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再びレス二題 投稿者:NAPP  投稿日: 3月28日(水)02時23分59秒
>畠中さん
 そう言っていただけると安心です。どうもありがとうございます。
 貴掲示板にも色々と興味を持たれている方がいらっしゃり、私のつたない知識でなにかをお伝えすることもできるようですので、できる限りその種の書きこみはさせて頂きたいと思います。
 よろしくお願いします!

>ちんぴら指揮者さん
 譚盾は「オーケストラル・シアター」などでマルチ・メディアを売りにしているだけに今回の受賞は格別のものであったでしょうね。 あの映画の音楽だけしか知らない人が他のオーケストラ(?)作品を聴いたらどんな感想をもつか・・・・・
 アジア出身の監督の映画にアジア出身の作曲家が曲をつけたものがアメリカで評価されたのは素晴らしいことですね。
 譚盾といえば5月に来日し、ミュージック・トゥモローにおいて湯浅・北爪・尾高の作品と共に自作の新曲を自演により初演することになってますが、こちらのできと、客の入りはどんなもんになるでしょうか?楽しみではあります。


 明日は藤家渓子のオペラを聴きに行ってきます。31日は木下牧子の個展。そして4月1日に帰省。なかなか強硬スケジュールです。むぅ。3月中に1曲書き上げるのは無理だったのか・・・・・? まだ3月は終わってないから分からないですけど。(やや私信も混ざってるかも)

アカデミー賞 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 3月26日(月)18時41分19秒
毎度アカデミー賞オリジナル作曲賞の部門は気になるところなのですが今年のオスカーはなんと「グリーン・デスティニー」のタン・ドゥンがさらいました。
クラシカルの作曲家がこの様に実力を発揮しオスカーで認められるのは喜ばしい事であり、また映画音楽の向上にも大いに貢献かと嬉しいものです。
邦人の実力派作曲家の名前がオスカーリストに載る日も楽しみですね。
(坂本龍一が受賞は経験してるけど・・)

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


お気遣い恐縮です 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 3月25日(日)00時32分32秒
NAPPさん。本当にありがとうございます。

口出しだなんてとんでもありません。むしろ相談させて頂いたのは私どもの方ですし、お話をさせて頂いたことによって私自身さまざまな悩みから開放されたのですから。ちょうどあの頃は自分たちの活動の方向性を客観的に見直したいと思っていた時期でもありましたし。メンバーも今回の企画にあたってNAPPさんにいろいろと意見を伺ったことは熟知したうえで、今回の演奏会の企画が今までのなかで一番勉強になったと申しております。
せっかくお誘いを頂戴したので、私もこちらのお話にまた参加させて頂きたいと思いますが、NAPPさんも是非また以前のように作曲家としての貴重な意見を投稿していただければ幸いです。(時間の許す限りで結構ですから・・・)

取り急ぎ、お礼まで。今後ともまたよろしくお願い致します。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


レス二題 投稿者:NAPP  投稿日: 3月24日(土)14時49分07秒
>m24oさん
 どもども。カルミナ以来、四年間お世話になりました。君に実験してもらった数々の特殊奏法の経験はかなり参考になりましたです。
 CDの件に関しては、某所(笑)で既にお答えずみなんだけれど、やはり編成的な金管と木管のバランスにあったのではないかと。
 それにしても、この汐澤安彦/東京音大シンフォニックウインドによる「展覧会の絵」(それとリード「ミレニアムIII」)のCDってのは欲しい人は欲しいものなんだろうなぁ。個人的には「ギャロップ」が希望だったのだが(笑)。このCD、二枚目に入ってる教職オケの演奏がとても音大生とは思えないので、人様にはとても聴かせられるもんではないですな。
 4月にまだ日本にいるようでしたら、ぜひ作曲科の新歓にもおいでくださいませ。そのときはビールと炭酸オレンジジュースを用意しておきませう。
 では来世で聴く諸井誠を楽しみに。 (楽屋ネタ、失礼!)

>畠中さん
 お久しぶりです。また、御祝辞をいただきありがとうございます。
 黙っていると気にされるかもしれませんので書いてしまいますが、沈黙モードの理由は、貴団の不手際や失礼などでは決してございません。現在でも貴団の活動には大変感動しておりますし、期待しております(そしてこれからも)。 ただ、前回の演奏会の企画のときに、あまりにも私が口出ししすぎてしまったことを反省し、自主的に発言を控えさせていただいています。一度言い出したゆえに引っ込みがつかなくなり最後まで言いたい放題でしたが、やはり団員の皆様の意見を差し置いて外部の人間があまりにも干渉しすぎたのは非常にまずかったのではないかと思っています。やはり、あのような活動は団員の皆様の自主的な活動によってなされるからこそ意味があるのであり、もはや「外部の意見」という範疇では収まらないほど演奏会の方針に口出しをしてしまったのは、恥ずべきことではないかと思い、自戒しております。 幸い、最近は掲示板の方も多数の意見が出て、大変好ましい状況になっていると思います。どのように今後の活動に反映されていかれるのか、楽しみです。
 発言こそ控えておりますが、貴団の掲示板は継続して拝見させていただいていますし、今後の活動にも期待しております。もし何かありましたら、私でよければ微力を尽くしますので、そのときは当サイトでも貴掲示板でもいいですのでご遠慮なく呼び出してください。
 なお、「不穏当な発言で貴HPを汚してしまった」などということは私としては全く感じておりません。貴団がご自身の活動に自信と誇りを持たれているなによりの証でありますし、発展的な議論でもあったと思っております。今後ともきがねなくご投稿下さるようお願いします。

お久しぶりです。 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 3月24日(土)10時45分27秒
NAPPさん。遅れ馳せながら卒業&進学おめでとうございます。

昨日は我々のHPに書き込みして下さってありがとうございました。久々だったので大変嬉しかったのですが、やはり沈黙モードに入られていたのですね・・・我々に何か不手際や失礼なことがあったのでしたらお許し下さい。
私の方は、不穏当な発言で貴HPを汚してしまった反省から投稿は控えておりますが、いつも楽しく拝見させて頂いております。本当に勉強になります。貴HPの内用には到底及びませんが、我々も我々なりに意見を出し合って新しい方向性を探りたいと思っております。

5月に来札されるのですね。同人吹奏楽団の演奏会、私も楽しみにしております。もし時間があるようでしたらまたお会いしたいのですが・・・是非、宿として我が家をお使い下さい。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


やっと見つけた。 投稿者:m24o  投稿日: 3月24日(土)00時53分50秒
通りすがってしまったので、とりあへず足跡を遺して逝きます。
はじめまして。私、自称'笛吹き'の m24o です。(読み方は秘密)

東京音大の卒業記念CDのブラスの演奏を聴いて一言。
自分はpiccoloを吹いてたんですが、結構イケイケで吹いてた割にはチイとも聞こえません。全体に金管、打楽器が目立って木管、特にfluteパートがほとんど聞こえないのは何故でしょうか?編成に問題があるのか、ホール、録音の関係なのか、若気のいたりなのか、それともバンド(マエストロ)の個性だと割り切っていいものなのか、、、。
どなたかCDもしくは生演奏を聴いた方がいらっしゃったらコメントお願いします。

〜管理人さんへの個人的なコメント。2年作曲の皆さんが明日卒業祝いをやってくれる、というか、やることになりましたので、先日のぼやきはナシということで。
それでは、また来世で逢いましょう。

こらむについて 投稿者:NAPP  投稿日: 3月23日(金)02時21分33秒
つい先日予告したばかりだったんですけど、また変更。コラムを書いてしまいました。ホントはもっと時間をおいてから書くつもりだったんですけど、なんか自分の中で鬱積しちゃったんで、創ってる途中の曲をほっぽりだして思わず書いてしまいました。
なんだかすごく偉そうな文章になってしまっていて読み返すと気になる箇所もあるのですが、まぁ、いいかな。音大の後輩たちに向けての辛辣な激励文です(?)

ここ2日のこと 投稿者:NAPP  投稿日: 3月21日(水)17時22分36秒
 無事に卒業してきました。とは言ってもまだ学生を2年間やるのですけどね。

 謝恩会にて音楽学者の沼野雄司先生とちょこっと今後のことについてお話する機会がありました。なんでも、最近から沼野先生は「日本における洋楽史」を扱うようにするとか。軍楽隊なども視野に入れた研究が行われるそうで、「うちの講座にこないか」とのお誘いを受けました (^_^);; 大学の調査力でこれらの研究ができれば色々なことが分かりそうで期待しています。これを機に大学が管楽合奏の研究に力をいれてくれるようになればいいな、なんて思ってますが、なかなかそれは難しいかな (^^ゞ

 大学に書類を提出に行ったついでに4月からの汐澤先生の指揮のレッスン用の大判スコア(ベートーヴェンの二番)を買いに行きました。「学生証を返す前に買えば音大生割引になったのに、しまった」と思いながら店内を見ていたら、グレインジャー「リンカーンシャーの花束」の2台ピアノ版の楽譜が目に入ったので思わず買ってしまいました。まだ、ざっとしか見ていませんが、けっこうな量の解説(英文)がかなり充実しているらしく、面白そうです。「なぜ多くの作曲家が吹奏楽に冷たいか・・・・・」なんかが書いてある(気がする)みたいです。

 CDの整理をしていたら、フェネル指揮のハチャトゥリアン「アルメニアン・ダンス」の入ったやつが出てきました。どうやらずっと前に買っていたらしいです。う〜ん、記憶にないというのはどういうことなんだろうか?老化現象か(笑)。他にも何枚かそういうCDが。逆に「持ってる」と思っていたけど発見できなかったものもあるし。特にklavierのCDにその傾向が目立つようです。何故なんだろう?


 更新予告の変更 f(^_^;
 CD紹介の再開第1弾をフェルドマン「アトランティス」からホリガー「プネウマ」に変更します。図書館に「アトランティス」の楽譜が所蔵されている(はず)なので、折角だからそれを踏まえたいな、と。
 時事ネタ、というわけではないけど、とりあえずコラムを一項目書きたい心境です。題して「音楽大学に在籍してみて」。主としてこのサイトを見ている後輩へ向けてのものなんですけど、度々このサイトでも話題となる「プロとアマチュアの違い」なんかにも関連することだと思いますので、この機会に書きたいと思っています。
 あ、でも4月に入ってからしか書けません。ゴメンナサイ。


 以上、近況でした。これを書いているときのBGMはヴィラ=ロボス「ハーモニカ協奏曲」でした(笑)。

(無題) 投稿者:NAPP  投稿日: 3月18日(日)20時04分40秒
>孝丸さん
 はじめまして!さらなる情報、ありがとうございました。
 池野先生は伊福部先生が東京音大の学長をしていた関係で教えていらしたのですが、伊福部先生が退任されたのをきっかけに辞められてしまいました。スペインをこよなく愛する先生は辞めたらスペインに住みたい、と常々おっしゃっていたそうなのですが、今はどのくらいあっちにいらっしゃるんでしょうね。
 西村先生と池野先生についてお話したことはそういえばありませんね。次にお会いできるのは1ヶ月ほど先になるのですが、今度機会があったら伺ってみることにしましょう。

>JUNさん
 どうもありがとうございました!さすがお詳しい。原調のH-durは「土の歌」全体だと直前の曲がG-durであるために連続して聴くと大変感動的なんです。原曲では弦のsul-tastoのトレモロで始まっていて、とても神秘的で美しいです。ピアノ伴奏とはまるでベツモノですね。

 明日はいよいよ卒業式です。最近昼夜逆転ぎみの生活をしているのでちゃんと起きて間に合うように式に行けるか心配です (;^_^A

「大地讃頌」の吹奏楽版 投稿者:Jun  投稿日: 3月18日(日)19時18分12秒
ふられたので出てきました(^^)。
作曲者自身による吹奏楽編曲版は『アレグロ1』という楽譜セットの中に含まれていたはずです。確か原調。中小編成バンドを対象としたアレンジです。
H-durは中学生なんかだとちょっと難しいですかね。ちなみに私はバンドディレクターの佐藤正人氏が野田中学校を指導していた頃に編曲した「大地讃頌」の楽譜も所有しています。
(ご本人の許可を取ってコピーさせていただきました。)こちらは大編成向けでC-durだったと思います。合唱がややきつくはなりますが(^^;)。

>しみずさん、私も習志野高校吹奏楽部のファンでして、ここ10年ぐらいの演奏会のビデオ&CDはけっこう持ってます。ただし、第35回のCDは持ってなかった!?
そんな曲が含まれていたとは、知りませんでした。
習志野高校では「大地讃頌」のほかにも團いくま作曲の『筑後川』より‘フィナーレ’もよく歌われますよね(クラブOBのスペシャルアレンジと聞いています。)。
私はこの曲が大好きで、顧問の新妻先生に直接お願いして楽譜をコピーさせてもらいました(^^)。いつか演奏できる機会が来るのを心待ちにしております。

http://page.freett.com/junmwn/index.html


ティンパナータ 投稿者:孝丸  投稿日: 3月18日(日)12時51分56秒
NAPPさん、はじめまして。
いつも興味深く拝見しております。
ティンパナータの話題が出ておりますので思わず書き込んでしまうのですがこれはもう少し長い曲なので3分50秒では全曲録音ではないと推察されます。
そういえば池野先生の音楽にはかつて西村先生が興味をもたれておられました。
そういうこと、西村先生とお話なさっていますか。

恐縮です 投稿者:NAPP  投稿日: 3月18日(日)02時22分35秒
>しみずさん
 とても貴重な情報をお知らせいただきまして、大変ありがとうございました。更には補足もしていただき、大変感謝しております。
 教えていただいたことを手がかりに、この作品についても全曲かどうかなどを調査をしてみたいと思います。おそらく私の周囲にもこの演奏に関わった人間がいるであろうと思いますし、池野先生もかつて東京音大で教えていらしたことがあり、私の周囲にも多少関係者がおりますので、なんとかしてみたいと思います。
 池野先生のヴァイタリティ溢れる作風で吹奏楽作品が書かれている、というのはとてもすばらしいことだと思います。

 「大地讃頌」の吹奏楽版・佐藤眞編曲に関しては、たしかJUNさんがお詳しかったように思います >JUNさん、ふっちゃいました(笑)

 どうもありがとうございました。

「ティンパナータ」について 投稿者:しみず  投稿日: 3月18日(日)00時41分28秒
NAPP様、はじめまして。吹奏楽曲(特に邦人作品)の得がたい情報源としてずっと拝見していました。
下の記述は他サイトでの私の書きこみをご覧になってのことと思いますので、少々補足させていただきます。

池野成さんの“バンドと打楽器のための協奏曲「ティンパナータ」”は、私のご紹介したCDに収録されているのですが、演奏時間は3分50秒ほどです。
これが「全曲」であるのか、または「部分(例えば第1楽章のみとか…)」の演奏なのか、正直なところ判りません。このCDには収録曲についてのコメントが一切無いためです。演奏会のプログラムが入手できれば、この疑問は解けるとおもうのですが…。

CDについての補足も少々。
「習志野市立習志野高等学校吹奏楽部第35回定期演奏会」が正しいタイトルです。平成9年10月4日・10日に行われた演奏会のライブ録音で、CD番号はBCD−97033/34(2枚組)です。製作は(有)ベーシック・ビデオ・アーツ。私は秋葉原の石○電気で昨年入手しましたが、最近は店頭で見かけなくなってしまいました。どこかで発見したら、ご連絡しますね。

余談ですが、このCDには“カンタータ土の歌より「大地讃頌」”も入っています。OBバンドと現役生徒の合唱(多分)で、NAPP様の書いておられた作曲者自身によるアレンジかどうかは判りませんが、大変感動的な演奏でした。


をぉっ! 投稿者:NAPP  投稿日: 3月17日(土)03時42分51秒
某サイトでの書きこみで知ったのですが、池野成先生(以前にこの掲示板でも話題にしたことあり)にも吹奏楽作品があるそうですね。吹奏楽と打楽器のための協奏曲「ティンパナータ」という曲だそうです。習志野高校の第35回定期演奏会のライヴCDに収録されているそうです。う〜ん、これはぜひ手に入れたい!

どうもありがとうございました! 投稿者:NAPP  投稿日: 3月16日(金)04時34分27秒
>かさはらさん
 どうもありがとうございました!今度探してみることにしますね。どちらのCDも興味深い選曲ですね。

 3月一杯はなにかとやらなければならないことが多く、ちょっと更新も掲示板もなかなかこみいったことができないでいます。せっかく見てくださっている方々、申し訳ございません。

ハチャトゥリアンのアルメニアン・ダンス 投稿者:かさはら  投稿日: 3月14日(水)02時22分59秒
初めまして。いつも参考にさせていただいております。
私も市民吹奏楽団に所属していますので、今後の吹奏楽の展開を楽しみにしております。
今後とも、よろしくお願いします。

さて、ハチャトゥリアンのアルメニアン・ダンスについてですが、イーストマンなど、いくつかの演奏があるようです。

Grainger, Persichetti, et al / Eastman Wind Ensemble
Mercury Classics - #32754

Eastman Wind Ensemble
Conducted by Frederick Fennell

1. Lincolnshire Posy (Percy Aldridge Grainger)
2. Symphony for Band, Opus 86 (Vincent Persichetti)
3. Armenian Folksongs and Dance (Aram Khachaturian)
4. Concerto for 23 Winds (Walter Hartley)
5. Japanese Dances (Bernard Rogers)
6. Hill Song no 2 (Percy Aldridge Grainger)


Tears - Khachaturian, Grainger, Ives, et al / Rowell
Albany Records - #206

University of Massachusetts Wind Ensemble
Conducted by Malcolm Rowell Jr.

1. Armenian Folksongs and Dance (Aram Khachaturian)
2. Dance of the New World (Dana Wilson)
3. Early one morning (Traditional)
4. English Waltz (Aldridge Grainger)
5. Molly on the Shore for Band (Percy Aldridge Grainger)
6. Lincolnshire Posy (Percy Aldridge Grainger)
7. Postcard (Frank Ticheli)
8. Down a Country Lane (Aaron Copland)
9. Tears (David Maslanka)
10. Country Band March (Charles Ives)

レスと今後の展望 投稿者:NAPP  投稿日: 3月13日(火)16時11分55秒
>JUNさん
>私の場合はHrを吹いているので、F-durが基本の「ドレミ」になってます
 あ、私だけぢゃなかったんですね。よかった(笑)
 となると、A管やらB管やら頻繁に持ち替えることの多いClの人とか、Saxの人なんかはどう聞こえてるんでしょうね?

>チューニングの音も頭の中ではBの音で鳴ってますし
 今ではだいぶ固定ドになってきたんですが、私は2年間教職のオケでVlaも弾いてたのですが、チューニングのAがB読みの「シ」に聞こえることが度々でした。反対に吹奏楽のチューニングは固定ドだと「シ」に聞こえるので、結局チューニングのときに2種類の「シ」を聞く、ということになってしまっています。なんだか混乱。文章も混乱。


>波平さん
 はじめまして!
 オケと吹奏楽は大きく異なる演奏形態であるのに、吹奏楽がオケのしきたりに追従する部分を多く持っているために色々なところで無理が生じていると感じています。そこらへんももっとこのサイトでも掘り下げてみたいと思っています(更新予告か?)。
 吹奏楽でのファゴットの扱いは色々あるのですよね。日本で多くあるのは「なくても演奏できるようにしてあるもの」。そうかと思えばシュワントナーなんかはファゴットを4本指定してますし。 やはり、編成としてファゴットを入れてあるのだったらきちんとそれなりの扱いをしてあげたいものです。逆に、小編成などでファゴットを標準で含めないような曲ならば、きちんとoptionalって明記しておくべきだと思っています。必要なら必要、オプションならオプション、とはっきりさせておいた方が奏者としても気の持ちようがあるのでは、と思ってます。「どの団体でも演奏できるように」というのは一種の親心なのかもしれませんが、ある程度の規模による編成の違いは必要なような気がします。



 「君が代のすべて」というCDを資料として購入しました。君が代云々は話がややこしくなるのでおいときまして、このCDには陸軍戸山学校軍楽隊や海軍軍楽隊の当時の音が収録されているので興味深かったです。それにしても、君が代の成立に吹奏楽が深く関係している、というのはなかなか面白いことだと思いますね。 他にもグラズノフ編の君が代や、山田耕筰「御大典奉祝前奏曲」などはなかなか面白かったです。

 山田耕筰といえば、関西学院大学のCDに「Song of Kwanzei」という山田作の吹奏楽曲が収録されているのですが(買ってない)、これは校歌なんでしょうかね?でも編曲者の名は書いてなかったのである意味で吹奏楽作品と言えなくもないと思うのですが。

 CDと言えば、CAFUAさんから出ているどこぞの学校の吹奏楽部(名前失念)の「ロシアの響き」というCDにハチャトゥリアンの「アルメニアン・ダンス」(益野さんたちも演奏されますね)が収録されてるのですが、他の曲が全部アレンジものなので未購入でいます。他に同曲が収録されているCDというのはあるのでしょうか?なかったらしかたがないのでこれを買いますが・・・・・

 最近、更新が進んでいません。色々と手がけていることが重なってしまいまして・・・・・
 コラムは書きたいことはあるのですが、とりあえず他の項目を優先したいので先送りにしています。「現代作曲家の吹奏楽作品」と「吹奏楽からみる西洋音楽史」は、ちょうど学部卒と大学院入学の境の時期で資料を持ち出すのに不都合が色々と生じているので4月以降になったら本格的に再調査をしたいと思っています。
 ということで、1年近くほったらかしになっていたCD紹介のコーナーに手をつけたいと思っているのですが、なかなか時間がとれないで困っています。紹介したいCDはヤマほどあるのですが・・・・・ ずっと前に紹介すると予告していたものもまだ手付かずですしね。とりあえずフェルドマン「アトランティス」からいきたいと思っているのですが、これも4月以降かな・・・・・

面白かったです 投稿者:波平  投稿日: 3月12日(月)23時12分38秒
こんにちは。初めてここにきましたが、面白かったです。
どれも興味深い事でした。
私はオケも吹奏楽もやっているのでけっこう日ごろの疑問なんかもすっきりしました。

ここで、私が吹奏楽について不満に思ってる事なのですが。
ファゴットを吹いててつまらないんです。
ファゴットはない団体が多いせいか、編成上あってもなくてもいいようなか書かれ方をされてる事が多いですよね。
常に他の楽器と重なっていてあとからCDを聴いても自分の音が聞こえないというのは寂しいものです。
NAPPさんはぜひファゴット奏者にも楽しめる曲を書いてくださいね。

Re:そるふぇ 投稿者:Jun  投稿日: 3月10日(土)07時09分42秒
>とくにB-durを聞くと「ドレミファソ〜」と聞こえてしまう
私の場合はHrを吹いているので、F-durが基本の「ドレミ」になってます(^^;)。
長年吹奏楽をやってるとチューニングの音も頭の中ではBの音で鳴ってますし(笑)。

私社会科の(元?)教員なもので、ソルフェージュの基礎訓練を全く受けないまま吹奏楽の指導をしてました。音楽家の先生方で、ソルフェージュや和声、楽典をきっちり勉強されてきた方々がうらやましいのは確かです(苦笑)。
そうそう、Wオケ時代に同期でチェロを弾いていた友人がその後指揮者になったんですけど(ドイツにいる岡本といいます)、そいつは音感が抜群によかったですね!

そるふぇ 投稿者:NAPP  投稿日: 3月10日(土)03時11分23秒
 たけっちさん、はじめまして!岡村さん、フォローありがとうです!

 ソルフェですか。なかなか即席で上達するのは難しいのですよね。

 私は絶対音感の能力は低く、基本的に相対音感の人なんです。だから基準音が与えられる新曲視唱なんかは得意なほうだったのですが、聴音はなにかの拍子に基準を見失ったとたんずれてしまうので大変苦労した覚えがあります。とくにB-durを聞くと「ドレミファソ〜」と聞こえてしまう(聴音ではシドレミファ〜と聞こえないとちょい困る)のは長年Trbを吹いていたのと関係があるのでしょうか?

 視唱のほうは特に訓練した覚えがないのでなんとも言えないのですが、聴音では、音大入試の際にこの弱点(?)を補うために色々と対策を考えたのを思い出します。
 和声聴音は腐っても作曲科、ということで和声理論を駆使して、最初の一回で両外声と最初の和音(配置)を取り、響きと機能から類推して全部埋め、二回目以降で確認、ということでかなりラクをしていました(笑)。
 旋律のほうは、とにかく基準となる音をいっぱい設定しよう、ということで一回目で拍の頭の音だけを全て取り、二回目で奇数拍を全部取り、三回目で偶数拍を全部取る、というようにしていました。ここでも和声理論で救われることも多かったです。

 とまぁ、私は「耳で取る」よりも「理論で取る」というズルでソルフェをくぐり抜けてきた(逃げてきた、ともいう)極悪人ですので、なんの参考にもならなかったかもしれませんね(笑)。
 ピアノ科の人なんかはソルフェの能力がすさまじく、どんなに難しい課題でも一回で完璧に取る人が実に多いんです。彼らは一体どうして揃いも揃ってああなんでしょうかね?うらやましい。

 そうそう。バッハの平均律クラヴィーア曲集で自分が暗譜した曲と同じ調だった場合、なぜかスラスラと耳でも取れていたように思います。色々な聴音課題を暗譜しまくって、インターヴァルの感覚を身体で覚えてしまうのもいいのかもしれませんね。あと、机でピアノを弾くフリをしてみると音が頭になる、ということもありした。

 こんなかんぢです。

re:ソルフェージュ 投稿者:岡村  投稿日: 3月 9日(金)01時58分55秒
たけっちさん

>どうやったら、聴音や、
>初見視唱ができるように
>なるのでしょうか。

おそらく、ここで多くの良いレスがあると思いますが、できるだけ多くの人の意見を聞いてみると良いと思います。
私はこの分野に強い方を一人知っています。
東京G大作曲科卒で合唱関連に強い方です。

以下のページは、私のホームページの学習掲示板ですが、時間のある時に質問を投稿してみてはいかがでしょうか。
おそらく、その方が回答して下さる確率が高いです。

そのページで、「フーガ」を詳しく説明している方がそうです。
http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/cgi-bin/bbs/flash/flashlst.cgi

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


ソルフェージュの事で。 投稿者:たけっち  投稿日: 3月 9日(金)00時32分31秒
初めまして。
最近、クラシックに興味を持った者です。
小さい時から音楽が身近に無かったせいか、聴音などが不得意です。
どうやったら、聴音や、初見視唱ができるようになるのでしょうか。
良い練習方法などがあったら、お教えください。
宜しくお願いいたします。

ついに!! 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 6日(火)14時00分01秒
>益野さん、S.O.さん
 とうとう幻の作品が蘇演されるときがくるのですね!益野さんたちの長年の努力がついに報われるわけです。これを機会に今後演奏されることが増え、レパートリーとして定着してくれればよいですね。
 新年度以降の予定はまだ全然分からないので断言はできませんが、私も札幌まで聴きに行かせていただきたいと思います。今から飛行機代ためなくちゃ(笑)
 多くの方が聴きにきてくれるといいですね!

ついに発表ですね 投稿者:S.O.  投稿日: 3月 6日(火)09時07分27秒
いやあ、こんないい情報を何ヶ月も我慢して沈黙を守るのは苦しかったです(^o^)。

実は、その蘇演までの経過については、奇跡とでもいうべきドラマチックな展開もあるのですが、それはまた演奏会の際にでも、益野さん自身に語っていただきましょう。

プロコフィエフやハチャトゥリアン、グレンジャー、ヴィラ=ロボス、チャベス等のなかに、伊福部を加えるのは、正当な評価だと思います。これほど画期的な演奏会は、ほとんど例を知らないですね。皆様、ぜひお聞き逃しなく。

吉志舞の甦演行います 投稿者:益野大成  投稿日: 3月 6日(火)07時09分00秒
 少し前に話題になっていた伊福部昭氏の「吉志舞」ですが、実は私は昨年12月に御本人から演奏許可を頂いております。私が楽譜の所在を確認した98年から打診し続け、最後はお電話で直接許可をいただきました。足かけで4年ですか。それ以前に伊福部先生に吹奏楽曲の依頼をしたことがあり(因縁めきますが、その時「たとえば…」と私の念頭に在ったのは、HTBの放送終了音楽に使われていた、この曲の冒頭主題でした)これは断られましたが、そこから数えると丸5年…。すでにスコアもパート譜も完成しております。

 で、ちょっと意地汚い話で恐縮なのですが、ここまで来たからにはうちの団で甦演一番乗りをさせていただきたいのです。本当は来年6月に懸けるつもりだったのですが、予定を変更して、5月のコンサートにこの曲を懸けさせていただきます。
 まっつん さん、なにか割り込みのようで非常に心苦しいのですが、そういうことで御理解願えませんでしょうか。

訂正 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 5日(月)20時07分44秒
「毎年現音がやっているISCMの世界版」は「毎年行われている現音主催の音楽祭である『現代の音楽展』の世界版」の間違いです。
ISCMは国際現代音楽協会がやっているイヴェントでした。

レスと最近のこと 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 5日(月)20時00分21秒
>JUNさん
 吹楽に関しては先日書きたいことは書いてしまったので特にコメントは無いです(苦笑)。まぁ、過ぎてしまったことに関して特定の団体名を挙げるのはちと可哀想なので、具体的に「どの曲が適さなかった」とは書きますまい(他にも何曲か思い当たりますが)。責任があるのは選曲した人物であって、演奏した団員ではないですしね。 いちおうフォローですが、よい選曲をしたな、と思うところもないわけではないですので、そちらの方は評価してあげたいですね。

 WMDというのは毎年現音がやっているISCMの世界版、というものです。現音によると21回のコンサート(オープニング1、オーケストラ作品展2、室内オーケストラ作品展2、弦楽オーケストラ作品展1、室内楽作品展5、ピアノ・フェスタ1、コントラバス・フェスタ1、エレクトーン・フェスタ1、独奏作品展1、コンピュータ音楽1、邦楽器作品展1、JSCM自由出品展1、現音作曲新人賞1、こどもみらいコンサート2 という内訳。吹奏楽作品展がないのは悲しい限り)と各種シンポジウムからなるイヴェントだそうです。これだけみると「いつものやつとどこが違うねん」と思いますが、多分海外作品も多く取り上げる(約110作品演奏されるうちの約60作品が海外のもの)、というところが違うのでしょうね。

 そういえばISCMの日本の入選作に吹奏楽作品が選ばれたのって初めてなんですよね。歴史的な出来事ではあるのに吹奏楽界の反応はやはり乏しかった。


 吹奏楽でも現代音楽でもないですが、最近あったこと。
 先日リースのピアノ(C1SN)を返却してしまいまして、ちょっと物悲しい気分です。やっぱりそれなりに愛着が湧くものですね。
 それで、それにともなって電子ピアノ(YAMAHA P-80)を購入しました。これには「調律法を変える」という機能がついてまして、通常の平均律の他に「純正律・長調」「純正律・短調」「ピタゴラス音律」「ミーン・トーン」「ヴェルクマイスター」「キルンベルガー」と、歴史的に重要な音律が設定できるようになってるんですね。早速、聴いてみたんですが、実際に聴くと「これほど違うものか」ということに驚きます。正直、本とかで読んで「そんな微妙なもんがはっきり分かるほど違うんかね」と思ってたのですが、まさに目から鱗ってやつです。Bachの「Das Wohltemperierte Klavier」を「平均律クラヴィーア曲集」と訳すのが大変な誤訳であるなどというのは有名な話ですが、ヴェルクマイスターなどで弾いてみると転調による色彩の変化が一層明確になって面白いですね。
 こんな機能を付けてくれた開発者はエライ!

Re:ポルカ集・タンゴ集  投稿者:Jun  投稿日: 3月 3日(土)09時22分14秒
小鍛冶先生の「ポルカ集・タンゴ集1」は「吹楽2」の時ライブで聴いた覚えがあります。
今思えば、やっぱり「吹楽」って画期的なイベントだったんですね!
「1」のライブCDと「2」のライブ&CDに満足して「3」に行ったときには、「あれ、これってこういう趣旨のコンサートだったっけ?」とかなり違和感を感じたのを覚えています(確か中央大学がヴァン=デル=ローストの『スパルタクス』とかを取り上げていて、おいおい、っていう感じでした^^;)。
国際現代音楽協会のイベントっていうのもなんかすごそう(笑)。
興味深いですね。

http://page.freett.com/junmwn/index.html


ポルカ集・タンゴ集 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 3日(土)04時35分21秒
 今日は現音のイヴェントである「現代の音楽展2001」の第1夜「室内オーケストラの領域II」を聴きに行ってきました。ここでは小鍛治邦隆先生の「ピアノと室内オーケストラのためのポルカ集・タンゴ集II」が初演されました。「ポルカ集・タンゴ集」といえば、吹楽において吹奏楽のために書かれた「 I 」の方を知っている人も多いかと思います。今日演奏されたIIは、Iと同じ動機、同じ手法を用いて違う作品としたものでした。それゆえに共通点も多いのですが、独奏ピアノやハンドクラッピングを導入したことでリズム構造がより鮮明になった感じがし、かなり面白かったと思います。
 なお、吹奏楽の「ポルカ集・タンゴ集」は今年の10月に横浜で開かれる国際現代音楽協会ISCMの入選作として、オープニングにおいて演奏されるそうです。横浜のWMD(世界音楽の日々)は日本で初めて国際現代音楽協会の世界大会が開かれる、という歴史的イヴェントなのですが、そのオープニングで演奏されるということで「日本の現代音楽界を代表する作品」として演奏されるわけですね。 10月3日がオープニングコンサートで、「オルガン作品、吹奏楽、伝統音楽」という構成になっているそうです。「吹奏楽」では他にも演奏される曲があるのでしょうか?また、どこが演奏するんでしょうか?楽しみです。
 ちなみに、WMD自体は10月10日まで開催されています。個人的に注目しているのは「こどもみらい2001」でしょうか。これは今後の教育音楽の在り方を現代音楽の視点から考えるもので、世界規模での活動を見ることのできるまたとない機会です。学校の先生がた、ぜひ参加されてはいかが?

(無題) 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 3日(土)04時33分00秒
S.O.さん、谷口さん、レスを頂きまして感謝です!

 さて、私は有名(実力ある)作曲家の書いた「機能音楽」(機会音楽、とはちと違うような気もするけど適当な言葉が思いつかないので私がつくった造語です。「式典音楽」というのがしっくりくるのかもしれない)というものには、一応それなりの価値は認めているつもりではあります。S.O.さんが書かれている通り、やはりそこらへんの自称作曲家が書いた作品とは細部から違いが見られます。間宮「岩木」や、黛のマーチなどには常人にはできないような発想とそれを支える技術が見られます。
 矢代作品などにしても、確かに「式典音楽」としての完成度は非常に高いですし、かなりの水準の芸術性も認められます。でも矢代作品全体を見渡したとき「ピアノ協奏曲」や「ピアノ三重奏曲」と比べると、やはり「こういった傾向のものも吹奏楽のために書いていて欲しかった」と思わずにはいられません。所詮無いモノねだりなのは分かっていますが、「機能音楽」だけではなく「芸術音楽」としての吹奏楽作品も遺して欲しかったのです。
 谷口さんが書かれている通り、与えられた枠の中で自己を表現するのも作曲家の仕事・能力の一つであります。考えてみれば、過去においてもミサ曲などでは曲の目的・順番・形式・典礼文など様々な規定の上で作品を書かなければならなかったのですからね。「機能音楽」が決して劣っている作品だとは思っていません。ただ「機能音楽」はその場、その時に演奏されたときに最大の演奏効果を発揮するものだと思います。会場から離れてホールの中で演奏されたとき、本来の演奏効果を発揮する術を失い、表面的な音のみが流れてしまっているように思えてならないのです。そうした一種の「抜け殻」と、音楽単独でも完成された演奏効果を持つ「芸術音楽」(この言い方も不適当か)を、何のハンデ(?)もなしに同じ土俵のうえに乗っけてしまうのにある種の不公平さを感じるのです。 蛇足ですが、私はこれと同じような理由からオペラを視覚効果なしに鑑賞することに強い抵抗感を感じています。

 たぶん、どの作曲家にとっても式典のために書かれようが、音楽の演奏会のために書かれようが、自分の作品である以上、わけ隔てなくかわいい自分の分身であるはずです。「日本の作曲20世紀」などで「その他の音楽」として劇伴ものや放送音楽をないがしろに扱うような分類をするのは作曲家本人ではないのですよね。
 結局、私の至ったこのサイトでの扱い方は、「機能音楽」も「芸術音楽」も一緒に載せ、曲の成立の紹介において「○○のために書かれた」と明記し、読み手側に判断をゆだねることとしたいと思います。ということは、また調べなければならない事項が増えてしまった、ということになっちゃうんですけどね(笑)。

 そうそう。「作曲の段階で制約を受けたものは作曲家の自由な表現ではない」という強硬意見を耳にすることがよくあります。いい機会ですので私見を書いておきます(この掲示板を見ている作曲科後輩諸君のために)。
 私は思います。「制約を受けない作曲なんてのはありえない」と。例えば管弦楽のための作品を書く、となったら「編成がオーケストラである」という時点で一つの制約が生まれている。また、演奏者が人間である限り、技術的な限界というものは必ず存在する。このような様々な「制約」の存在に気付かずに「自分は完全に自由に表現している」というのは仏陀の手の平の上の猿と同じことだと思うのです。作曲をする上で大事なのは「不可能を書き散らす」ことではなく、「いかに限界ギリギリをいけるか」だと思います。可能な範囲でやれることを目一杯やる。そのためには「どこが限界なのか」を見極める能力と知識が必要だと思うのです。 だから私の曲は異常に演奏が難しいんだよ(言い訳?)


 あ、勿論私は学者でもないですし、作曲家としても見習の見習もいいところですので、こんな重大なことを「こうだ」と言いきれるほどの人間ではないです(笑) みなさん、言いたいこと言いましょう。

訂正 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 3月 2日(金)08時24分22秒
>駄作の傑作も
駄作「も」傑作も、でした。大変失礼!

音楽と社会的制約 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 3月 2日(金)02時23分18秒
この辺は、案外微妙なところでもあると思います。いずれの音楽作品も、何かしらの機会があってこそ、公の演奏会で演奏されるので(MP3で配信するのは、コストが安いため、単に「自分が作りたいから」ということだけで作って発表することができますが)、特定の音楽作品を、その社会的な機能から、完全に切り離すことは、本当はありえない訳です。しかし、大抵の場合、楽譜という抽象的な記号を通して後々演奏され、場合によっては、機会や機能の文脈を離れても演奏される機会の多いものも、あると思います。

例えば、ディヴェルティメントやセレナードのすべてのすべてが駄作ではないし(例えば、《グラン・パルティータ》や《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》など)、クリスマス・オラトリオなど、宗教と結び付いた機能音楽には名作もたくさんあるでしょう。

問題は、特定の機会のために書かれた「から」芸術作品ではないとする、見る側の問題でもあるような気もいたします。分類はしても結構だと思いますが(資料的な便利さということで)、それによって、作品の価値(これについて言い出すと、またとんでもないことになりますが)が偏見を持って類推されてしまうことのないよう、自分も含めて注意する必要はあると思います。

NAPPさん
>「作曲家の内的必然によって書かれていない」という点では「芸術音楽」とは一線を隔し
>た「機能音楽」と言えましょう。
作曲で飯を食っている人の場合、やはり作曲活動を支える人があってこそ作曲ができるので、委嘱した人が考えている特定の機会や社会的機能というのは、「芸術作品」であろうとも、切り離せないとは思います。しかしそこに、どれだけ作曲家自身の思索が盛り込めるかどいうかという、その度合は、作曲家自身と委嘱者、聴衆や演奏会場などの要因によって変わってくるでしょう。内的必然性というのは、たとえ機能音楽(機会音楽)の場合にも、あるのではないですか?(もちろん、NAPPさんも、このことをご存じだと、私も理解しております)

>S. O.さん
>いずれにせよ、機会音楽(吹奏楽曲?)ばかり書いている人の作品なんて、流行歌と同じ
>で、すぐに廃れますよ。
それはどうでしょうか? クラシックの外を見てみれば、ナツメロ・ブームというのは長く続いていますし、流行歌として書かれた曲が、時代のフィルターを通して「古典」となることは、よくあります。アルフレッド・リードの名前も、今のところ不動のようにも見えますし。

>そうして、その作者も、すぐに忘れ去られます。
話を「流行歌」に持っていきますと、いわゆるポピュラー音楽の難しさは、民謡と良く似ているところがありまして、作曲家の名前というのは、それほど曲のアイデンティティーには重要でないことがあります。聴き手が覚えているのは、「あのメロディー」「あの歌詞」、そして、それらから連想される、時代やその時の出来事なので、作曲家というのはそれほど表に出てこないものだと思います。古賀メロディーのように、有名なものを除いては、作曲家の名前が出てこないのが、ポピュラー音楽の一つの特色であるようにも思えます。

>それに対して、きちんとした評価を受けた芸術音楽の作者は、その名声と共に、
>芸術音楽と機会音楽の区別なく、数百年後も研究され、演奏され、また愛聴さ
>れるでしょう。それは、クラシックの歴史が証明しています。
これも難しい問題で、クラシック・ファンの考えているクラシックのレパートリーの大半は、すでに時代のフィルターを経て残ったもののみの大半なので、例えば、べートーヴェンの同時代には、彼の他に何千という作曲家がいたに違いないのですが、残ったのはベートーヴェンを含めた「大作曲家」だけなのです(少なくとも、音楽史を書いた人たちにとっては)。もしも、当時の人が、現在のようなCDや、容易な楽譜出版、MP3などを持っていたら、隠れた名曲がたくさんあったかもしれません。
現代のポピュラー音楽の場合には、現代クラシックと同様、駄作の傑作も同時代的に聴いているので、過去の名作と現在の駄作を比べる危険性のあることも考慮すべきでしょう。ポピュラー音楽と、現在われわれが呼んでいる音楽の中からも、私は「古典」となるものが出てくると思います。しかもそれは、(楽譜ではなく)録音という媒体を通して残るのではないかと考えています。

あ、あと、私も音楽学者の端くれですが、(他の方はともかく)、ちっとも「エライ人」ではありません。どうぞよろしく (^_^;;

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


訂正 投稿者:S.O.  投稿日: 3月 1日(木)19時37分50秒
機会音楽 ==>機能音楽(これも、本当に正しいのかどうかよくわかりません。)

芸術音楽と機会音楽 投稿者:S.O.  投稿日: 3月 1日(木)18時12分55秒
 音楽学者ではないので、私ごときが言及するのは気が引けるのですが、私は、芸術音楽の作者として評価された人の場合、機会音楽(この言葉が正確かどうかは、判断できませんが)を区別する必要はないと思います。
 例えば、武満の音楽は、トーンクラスターを使った管弦楽曲もあれば、合唱曲や歌謡曲、映画音楽まで、多種にわたるわけですが、芸術音楽のみを彼の本質としてとらえるのは、必ずしも正しいこととは思えません。実際、先日亡くなったクセナキスは、映画「怪談」の音楽を絶賛しているわけです。もちろん、武満の作った歌謡曲だけで彼を評価することは間違いですが、かといって、全作品から機会音楽を除外して語るのもまた間違いではないでしょうか。例えば、国体のための行進曲に、トーンクラスターやらチャンスオペレーションを使って、「おおっと、選手団が混乱していますっ!!(アナウンサー)」というのでは困りますし、要求に対して、相応の音楽が書けるというのも、大きな才能だとも思います。
 それに、芸術音楽で評価された人の機会音楽というのは、やはり、ほとんど機会音楽(吹奏楽曲?)ばかり書いているような人と比べて、違った仕上がりになっていると思うのです。例えば、NAPPさんも片山杜秀さんもあまり高い評価をしていなさそうな矢代の「白銀の祭典」ですが、私は、この風格というか、荘厳な雰囲気は、ど素人や二流以下の作曲家には、なかなか出せないと思うのです。つまらない作者だと、変な演歌や流行歌風になったりして、恥ずかしいようなメロディになってしまいそうですが、たいしたメロディとは思えないのに、えもいわれぬ感銘を与えるところが矢代たる所以ではないかと思うのです。
 それと、もう一つ忘れてはならないことは、作曲家自身が、そういう機会音楽をも作品として発表している限りは、それを除外することは、作者の意図に反すると思うのです。もし、作者が本当の失敗作と思っているのなら、出版したり録音させたりせずに、破棄しているはずですよ。楽譜を残しているというような場合は、多少なりとも評価されたいという未練があるからに違いありません。

 いずれにせよ、機会音楽(吹奏楽曲?)ばかり書いている人の作品なんて、流行歌と同じで、すぐに廃れますよ。そうして、その作者も、すぐに忘れ去られます。それに対して、きちんとした評価を受けた芸術音楽の作者は、その名声と共に、芸術音楽と機会音楽の区別なく、数百年後も研究され、演奏され、また愛聴されるでしょう。それは、クラシックの歴史が証明しています。

>「吉志舞」
 うぐぐ・・・・(意味不明;-)。

尾高賞 投稿者:NAPP  投稿日: 3月 1日(木)01時35分32秒
に北爪道夫先生の「地の風景」が決定しましたね!私、この初演を聴きに行ったのですが、以前尾高賞を受賞した「映照」、昨年尾高賞候補となった「始まりの海から」の流れを組む一連のシリーズの作品としてとても気に入っています。よかったよかった。

レスがつかなくてちょっとさみしいNAPPでした(苦笑)