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>中央千里さん 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 6月29日(金)16時52分56秒
>技術的に自分達にできない曲=悪い曲と思う傾向があるような気がするのですが、たしかにそれは言えてますが、僕はそれに加えて”自分が知っていない曲=たいした曲ではない”と言うのも感じます。
以前は曲選びの中で「やっぱり有名な曲の方がいいんじゃ?」なんてよく意見されましたが「では有名なその曲は最初から有名だったのか?」と問い返したものです。
余程広範な知識の上で言うのならばそれも解るのですが、そうでもない中での「有名な曲」と言うのは実にあてになりません。
では、今現在有名でない曲は=大した曲ではないのでしょうか?
どんな曲であれ最初は無名なもの。もちろん内容が悪ければその後演奏されないかもしれませんが、良い曲であるにも関わらず偶然的に演奏されなくなってしまっている曲だってあるはずです。
例えば、V=ウイリアムズの「トッカータ・マルツィアーレ」は頻繁に演奏されているとは少々言い難いですが、あの曲が「海の男達の歌」よりも劣るなどとは見識のある方ならば絶対に思わないでしょう。(スミス好きの方には申し訳ないです)
いくら流行で有名だからと言ってもその種の曲にはどうしても手を出す気がおきません。

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


日本の場合は 投稿者:谷口昭弘  投稿日: 6月29日(金)12時43分02秒
いわゆる邦楽なんか「古典芸能」って言われますよね(レコード屋の分類では「純邦楽」)。音楽以外に広がる要素もかなりあるので、この方が自然なのかもしれません。「音楽」という言葉の語源はともかく、使われてきた経緯的には、西洋音楽的な「music」の概念が踏襲されているのではないだろうか、と思います。

http://mailer.fsu.edu/~ataniguc/index-j.html


いろいろ 投稿者:中央千里  投稿日: 6月29日(金)01時14分24秒
 こんばんは、中央千里です。

 >TenorHornについて
 渡部さん、教えていただいてありがとうございます。ユーフォニアムを演奏するものがこういうことを知らないというのも問題ですね。すいません。もっと勉強しなくては。
 ただ、今回はせっかく教えていただいたのですが、K先生の指示がバリトンでとのことなのでこのままということになりそうです。
 
 >編成やその他もろもろ
 おおむね、皆さんが言ってしまわれたので、あまり私ごときが言うこともないと思うのですが。WindEnsembleとWindBandの違いかなと思います。
 一般的によく演奏される吹奏楽曲は、ある程度各パートが複数で演奏されることを前提に作曲されているようです。これが私の場合WindBandと呼んでいるものです。(異論が多々あると思いますがこれは私の場合と言うことで)
 そうではなく、一つのパートを一人が吹くという前提で書かれた曲(WindEnsemble?)を演奏する場合、アマチュアでは楽器的、人数的に難しくなってしまうことが多いです。その為にプロがあるのですが、それではお客がこない、と言うジレンマに陥ってしまうのでしょうね。
 また、吹奏楽の場合、どうも技術的に自分達にできない曲=悪い曲と思う傾向があるような気がするのですが、皆さんどう思われますか。どうもその為によい曲であっても消えていくことがあるような気がするのですが。
 
 個人的には、アマチュアでも大きな大学のバンドがもっとWindEnsemble的な曲をもっと演奏してくれないかなと思っているのですが。実は私も今の音大に入る前に、けっこう大きなアマチュアの大学バンドに在籍してました。(京都のバンドです。)私が在籍していた頃は大体、百人前後の部員がいましたし、今もそれぐらいいるのではないでしょうか。また予算もけっこうもらってましたから、楽器も講師陣もかなり充実してました。
 コンクールで全国に出るような大学バンドは、似たような傾向があると思いますから、よっぽど無茶な要求がない限りたいていの曲はできると思うのですが。
 このことに関しては、また日を改めて書いてみたいと思います。
 
 むう、やっぱり話の流れがなってない、読みにくい文ですいません。それでは失礼します。

(無題) 投稿者:のの  投稿日: 6月29日(金)00時06分00秒
「音楽」という名称がなくなっても、「テクノ」「ロック」「ジャズ」といったサブジャンル名は残るんだったら、結局何も変わらないでしょう。

すっかり忘れてた 投稿者:LZFELT  投稿日: 6月27日(水)22時34分00秒
「音楽」という名称に関する話題の後に、本当はなぞなぞがくるはずだったのをすっかり忘れていました。回答は特にないです。

 ある日突然、あなたの目の前に神様がやってきて、言いました。
「いろいろと事情があって、この世から「音楽」という文字も発音も、一切を消すことにした。そこでそなたに、「音楽」に替わる新しい名前を付けて欲しい」
 さて、なんと名付けますか?

 ちなみに私でしたら、「空感触」。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6903/


追撃 投稿者:NAPP  投稿日: 6月27日(水)03時58分24秒
も一つ書けば、「どこでもできる編成」と「規定編成」はどっちがいいというものではないのですね。要は作曲家が「より多くの演奏機会があったほうがいい」と思ったか、「より実験的な試みがしたい」と思ったか、その作曲したときの意図によって選択されるものであり、同一の作曲家がニ種類の編成を場合により使い分けていることも当然起こるわけです(原に田村先生は「どこでも演奏できる」という大前提があるはずのコンクール課題曲だって書いている)。_
「規定編成」で書かれた曲が魅力的である以上、それをやってみたいと思う気持ちはよく分かるのですが、やはり、「何でもやっちゃおう」というのはいささか無理があると思うのです。無理にやった結果、元の姿が歪んでしまっては何にもなりませんよね。そういう場合は、やはり「鑑賞」の対象物として扱いたいものです(だからこそプロにはもちっと選曲を考えて欲しい)。

 吹奏楽団に10数人Clがいる。それを必ず3パートに分ける。これがどれだけ無駄が多く、バカらしいことか。この10数人を生かすことが吹奏楽の新しい可能性ではないか?団によって人数は大きく違うぞ?では、どうする?
 それに対する作曲家なりの答えが、今、欲しい。

 P.S.某巨大掲示板中の当該スレッド中に、私の発言と推測されているものがありますが、う〜ん、残念。あれは私ではないです。どなたなんでしょうね?

re:編成等  投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 6月27日(水)02時36分47秒
「アルプスの少女」に関しては、某言いたい放題掲示板にも話題になっていました。
それもだいぶ件数があったので、演奏してもう既に2年近くたっているのに、何らかの反響があって良かったと思っています。

編成についてですが、管理人氏の言葉にもありますように、「どこにでも出来る」物と「新しい試み」のものがあるわけです。

ある意味、コンクールの課題曲というもので標準化したからこそ、今の日本の吹奏楽の発展があったことも事実です。それに、今の日本の少子化傾向が、学校吹奏楽の発展によって大きくなった日本の吹奏楽がますます標準的になったとも言えるでしょう。

加えて、経済の不安定さが、より実験的なことが出きるはずの大人のバンドの活動を制限してしまい、だいぶ進歩的な動きがとりにくい状況にあるとも言えます。

とはいえ、新しい吹奏楽のプロフーすするためには、もっと何か新しい試みをしつづける必要があると思いますし、そうで無いと、作曲家から見向きもされずに、このまま停滞したまま消滅してします危険性すらあると思います。

何もしなくても、自然と淘汰の波をかぶっているのですから、どんどん角がとれてマルくなってしまってはいけないと思います。常にとんがっていないと・・。

皆さん、おそれず、ひるまず、より実験的になりませんか?
私も、田村氏も、もっと言えば私のヤマハの前任者の森田氏も、みんな同じ人間ですから、今を生きている皆さんは、きっともっと新しい未来の光を強くしてくれると思うのです。

いかがですか?皆さん?

re:編成等 投稿者:NAPP  投稿日: 6月27日(水)01時30分31秒
>昭和音大演奏会
 行きたかったのですが、やはり行けませんでした。がっくし。
 昨年の昭和音大さんの演奏会を聴かせていただいたときに、「オペラシティと吹奏楽は相性が悪いなぁ」と感じたことを思い出します(昨年6月分の過去ログ参照)。
 今日はオペラシティにオーケストラを聴きに行ってきたのですが、こちらは「響きすぎる」とは感じませんでしたね。まぁ、招待券を頂けたのでよい席で聴いたからというのもあるのでしょうけど。あと、合唱の演奏会だとオペラシティの方が東京文化や芸劇、紀尾井なんかよりはるかによい音響だと感じるのですが。

>編成
 吹奏楽の編成というのは大きく分けて2種類あるべきだと思います。1つはちんぴら指揮者さんの言うような「どこにでも演奏できる」編成。
 吹奏楽の編成というのはこれまで当サイトで繰り返し言い続けてきたように不確定要素が多すぎて、作曲家の想定した音楽との間の再現性に問題が生じてしまいます。これでは「新しい試み」はなかなか実践できない。
 しかし、作曲家というのは「新しい試み」を探ることを運命付けられた人種です。そのために、ある限定された特定の編成を用いてみたくなるのは至極当然の欲求と言えます。「演奏者人数が規定された編成=特殊編成」。これがもう1つの編成です(オーケストラで普通なことが吹奏楽で特殊、というのは特徴的ですね)。実はこの特殊編成というのは意外に多いんですよね。シュミット「ディオニュソスの祭」、シュワントナー「そして山の姿はどこにもない」、ペンデレツキ「ピッツバーグ序曲」、ケージ「Fifty-Eight」、西村朗「巫楽」、そして「アルプスの少女」。類挙すればきりがないです。これらは、全ての団体に演奏できる、ということを犠牲にしてでも、吹奏楽の可能性を探ることのほうに重きをおいた作品です。これらを無理やり演奏したときの酷さは、ちょっと、ね(ディオニュソスはもはや原編成のほうがマイナーになってしまったけれど)。
 演奏の実現性をあまり考慮しないで、新しい可能性を求めることに邁進した作品、というのはオーケストラなどには数多くあります。そして、多少実現が難しくても、価値があればなんとか再現しようとしてくれています(例えばグレの歌とか、千人の交響曲とか)。でも、吹奏楽は「みんな演奏できる曲=いい曲」という図式で成立しているんですよね。某先生の言葉を借りれば「商業的であって芸術的ではない」。
 やはり、多少演奏機会が少ないであろうことが分かっていても書いてしまう、という田村先生の姿勢というものには強く惹かれますね。
 まぁ、私はこの編成方の問題に関しては、両者を満足させるような新しい方法を模索しておりまして、その実践(試験運用?)として「遮光」を書いたつもりではあるのですけど(宣伝?)・・・・・ 詳しくはコラム「作曲にあたっての新・編成組織方法の提案」を参照のこと。

 #知らない人のために書いておきますと、「アルプスの少女」の編成は初演団体であるヤマハ吹奏楽団浜松の人数に合わせて書いてあります。だから、それより人数が多くても少なくても演奏できないんですね。

 特殊奏法ですが、あれらの技法って何ら難しくないし、楽器も痛めないんですよね。「難しい」と「やったことがない」を混同してもらっては困る。木管のフラジオにしても、楽器を持ってすぐのころは皆が無意識のうちに「出てしまっていた」音のはずです。それを意識的に出すことによって、原点を見直してみるのもよいかと思います。 「ホントに難しい特殊奏法」というものがどれほどのものか、書いてもいいのですが、ちょっとやれないだろうなぁ(笑)


 「遮光の反映」小ネタ。石井眞木に「光の反映」という曲がありますが、無関係です(笑)

 発表予定だったSax氏についての研究は、一週休講による先送りのため、夏休みを挟んだ9月の発表になってしまいました。ですから、調査のペースを落として7月上旬に完成させたい曲のほうに時間を回したいと思います。中央千里さん、ごめんなさい

アルプスの少女 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 6月26日(火)23時51分36秒
↓↓なるほどですねぇ。「丸の内のOL」になっちゃうくらいなら「渋谷の女子高生」がいいような・・・(すいましぇん)
しかしスコア見てみたいなぁ。そう言われれば「遮光」の音だけ聴かれたら同じ事言われそうな気もしてきました。それにしても「アルプス」も面白い曲ですね。

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


編成等 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 6月26日(火)18時10分10秒
先のカキコの中で、「アルプスの少女」の標準編成版があれば、といったものがありましたが、ま、その気持ちもわからないではないですが、そうしますと、「アルプスの少女」ではなくなってしまうので、たぶん、私がそれを推進することは無いと思います。もしやっちゃったら、「アルプスの少女」ではなく「丸ノ内のOL」になってうからです。

一度スコアをお見せすれば判ると思いますが、実はそれほど特殊な編成や特殊技巧は使っていないのです。木管低音やコントラバスのフラジオ等は、ごく当たり前の技法ですし、これからの演奏者の可能性を上げる意味でも、こういった曲がもっと出れば良いなァ、とさえ思っています。

吹奏楽は、オーケストラのような伝統・因習の縛りが無い分根無し草的な媒体ですが、逆にいえば、やる事全てが「新しいこと」になるという便利な媒体になりえると思います。

昭和音大演奏会・残念 投稿者:LZFELT  投稿日: 6月26日(火)08時54分42秒
 聴いてきましたが・・・座った席が悪かった。
 わんわん反響して、メロディーがなにがなんだかぜんぜんわかりませんでした。
 ただし音色は統一されていて、心地よかったです。
 運が悪かったなあ。(^^;)

昭和音大演奏会  投稿者:LZFELT  投稿日: 6月25日(月)11時38分46秒
阿部さんこんにちは。
このサイトの人とお会いできればお話しできればと思っていたのですが、
時間が迫っているので待ち合わせもできない。(^^;)
演奏を楽しみましょう。(^^)

昭和音大演奏会 投稿者:阿部達利  投稿日: 6月25日(月)08時33分08秒
当日の表明になってしまいますが .....

本日の昭和音大の演奏会に行くことになりました。

http://www.wizvax.net/abe/winds/


Euphなど 投稿者:NAPP  投稿日: 6月24日(日)03時10分34秒
>中央千里さん
 新しく誕生した楽器にはそれ以前には作品がありませんからね。バロック・古典派などの機能和声にいたる歴史的経緯を音楽的に学ぶにはアレンジしかない、ということで必要悪と言えるでしょう。
 学術的に未整理である、ということは吹奏楽に日頃携わっていない作曲家にとって知識を得る手段がない、ということです。吹奏楽分野にいる人にとっては「なんでそんなのも知らないんだ」という気がするかもしれませんが、それは、例えば吹奏楽人がマンドロンチェロという楽器の特性をよく知らないのと同じようなことにすぎないのです。
 渡部先生も書いてくださっていますがドイツの編成事情は特殊なものですね。サックスとほぼ同じ時代、サックスよりも10年ほど前に同じような楽器を開発し、それを組みこんだ吹奏楽団を組織したウィルヘルム・ヴィープレヒトという人がいます。現在ではサックスのほうが有名になってしまていますが、この人も楽器製作者としてはサックスと同じような功績を残しています。サックスはヴィープレヒトの楽器を一部マネして作った、とさえ言われています。事実、ヴィープレヒトはサックスを告訴していますし、サックスがSaxhorn開発前にヴィープレヒトの楽器を購入したという記録も残っています。ですから、ドイツとフランスの編成の間に食い違いが生じているのです。
 今度の私の研究発表(7月11日)ではサクソルン属の成立について取り上げようと思ってるんですが、まだ本格的には手をつけてません。
 そうそう。よく勘違いする人がいるのですが、Saxphoneなどを開発した楽器製作者兼バンドディレクターはベルギー人、サックス(Adolphe Sax、1814〜1894)で、楽器分類学の大家であるドイツ人、ザックス(Curt Sachs、1881〜1959)とは全くの別人です。念のため。

>LZFELTさん
>金管アンサンブルに定位置がないっていうのは、何か意味があるのでしょうか?
 この場合の「金管アンサンブル」というのは3〜5重奏などのことですか?ブラスバンドのことではないですよね。
 前者の場合ですと、やはり吹奏楽に普段接していない作曲家が手がけることが多いですので入っていない場合が多い、といった程度ではないでしょうか。知らない楽器は使えない、と。知っている人はたまに混ぜてみよう、とか考えるでしょうけど。
 吹奏楽やってる人達はEuphという楽器をみんな知っていると思いこんでいますが、それは思い違いです。岩城宏之先生でさえ黛作品集の録音をするまで東京佼成WOの存在さえ知らなかったのですよ。不勉強、というよりも、それだけ楽壇には注目されていない(あるいは吹奏楽側がアプローチしていない)と言うべきだと思います。多数決とったら知らない人のほうが圧倒的に多いと思います。

 昭和音大の演奏会、やっぱりレッスンの方を優先しないといけないので残念ですが行けなそうです。火曜日の夜にはオペラシティに行くんですけどね。水曜には芸劇。

シュトラウスについて などなど 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 6月24日(日)00時48分38秒
中央千里 様

シュトラウスの「Tenorhorn」をバリトン(それっていわゆる金管バンドのバリトンホルンですね?細管の)で吹くのは誤りです。いや、誤りというのは語弊がありますね。
詳しく論拠することをここでは避けますが、バリトンホルン(アドルフ・サックスのサクソルン系)と、ドイツのテナーホルン(ヴィープレヒトのテューバ系)はそのルーツや発達過程が異なっているので、一緒にすべきでは無いと思います。
この場合は、従来のユーフォで吹くべきで、たぶんもう一つ別にユーフォや、それに該当するパートと合わせて、両方ユーフォで吹くべきだ、と、私は考えています。
この辺に関しても詳しく論拠すべきでしょうが、だいぶ込み入った話になるので別の機会にさせてください。ここでのドイツ系の楽器編成は、一時期のアメリカの、バリトンとユーフォのパートの共存と似ていると考えてください。例えば、シェーベルクの主題と変奏作品43aやグレインジャーのリンカンシャーの花束を参照してください。あのバリトンのパートを本当のバリトンで吹く人は普通いませんね?それと同じだとおもって下さい。

テナーホルンのパートとして明示してある有名作曲家の作品として、ヒンデミットの「演奏会用音楽」(作品番号を忘れました)があります。ここには完全にユーフォとテナーホルンと分かれていますが、慣習的に(つまり、現場主義的に、ですね)、双方ともユーフォで演奏されています。
この事に関して、私は以前にアルフレッド・リードおじいさんと、フェネルじいさんの両方に質問をしたところ、上記の説明に近い答えが帰ってきました。

最後の例がマーラーの交響曲第7番です。
冒頭のソロはテナーホルンと表示されていますが、以前、巨匠ベルティーニ指揮のケルン放送響がきた時、そこは、某W社のユーフォで演奏していました。音は、非常に特殊で、けっしてモワっとしたものではありませんでした。

こんなもんでどうでしょう?
やはりだいぶ現場主義ですね。

ユーフォといえば 投稿者:LZFELT  投稿日: 6月24日(日)00時21分30秒
 金管アンサンブルに定位置がないっていうのは、何か意味があるのでしょうか?
 全く席がないかといえばそんなこともなく、たまにトロンボーンの替わりに入っていることがありますよね。

 劇団「フタナリアゲハ」というところが団付きの楽団を持っていて(常時かは知りませんが)、作曲家が武蔵野音大のユーフォの卒業生のためかユーフォをレギュラーに入れています。

昭和ウィンドシンフォニーの演奏会って 投稿者:LZFELT  投稿日: 6月24日(日)00時18分02秒
6月7日に書かれていた演奏会がもうすぐですけど、どなたか行かれますか?

お返事ありがとうございます。 投稿者:中央千里  投稿日: 6月23日(土)04時16分31秒
NAPPさん、渡部さん、お返事ありがとうございます。(こんな時間にすいません。寝つけないもので)
 そういえば最初のレッスンはバロック期のチェロの作品(テレマン、マルチェールロ)だったなと思い返しました。おそらく、ユーフォニアムの語法だけでなく、古典の語法を身につける為だったのしょう。そのことを考えるとアレンジもので弦のパートや他の楽器のパートを吹くのも少し前向きに考えられそうです。
 Saxhorn属の学術的な整理に関しては、多分英国式ブラスバンドとギャルドの旧編成の楽譜から整理していくのが近道のように思います。
 私も少しだけ調べたことがあるのですが、各国での名称があまりにも統一されていない為、歴史を遡って検証しようにもまずその楽器が本当にユーフォニアムと同じなのかを調べるだけでも大変なことになりそうで、根性のない私はあっさり挫折してしまいました。情けないことです。
 しかし興味があるのも事実です。そのうち調べようかなーとも思うのですが、また挫折しそう(汗)
 そういえば、今年の吹奏楽の定期でシュトラオスの曲を取り上げるのですが、指揮のK先生(元大フィルテューバ奏者)が、ウィーンから取り寄せた楽譜にはTenorHornというパートがありますが、これをバリトンで吹いています。確かに譜面を見るとト音記号でinBで書かれており、どう見てもバリトンの譜面にしか見えません。ドイツの吹奏楽の編成もまた独特なものがあるようです。でも、こういうことがあるからSaxhorn属は未整理の楽器とされてしまうんでしょうね。困ったもんです。
 うーむ、話の展開がなってませんね(汗)すいません。と、取りあえず今日はここまでにします。失礼します。

res 投稿者:NAPP  投稿日: 6月23日(土)03時31分36秒
>渡部先生
>これは、どこかの文献にあった著述ですか?

 はっきりと書いてあったわけではないです。種々の事象から私が邪推したことですので信憑性は薄いです。
 サックスは例の「新版吹奏楽講座・編成と歴史」のなかに書かれているように1845年2月25日のフランスにおける吹奏楽の編成会議において重要な役目を果たし、自分の楽器を大量に採用させることに成功していますし、自身の吹奏楽団を結成したりしています。このことからもサックスは吹奏楽の現場に携わっていたことがわかりますし、そうやって自分の商品を売りこんでいったわけですね。 だけど、これらの楽器にどのような学術的な位置付けをするかについてあまり熱心ではなかったのは、諸国におけるSaxhorn属の楽器の名称の混乱がそれを如実に物語っているのではないでしょうか。
 吹奏楽の研究というのはとにかく「現場主義」なものが多く、現場から離れて客観的に、学術的に見ている「論文」というものが実に少ないのですよね。現場においては非常に役立つかもしれないけれど、学術的な裏づけのない「現場の知識」というのがもっと大きい意味での「音楽」での研究においては説得力に欠けていると思うのです。

>グローヴの日本語版
 そうですね。そもそも元になった1st Editionが古いから、というのも拍車をかけてるような気がします。日本関係についてはかなり補筆されているようですが。 それ以外に関しては、英語なので大変ですけど、なるべく2nd Editionから情報を得るようにしたいと思っています。大変なんですけどね。

>この言葉は、(中略)『吹奏楽団』の意味で使われていました。
 そもそもharmonieという単語はフランス語では「管楽器」といった意味なんですよね。吹奏楽団のことも「harmonie」とか「Musique d'harmonie」って言うはずです。 だから、日本語の「吹奏楽」が広義で木管五重奏やFlソロ、ブラスバンド、そしてウインドオーケストラなどを含んでいるのと同じように「harmonie」という語もとても幅広い形態を漠然とさす言葉なんですよね。
 これに対しドイツ語のHarmoniemusikという語は、前期古典派のころの主としてドイツ・オーストリアにおける、ある傾向(一種の楽器をペアで運用する)持った演奏媒体、およびその音楽のことを指す、という限定された、音楽用語として確立されている語として用いられることの方が多いように考えています。 Harmoniemusikがあってフランスの軍楽隊が成立したのか、それともその逆なのか、というのは案外ここらへんから導き出せるのかもしれませんね。
 WASBEのほうもあたってみます。あんまり現場の資料というのは信用していないのですが、海外だったらかなり信用できるかもしれません。

 田村先生のエッセイ、かなり基本的なところからジワジワと攻めていかれるようですね(笑)。これから先も楽しみです。

>ちんぴら指揮者さん
 個々の奏者が平等である、ということが「平均化する」ということではない、というのも意図したかもしれませんね。私にしては「演奏者に甘い曲」なんですが(笑)。 もっと演奏者に各自の責任を増やす、「周囲を聞いて反応して予め創られてある断片を任意の順・強さ・テンポで即興的に奏する」ということを近年よく使うのですが、これには演奏者がある程度専門的な訓練を受けていないと厳しいので、今回は封印しました。他にも音域であるとか、難しい特殊奏法であるとか、そういったものにはかなり制限を設けています。いわゆる現代音楽のパート譜としては、技術的な難易度はかなり低いはずです。まぁ、だからといって音楽的に簡単か、というとそんなことはないわけですが(笑)
 がんばってください。

 「アルプスの少女」の特殊編成に関しては言いたいことがありますが、今回はいいや。スタンスは賛成派。


 だれかUrbach(うるばひ)って何者だかわかりません?ピアノ教本の作者なんですけど。

遮光の反映 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 6月21日(木)19時01分10秒
たしかにあの曲は”個”の意識と責任をしかりもって演奏しないとどうにもならないですね。
通常演奏している曲は誰か一人がちょいと間違っても同グループでなんとかまとまっていれば問題は起こりません。いわば曲がやさしいんですね。「遮光」はその辺を許してくれない。
と言うかそう言う作品だってあるんだと言うことを理解して欲しいと指揮者としては言っています。
しかしアンサンブルなんかをやるとそんな責任感を感じながら演奏しているはずなんですよ。
大勢の合奏での慣習化されたある種の甘えでしょうか。
しかし、「遮光」ではそんな甘えがゆるされないことを団員達も少しづつは認識し始めているようです。

>渡部先生
田村先生のエッセイ読みました。
さすがに読み応えありましたねぇ。
編成さえうちに問題がなければ田村先生の曲は非常に興味あるんですが・・・・
「アルプスの女〜標準編成&特殊奏法勘弁版」なんて出ませんかね?(爆)

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


追加 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 6月21日(木)16時10分52秒
バンドパワーに、田村文生氏がエッセイを載せています。
皆さんお読みになってみてください。

ほうほう・・。 投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 6月21日(木)16時07分33秒
NAPP様

ユーフォ不遇の原因への、鋭い突っ込み感謝します。
私も、近年の現代作曲家達との付き合いから、NAPP様がおっしゃった通りのことを感じています。

ところで、
>というのは悲しい事実です。アドルフ・ザックスという人はあまりにも「現場の人」(それも吹>奏楽の)であったために、Saxhorn属の普及に際してある意味で「急ぎすぎた」のも一因かもし>れません。

これは、どこかの文献にあった著述ですか?だとしたら非常に興味深いです。

グローヴの日本語版に関しては、特に吹奏楽や管楽器の項について、少し議論の余地があるような気がしています。訳をされた方たち自身へのリサーチが必要かとも思います。

>今度からHarmoniemusikについても本格的に手をつけてみようと思っています。

もうどのぐらい研究されたのかはわかりませんが、この言葉は、「Harmoniorkster」というようなつづりで、ドイツ以北の(時にはオランダも)国々で、われわれの言う『吹奏楽団、もしくはウィンドオーケストラ』と同義語として使われています。私がコペンハーゲンに留学している時も、スカンジナヴィア諸国の文献にはこんな感じのつづりで『吹奏楽団』の意味で使われていました。

反面、ドイツ語の「Blaesorchester」(aeは、発音記号にある、「あ」と「え」の混ざった母音です)は、北欧では全く使われていませんでした。

WASBEの資料を見ると、きっともっとわかると思いますよ。
なにかご参考になれば、幸いです。

レスなど 投稿者:NAPP  投稿日: 6月21日(木)05時11分05秒
 いやはや、23歳になってしまいました。だんだん徹夜仕事もつらくなってきましたね。もう年ですなぁ(笑)
 何かとやらないといけないことが多く、サイトを訪ねて下さる皆様にはご迷惑をおかけしています。申し訳ないです。
 全部はレスできませんでした。ご容赦下さい。

>益野さん(6月8日「曲の練度とスタンダード化」)
 アマチュアとプロの活動の違いとして「同じ曲を繰り返しやれる」という点もあると思います。ある一つの曲を(一つの曲、とは言わずに一つの傾向の、とも言えるかも)集中してとことん追及するというのは、膨大な量の作品を消化しないといけないプロにはなかなか難しいことでしょう。管弦楽などではあつ一人の作曲家に焦点を絞って演奏活動をしている団体もありますが、吹奏楽にはそれはないし、今のところその必要性もそこまで感じない。
 だからこそ、自己の方向性を主張し、こだわりの選曲をされている同人吹奏楽団さんの活動はとても貴重だと思います。いつも同じことを書いている気もしますが、他の団体も少しでも考えてくれるといいかな、と思いますね。

>LZFELTさん(6月8日「引け時かな?」)
>徹底的な音楽実学者って、どなたかご存じないですか?徹底した吹奏楽
>現実主義者。
 吹奏楽で、となると残念ながらすぐには思いつきませんね。ただ、プロの吹奏楽団に携わる人で個人のホームページを持っている方は何人かいらっしゃいますので、そちらなどはいかがでしょうか。私よりも現場に関わっている以上、少なくとも私よりはこの問題に対して密接に関わっているはず(関わっていないとウソ)ですので。

>ちんぴら指揮者さん(6月10日「遮光の反映」)
 自分で書くのもなんですが、これまでの吹奏楽作品の在り方にかなり逆らったものになっているのでとても苦労されていることと思います(笑)。
 これまでの吹奏楽作品というのは、自分と同じことをやっている人が殆どの場合どこかにいるので、「合奏における個の存在意義」というのを忘れがちになってしまうところがあると思います。そのことをちょっとでも考えてもらえればなぁ、ということを基本に据えて書いたつもりでいます。私の理想は「一人で練習してても訳わかんないけど、合わせると初めて自分が何なのか分かる音楽」なんです。これまで私の曲を演奏してくれた人はほぼ全員が合わせの前には全然さらう気がなくて、初合わせで大慌てする、というのが常で「してやったり」という感じなのですが。
 まぁ、私の曲には多分にエテュード的なところがあるらしく、よく「あんたのおかげで○○ができるようになったよ」ということを言われます(でも、それは大概、普通の曲をやる分には役に立たないのだけどね)。今回も、団員の皆様に何か得るものがあれば、とりあえずは成功と言えるでしょうか。

>中央千里さん(6月13日「はじめまして」)
 Euphのことは専門の渡部先生がいらっしゃるので、そちらの方を重視していただくことにしまして・・・・・
 私はEuphの不遇はSaxhorn属の学術的な未整理に原因があると考えています。Tuba属などとの混乱は楽器学の本でも統一見解が成されておらず、Euphという楽器が「なんなのか」というのは吹奏楽に関与していない、それら未整理の文献からしか情報が得られない作曲家にとっては実に掴み所のないものとなっている、というのは悲しい事実です。アドルフ・ザックスという人はあまりにも「現場の人」(それも吹奏楽の)であったために、Saxhorn属の普及に際してある意味で「急ぎすぎた」のも一因かもしれません。
 まだまだ未開拓の楽器ですので、これからの可能性は大いにあるかと思いますが、その前に必要なことは、その分類の学術的な裏付けではないかと考えています。
 ご寄稿の件、気が向かれましたらいつでもお待ちしておりますよ。

>S.O.さん(6月16日「Best Composers Association」)
 これは興味深いサイトですね。裏に「ある音楽団体」があるような気はしますが(笑)。この成立経緯について、機会があれば三木先生か坪能先生にでも聞いてみましょう。


 現在、大学院の方では3つの観点から研究を始めているのですが、今度からHarmoniemusikについても本格的に手をつけてみようと思っています。それにしても、この分野はNew Groveの中でも、ミリタリーバンドの項では「フランスの軍楽隊の影響でHarmonieは成立した」となっていて、ハルモニーの項では「Harmonieはフランスの軍楽隊の編成に影響を与えた」と書かれ、食い違いが生じているんですよね。英語でさえ上手く読めないのにドイツ語の文献と格闘しないといけませんね。ゲンナリ。

 あと、Groveのsecond editionから吹奏楽作品(管楽合奏作品)を抜き出す、という作業を始めました。なにせ膨大な量ですので気が遠くなりそうですが、一種のヨガだと思ってがんばってみます。
 とりあえず作曲家と作品名を吹奏楽・管楽アンサンブル・ハルモニーの3種に分類して羅列するのを第一段階にして、このコンプリートを目指します。解説を作成するのを第二段階、Grove以外の資料を参照するのを第三段階、というようにしたいと思ってます。工事中のものも一応ネットに公開しておきますね。
 ん〜、でも先に日本語版の方から邦人作品に関する記述を抜き出すほうを優先したほうがいいのかな?
 まだ1巻の433ページまでしか見ていないのですが、それでもすでにカレヴィ・アホの吹奏楽作品が発見されたりして、ワクワクです。それにしても先は長そうだ・・・・・
 学校行く前にちょっと寝ようかな・・・・・

Best Composers Association 投稿者:S.O.  投稿日: 6月16日(土)23時01分34秒
狩野さん、まっつんさんのHPから辿ったのですが、こんなHPがあったんですね。
http://www.bcamusic.com/
「あれっ?」と思ったのですが、誰かが、似たようなこと主張していたような気がするんですけど(=_=;。大いに歓迎すべきことだと思いますね。顔ぶれもなかなかだし、いよいよ、日本の音楽出版社を活性化する時代が到来したような気がします。

浦田健次郎氏のコーナーでは、「吹奏楽のための交響三章」の一部が試聴できますね。

もっと、組織を大きくすれば良いと思いますし、また、新人やアマチュアでも同じようなグループを作って、リンクしていけば良いのではないでしょうか。