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自嘲 投稿者:NAPP  投稿日: 5月31日(木)02時55分15秒
どうも自分の書いている文章中の「芸術」という単語がひっかかります。なんか偉そう。「オレはスーコーなゲージュツやってるんだぜぃ」みたいな香りがプンプンする。 私は「なんか新鮮な感覚はないかなぁ」とか、「(いい意味で)衝撃的な瞬間に会えないかなぁ」とか、そういうことを音に求めて、自己陶酔したいだけ(?)なんで、なんか「芸術の本質がどうの」とかいうのに歯が浮く感じがします。
 「なんかワクワクすること探したい」くらいのことを命懸けて(笑)やってるだけなんで、なんだか「芸術」って単語は好きぢゃないです。でも、他にこういった活動を表す一般的な単語が思いつかないんで、しょうがないからそう書いてます。

>ヒロナリさん
 続けること、伝えること。どちらも大切なことですよね。
 サイトの方、遅れ馳せながら拝見させていただきました。すばらしい活動をされていますね。どうか、表現と経営の両立、がんばってください。

NAPPさん、ご苦労様。 投稿者:ヒロナリ  投稿日: 5月31日(木)01時48分02秒
NAPPさん
複数のレス、ご苦労様です。

「芸術」を存続させるためにも、
聴いてくれる人々、興味を持つ人々を
常に育てなければならない。
だから客寄せプログラムもやり、
マニアックなプログラムもやる
演奏家集団を目指しています。

んで、
チケットノルマを止めて、
どこまで経済的に活動可能かを実践します。
複数の「先生」という空虚な権威に胡麻を擦ったって、
彼らは生活費稼ぐために保守的で未来は厳しいと思いますし。

どうぞご無理をなされぬように。

http://www.musicunit.net/


亀レス 投稿者:NAPP  投稿日: 5月30日(水)23時46分59秒
 ほったらかしでごめんなさい。5月13日以来のレスになります。その間に書きこみをしていただいた多くの方、ありがとうございました!!
 う〜ん、なかなかサイト運営にかける時間がとれないです。7月15日位まで忙しそうです(涙)。

 まずは、「音楽と経営」以外の投稿に対するレスです。過去ログと並行してお読み下さるといいかと。

>S.O.さん(5月14日 >湯浅譲二先生)
 ミヨーからは「ポリトーナルを経ての多調的無調」を学んだそうです。これの影響が見られるのは最初期の作品である「ピアノのためのスリースコアセット」など。
 あと、具体的にどのような作品から影響を受けたのかは聴けずじまいでしたが、唯一作者名と作品名ともにおっしゃたのは「コープランドのクワイエット・シティ」でした(もちろんTrpと弦楽のほう)。

>IDLERさん(5月15日 CD)
 お久しぶりです!
 北朝鮮の音楽とは、なかなか珍しいものをお聴きになられましたね。
 LZFELTさんがお書きになられているように、このような作品を、例えば日本なんかで演奏するのは確かに難しいでしょうね。「音楽が国境を越えるなんて嘘だ」というのはある部分では真実で、ある部分では一概にそう言えないのかな、と思ったりします。例えば北朝鮮の音楽を非共産圏で演奏できない理由は、その音楽の成立した社会的背景やその国家の固有の考え方などが後ろにあるからだと思います(テキストがあったらなおさら)。こうした背景を考えると「国境を越える」ことはとても難しいですね。
 でも、もしそれらの予備知識を全く無しに、ただ音楽だけポンと聴かされたときに、その音楽に対して必ずしも猛反発するとは限らない、もしかすると「いい曲だなぁ」なんて思うかもしれないですね。このように作品が単純に「音楽」として聴かれた場合には「国境を越える」ことがあるかもしれない(あ、「音楽」という語に社会的背景を含めないのか、という疑問はここでは置いておいて「物理的現象によって心理的効果を与えるもの」くらいの意味で「音楽」という語を用いています)。
 音楽を「その成立背景まで含めて評価すべきだ」という考え方と「音楽は音楽のみで切り離して聴かれるべきだ」という考え方の対立は、それこそ「ショスタコーヴィチの証言」論争みたいに非常に難しい問題だと思います。私はどちらの主張にもそれぞれに思うところがあるし、どっちが正しいと断言することはできないのですが。チャイコフスキーの「1812年」がフランスでなかなか演奏されなかった(今はどうか知らないけど)のと、規模こそ違うけど似ているかもしれない。

>未熟者さん (5月16日 教えて下さい)
 どうもはじめまして!
 オーケストレーションの本、というのは実はなかなか無いものでして、これといった決定版はないですね。楽器法の本でしたら「作曲ノオト」のところにちょっと紹介しているのですが、これらはあくまでも個々の楽器の用法であって全体に関してはイマイチだったりします。
 それでもお勧めはと言うと、なんといっても伊福部昭の管絃楽法の下巻でしょうか。ただ、非常に専門的で読みづらく、時代的にもちょっと古いのが難点ですが今のところこれを超える本はないのではないかと思っています。
 初心者にお勧めなのは「交叉法」などの基礎的な手法も紹介されている「管弦楽法概論 新総合音楽講座8」(ヤマハ音楽振興会)でしょうか。河江一仁氏の著作です。値段も1800円前後と手頃です。
 あと、やっぱり多くの作例を参照するのが一番の近道ですが、これには白水社の文庫クセジュシリーズの中の「オーケストラ」(アラン・ルヴィエ著)がよいガイドになると思います。ここに紹介されている作品(クセナキスくらいまでカバー)を順次聴いて行くことでバロックあたりからの管弦楽法の変遷がたどれるでしょう(ちょっとフランスに偏ってるのはご愛嬌ですが)。


>にへさん(5月16日 お久しぶりです)
 ご無沙汰しておりました。 マタイとはなかなか大胆ですね(笑)
 編曲に関しては最近私も色々考えてまして、もっと面白いことできないかな、と思ってます。例えば最近「展覧会の絵」の「PfとOrch版」というCDを聴きまして、いっそのこと同じ曲を徹底的に色んな編曲をするのも面白いかな、と思うようになりました(パガニーニヴァリエーションみたいに)。展覧会ですと吹奏楽には高橋徹版という秀作がありますが、それに負けじとやってみるのも面白そう(カナリ勇気ガイルケド)。例えばホロヴィッツ版から起こしてみるとかね。
 あと、ピアノ曲からトランスするのもありきたりな気がしてきたので、いっそのこと同じピアノでもブゾーニ版からアプローチするのはどうでしょう?いわば「二次編曲」(笑)。

>IDLERさん(5月21日 作曲家辞典)
 えっと、これ、あります。ただうちの図書館にある本なので正確なタイトルなどは今は分からないのですが。もっとも全作品を網羅しているわけではないですし(結構な量は紹介してますけど)、全世界の作曲家が入っているわけではないのですけれど。調べておきますね。
 あとは大雑把でよければ音楽之友社の新音楽辞典・人名編は意外と情報量が多いです。本格的に調べたいならやっぱりニューグローブでしょうか。他の項目もいっぱいありますけどね。第二版(英語)と日本語版の両方が参照できればなお確実かと思いますよ。

>畠中さん(5月21日 楽しかったです。)
 同人吹奏楽団さんの演奏会では本当にお世話になりました。久し振りに美味しいお酒を呑ませて頂きました(笑)。ラーメンも美味しゅうございましたよ。
 また余裕ができましたら勉強させていただきに伺いたいと思います。建築関係のお話も大変刺激的でした。貴団の音も録音で聴かせていただきましたので、その感想や、そこから考えたことなど、ご迷惑でなければそちらの掲示板に書きこませていただきます(いつになるか・・・・・涙)
 実は先日武満賞の折に津田先生とちょっとだけお話をさせていただき、例の楽譜も見せていただきました。何かお手伝いができることがありましたらお申しつけ下さいませ。
 同人吹奏楽団さんの演奏会は実に感慨深いものがありました。S.O.さんがすでに感想を書いてくださっていますが、私もじっくり時間をかけて所感を書ければいいな、と思っています。
 #S.O.さんにもお会いできてよかったです。また機会がありましたらお話をさせて下さい。

>S.O.さん(5月24日 閑話休題)
 課題曲についての提言、興味深く読ませていただきました。
 毎年委嘱作品というのは含まれてはいるみたいですが、いまいちその後のレパートリーとして定着していないように感じています。う〜ん、なんでなんだろ(ちょっと脱線)。
 忘れられた過去の名作を加える、というのは実に有効なアイデアだと思います。ただ、例の「時間制限」のために毎年加えていくには、ちとそれに適する曲がそんなにあるのかな、という気はします。もっとも私が知らないだけだし、邦人作品という枠に捕らわれてしまっているからだ、ということもあるのですけれど。
 ところで、このコンクール課題曲公募を兼ねた朝日作曲賞というものですが、これは合唱の朝日賞と吹奏楽のものとを比べると、そのあろうとしている方向が実に違うことに気付かされます。吹奏楽のものはあくまでも一過性のものになってしまいがちであるのに(吹奏楽の気質にもよるのだろうけど)、合唱のほうは全然違います。合唱ではその後のレパートリーとして成立するように組曲方式で公募し、合唱コンクール課題曲となるのはその組曲のうちの1曲のみです。コンクールが終わった後も「全曲やりたい」という意欲を喚起し、やがて課題曲という枠を離れてレパートリーとして定着するように工夫してあると思いませんか?(合唱の一曲というのは実に短いために課題曲1曲だとレパートリーになりにくい。合唱曲は組曲であるのが圧倒的に多いのはそのため。)
 吹奏楽の課題曲が「使い捨て」傾向にあるのは納得がいかないです(いいのが無いから、ってか?)。

>S.O.さん(5月29日 似たようなHPが(笑))
 基本的に、あのような作曲家の作品の存在が多くの人に知ってもらう機会(場)が増えてくれるのは歓迎ですね。特に、私のサイトでは基本的にはいわゆる「バンド・コンポーザー」を除外していますので、その中の佳作を取り上げてくれている点で期待していますし、うちとはそこで差別化されるのではないでしょうか(うちはあくまでも吹奏楽と他の音楽形態との接点を目指したいので)。
 まぁ、「大前哲が入ってるのに西村朗が入ってない」とか、好みに走ってるのかなとか、ちょっと人選に疑問がないわけではないですけど、今後どのようになっていくのか見てみたいですね。
 飯島先生とか天野先生とか、うちにも作品リスト提供してくれないかしら(笑)

>にみにみさん (5月29日 邦人作品リスト)
 でも、収録CDのデータが参照できるのはすごく便利ですよね。うちのリストでそれやったら、CDの枚数が少なすぎて悲しくなっちゃいそう。

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 では、「音楽と経営」(勝手に命名)に関するレスを。
 議論をしていていただいたLZFELTさん、ののさん、ヒロナリさん、岡村さん、谷口さん、どうもありがとうございます!

 「音楽が国境を越えるか」というようなレスのところにも似たようなことをちょっと書いてますが、「音楽活動の是非を音楽以外の観点から問う」ということがいかに難しく、かつ重要な問題であるかがよく分かりますね。「音楽だけ」で経営のことを考えないでいいのであればLZFELTさんの主張に反発する人は多いでしょうし、実際に経営の事を度外視して音楽をある意味で「神聖化」している人というのは大多数でしょう。しかし、音楽活動をまず「存続」させていこうという立場(必要な経費のことを考る人達)からすれば経営度外視の「音楽最優先主義」の人達の考え方がいかに甘いものか、と考えているかもしれません。後者の「経営派」はおそらく少数派なのでしょうけれど、だからこそ得がたい視点でもあります。そして、おそらく音楽文化が前進しつつ存続していくためにはこの両者の立場それぞれが必要不可欠でしょう。ですので、この場で議論することは決して無駄なことではない、ということをこの掲示板をお読みの方々にはご理解頂きたいです(以上、管理者としてROMされている方を含めて皆様への前置きです)。

 で、まず私個人の立場なんですが、私は一応専門が作曲なんで『「お百姓さん、牧童」や「料理人」の立場』となります(5月18日、LZFELTさん たとえ話)。極端な話、「そんなことだと餓死するぞ」と言われても「死んだほうがましさ」くらいの心構えでこの道を選んだつもりです。まぁ、正直死ぬのはいやだけど(笑)、そんな活動のどこかにちょっとでも共感してくれて支援してくれる(仕事、お金をくれる?)人が出てくれるくらいでないと、この道を選んだ意味はないでしょうね。
 さてさて、私なんぞの個人の話はどうでもよくて、大事なのはこういった「職人気質」な人達を抱えている「経営者」の立場にある人のことでしょう。私はその立場にはなく、自分のなすべきことで手一杯だ、なんて言っちゃうと話が終わってしまうのでできるだけ中立の立場で考えるよう努力します(ホントは中立ってのは半端なもんで、自分のなすべきことをしっかりやって、他の部分はそれぞれのスペシャリストに任せてどこかで折衷するのが一番いいんだろうけど)。

 極端な話、お金を儲けるだけの演奏会だけをやればいいのであったら案外簡単なことなのかもしれません。色んな手があるでしょうけれど、まぁ、確実に「お客が呼べるプログラム(ジャンル問わず)」というものはあるでしょう。でも、「確実に儲かる」というのは、やはり聴きにくる人が「どんなものが演奏されるか知っている」から起こることではないでしょうか。未知のものにお金を捨てる勇気を持った人(あるいは未知なるものに出会う喜びを知っている人)というのは音楽に関してはなぜだか少ない。ということは、確実に儲けるようなプログラムでは新しさを求めることは殆ど期待できない(限界がある)、ということになりませんか?それって「芸術」の本質から外れてしまうような気がするのです。だったら「客を呼べるもの」と「新しいもの」を抱き合わせればいい、というのは短絡的な考えで、それは演奏会全体というもの自身を一つの大きな表現物として捉えていないのでしょう(多くの吹奏楽団の演奏会の一部と三部に共通のメッセージがみえますか?)。
 ちょっと話がずれました。ともかく、いかに宣伝方法を改善したとしても、最終的に聴衆に聴きに来るかどうかを決定させるのはその演奏と選曲です。演奏団体というのが本質的に「お金儲け集団」ではなく「新しさを追求する集団」である以上、多少の損失(?)も覚悟しないといけない。そこを補うために助成金というものがあるわけなのですね。「助成金はもらえて当然」というのは大それた考え方ではあるのですけれど。

 価値観の相違、というのは怖い言葉ですね。自分で何度も使おうとして自戒してることに気付く。でも、結局そう言うしかないのかもしれない。
 オーケストラなどと一般社会人との価値観の乖離がヒドイ、というのは確かにその通りかもしれません。なにせ音楽家というのはそのような一般ずれした価値観(芸術を求める上では必ずしも悪いこととは言いきれないのでは)を持つ人が多いですし、美術などと違って音楽は基本的にそういった多数の音楽家が集まって活動するものですからね。LZFELTさんが書かれている(5月18日 お金の話)ように雇われていることで「切り離されている」かもしれません(実際にはそれぞれが生徒を持っていたり、大学で教えていたり、小人数アンサンブル活動などもしていたりするのですが。あとちょっと意図と違うでしょうがコンポーザー・イン・レジデンスという制度が日本にもあります)。
 う〜ん、段々LZFELTさんの言いたい話題とかけ離れて行くのが自分でもわかる(苦笑)。

 では、せっかく具体例をだして頂いているので、それについて。
 まずヒロナリさん、チケットノルマのお話(5月20日 はじめまして)ですが、これは私の周囲でもよく聞く話ですし、私自身もノルマを課せられたことがあります(苦笑)。確かに運営は成り立ちますが、やっぱり巻き添えをくってチケットを買わされた人がしょうがないから演奏を「聞かされている」のを見ると、なんとも複雑な気分でした。やっぱり聴きにきたいと思ってくれた人に聴いてもらいたいなぁ、と思いました。
 LZFELTさんに出して頂いた具体例(5月26日 たまには具体例をひとつ)。
 なるほど、確かにある程度の目安を示すのは有効な判断材料になるかもしれません。でも、やっぱり音楽関係の値段相場というのは基本的に時価なんですよね。それも相当幅のある。演奏会の規模、目的、時間、編成、使用する打楽器やエキストラ、会場までの距離、作品ごとに異なる著作権料、などなど。簡単に一覧表が作れるようなものではないと思うのですよ。「大体これくらいだろ」と思って頼んだらそれより高かったら、最初からその値段を提示されていたときよりも腹が立つでしょうしね。
 また、演奏家によってもだいぶ値段は違うでしょうね。有名なところでは某作曲家兼指揮者、L.ベ○オは他の同業者に比べてベラボウに高いギャラを要求します。でも、値段が高いからいい演奏家ってわけでもないんですよね。しかしながら、このギョーカイのことを全く知らない人は、とりあえず値段が高い人がいいもんだ、と見ている人はきっと少なくないはずです。
 んで、私個人に関して聞かれてますんで、それに関して。
 作曲の場合、というのは演奏団体よりもっと時価の要素が強いですね。やっぱり「できてみないとわからない」というのもありますし。楽器によって得手不得手がありますので編成によっても変動するかもしれないし(私の場合、なんとピアノソロよりもオケの方が完成が早い)、報酬が金銭とは限らないことさえあります。それは、自分が今後の活動をする上での貴重な経験をさせてくれるような委嘱の場合、その経験を報酬の一部と考えさせてもらうことがあるからです。あと、同一編成、同じ時間でも音符の数が大きく違ったり(多けりゃ高いってもんでもないし)したら、ぱっと見「手抜き」と思われるのも心外ですしね。
 それよりも、やっぱり私は値段ではなくて、音楽上の理由から頼まれる方が嬉しいですね。たしかにある程度の相場を発表していれば気安く頼んでくれる人も増えてくれるでしょうけど、やっぱり興味をもってわざわざ値段を問い合わせてくれる人のために書きたいですね。値段を発表しないことで客を選んでる、とも言えます。「そんなことでは飢え死にするぞ」って言われちゃいそうですけど、やっぱりそこは「価値観の相違」。死んでやる、くらいの覚悟は欲しいですね。

 ところで、以上のことって全てプロの音楽家についてのことがほとんどだと思うのですね。アマチュアの演奏団体って、演奏活動によって「クラシックを広めよう」とか「地域文化を向上させよう」なんて思ってないのではないかしら。失礼な言い方かもしれないけれど、きっとそれらに助成金を出している市町村の見解は「なんか演奏活動をやっている=地域文化が促進された」であって、演奏団体が存在していることに満足してその演奏活動によってどうこうではないんではないかな、と思っちゃいます。
 こういったマネージメントの問題っていうのは、やはりプロの人達にこそ意識してもらいたいものですね(国立音大のアートマネージメント科の人とか、見てないかなぁ)。


 でも、音楽財団の財政難が現代音楽界に与えている現状っていうのは、皆さんが思っているより深刻なんですよ。来年度のコンポージアムは湯浅譲二先生が審査員ですが、行われるはずの「湯浅譲二作品管弦楽個展」は資金不足のために中止になる予定だそうです(そういえば今年は「ファイナリスト自作を語る」がなかった)。これを「金が無いんだからあきらめろ」とするか「なんとかしないと音楽史上の重大な損失」とするか、そこが「価値観の違い」。

 全然関係ない話ですけど、2003年度武満賞の審査員はアメリカのジョージ・ベンジャミンの予定だとか。


 う〜ん、なんだか話がまとまらなかった・・・・・

あれあれ? 投稿者:S.O.  投稿日: 5月30日(水)14時13分39秒
 昨日、見つけたHPの「協力者」が増えている。戸田、福田、酒井の各氏は、昨日はいなかったんですが。
 その上、その作曲家も、リストの中に加わっていますね。私は、福田氏、戸田氏のキャリアを良く知らないのですが、「設立趣旨」から外れて、まるで「響宴」化しているのような気がしなくもない。

やはり、NAPPさんのHPの方が優れていると思うなあ。

「敷島の楽」の「敷島」というのも、引っかかるなあ。

邦人作品リスト 投稿者:Rにみにみ  投稿日: 5月30日(水)12時25分36秒
同じ様なことをやっているような。
もっとも私の場合、「持っているCDから邦人作品を抜き出した」という切り口なので、量質とも足下にも及びませんが(^^;)

吹奏楽以外も入ってるし

http://member.nifty.ne.jp/nimi/JapaneseBandRepartries.html


似たようなHPが(笑) 投稿者:S.O.  投稿日: 5月29日(火)22時31分32秒
 「狩野 伸行」さんと「まっつん」さんのHPみたいなんですが、
http://band.ne.nu/
というのができたみたいですね。内容は、ほとんどこちらと重複しているような気もするのですが(=_=;、とりあえず現在のところ、データの羅列だけです。
ただ、あちらのHPでは、協力者に伊藤康英、池上敏など、7名ほどの作曲家がいるようですし、今後、NAPPさんは忙しくなるだろうから、あちらも要チェックですね。

賛美歌とフーギングチューン第一番(カウエル) 投稿者:S.O.  投稿日: 5月29日(火)21時50分00秒
割り込みにくい感じだったので、控えていたのですが、少し落ち着いたようですので、札幌同人吹の演奏会の印象を続けます。

実は、この演奏会に出向いた大きな要因は、上記の曲の実演を耳にしたいこと、そしてその反応を見てみたかったからです。そもそも、まだ益野さんに会ったことがありませんでしたので、その点も気にかかっていたのです。これだけ個性的な活動をやっていて、団員を引き付けておけるというのは、益野さんは、強権的な独裁主義の恐ろしいヤツであるか、よほど人望がある方かのいずれかであると思っていました。もし、前者だったら、演奏も鬼気迫るものでしょうし、もしかしたら無理を言って演奏をお願いした私も団員の方々から憎まれているかもしれないと思っていました。
 そもそも、いつも益野さんから、「トラ集めに苦労している」とか「ツブレソー」とかいうことを聞かされていたので、演奏は期待できないと思っていたのです。しかしながら、実際には、それほどマズい演奏ではなく(とても上手いとはいえないですが)、音楽に対して共感していただけていることがわかり、少なくとも彼が独裁主義者ではなさそうだということが判りました。そしてなにより、私が気に入り、少々苦労して手に入れたこの曲が、ついに実演され、それを聴けたことに素直に感動し、涙が出ました。
 ただ、演奏としては、他の曲にも言えることですが、すこし焦りがあったようです。もう少し、全体としてテンポを緩めにし、コーダももっと堂々とやれば良かったのではないかと思いました。賛美歌とフーガの間合いも短すぎて、響きの良いホールでは、オーボエによるフーガの冒頭が消えてしまったのが惜しかった。
 しかし、もともとはなかった打楽器パートも追加していただき、実に効果的でありました。とにかく、予想したよりもはるかに良い仕上がりになっており、素晴らしかったです。今後、機会があれば、また取り上げてほしいです。
 それにしても、益野さんは、ちょっと古風で折り目正しい文章からは想像できなかったのですが、唇が厚く、体格もスポーツマン風で、頼れるオトーサンという感じでした。とはいっても、団員を罵倒して自分の価値観を押し付けるような人でもなく、団員からとても頼りにされているようで、ほっとしました。それでもなお、私は、演奏終了後の打ち上げで、「どうだ?どうだ?良かったか?」と、まるですすきの帰りのバカオヤジみたいに、団員の方々に曲の感想を聞いてみました。となりにいた美人女性は、「最初は、よくわからなかったんですけど・・・(@o@;;、練習を重ねるうちに、とても好きになりました\(^o^)\。」と言ってくれました。こう言われたら、また良いネタ仕入れてきたくなりますよねえ(^b^)。

そういえば 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 5月27日(日)00時39分53秒
近藤滋郎著『アマチュア・オーケストラ入門 』(音楽之友社、 オン・ブックス〈71〉)というのがありました。お客さんを呼ぶための実践的なことが書いてあったような気がします。プロ用ではないですけど、結構面白く読めたような気がします。チラシのアイディアとか。もっと専門的な本を知っていると良いのですが (^_^;;

(無題) 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 5月27日(日)00時18分03秒
文字によるコミュニケーションは難しいですね。前回のご投稿では、ちょっと分からなかったので、ご返信は助かります。

>それがわからない人達に向けてのメッセージを発することで、需要を開拓していこうと
>いう主旨で書いているのであります。

でしたら、作曲依頼の値段は、普通どのようにして決まるのかを説明すればいいだけだと思いますが。「いくらいただきます」と書く必要はないと、そういうことです。

「なぜか式典や祭典の主催者に向けての依頼演奏受注のことは書かず」の部分については、私の読み間違えだったようですね(「向けての」の部分を落としていた!)。失礼しました (_ _)。

この例にしても、値段を書くことによって、読み手の側が受ける印象が決定してしまうところが問題ではないでしょうか。本人たちは「ゲイジュツ」でやっているつもりなのだろうに、値段が出されると、こちら側は「やっぱり商売でやっているんだ」と見るでしょう。それが「悪い」ということではなく、こちらは、相手が「ゲイジュツ」しているものだという期待があるわけですね。それが撃ち破られてしまうとうことでしょうか。また、値段は、かなり変動するんではないかと思うんです。啓蒙活動だということになれば、やる側も本当に利益無視でやってくれるかもしれないし、経営を安定されるために、地方公演や定期だと、きっちり料金を取るかもしれない。マネージメントをやっているのは、一応プロなんでしょうから、それはクラシックだろうが何だろうが、同じことだと私は思いますよ。

そこで、赤字だからさっさとたたんでしまおうと考えるか、いや、芸術活動の社会的影響力を考慮して踏み止まるか、その辺だと思うんですね。評論家がもしも影響力を持つんだとしたら、こういう「ゲイジュツ」活動を支持する方向でなければならないでしょう。もちろんだからといって、演奏が良くない場合は、それについても指摘しなければならないですけれど。

レスがつくのは嬉しいけど 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月26日(土)23時49分22秒
 あの、私の書き込みと谷口さんのレスがかみ合ってないと思うのですけど?
>>値段はたいてい交渉できまるものではないでしょうか。
 それがわからない人達に向けてのメッセージを発することで、需要を開拓していこうという主旨で書いているのであります。
 谷口さんや私のように、オケや吹奏の業界に関わりを持っている者以外への配慮が必要だという意味なんです。
>>そういう情報を、式典開催者側が進んで公表するとは考えにくいです。
 演奏団体側が一応の目安として書けばいいのでは?と書いているのに、なんで依頼する側が公表することになるんですか?
>>必ずしも遠くの最高実力のプロが最適ということにもならないと思います。
 東京には七つでしたか八つでしたか、オケがありますよね。複数のオケが同一県内にいるとき、きちんと選んでいるのかなあ。
>>でも、楽団の方は、本当に聴衆を限定しようとしているのでしょうか?
 本心はそんなこと思ってないのに、メッセージをいい加減に扱っているから今日の経済的困窮があるのではないかと思っているのであります。
無意識の善意は確信犯の悪意より質が悪いことがある。

 前に演奏者の姿勢と演奏会の姿勢のことを書いたとき、演奏会にとって良い演奏というのは最低限必要な条件だと書いたのでありまして、良い演奏がいらない、とは書いてません。

 トレーナーに対する謝礼のことでは悩んでいるところがありますね。
 バンドへの(好)影響力と額が見合っているかどうか。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


私だったら 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 5月26日(土)01時59分02秒
作曲するのにいくらいただきます、なんて書いてあるページだと、「なんだ、コイツ、カネモーケしたいのか」って感じに見てしまいますね。値段はたいてい交渉できまるものではないでしょうか。それに、実際は演奏される機会(商用・非商用など)、聴衆の質(良い・悪いではなく、愛好家向け/一般向け/演奏会向け/校歌/祝典音楽といったもの)、長さ、編成など、いろんな要素が絡んでくるので、それをいちいち分類・ランク付けするのも変な感じがします。あるいは○○小節までは○○円、○管編成は○○円、とか、何だか「音符の量り売り」みたいです。実際は音符の数が少なくとも心を揺り動かす音楽はあるだろうし、音符がやたらにたくさんあってもつまらない音楽はあるでしょう。最終的な「商品」は書いてみないと分からないし、初演がその作品のすべてではないはず。だからサイトに値段を書いてみても、仕方ないような気もします。まあ、もちろん出来上がった作品を、委嘱者が気に入らず、委嘱料返還騒ぎになったというケースはあったみたいですけれど。

現実問題としては、「この人に作曲をお願いしたい」と本気で思うんだったら、まず作曲家にコンタクトをとると思います。ネットはその過程が電子メールで出来るので、比較的楽でありますし、それで充分のように思えるんですが。もちろん、Real AudioやMP3のサンプルがあれば、どういう作品を書く人なのかが分かっていいというのはあると思いますけど。やるんだったら、そういう方向の方がいいんじゃないでしょうか。

#確かに、「大先生」はいくらとか、大体の業界値段が分かると便利ですけどね。今の標準的価格、
#みたいな情報があると。でもこれが分かると、交渉の時に、またぎくしゃくしそう。あ、あの人、
#あんなにふっかけてきた、みたいな。どうも金が絡むと、心がすさんでしまいそう。

>なぜか式典や祭典の主催者に向けての依頼演奏受注のことは書かず(たまにあります)、
>そのさいの料金は一切書きません。

これの必要性が見えないです。知らせたところで、「あ、ここ、そんなにお金使ってるんだ。もったいない」くらいのものしか見えないような気がします。そういう情報を、式典開催者側が進んで公表するとは考えにくいです。ただし、情報公開を進めることは大切ですから、聞かれたら答えるべきだとは思います(税金がどのように使われているのかは、払ってる側としては当然知る権利がありますから)。しかし、これは商品購買に必要な情報とは、自ずから質が違ってくるのではないでしょうか。今度の祝祭演奏はいくらかかった、だから見に来て欲しい、なんて、普通言わないでしょう。

「〜に演奏をお願いしました」というのは、その団体に対する感謝を表明することにもなるし、いかに式典が特別なものであるかが分かるので、良いのではないかと思います。新作発表とか初演とかいうのも、作曲家の名前を売るのには良いし、それだけ主催者側に、文化的な関心度があるというのを示すことにもなるでしょう。

>そのとき地元管弦楽団に演奏を依頼したのですが、音楽の先生がつてを辿って依頼をしました。

プロの団体が依頼演奏をするのにいくらかかるのかが分かると便利なことはありますが、こういう場合、必ずしも遠くの最高実力のプロが最適ということにもならないと思います。地域文化の発展のためにも、地元の管弦楽団を使うこと自体には、何ら問題を感じません。

> 問題なのは、その楽団が考えるお客様というものが、「自分たちの演奏会に来てくれる人達」
>であり、「CDを買ってくれる人達」であり、「質問があったら問い合わせをしてくる人達」と
>無意識のうちに境界線を作ってしまっていることです。

吹奏楽(や合唱)というのは、何かしら特別なサークルを作っているように見えることは確かですね。でも、楽団の方は、本当に聴衆を限定しようとしているのでしょうか? 私だったら、なるべく幅広い層の人が来てくれた方がうれしいと思いますけれど。常連さんも大切にしたいけれど、新しいお客さんが来てくれるとうれしいし、これを機会に入団してみたい、なんて言うのは、自分たちの音楽が、人を揺り動かした証拠でもあるでしょう。そういう共感を求めて、日々練習に励んでいる人も少なくないのではないですか?

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


コンポラαの無料演奏会 投稿者:のの  投稿日: 5月26日(土)00時34分47秒
入場料無料でも助成は得ているし、無料なのはソロコンサートの時だけで、アンサンブルコンサートの時は、彼らもそれなりの入場料は取っています。
「ご奉仕」ではなく、収支がベストになる点を探した結果だと思いますが。
ソロをやるのはアンサンブルのメンバーなのでPRになり、アンサンブルの座付き作曲家の作品発表の場も兼ねていることにも留意すべきでしょう。
そもそも収支というのはトータルで合わせるもので、個々のイヴェントが全部黒字になる必要もないでしょう。

たまには具体例を一つ 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月26日(土)00時20分25秒
 みなさんの家の近くにあるお店、CD屋さんでも本屋さんでも八百屋さんでも何でもいいです。
 商売をやっているお店では、こんなことが言われています。
「お客さんがものを買いに来たのに店頭で見つけられないとき、店員に在庫を聞く人は三割ほど。あとの七割は聞かないで帰ってしまう。実は他の商品の下に埋もれていたり、ストッカーの中にあるのだとすると、そのお客さんを手ぶらで帰すのは売り損じとなり、損なんだ」
 だから陳列方法だの仕入れのスピードを云々と言葉は続くのですが、それはともかく。
 日本は昔、商人の国だと言われていましたが、商品を買ってくれる人だけがお客様だと思っている店はのびません。店に来た人全てがお客様であり、今日買ってくれなくても次回に買ってくれる気になるように努力します。店によっては、初めてなら万引き犯ですら心の片隅でお客さん扱いにするところもあります。

 さて、日本のオケ・吹奏問わず楽団で、インターネットのウェブ・サイトで、演奏会のお知らせをする。発売CDの宣伝をする。入場料やCDの定価はどこでも書くのに、なぜか式典や祭典の主催者に向けての依頼演奏受注のことは書かず(たまにあります)、そのさいの料金は一切書きません。(本当に一度も見たことがない)
 もちろん手紙や電話や電子メールで問い合わせれば丁寧に教えてくれるでしょう。
しかし、現実社会の商店の常識では、「お客さんから聞かれたら返事をしよう」という姿勢に凝り固まれば、七割のお客を逃してしまうことになります。
 そのいい例として。昔私のいた学校が創立○周年になり記念式典をやることになりました。
そのとき地元管弦楽団に演奏を依頼したのですが、音楽の先生がつてを辿って依頼をしました。
決していくつかの楽団に演奏の実力や料金や時間の確認をして、一番条件の良い楽団に決めたわけではないのです。
 別にサイト上にそのコーナーを出せば依頼が殺到してくるというわけではありません。
 問題なのは、その楽団が考えるお客様というものが、「自分たちの演奏会に来てくれる人達」であり、「CDを買ってくれる人達」であり、「質問があったら問い合わせをしてくる人達」と無意識のうちに境界線を作ってしまっていることです。式典・祭典の主催者や、独自のつてを持っている人や、内気だったり面倒くさがり屋の人は、こなくて結構!(^^;)

 それにそんなコーナーを作っても、別に演奏家の沽券に関わることではないでしょ?
コーナーを作ることに莫大なコストと時間がかかって、創作活動に支障をきたすわけでもないでしょ?演奏の質には一切手を加えずに売り上げをあげるのには、自分たちの考え方を再点検するところから始めるのです。

 例えばNAPPさん、こういうこともあり得ますよ。
 今度コンクールに出ることが決まったんだけど、やりたい曲がみつからない。ならば作曲家に依頼して曲を作って貰おう。 ヤフーで「作曲家」と検索したら、何人も出てきた。このNAPPさんっていう人はどうかな。
 どんな曲作ってるんだろ。これまでの作品の音源はないのかな。あ、作曲ノオトや作曲部屋がある。なるほど、なるほど。特殊編成はやってくれるかしら。料金や作曲の期間はどれくらいなのかな。・・・うーん、そっちは書いてないや。
 じゃあ次の作曲家のサイトを見てみよう・・・・。

 まあ現実のNAPPさんは、今は忙しくて依頼を受けられないでしょうけど(^^;)、将来的にはどうでしょう?値段の書いてある自己紹介コーナーを作っても、損はないと思うのですが。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


生活と演奏。 投稿者:ヒロナリ  投稿日: 5月25日(金)01時29分22秒
岡村さん、ののさん、LZFELTさん、ご意見ありがとうございます。

無料演奏会では出演者に対してノーギャラになるのでしょうか。
すると、演奏家はどうやって生活資金を蓄えるのでしょうか。

演奏技術を高めるには、数々の演奏会出演を重ねることも必要だと思います。
その度に下手すりゃ実費、よくてもタダ、というのは、何かを提供する人間に報酬が与えられないという、社会に全く認められていない「趣味」の会だと認知されているのではないかと疑います。

大儲けはできなくても、せめて出演者の行為(演奏)を推進するために、演奏会運営をすることで、出演者のギャラを稼ぐことはできないだろうかと考えています。

好きなことをやっているのだから報酬を当てにするな、それだけで幸せだと思え、という反論が生じるなら、
それでは全く社会に疎外されているのだと思います。

話題が続いている・・・ 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月24日(木)23時33分08秒
NAPPさんが忙しい間に話題が進むのはまずいかなぁと思っているのですが・・・。

ヒロナリさん、初めまして。
ヒロナリさんは、なぜ不可能だと思うのでしょうか?
「音楽(史)の常識」にがんじがらめに縛られてはいませんか?

岡村さん、初めまして。
ここで川村龍俊さんをご存じの方と出会えるとは思っていませんでした。(^^;)
川村さんには昔、お世話になったことがあります。今「芸術と経営が仲良くなることを目指して」
は、更新されているのでしょうか?

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


「吉志舞」についての考察 投稿者:S.O.  投稿日: 5月24日(木)22時56分05秒
「吉志舞」について、もうひとつ指摘したかったことを思い出しました。

 先にも申しましたように、この曲は、敗戦後、マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立った際に演奏されたのです。益野さんが伊福部先生から直接伺ったことによると、「アメリカ国歌、日本国歌の次くらいに演奏された」のですが、伊福部先生自身は、「その時、(放射線障害のため)血を吐いて寝ていた」そうです。この事実は、何気ないエピソードのようですが、実は非常に重要なことです。
 当時、敗戦直後であり、占領されるというかつて経験しなかった事態を迎えていました。戦争中は敵国であり、「マッカーサー」は歌にもなったほど、鬼畜の首魁のように憎まれていた存在であったわけです。その人物を丁重にもてなすということは、当時の人々にとっては、屈辱的であったに違いありません。しかし、いかんせん、敗戦国ならば仕方がない。
 マッカーサー元帥を迎えるにあたって相応しい音楽は何か。いくら名作だからといって、「軍艦マーチ」なぞ演奏できるはずがありません。といって、スーザのマーチを演奏するのは、いかにも屈服したという感じがします。しかし、下手に邦人作品など演奏すれば、外交問題にもなり兼ねない。なんとか、アメリカ人相手に差し障りがなく、それでいて日本の誇り・面目を保てるものはないだろうか。そういう考えは、当時の関係者にはあったはずです。
 その結果、選ばれたのが、「吉志舞」だったということです。確かに、聞いた印象では、力強くはありましたが、好戦的な印象は受けませんでした。それでいて、品格を失っていない。まさに、優れた選択であったと申せましょう。

ホントにごめんなさい 投稿者:NAPP  投稿日: 5月24日(木)22時09分49秒
前回のレスからとても時間が空いてしまって申し訳ないです。
今週に入ったらちょっと楽になるかな、と思っていたのですが甘かったです。
話題が話題だけにじっくり時間をかけてレスしたいので気長にお待ち下さい。
必ずレスつけますので・・・・・

※メールを下さった方々ももう少し待って下さい。

閑話休題 投稿者:S.O.  投稿日: 5月24日(木)09時14分06秒
 一昨日、我ながら、なかなか面白いことを考えついたと、後になって気が付いたのですが。

 現在、吹奏楽コンクールの課題曲というのは、毎年4曲新作が選ばれますよね。今年のはまだ聞いていないのですが、最近は、公募で選ばれたアマチュア作曲家ものが多くなっているような気がします。

 課題曲というものは、悪く言えば、コンクールの出場の必要条件として、比較的安い値段で強制的に出版され、流布され、購入させられてしまうもので、なんとなくズルい感じがしてました。しかし、これもモノは使いようではないかという気がしたのです。

 私は、アマチュアの作品を推奨することは悪いことだとは思いませんが、こういう特例を、大部分アマチュアの作品で占めてしまうのは、もったいないと思うようになりました。まあ、プロに委嘱するよりも安上がりなのかもしれませんが。

 そこでアイデアなんですが、この4曲のうち、公募枠は1〜2曲にして、プロへの委嘱を1〜2曲、そして、先日言いましたように、忘れ去られようとしている過去の名作を1曲発掘して加えるというのは如何でしょう。

 これはまさに文化事業の一環ということになり、各方面から賞賛されることになると思うのです。吹連の評価も上がると思うし、課題曲というものの価値も向上すると思うのですが。

 如何なもんでしょう。
 

現代音楽の無料コンサート 投稿者:のの  投稿日: 5月24日(木)07時06分38秒
入場料を取らなければ会場使用料が安くなり、著作権料も払わずに済むので赤字を少なくすることができます。
ノウハウというよりは、最初から儲けるつもりがないコンサートならではの苦肉の策と言うべきでしょう。

ある現代音楽系の無料コンサートシリーズ 投稿者:岡村  投稿日: 5月24日(木)00時56分22秒
ヒロナリさん

>演奏会運営を行い、どのようにして持続させることが可能か。
>そのノウハウを探りたいです。

アンサンブル・コンテンポラリー・アルファの方たちが、6月9日・23日に「無料」で、2回代々木でコンサートを行いますが、この無料コンサートシリーズは続いています。
(助成:日本芸術文化振興基金)

彼らは、そのノウハウを持っているかも知れません。

-----

p.s.
このコンサートには、
あの青いバンダナをつけて、「ヒューヒュー」と
叫ぶ人は、99.99%来ると思います。

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


経営 投稿者:ヒロナリ  投稿日: 5月23日(水)22時51分12秒
実際に演奏会を行う場合、よっぽどの政治的人脈を持つ人か、音楽事務所から評価された大家以外に、「儲けること」は不可能ではないかと思います。

演奏会運営を行い、どのようにして持続させることが可能か。
そのノウハウを探りたいです。

いわゆるクラシック音楽は、日本の世間に馴染んでいない。
いまだに「西洋」音楽である姿を見据え、これからの演奏会運営の可能性を考えたい。

芸術と経営 投稿者:岡村  投稿日: 5月23日(水)01時48分05秒
音楽と経営の話題となると、私のホームページからリンクしている川村龍俊さんの
「芸術と経営が仲良くなることを目指して」
を思い浮かべます。

「私利私欲の金もうけ」とか「楽して大もうけ」ではなく、「効率の良い資金の運用」ということに積極的になることは、音楽の表現活動にプラスとはなってもマイナスとはならないと思います。

たとえて言えば、老後のための資産のためには、同じ積み立て額なら、銀行で貯金するよりも、個人年金の方がメリットがあるような感じです。
「経済的にマイナスを防ぐ」あるいは「資金を活かす」ことであれば芸術と対立するものではないと思います。

http://www.pa.airnet.ne.jp/xokamura/


吉志舞(伊福部昭) 投稿者:S.O.  投稿日: 5月22日(火)22時37分16秒
まず、今回の目玉だったこの曲から。
 とにかく、文句なしの「伊福部」の音楽でした。マーチのテンポではありますが、いわゆる典型的なマーチの形式をとっていません。ただ、前半で、バリトン(ユーホニウム)に魅力的な対旋律が出てくるのは、ドイツマーチ(例えば、「旧友」)の影響かとも思われます。また、冒頭で提示されるモチーフが、雅楽調に変化するところなど、盟友早坂文雄の影響か?とも感じられました。後半に向けて、まるで「日本狂詩曲」の最後のように音楽はエネルギーの発散を強め、精神を高揚させる迫力のある音楽になります。このあたり、管打楽器の持つパワーを引き出すことに成功しています。そして、エネルギーが最高潮になったところで、突然終わらせてしまい(例えば、交響たん詩第一楽章のような)、興奮の余韻を残す。見事な計算です。
 時々、「ロンド・イン・ブーレスク」の断片が見え隠れするのがご愛嬌ですが、私としては、初めて耳にする部分がほとんどで、実に興味深く聞かせていただきました。木管に厳しい音域を要求しているようで、特に後半はしんどそうでしたが、大学生程度ならばこなせると思います。オーボエのソロがあったりして、この当時のマーチとしては、あまりにもユニークすぎたのではないかと思いますが、敗戦時にマッカーサー元帥が来日した際に演奏されたという事実は、やはり対外的に聞かせても恥ずかしくないという思いがあったのではないでしょうか。私は、日本的情緒を宿したコンサートピースとして、現在でも充分通用すると思います。伊福部ファンならばもちろん、そうでない人でも充分楽しめる、魅力的な作品でした。
 私は、以前から、「戦時中にやむを得ず書かされた作品であっても、真に優れた作曲家ならば、その作品に独自性や才能の輝きを盛り込ませるはずだ」と思っていたのですが、今回、それを実証できたと感じています。こうなると、松平頼則や平尾貴志男の作品なども是非調べてみたくなりました。また、「吉志舞」のような貴重な遺産を、このまま闇に葬ってしまうのは実に惜しいことだと思います。
 演奏時間は4分程度なので、コンクールの自由曲としても使えそうだし、なんなら、課題曲に選んでしまい、歴史に刻んでしまうという英断はいかがなもんでしょう。例えば、門下の和田薫さんとかに補作してもらってですね・・・・。課題曲になっている行進曲なんかより、はるかに魅力的だと思うのですがねえ。

 今後、賛美歌とフーギングチューン第一番(カウエル)、サンタンガ・セレナーデ(チャベス)についてもコメントします。

>畠中さん
 私も、時間があれば、もう少しお話したかったです。
 それにしても、NHKの堀尾アナウンサーが取材に来たのかと思いましたよ/(x_x)

北海道から帰ってきました 投稿者:S.O.  投稿日: 5月22日(火)15時14分56秒
それも、今朝です(^o^;;。
仕事がたまっているので、演奏会のことについては、また後程。

楽しかったです。 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 5月21日(月)22時21分28秒
>NAPPさま
来札本当にお疲れ様でした。
同人吹奏楽団様の演奏会を一緒に聴くことができて、大変勉強になると同時に、かなりの刺激を受けることができました。
このような貴重な機会を与えてくださった、益野様をはじめとする同人吹奏楽団様に感謝致します。
また深夜の語らい、本当に楽しかったです。また機会があれば遊びにいらして下さい。(ラーメンいかがでしたか?多少胃にもたれたのでは?)
今度は是非我々の演奏会に・・・NAPPさんに来て頂けるような企画を考えたいと思っています。
ということで貴殿の数々の助言を参考に、まずは次回の曲目選定を急ぎたいと思います。また酒の肴に聴いて頂いた我々の演奏についても感想など頂けると幸いです。
取り急ぎご連絡まで。

>S.Oさま
もっとお話する時間が取れればよかったのですが・・・とにかくお会いできて光栄でした。
今後ともよろしくお願い致します。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


「作曲家辞典」 投稿者:IDLER  投稿日: 5月21日(月)18時16分20秒
世界中の作家の紹介している「文芸辞典」があるように、世界中の作曲家を紹介している「辞典」はないのでしょうか。

もし、どなたかご存知でしたら、教えて下さい。
宜しくお願いします。

はじめまして。 投稿者:ヒロナリ  投稿日: 5月20日(日)01時06分18秒
ホールで演奏したいのなら、お客さんに聴いてもらいたいのならば金を払え、と、出演者にチケットノルマ(数万円以上)を負担させている団体の演奏会運営の話を絶えず聴きます。

運営する側は、出演者さえ集められれば全く赤字はなしです。
極端に言えば、お客さんが全然入らなくとも運営上に問題は無いわけです。
(イメージ効果やリピーターには影響があるでしょうが)

私は関西で活動していますので、偏った話かもしれませんが、実際、みなさんの周辺はどうですか?

http://www14.u-page.so-net.ne.jp/jb4/yaoki/


やっぱりたとえ話は通じない 投稿者:のの  投稿日: 5月19日(土)08時41分58秒
ので直接的に書くと、クラシックは音楽の広大な世界では本当にマイナーなジャンルで、しかもそれが金にならないのは、数百年の歴史が実証している。
それでもクラシックをやろうという人々は最初から金儲け以外を求めているはずで、関係者のその感情を無視しては始まらないということです。それを前提にした上での経営努力は、もちろん必要ですが。

馬鹿だ・・・>私。 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月19日(土)01時06分43秒
企業→×。起業です。ベンチャービジネス・・・・。

追記 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月19日(土)01時04分56秒
だから一流のクリエーターは、企業をめざすわけですね。

そうそう、全然話は違いますが、NAPPさん、「享年77歳」というのは、日本語として間違いです。
「享年77」が正しいです。
歳を付けている新聞やテレビ番組は思いっきり馬鹿にしてやりましょう。
ちなみに日本テレビの「知ってるつもり」は歳をつけては言いません。

経営者の苦悩 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月19日(土)01時01分59秒
 価値観が変化しているこの時代に、「質」にこだわるのならともかく、昔の「スタイル」にこだわる、そんな経営者はお店を潰すだけでしょうね。
 日本のバブル経済が崩壊した後、一流レストランの経営者達がどれだけ知恵を絞って危機を乗り切ったかっていうと、バブル以前に本格とされていたスタイルを固持したのではなく、全く新しいスタイル、哲学を考えて実行した経営者達がいて、そのやり方が軌道に乗るのを見てから真似した並の人達が大勢いるわけでして。
 お子様ランチやディナーショーなんて誰にでも考えつくような小手先のレベルで胸を張るような経営者も、昔のスタイルに固執する経営者同様、さっさと退陣するべきでしょう。

 食文化に限らず、ゲーム業界にしろファッション業界にしろ、産業音楽界にしろ、才能ある人達がずっと考えることは、「人間って、何?」「面白いって、何?」「良いって、何?」「サービスって、何?」などなど、普段日常でごく普通に使われている言葉のことを、常人の想像もつかないくらいところまで考えているわけでして。
 一流の作曲家や演奏家だって、並の作曲家や演奏家と同じ楽譜を前にしても、やっぱり比較にならないほどの所までよむわけでしょう?
「暗黙の要請」を押しつけてくる人達を満足させつつ(でも社会全般では少数派なのでは?)、興味を持たない人達をも引き付ける魅力を発揮できてこそ、一流とか超一流と言われるのだと思いますが、いかがでしょう。難しいことだけどね。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


そのたとえ話で言えば 投稿者:のの  投稿日: 5月18日(金)07時46分38秒
本当に賢明な経営者なら、本格フレンチはたたんで、カジュアルイタリアンやファーストフードにした方が利潤が上がることはわかっていたとしても、フレンチ以外はできない事が暗黙に要請されているような状況ですよね。

それだったら、お子様ランチやディナーショーを始めるような小手先の経営努力をするよりは、儲けは減っても「本格」スタイルを守ろうとするのが、経営者としては当然の感覚だと思います。

お金の話 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月18日(金)01時30分14秒
 書き方が悪かったと思い始めたのが一つあります。
利益とか利潤とは書かずに、シンプルに「お金を貰うこと」と書けば良かった。
 楽団に属さない演奏家や作曲家が「お金を貰う」ということは、報酬を貰う、ですよね。
 ところが楽団所属になると、「給料を貰う」になりますよね。日本の楽団に専属作曲家がいるのか知りませんが。(^^;)
 この二つ、大きく違うところは、所属していない人達って契約だの交渉だの「約束が違う!」だの突発事故(非演奏面でね)などなど、全部自分でやらなければならない。
 そのためには法律も知らなければ危ないし、処世術もなければ波風がたつ。
つまり自分を守るために非音楽面のことにも神経を使わなければならない。
 良くも悪くもお客(契約相手)とじかに向き合うわけで、お金を貰うってのがどんなものだか肌でわかるわけです。ついでに社会とか現実ってのも。
 しかし楽団にはいると、そういう「人間」と「お金」の関係って切り離されてしまうんじゃないかなぁ。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


たとえ話 投稿者:LZFELT  投稿日: 5月18日(金)01時29分19秒
 余計に訳が分からなくなるかもしれませんが、たとえ話で。
「食」の世界において、お百姓さんや牧童達が優れた素材を作ることと、料理人がその素材を使ってどんな料理を作るかということと、料理長がそれぞれの料理をどんな順番で出すかを決めることと、経営者が給仕や会計の態度や調度品を考えることとは全て別問題ですよね。
 そしてさらに経営者は、レストランを建てる以前から立地条件や雇う予定の人材の能力、素材の調達経路、客層の選定までも視野に入れて計画を立てなければならない。
 そして、レストランの規模が大きくなればなるほど、全ての要素をクリアしていかなければレストランの維持そのものがむずかしくなるわけです。
 NAPPさんが作曲家として、この例での「お百姓さん、牧童」や「料理人」の立場で意見を言っているとすると、私の言っていることとずれます。
 私は日本のクラ・吹奏界の「経営者」の経営能力ってどうなんだろ?って書いてます。

こんばんは 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 5月18日(金)00時22分41秒
>NAPPさま

連絡ありがとうございます。来札楽しみに致しております。
私は当日夕方まで仕事ですので、直行になります。是非会場でお会いしましょう。
演奏会後の予定はいかがですか?もしよろしければまたいろいろお話させて頂きたいと思っております。
Aoyamaさんにも会えれば良いのですが・・・(といっても私も面識がないもので)

とにかくお気を付けて。それでは土曜日に。

P.S 團伊玖麿氏のご冥福を謹んでお祈り致します。

http://sapporo.cool.ne.jp/wss


團伊玖磨の訃報 投稿者:S.O.  投稿日: 5月17日(木)22時16分28秒
中学時代、「祝典行進曲」を演奏して、「こんな良い曲、他にあるか?」と思っていた時期があった。なんだか、暖かくて、ほのぼのとしていたんですよね。

なんだかんだと言われても、やっぱりこの人の作品が、一番好きだった。

昔、NHKで芥川也寸志さんと黒柳徹子がやっていた音楽番組の最終回の2回ほど前に、「3人の会」のメンバーがそろって出演したことがあって、当時、実家で買ったばかりのビデオデッキで初めて録画したのがこれだったんです。「三人の会、第一回」の曲目を演奏したんですけど、團さんの「ブルレスク風交響曲」というのがとても気に入ってしまいました(もちろん、芥川さんの「第一交響曲」も、黛さんの「饗宴」もよかったんですけど)。そして、この3人のトークも面白かった。価値観や芸術観が全く異なるのに、本当に仲がよく、お互いを尊敬しあっている集団なんだなと感じました。

黛さんの弔辞で、團さんは「一人になっても「三人の会」は続けていく」と言っていましたが、とうとう、「三人の会」は終わってしまったんだなあ。

合掌

訃報 投稿者:NAPP  投稿日: 5月17日(木)12時41分22秒
團伊久磨氏が訪問先の中国で亡くなったそうです。享年77歳。
謹んでご冥福をお祈り致します。

(レスは後日ということで・・・・・)

吹奏楽のことはよく知らないけど 投稿者:のの  投稿日: 5月16日(水)23時36分22秒
レコードが大量生産可能になって儲かる可能性が出てきたのがここ50年くらい、PAが普及してライブも儲かる可能性が出てきたのがここ30年くらいですよね。
その何百年も前からあるクラシックという音楽形態が、その目的に適さないのは自明でしょう。元は王侯貴族が財力を誇るために楽士を抱え、その後は上流市民が社交場を確保するために多額の寄付を行って成り立っていたジャンルなわけで。

お久しぶりです 投稿者:にへ  投稿日: 5月16日(水)01時53分28秒
 NAPPさん、お久しぶりです。そして遅くなりましたが大学院生活ご苦労様です。楽しんでくださいね。
 久しぶりに来たもので、話題とそれたことになりますが、今編曲にはまっています。(随分前の話題に影響を受けたものです)結構おもしろいし何より勉強になる。少し馬鹿にしていたことに反省しています。「音色」でなく「役割」を重要視しながらやってます。無謀にもバッハの「マタイ(まずは終曲から)」と戯れています。「ロ短調ミサ」なんかもおもしろそうです。
 結構、吹奏楽に見捨てられている、可能性を持つ曲がまだまだあることに驚いている今日この頃です。
 それでは、また。

教えて下さい!! 投稿者:未熟者  投稿日: 5月16日(水)00時52分55秒
はじめまして!
音楽初心者、大歓迎と書いてあるので遠慮なく書かせていただきます。
僕は今、オリジナル曲を書いておりまして、ジャンルはロック・ポップス等、様々です。そしていずれは、これらの曲をオーケストレーションしたいと思っているのですが、なにぶんその術がわかりません。
どの楽器にどの音を振り分けるか?3和音を振り分けるのも一苦労なのに、テンションなんか出てきた日にゃあ、もう・・・
いろいろ本を買いあさってはみたのですが、初歩的なコトしか書いておらず、応用力のない私にはもうお手上げ状態。
「初心者にもわかる本」「上級者でも重宝する本」を探しています。どなたか教えてはいただけないでしょうか?
できれば、「価格」「本の厚さ」「文字の見やすさ」「文のわかりやすさ(個人差がありますが・・・)」などを書き添えていただけると、とてもとても嬉しいです。

ずいぶん幼稚な文になってしまいました。なにぶん未熟者なので・・・すいません。