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ディロンほか 投稿者:のの  投稿日: 8月31日(金)22時41分47秒
> あれぐろだっていいぢゃない
「僕にはアレグロは書けない」を、余裕がない人は「今さらアレグロなんか書くな」と言うのでしょう。

> リンドベルイはそうですね、私は昔の、そう、「UR」とかのころのが好きです。
同じく。『Kinetics』で道を誤り、そこから修正が効かなかったように思います。

> まだ若い作家ですから、今後がどうなるのか・・・・・
と言われているうちに、40歳を過ぎてしまいました。彼がヤナーチェクみたいになれる確率は、極めて低いでしょう。
> ディロンは実は初体験でした。私にとって、まだディロン
> はファーニホウあたりと一括りになってる作家なのですが、
> もっと聴いてみたいと思いました。
ちょっと聴けば、全然違うことがわかりますよね。なにしろ、「新ロマン主義でもイングリッシュ・ナイーヴでもない」というだけで、評論家が勝手に一緒くたにしただけですからね。

> 私見ですが、「新しい複雑性」の中で、ファーニホウが結果と
> して緊張感の高い、スタティックな方向を持っているのに対し、
> ディロンはどっちかと言うと悦楽主義というか、そういう方向
> に向いているような印象を受けました。
「悦楽主義」というとタネジのたぐいになってしまうので違和感があるけど、クセナキスのような表現性がありますよね。近藤譲さんも指摘していますが。私の印象では、ファーニホウはソロに近づくほど良く、ディロンは編成が大きくなるほど良いようです。

> 個人的には「新しい手段を発見する」ことよりも「自分らしさを
> 持ちつづける」ことができた作家が、これからの作曲界において
> 個性を発揮できるのではないか、と感じています。
結局はそれが「自分らしさ」ということなのかもしれませんが、「新しい技法」ではなく「新しい世界の捉え方」が大切なのだと思います。そういう意味で、ドビュッシーを超える作曲家は20世紀に現れなかったように思えてなりません。
> ディロンのお薦めでしたら何を挙げられますか?
おしなべて質は高いものの、強く「お薦め!」というものが思いつかないのが、現在までの彼の特徴かもしれない。NMCの1枚、montaigneの2枚(今度3枚目が出たらしい)とも、買って損はないでしょう。

あれぐろだっていいぢゃない 投稿者:NAPP  投稿日: 8月30日(木)23時48分34秒
>Finale
 多くの人とファイルを共有するのなら、確かにユーザーの多いFinaleを選択するのがいいかもしれませんね。ノーテーションの機能だけでいいのなら、私も人に勧めるのならFinaleです。
 Finaleは例えば池袋でしたら、ヤマハやビックカメラで普通に売ってありますよ。
 実は私は「Igor」の試作版を触ったことがありまして、あれは恐ろしいソフトですよ。Finaleと大きく違うのはプレイバック機能の充実さでしょうか(トリルも再現できる)。勿論、記譜能力もFinale以上のことができます。私は間違いなくIgorに乗りかえるでしょう。
 しかし、Finaleも最近のヴァージョンは頭がよくなりましたね。タイや臨時記号の衝突をいちいち手で直していた頃がウソのようです。
 プロメテウスさん、Finaleでしたら私も勿論ですが、エキスパートはいっぱいいますよ。ネット上でも、吹奏楽関係で力のあるかたが・・・・・

>蝸牛の旋さん
 リンドベルイはそうですね、私は昔の、そう、「UR」とかのころのが好きです(だから以前も「好きな作曲家」ではなく「個人的に好きな曲を何曲か書いている作家」という書き方をした)。まだ若い作家ですから、今後がどうなるのか・・・・・

 ベンジャミンの作品は、何と言うか不完全燃焼な感じを受けました。どう考えてもあれじゃ終われないだろ(笑) 短い間に早口で一気に捲くし立てられた感じがしました。

 レンツは、この掲示板で関心を持つ人がどれほどいるか疑問だったので「・・・・・」だったのですが、反応があるのは嬉しい限り。
 スケール(ディナミクスではなく「奥行き」ね)が大きいのはよく分かるし、独特の感覚を持っている作家だと思うのですが、どうだろう。緊張感を強いているわりには音遣いに「ほっとさせられる瞬間」があって、その瞬間に普通の感覚になってしまう。「思いつきで書いてるんではないか」と勘ぐってしまいたくなる。どうも環境音楽や付随音楽的に聞こえてしまうんですね。音楽それ自体での主張が薄いと言うか。それこそプラネタリウムか何かを上映しながら、真っ暗な中で、あちこちに分散されたオーケストラで聞いたら陶酔的な感覚に浸れるんではないかなぁ。

 ディロンは実は初体験でした。私にとって、まだディロンはファーニホウあたりと一括りになってる作家なのですが、もっと聴いてみたいと思いました。私見ですが、「新しい複雑性」の中で、ファーニホウが結果として緊張感の高い、スタティックな方向を持っているのに対し、ディロンはどっちかと言うと悦楽主義というか、そういう方向に向いているような印象を受けました。そういう意味ではナンカロウに通じるところがあるのかなぁ。

 さてさて、シェーンベルクが1921年に「5つのピアノ曲」で十二音技法を「発見」して80年。このごく短期間のうちに音(というか表現)のパレットはおそろしい勢いで拡大され、様々な「新しいこと」が発見されました。新世紀になって今作曲家に求められているのはどのようなことなんでしょうね。昔と違って、この場にいながらにして多くの情報を手に入れられるこの時代、「技法を獲得する」ことよりも「技法(情報)に埋められてしまう」ことが多くなってるように感じます。個人的には「新しい手段を発見する」ことよりも「自分らしさを持ちつづける」ことができた作家が、これからの作曲界において個性を発揮できるのではないか、と感じています。ごく当たり前のようなことですが、これが存外難しい。 だから私は、自分の音楽上の出発点である吹奏楽は自分の中で大事にしておきたいなぁ、と思います。それに縛られちゃ、おしまいですけどね。

>ののさん
 ということで、いつも教えていただいてもらってばっかりですが、ディロンのお薦めでしたら何を挙げられますか?
 私の一番の師匠はののさん(と、いしづかさん)かも知れなひ・・・・・

サントリーサマーフェス 投稿者:のの  投稿日: 8月30日(木)23時26分26秒
去年は全く行く気が起こらず行かなかったのですが(除芥川賞)、今年は行きたかったのに(除芥川賞 (^ ^;;))行けませんでした。

> ディロンは割と最近興味を持ち始めて、今回は彼の作品目当てで来たようなものです。
> そして実際聴いてて面白かったのはこれが1番。初演者がツェートマイヤーならば
> 彼の録音も期待できそうなので、もっとじっくり聴いてみたいと思いました。
私も、今回の一番のお目当てはこれでした。録音に期待するしかなさそうですね。弦楽四重奏曲第2番他のディスクが早く入るといいのですが。

> ただし、ヴァイオリン協奏曲の近作における「リゲティ・ショック」
> を上回ることは出来なかったかなあ。
リゲティの生涯の集大成のあの曲を越えるのは、そんなに簡単なことではないでしょう。比べるとしたら、同じくらいの歳で作曲した『二重協奏曲』じゃないでしょうか。

私は、ディロンはリゲティ程度までは行ける才能だと思っています。
> まだ誰もが未体験の「21世紀の音楽」はどこから現れるでしょう?
「現代音楽」と呼ばれているフィールド以外にも、優れた音楽はたくさんあります。というか、今やほとんどそちらだと思います。

フィナーレ 投稿者:プロメテウス  投稿日: 8月30日(木)22時26分27秒
私が知っていた物の他にも、いろいろとあるのですね。
決して安い買い物ではないと思いますので、もう少し考えてから購入しようと思います。

でも、NAPPさんの「フィナーレなら多少アドバイスできると思います」という言葉に甘えてしまいそうな、雰囲気です・・・。(汗)

前世紀の音楽 投稿者:蝸牛の旋  投稿日: 8月29日(水)22時37分29秒
ご無沙汰しております。
私も先日のサマーフェスティバル、聴きに行きました。相変わらずというか、ひょっとしたらいつも以上に客の入りが悪かったかも。プログラムも数年前と比べてかなり小さくなって…

リンドベルイは、やはりサントリーで過去聴いた「コレンテ2」「オーラ」といった作品のイメージとダブりました。実にスタイリッシュで聴き心地が良いのですが、かつて「クラフト」辺りからファンになった私にとっては、丸くなるのはまだ早いんじゃないの?という気にもなりました。

ベンジャミンとレンツは何とも語りにくい。特に後者は確かに「・・・・・」となるのもわかるような。内心「どーしろっつうねん」とツッコミ入れたくなりました。

ディロンは割と最近興味を持ち始めて、今回は彼の作品目当てで来たようなものです。そして実際聴いてて面白かったのはこれが1番。初演者がツェートマイヤーならば彼の録音も期待できそうなので、もっとじっくり聴いてみたいと思いました。ただし、ヴァイオリン協奏曲の近作における「リゲティ・ショック」を上回ることは出来なかったかなあ。

全て去年(=20世紀最後)初演の作品ということで何気にこのタイトルが浮かんだのですが、実際これらの曲に対する「耐性」あるいは「許容」といった素地が、私のような(一般的には特殊ですが)市井の音楽ファンにもある程度浸透しているのかな、という印象を持っています。
ひょっとして、新しい音楽(更に言うと音楽自体)にかける期待がそもそも低いから、落胆も少ないとか…ちょっと穿ち過ぎでしょうか。

まだ誰もが未体験の「21世紀の音楽」はどこから現れるでしょう?

>Finaleなど  投稿者:渡部謙一(わたなべ けんいち)  投稿日: 8月29日(水)14時20分44秒
ひさしぶりにやってきました。
私はフィナーレ・ユーザーなので、これからお買い求めになる人にも、一応フィナーレをお勧めしている事が多いです。使いこなすのにはかなりの労力が要りますが、自分の心が少しでも「マニアックだ!」という人には強くお勧めします。先に管理人様が「IGOR」のことを書いていましたが、確かにこれが出ればかなり楽譜ソフトの地図が変るかもしれません。ただ、今のところ未知数ですから、とりあえずは地道に開発を続けてきたフィナーレに強みはあると思います。

Nightingaleはマックでしか使えないのが問題。吹奏楽編曲で有名な鈴○英○君も使っていますが、彼自身もその辺の所を悩んでいました。よね?英史君?
Sibeliusはヨーロッパでかなり使われていますが、最近の版はフィナーレのファイルが読めるような機能がついているようです。ま、何をか言わんや、ということです。

こんな感じでしょうか?

ノーテーションソフト 投稿者:Rにみにみ  投稿日: 8月29日(水)12時22分47秒
30段もあるようなスコアを書くならFinaleが必要でしょうが、パート譜の清書やアンサンブル程度ならFinaleの廉価版であるPrintMusic!でも十分だと思います。
こっちなら市中のソフト屋でも見かけることも多いです。
#Finaleを売ってるのは...みたことない:-p

http://member.nifty.ne.jp/nimi/


マグヌス・リンドベルイ「グラン・デュオ」 投稿者:NAPP  投稿日: 8月29日(水)01時53分51秒
 今日は上記の曲を聴いてきました。サイモン・ラトルの委嘱により1999〜2000年に書かれ、ラトル指揮のバーミンガム市交響楽団によって初演されたこの曲は、編成は三管編成のオーケストラから完全に弦楽器・打楽器を除いたものとなっています。
 20分ほどのこの曲は、タイトルが表す通り、様々な組み合せによる断片的な二重奏(+α)が集積されていく(結果として四重奏や六重奏などに発展していく)ことを中心に構成されており、それぞれの部分の間にtutti的なものを挟む、というような造りになっていました。音響層を構築していく、というのではなく、あくまでも細かい線的な動きにより対位法的に曲を織り成していくという手法は、おそらく管楽器の音色の特性に起因するものでしょう(それぞれの楽器の音色があまり融合せず、分離して聞こえがちである、というアレ)。
 様々な楽器が次々に細かい動きで出入りする、ということにより管楽器の音色の多様性が強調され、また、それぞれの動きがソリスティックであることから、この作品は所謂「吹奏楽」ではなく、限りなく室内楽にちかい、いわばウインドアンサンブルのための作品であると言った方が適切でしょう。
 曲全体を通して本当の意味でのtuttiの部分というのはほとんど無く、tutti的な部分でも金管楽器だけが鳴っていて木管は休み、ということがほとんどでした。全体的に「木管vs金管」という図式があり、二重奏の組み合せとしても「金管X木管」という組み合せはほとんど見られなかったように思います。
 テューバの高音域が多用されているtutti部分を聴くと「吹奏楽的だな」と感じられたり、コントラファゴットの低音域やファゴット同士の掛け合いなどを聴くと「オーケストラ的だな」と感じてしまったりしたのですが、こうしたところに、どこか私の内で「吹奏楽の音響」というものに対する固定したイメージが存在してしまっているのかなぁ、と思ってちょっと考えてしまいました。
 ともかく、管楽器の音色の多様性と線的な動きの複雑な絡みなど、既存の吹奏楽作品には聴けないような注目すべき点がたくさんあり、実に楽しく聴けた作品でした。

 ちなみに、ジョージ・ベンジャミン「パリンプセプト」の弦楽器を少数にした意図は、別に管楽器に重点を移すというのではなく、弦楽器にも「線の鋭さ」や「ソリスティックな要素(技巧的にも音色的にも)」を持たせるためであったように思いました。

 ディロンのVn協奏曲は、「めちゃくちゃ愉快」は言いすぎだったように思いますが、なかなか凄まじい曲でした。Vnの堀米ゆず子さんの熱演はすごかったです。よくあんなの弾けるなぁ。 指揮者がソリストの譜面をめくるのは初めて見ました(笑)

 ゲルゲス・レンツ「星」は・・・・・

Finaleなど 投稿者:NAPP  投稿日: 8月29日(水)01時51分19秒
>プロメテウスさん
 私、DTMの知識はどっちかと言えばない方なのですが、分かる範囲でお答えしますね。
 FinaleとOvertureでは、私はFinaleの方しか使ったことがないので何とも言えないのですが、確かにFinaleは「書けない楽譜はない」と言ってもいいほどの多機能さを誇っています(誰でもFinaleを使えばどんなのでも書ける、というわけではないのは要注意ですが)。実際、現代モノのオーケストラのパート譜はFinaleで作成したものを使用している出版社も少なくないです。
 しかしながら、阿部さんも書かれているように、特殊なものでない楽譜程度でいいのなら、比較的簡単にFinaleでも作成する事はできます。入力方法もMIDIキーボードからリアルタイムで入力するのから、クリックで音符を貼り付けていくやり方まで、3通りほどありますので自分の実力・環境にあった方法が選択できます。現在のヴァージョンではビデオ・チップスやチュートリアルも用意されていますのでそれなりに独学でも習得できますよ。

 ただ、Finaleはあくまでもノーテーションソフトであってシーケンサではありません。記譜以外の機能(リアルタイム採譜だとかプレイバックだとか)も期待するのであれば、他の選択肢もあります。例えば、Performerというソフトですと記譜能力はFinaleに劣りますが通常の楽譜作成には許せるだけの能力はありますし、プレイバック機能がFinaleのソレより充実しています。
 自分がDTMの「どの能力を」期待しているのかによってはムリにFinaleにこだわる必要はないでしょう。

 余談ですが、Finaleの他に有力なノーテーションソフトとしてはSibeliusやNaightingaleも愛用者が多いですね。私はこの三者の中からFinaleを選択しました。自分では結構使いこんだ方だと思ってますので、Finaleの操作法に関してでしたらアドバイスは差し上げられると思います。
 さらに余談ですが、現在開発中のIgorというソフトがありまして、これが発売されればノーテーションソフトの勢力図がガラリと変わるのでは、と個人的には予測しています(笑)

楽譜作成ソフト 投稿者:阿部達利  投稿日: 8月29日(水)00時26分31秒
「Finale」をちょっとかじったくらいですが、そこそこのクオリティのものは割と簡単に作れると思います。
がんばればプロ並のクオリティのものも作れる多機能さ(かなりの特殊記法もOK)はありますが、最初のとっかかりの敷居はそんなに高くないのではないかと思います。

あとは用途と価格との相談ではないでしょうか?

http://www.wizvax.net/abe/winds/


楽譜作成ソフト 投稿者:プロメテウス  投稿日: 8月28日(火)23時50分40秒
PCでの楽譜作成ソフトについて聞きたいのですが、宜しいでしょうか。
「FINALE」と「OVERTURE」の2つが有名なようなのですが、どちらの方が使いかってがいいのでしょうか。

前者はプロ用と聞いています。やはりプロ用となると、それなりに操作性が難しくなるのてじょうか。

いろいろ 投稿者:NAPP  投稿日: 8月28日(火)02時40分21秒
>JUNさん
 段々とコンクールでもオリジナル作品に取り組むバンドが増えてきてくれているのは嬉しいことです。こうやって段々選曲の幅が広がっていってくれるといいですね。
 「吾妻鏡異聞」のVTRは興味あります。解説によると「5群に分かれそれぞれの群に指揮者を立ててマルチテンポで演奏される部分がある」らしいのですが、そこがどうなっているのか面白そうです。「響宴」のときは「全ての群をリアリゼーションしたヴァージョンで演奏され」たのだそうで、きっと微妙に意図が異なった演奏になってると思うんですよね。解説だけ読んだときはシュトックハウゼンの真似か?とか思ってたんですが、聴いてみたら違う方向性を意図してるように思いました。
 「響宴IV」のCD、私は買って良かったと思ってますよ。あえて順位をつけるなら「I > IV > II > III」だと個人的には思います。

>jackieさん
 何の話ですか?

>にみにみさん
 反則、かなぁ(笑) 一般的、という意味では反則かも、ですが、ホールとしては面白そうですね。聴いてみたいなぁ。



 芥川作曲賞、受賞作の原田敬子先生の作品は素晴らしいものでしたね。審査員の先生たちが言わなかったことで私が思ったのは「異化された空間性の素晴らしさ」。ソリスト全員にあえてP.A.を通す(音量的には無くても問題ないのだけど、そこをあえて)ことによって音にある種異様な指向性を持たせることに成功していたのが、これまでに感じた事のない音体験となって新鮮でした。審査員の先生たちは二階席で聴いていたためか、私には舞台配置の意図は成功していたように思えます(私はバンダのVn群とステージのちょうど真ん中あたりで聴いていた)。おそらく初演時のホールでは、客席の一番後ろにバンダを配置しても音が分離しないような位置配置になっていたであろうと思います。昨年の「だるまさんがころんだ」と同様、演奏会場の問題というのは大きかったですね。また、作曲家にとって、作品というのがただ単に「どこでもいいから、ステージの上で演奏されれば意図が再現される」という時代はとっくに終わっているということでもあると思いました。
 再来年の委嘱作品が実に楽しみです!

 明日(今日?)のマグヌス・リンドベルイの弦抜きオケ作品が実に楽しみです。ディロンのVn協奏曲も「めちゃくちゃ愉快な曲」だそうですよ。

 どうでもいいことですが、PCをMacに変えました。ちたん、ちたん。

設計の段階から「吹奏楽のため」に作られた音楽ホール 投稿者:Rにみにみ  投稿日: 8月27日(月)12時27分58秒
航空自衛隊中央音楽隊の練習場...てのは反則か。
一度入れてもらいましたが、それはそれは立派な「ホール」でした。パイプ椅子を並べたら2,300人は入るはず。

http://member.nifty.ne.jp/nimi/


barenboim 投稿者:jackie  投稿日: 8月27日(月)12時09分45秒
と組んだエルガ−はフィラデルフィアフィルじゃなかったですか?

訂正! 投稿者:Jun  投稿日: 8月27日(月)06時35分19秒
失礼しました。
代表になった原町一中の自由曲はドビュッシーの『海』で、『早わかり』を取り上げたのは「原町第二中学校」(金賞)でした。ああ、CDで聴きたかった(^^;)。
勘違い投稿スミマセンでした。お詫びします。

今年のコンクールから 投稿者:Jun  投稿日: 8月27日(月)06時26分00秒
8/25〜26の両日吹奏楽コンクール東北大会が開催されましたが、全国大会への代表のうち以下の団体には注目したい。

・秋田県立新屋高校:自由曲『エクスピエイション』(天野正道)
・原町市立原町第一中学校:自由曲・組曲『早わかり』より(グレンジャー)

今年は全国各地で天野先生の作品が取り上げられているようですが、まず1曲全国大会に登場します。そして『早わかり』は以前此方の掲示板でも紹介されていたと思いますが、確か渡部謙一先生の新しい編曲だったはず。相変わらずの編曲作品が幅をきかせている中こういう曲が全国に紹介されるのはうれしいですね(^^)。(さらに9/9に予定されている一般の部では、秋田吹奏楽団が同じく天野先生の『エマナチェイ メヂタチェ』を取り上げます。)ついでにいうと、青森県の三本木高校が飯島俊成先生の『河は大地を緑に変えた』という曲を取り上げていたそうです。これも興味深い。

Napp様、

>天野正道先生の「瑜伽行中観 吾妻鏡異聞」は素晴らしい作品ですね。

私は東京の藤村女子学園高校吹奏楽部の演奏をビデオで持っております。
大変面白いと思って聴いていましたが、顧問の先生に確認したところ、実際のステージでは一部の楽器が不調になるなどのトラブルがあって、満足できる内容でなかったとのお話でした。『響宴IV』買ってみようかな?

演奏会ねた 投稿者:NAPP  投稿日: 8月24日(金)00時41分26秒
掲示板が日記状態ですが、まぁ、いいや。今日もそんな感じのネタです。

現在、サントリーホールで「サマーフェスティバル2001」が開催されてますね。で、8月28日は「音楽の現在 〜海外の潮流」と題して管弦楽の演奏会が行われます。 んで、そのプログラム中にマグヌス・リンドベルイ「グラン・デュオ」とジョージ・ベンジャミン「パリンプセスト」の二曲があります。吹奏楽関係者はこの二曲は要チェックです。
 リンドベルイ(クリスティアンではないよ)は私が個人的に好きな曲を何曲か書いている作家なんですが、「グラン・デュオ」はストラヴィンスキーの「管楽器のためのシンフォニーズ」をモデルにした作品です。つまり、オーケストラといいながらも「管楽オケ作品」なんですね。音楽的にも表情の変化に富んだ、かなりよくできた作品らしいです。
 ベンジャミンは先日お伝えしたとおり、2003年度の武満賞審査員。「パリンプセスト」はオーケストラの弦セクションが「Vn 5、Vla 3、Vc 0、Cb 8」と極端に少なく、それに対し管は3管フル編成。必然的にアンサンブルの中心は管楽器となり、イギリス現代音楽界の早熟作家がどのような運用をするのかは興味深いところですね。
 他に、ロックバンドのギタリスト出身の作曲家、ジェイムス・ディロンのVn協奏曲は「現代音楽アレルギー」の人にもお薦めです。
 19:00開演。演奏は高関健指揮・東京都交響楽団です。

 ところで、私は今日の室内楽の方にも行ってきました。聴いた中ではゲオルグ・ハース「モノディ」が一番よかった。どうも私はスペクトル楽派っぽいのが好みらしい。 しっかし、私にはエリオット・カーターって、どの曲聴いてもどこが面白いのかよく分からないです。むぅ。

CDねた 投稿者:NAPP  投稿日: 8月21日(火)01時50分08秒
昨晩のCDネタのことは忘れて下さい m(_ _)m
聴いてみたところ、リームもシェルシも吹奏楽ではなかったです。曲としてはとても面白かったんですけどね。一応タイトルだけ書いておくと、
Rihm「Abschiedmarsch」(2'17" ブラスアンサンブル曲)
Scelsi「I Riti」(2'05" 打楽器アンサンブル曲 「Riti」とは別モノ)
という曲でした。このCD、他にもGruber「Entmilitarisierte Zone」とか面白いマーチが聴けました。「ラデッキーマーチ」とか「3つのオレンジへの恋」とかも入ってるので曲に手を加えているものもあるようです(全部ではない)。
「hr-brass」というのはフランクフルト放送響のメンバーを中心に組んだ団体だそうです。演奏は素晴らしく上手です。

(レーベルなど)
  Capriccio 10 839 「Entmilitarisierte Zone ・ Marsche」


 CDネタが溜まっているのでもう一題。
 なんだかんだ言って(言ってるからこそ?)、私は響宴のCDは全て欠かさず買っているのですが、IVに収録されている天野正道先生の「瑜伽行中観 吾妻鏡異聞」は素晴らしい作品ですね。これは是非ナマで聴いておきたかった(あの日はどうしても外せない用事があって聴きに行けなかった)。響宴のCDを買うのに今一つ躊躇してしまう人でも、今回のはお勧めです。 他には鈴木英史・織田英子両先生の作品がよかったです。

武満賞の 投稿者:NAPP  投稿日: 8月20日(月)02時39分21秒
審査員って、7月31日に既に発表されてたんですね。
2003年度 ジョージ・ベンジャミン(イギリス)
2004年度 マグヌス・リンドベルイ(フィンランド)
2005年度 ジョン・アダムズ(アメリカ)

 だそうです。人選に関しては何も言いますまい・・・・・

 今日、マーチのCDを買ったのですが、どうもシェルシとリームの吹奏楽マーチが収録されてるみたいなんです。まだ聴いてないのでホントに吹奏楽なのかは分かりませんが、解説書を読む限りアレンジではないし、演奏団体(hr-brassという団体。木管も入ってる)の編成は大編成ではないものの管楽アンサンブル。聴いたら詳細を報告しますね。ちなみに、カーゲルの「勝ちそこないのための10の行進曲」も収録されてます。

いろいろ 投稿者:NAPP  投稿日: 8月17日(金)16時43分38秒
>S.O.さん
 そう、あの年は「深層の祭」だったんですよね。他は「交響的舞曲」と「カーニバルのマーチ」。「交響的舞曲」はフラット系mollのタランテラ、と好きな人は無条件で好きなある意味反則技(笑)。軽いノリが好きなバンドはラテンの血が騒ぐ「カーニバルのマーチ」にコンテストマーチである「スタウト・アンド・シンプル」よりも魅力を感じたでしょうね。
 「セフェイドII」のお話、ありがとうございました。その後「III」は作られたんでしょうかね?「I」というのもあるのかな?
 吹奏楽の曲が人気を得るにはやっぱり「有名バンドがコンクールで演奏する」というのが必要なんでしょうね。池上先生で「瞑と舞」だけが有名になったのは大昔に伊丹東中(だったっけ?)が名演と言われる演奏をしたことが原因だと思うのです。きっと「聖アンソニー変奏曲」は天理高が演奏しなかったらあそこまで流行ってなかったろうし、「メトセラ」だって初演したのがヤマハではなくどこかの普通の一般バンドであったらどうだったか。逆にたいして面白くない曲でも有名バンドがコンクールで「鳴らして」くれれば大人気になることすらある。作品より前に演奏団体ありき、という今の状態はやっぱどっかおかしい。

>如月綾香さん
 お久し振りでした。
 なるほど、確かに東京文化は吹奏楽向きのホールかもしれませんね。曲にもよると思うのですが、残響の少ないホールのほうが吹奏楽に適しているのでは、というのはそうかもしれませんね。設計の段階から「吹奏楽のため」に作られた音楽ホールって、世界のどこかにはあるのでしょうか?まだそこまでではないかな?

 「部活とコンクール」の問題は、指導する人の意識の問題でしょうね。そして、その意識の在り方は人それぞれであり、万人を納得させられる在り方というのはないでしょうね。
 指導する人が「自分が学生時代にやったこと」もしくは「成し得なかったこと」を、自分の被指導者にも期待してしまうことがコンクールに盲進させてしまう原因なのでしょう。もちろん、やり方によってはそれでも被指導者たちも喜ぶこともあるでしょうけれど。
 コンクールで全国大会に進むバンドにいる生徒と、いつも県大会落ち生徒。そのどちらにいても「部活動をやっててよかった」と思える気持ちは一緒であってほしいと思うのです。
 「吹奏楽部からはじめた音楽体験」というのはやっぱりその生徒にとって「これから音楽と関わるきっかけ」であってほしいです。のちに吹奏楽やめても音楽に関心を持ち続けることができてくれれば嬉しいと個人的には思います。無論、学校を出た後に吹奏楽を続けることも自由です。しかし、自分に続く全ての学生吹奏楽部員が自分と同じ考えであるとは思って欲しくないですね。それが私が吹奏楽指導者に望むことです。

>ヒロナリさん
 こちらもお久し振りです!
 「クラシック」=時代区分
 「西洋音楽」 =地方区分
 であって両者の乖離とは? まぁ、ここでする話ではないですな(笑)


 さてさて、先日秋田で「ワールドゲームズ2001」の開会式がありましたね。以前ここで紹介した通り、石井眞木先生の初の(私が知っている限り)吹奏楽作品「まほろばの秋田」が自衛隊第9音楽隊によって初演されました(NHK教育で放送されました)。まぁ、式典音楽ですから本来の作風とは欠け離れたものでしたが、なかなか親しみやすい曲でしたよ。合唱付き。
 ただ、入場行進の曲は石井眞木作曲ではなく、田中賢「第1行進曲」になっていました。これも新曲なのかな?
 これまでに行われたこのような大きな行事の式典音楽を纏めたデータベースってどこかにないでしょうかね?きっと矢代「白銀の祭典」のような曲や多くの著名作曲家によるマーチが人知れずいっぱい埋もれているはずです。

おひさしぶりです。 投稿者:ヒロナリ  投稿日: 8月16日(木)13時50分21秒
以前書きこみをしておりました、
ヒロナリです。

近現代の西洋音楽について、
「クラシック」と「西洋音楽」の乖離について議論するML、
「シリアス音楽研究会」を立ち上げました。

「シリアス」ってなんじゃい、と思う方、
近現代の西洋音楽がお好きな方、
どうぞご参加ください。

こちらからどうぞ。↓

http://www.musicunit.net/contents/top_flame.html


1か月ぶりの書き込みです 投稿者:如月 綾香  投稿日: 8月15日(水)23時17分48秒
お久しぶりです。
自分の前のカキコを見たら、ちょうど1か月前でした。
その間に管理人さんのレスが入っていたことに気付かず、大変失礼しました。

>>東京オペラシティは、他のホールに比べて響きが良すぎるためか、
>>吹奏楽には向いていませんね。
>私もそう思います。規模にもよりますが、逆に吹奏楽に一番向いているホールというのはどこの
>(もしくはどんな)ホールなんでしょうか。今までで一番しっくりくきたのは、実はすみだトリ
>フォニーだったりしたのですが。曲によっては野外(笑)。

 吹奏楽の大編成を念頭に置くと、私は、オーケストラのホールとしては古参となってしまった、東京文化会館が良いかと思います。
 今、オペラシティやサントリーホールといった「響くホール」が当たり前となり、東京文化会館で、例えば都響やシティフィルといったオケを聞くと、「何か物足りない」気がするようになりました。
逆に、吹奏楽なら、響きすぎるホールは×ですね。

>そもそも学校の部活動の本当の意義は「音楽を教えること」よりも「音楽を通して何を教えら
>れるか」ということなのかもしれません。音楽は「手段」であって「目的」ではないのではない
>でしょうか。

そのとおりだと思います。
音楽だけではなく、集団での生活、先輩・同級生・後輩とのつきあいなどの人間関係を「学ぶ」場ですね。

>「コンクール至上主義」というのも、吹奏楽という音楽形態全体では忌避されるべきものかもし
>れないけれど、何らかの目標を持たせるという意味では、学校吹奏楽においてはいいことなのか
>もしれない。

 生徒に、コンクールという「目標を持たせる」というのも必要だと思います。
 しかし、私は、「コンクール至上主義」の意味の中に「単なる目標」以上の意味が含まれているんじゃないかと思っています。
 例えば、コンクールまでの数ヶ月間、コンクールの曲しか練習させないとか…。
 目標がコンクールと文化祭しかないとか…。
 前にもチラッと書きましたが、指揮者(指導者)が独りよがりで、外部に「実力」を発揮できる唯一の場所であるコンクールに異様に燃えてるとか…。
 吹奏楽部員って、文化部なのに「運動部的」な考え方がありますよね。
 例えば、コンクールに人数制限がありますね。部員が多いところだと、全員がコンクールに出ることができません。そうすると、やる曲にもよりますが、野球で言うところの「ポジション争い」が起こりますね。
 「コンクール」が「勝ち負けの場」である以上仕方がないことかも知れませんが、そういう体質を体に染みこませた人達が大学・一般と進んでいけば、そこから脱出することはなかなかできないのではないかと考えます。
 何が言いたいかというと、学校現場では「手段」であるはずの吹奏楽が、コンクールによって結局「目的」とすり替えられているんじゃないか…ということです。
 これは、指導される先生の意識一つで変わることだとは思いますが、今、どれぐらいの先生方が上手く折り合いを付けていらっしゃるんでしょうか?

 私は、決してコンクールを否定する者ではありません。管理人さんの仰るとおり、生徒たちの「一大目標」として位置づけ、頑張って練習させるという意味では必要なことだと思います。
 しかし、「それだけ」で自ら音楽の楽しさを理解するには、まだ幼すぎる…と言わざるを得ません。

 ここに来られる方の中に、現場の先生もたくさんいらっしゃると思います。今更そんなこと言われなくても…と思われるかも知れませんが、現在吹奏楽の「外」にいて、教育・文化に多少関わっている者の一つの意見として捉えていただければ幸いです。

http://members.goo.ne.jp/home/kisaragi-ayaka/


(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 8月15日(水)21時34分07秒
>「スタウト・アンド・シンプル」
よく理解されているので、勘違いだったみたいですね。やはり、別の人の発言だったのを、NAPPさんだと思い込んでいたんでしょうね/(x_x)。
確か「深層の祭」の年だったんですよね。それじゃ、影が薄いはずだ。他の2曲は、名前も覚えていない・・・・。

>「セフェイドII」
 10年位前に、大阪での演奏会で聞きました。本当は、新作「セフェイドIII」を発表する予定だったところが間に合わなくて、旧作の再演となったのでした。
 作者本人も指摘しているように、メシアンの影響が強い現代的な作品でした。あまり細部まで覚えていないのですが、とても感動した記憶があります。

res 投稿者:NAPP  投稿日: 8月15日(水)14時18分20秒
>S.O.さん
 阿部先生って、こうしてみると現代音楽界で名の知れた人としては浦田健次郎先生に匹敵するほど吹奏楽作品が多いのですよね。個人作品集のCDとか出たら嬉しいのに。そろそろパフォーマーではなく作曲家に焦点をあてたCDがもうちょっと増えてもいい時期ではないかなぁ。

 池上先生の評価としては「どっかで聴いたことあるような」というのをよく耳にするのですが、そのサウンドはかなり複雑なものであるので一つの才能とも言えるのではないかと思ってます。あれはただのマネではない。
 「セフェイドII」という作品は初めて聞きました。どのような作品なのでしょう?

 「スタウト・アンド・シンプル」はリスト中ではかなり高い評価をしたつもりでしたが(笑)。酷評だったのは別○先生の・・・・・
 ともかく、三つの主要主題が色々な組み合せで用いられ、最後に同時回帰するあたり、かなり洗練された作曲技法が見られますし、それを聴かせられるオーケストレーションも見事だったと思います(益野さん好み?)。
 あの年は他の課題曲にも優れたものがありましたので、ちょっと陰に隠れちゃった存在かな?
 原先生といえば、Pf協奏曲の初演者であるS見KZ子先生にその時の話をされ「楽譜は早く渡すものよ」と言われたことがあります(笑)
 来年はマーチ以外の年ですので、課題曲にするにはふさわしい人選だったかもしれませんね。楽しみにしてましょう。

 課題曲も、必ずしも新作である必要はないのですよね。時間的に適合するのであれば試験的にでもいいから一回くらいやってみても面白いかもしれませんね。
 「大学の部以上しか選択できない、高難度の曲を一曲混ぜる」という話、どうなんでしょう?実現すれば吹奏楽のレパートリーの幅は確かに広がるとは思うのですが・・・・・ 「難しい曲=音楽的に優れている」という誤った見方を助長することにならなければいいのだけど。


 20日に東京に戻ることになりました。う〜ん、愛知の、行きたいけどゼミが・・・・・

来年の課題曲 投稿者:S.O.  投稿日: 8月13日(月)22時08分31秒
の委嘱は、原博氏のようですね。マーチ「スタウト・アンド・シンプル」の作者ですね。長崎大学で教鞭をとっていた人ですが、もう東京に戻られたかな。
 「スタウト・アンド・シンプル」は、課題曲としてはあまり人気が無かったと思われるし、確かNAPPさんも、手酷く叩いていたような記憶があります。まあ、この作曲家はいわゆる保守派の人ですし、確かに「男はつらいよ」風の安直なメロディは、現代音楽を知る人にとってはウンザリという気持ちも判らないではありません。でも、よくよくこの曲を分析してみると、綿密な計算と周到な設計で組み立てられていて、素人の行進曲とは明らかに違い、吹奏楽初挑戦ながら、さすがプロだと思わせる優れた出来栄えだったと思うんです。だから、第二作は、ちょっと期待しています。

 でも、以前に提案したような課題曲の選考方法はできないものでしょうかね。例えば、先日亡くなった團伊玖磨氏の「奏鳴曲」など、追悼課題曲として取り上げてみるなど・・・。


(無題) 投稿者:S.O.  投稿日: 8月13日(月)21時48分15秒
それにしても、阿部亮太郎氏って、高校時代からどんどん吹奏楽作品を書き、定演にのせてたんですねえ。
池上敏氏も、けっこう沢山書いているのに、「瞑と舞」以外はほとんど演奏されていないですもんね。「瞑と舞」は、作者自身は「どうしてこの曲だけ人気があるのか・・・・?」という思いがあるようですし。氏の「セフェイドII」などは、結構優れた傑作だと思うのですが。

ラジオは聞き逃してしまった。もう、FMはほとんど効かなくなってしまったもので・・・・。

遅い情報ですが 投稿者:NAPP  投稿日: 8月12日(日)14時54分40秒
今日、都立大泉高校の定期演奏会で阿部亮太郎、池上敏の新作が初演されたそうですね(両先生は同校のご出身)。詳しくはこちら(私の知り合いのSax奏者がここの出身)
http://www.lares.dti.ne.jp/~takano-y/Ohizumi.htm#TOP
しかし、阿部亮太郎先生の作品をこれだけたくさん演奏してるとは・・・・・

東京佼成W.O.の松下功先生への委嘱作品ってのも気になってます。

さ、ラジオ、ラジオ・・・・・

ということで 投稿者:NAPP  投稿日: 8月10日(金)14時44分30秒
>暑炎指揮者(笑)
 気に入っていただけたようで安心です(何を今さら?)。
 今回のことで若かった頃に思っていたことを色々と思い出せましたよ。演奏の現場と関わりながら作業をするのはとても勉強になりました。演奏者の皆さんが作曲者と直に関われたことで、同じように何か感じることができたのだったら嬉しいですね。それで今後楽譜を読むときに何か感じてくれるようになってくれていたら幸せ。

>yasubouさん
 病み上がり(しかも肺)にアレはきつかったでしょうね。今回の曲で低音がしっかり鳴るようになっていただけたらラッキーです(笑)。木管楽器の人みたいに、出来るようになってもあんまり役に立たない重音奏法を身につけた方もいらっしゃると思うのですが(笑)
 長吹さんの練習場は確かに暑かったです (;^_^A ただでさえ暑苦しい曲でしたしねぇ。冬は冬で木管の人はトリルが厳しくなってしまうかも。
 私は「砕けた」というより「こわれた」人かも (^-^)

 あの曲も、これだけ受け入れてもらえて幸せ者です。長吹さんにはほんとに感謝です。

 というわけで(?)、「NAPPの作曲部屋」のほうに「遮光の反映」のアナリーゼ、というか「演奏の手引き」というものを載せてみました。スコアがないとよく分からない部分がほとんどだと思いますが、まぁ、大体こんな曲でした、というのを他のかたで興味を持ってくださった人に分かってもらえるように、と。ずっと秘密にしてた曲の冒頭も、もう解禁でしょうしね(笑)

ひしひしと。 投稿者:yasubou@長崎市民吹奏楽団  投稿日: 8月 9日(木)06時16分15秒
yasubou@肺炎ホルン奏者です。

昨日は”遮光の反映”初演が終わった初の練習でした。
しかし気がつけば、ウォーミングアップで知らず知らずに、”遮光”の出だしのペダルトーンまでロングトーンやってました。癖になったみたいです。

今回”遮光の反映”演奏できた事が時間がたつにつれ、ひしひしと嬉しさが大きくなっています。ほんとにいい作品です。
次回演奏する時は、もう少し涼しくなってからやりたいですね。
中橋さんはわかっていらっしゃると思いますが、長吹の練習場は異常に暑いのです。^_^;

NAPPさんへ
長吹掲示板でのスパーボウルの件でのやりとりや、他の楽団員から聞いた
話で、結構砕けた方と認識しています。お会いできる事を楽しみにしています。(^^)

http://ncsb.squares.net


どもども 投稿者:ちんぴら指揮者@暑炎指揮者  投稿日: 8月 7日(火)17時38分42秒
>12月の「遮光」はTuba1奏者ヴァージョン
これはチューバ吹きの団員の休団がでるためでぇ〜す

>初演
NAPPさんがお褒め頂いておりますとおり僕的にも素晴らしい演奏でした。
(結果が代表落ちだったのはコンクール的にみてよろしくなかっただけのこと)
正直言って大学時代からの通算で考えても僕の3指にいれていいものです。
また、僕にとって「遮光の反映」は特別の愛すべき作品にもなりました。
”初演までのプロセス”を通じてこの作品とは切っても切れない縁になった感じです。
(しかしほんとうに素晴らしい作品ですよ。)

>現代では「演奏する」に当たって、参考音源などを使って「耳から入る」ことが多いのですが、
実はうちの団員はあんましこれやってないんですよ。毎回一部の希望者には頼まれた場合に貸して上げるだけで、合奏の場でみんなで視聴会なんて全くやりません。
第一僕自身が総譜を読む段階で参考音源なるものを聴くのを嫌います。
自分では聴かず、皆にも積極的に聴かそうとしないのは理由は2つ。。。。
1つは、参考音源の演奏の真似事のような演奏をして欲しくない。又、自分もしたくない。
2つめに、こういうのは聴きたい人が聴けば良いのであってわざわざ全員に強制的に聴かす為に貴重な練習時間を削くぐらいならその分音を出す方がマシと思ってるから。
そんなわけで楽譜から手探りで創っていくのはそんな意味ではある程度やってきているんです。
だからこそ「遮光」の楽譜を最初見た時点で???となっていた団員も徐々に取り組んで行けたんだと思います。

最後にもう一度言いますが「遮光」は素晴らしい作品です!

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


初演は成功でした 投稿者:NAPP  投稿日: 8月 7日(火)17時05分13秒
>イナジョーさん
 12月、私もお会いできることを楽しみにしていましょう。12月の「遮光」はTuba1奏者ヴァージョンですので、初演時とは少々異なるものですが(一応、正式なのは初演時のほうです)。

>ちんぴら指揮者さん、yasubouさん
 コンクール、お疲れ様でした。そして、私の曲の初演、ありがとうございました。
 院に入ってからずっと音楽学よりの活動が多く、最近はこの掲示板でも音楽の中身以外の点が話題になることが多かったですので、久し振りに本業に戻った、という印象です。
 今回、長崎市民吹奏楽団さんと一緒に新しい作品を創る、ということをさせていただき、大変多くのことを学ばせていただきました。とても感謝しております。
 現代では「演奏する」に当たって、参考音源などを使って「耳から入る」ことが多いのですが、今回のように全くゼロのところから音楽を創り上げる、つまり「楽譜から入る」創りかたというのは皆様にとって初めてのことであったと思います。今回の作品を通し、「演奏する」ということがどういうことなのか、そこにどういう楽しみがあるのか、ということを少しでも感じていただけたなら、作曲者としてこれ以上の幸せはありません。また、それは私にとって「大人数に楽譜で伝える」ことの難しさを再考するいい機会でもありました。未熟者の楽譜ゆえ、色々と問題もあったと思います。今回のことを踏まえ今後の活動に生かさせていただくことで、皆様の演奏への恩返しをさせていただけるよう、頑張りたいと思います。

 皆さんには黙っていたのですが、実は私の作品には「初演は失敗する」というジンクスがありました(笑)。過去、まともに初演されたことはないのです。今回は初めて成功と言える演奏になりました。どうもありがとうございました!

 後から聞いた話、演奏終わったあとに、床を踏む人が結構いたとか(悔しがってるわけではない)。クスクス。

 この曲のことを気にかけて下さった皆様、どうもありがとうございました。

 yasubouさんには12月にお会いできると思います。実物の(?)私は、あんまり口に出してむずかし〜ことを言うのを嫌いますので、掲示板とのギャップはあるかもしれませんが・・・・・ 実際、結構くだらないことばっか言います(笑) 大学の仲間には牙をむかれた人もいますけどね。

金賞でいいでしょうか? 投稿者:yasubou@長崎市民吹奏楽団  投稿日: 8月 5日(日)21時27分17秒
長崎県吹奏楽コンクールにて、NAPPさんの新曲”遮光の反映”初演させて頂き、”金賞”をいただきました。残念ながら県代表には選ばれませんでしたが、精一杯演奏させていただきました。
演奏後のお客さんの大きな拍手がとっても印象的でした。とってもいい経験させていただきました。とっても楽しい、コンクールでした。それでは、今後ともご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。m(__)m

追伸:結局今日もお会いできませんでしたね。団員の中には客席のNAPPさんを見つけていたものもいたようでした。今度こそ、お会いできる事を楽しみにしています。

http://ncsb.squares.net


大阪俗謡 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 8月 4日(土)23時43分51秒
これをやることにしたんですが考えていたのは以前からのことなんです。
理由は主に2つありまして、一つはこの曲はやっぱ関西弁で書かれているというよく言われる点。ご存じの通り青春時代を関西で過ごし、いまだに妙な関西弁が混じる私にはこの曲って自然に理解できる曲なんですよ。
もう一つの理由はここでは書き難いので直メしますね。

ps;最後の通しで止まっちゃいました。アハハハ・・・笑っとる場合ちゃうぞぉ〜
失礼しました。明日はマジメに頑張ります。たぶん最後は”キレ”ると思います。(爆)

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


以前,唐突に 投稿者:イナジョー  投稿日: 8月 4日(土)21時50分32秒
現われて,失礼な発言を残したまま失礼していたラ・○シュの作曲者稲村でございます。ちんぴらさんとこは,いよいよ明日が本番ですね。NAPPさんの曲どんなんでしょうか?聞いてみたいな。
12月に長崎でお会いできるといいですね。
ではまた。
実は私半年の病気休暇が済み,あとしばらく休職に入ることになっています。
これを機会に音楽や人生を考え直してみたいと思っております。
明日の演奏の成功をお祈りし,また12月にお会いできることを楽しみにしています。

明日が本番っ 投稿者:NAPP  投稿日: 8月 4日(土)08時40分17秒
>JUNさん
 なんだかお久しぶりです。
 そうそう、田村先生はHrn吹きだったんですよね(JUNさんもでしたね)。
 まぁ、饗応夫人は有名な曲ですからね。プログラムに載せても「昔、課題曲だったんだよね〜」という反応でしょう(笑)。
 個人的には田村作品(吹奏楽)ではTrp協奏曲「VOICE」というのを一番聴いてみたいですね。渡部先生の企画のシューマン「謝肉祭」のアレンジはパラフレーズ作品と言ってもよい珠玉の出来ですのでこちらも注目! でも私が一番好きな田村作品は「セレナーデ第2」ですね。日本音楽集団の定期で聴きました。

>LZFELTさん
>「音楽学」って、必要とする人には絶大な力を発揮するのだけど、
>必要としない人達の心を引き付けるものがあるのかなあ、という印象です

 う〜ん、これはしょうがないことですよ。音楽学に限らず、全ての学問(というより学術研究ですね)ってのはそういうものではないでしょうか。例えばつくばの日本人物理学者に「粒子と反粒子の減少速度の違いの研究」というのをやっている方がいますが、正直私の心は惹き付けられない(笑)。一般の人々にとって身近であるのかも分かりません。でも、ノーベル賞を有力視されるのですからこれはすごい研究なのだろうし、大変学術的に意味のある成果なのでしょう。

>音楽学者と一般民間人、別に対立しているわけでもないのに、双方
>歩み寄るような関係でもないってのが、お互い疎遠になっている証拠です。

 音楽学の定義が必ずしも全て一般大衆に常識として理解される必要はないと思っています。「音楽」というのは娯楽的一面が強いがために学問の対象としては見られないところがありますが、「音楽学」というのは学問です。一般人には訳の分からないところまで追求していくことも当然でしょう。物理学者のやってること、一般人に全て理解できますか?
 でも、学術研究が進んだからといって一般大衆にとって「音楽」そのものが疎遠になるわけではないですよね。五線譜が読めなくても音楽を聴いて楽しむことはできるのですから。
 「音楽」と「音楽学」の関係は、娯楽・社会活動としての「スポーツ」と「スポーツ力学」「スポーツ医学」の研究との関係に似ている、かな。
 繰り返しになりますが、ここの管理人は「音楽学」の人です。

>明治時代、日本の伝統芸能全般がそういった意識のすれ違いが一因で
>滅亡しかけたことがあります

 ちょいと話がずれますが、一般にはそう言われていますが最近の研究では必ずしもそうではなかったことが分かっています。明治に入って諸外国よりの国賓を迎えるにあたって日本側は饗宴を持った際、見様見真似の西洋音楽演奏と日本の伝統芸能とを交互に行っていたことが分かっています。この事により江戸期にほぼ滅亡していた能などの幾つかの芸能は復活し、日本の伝統芸能が保護・再評価される結果となったそうです。また、明治政府により作られた「音楽取調掛」の設立目的の一つとして「日本の伝統芸能の研究」も挙げられているはずです。他にも民間による保護活動も勿論あったし。塚原康子先生の論文集「十九世紀の日本における西洋音楽の受容」や、中村理平先生の著作「洋楽導入者の軌跡」、「藝大百年史」などを参考のこと。
 欧化政策というものが、必ずしも全ての分野に及んでいたわけではないようです。

>from きゅ〜しゅ〜 での私のプロのサッカークラブの例

 私が言いたかったのは、アマチュアとプロの在り方は根本的に違うゆえにできることも違う、ということ。それと、スポーツの世界でも音楽の世界でも、プロがアマチュアの「運営方針に」口出しすることは殆どないのでは、という二点でした。けど、まぁ、いいや。

>例えば、普通の人なら一日で出来ることが、ある人には百年かかるとします(以下略)

 これは難しい問題ですが、吹奏楽や管弦楽といった演奏媒体が、一人の人間ではなく、多数の人間の集合体として、やっと一つの表現媒体となることが起因していると思います。「オーケストラは社会の縮図」という言葉がありますが、楽団一つの表現のために団員個人の意思をある程度切り捨ててしまわないといけない状況というのは必ず起きてしまいます。
 プロならば、オーケストラというものが「そういうものだ」というのを承知の上で入団するのが当たり前ですが(個の表現をしたいのであればソリストもしくは小人数アンサンブルを別途やる人も大勢いる)、アマチュアだとそう厳しいことは言えない部分がありますね。

>楽団は「始めに選曲あり、表現はそのあと」でありまして、決して
>「普段思っていること、感じていることを、既製の曲でいいから表現
>してごらん」ではありません

 先にも書きましたが、楽団単位の表現ですので、奏者個人単位の表現にはなりにくい部分というのは確実にあります。一人一人の表現を全て汲んでしまうと楽団としての表現は破綻してしまう。それを避けるために指揮者とか音楽監督というポストが存在するわけですが。結果として楽団の表現というのが「誰の」表現になってしまったのか、難しい問題です。奏者の一人一人には「集団の一員」であることに理解を持って頂くより他はないのかもしれません。あ、でもケージやオリヴェロスの作品だったら・・・・・

>トランペット少年
 個人的に好きな例え話です(笑)。
 それは置いといて、まず表現というものは外へのベクトルを持っている必要があると思います。この少年の場合、表現しようとする意思はあるけれど手段がない。私の見解を書いてしまうと「音楽はやっているけど表現者としての音楽家ではない」ということになるでしょうか(いい単語が思いつかないけど、ムリにレッテル貼りをする必要もないか)。
 厳しいかもしれませんが「力なき理想」も「理想なき力」も無力だと思います。どんなに達者にピアノが弾けてもピアニストになり得なかった同級生を私は悲しいほど多く知っています。


>畠中さん、ちんぴら指揮者さん
 お二人の共通点は音楽的出自、ですよ。性格的には似て・・・・・るか、やっぱり(笑)。他にも周辺環境とかも似てたりして。
 冗談はともかく、お二人ともきちんとしたヴィジョンをお持ちなのは素晴らしいことだと思います。正直、うらやましいかも。
 ちんぴら指揮者さんのとこの定期公演、結局「大阪俗謡」になったんですね。やりたいものを選んだ結果としてあのようなプログラムになった、ということが意義深いことであると思います。12月は日帰りもしくは一泊の強行スケジュールになりますが、当然聴きに行きますよ(笑)

 P.S.畠山さん、「古典組曲」の音源は何とかなりそうみたいですね。
   自分とこに書いたあとにそちらの掲示板を見たのでしまったと
   思いましたよ(笑)。 また折をみて書きこみをさせて頂きたい
   と思います。チェンバロの調律が・・・・・

>deepEYEさん
 シャピュイーは齧ったことがないのでよく分からないのですが、フォーシェは普通に手に入りませんか?大阪にお住まいのようですので具体的にどこで購入すればよいのかは判りかねますが・・・・・ 意外とソルフェージュや声楽曲(!)のコーナーに紛れていることも多いですよ。
 頂いたメールにあった矢代和声にも言えますが、こうしたものは音楽大学の図書館に行けば閲覧できるはずです。一般開放もしている大学は多いと思いますので問い合わせてみてはどうでしょうか。もしそこに無く、deepEYEさんがどこかの学校に所属しておられるのなら、図書館同士のネットワークで国立音大図書館(日本で一番蔵書量が多い)から送ってもらうのが確実かと思います。

>T.Hさん
 はじめまして。
 確かに「戦前の吹奏楽曲=軍国主義」というような見方をしていると判断されてもおかしくないような書き方でした(序文など)。ご指摘ありがとうございます。近いうちに修正したいと思います。
 S.O.さんも書いてらっしゃいますが、背景と切り離して単に音楽作品として評価する視点を持つべきでした。でないと「ラ・マルセイエーズ」なんてとても聴けませんもんね。「双頭の鷲の旗のもとに」とか。

>S.O.さん
 見ました見ましたっ!!さすが閑古鳥せんせぇ!!!
 来年の1月ですか。これは是非聴きに行かなくては。演奏もアールレスピランなら全然心配ないでしょう。サリュソホーンには苦労されているみたいですが(笑) これ、CDにはしないかなぁ。どうですか?東京コンサーツさんかミッテンヴァルトさんあたり。
 余談ですが、東京音大も今度サントリーホールで武満特集やります。ガーデンレインもやるので皆さん来てくださいね!(日にちが近づいたらまた宣伝します)

武満の「室内協奏曲」の蘇演 投稿者:S.O.  投稿日: 8月 1日(水)21時58分05秒
という情報が、閑古鳥先生のHPで出ていましたY(^o^)Y。
http://www.asahi-net.or.jp/~ib4s-cyuk/sub4-2-91.htm
先日から、先生が思わせぶりな発言をされていたので、ひょっとしたらと思っていたのですが、図星でした。是非聞いてみたいです。でも、ちょっと残念。これ、なんとか見つけ出して、益野さんのところに、花を持たせたいと思っていたのになあ(^_^;。
 それじゃ、NHKに保管されているという、平尾貴四男が戦時中に書いた「南風」でも狙うかな。

>T.Hさん
 ご意見、ほぼ同意いたします。
 以前にも書いたかもしれませんが。もし、あの戦争が勝っていたら、おそらく名曲として残るはずだったものが、戦後の反戦や人権尊重とかいう風潮の中で、不当に抹殺されようとしているのは、残念なことです(といって、大東亜戦争を完全に肯定的に見るというわけではないのですが。)。いろいろ意見もありますが、本論からはずれそうなので、やめます。

(無題) 投稿者:T.H  投稿日: 8月 1日(水)20時47分17秒
初めて書き込みします。日本の吹奏楽の古典から見させてもらいましたが、戦前の吹奏楽曲=軍国主義のような考え方をされてる様ですが、それとは別にとらえるべきでは、ないでしょうか。それならばスーザの行進曲なども国民の士気高揚の為に作られた物が数多くあります。それを平然と演奏しているのには、何も感じられ無いのでしょうか。確かに作曲された年代が古く、太平洋戦争当時とは情勢なども違いますが、これはアメリカ流の洗練された軍国主義なだけであり、同じようにとらえるべきではないのでしょうか。

ご存知の方教えてください! 投稿者:deepEYE  投稿日: 8月 1日(水)18時20分00秒
僕は今作曲の勉強をしています。そして今シャピュイーとフォーシェの和声課題集の解答編を探しています。どなたかご存知の方がいらっしゃればご一報お願いします。

>畠中さん 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日: 8月 1日(水)00時01分36秒
>我々も選曲に対する考え方などをUPしましたので、できればご一読下さい。
はいはい、読みましたよん。
どんな楽団かはNAPPさんから話を聞いていたので尚更羨ましく思います。
うちの場合は、金が無くて、編成に問題を抱え、レヴェルはごく普通のその辺の市民BANDですので苦労が多いですからね。

>次回の公演プログラム拝見致しました。素晴らしい企画ですね。
ありがとうございます。しかし何も事情を考慮しないで良いのであればもっと別の内容になっていたでしょう。何せ普通の市民楽団ですから純粋に芸術的要素だけでは決められません。
ヴォリューム的配分、経済性(楽譜代で高額にならない様に)、知名度のある曲(聴衆に気使って)、奏者達の希望曲、プログラム自体の構成バランス、そんな諸々を考慮に入れて決めるので結果としてあんな感じです。
只、自国の作品にもっと積極的になろうよと言う姿勢が基本にはありますが。

選曲は演奏会の善し悪しを決定づける物と思っていますので毎回頭をひねります。
しかしうちの楽団は僕にほぼ一任してくれているのでこの点では幸せ者と思っています。

畠中さん達は北海道と言う北端の地からながら実に興味深い意義のある活動に関心しております。
「よっしゃ俺も」と言いたいところですが、僕はあくまでも”普通の市民BAND”でもってギリギリ一杯の問題提起をしていきたいと思っています。
全国的に見ても意義深いBANDと思いますので頑張って下さい。
(書き疲れたのでこの辺で・・・・)

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm