではなんですので、最近あったこと。
 バンドパワーさんで楽譜の通信販売をされていますが、ここで「指輪物語」のポケットスコアが売ってあったので早速購入してみました。ちょいと誤植が多いのは気になりますが、こういったものが簡単に手に入るようになったのは嬉しい限りですね!
 注文してから届くまでの時間がとても短く、すごいなぁ、と思いました。

乱文御免 2 投稿者:NAPP  投稿日: 2月15日(木)16時30分55秒
>富永さん
 私の書き方にもトゲがあるところが多々あると思いますが、期待の裏返しということでご容赦いただきたいと思います m(_ _)m

 まず、「何をしてプロフェッショナルの楽団と言えようか」というところから。無論、富永さんの考えておられるプロフェッショナルと、私(どちらかというと外から吹奏楽を見ている人間)の間には隔たりがあることと思いますし、どちらが正しいというものではないと思うのですが、私なりの所感を述べたいと思います。
 まず、プロフェッショナルの団体が「団体としての活動を存続させ続ける」事は確かに重要です。継続されなければ何の意味も成さないのですから。しかし、大事なのは「存続していく中で何が行えるか」でしょう。存続のための資金稼ぎとしてもっとも効果的なプログラムを組むことは必要でしょう。N響などでさえ避けられないものです。また、「アマチュアの人達にも頷いてもらえることをやれる度量を持つ」のもプロの楽団として当然の責務だと思います。もうすぐなくなる新星日響やN響を始めとして多くの管弦楽団もワークショップ的な活動で子供やアマチュア向けのレクチャーやコンサート、聴衆参加型の演奏会などを開催しているのはご存知かと思います。 そして管弦楽団は積極的に新しい分野の開拓もしている。N響のミュージックトゥモローや東京交響楽団のラッヒェンマン「マッチ売りの少女」公演など、例を挙げればキリがない。
 何が言いたいかというと、プロというのはこのように「様々な方向の活動を同居させて活動し、文化や社会に影響を与えることのできる演奏集団」ではないか、ということです。TKWOの活動はたしかに地域文化への貢献であるとか、音楽愛好家の総数の底辺拡大などという活動では他の管弦楽団と比べてもそれをはるかに凌駕する実績を誇っています。でも、これはプロのなすべき活動の一環でしかないと思うのですね。もちろん他の「新しい分野の開拓」が全くなされていないわけではありません。伊東乾作品のような極めて高水準な作品の創出など評価されるべき活動はあります。しかし、活動の割合としてどうでしょう?いわゆるノンバンドの作曲家の獲得における実績は胸を張れるほどにはまだなっていないのではないでしょうか。吹奏楽の内部へ向けての発信と外部へ向けての発信、そのバランスはいかがなものでしょうか。数少ないプロフェッショナルな団体に全てを要求するのは酷な話ではあるのですが、他に可能な団体がないのですから仕方ありません。アマチュアと違うのは、このような種主々活動に集中できるバックボーンを持っている、ということにあるのではないでしょうか。どれか一つの演奏傾向だけを集中してやるだけだったら別にアマチュアだって(上手だったら)十分やれますよね。
 富永さんがコラムで書いておられることは正しいと思いますし、その通りに吹奏楽界の人々が感じ、聴いてくれるならばだいぶ吹奏楽の「閉じた世界」は開かれていくでしょう。しかし、実際にTKWOに限らず、プロの吹奏楽団はそれを実現させるに十分な活動が行えているでしょうか。 このサイトは私はともかくとしても、専門的知識を持った方が多数積極的に意見を述べてくださっています。富永さんのように吹奏楽の現場の最前線に立つ人がこれらの意見に耳を傾けてくださっているのは嬉しい限りです。「20歳そこそこの若造がなにを知ったようなことを」と思わずに、何かしらを感じてくださると嬉しいです(ちょっと脱線)。

 CDのレコーディングに関する裏事情はよく分からないのですが、楽団側はそんなに意見を出せないものなのでしょうか?特にTKWOのCDを出しているのは佼成出版社ですのでますますよく分からないのですが、きっと独立した組織になっているんでしょうね。佼成出版社がそもそも音楽専門の出版社ではないので、専門である楽団側の主張は比較的影響力があるのでは、というのは勝手な思いこみですね。 (;^_^A 以後気をつけます。
 CD制作会社のほうにレコーディングの決定権があるのでしたら、例えばカメラータやフォンテックなど、現代音楽を積極的にレコーディングしている会社からオファーがこないのは、むしろそっちのほうが問題なのではないでしょうか。それらの会社の興味を惹けるだけの定期演奏会などでの目立った活動がない、ということにつながりかねない(暴言失礼!)。無論、これらの会社の目が吹奏楽に向かないことには吹奏楽サイド、現在の楽壇サイドの両方それぞれに何らかの問題があるからなのでしょうが、いずれにせよ楽壇の目が向けられるのはアマチュアではなくプロの活動なのですから、頑張ってほしいところです。
 しかし、CD制作会社も吹奏楽のレコーディングにもうちょっと積極的になってもいいんではないかなぁ?現代モノの中では格段に「売れる編成」だと思うのだけど。大手レーヴェルの吹奏楽部門担当には音楽的知識と視野がイマイチな人が多いのかしらん。
 「万人に受け入れられる音楽」なんてものは幻想である、と思ってます。多くの嗜好が同時に存在するからこそ音楽は面白い。聞き手と作り手が相容れたら音楽はきっと進歩しない。ですから、それぞれの嗜好にあったCDを満遍なくリリースすること、これこそが大事なのだと思います。

乱文御免 1 投稿者:NAPP  投稿日: 2月15日(木)16時29分34秒
>渡部先生、ちんぴら指揮者さん
 全国までそのバンドが残ってくれるととりあえずCDとして音源が残るので嬉しいですね。がんばってほしいものです(昨年は「シャルロット」が残らなかったのが残念でした)。
 ロマン派のピアノねぇ。私だったらシューマンの「クライスレリアーナ」か「幻想曲op.17」ですけど。「超有名」ってくらいですからショパンなのかな?はたまたリストの「ダンテ」もしくは「愛の夢」?シューマン「トロイメライ」もあるかも。メンデルスゾーンの無言歌集もいけそうだし、ブラームスのハンガリアンラプソディもありかも。ま、楽しみに待っていましょう。

>りんさん
 東京音大関係者(限定)はこちらへどうぞ!
http://www14.u-page.so-net.ne.jp/za3/hama-ai/
 一応断っておきますが、ここの管理者は私ではないです(笑)

>富永さん
 こちらこそ勝手に引っ張り出してしまって申し訳ございません。お答えいただき感謝です。S.O.さんの投稿との関連も兼ねて、詳しいレスは項を改めてあります。
 とりあえず、富永さんへのレスというわけではないのですが、「吹楽」についてだけ、どうしても書きたかったことがあるので。
 どうも吹奏楽関係者のこの一大イヴェントについての認識がイマイチのようなように思うんですね。まず、このイヴェントの画期的であったことは主催が現音(日本現代音楽協会)であったことでしょう。吹奏楽関係ではない組織が吹奏楽の演奏会の企画を出したのは実に素晴らしいことであったと言えましょう。しかし、吹奏楽サイドは現音側の意図をあまり汲まず、ただの「吹奏楽のお祭り」程度にしか考えなかったと思われてもしかたのない選曲をしていたために、打ちきられてもやむを得なかったと思います。言うまでもなく吹楽というイヴェントはそもそもは現音創立60周年の記念イヴェントであった東京現代音楽祭の一環としてスタートしたものです。このとき、同時に「響楽」(管弦楽)、「童楽」(児童音楽・リトミック)、「電楽」(コンピュータ音楽)、「唱楽」(合唱)、「競楽」(演奏コンクール)がスタートしており、後に「打楽」(打楽器)も加わっています。これらはいずれも日本の現代音楽シーンの発展を目指したプログラムが組まれており、唱楽、そして童楽でさえも邦人による現代音楽表現の可能性を追求していた(そして現在も続いている)ものでした。しかしながら、吹楽において演奏された曲はどうだったでしょう?他の「○楽」と比べてその選曲のまずさ(特に第三回)は現音の意図から大きく外れたものであったと言えましょう(そんな中でTKWOだけはさすがだった)。このような自分達の意図とは違う演奏会を主催するほど現音側に資金的余裕はありません。私としては「よく3回もやったな」というところです。もし吹奏楽側に他の「○楽」に対する関心がもっとあったのなら、自分達の演奏活動を内省することができたのなら、現在の吹奏楽の在り方も違ったものになっていたかもしれません。
 ついでに書くと、吹楽は三善晃先生の企画だと思われている人も多いようですが、そうではありません。たしかに運営委員長は三善先生でしたが、実際に企画をたてて実行に移していたのは坪能克裕先生です。このあたりのことは音楽之友社から出版されている「文化会館の聖母たち」という本にお二人自身が書かれています。この本を読めば東京文化会館の「バンドパーク」がなぜ発生したのか(そして何を意図しているのか)も理解できるでしょう。この本には他にも教育音楽についてもたくさん触れてあるので学校の吹奏楽部指導者のかたにもぜひ読んで頂きたい。
 坪能先生のライフワークである「創造的音楽学習」の吹奏楽での集大成である「吹奏楽の新次元」が吹楽IIIで達成された瞬間、吹楽存続の意義はなくなっていたのではないでしょうか。なお、かつてWindsで坪能先生が述べられていた「新次元」についての解説は、あまり真意が伝わるようなないようではなかった、とのことでした(私が本人に直接伺いました)。

(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 2月14日(水)22時06分48秒
富永さんにイチャモンつけるのはスジ違いとは思うものの、行きがかり上、反論します。
TKWOは、日本のバンドの頂点に立つ団体です。それは、例えば、オーケストラにおけるN響のような存在です。日本の多くのバンドファンの憧れであり、目標でもあります(事実、私もそうでしたし)。そういう立場であることは、富永さんもご認識されていると思われます。だから、その製作されるCDや演奏活動は、とりもなおさず、大きな価値観を作ってしまいます。
 一方、TKWOは、プロフェッショナルの団体でもあります。それは、世間あるいは音楽評論家をはじめとする有識者から高い評価を受け得る立場にあり、また評価に応え得る演奏能力を兼ね備えた団体でもあります。
 つまり、TKWOは、アマチュアとプロの両方の評価を見据えて活動しなければならない立場にあるわけです。迷惑な話かもしれませんが、その両者を引っ張る責任があると思うのです。
 ところが、現在の活動はどうかというと、やはりあまりにも吹奏楽界の要望に合わせすぎていると思うのです。件のヨーロッパ特集にせよ、コンクールの自由曲集または課題曲の参考演奏(現在は別の団体がやっているようですが)にせよ、プロの活動として相応しいかどうか、疑問を感じます。もちろん、プロのオーケストラや指揮者だって、テレビ番組で歌謡曲の編曲物をやることもありますが、そのような啓蒙活動は本来の活動ではないでしょう。TKWOには、もっとやるべきことがあるような気がします。
 この掲示板で、各地(特に北海道)で「吹奏楽はどうあるべきか」を考え活動している人たちに対して、「焼け石に水」というようなことを申し上げてしまったことがありますが、その人たちがいくら熱を入れて活動しても、影響力のある団体(TKWOに限らず、コンクールの常連校なども含めて)の生み出す価値観には、いかんともなしがたいものがあります。だから、頂点に立つ団体にこそ、変革をと願っている次第です。

 景気や台所事情などの問題を出されると、こちらとしてもその苦しみは痛いほどわかるので、これ以上なにも言えなくなってしまうのですが。

 なんだかんだと嫌なことを申し上げましたが、今後の活動を期待しています。また、邦人作品集も期待しています。(ちなみに、この掲示板の最初のころだったのですが、あの「黛敏郎作品集」を、「これぞプロの仕事」と喝采を叫んだのも、ワタクシでございますm(_ _)m。) 

その2 投稿者:富永啓之  投稿日: 2月14日(水)19時25分08秒
続いてS.O.様によるCDについてのお話へ少しだけ反目しておきましょう。

>どこかが出しているヨーロッパ特集というのとは、やはり次元が違うように思う(と、
>また、富永さんにアテツケを言うのはツライんですが)
 よくぞ言ったとしか言い様がないですが(笑)。まずわかって欲しい事その1「自主制作じゃないんだから私に言うな」。おおよそ270種以上のCDを出している東京佼成ウインドオーケストラですが、自主制作は1枚しかありませんよ。そのCDならともかく他の業者より依頼され、録音したものを演奏者にとやかく言うのは筋違いです。その製作元に言って下さいませ。大体のCDは基本的コンセプトに立ってやっているものが多いため、そのコンセプトの発案者(プランナー)と協議して頂ければもっと良いのではないでしょうか。そのヨーロッパのCDはたった270分の5枚でしょ。ウチのCD、レコード(レコードも入れると400枚近くに増えますが)全部聴いたことありますか? 非常に革新的なCDもありますのでお気に召すものも多分あるんじゃないかな。
 その2。昨今の日本の不況は深刻なまでに業界に打撃を与えています。そんな中リリースを続けていることだけでも凄いことなのです。なおかつ社の上層部からは「売れる物」「受け入れられる物」でなければGOサインなんかは出ないこともあるんですね。作る側にとっても非常に辛い状況です。CDがリリースされるのに、大まかでもいくらかかるか考えたことがありますか? あ〜あ、早く景気が良くならないかしら。
 その3。CDについて文句を言うのは簡単なこと。そしてそれはリスナーとして当然の権利だと思います。しかし取捨選択して聴くCDを選ぶのもリスナーの権利です。私も100%諸手を挙げて賛成、な〜んてCDは持っているCD総数の1割にも満たないもんです。だから次も頑張って探して、良いCDを見つける喜びを感じるのです。私とスタンスに違いがあるのは承知だが、満足するまで探してみて下さいな。
 言葉が辛辣で申し訳ないが、聞き手と作り手は一生合い入れないものです。だから要求が出てCDが作られ、またCDが作られては要求が出て…、そんなパラドックスが業界を動かしているのです。

乱打・乱文です。文責・著作は富永個人のものであります故あしからず。

お待たせしました 投稿者:富永啓之  投稿日: 2月14日(水)19時23分31秒
 1月24日付けのNAPP様に以下の様な呼びかけをして頂きましたので、しゃしゃり出て、あくまで私見に塗れた意見を述べさせて頂こうと思います。ちーと長いかもしれませんし、他の方々の機嫌を損なうかもしれないですが、覚悟して読んで頂きたいと思う。

>>アマチュアを離れた人間が、それに対してノスタルジアとして感じる
>>「アマチュアらしさ」という、実態のないものを追い求めてしまったから
> 鋭いお言葉ですね。身に沁みます。思うに吹奏楽というものは限りなくアマチュアと
>プロフェッショナルの境が曖昧な存在なのでしょうね。それはとても素晴らしいことで
>あると同時に危険なことでもある。私も心しておかなければとんでもないことになりか
>ねない。
> #これに関しては是非、富永さんのご意見を伺いたいのですが・・・・・

 2月1日付けのNAPP様の書き込みには「プロの活動というものが中学校や高校の部活動の延長線上から抜けきれていない」という叱咤の言葉を受け、身につまる思いでもあり、また視点の違いによる理想の格差を痛感することになりました。
 いきなり外しますが、プロの団体としての定義敵な根元を考えることに致しましょう。
何をしてプロフェッショナルの楽団と言えようか? よくネットでもこんな話題になることがありますが、
「音大卒」:じゃなくてもプロでやっている演奏家はいます。
「お金をもらう」だけなら、金額の差はあれアマチュアももらっていることがある。
「良質な演奏を客に提供」するのは、本当に上手なアマチュアでなら可能性がなくはない。
「自称すればプロ」なのは論外
と、言葉は違うかもしれませんが、大体こんな意見が出されていますが、私はいずれも実際のプロフェッショナルの楽団を定義づけるものではないと考えています。
 プロフェッショナルの団体は「団体としての活動を存続させ続ける」事が第一です。
 正直な所、ピンと来ないだろうし、期待した答えではないでしょう。しかし活動を絶え間なく続けることにより認知され、活動範囲を広げることの方が重要なのです。そのために収益をあげる訳だし、良い演奏をし続けなければならないし、そのためには良い演奏家を集めなきゃいけないのです。存続するためだったら、必要なことは何でもやるんです。
 私は正規の音楽勉強をしてきた訳ではありませんし、奏者の気持ちなど知る良しもない。
しかし実際の運営をしていく場に立つ人間としては、つまらんことでもやるんです。関わっているこの楽団を存続させ、これから先の希望と夢を実現させたいがためです。
 話を戻しましょう。
 まず、以前私のHPでのコラムにおいても書いた事の引用なのですが、「佼成ウインドのようなプロは、それを強烈にリードしなければならない」というスタンスは私にとって、今も何ら変わりない事実です。しかしながら、私はこの言葉によって、中学・高校の活動の延長線上にいるとは思っていません。むしろ逆で、アマチュアの人達にも頷いてもらえることをやれる度量を持つこの楽団は凄いんだと思っています。何を言っているのかとご批判もあろうと思います。
 「世間に認知されない」から吹奏楽を憂いている人が、ネットなどでも多く見られます。
しかしプロを育てるのがアマチュアの手厳しい「見る目」「聞く耳」だという事を逆に認識して頂きたい。
 これも私のコラムからの引用です。「吹奏楽のコンサートのお客(聴き手)が、演奏する側でもあるから、どうしても判断の尺度が「自分がやっている」ものという近いモノの目でしかなっていないため、芸術としての音楽ではなく、趣味の音楽的見地でものを言うようになってしまう」んだと私は思っていて、「聴いている人がこれでは吹奏楽の価値が世間に低く見られても当たり前」だと思っています。

 かなり言葉が悪い表現なのですが、実際の事象に照らし合わせてみればご理解頂けることでしょう。むしろこの事は、この場を見ている様な見識のある人ではなく、吹奏楽ユーザーの大多数となる「吹奏楽を趣味でやっている」人達の、自分の趣味に対する造詣と芸術音楽の担い手としての意識がない人達の持つ、吹奏楽の価値を下げる問題点なのです。
それは学校教育での吹奏楽部活動の問題でもあるし、関わる人間の誤認が功罪になる場合もある。

 今、我々プロがやる活動は、実際の吹奏楽の芸術性に触れて頂く機会を増やしていく事、そして100万人規模でいる吹奏楽人口を一人一人納得させられるだけの活動を続けていく事だと思います。
 さすれば「佼成ウインドのようなプロ吹奏楽団は、アマチュア吹奏楽の延長線上の頂点ではなく、確固たるプロとして芸術たる音楽をやっていることを認識し、襟を正して聴くべきモノなのです。大袈裟かな。」という様な意見を私も言わなくて済むと感じます。

とりあえず 投稿者:富永啓之  投稿日: 2月13日(火)11時29分39秒
急ぎの返事ゆえ用件のみで。

>NAPP様
先日は話題を振って頂いたのに、失念していました。
申し訳ありません。他の方々も気になる所だろうから、後日ゆっくりお話することにします。

>S.O. 様
邦人CD企画は終わってません。以後続刊、乞うご期待、鋭意企画中といったところで、シリーズはなくなっていませんのでご安心を。
また佼成出版のCDを買うと、中にハガキが入っています。ご希望などはダイレクトに出版社に当ててみるのが良いと思われます。100%採用されるという訳ではないですが、あくまで手段として。
「吹楽」は現音が・・・・・。

>渡部さん
今度、いつか、どこかでと思っているんですが、中々会えないですね。
4月の定期にはいらっしゃいますか? 真島俊夫氏の書き下ろし新曲もありますので是非。

はじめまして! 投稿者:りん  投稿日: 2月13日(火)03時10分17秒
初めてこちらのサイトを訪れます!
私も東京音大出身なので(声楽です)
なんだかとっても親近感を覚えて
思わず書き込みぃ〜!

時々図書館などには行くので
狭い学校内ですから、もしかしたらどちらかで
お目にかかっているかもしれませんねー!

これからもステキな情報を提供していって下さいね!
また、遊びにきます★

超有名ピアノ曲 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 2月13日(火)00時24分21秒
>渡部先生
>ヒントは、「ロマン派の超有名ピアノ曲」です。皆さんぜひ当ててください。
こんなこと書かれるからノコノコ出て来ちゃったじゃないすか。
言ったとおり楽しみしてますよ。ウフフ・・・
>バッハの「プレリュードとフーガ‘聖アン'変ホ長調 BWV552
楽譜興味超大。バッハは是非とも取り上げたいし、この曲大好きなので。
ちなみに四管に編曲したのはシェーンベルク先生です。ベルクはあんまし編曲趣味なかったみたいすよ。


http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm