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アジア音楽祭:オープニングコンサート 投稿者:いしづか  投稿日: 9月21日(日)06時38分22秒
吹奏楽界外の主催者が東京佼成ウィンドオーケストラと共催して行うコンサートということで、今までの吹奏楽に無いユニークな作品が聴けるかと期待して出かけました。が、その点ではやや期待外れだったというのが正直なところ。むしろ、既成の吹奏楽文脈で言うところの「良い曲」が幾つかありました。中でも、S・パク(韓国)の『シンフォニック・ゲーム』や、B.ピゴヴァ(ソ連→イスラエル)の『イエメンの風』は、吹奏楽コンクールの自由曲を探している聴き手にこそ聴かせてみたいと思った次第。

『シンフォニック・ゲーム』 は、GAMEという単語を音名と見立て(ただし、音名に対応しないMには、楽章ごとに異なる音が充てられる)、これを素材として組み立てていく全4楽章の組曲です。コンセプトから感じられる抽象性に反して、音世界はむしろ伝統的で、技術的に難しいもののアマチュアの吹奏楽団でも演奏可能なものと感じました。第2楽章(Love)、ユーフォニウムとチューバのソリに先導され、息の長い旋律が出現する箇所では、パーシケッティを彷彿とさせる分厚い和声が聴けますし、トロンボーンとファゴットとのユーモラスなソロが特徴的なスケルツォ(Solitaire)は、中心音を設定していないと作曲家は言いますが、明らかな調性が感じられます。アレグロの終楽章(Life)の雰囲気も吹奏楽人には身近なものでしょう。

『イエメンの風』では、その傾向はさらに顕著です。中間部でトロンボーンやマリンバによって朗々と歌われる吟遊詩人の歌、打楽器が先導する強烈なリズムの上を、マッシヴな音響が幾段にも亘って炸裂していく肉食的なスタミナを感じさせる終結部。よく鳴るオーケストレーションと決して単調にならない(かつ派手な)リズム書法は、いわゆる吹奏楽作品のカテゴリーで言うところの上質の音楽であり、故に再来年あたりのコンクールでブレイクしたとしてもおかしくない作風と思われました。

ベテラン2人(とは言っても、周文中作品は作曲者が41歳の頃に書いた作品ですが)の作品は何れも不発。周文中(中国→アメリカ)の作品は楽しみにしていたのですが・・・、50年代の黛から才気を抜いたような音響が右から左へと流れていくだけで愕然としました。『無窮動』も新ロマン転向後の尹伊桑(韓国→ドイツ)の衰えが明らかな作品で、正直、聴いていて辛かったというのが本音です。

演奏の良さもあって、なかなかに楽しめたのがR.ルメイ(カナダ)のサキソフォン協奏曲:『ラマラ』。特殊奏法を駆使した技巧的なソロと、細部まで書き込まれたスコアが吹奏楽より引き出す激情との対話。フォルティシモで演奏される打楽器による激しい裁断、頻繁に変化する音風景、マリンバの使用法などは、三善晃の、中でも「チェロ協奏曲第1番」に似ていなくもない。しかしながら、スラップ・タンギング、重音奏法等の特殊奏法を見事にこなし、背後の吹奏楽団と丁々発止のやり取りを繰り広げていく須川展也のソロは本当に素晴らしい。この人はもっとゴリゴリの現代曲を吹くべきでしょう。即興性の希薄なジャズへのめりこむより、ずっとこの人の音楽的資質に合っていると思うのですが・・・・。終結部では、打楽器奏者が吹くホイッスルと特殊奏法によるソロとが耳を刺す刺激的な響きを作り出し、これも強い印象を残します。


さて、従来的な吹奏楽とは毛色の違った曲として、F.ラム(香港・英国)『内光』と田中吉史(日本)『ウインド・オーケストラのための協奏曲』の2曲が挙げられます。

複数の色彩を階層化して塗りこめて行った結果現れる、えも言われぬ程の深い色彩。ソビエト出身のアメリカの画家マーク・ロスコ(1903-1970)にとって、絵画とは「内光」の創造でありました。ラムの『内光』もまた、幾つもの色彩を塗り重ねたかのような厚い霧のような優しげな音風景が特色です。しかしながら、こうした音風景はマーク・ロスコを愛したアメリカの作曲家、モートン・フェルドマン(1926-1987)の作品を知るものならば、迷い無くこの作曲家の晩年の作品、『コプトの光』『サミュエル・ベケットのために』等との類似を指摘できるものです。フェルドマンは、複雑かつ美しい和声が墨流しのように漂っていく、聴き手の時間感覚を麻痺させるかのような音楽を作曲しましたが、ラムの作品では、そうした茫洋とした音の霧の中から、ピアノの調性的な上行音形が一定の周期をもって立ち上り、それらがティンパニの打ち鳴らす間歇的なリズムとともに、聴き手の時間感覚を確固たるものとして行きます。そこに漸次移行のプロセスが介入し、ピアノの上行音形は、次第に様々な楽器へと受け継がれて大きな流れとなって行き、ティンパニのリズムはトロンボーンと組んで上行音形に対抗する等、和声の厚い霧の中で、階層化された各音楽要素の配分比が変化していくわけです。音楽は次第にマッシヴなものへと姿を変え、臨界点へと達し突然のように終わります。吹奏楽的では無い作品であったことは確かですが、作曲者が選び取った時間感覚と音素材との間にズレが感じられたのも事実。ラムは、フェルドマンほど徹底してもいなければ、純粋でもなかったということでしょう。この不徹底さゆえに、作曲者が目指したロスコ的「内光」は、いつしか霧散してしまったのでした。

線的で複雑なリズム構造を持ったフレーズを、細部の認識が曖昧になる程に素早く演奏させてみたとしましょう。聴き手は、このように演奏される音楽要素を(その速度と複雑さゆえに)細部まではっきりと認識することは出来ません。そこには、視覚領域の端をふと物影が通り過ぎるときなどに感じる、細部についてはよくわからない、しかし、何かが確実に目の前を通り過ぎたことだけはわかる、といった奇妙な感覚が生じます。このような感覚を援用し、極めて厳格な記譜によるにもかかわらず、少々曖昧で隙間のある(ゆえに自由度がある)聴取のあり方を呼び込もうとするところに田中作品のユニークさがあります。田中吉史の「ウィンド・オーケストラのための協奏曲」では、こうした音楽要素が舞台上の至る所に生まれ、こま鼠のようにその存在感を主張し、増殖し、ソロあるいはアンサンブルを単位として互いに組み合わされていきます。吹奏楽にありがちな無駄な重ねや威圧的な音響を避けているがゆえにオーケストレーションは薄いですが、貧弱な響きに終始することはなく、例えば、ピアノを中心に幾つかの楽器が互いに線を絡み合わせつつ、モザイクのように上向していく箇所には、通常の吹奏楽曲にはないデリケートかつ豊穣な美しさがありました。それゆえ、クライマックスが近いて要素が堆積していくに従い、細部の見通しがきかなくなり、音響がマッシヴなものへと沈殿していったことは少々残念。増殖した要素同士の絡み合いを、細部を明瞭に保ったまま、織物のように虚空へと広げていくかのような音風景こそが、この曲のクライマックスには相応しかったように思います。しかしながら、これはスコアの問題というよりも、演奏者の表現上の問題であったようにも思います。


さて、今回の演奏会に於いて、演奏者は日本を代表するプロ吹奏楽団の名に恥じない素晴らしい演奏を披露していたといえましょう。指揮のダグラス・ボストックの譜読みも概ね確かで、彼が現代音楽を「振れない」指揮者なのではなく、「振らない」指揮者であることも良くわかりました。しかしながら、彼らのうちに「鳴らないオーケストレーション」に対する不安神経症的な嫌悪が在るように感じられたのも事実です。旧来的な吹奏楽曲では、「鳴る、鳴らない」が作品の評価を有意に決めてしまう傾向がありますが、それは吹奏楽曲の殆ど全てが、アマチュア演奏家によって演奏されるという宿命ゆえに形成された傾向でしょう。吹奏楽の文脈を離れれば、「敢えて鳴らさないように書かれた名曲」はいくらでもあります。今回の文京シビックホールのような、さして大きくもない会場で、各人がプロならではの音量と音質をもって演奏するのなら、「鳴らない曲」であっても充分な演奏効果を得ることが出来るはず。「鳴らさなくても良い作品」を無理に鳴らす必要はないのです。

今回の演奏会では、冒頭に演奏された演奏時間一分ほどの金管セクションによるファンファーレ、草野次郎(日本)『祝典ファンファーレ』を含め、計8曲の作品が演奏されましたが、そのうちの多くが、クライマックスに吹奏楽にありがちな威圧的な音響を配した、従来の吹奏楽曲の延長線上に捉えられる作品でありました。しかしながら、そうした表現が音楽の全てではありません。吹奏楽作品の文脈を多様化するためには、従来的な吹奏楽に無い感性と向き合っていくことも必要でしょう。それは、コンクール文化に首まで浸かり、音質的・音量的にも未熟なアマチュア吹奏楽界には決して向き合えぬ感性でもあります。ゆえに、吹奏楽文脈の多様化は、まず何よりも東京佼成ウィンドオーケストラが、その音楽性をさらに多様なものとしていくこと。「鳴らないオーケストレーション」恐怖症を克服し、既存の吹奏楽曲にはないユニークな作品へと対応する柔軟性を獲得できるか否かにかかっていると言えましょう。(9月17日 文京シビックホール)

ご無沙汰しております。 投稿者:畠中 秀幸  投稿日: 9月21日(日)04時12分39秒
NAPPさん、このたびは掲載の許可を頂き、ありがとうございます。
遠い昔こちら話題にして頂いたウィンド・シンフォニカofサッポロの畠中と申します。
実は当楽団、諸処の理由から活動を休止することになりました。(益野さんの札幌同人吹奏楽団さんも同じ時期に休止に入ったのは偶然を超えた何かを感じますが)当楽団が休止した理由として一番大きいのは、10年続けてみましたが札幌の吹奏楽ということに限ってみた場合でもなかなか目に見えた変化が得られなかったことが挙げられます。演奏はそれなりにいいものであったし、選曲や姿勢などもそれなりに自負はあったのですが、いかんせん指揮者の私がアマチュアであるということがやはりまずかったようです。これ以上参加者に迷惑を掛けることはできないということで一思いに休止というかたちをとるに至りました。(今までの活動内容についてはNAPPさんの特選リンクをご参照ください)

さて私事ですが上記のような反省に立ち、音楽と元々の生業である建築とを横断的に見定めるために音楽企画事務所兼一級建築士事務所(有)スタジオ・シンフォニカを設立いたしました。つまりソフトとハード両面から攻めてみようというわけです。当掲示板にマネージメントについての投稿がありましたので、話のきっかけにして頂ければと投稿した次第です。
単純に言えば私も常々「吹奏楽を何とかしたい」と考えているわけですが、それにはまずその構成要素としての管楽器およびそれらによるアンサンブルの魅力を伝えるべきであろうと思い、室内楽用ホールとして機能しうる自宅兼アトリエ=スタジオ・シンフォニカ(=社名)を建設することからはじめてみました。スタジオと命名したのは、奏者や聴衆といったすべての人々に開かれたサロンのような場を作りたかったからなのですが、しばらくはここを拠点に建築設計活動を行いながら、フリーランスの演奏家とともに音楽文化の向上と後進の育成を目指して地道に努力をしてこうと考えています。建設して4ヶ月弱ですが、さまざまな交流が生まれています。特に札響をはじめとするプロ奏者の方々に一定のご理解を頂けている事と、クラシックは聞くけれども管楽器による室内楽にはあまり馴染みがないという方々の掘り起こしができかけていることは、何かの突破口になるのではと期待を持って企画・運営をしております。
何年先になるかは分かりませんが、いずれは札幌においてプロの指揮者とプロ奏者によるの明確なコンセプトをもった吹奏楽プロジェクトを企画・運営していきたいと考えております。今の活動がそのための足がかりになればと・・・現在少しづつではありますが、某指揮者(吹奏楽指導者ではありません)や文化財団、札幌のメディア、楽器店などに接触を開始しています。
つきましては貴HPにお集まりの皆様に当社HPをご一読いただき(時期尚早ですのでこのプロジェクトの件はまだ掲載しておりませんが)、忌憚のないご意見などを頂戴できれば幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。

長文にて失礼いたしました。

http://www.sinfonica.co.jp


アジア音楽祭2003in東京 投稿者:まさかさかさま  投稿日: 9月18日(木)00時37分01秒
NAPP様お久しぶりです。ここに書き込むのは9ヶ月ぶりくらいでしょうか。

昨日(9月17日)、日本作曲家協議会の主催する「アジア音楽祭in東京」のオープニングコンサート、ダグラス・ボストク指揮の東京佼成ウィンドオーケストラのコンサートに行ってまいりました。アジア出身の作曲家を中心としたプログラムで、客席は予想通り四分の一もうまっておりませんでしたが、演奏そのものは充実していたと思います。取り上げられた作曲家は順に、草野次郎、S.パク、ファン・ラン、R.ルメイ、周文中、ユン・イサン、田中吉史、B.ピゴヴァ。恥ずかしながら、ユン・イサン以外は全く存じ上げませんでした。ルメイ作品では須川が超絶技巧を駆使したすばらしいソロを聞かせたくれましたし、田中作品では作曲者がプログラム解説で述べているような「繊細で緻密」な新しい吹奏楽の響きを聞くことができました。また最後のピゴヴァ作品では、コーランを連想させる前半と中東の舞曲のような後半とが、何ともいえないエキゾチズムを醸し出していました。内容を考えると、もっと多くの人に聞いてもらいたかったコンサートでした。ともするとわれわれ日本人は、ヨーロッパやアメリカにのみ目を向けがちですが、日本のすぐ近くの国の作曲家がどういった音楽を作っているのか、耳を傾ける必要があると改めて実感いたしました。

ありがとうございます 投稿者:越後屋嘉兵衛  投稿日: 9月17日(水)20時40分19秒
エリクソンの教科書ですね。そういえばアドラーの教科書を見つけたときに検索に引っかかってたような気がします。捜して読んでみます。

> 一番いいのはやはり数多くのスコアを読み込むことのような気がしますね。
やはりそうでしょうね。オーケストラのほうは現在その段階に入っているところです。吹奏楽のほうもいろいろあたって勉強してみます。ありがとうございました。また寄りますね。

私の意見は少数派。日本で唯一?そのさん 投稿者:七時マーチ  投稿日: 9月16日(火)23時56分57秒
そのいちに
「とはいえ私も今ではバンドジャーナルすら滅多に読まない不精者になってしまい、音楽大学やプロ吹奏楽団の機関誌などはさらに見ていないものですから、私の知らないだけかもしれませんが…。」
と書いたとおり、私が知らないだけで、ものすごい洞察力と蒐集力で吹奏楽史を調査・著述をしている人も大勢いるかもしれません。
いや、いるはずです。(いてくれ〜!)
少なくともYahooやGoo、Gooleの検索した範囲には、いません。(落胆)
サイトを立ち上げてアップするのが面倒なだけだったら、私がその部分を補ってもよいですよ〜、と書いてみるテスト。

私の意見は少数派。日本で唯一?そのに 投稿者:七時マーチ  投稿日: 9月16日(火)23時50分11秒
バンドの友社ー田辺吹奏楽器製造ー東京日日新聞社ー大日本吹奏楽報国会(−瀬戸口藤吉)というラインがその当時あり、音楽之友社ー日本楽器製造ー朝日新聞ー全日本吹奏楽連盟(−大沼哲)のラインに、喧嘩を売っとんのかい?!と思うほど積極的な活動をしていたのですが…
戦時中に物資が不足し(この場合は紙)、軍部の命令でバンドの友社と音楽之友社の合併を余儀なくされ、戦争が終わった後に生き残ったのは音友ーヤマハー朝日新聞のラインだけでした。
このことを知った時、日本で吹奏楽の歴史を調べていると称している人達の中でどれだけが バンドの友社ー田辺吹奏楽器製造ー東京日日新聞社−大日本吹奏楽報国会ー瀬戸口藤吉のラインを知っているのか、ものすごく疑問に思ったのですよ。
確かに私が雑誌「バンドの友」を手に入れたのは必然ではなく、ただの偶然かも知れない。だから偉そうにしないほうが良いのかもしれないけど、
合併・敗戦後に生き残った音楽之友社がバンドの友社・田辺吹奏楽器製造を数文字・数行しか表記しない吹奏楽史しか発表せず、事実上の抹殺扱いの資料から存在を掘り起こせっていうのは無茶だとは自分でも思うけど、
あてがいぶちの資料の継ぎ接ぎで満足している連中って、そうとうおめでたいと思うのですよ。
某大学の工学部の関係者と知り合って、優れた学者の定義を質問したら、深い洞察力と、無くなった文献を、それでも見つけてくる能力と言われ、音楽学吹奏楽史専攻の人達って…と落胆しましたよ。

それでそれで、最近気が付いたのですけど、バンドの友社ー田辺吹奏楽器製造ー東京日日新聞社のトライアングルの上に大日本吹奏楽報国会が、そして音楽之友社ー日本楽器製造ー朝日新聞のトライアングルの上に全日本吹奏楽連盟があるわけですけど、よく考えてみると、報国会にも連盟にも、「吹奏楽の普及」という目的があるのに、自前のバンドって持ってないんですよね。
ヤマハは自前のバンドを持っているけど連盟とって中心的な存在ではない。
出版社ー楽器会社ーメディアのトライアングルの上に作られた団体が、多くの市井のバンドに協力を求めているのに、自前のバンドを持たないのは、
コストのこともあるでしょうが、吹奏楽の発展には「供給」よりも「機会」が必要だと考えているからではないでしょうか?
プロ・アマ問わず、一団体の自主企画って年に何回あるのでしょう?
一地域住民のファンを増やすためには、その地域で年に何回演奏すればよいのでしょう?
あと他にも、今の日本で吹奏楽を愛しているからって動機で出版社や楽器製造会社を起業する人達を、全国の演奏者達はなかなか認めないでしょうね〜。

などなど、「作品ではないけど必要な(はず)のモノ」について考える人は、まだまだ少ないでしょ〜。

私の意見は少数派。日本で唯一?そのいち 投稿者:七時マーチ  投稿日: 9月16日(火)23時49分05秒
NAPPさん、こんばんわ。

>>理想と現実のバランスをとり方向性を打ち出すマネージメント機関の存在だと思います。
なんでこういった機関が存在しないのか。私は必要としている人が少ないか、いないからだと思います。
「喇叭鼓隊」について調べていて気が付いたのですが、日本の吹奏楽関係者の主流は「作品至上主義」だと言えます。(ひょっとしたらオーケストラも?)
この「作品主義」の人達が対立しているのは「商品価値至上主義」でありまして、モノの売り方という考え方は徹頭徹尾拒否されている。大手書店のビジネスコーナーに足を運べば「売れないモノをこうして売った!」という類の本がかなり置かれていて、現実に「これは売れないよ!」と言われているモノを努力と智恵で売りさばいた人達の体験記が書かれているのに、なぜ吹奏楽は売れないままなのか?

日本の吹奏楽関係者たちの圧倒的多数が、(各種)情報とは人から与えて貰うモノであり、自分で探したり、経験を積んで作るようなモノだとは思っていないからに決まってます。(キッパリ)

とはいえ私も今ではバンドジャーナルすら滅多に読まない不精者になってしまい、音楽大学やプロ吹奏楽団の機関誌などはさらに見ていないものですから、私の知らないだけかもしれませんが…。

それでね。(と以下は落胆脱力モード)
『「喇叭鼓隊」について調べていて気が付いたのですが』って何に気が付いたかと言いますと、喇叭鼓隊を調べようと動き出した時に、旋律喇叭隊に気が付いたのですよ。私の家に雑誌の「バンドの友」があるから。(^^;)

RE: フェラーリ 投稿者:おかむら  投稿日: 9月16日(火)00時26分58秒
おひさしぶりです。

今回のフェラーリは、10月19,20,22,24,25日と行きたいところですが、個人的に他の分野の勉強課題が山積みのため、どうしても行く日をしぼる必要が出てきました。
とりあえず、19日(日)のSUPER DELUXEと25日(土)の生楽器にしました。
前回、生楽器はあまり聞いていなかったのと、SUPER DELUXEは珍しい実験の場となりそうだからです。

http://xenakis.hp.infoseek.co.jp/


フェラーリ再来日 投稿者:のの  投稿日: 9月15日(月)23時32分37秒
「目玉」は、やはり委嘱新作ではないでしょうか(苦笑)

大友さんとの共演はもちろん楽しみですが、これはむしろ今後の共同作業へと発展することを期待したいところです。

レス 投稿者:NAPP  投稿日: 9月15日(月)16時55分14秒
>七時マーチさん
 「グランド・セオリー」はたしかにもっとも意見であると思いました。こうした意見はぜひ、音楽マネージメントに携わる人達に読んで頂きたいものですね。私はどちらかというと理想論をぶち挙げる側にいる人間で、それを現実に摺り合わせて調整してくれる存在が他に欲しい、という存在なので。
 吹奏楽に一番欠けているのは作曲家の意識や演奏者の意識だけではなく(これも相当欠けていますが)、理想と現実のバランスをとり方向性を打ち出すマネージメント機関の存在だと思います。吹奏楽の演奏会の主催・後援はプロの吹奏楽団の場合でも「○◎教育委員会」だとか「○●吹奏楽連盟」だとか、そういうものばかり。そういうところがやっているもんだから、プログラムに必然性というものが全く見えない。フェネルが対談集「MUSIC!」でこぼしていたように「必要と思われること」をやらせてもらえない。某団の掲示板に書いてありましたが、果たして朝比奈は「リートニア序曲」を振る事にどれだけ意義を感じられていたのか? もっと広い視野をもった、「東京コンサーツ」のようなマネージメント機関の企画した吹奏楽の演奏会を聞いてみたいものです。


>いしづかさん
 フェラーリの演奏会について、ありがとうございました。まとめて書いて頂くと、改めて今回のコンサートの規模の大きさが伺えますね。
 少なくなくとも19日と22日には行きたいと考えているのですが、日程的に合うかどうか・・・・・ なんとかしてみます。

 芥川賞は私も行っていました。「武満賞から芥川賞はでない」というジンクスはこれで破れましたね。山本作品は以前にも聴いていたし、前評判通りで納得のいくものでした。本選会自体よりも委嘱作品を聴いて、原田敬子さんの作風が変わりつつあることに興味をそそられました。


>98さん
> フェラーリと大友さんってすごいな。
 まさに今回の来日の目玉はコレですね。ぜひ聴きに行かなければ。

>HIDEっちさん
 お久しぶりです。相変わらずの研究熱心なご様子、心強いです(笑)
 調べれば調べるほど混乱の様相を呈してきているわけですが、一旦「同じ楽器名でも制作者が違えば違う楽器」と開き直ってしまって、それをフローチャートのようにして相関図を作ってみる、というのはどうでしょうか。(と、HIDEっちさんなら既にやっているような気もしますが)
 それと、前々からお願いしたいことがありましたので、近日中にメールをお送りします。


>越後屋嘉兵衛さん
 初めまして。吹奏楽法の本、というのは難しいですね。ほとんどの本が管弦楽理論と変わらなかったり、楽器法(単体の性能についてで、組み合わせなどに触れていない)の範疇ですので。そんな中ではF.エリクソン(伊藤康英 訳)の本が一番お求めのものに近いような気がします。
 しかし、一番いいのはやはり数多くのスコアを読み込むことのような気がしますね。最近はバンドパワーなどでスコアのみの購入も手軽かつ迅速にできるようになったので、だいぶ勉強しやすくなったのではないでしょうか。
 「吹奏楽は管弦楽とここが違う!」ということを前面に押し出した本というのがあればいいんですけどね。


 ちょっと忙しくなりそうです。10月半ばあたりまでレスはないものと思ってください。
いつもながらすみません。 m(_ _)m

はじめまして 投稿者:越後屋嘉兵衛  投稿日: 9月13日(土)01時09分03秒
NAPPさん、はじめまして。
独学で作・編曲を勉強している越後屋と申します。
エッセイの数々、興味深く読ませていただきました。非常に参考になりました。

音楽には合唱から入り、見よう見真似でコーラスアレンジやポップスアレンジをやってきましたが、ゴータマ・シッダールタが出家しストラヴィンスキーが「春の祭典」を書きはじめた歳になり、リヒャルト・シュトラウスが「ティル・オイゲンシュピーゲル」を書き始めた歳が近づいて、吹奏楽や管弦楽の曲を書けるようになりたいと強く思うようになりました。懇意にしてくださっている先生が転勤で吹奏楽顧問になり、吹奏楽の響きを聞いて虜になったという部分もあります。

そんなわけで現在、Samuel Adlerの「The Study of Orchestration」(第3版)をテキストとして勉強しているのですが、これはあくまで管弦楽の教科書で、サクソフォンの記述が非常に少なく、吹奏楽においてクラリネットやサクソフォンをどのように扱うかについての情報がほとんどありません。吹奏楽作編曲法の教科書でいいものがあったらお教えいただけませんか? 和書でも洋書でも構いません。

いきなり現れて不躾にもお願い事までしてすみません。また寄らせてくださいね。それでは。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/yechigoya/


演奏会情報 投稿者:NAPP  投稿日: 9月10日(水)15時24分37秒
とりあえずご案内のみ

2003年度 東京音大打楽器科前期修了演奏会
9月12日(金) 17:00 開場 、 17:30 開演
東京音楽大学 J館スタジオ  入場無料

・caDance <A.Pare>
・サンクチュアリー <西原大樹>
・The Chair - men of the Bored <D.Punto>
・Spine <G.Fitkin>(日本初演)
・POINT POINT POINT <田村文生>
・マートラ 〜独奏マリンバ、独奏ティンパニと5人の打楽器奏者のための〜 <西村朗>


 田村作品などは関心のある方が多いのではないでしょうか?


 レスは後日です m(_ _)m

ヴィーブレヒトのテノールテューバ 投稿者:HIDEっち  投稿日: 9月 9日(火)08時11分07秒
 お久しぶりです。益野さんの楽団が活動停止というお知らせに、驚きつつ、近況報告など・・・。

 少し前に、ユーフォニアムの生みの親と称されている、ドイツのゾンマー(Sommer)という人について調べておりました。Google で検索すると英文はヒットするのですが、どうも、物証(図面やイラスト、又はゾンマー自身についての経歴など)が全く見あたらないのですね。本国ドイツなら少しは判るのではないかと思い、ドイツのGoogle で「Sommer Euphonium」「Sommer Euphonion」などで調べたら、これがなんと、それらしき人物が全くヒットしないのです。「Encyclopedia Britanica」の「euphonium」の項にも「ユーフォニアムの発明者」として載っているゾンマーさん、貴方は一体何者なの? と、ワタシの課題は、思いも寄らない難関にブチ当たってしまったのでした。

 さてそんな道すがら、ヴィープレヒトがモリッツに「バステューバ」を作らせたことは有名で、これは物証もバッチリなのですが、どうやら彼はモリッツに「テノールテューバ」という楽器をも作らせていたことが判りました。ゾンマーの「Euphonium(Euphonion かも知れない)」は、このテノールテューバのボアを拡大したものだとする文献もあり、それなら、ヴィープレヒトのテノールテューバを捜すべぇ、と思ったら、これが案外簡単にヒット(笑)。1850年製とするテノールテューバの画像が見つかりました。

 ゾンマーについて探索していたのに、以前から疑問に思っていたテノールテューバについて、またまた考え直さなくてはならなくなってきました。とは言え、一般にテノールテューバと認識されている楽器とは、えらい違いで・・・ そしてユーフォニアムの元祖はこのテノールテューバなの? サクスのサクソルンバスじゃないの??? またボチボチこの辺も「徒然草」で考察していきたいと思っております。相変わらず、疑問論難止む時無しです(涙)。

http://www.euphstudy.com/


うわ 投稿者:98  投稿日: 9月 8日(月)16時03分27秒
妙な時間差の二重投稿すまんです。なにをしとるんだおれは。

その共演がきっちり実現するってところで、両者および企画者に敬意。

うわ 投稿者:98  投稿日: 9月 8日(月)01時11分58秒
フェラーリと大友さんってすごいな。

フェラーリ&大友 投稿者:いしづか  投稿日: 9月 8日(月)00時04分47秒
> フェラーリと大友さんってすごいな。

この共演が、今回の来日で初めて持ち上がったものではなく、以前からフェラーリは大友さんと共演したがっていたというところがいいですね。

ちょうど一年くらい前に、大友さんとフェラーリの話をしていたら、「そういえば、フェラーリは自分に興味を持ってくれていて、共演しようかという話もあったんだけど、残念ながら流れちゃった」という話が出てきました。

大友さんのような異業種の若い音楽家の動向を常に気にしているフェラーリっていいですね。

うわ 投稿者:98  投稿日: 9月 7日(日)23時51分11秒
フェラーリと大友さんってすごいな。

フェラーリ来日詳報など 投稿者:いしづか  投稿日: 9月 7日(日)23時18分52秒
石塚です ご無沙汰しております。

まず最初に、
>益野さん
お役に立てて何よりです。

芥川作曲賞なども聴きに行ったのですが、今年は順当過ぎる結果だったので省略です。
ただ、スペクトル楽派にシンパシーを持っている野平さんが、そのシンパシー故に斉木作品を推すかと思っていたのですが、実際はその逆だったことに感銘を受けました。
山本氏の受賞曲は、今月下旬にfontecからCDになって発売されるそうです。

**************

さて、本日は、フランスの作曲家:Luc Ferrari(1929-)が再来日しますので、その告知
をさせていただきます。現代音楽に興味をお持ちの方に限らず、より多くの方に聴いていただきたいコンサートです。

フェラーリって誰?という方には、とりあえずこちらのHPをご紹介。
http://www.netlaputa.ne.jp/~hyama/ferrari/index.html

リュク・フェラーリは、1950年代よりミュジーク・コンクレートの製作に携わり続け、先鋭さとポップさを併せ持った作品で、第二次大戦後の音楽史に独自の地位を築いてきた偉才です。特に、1970年に発表された「Presque rien n゜1」は、ケージの「4分33秒」以後の音楽のあり方に見事な回答を示した驚くべき作品だといえましょう。ブーレーズもすっかり老い、往年のテンションが全く感じられないような作品を連発し、その影響の泥水を被っているかのようなフランス作曲界において、73歳にして新境地を開きつつ、大友良英と共演するこの作曲家のフットワークの軽さを、私は本当に尊敬しています。最近ではポピュラー畑での評価も高いようですね。アルバムの幾つかは、クラシックとは縁の無いレーベルから発売されています。

今回は、フェラーリが前回の来日時に採取した日本の音風景を題材にした委嘱作品なども初演されますので、そちらも楽しみですね。お忙しいとは思いますが、今回はNAPPさんもいかがでしょうか?


新しい世代の芸術祭2003 
リュック・フェラーリ再来日<PARIS-TOKYO-PARIS>

・10月20日(月) 18:40開場、19:00開演    
 レクチャー&ミニコンサート「リアリズム的抽象」
   "Presque rien N° 2"(1977) 
   "Visage V"(1958-1959) 
   "L'escalier des aveugles" (抜粋)(1991)
              東京日仏学院内エスパス・イマージュ

・ 10月22日(水) 16:30開場、17:00開演 
  リュック・フェラーリ・プレ・コンサートトーク
              北区滝野川会館 もみじホール

・ 10月22日(水) 18:30開場、19:00開演  
 「ほとんど何もない」コンサート(テープ音楽コンサート・) 
   "Presque rien N° 1, le lever du jour au de la mer"(1967-1970) 
   "Presque rien N° 2, ainsi continue la nuit dans ma tete multiple"(1977) 
          [※"tete"の最初の e の上に^(アクサン・シルコンフレークス)]
   "Presque rien avec filles"(1989) 
   "Saliceburry Cocktail" (1990-2003)     
                北区滝野川会館 もみじホール

・ 10月24日(金) 18:00開場、18:30開演   テープ音楽コンサート
    "Unheimlich schon" (1971)      [※"schon"の o の上にウムラウト]
    "Dialogue ordinaire avec la machine ou trois fables pour bande doucement philosophiques" (1984 - 2003)
    "Promenade symphonique dans un paysage musical" (1976-1978)
    "Les Anecdotiques" (2002)
               北区滝野川会館 もみじホール

・ 10月25日(土) 16:30開場、17:00開演  井上郷子ハーフコンサート 
   "Visage I"(1956)
   "Clap"(1991)
   "Conversation Intime"(1987-1988)
   出演/井上郷子(ピアノ)、松倉利之(打楽器)   
               北区滝野川会館 もみじホール

・ 10月25日(土) 18:30開場、19:00開演   室内楽コンサート
  "Tango Pass" (1988)
  "Chansons pour le corps" (1988-1994)
  "Porte ouverte sur ville" (1992-1993)
  "PARIS - TOKYO- PARIS" (2002)(委嘱新作世界初演)
  出演/アンサンブル ノマド、 Vocal/林 千恵子 
              北区滝野川会館 もみじホール

<チケット料金>
  10/20(月) 19:00〜 リアリズム的抽象     
               東京日仏学院会員1,500円、一般2,00円
  10/22(水) 17:00〜 フェラーリ・プレ・コンサートトーク    
               当日前売り共に800円
          19:00〜 テープ音楽コンサート  
               当日2,500円(前売り2,300円)
               一日通し券3,000円 
  10/24(金) 19:00〜 テープ音楽コンサート
               当日3,000円(前売り2,700円)
                              
  10/25(土) 17:00〜 井上郷子ハーフコンサート 
               当日2,000円(前売り1,800円)
           19:00〜 室内楽コンサート     
               当日3,000円(前売り2,700円)
              一日通し券4,000円

  2日間通し券:22+24日(5,000円)/22+25日(6,000円)/24+25日(6,000円)
  22,24,25日公演通し券:8,000円


主催・お問い合わせ・チケットお取り扱い:
               新しい世代の芸術祭実行委員会 090-9972-0474(こうち)
    チケットお取り扱い:アート・ショップ ナディッフ   03-3403-8814(表参道店)

「新しい世代の芸術祭」 http://www.netlaputa.ne.jp/~kouchi/ 
後援 : 北区文化振興財団 フランス大使館 東京日仏学院


なお、この他に以下のオプションもあります。

・DELUXE CONCERT SERIES VOL. XXXVIIII
             /新しい世代の芸術祭 2003 プレ・イヴェント

"Les archives sauvees des eaux" Luc Ferrari avec Otomo Yoshihide
  [※"sauvees"の最初の e の上に右上がりのアクサン]

第一部:フェラーリ テープ音楽ミニ・コンサート
    曲目 "Tautologos 3" - CD version (1969)
       excerpt of "Cycle des souvenirs" (1995-2000)
第二部:Luc Ferrari avec Otomo Yoshihide
    曲目:"Les archives sauvees des eaux" (2000)
               [※"sauvees"の最初の e の上に右上がりのアクサ
ン]

  出演:リュック・フェラーリ (CD player)、大友良英 (turntables)
  日時:10月19日(日) 18:30 open / 19:00 start
  料金:3,500円(1ドリンク付)
  会場:西麻布 SUPER DELUXE tel. 03-5412-0515
       東京都港区西麻布3-1-25 B1F www.super-deluxe.com
  問い合わせ:tel.03-3316-7376 キャロサンプ
  Sponsored by Tokyo Brewing Company
  ▼ご予約ご希望の方は、お名前/人数/お電話番号と「10/19予約」と
   明記の上、Eメール(concert@tokyo-ale.com)またはファクス(03-
   3316-7326)をご送信下さい。当日は、開場時間にご来場のご予約のお客
   様から優先入場となります。

***********************************************************************
<リュク・フェラーリ(Luc Ferrari)略歴>

1929年パリに生まれ、エコール・ノルマルにて、ピアノと作曲をアルフレッド・コルトーとアルトゥール・オネゲルに師事。1953-54年にはオリヴィエ・メシアンのクラスに学ぶ。
1958年より、ミュージック・コンクレートの創始者ピエール・シェフェールとともにグループ・ド・レシェルシュ・ムジカーレを設立。60年代初頭にはグループ・ド・レシェル
シュ・ムジカーレを率いて活動を行った。1982年、電子音響による作曲とラジオ・アートのための協会ラ・ミューズ・アン・セルキュイを設立。これまでにイタリア賞、カール・
ズッカ賞、クーセヴィツキー賞などを受賞。1998年、パリのプラス・ド・ラ・ナシオン近くに新スタジオ「アトリエ ポスト・ビリッヒ」を設立。2002年、新しい世代の芸術祭の招聘により初来日し、特集が組まれた。

(無題) 投稿者:七時マーチ  投稿日: 9月 7日(日)03時08分15秒
どうしたら良い演奏ができるか、とか、どうしたら良い曲が書けるかってことの私の発言力はものすご〜く低いですが、
どうしたら良い演奏・曲が世の中で認められるだろう?ってのは、
宮台真司さんの言うところの「グランド・セオリー」がスタート地点になると思います…。
外したらスマソ。

http://www.miyadai.com/texts/virtual/01.php


re:>益野さん 投稿者:NAPP  投稿日: 9月 3日(水)15時38分47秒
 まずは、演奏会お疲れ様でした。「サーカスポルカ」に関する一連の話は、私にとっても大変勉強になるものでした。ありがとうございました。
 そして、同人吹奏楽団の活動休止は実に残念です。「意義のない力」が台頭する吹奏楽の世界において、あのような活動はもっと注目されて然るべきところであるはずなのに、こうした事態となってしまったことに暗澹たる思いです。また同時に「力なき意義」でも現状の改善には至らない、という事実を改めて見せつけられた感があります。 ともあれ、長年の大変意義深い活動、誠にお疲れさまでした。当サイトとしては、このようなバンドが確かに存在していたということを記録に残し、記憶が風化することのないようにしなければならないのではないか、と考えています。ぜひ、お力添えを。

 「せっかくポリフォニックな曲なのにホモフォニーのスタンスで綺麗にまとめて」しまわない、という管楽合奏の指揮者・演奏団体は、案外身近なところにあるのかもしれません。既存の「クラシックの」演奏習慣に捉われることがなく、書かれている音全てを等価に扱い、精微な演奏を実現させる。そうした演奏ははブーレーズ/アンテルコンタンポランのヴァレーズ「アンテグラル」やツェンダー/アンサンブルモデルンのイサン・ユン「無窮動」などの録音に片鱗を感じる事ができるのではないでしょうか。日本では、以前に聴いた安良岡章夫/アール・レスピランの深井史郎「13奏者のためのディヴェルティスマン」の演奏はまさに「ガチャガチャした管楽合奏の世界」で素晴らしかった。 そう、益野さんの指向される演奏法は(不本意かもしれませんが)現代音楽の演奏団体と極めて親和性が高いのです。

 指揮者についての言及がありましたので、ちょっと脱線ですが、思う事があるので書いてみます。
 吹奏楽の演奏会では、どうして「吹奏楽の指揮者」がつとめることが多いのでしょうか?オーケストラだったら、プロはもちろん、アマチュアや学生オケでも岩城宏之や高関健、飯守泰次郎や三石精一など「プロフェッショナルの」指揮者を招いて演奏会を行なうことが(いつもではないにしても)多い。プロ指揮者が吹奏楽を振ったことがないか、と言うとそうでもなく、佐渡裕や朝比奈隆はもちろん、結構多くの人が(プロ吹奏楽団に招聘されて)振ったことがあります。結果として、現在「バンドパワー」で聴ける飯森範親/大阪市音楽団の演奏のようなスリリングなものが生まれます。
 では、なぜアマチュア吹奏楽団では指揮者を招聘しない(もしくは、したとしてもアマチュアバンドの指導者)のか。結局はアマチュアレベルでもオーケストラでは「聴いてもらうための演奏」をするのに対し、吹奏楽では指揮者までもが自分の欲求を満たさんがための「演奏のための演奏」をしているからではないでしょうか。
 他形態と交流のある指揮者を招いたり、レジデンス・コンポーザーを置いたり、そうした新しい風を入れようとしないと、いつまでも吹奏楽は「閉じた世界」のままですね。


〜〜〜

 陸上自衛隊中央音楽隊の委嘱作、一柳慧「ナグスヘッドの追憶」初演時のライヴ録音が10月22日に発売されるそうですね。実によいことです。

駄文、吹奏楽の演奏についてなど 投稿者:益野大成  投稿日: 8月31日(日)09時46分41秒
 御承知の方も多いと思いますが、札幌同人吹奏楽団フェリスタズは、今回をもって演奏会活動を終了致します。団HPの掲示板にこの決定に関する私の考えをのせておきました。また、S.Oさんにも投稿頂いておりますので、興味のある方は覗いてみて下さい。

 いま、次なる活動を漠然と考えてはいるのですが、改めて「自分のいいと思う曲を、アマチュアといえど高いレベルで、しかも経営的に安定してやっていけるバンド」づくりの難しさを痛感しております。シンフォニカさんのような方式でもう少し練習期間を長く取る形はどうか、とか考えますが、一部プロを含む多人数の人に「1ヶ月半ほど土日を空けてもらう」のは至難。次に、全員こちらから指名して頼む方式が(技量面では)堅実ですが、こちらから頼んでおいて、さらにコンサート経費の分担もお願いするのも気が引ける・・・、とか思考が堂々巡りしています(笑)。

 それとやはり指揮者の問題もあります。いくらプレイヤーが上手くても、指揮者が私のように普通以下ならダメダメだし、といって私も指揮は振りたい。いやいや、自分が振るのは別の機会(部活とか)でいいじゃないか。客席で聴きたい曲を堪能するのもまたヨシ。などとワラワラ考えております。

 真面目な話、私には自分の考える吹奏楽スタイルに適したプロ指揮者(アマチュアでもいいですけど)が誰なのか分からない。情報がないのです。ただ、人選上の重要な観点はすでに見えてきています。それは

 「せっかくポリフォニックな曲なのにホモフォニーのスタンスで綺麗にまとめてしまう人は困る」

 という事です。たとえば「楽団をうって一丸とさせる熱演タイプ」はポリフォニーの表現がダメな確率が高い。「歌心に溢れた指揮」もメインの旋律以外はみな“伴奏“にされてしまいそうでアブない。

 物故した有名指揮者を例に引けば、カラヤンはダメだと思います。彼の指揮は細部まで聴こえるといわれますが、しかしそれは倍管を駆使したあの「豪奢な響き」を補完するに過ぎない。あくまで「あんな豪奢な音がするわりには細部が聴こえている」にすぎず、細部の明解さや構造の力感、あるいは構成を第一に聴く人には物足りないレベルだと思います。バーンスタイン(私はほとんど聴いた事が無いですが)もダメそう。一方「客観的な」タイプは、精密ではあるがカロリーが不足しそうな感じ。この「客観的な」タイプは品の良い演奏をする人が多いようですが、吹奏楽には一種の“率直さ”も欲しいので、あまり「品が良い」のもタイプとは違うと思うのです。

 私の乏しい知識の中で、一番吹奏楽向きなのはクレンペラーでしょうか。明確で木管の線を強調するあのスタイルはなかなかいいんじゃないかと思います。演奏にカロリーもありますし。まあ、ちょっと重々しすぎるところは吹奏楽向きじゃないんですけどね。

 今まで、吹奏楽に向いた演奏技術や指揮者のスタイルについてあまり論じられてないなあ、と思ったので、とりあえず書いてみました。

ごぶさたしております 投稿者:益野大成  投稿日: 8月31日(日)09時36分59秒
 ごぶさたしております。益野です。恐ろしく時間が経ってしまいましたが、おかげさまをもちまして演奏会を無事終えることができました。

 >いしづかさん
 いしづかさんの書き込みを読んで、急遽『サーカスポルカ』にキーボードを入れました(残念ながらハモンドオルガンは調達できませんでした)。当初は「他パートと重なってる音ばかりだなあ。楽器も調達できないし弾き手の手配もむつかしいから省略しよう」と思っていたのですが、いしづかさんのアドヴァイスのおかげで恥をかかずに(?)済みました。「音量補強なのだから、楽器の音量はいっそ大きめのほうがいいかな」という感想をもちました。
 その他では、この曲は通常のBbクラリネットで非常に高い音まで吹かせており、奏法・曲のまとめ両面において問題だと思いました(Tpも高いのですが、ちゃんと吹けば違和感はない)。曲としてはなかなか面白かったです。

 『兵士シュヴェイクの冒険組曲』『ヒースの茂る原野』は期待通りの曲でした。合奏練習が不足していて、アラを探せばきりがないのですが演奏者・聴衆双方に評判が良かったです。

国立音大定期演奏会 投稿者:NAPP  投稿日: 8月11日(月)22時19分42秒
 すっかり旬を過ぎてしまった感がありますが、レポートです。といっても、私自身が忘れつつあったりするのですが。

 前半は「吹奏楽の源泉を訪ねて」と題して淀彰の指揮による演奏。このテーマによる演奏会は第13回目で、今回は「華やかなる近代II」と題してのプログラム。ドイツ・イギリス・フランスの三国から同時期の一名ずつの作曲家を取り上げ、対比してみようという試み。
 一曲目はR.シュトラウス「ヨハネ修道会の騎士の荘重な入場」(1909)。周知のようにこの曲はいわゆる「吹奏楽」のためではなく金管アンサンブルとティンパニのために書かれているので、本当の意味での比較にはならないのかもしれないけれど、そんなに実演に接する機会は多くないので、そうした意味では嬉しい選曲。ちなみにこの演奏会では解説者がついていて、無造作に「吹奏楽」と一括りに把握されることがないようにしてあったのは好印象。
 二、三曲目はお馴染み、ホルスト「第一組曲」「第二組曲」(1909,1911)。選曲としては定番すぎるものの、マシューズ版を使用して最少人数で演奏する、というスタイルがとてもいい。数年前に東京音大がこの曲をこれでもか、という位の大人数で演奏したのを聴いて辟易した覚えがあったので。マシューズが第二組曲のスコアに書いている通り、この曲は大人数で演奏するべきではないのだろう。 一部、演奏にやや難があったけど、それは些事でしょう。
 一部最後の曲はフローラン・シュミット「ディオニソスの祭」(1914)。ホルストとは一転して、サクソルンやサリュソフォーンなど楽譜に書いてあるパートを全て入れた巨大編成での演奏。「ou」として書いてある追加(重複)楽器を加えた「最大編成」ではなかったようだけれど、それでも膨大な数。これができる音楽大学は日本では国立音大だけで、まさにこのバンドの真骨頂。かねてより話に聞いていた国立音大によるディオニソスが聴けたのは大きな収穫。
 第一部に総じて言えるのは、まさに「吹奏楽の名曲」と言われるような作品を集め、きちんとした考証を加えた上で一挙に演奏する、という企画力の素晴らしさ。前にも書いたけれど、やはりこういう貴重な機会に、多くの、特に中高生に聴いてもらいたいもの。

 後半は「ヨーロッパのオリジナルシリーズ 〜北欧〜」と題して。今回は前回に引き続きフィンランド特集(前回はラウタヴァーラを取り上げた、らしい)。指揮の新田ユリは2000年よりフィンランドのラハティ交響楽団で研修をつんでいるために当地の現状に明るく、演奏のみならずプログラムに書かれた「フィンランドの吹奏楽事情」の項も嬉しい限り。
 一曲目はシベリウスの交響詩「ティエラ」(1894)。これは金管七重奏と打楽器のために書かれた交響詩。規模的には有名な「フィンランディア」と同じほどか。解説によると、コルネットやサクソルン属の低音楽器によるこの金管七重奏という編成は Adolf Leander という国防軍軍楽隊の指揮者によって生み出された、フィンランドの吹奏楽の母体とも言える編成で、この編成のために多くの作品が書かれているのだとか。 「金管のみによるアンサンブル」は第一部のR.シュトラウスに対比させたのでしょうかね?
 二曲目はカレヴィ・アホ「トリスティア」(1999)。作曲者は日本でも知名度の高い現代音楽の作曲家。この曲はニュー・グローヴの作品表にも記載があり、かねてより聴いてみたいと思っていたもの。曲としては小編成で、曲の大部分を様々な楽器(特にクラリネット)の独奏や重奏を連続させる、という構成法。印象としてはマグヌス・リンドベルイの弦抜オケ曲「グラン・デュオ」と似たような感じ。一柳慧「ナグスヘッドの追憶」にも近いか。もっと音響的な作品を予想していただけに、ちょっと意外。いわゆる「大家」が吹奏楽を書くと、どうしてそういう路線に走ってしまうのだろう? そこまで面白い曲とは言えなかったけれど、おそらく今回聴く逃していたら一生聴く事はできなかっただろうことを思うと、よい経験だったかも。
 三曲目はリンコラ(Jukka Linkola)の「シス (Sisu)」(1995)。この作曲家の曲は初めて聴いたのだけど、どうもテレビ番組の音楽なども書くという活動をしているそう。そのせいか、それとも委嘱したのがアメリカの大学バンドだったからか、どうもロン・ネルソンなどのようなアメリカの吹奏楽作品によく似ている。他の分野の作品にはジャズの経験が生かされている、という解説にある通り、そんな感じの曲。klavierからCDが出てても違和感がない、そんな曲。
 後半最後の曲は、バルトーク「中国の不思議な役人」(淀彰:編)。オルガンや様々な特殊管(サリュソフォーンもあったような気がしたけれど、気のせいだろうか?)を用いた、ディオニソスを凌駕する特大編成での演奏。正直、なぜこの曲をやるのかの意味はよく分からないけれど、国立音大ブラスオルヒュスターというバンドのポテンシャルを最大限に引き出すためにも、こうしたスペシャルアレンジのステージをやってみたい、というのは分かるような気がする。日本の吹奏楽が小編成を指向している中で大編成の可能性を探るのを忘れない、というのも大切なことだろう。本当は編曲ではなくオリジナル作品でそういうものがもっとあればいいのだろうけれども。
 アンコールについては割愛。

 小編成から大編成まで。また、いわゆる「名曲」から未知の作品まで、きちんとした考証を加えつつ高水準の演奏を行なう。こうした演奏会こそ音楽大学の吹奏楽団のあるべき姿なのでしょう。いま現在、吹奏楽の世界に欠けている部分を埋めようと、実際に活動を行なっているのは国立音大だけのような気がします。
(2003年7月13日 東京芸術劇場)

残暑お見舞い申し上げます 投稿者:NAPP  投稿日: 8月11日(月)22時17分08秒
 何だかんだとしていたら、もう八月も半ばになってしまいました。サイト運営もスローになってしまって、すみません。

>ティーンエイジャーさん
 「スコアメーカー」はどちらかというと楽譜読み取りソフトで、教育用という趣が強いソフトですので、スコア作成には向いていないでしょうね。16段までですし。
 「XGworks」はシーケンサーとしては優秀なソフトのはずです。高度なノーテーション機能を要求するのは酷というものです。シーケンサー+ノーテーションなら「logic」という話はよく聞きますが・・・・・ バグが出る、というのはメーカーのせいではなくて、音を扱うソフトを複数入れることによる機能の衝突が原因ではないでしょうか?
 そうそう、「igor」は以前はフリーだったのですが、最近は有料になってしまったようですね。失礼しました。

 コンクールの音源での稀少曲ですが、たしかに年に数曲でればいいほうです。しかし、職場・一般の部ですと、邦人作品なんかが演奏されていることが近年になって多くなりましたね。例えば今年でしたら、ヤマハ浜松の長生淳「楓葉の舞」なんかが楽しみです(全国まで行ってくださいね〜)
 私は大学以上の演奏にしかほとんど興味ないので、中学・高校の部の自由曲にはほとんど期待していません。地方大会にいけば、それこそ「活劇サイレント」みたいな珍しいものも確かにあるんですけどね。それでも、今年の福島の磐城高校のように珍しい曲をやってくれる、という話を聞くと、(編曲モノとは言え)応援したくなりますね。
 ともかく、本当に「上手な団体」というのは、参考音源があろうがなかろうが、楽譜から新しい解釈を創り出すことができるはずで、それほど定番曲を演奏した団体と差がつくということはないと思います。既存の解釈の劣化コピーで上の大会に進む事のほうが、本当はよっぽど難しいはずなんですけどね。


>蝸牛の旋さん
 お買い上げ、有難うございます m(_ _)m
 このCD、実はそんなにプレスしていなくて、どうも手に入りにくくなっているようですね。
 「機会音楽的なものが並んだ」というのは、特に戦後編に顕著で、本当は色々なタイプの曲を並べると吹奏楽の多面性が見えて面白かったと思うのですけどね。どうしても「吹奏楽で追う日本の歴史」というテーマなので仕方がない・・・・・
 「カルメン」に関しては、やはり「オーケストラのアレンジを演奏する習慣」というのがかなり昔からあったことも示していて、入れて正解だったと思っています(予想よりちょっと長かったけど)。 「南蛮回路」は紙面の都合上書きませんでしたが、1パート1人(Clだけ倍管)という「小編成」作品の新しい形として聴くと、また違った面が見えてくるかもしれません。
 「WAになって踊ろう」についての御指摘、ありがとうございました。しまった・・・・・


 明日から実家に帰省してしまいます。相変わらずのスローペースが続きますが、御容赦ください。 m(_ _)m

このかた買いました 投稿者:蝸牛の旋  投稿日: 8月 5日(火)01時42分06秒
まだざっくりと聴き通しただけですが、なかなか興味深い内容でした。企画の性格にも拠るのでしょうか、やや「機会音楽」的な曲が多く並んだように思いますが、そんな中いにしえの『カルメン』に聴こえる切実さとか、『南蛮回路』の闊達さなどがとりわけ印象に残っています。

ところで、ライナーを読みつつふと気が付いてしまった箇所があったので付記しておきます(本筋とはあまり関係ない重箱の隅的なものですが・・・)。

P.45の長野オリンピック閉会式の件、『WAになっておどろう』の演奏は、作詞作曲を手掛けた角松敏生を中心とするバンド「AGHARTA(アガルタ)」によるものです。
元々NHK「みんなのうた」にて採り上げられ評判となった楽曲で、後に(SMAPでなく)V6によるカバーシングルで更に知名度が上がったという経緯があります。

れす☆ 投稿者:ティーンエイジャー  投稿日: 8月 2日(土)22時52分47秒
 ノーテーションソフトの件、どうもありがとうございました。。
 うーん、良く考えてみたいと思います・・。。私はKAWAIの「スコアメーカー」とYAMAHAの「XGworks」を併用してるのですが、どうもバグが続いておりまして・・・ι日本の(しかも大手企業)ということで信用してたのに・・ι(私ってあまいですかね・・・ι)

NAPPさん>課題曲が発表されたときと、全国大会後のCDで珍しい曲の入った音源が出てないか、をチェックする程度なのです。
・・・全国大会のCDに珍しい曲・・・?って、そうそう無いんじゃないですか??全国大会ともなれば、結構定番の曲とか人気の曲が詰まってきて・・・ι・・・それに比べると、地方大会の方が(まぁ、技術的な面では何とも言い難いのですが・・)”掘り出し曲”があるように思いますが・・・どうなんでしょう。。。?・・・新曲ともなれば楽曲解釈もそこそこ、技術的にもそこそこ・・・となって大体落ちちゃう傾向にないですか・・?(まぁ、私が中学・高校の部門くらいしか見てないからかもしれませんが・・。ι。)

レス 投稿者:NAPP  投稿日: 8月 2日(土)04時45分09秒
>マルシュさん
 非常に面白いお話、ありがとうございます。なるほど、第二次世界大戦終結前に、すでに空軍にはSaxは導入されていたのですね。ちょっと意外なことでした。
 今現在でも民間においてはSaxを持たないバンドがある、というのも、ドイツの音楽に合わない点があるから、ということであるのなら、得心がいくところです。

>ティーンエイジャーさん
 そうか、世間は今、コンクール真っ盛りなのですね。どうも私はコンクールにはさほど興味がなく、課題曲が発表されたときと、全国大会後のCDで珍しい曲の入った音源が出てないか、をチェックする程度なのです。
 さて、ノーテーションソフトですが、はたして「本格的に」というのがどの位なのかが分からないことには、ちょっと気軽にはお勧めできませんね。なにせ、高価なものですからね。ちなみに私が使っているのは「Finale 2003」というヤツです(というか、これ以外は使ったことがないので、他のソフトに関しては評判や噂で伝え聞いた範囲なのですが)。
http://www.megafusion.co.jp/audio/coda/finale2003/
学生さんなら、5万円あれば買えます。
同じ金額ですが、つい最近日本語版がでた「sibelius」もいいソフトらしいです。
http://www.ymm.co.jp/sibelius/
ここらへんは高価なだけあって「本格的」ですよ。
まぁ、一般的な楽譜でしたら、「Print music!」でもいいような気がします。ただ、25段までしか使えないので、吹奏楽のスコアには不向きかもしれませんが。
http://www.megafusion.co.jp/audio/coda/pm2001/index2.html
あと、究極のフリーソフトとして、「Igor」も紹介しておきます。英語ですが。
http://www.noteheads.com/

#ちなみに、今さっきまで「finale」で仕事をしていて、突然「タイプ11のエラー」で落ちて、結構な量の作業がパーに。で、やる気が削がれてレスしてるわけです。2003にしてからエラーが起きたことなかったのになぁ・・・・・油断した。こまめに保存しないと。

>さくらさん
 お久しぶりです。夏期講習会もあり、そろそろ受験の追い込みといったところでしょうか。最近は附属からでもなかなか油断できないと聞いていますね。がんばってください。 私も高3の夏頃は、やっぱり三巻の偶成和音のあたりでしたよ(笑) 私のときとはだいぶ状況が変わっているのかもしれませんが、国立の和声はたしか階梯導入でしたよね?私がもしさくらさんと同じ進度の受験生を教えていたとすれば、受験対策のために偶成と保続音の章は軽く流して、主題的構成バス課題と組み合わせ(アルテルネ)課題・階梯導入を集中してやって、受験後から入学までの一ヶ月でシャランと並行して偶成を掘り下げますね。
 とりあえず受験では、いきなり現代風の曲を書く人はごく少数でしょうね。基本はやっぱり「学習ソナタ」で受験を乗り切り、入学後に現代語法を獲得していくのではないでしょうか。もちろん、自分の書きたい曲を持っている、というのが一番大事なことで、それは大切にしておいてほしいです。あくまでも受験では「たしなみ」として、基本はできているんだよ、ということを見せるためにあるものと割り切るべきでしょう。受験のテクニックだけ身に付いてもしょうがないことは確かなのですけどね。
 フーガは・・・・・今からってきつくないですか?どれくらい対位法の勉強をしたのかにもよりますけれど。国立は島岡先生の影響下で対位法には強い学校だというイメージがあるのですけれど、これは外部の邪推かな?一応、藝大の入試では、「三声以上の対位法的楽曲」とは書いてありますが、三声のインヴェンションとかではなく「四声フーガ」じゃないと危険かと思います。学習フーガの形式も慣れるまでは結構かかりますしね。まぁ、まだ半年近くありますので、頑張り次第ですね。
 ジャズは大丈夫でしょう。もっとも、私は藝大出身じゃないのでなんとも言えませんけど。


*国立音大ブラスオルケスターの感想と「某スレ」はもうちょっとお待ちください。

2回目です! 投稿者:さくら  投稿日: 8月 2日(土)03時25分47秒
カナリ前に掲示板に書かせて頂きました。国立音大附属高校作曲科、3年の桜です。
私もついに受験が迫ってきました。いちをこのまま上に上がるつもりなんですが、倍率高いんですよ。今学年に7人作曲科の子がいて1人は芸大、1人は音楽ではない学校に行くんですが・・・5人中2人しか推薦で採ってくれなくて・・。
和声も、曲もぱっとしなくて。和声はやっぱり慣れるしかないんですかね?今3巻の7章あたりなんですが。。。
曲も人と違う印象に残るようなのを書きたいんですよね。音高では現代音楽は先生方からあまり評判がよくなくて
でも私は現代音楽(自分の音)ってゆー曲も書いてみたいと思ってるんですよ。大学ではどこでも、主に現代音楽が書かれてるって聞きますし。入試試験で提出する曲は大学の先生方が気にいるようなのを書いた方がいいのでしょうかね?

それと、今からフーガを勉強し始めて芸大に受かると思いますか?芸大狙ってる子がまだフーガに取り掛かってないらしいんですが・・・。あとジャズって芸大は受け付けてるんでしょうか?

長くなってスミマセン(汗