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(無題) 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月31日(金)23時04分20秒
NAPPさま。

>>特定バンドの名前を出すのは気が引けますので、引っ張りたいと思われましたら、メールでもください。
これは、今はいいです…。

>>韓国でも「ブラスバンドと呼ぶ」という風習があることがまず興味ありますね。
日本が朝鮮半島を支配していた時の呼び方がそのまま定着していたと思いました…。

98さん。
私もサイトを開きまして、3年を越えました。カウンターは数を増やすのですが、掲示板には意見についての賛否ともに書き込みが無く、うーむ(^^;)という感じです。
こないだよーやく相互リンクを貼ってくれるサイトができました。(^^)
あとミュージックマガジンの89,90,92,93,94年が揃いまして、あと91年の12冊を探しています。

古本屋で「昭和19年8月25日 対策課題答申 海軍軍楽大尉 内田又蔵」というレポートを見つけたので購入しました。
「決戦現段階に於ける軍楽の使命に就いて研究論述せよ」という課題のレポートで、要は「軟弱な音楽を排撃しよう!」という感じなのですが、それでも一次資料が入手出来るのは嬉しいです。

あと来年の一月末にスペインのマドリード、バルセロナ、グラナダ、セビリアの四都市を廻ることが決まりました。
某スレで98さんがフレーヴォを教えてくださいましたが、また情報がありましたらおしえてください。(_ _)
NAPPさんもスペインの吹奏楽教則本の題名をご存じでしたら、お願いします。(_ _)
皆様も何か情報をお持ちでしたら、教えてください。(_ _)

イタリアで、現地CDショップに置かれているCDと、MBレコードなど輸入業者が輸入するCDとの違いには驚くばかりです…。

端的レス 投稿者:NAPP  投稿日:10月31日(金)19時36分37秒
13日以来のレスになってしまいました・・・・・
何かとこまごまと忙しいくてあまりレスに時間を割けない上に、結構込み入った話になっているようですので、ちょっと大雑把に話題別にレスをつけていきたいと思います。「ここはもうちょっと」と思うところがあれば、改めて蒸し返して下さい m(_ _)m

 その前に個別レスから・・・・・

>まさかさかさまさん
 もう遅いかもしれませんが・・・・・ 「西洋音楽を日本が受け入れていく際の”自対他”の認識」をアカデミズムの観点から考察するのでしたら、東京藝術大学百年史も基本的な資料だと思います。これで音楽取調掛の頃から現代に至るまでの「音楽大学」でのカリキュラムの変遷が追えますので、日本の音楽アカデミズムにおける管楽教育の受け入れられ方が分かるかと。(逆に言えば、「吹奏楽史」に関する当時の資料がなぜ少ないのかも分かるような気がする)


>ののさん
 web-cri開設、おめでとうございます!今後の内容にも要注目です。早速リンクを貼らせて頂きました。


>Scaffaleさん
>指揮者や演奏家のキャラクターに頼ることができないのが
>吹奏楽の辛さではないでしょうか。
 むしろ吹奏楽は「吹奏楽団」の名前で売っている(曲自体ではなく)という印象が強いのですが。しかし、そのいわゆる「有名バンド」というのが「それぞれ個性的か」であるかというと、そうではないのが痛い。(んっ?論旨を外しているような気も・・・・・)

>音楽を聴くことそのもの以外を目的として制作された吹奏楽CD
 「吹奏楽指導者全集」などはそれに近いかもしれませんね。「合奏のポイント」など部活動をより円滑にするために制作されたもの、というのは視点を変えれば「生徒の情操教育」のためということもできるのかも知れません。学校教育における部活動(この場合は吹奏楽)の目標は「音楽をすること」そのものではなく、音楽は「手段」であると考えたとすれば(これには異論があるかもしれませんが)、この「指導者全集」も音楽自体を目的としているのではないような気がします。


>七時マーチさん
>組織的に教育しようとしない演奏能力至上主義の主流派が実社会に
>おいて吹奏楽の地位を下げているんじゃないか
 吹奏楽全体のことではなく一つのバンドの在り方、という風に規模を小さくして考えると、某バンドのことを思い出しますね。特定バンドの名前を出すのは気が引けますので、引っ張りたいと思われましたら、メールでもください。

>韓国でも「吹奏楽をブラスバンドと呼ぶのは間違い」というサイトがあります
 間違い云々以前に、韓国でも「ブラスバンドと呼ぶ」という風習があることがまず興味ありますね。なぜそう呼ぶようになったのか、韓国側で何か調査結果みたいなのがあれば参考になると思うのですが。日本での「ドイツ語blas由来説」はもっともらしいけど、あれ、多分違うでしょう。


>きりきり舞さん
 何故にこのサイトに・・・・・と思いましたが、訪問して分かりました。あそこらへんの作品リストは珍しいですね。もうちょっと詳細になる予定はあるのでしょうか?
 石井歓「大いなる秋田」ピアノ版が初演されたことも初めて知りました。

>ちんぴら指揮者さん
 毎年恒例ですね。ご苦労様です。

>Junさん
 陸中の一柳作品音源化は喜ばしいことですね。ちなみに一緒に入っている「雅の鐘」は「黒船以来」の録音に比べるとかなり安全運転 (^^ゞ
 私のスッペ・・・・・ 「詩人と農夫」は実演に立ち会いましたが、「軽騎兵」は練習しか聴かせて頂けてないんですよね〜(沖縄公演でやった) 個人的には音源化してくれると嬉しいけど(笑)、やっぱそれよりも優先すべきものはあるでしょうしね。

>蝸牛の旋さん
 珍しいCDのご紹介、ありがとうございます。ここの16番のCDですね。(37番も面白そうです)チェコの作曲家はこのレーベルによってもっと知られるようになるのでしょうか。
 ルカーシュという作曲家、恥ずかしながら全くもって知りませんでした。お役に立てずに申し訳ない。
 最近買ったCDといえば、ジュリアードWE(ジュリアード音楽院の学生によって作られている吹奏楽団)のCDが面白かったです。と言っても曲自体はそれほどでもなく(それでもW.シューマン「チェスター序曲」はこのCDのが一番お気に入り)、それよりむしろシュタットプファイファーのころから通してアメリカの吹奏楽史をコンパクトに概観する解説がよかったです。ところがこの解説、web上で全文を読めたりするんですね〜
これ
 他、松村禎三の新譜には「阿知女」が収められていて、これは「Sop、Fl、Ob、Cl、A.Sax、Fg、Hrn、Tp、Trb、Pf、Perc、Vc、Cb」という編成。Vcがあんまり聞こえない (^^ゞ ので、「強靱さを押し出したオスティナート系小編成吹奏楽」として聴く事もでき、まさに今のこの掲示板の話題にタイムリー(笑)

 都響「日本音楽の探訪」は私も行きました。鈴木・福島の両作品はまさに圧巻でしたね。あの時代・あの年齢であそこまでの曲が書けるとは、まさに実験工房恐るべし。生まれて初めて生で聴けたクラヴィオリンも嬉しかったです。


>とみながさん
 こちらこそありがとうございました m(_ _)m そのうちまたお伝えしたい事(笑)も浮かぶでしょうから、その時はまた耳をお貸し頂ければ幸いです。お言葉に甘えてかなり言いたい放題を言ってしまったかもしれませんが、現場との擦り合わせはお任せいたします (^^ゞ
 御連絡先は、また次回(笑)に・・・・・


>阿部達利さん
 ご無沙汰しております。
 タプカーラなどの楽譜出版は嬉しいですね。正直多くのバンドには演奏困難な楽譜かもしれませんが、私としてはあの編曲が決定版だと思っています。
 「交響ファンタジー1番」は編曲している、という話は結構以前に某氏から聞いていたのですが、出版まで話が進んでいたのですね。編曲初演はリベラ・ウインド・シンフォニーの予定だと聞いていますが、それがいつのことなのかは不明(もしかして、もうやった?)。
 最近は吹奏楽の楽譜の出版も増えてきて、他にもこんな会社もあるそうですね。


>kaoruさん
 お久しぶりです。最後に会ったのは昨年の第九?活動も盛んそうで何よりです。

>yoshuさん
 いつも後輩達(荒廃たち)がお世話になっております。昨年の芸祭での中川俊郎氏に引き続き、今年もいい企画ですね。私も聴きに行きたいのですが、あいにく明日から泊まり掛けで外出・・・・・
 個人的には今年の芸祭ではフェスティヴァル・ブラス with MALTA も気になっているのですけどね。



 話題別レスを。

>フェラーリ
 所用のため、22日にしか参加できませんでした。できれば他の日にも参加したかったのですが・・・・・ 生楽器を使用した作品にも実演で接する事ができていたら、日常と非日常の境界についてもうちょっと考えるヒントが得られたかもしれない、と思うと、非常に残念です。

>大編成・小編成
 たんなる編成の話に留まらず、色んな方面で議論がされていて、なかなか難しそうですが・・・・・
 まず、以前より98さんが書こうとされていたことでもあるのですが、「大編成 = 厚いオーケストレーション」ではない、ということ。大編成でも薄いオーケストレーションというのはあるし、逆に小編成で厚いオーケストレーションの曲もある。現在の日本の「小編成吹奏楽」というのはこの「小編成で厚いオーケストレーション」であり、それは「小編成のための曲」というよりむしろ「小編成でもできる曲」ということに過ぎない。そうならないように田中さんの曲のように「小編成だからこそできる曲」というのを考えるのが、当然であるわけです。そして、その作品というのが「小編成でもできる曲」と比肩して音楽的に優れたものとなるのは必然であり、そうした音楽にはまだまだ可能性があるでしょう。
 しかし、一作品に留まらず、「吹奏楽」(これはかなり広義で)というジャンルの独自性を音楽界全体にアピールするには大編成である必要があると思うのです。何故ならば「小編成だからこそできる曲」というのは既存の室内楽の領域に限り無く接近する(あるいは吸収される)ことになり、独自の位置を新しく確立することは難しくなると思うからです。確かに単一の曲としての完成度だけで曲の価値をはかるのであれば、小編成でもいいし、多くの新しいことが考えられるでしょう。でも、それだけでは「吹奏楽」が「吹奏楽」として生き残る未来はないと思うのです。
 では、大編成でどういうことができるのか。確かに大編成では細部が潰れてしまい聴覚的に把握できなくなる可能性を孕んでいます。まぁ、しかし、それは細部を把握する必要がある曲だからそういう問題が発生するわけで、そもそもそういう楽想で曲を書こうとする段階で大編成吹奏楽を理解していないと言えるのではないでしょうか。弦楽四重奏曲を弦楽オーケストラに演奏させることはナンセンスでしょう。こうなると、もう「どう書くか」という方法論になってしまい、そこから先は作曲家の発想次第と言えるでしょう。では私ならどう書くか、といえば、お楽しみに、としか言えないわけですが(笑) あと、大編成だからと言って常に全員鳴らす必要もないわけで。
 「吹奏楽でできること」よりも「吹奏楽でしかできないこと」を作曲家はよく考える必要があります。そのためには「吹奏楽」と「それ以外」を共によく知っておく必要があることは言うまでもありません。

#実験的ポップスとかのジャンルの話にも及んでいるようですが、私、恥ずかしながら
 そちらには明るくないので、98さん、お願いします (;^_^A

告知させてください 投稿者:yoshu  投稿日:10月30日(木)00時39分01秒
はじめまして。告知させください。

きたる11月1日、東京音楽大学の芸術祭にて、弦楽四重奏や、笛アンサンブルのための新曲のイヴェントをやります。笛アンサンブルでは
ビット運指法
による作品「池袋サミット」、弦楽四重奏では
三輪眞弘
の弦楽四重奏曲ハ長調「皇帝」他を演奏します。

もちろん入場無料です、是非来てみてください!

詳細
http://home.catv.ne.jp/dd/inmylife/subesubemenu.htm

さうして人類の舞踏曲――それを指揮するのは誰か――それを奏でるものは―― 投稿者:98  投稿日:10月25日(土)02時33分14秒
Scaffale 様
ロランで返してみました。
では、最初はどういうきっかけでその曲を知りその演奏家を知るのでしょう?
あと、地元名曲集的なお土産レコードは、演奏者も曲も知らずに買ってしまうものでしたね。後で思い付きました。
吹奏楽の棚に付いては、98よりも他のみなさんのほうが御存じだと思うです。

Jun 様
村田氏はスタジオミュージシャン的なソツのなさがあって、それは技術に支えられてのものではありますが、逆にそこが、吹奏楽の枠内で彼を捉えてしまう危険性をはらんでるように思います。本人もPipersだかBJだかのエッセイでじゃがたらのことを書いていたりするので、そのへんの難しさは自覚していると思います。
ただ、たとえば林栄一や大熊亘が、「吹奏楽」の人たちに伝わる言葉を持っているかどうかというのも難しいところで、村田氏あたりがうまく立ち回ることを期待しますが。
MALTAとかが出てきてっていうのも、またメカニカルな技術に目がいってしまうし。

大音量のその向こうに 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月24日(金)22時49分42秒
いしづかさま。
Max Power Musicを極めますと、例えば。

 マラソン選手の中には、純粋に走ることが好きでやる人もいますし、
 より速く、世界一をめざして走る人もいますし、
「ランナーズ・ハイ」を味わいたくて走る人もいます。
 ヘトヘト感覚を味わうための音楽って、吹奏楽とロック(方面)ぐらいのものでは?(^^;)

人が音楽をする動機にも、ただひたすらに音楽を演奏したい人や、より美しい音を出したい、人を感動させたいという動機もあるでしょうが、エネルギーやリビドーの発露の場として音楽を選ぶ人もいるはずです。
いしづかさまがどういったドリルをやってこられてきたのかはわかりませんが、変な例えですが東京大学に入学し、応援団に入る人は少数ながらいるわけでして、
その人達のことを理解出来ず、知りたいがために一冊の本(ルポ)を書いてしまった人がいるほどです。(最相葉月さんですな)
時代とは合っていなくても、滅びることなく続いていて、既に伝統があるものの魅力を知ることは「吹奏楽」には有益だと思いますよ〜。

んで私自身は、Max Power Musicを経てMinimum Power Musicの可能性だの、決まりとしてではなく、魅力としてのチューニング、ハーモニーなどに気づくことが出来ました。
(Minimum Power Musicの魅力につきましては、先達としてリュート音楽があります)

まぁ現状から進むための道は、たくさんありますよ!

大半の聴衆が興味を抱くのは、音楽ではなく音楽家である 投稿者:Scaffale  投稿日:10月24日(金)22時39分23秒
>98さん
題名は作家ロランの言葉です。誰々が作曲した、誰々が演奏した(する)でCDを買ったり、コンサートに行ったり行かなかったりを決めたりする私にも当てはまります。

吹奏楽のCDの棚を見るようになったのは大学に入ってからのことですが、私にとっては「作曲している人が何者なのかわからず、また、何者が演奏しているかもわからない」ために、最初は見るだけで買うことはありませんでした。
それらに収録されている音楽はすばらしいものばかりなのかもしれませんが、そうではない可能性もある。で、私が通っている店には1000円程度で買える吹奏楽CDはない……という状況で、1枚ニ、三千円を払って何者かもわからないCD(それがどんなによい演奏だったとしても)を買う勇気はありません。それよりも、知っている作曲家、演奏家のCDを買いたい。

演奏家を「知っている」というのには、「彼/彼女の演奏を知っている」だけではなく、顔やスタイル、エピソード、考え方、他人の評価などさまざまな要素があります。
もし、私が先ほどのような状況でCDを買ってしまうためには、何が必要だろうか。その「何か」がわかるすれば、吹奏楽という世界はその「何か」のためにどれだけ努力してきたのだろうか。

いろいろと考えながら書いたため、乱文になりました。
「音楽を聴くことそのもの以外を目的として制作された吹奏楽CD」は何枚かあるだろうと思っていたので、意外でした。ありがとうございます。

ソリッドブラス 投稿者:Jun  投稿日:10月24日(金)14時09分36秒
こういった管楽器のユニットで老舗と言えば『村田陽一ソリッドブラス』も入るでしょう。確かA.Sax,Tp2、Trb、B.Sax、Tub、D.Sが基本だったと思います。
リーダーの村田氏はもちろん吹奏楽出身で(^^)、バンドのコンセプト、サウンド、そして村田氏の作・編曲作品、どれも刺激的です。(そういえばドラムのPONTA氏も、かの今津中学校吹奏楽部出身だったはず。)
下のDCPGRなどとも併せ、こういったバンドもある種吹奏楽のひとつの発展系、と捉えていいのでしょうか。

>阿部さん、早速BIMSのサイトを覗いてきましたが、伊福部作品をはじめとして、多くの邦人作曲家の作品のレンタルを準備しているようですね。楽しみですが、作曲家の名前も作品名も、初耳のものが多いです(苦笑)。

デートコース 投稿者:98  投稿日:10月24日(金)13時54分44秒
そうそう。デートコースもありますね。
デートコースだと、音量だけじゃなくて音楽的な構造のことも含めて話題になるべき。
「構造」はブーレーズだとか菊池さんも言ってたし。
現代音楽的としてどうこうっていうのとは別に、地域との結びつきとしての吹奏楽とか、高校生の定期演奏会的なところとかジャズとかポップスへの越境とか、同時代的な吹奏楽のありようとして捉えてほしい音楽はたくさんある。

大音量の吹奏楽といえば 投稿者:いしづか  投稿日:10月24日(金)06時04分00秒
デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン(DCPRG )というバンドがあります。編成は、Sax×2、Tp、Tb、Tub、Dr×2、Perc×2、E.Bass、Key×2、Gt×2、といったところ(Hi Brass 仕様時)なので 立 派 な 吹 奏 楽 です。編成は小さいですが、凡百の吹奏楽よりも遥かに構造的かつ大音量の音楽を演奏します。「構造と力」というアルバムを9月にリリースしてますので興味がありましたらご一聴を。

このバンド、(半ば強引に)吹奏楽として紹介してみると、初期の大江戸ウィンドオーケストラと重なっているメンバーなどもいて興味深い。何となく。

ドリルか・・・何もかもが懐かしい 投稿者:いしづか  投稿日:10月24日(金)04時40分02秒
> 七時マーチさま
> ステージドリル

中坊・高坊の頃にちょっとしたドリル経験などもあり、スーザフォンをブン回すことも出来る私なのですが、ドリルでの大音量に吹奏楽の未来を感じられるかと問われれば、否定的にならざるを得ないですね。

ただ、ドリルから連想して、昔聴いた面白い吹奏楽曲のことを思い出しました。

ユーゴスラビア出身の作曲家・トロンボーン奏者であるグロボカールに"LA TROMBA E MOBILE"という作品があります。24人以上の管打楽器奏者のために作られた作品で、ステージ上(演奏会場は広場でもスタジアムでも良い)を動き回りつつ演奏されるシアターピースです。題名は、「ラッパは移り気」とも「動き回るラッパ」とも翻訳可でしょう。バリバリの現代音楽ではなく、調性的な要素も多く、ヴェルディの「リゴレット」を引用する箇所すらある、まあ聴きやすい作品です。この中に、15秒ほどの楽句を一回ごとに音量を大きくしながら繰り返していく箇所(繰り返しの回数は不確定でしょう)があるんですね。最終的には楽器が壊れそうなほどの限界的大音量で演奏しなくてはならないわけですが、これは非常に面白かった。私が下で指摘した問題点(大音量は良いものかも知れんが、音量が上がるにつれて作品の細部が潰れてしまう)は、何度か「細部の認識が可能な」音量で繰り返されることで聴き手の頭の中に刷り込まれているのでクリアされる。細部は頭に入っているから、聴き手は音量が上がり細部が潰れていく様子すら余裕をもって聴くことが出来るという趣向。いい感じですね。

この作品については、昔解説を書くと宣言したっきり、そのままになっていたんですよね。4年越しの約束が果たせて良かった。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/napp/kako7.htm

ああ… 投稿者:98  投稿日:10月24日(金)03時38分47秒
40分くらいかけて書いた長文が消えた…。簡単に書き直します。

>いしづか様
98が言いたいのは
>確固たる問題意識をもって大音量に取り組む作曲家がいても良い
ということです。もちろんウィンドアンサンブル的なアプローチも有効だと思いますが、みんなでそっちに向いてるように感じているのです。

お久しぶりです 投稿者:kaoru@売れないオペラ歌手  投稿日:10月23日(木)21時53分44秒
お元気ですか??
さっそくですが、2点程・・・
Kaoru@Homeのアドレスが変わりました。
旧アドレスhttp://ueno.cool.ne.jp/offeritorium/
         ↓
新アドレスhttp://ueno.cool.ne.jp/kaoru1409/
です。
お手数とは存じますが、変更の方お願い申し上げます。

そしてもう1点。
先日、kaoru主宰で新団体を立ち上げました。
若手音楽家による、少数精鋭のよりレベルの高い演奏を目指し、
私どもの葛藤し作り上げた音楽をお客様お届けする、非営利にて活動している
音楽団体です。
4月に第1回のコンサートも企画しております。
ホームページにも是非遊びにいらしてくださいね^^

Musikalisches@Opfer
http://www.musikalisches-opfer.com

http://ueno.cool.ne.jp/kaoru1409/


伊福部作品 投稿者:阿部達利  投稿日:10月23日(木)17時25分02秒
Junさん:

ビムス(http://www.bims.jp/)のホームページをのぞいたらちょっとびっくり。
「シンフォニア・タプカーラ」「交響譚詩」「交響ファンタジー1番」
のハイア・ライブラリが準備中とありました。

編曲者情報が乏しいのですが、少なくとも「タプカーラ」は陸上自衛隊の楽譜のようです。
「交響ファンタジー1番」って例の「SF交響ファンタジー第1番」だと思うのですが、
どこかで演奏されたことがあるんでしょうか?

http://www.wizvax.net/abe/winds/


多言無用 投稿者:HIDEっち@ユーフォニアム  投稿日:10月22日(水)01時56分48秒
田中吉史さん》ただ、それぞれの編成にはそれぞれの歴史なりコンテキストというものがありますから、それについて何も考えずに、ただ思い付いたことを書く(ちょうど普通のオーケストラの書式をそのまま当てはめる、みたいなやり方で)、ということはしたくない、という気持ちはあります。その意味では僕の持っていた「吹奏楽のイメージ」とそれへの「批判」が結果としてウィンドアンサンブル様式を選択することになった、ということでしょう。

 作曲者がこのように考えて作品を世に出したということを、他ならぬ譜面から(他に資料があるならそれを求め)感じ取って演奏するよう努めるのが、演奏者のするべき所だと思います。吹奏楽はどうあるべきか、こういう観点が必要だなどと、作曲者、演奏者、指導者(なんなんだそれは?と思ったりもしますが)を含めて、色々な意見が、この狹い吹奏楽の世界で渦巻いているように感じられます。しかし、演奏者について言えば、「作者はこの譜面に何を記したか」を辿る努力なくして、どうして吹奏楽の発展などということを口走ることが出来ましょう。言うなら、己のやるべき事を見据えてやれや、としか言いようがないです。ワタシも、場末の一演奏者です。吹奏楽がどうあるべきかなど、皆目検討がつきません。しかし、作者が何を伝えようとしているのか、指揮者が何を伝えようとしているのか、隣の演奏者が何を伝えようとしているのか、聴衆が何を聴こうとしているのか、ということに精神を研ぎ澄ますことなくして、開ける道など果たしてあるのかと、つくづく思います。恥ずかしながら、他には何も知りません。

http://www.euphstudy.com/


大音量路線 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月21日(火)21時26分40秒
いしづかさま。

>>細部が見通せないのなら、大人数で大音量を出す必要は果たしてあるのか?
>>少なくとも、今後の吹奏楽が大音量路線に活路を見出そうとするのならば、
>>そうした路線に相応しい会場の選択、また、相応しい吹奏楽の書法の確立が
>>求められることになるのだけは確かだと思います。

え〜、Max Power Musicに興味がおありでしたら、吹奏楽の中でもマーチング、とりわけ東京六大学の応援団吹奏楽部のステージドリルが11月下旬〜12月中旬がシーズンですので、ご覧になってみてください。(^^)
日東駒専などもいいかもしれない。
作曲家の視点ではなく、演奏者の視点ですが。

お疲れ様でした 投稿者:とみなが  投稿日:10月21日(火)17時20分12秒
私信になります故、大変恐縮ですが・・・。

>NAPPどの
昨日は長時間に渡り大変お疲れ様でした。大変楽しい時間を享受したと思うと同時に、以後の活動に向けての貴重なご意見を賜りました。改めて御礼申し上げます。
お互いすっかり忘れていた様でしたが、連絡先などの交換などちゃんとしておりませんでした(苦笑)。
おいおい顔を合わすでしょうから、改めてその際にでも。
急ぎ用件ある場合には、まっつんに聞いて下さい。

取り急ぎ用件まで、失礼。

田中作品、あるいは音量について 投稿者:いしづか  投稿日:10月21日(火)15時17分20秒
> そうですねえ、ホールの残響がちょっと多すぎたのと、楽器の配置がややあの曲には
> 不向きだったせいもあって、後半はたしかに「マッシヴ」にはなりましたね。まあ、
> 僕の作品は「クライマックス指向的」なところがありますから、曲の後半で全体に響
> きが厚くなるのは意図しての事ではあるんですが。

田中さんに、というよりも、これをお読みの他の方のために補足的に説明いたしますと。

もちろん、私も「クライマックス指向」に批判的なわけではありません。問題は、そのクライマックスをどのように演奏するべきか、ということなのです。一般に、耳に入る音量が大きくなってきますと、耳の分解能は悪くなってきます。もちろん、残響による響きの混濁も問題になるでしょう。よって、スコアの細部まで見通せるような聴取状況を維持しつつ、クライマックスの音量を設定しようとするならば、音量がいくらでも大きくても構わない、ということにはならないのではないかと。田中さんの曲は、クライマックスの大音量部分でも、スコアは実に細密に書き込まれていますので、音量の設定をむやみに大きくすることで、スコアの細部が聴き取れなくなるとしたら、かえって逆効果なのではないか、そういうことを主張しております。

で、これに関連して自論を述べるならば、先日来、この掲示板で交わされている「大音量が吹奏楽の魅力となりうる」という考え方には、正直違和感を感じざるを得ません。本当に優秀な管打楽器のプロが集まるのなら、15人程度の編成でも十分に威圧的な音量をつくることが可能です。それを証明しているのが、クセナキスの「オレスティア」でしょう。それを考慮するならば、50人編成の吹奏楽団が残響2秒のホールで、ひたすら大音量で演奏するならば、作品の細部は潰れてしまうと考えるのが自然です。実際、「イェメンの風」の演奏はそういう点から聴くとかなりヤバかった。細部が見通せないのなら、大人数で大音量を出す必要は果たしてあるのか?少なくとも、今後の吹奏楽が大音量路線に活路を見出そうとするのならば、そうした路線に相応しい会場の選択、また、相応しい吹奏楽の書法の確立が求められることになるのだけは確かだと思います。

私はメルツバウや非常階段も大好きなんだけど、あれは大きな音で演奏することを前提にした創り方をされているんですよね。クセナキスのテープ音楽や管弦楽曲の一部も。吹奏楽の作曲家にも、そうした確固たる問題意識をもって大音量に取り組む作曲家がいても良いと思います。

17日の都響日本音楽探訪は良かったですね。前半で帰ってきてさえいえば、より良い演奏会だと思ったに違いありませんが。
19日は、フェラーリ&大友デュオに行ってました。こちらは本当に素晴らしかった。双方とも、詳しいことは別所で。

亀レス:アジア音楽祭オープニング 投稿者:田中吉史  投稿日:10月21日(火)02時34分43秒
まさかさかさまさん、いしづかさん、NAPPさん、アジア音楽祭へのコメント、ありがとうございました。
しばらくこちらの掲示板をチェックしないうちに、随分書き込みがあって、ちょっと乗り遅れてしまいました(^^;)。

いしづかさん>>
>>それゆえ、クライマックスが近いて要素が堆積していくに従い、細部の見通しがきかな
>>くなり、音響がマッシヴなものへと沈殿していったことは少々残念。

そうですねえ、ホールの残響がちょっと多すぎたのと、楽器の配置がややあの曲には不向きだったせいもあって、後半はたしかに「マッシヴ」にはなりましたね。まあ、僕の作品は「クライマックス指向的」なところがありますから、曲の後半で全体に響きが厚くなるのは意図しての事ではあるんですが。ただ、「マッシヴ」とはいっても、「イェメンの風」みたいな感じではなかったでしょう?(「イェメンの風」は良くできた作品ですが。)

NAPPさん>>
>>後半の最初の二曲は「ウインドアンサンブル様式」。それではこの曲は、というとスコア
>>には指定こそされていない(のですよね)
NAPPさんにはスコアを進呈しましたので、もう御存じなのですが、この作品は個々の演奏家が全員ソリストの「協奏曲」ですから、指定された人数を守るように注意書きがしてあります。

「ウィンドアンサンブル様式」ということについて、ちょっと書いておきますと、僕が「ウィンドアンサンブル様式」を選択したのは、少なくともこの作品を着想した時点では、「ミリタリーバンド様式」が好きではなかったことが一つの理由です(だから、NAPPさんや98さんの、圧倒的大音量が吹奏楽の美点の一つだという指摘は、僕にとっては目からウロコだったわけですが(^^))。僕の場合、作品のアイディアを得るために、その編成で今までどのような曲が書かれてきたかを調べてそれとは違うことをする、ということがよくあります。今回の作品の場合には(僕は浅学にして「ミリタリーバンド様式」の作品しか知らなかったわけですが)、大人数で一つのパートを演奏するのとは逆の事をしたい、と考えたのですね。
こういう言い方をすると怒られてしまうかもしれないけれど、僕自身は「吹奏楽」に深ーい思い入れがあるわけではなくて、これは面白そうだと思ったらそれを書く、今回はそれがたまたま吹奏楽だった、というのが正直なところです。ただ、それぞれの編成にはそれぞれの歴史なりコンテキストというものがありますから、それについて何も考えずに、ただ思い付いたことを書く(ちょうど普通のオーケストラの書式をそのまま当てはめる、みたいなやり方で)、ということはしたくない、という気持ちはあります。その意味では僕の持っていた「吹奏楽のイメージ」とそれへの「批判」が結果としてウィンドアンサンブル様式を選択することになった、ということでしょう。

いずれにせよ、「現代音楽」の多くの作曲家は、吹奏楽を「真剣に自分の曲を書く」対象として見なさない傾向があるように思います(アジア音楽祭のオープニングでも、日本人の作曲家はあまり聴きに来ていなかった気がする)し、吹奏楽に関わる多くの音楽家(アマチュアも含めて)にとっては現代音楽は聴いてもよくわからないし演奏も難しいので興味の対象になり得ない、という風潮がありますから(これって偏見?)、今回の僕の作品は、どちらからも鑑賞の対象とされない可能性はあるだろうと思っていたので、この掲示板でこうした真摯な批評をいただけるのは、非常にうれしいことです。

ルカーシュについて 投稿者:蝸牛の旋  投稿日:10月21日(火)00時01分45秒
先頃入手した、チェコ陸軍中央バンドの演奏による地元作曲家の作品を集めたCD「SYMPHONIC WORKS」の中に、ズデニェク・ルカーシュ Zdenek Lukas(Zdeněk Lukáš)の『Sinfonia brevis』という曲があって、これにいたく感心させられました。

時にフサ調の多声トリルが聴こえるなど現代風の技法を用いているものの、晦渋さやコンセプチュアルなスタイルに拠り過ぎることなく、チェコ音楽の伝統も垣間見える聴き易い曲で、それこそ併録のフサ『アル・フレスコ』よりも好感を持てました。また管打楽器の特性を生かした非凡なオーケストレーションにも目を見張るものがあり、ここ10年来の吹奏楽曲の中でも傑出したものではないかと思います('95年の作)。

実はこの人の曲は、Vc&Cb二重奏の『ロンド』という小品を先に耳にしており、そのモダンな響きと軽妙さがとても心地良く、お気に入りの1つ。ただその後に聴いた『ピアノ協奏曲第3番』はそれほど強い印象は持てずにいます(聴き直すと上述の作品に共通する匂いはするものの・・・)。

そして件の『ブレヴィス』でルカーシュへの興味が再燃し、既に存在は確認していた武蔵野音大のCDを購入、彼が初めて手掛けた吹奏楽曲『Musica Boema』を聴いてみました。これはずっと前の'76年作で、題名の通り「ボヘミアの音楽」に立脚したものですが、やはり個性が際立つ佳作と思えるものでした(海外では他にもかなり演奏・録音され、評価の高い作品のようです)。

ブックレット解説やWEB検索によると、彼はカベラーチに師事し、またオルフの影響を受けつつ交響曲や合唱曲等を手掛ける、かなりの多作家とのこと(『ブレヴィス』がop.265)。今年75歳になろうかという、ひょっとして地元では大御所的存在なのかも知れないのですが、日本ではほぼ無名に近いのではないかと。そこで紹介がてら、ルカーシュについて何某かご存知の方のレスを期待しつつ書き込んだ次第です。

P.S.
鈴木博義作品のクラヴィオリンの鄙びた電子音や、福島和夫作品の強靭かつデリケートな響きなどはとても刺激的でした。(17日:都響@池袋)
対照的に、クセナキス『ゴレ島にて』の特にホイナツカ女史の壮演に比して、フランチェスコーニはまだ良いとしても、その他の“新しい”作品の「矮小さ」がより際立つ結果となり、何とも複雑な気分・・・(19日:クセナキスEns@神奈川)

陸自中央音楽隊のCD 投稿者:Jun  投稿日:10月20日(月)15時22分47秒
タワーレコードのサイトを眺めていたら、陸自中央音楽隊のCDがまとめて3枚発売されるようですね。
今年6月の演奏会のライブ盤に一柳先生の委嘱作品が入っているようなので、買ってみようかと考えています。
NAPPさんアレンジのスッペも、そのうちCDになりませんかね(^^)?
個人的には昨年6月の伊福部先生『シンフォニア・タプカーラ』吹奏楽版も是非発売して欲しい所ですが。

全国大会 投稿者:ちんぴら指揮者  投稿日:10月18日(土)23時29分29秒
本日の全国大会・大学の部結果&曲目一覧UPしました。(明日は職場・一般)
ご興味ある方はご覧下さいまし。

http://www2.odn.ne.jp/~cau62570/index.htm


ちぎり絵など 投稿者:きりきり舞  投稿日:10月18日(土)23時02分46秒
丸山里矢さんのちぎり絵などを紹介しているHPがありますのでおしらせいたします。みていただければ幸いです。
その他旅行の写真などもありますよ。

http://homepage3.nifty.com/doyo/


横レスもろもろ 投稿者:98  投稿日:10月16日(木)01時20分28秒
勝手に意見交換推進、てことで横レスします。

>のの様、いしづか様
フェラーリ行きますー。
大谷氏には一度お会いしたことがあったり…(>のの様)

>Scaffale 様
>指揮者や演奏家のキャラクターに頼ることができないのが吹奏楽の辛さではないでしょうか。
カラヤンや小沢が吹奏楽団で振ったり、背中と胸の開きが大きなフルート独奏者が吹奏楽団をバックに演奏するようになればなんとかなりそうな…。

>合唱にもあてはまることです。
>ウィーン少年合唱団は
ウィーンは、もう、宝塚みたいなもんで…。美男美女を集めて、それで客をひくのはまた別ものになっちゃいそうです。
某和太鼓集団のコンサートで、おばちゃんたちがフンドシの男たちの肉体美なブロマイドを買い漁っているのに遭遇したことがありますが…。
合唱も、アマチュア演奏(歌唱)者が中心となった世界のように見えますが、実態はどうなってるんでしょうかね。
音楽の授業や校内合唱コンクールがあるので、裾野は広いのでしょうけれど。

>音楽を聴くことそのもの以外を目的として制作された吹奏楽CDはあるのでしょうか。
>「子供の情操教育」「心の癒し」「集中力アップ」などに役立つとして発売されたもののことです。
この手のCDは、およそ2系統あって、ひとつは既存の曲や演奏で制作コストを下げて作る場合、
もうひとつは、ようわからない科学的な理屈をくっつけてどうこうする場合、です。
いずれの場合も、シンセで音楽らしきものを作って雰囲気を出すか、クラシックの有名曲を使ってしまうか、のどちらか。
シンセを使うのは、簡単に作れてコストがかからないから、クラシックを使うのは、なんとなく高級感があったり
有名だったりするから、「癒し」や「教育」を必要とする人にアピールしやすいから、でしょう。
そうなると、吹奏楽の出る幕はない、てことになってしまいます。
吹奏楽そのものは、「情操教育」のため、という側面も大きいのですが。

>七時様
結局ですね、個人個人でなんとかしていかないといかんと思うわけですよ。
作曲家は依頼されずとも曲を書き、
バンドディレクターはあらゆる手段をとってでも一人でも多くの同調してくれる団員と客を増やしながらバンドを継続し、
スタジオを作る人は一度でも多くの優れた演奏家による優れた演奏会を企画し、
在野で研究する人は資料を漁り、持ち込みや投稿や、それでだめならホームページを開くなりして
できるだけ研究成果や主張を大勢に問いかける。
そのときに、吹奏楽の世界を相手にするんじゃなくて、音楽全体を視野に入れて、そこで通用することを心掛ける。

(あのスレッドのあれは、なかったことにすればよいかと…。)

リンク先、違ってる…(_ _) 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月15日(水)23時19分08秒
検索欄に「吹奏楽」が入っているページに直接飛んでしまいます。(_ _)

多くの話題が載っているこの掲示板に、新たに話題を出しても混乱するだけかなと悩んだのですが、デウス・エクス・マキナを期待します。(^^;)

他の間違い
合理的な計画立案能力→合理的な練習立案能力
NAPPさんしかレスしてくれないから→自分が他の話題にレスしないから

心臓バクバク←バカ(^^;) 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月15日(水)23時06分04秒
NAPPさん、考えてみれば、私がこれから音楽大学に入った方が早かったりして?(^^;)
ご推薦のリンク、ぱぁっと見ましたら、やってなさそうな感じなのですが、じっくり見てみます。(_ _)

塩野七生さんの著書「ローマ人の物語」の帯文章の「ローマ帝国は最盛期の時に衰亡の種子が生まれた」みたいなヒキの文章を読んで言葉がまとまったのですが、日本の吹奏楽団の圧倒的多数が「求めてはいない団員像」に、例えばやりたい曲があるけどみんなを説得する術(すべ)、平団員であってもその曲を成功させるための合理的な計画立案能力、能率的な議論・意見交換のための会議術などなど、個人の問題とされてしまい組織的に教育しようとしない演奏能力至上主義の主流派が実社会において吹奏楽の地位を下げているんじゃないかと思うのですが、NAPPさんしかレスしてくれないから、どうでもいっか。

今回の本題です。
下のリンクをクリックすると、検索サイトの「NAVER」にジャンプします。
検索欄に「吹奏楽」とか「ブラスバンド」と入力しまして、そのすぐ下の「(Q&A)(ウェブ)(韓国ウェブ)(BBS)(イメージ)(動画)(サウンド)(文書)」の韓国ウェブをクリック、次画面で選んだサイト名の隣にある「韓日翻訳」をクリックすると、日本語訳表示が出ます。
プログラム翻訳なので妙な日本語もありますが、大体意味はわかります。
韓国でも「吹奏楽をブラスバンドと呼ぶのは間違い」というサイトがあります。
韓国吹奏楽に興味がある方、どうぞ。

某スレッドであ〜いう事態になってしまい、どうしたものか思案中です…。

http://search.naver.co.jp/search.naver?where=webkr&query=%BF%E1%C1%D5%B3%DA&type=0&display=10&start=11&domain=


フェラーリラジオ放送 投稿者:いしづか  投稿日:10月15日(水)01時30分00秒
そういえば、ラジオ放送などもあるようです。

トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ

テーマ:ほとんど何もない/リュック・フェラーリ特集
ゲスト:鈴木治行(作曲家)

10月19日(日)05:00〜05:45 FM東京
10月18日(土)05:00〜05:45 FM広島、FM仙台
         28:00〜28:45 FM静岡
10月19日(日)04:00〜05:00 MUSICBIRD community 3
         19:00〜20:00 MUSICBIRD culture 1

*MUSICBIRD:TOKYO FMグループの超音質CS衛星デジタルラジオ
       問い合わせ:03-3261-8180 ミュージックバード

フェラーリ再来日 投稿者:のの  投稿日:10月15日(水)00時47分56秒
この掲示板でも話題になっていましたが、公演日が迫ってきたので(10/19より)、あらためて手短に告知致します。

昨年1月に初来日したフェラーリが再来日します。
公演日程とプログラムは下記URLをご参照下さい。

デジタル+アナログDJのための近作の日本初演のソリストは大友良英、前回来日時のフィールドレコーディングを用いたアンサンブル作品の委嘱初演、東京で上演するテープ作品のエッセンスを集めた大阪公演など、前回以上に盛り沢山の内容です。

http://www.netlaputa.ne.jp/~kouchi/


音楽以外の見地 投稿者:Scaffale  投稿日:10月14日(火)17時07分39秒
ごぶさたしております。外の人間からの意見ですが。

指揮者や演奏家のキャラクターに頼ることができないのが吹奏楽の辛さではないでしょうか。
つまり、カラヤンや小澤征爾の個性で売ることもできなければ、ピアニストの顔で売ることもできない。とりわけ後者、言いかえれば「性」で売ることができない。

もっとも、合唱にもあてはまることです。
ウィーン少年合唱団は一般に広く知られ、日本にもファンの多い団体ですが、ある女性ファンは、ウィーン少ファンについて、「お気に入りの団員目当てで出かける人も多い」などと言ったことがあります。
その人の指摘が当たっているかはわかりませんが、ヒリヤード・アンサンブルやシャンティクリアなど有名な合唱団のファンの中には、実際に、その団体の構成員に目を向ける人がいます。

ところで、音楽を聴くことそのもの以外を目的として制作された吹奏楽CDはあるのでしょうか。
すなわち、「子供の情操教育」「心の癒し」「集中力アップ」などに役立つとして発売されたもののことです。
検索してみましたが、見つけることができませんでした。

批評サイト始めました 投稿者:のの  投稿日:10月14日(火)02時46分15秒
総勢6人のメンバーで、下記の批評サイトを始めました。
当面は音楽が中心で、地味なテキストサイトですが、宜しくお願い致します。

http://www.web-cri.com/


あ言葉足りないですね。 投稿者:98  投稿日:10月13日(月)22時48分20秒
>NAPPさん
ちょとだけ補足してみると、
作曲あるいはバンドのディレクション上、または選曲の段階で、編成上の制約のなかで吹奏楽の芸術的表現の可能性を探るために厚みのある軍楽隊編成ではなく薄目のWE編成を指向する、ていうのと、今日的な音楽の芸術的表現の可能性を探るためにWEを選択する、の間にある微妙な違いを、薄い/厚いの話とかコンクール受けするとかしないとかの話の時に、なんかごっちゃになってるような、と思うことがときどきあったりするのですが、言葉少なすぎ&自分でも混乱してきたので、ちょっと棚上げさせてくらさい。
夜中の書き込みはあとで後悔する…。


>まさかさかさまさん
>他者としての西洋音楽を日本が受け入れていく際の”自対他”の認識
おもしろそうだけど大変そう。ならば、手法として「〜社会史」の細川さんのところを是非。
あと直接関係あるわけでもないですが渡辺裕「日本文化―モダン・ラプソディ」も目を通してみるとよいかと。
また、その場合の「日本」が、「国家」なのか「官僚・知識人」なのか「大衆」なのかは、意識しておかないと混乱すると思います。
法制的にどう受け入れられたかについては先に挙げた本などで追えますが、「自」というのを個人または個人の積み重ねとしての「官僚・知識人」/「大衆」として捉えるならば、日記や随想や雑誌などから拾い集めることになるので、これは相当キツイ。
いや、nappさんが挙げているのがほとんど辞典類であることからしても、吹奏楽という切り口の資料は極めて限られているので、どこかに一歩踏み込もうとするとなにをするにもキツイんですが。

レス 投稿者:NAPP  投稿日:10月13日(月)15時16分48秒
2日続けてのレスってのも珍しい(自分で言うな)

>七時マーチさん
>管打・吹奏楽学会なら大丈夫なのか、機関誌の目次を見た限りでは
>大したことなさそうですし…
 会員になりさえすれば論文の投稿を受け付けてくれますので、「吹奏楽の有力者たち」に意見をぶつけられる可能性はあると思います(彼らが読みさえすれば)。たぶん、今はそういうことを書く人がいないだけではないでしょうか。 閉鎖社会の壁を崩すには、内に異端分子(笑)を入り込ませて、徐々に浸透させていくのが結局近道ではないでしょうか?

>音大の卒論で「吹奏楽の可能性」をテーマにした人を何人か聞いた
>ことがありますし
 残念ながら音大の卒論というのは(少なくとも音楽学専攻以外の人のものは)論文と言えるようなシロモノではありません。一般大学ならば「可がつくレポート」程度というところでしょうか。だから、音楽文献目録にもほとんど所収されない。情けない話ですが、それが現状です。

>音大に専攻の人や講師ぐらいいるだろうと思ったのですが、甘いですかね
 これも残念ながら。音大の「吹奏楽」関連の授業は、演奏指導法などの実技が中心で、バックボーンとなる歴史関係はあくまでも概論のみ。音楽学専攻の人による学術研究なんてものはほとんどされていません。S美学園大やO音大吹奏楽コース(これは廃止になったけど)のカリキュラムを御覧下さい。
 こんな事では絶対にいけないのですけどね。アカデミズムからみた吹奏楽の扱いは、現状ではこんなものです。


>外の世界の人達の言葉を、もっと聞きたいっす
 「吹奏楽」を音楽以外の見地から検証するような、その道(音楽以外の、ということ)の専門家がいればいいのですけどね。例えばこういうところはどうでしょう?
http://www1.neweb.ne.jp/wb/liszt/m_index.htm
 現在でも活動されているのかは分かりませんが。


>98さん
 あ、書かれている内容は全くその通りですので、へこまないで下さい。気にする人は気にするしますので、たまには管理人らしいことを書く必要があると感じただけですから。
 参考文献の一覧、ありがとうございます。「ヂンタ」ラインはさすがにお詳しい。折角ですので、私が修士論文を書く際に参考文献としたもので、重複していないものを挙げてみます。論文のデータをそのままコピペしてますので、読みにくいのは御容赦を。
<書籍>
Berg , Hans-Walter a.o. eds.
  1986 Handbuch der Blasmusik (Mainz : Schott)
Cipolla , Frank J. a.o. eds.
  1994 The Wind Ensemble and its Repertoire (New York : University of Rochester Press)
Goldman , Richard Franko
  1961 The wind band , its literature and technique (Westport : Greenwood Press)
Randshaw , Jeffrey H.
  1991 The American Wind Symphony commissioning project (Westport : Greenwood Press)
赤松 文治
  1988 『栄光のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団』 (東京 : 音楽之友社)
富樫 康
  1956 『日本の作曲家』 (東京 : 音楽之友社)
フェネル , フレデリック
  1985 『フレデリック・フェネルの吹奏楽小史 タイム&ウィンズ』 隅部まち子訳
      秋山紀夫監修 (東京 : 佼成出版社)
     [Fennell , Frederick ; Time and the Winds. (Wisconsin : G.Leblanc Corp.)]
  2002 『MUSIC! フレデリック・フェネル、語る』 磯田健一郎編
      (東京 : 音楽之友社)

<事典項目>
Bate , Pholip a.o.
  2001a "Sax , Adolphe" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and
      musicians. (London : Macmillan) vol.22 : 346-348.
  2001b "saxhorn" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and musicians. 
      (London : Macmillan) vol.22 : 348-352.
  2001c "Wieprecht , Wilhelm" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and
      musicians. (London : Macmillan) vol.27 : 372.
Bevan , Clifford
  2001 "tuba" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and musicians. 
      (London : Macmillan) vol.25 : 857-861.
Brown , Howard Mayer a.o.
  2001 "alta" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and musicians. 
      (London : Macmillan) vol.1 : 422-423.
Downey , Peter
  2001 "military calls" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and
      musicians. (London : Macmillan) vol.16 : 683.
Leur , Truus de
  2001 "Netherlands Wind Ensemble" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of
      music and musicians. (London : Macmillan) vol.17 : 777-778.
Polk , Keith a.o.
  2001 "band" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and musicians. 
      (London : Macmillan) vol.2 : 622-651.
赤松 文治
  1994 「ブラス・バンド」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第15巻 , 174-177
  1995a 「ミリタリー・コール」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽
       大事典』 (東京 : 講談社) 第18巻 , 80-83
  1995b 「ミリタリー・バンド」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽
       大事典』 (東京 : 講談社) 第18巻 , 83-86
奥田 恵二
  1993a 「アルトホルン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第1巻 , 332
  1993b 「アルト・ホルン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第1巻 , 332
  1994 「テナー・ホルン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第11巻 , 248
上尾 信也 , 金澤 正剛
  1993 「シュタットプファイファー」 柴田南雄ほか監修
     『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』 (東京 : 講談社) 第8巻 , 221-223
関根 敏子
  1993 「アルタ」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第1巻 , 320-321
関根 日出男 , 内藤 久子
  1994 「トルコの軍楽」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第12巻 , 45-47
中野渡 勝弘
  1993 「サクソルン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第7巻 , 239-240
  1994a 「テナー・コール」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第11巻 , 248
  1994b 「テューバ」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第11巻 , 273-276
  1994c 「バリトン(III)」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第13巻 , 444
  1994d 「ボンバルドン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第17巻 , 254
  1995a 「メロフォーン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第18巻 , 268
  1995b 「ユーフォニアム」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第18巻 , 603
守山 光三
  1994a 「ハルモニームジーク」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽
      大事典』 (東京 : 講談社) 第13巻 , 527-528
  1994b 「フリューゲルホルン」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽
      大事典』 (東京 : 講談社) 第15巻 , 357
村田 公一
  1993 「ジャズ」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第8巻 , 73-90
著者不明
  2001 "military band" Sadie, Stanley a.o.eds. The new Grove dictionary of music and
      musicians. (London : Macmillan) vol.16 : 683.
  1977a 「サクソルン属」 野村 良雄ほか編著『新音楽辞典 楽語』
      (東京 : 音楽之友社) 384-385
  1977b 「テューバ」 野村 良雄ほか編著『新音楽辞典 楽語』(東京 : 音楽之友社)
      384-385
  1993 「サクソルン・バス」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第7巻 , 240
  1994a 「吹奏楽」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第9巻 , 93
  1994b 「テューバ・バス」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第11巻 , 276
  1994c 「テューバ・コントルバス」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽
      大事典』 (東京 : 講談社) 第11巻 , 276
  1994d 「バリトン(IV)」 柴田南雄ほか監修『ニュー・グローヴ世界音楽大事典』
      (東京 : 講談社) 第13巻 , 444

<楽譜>
Berlioz , Hector
  1967 "Grande Symphonie Funebre et Triomphale" Macdonald , Hugh ,ed. Hector Berlioz New
     Edition of the Complete Works (Kassel : Barenreiter) vol.19
Handel , Georg Friedrich
  1958?  Music for the Royal Firework Cudworth , Charles, ed. (London : Eulenburg)
Mendelssohn Bartholdy , Felix
  1969 "Ouverture fur Harmoniemusik op.24." Rietz , Julius, ed.
      Felix Mendelssohn Bartholdys Werke. Kritisch durchgehene Ausgabe.
      (Leipzig : Breitkopf & Hartel) Serie 7. fur Blasinstrumente.
  1981 Overture for Band op.24 transcribed by Fred , Herbert , W. Fred
      (New York : Boosey & Hawks)
Mozart , Wolfgang Amadeus
  1979 "Serenade in B KV 361(370a)" Leeson , Daniel N. & Zaslaw , Neal , ed.
      Urtext des Neuen Mozart-Ausgabe Studienpartituren (Kassel : Barenreiter)
      Serie VII , Werkgruppe 17 : Divertimenti und Serenaden
Schmitt , Florent
  1917 Dionysiaques pour orchestre dユharmonie militaire op.62 (Paris : Durand)
Schubert , Franz
  1996  Deutsche Messe fur Vierstimmigen Gemischten Chor,Blaser.Pauken und
      Orgel(Kontrabass ad lib.) mit Anhang:das gebet des Herrn D872.
      Burmeister , Klaus, ed. (Frankfurt : C.F.Peters)
Stravinsky , Igor
  1967 The Rite of Spring (London : Boosey & Hawks)
Wagner , Richard
  n.d.  Der Ring des Nibelungen (Mainz : B.Schott's Sohne)


 こうしてみると、私の論文って辞典の各項目の相互関連を整理したものって感じですね。
 論文では使用していませんが、「日本流行歌史」(社会思想社、古茂田信男:編集)も重要な文献だと思います。

>ウインドアンサンブル的発想
 少子化の煽りを受けて「演奏面での」必要性からウインドアンサンブルにするのか、それとも作曲上での必然性からウインドアンサンブルにするのか、ということでしょうか。作曲されて出来上がったものに「吹奏楽の枠」と「現代音楽・クラシックの枠」という区別はありませんよね。(私、何だかよく理解していない?)
 ちょっと本論から外れるかもしれませんが、逸話を一つ。ある現代音楽の作曲家(生まれて初めて吹奏楽と向き合うことになった)がコンクール自由曲を委嘱された際の話。委嘱者の希望は「ハデなのにしてくれ」。そこで、その作曲家は各パートにソリ的な部分を作り、かなり技巧的なパッセージを全体的に配した作品を書いたわけです。当然、結果としてオーケストレーションは薄くなる。まぁ、吹奏楽以外で「ハデな音楽」といえばヴィルトゥオジシティを誇張するものだと思いますよね。しかし委嘱者はこれではコンクール向きではない(ハデではない)と判断して演奏を取り止めたわけです。このとき委嘱者が考えていた「ハデさ」というのは「全ての楽器にフェルマータ付き全音符、クレッシェンドでf4つ!」というようなものだったんでしょうね。 つまり、吹奏楽の世界でいう「いい曲」とそれ以外の音楽の世界でいう「いい曲」には大きなズレが生じている。どちらの価値観が大事というわけではないのだけれど、吹奏楽の聴衆に吹奏楽耳以外の耳を持った人がもっと増えないと、「新しい表現」というのは着床しないのではないかと思うのですよね。逆もそう。アレグロ・フォルテシモの音楽を全否定する現代音楽作曲家も確実に存在するのですから。

>「現代音楽」「いわゆるクラシック」というものも、もはや古い世界ではあるのです
 これは完全に同意 (^^ゞ


>まっつんさん
 こちらではご無沙汰でした。
 とりあえず普通に返しますと・・・・・
 「青いユリのために」は確かに作曲者自身による吹奏楽版がありますが、管弦楽版のほうが先なんですよね。
 ロドリーゴには意外といっぱいあるのですが、いわゆる吹奏楽のためではなく、管楽アンサンブル作品といったほうがいいものですね。「アダージョ」にしてもAWS編成ですし。
 「マーチ」というのは「HOMENAJE A LA TEMPRANICA」 (1939)ですね。 4分ほどの曲ですが、これは Julio Ribelles という人による他編成からの編曲。「パソドブレ」は「Pasodoble para Paco Alcalde」(1975)。4分で、紛れも無く大きめの管楽アンサンブル作品。他にも「Homenaje a Sagunto」(1955)という3分半の曲もあります。
 他、以下のような作品もあります。
バレエ音楽「La bella durmiente」(1962) 3分
  Fl, Ob, 2 Cl, Bsn, 2 Hrn, Trp
劇音楽「La destruccion de Sagunto」(1954) 30分
  3 Fl, 3 Ob, 2 Cl, 4 Hrn, 3 Trp, 3 Trb, Tuba, Pf, Hrp, Sop, Chor
劇音楽「Sonnica, la cortesana」(1975) 20分
  3 Fl, 2 Ob, 2 Cl, 2 Bsn, 4 Hrn, 3 Trp, 3 Trb, Tuba, Perc, Hrp
劇音楽「Tiestes」(1956) 10分
  2 Fl, Ob, Cl, 4 Hrn, 2 Trp, 3 Trb, Tuba, Perc, Pf, Hrp

 さてさて、まっつんさんには御礼を言わなければなりません。「黒船以来」に矢代秋雄「祝典序曲」収録は、まっつんさんがあちこちに奔走して御協力頂いたからこそ実現できたことなのです。解説書の協力者欄にお名前を載せる事が叶わなかったので、こうして公の場で謝辞を述べたいと思っていたのでした。本当にどうもありがとうございました。

>まさかさかさま さん
 がんばってください。発表のレジュメか何かができたら教えて下さいね。

(無題) 投稿者:まさかさかさま  投稿日:10月13日(月)14時50分10秒
>NAPPさま、98さま

詳しい情報ありがとうございます。果たしてどこまで言及することができるか、今の時点では全く目処がたっていないのですが、1.については、オランダ芸術(主に現代)の抽象性をその国土特有の空間概念に結び付けて論じることができればなあと、2.については、他者としての西洋音楽を日本が受け入れていく際の”自対他”の認識についてまとめることができればなあと考えております。なにせ突然発表が決まり、どこまでできるかは自信がありませんが、最善を尽くすよう努力いたします。

お久し振りです。 投稿者:まっつん  投稿日:10月13日(月)13時19分00秒
皆さん、こんにちは。書き込みはかなり久し振りですね。
あまり情報らしいものはないんですが、今注文しているCDのことを。
現在スペインの某サイト宛にロドリーゴの吹奏楽作品集のCDを注文しています。
ロドリーゴの吹奏楽曲といえば、「管楽合奏のためのアダージョ」と交響詩「青いユリのために」が名の知れたところなんですが、他にマーチとパソドブレが1曲づつあるようです。パソドブレとはいかにもスペインらしいですね。
いずれも楽譜は出版されていて、入手しやすいもののようです。届くのが楽しみです。

>NAPPさん
ご依頼により出てまいりましたよ。(笑)

http://akasaka.cool.ne.jp/pinewood/


で、雑談をちょこっと。 投稿者:98  投稿日:10月13日(月)05時08分01秒
アジア音楽祭のレポと、益野さんの書き込み&HPと、七時さんの書き込み、2ちゃんのいくつかの真摯な書き込みと多少重なることを祈って。

小編成のウィンドアンサンブル的発想の場合、吹奏楽の可能性を考えた末にWEを選ぶのだとすると、結局「吹奏楽」の枠内に収まる。そうではなく作曲者が弦楽器が不要でありWEの編成になる必然性があるという判断がなされて、その曲が素晴らしいとされたときに、少なくとも「現代音楽」あるいは「いわゆるクラシック」という枠内で、WEの存在意義が生まれる。どうも前者についてばかり語られているような気がするのです。吹奏楽と言うものが、コンクール偏重で派手な曲/鳴る曲/重厚な曲から脱していったとしても、結局はコンクールで金賞を取る曲が薄い曲に変化していくだけのような。あるいは現代音楽ヲタが満足するだけのような。だから、後者でなければならないのではないか、というのが一つ。
ただし、「現代音楽」「いわゆるクラシック」というものも、もはや古い世界ではあるのです。芸術と言う言葉は19世紀的な幻影に過ぎない。大衆音楽は、オペラの抜粋や舞曲ではなく、街角の歌謡曲でもなく、ロックでありテクノであったりするわけです(ちょっと極論ですが)。社会学者が野外レイヴに、文芸評論家がロックに、美術評論家が電子音響作品に意味を与えるべく語り続けている。そこで、単に「派手な曲/鳴る曲/重厚な曲」ではなく、内容を伴った「聴き手を圧倒するような大音響」というものは、意外と重要なのではないか、と。つまり、電気増幅ではない大音量、意志を持った個人の集団がもつ自由度と表現力(たとえば、ギターやピアノの不自由さと比較してみましょう)、が、スコアという「プログラム」によって制御されると言うのは、現在の「音楽」のなかで、新しい表現を生み出す可能性があるのではないか、と(まあ必ずしも弦を排除する必要もないのですが)。

おこられちゃった… 投稿者:98  投稿日:10月13日(月)04時19分20秒
最初感情的に書いてしまったのをずいぶんトーンダウンさせてはみたのですが…。
学生と言う立場がうらやましいのか、俺。ではお詫びに。辞典/事典は自分で見てね。

学校吹奏楽も含めて基本的な歴史なら
 音楽之友社編「新版吹奏楽講座7 吹奏楽の編成と歴史」(音楽之友社)
バランス良くまとまっているものとしては
 大森盛太郎「日本の洋楽1」(新門出版社)
より詳しくなら(この3冊は読んでない&持ってない)
 中村理平「洋楽導入者の軌跡」(刀水書房)、塚原康子「十九世紀の日本における西洋音楽の受容」(多賀出版)、秋山龍英編「日本洋楽百年史」(だったかな。ちょっと曖昧)
より詳しく、初期に重点を置くなら
 中村洪介「近代日本洋楽史序説」(東京書籍)
洋楽受容の周辺的な事情も含めてということなら
 堀内敬三「音楽五十年史」(鱒書房/講談社学術文庫)
入手が楽で視点が多様なものとして
 阿部勘一他「ブラスバンドの社会史 軍楽隊から歌伴へ」(青弓社)
軍楽隊に関しては
 山口常光「陸軍軍楽隊史」(三青社)、楽水会編「海軍軍楽隊」(国書刊行会)
ヂンタからの流れなら
 堀内敬三「ヂンタ以来」(アオイ書房)、大熊ワタル「ラフミュージック宣言」(インパクト出版)、内田晃一「日本のジャズ史 戦前戦後」(スイングジャーナル社)、青木誠「ぼくらのラテンミュージック」(リット−ミュージック)、増井敬二「日本のオペラ」(民音)
元となる英米仏の吹奏楽史なら、
 軍楽ならgoldman"wind band"、farmar"the rise of military music"、
 民間ならhazen&hazen"the music man"(米)、habert"the bands"(英)
ポストコロニアル的な受容に主眼を置くなら
 boonzajar"brass unbound"(概要は大熊とか「〜社会史」の細川でも読める)
 ちなみに、これは植民地における軍楽の受容をテーマにしたもので、オランダの学者が書いてる。

たとえば、日本同様植民地化されず欧州文化を吸収しようとした国として、メフテルのトルコがあるので、そのへんの比較論とかもおもしろそうです。
スペインやポルトガルやオランダの軍楽隊の歴史は、植民地受容を考える際に重要なはずなのですが、ぼくも資料を見つけられないので、そこらへんに突っ込んでいってくれると嬉しいのです。

注記した2冊以外は持ってるので、図書館などでみつからなければ協力しますよ。方向が決まれば、まだ多少薦められる本や雑誌もあるし。

感想:北爪道夫作曲個展 投稿者:NAPP  投稿日:10月13日(月)01時38分42秒
 サントリー音楽財団が毎年行なっている「作曲家の個展」。今年のテーマ作曲家は北爪道夫氏でした。
 曲は「始まりの海から」(1999)、「クラリネット協奏曲」(2002)、「管弦楽のための協奏曲」(2003・サントリー音楽財団委嘱 世界初演)、「映照」(1993)の4曲。
 この演奏会で事前に注目していたのは新作の「管弦楽のための協奏曲」。北爪作品というと「たゆたうような音響の推移」が特徴だっただけに、このタイトルはショッキングでした。プレトークで「そういう作品を書く人だと言われるのに耐えられなくなってきた」というようなことを仰っていましたので、はたしてどうなったのか。
 一曲目「始まりの海から」は2001年尾高賞受賞曲。「映照」、「始まりの海から」、「地の風景」は私の中では三部作なのですが(失礼)、モードクラスターの美しい響きがゆるやかに推移していく様子は共通していると思います。思えば、この曲を聴くのは三回目。新星日響での委嘱初演、ミュージックトゥモローでの再演、そして今回。冒頭が「H」(シ)で始まるのは「Sea」にひっかけてあるのかなぁ、とずっと思っているのですが、怖くて訊けない。
 二曲目「クラリネット協奏曲」(独奏:板倉康明)は、たぶん、氏の管弦楽作品の作風が変化する最初の作品ではないでしょうか。それまでの作品が「何処からともなく滲み出てきた音響が推移する」だったのに対し、これは独奏クラリネットの残滓から滲む(といってもトレースする訳ではない)感じ。「シャドウズ」や「サイド・バイ・サイド」もそう、と言えなくも無いけど、こんなに「ライン」を形成したのはここからではないかと思うのです。
 そして到達した三曲目「管弦楽のための協奏曲」。フルートによる鋭い同音反復を含む早く細かい技巧的なパッセージから始まるという、これまでとは別人かと思うような冒頭。これが多声部で絡み合っていくという 、なんだかドイツの現代音楽にありそうな世界。そう思いはじめたときに、弦楽器で忍び入ってくる、これまでの作品にも聴かれていたような音響的な要素。明らかにこれは北爪作品だ、と分かるその世界。今までの作品が水彩画のようなものなら、今回のはその上にアクションペインティングを行なったようなもので、まさに新境地といった感じです。今後どうなるのか、実に楽しみです。
 最後は「映照」。1994年尾高賞受賞曲のこの曲は、やっぱり代表作でしょう。(御本人は「代表作って何?」と仰っていましたが) 私が「影響を受けた曲は」と聞かれたら、真っ先にこの曲を挙げます。実演で接したのは今回で二度目なのですが、やっぱりこの曲はいいですね。このサイトを見ている方にはぜひ聴いてもらいたい曲です。

 さて、このサイト的に北爪道夫といえば2004年の吹奏楽コンクール課題曲を書いたことにも触れなければいけません。氏は寡作なので大編成の曲は「クラリネット協奏曲」と「管弦楽のための協奏曲」の間に2曲しかありません。そのうちの一曲が課題曲「祈りの旅 Pilgrimage」です。この作曲家の作風の変化を見る上でも重要な作品なのではないかと思います。変な妥協とは無縁の人なので、かなり期待しています。また、朝日作曲賞の審査員もしていますので、吹奏楽のこともよく知っているでしょうしね。
 北爪吹奏楽作品といえば、他に有名な「風の国」(1985)、「フェスタ」(1991、鹿児島ウインドアンサンブル委嘱、8分)がありますが、さらにあと一曲あるのですね。それが「クラリネット協奏曲」と「管弦楽のための協奏曲」の間にあるもう一曲、「遠い歌」です。2002年に書かれ、同年12月に愛知県立芸術大学ウインドオーケストラ(指揮:武内安幸)によって初演された3分ほどの曲だそうです。これも是非聴いてみたいものです。
(2003年10月6日 サントリーホール)

書き忘れ 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月13日(月)01時37分04秒
「会」への羨望は、閑古鳥先生の洋楽史文化研究会に通って強くなりました。
最近サイトが閉鎖されているので、次回の日時がわかりませんが。(^^;)


一度閑古鳥先生に、「吹奏楽に対してどんなイメージを持ってますか?」と質問しましたら、
「吹奏楽の人達はナイーブだ」と言われました。
あと、WINDS CAFEを主催している川村龍俊氏に幾度も吹奏楽のことで相談に乗ってもらっているのですが、
「徹底した(自己)経験主義者を相手にしているって事を常に意識するように」との助言が一番力強い言葉でした。
外の世界の人達の言葉を、もっと聞きたいっす。

http://member.nifty.ne.jp/tatsutoshi_kawamura/


雑感:アジア音楽祭2003 オープニングコンサート 投稿者:NAPP  投稿日:10月13日(月)01時35分30秒
 日本作曲家協議会の法人化20周年とアジア作曲家連盟設立30周年を記念して6日間に渡って東京で開催された第23回総会・音楽祭のオープニングコンサートが、9月17日に文京シビックホールにて行なわれました。
 各曲に関してのコメントはいしづかさんが詳細に書いて頂いてますので、重複しない範囲で触れていきたいと思います。
 一曲目は草野次郎の祝典ファンファーレ。これは金管楽器のみによる1分ほどのファンファーレで、特筆すべきことはないと思います。
 二曲目はS.パク「シンフォニック・ゲーム」。この人は韓国人ですが、現在大阪音楽大学4回生(休学中)。おそらく公募によって選出された曲だと思いますが、最近の大阪音大作曲科の躍進は凄まじいですね。今月の日本音コンにも2人残っていますし。プロフィールには「吹奏楽の開拓発展を考え、朝鮮半島での吹奏楽普及を目指す」と書いていて、指揮は高椅徹先生に師事していることから、むしろ今後の活動に注目したい存在です。
 三曲目はF.ラム「内光」。「音響派」のスタイルは、いわゆる吹奏楽の曲では珍しい存在。フェルドマンのような音響を大編成の吹奏楽でやるとどうなるか。多数発生する独特の倍音の渦による「モヤモヤ感」が一層強くなり、独特の音響が形成されることになります。大編成の(パートに楽器の重複がある)吹奏楽では線的な明瞭性なんて期待できないのだから、吹奏楽の現代作品はむしろこういう方向に進むべきではないか、と常々思っていたので興味深く聴きました。あとは、各楽器をどのように配置・分散させて色彩感の変化などをつけるかなど、様々な新しい可能性の余地があることを予感しています。蛇足ながら、この人がフィニシーの弟子だというのが意外といえば意外。
 四曲目、前半最後の曲はR.ルメイ「ラマラ」。Sax協奏曲ですが、独奏サックスがバンドを先導したり、影となったりと、その関係が徐々に移り変わったりしたりして、距離の取り方の変化を面白いと思いました。曲としてもラストの作り方は強烈に印象に残っています。特殊奏法を駆使した独奏サックスは、やはりその須川展也氏の演奏が素晴らしい。だけど、冷静に考えるとはたして吹奏楽である必要がどこにあったのかはイマイチ分からない。特殊奏法を駆使したSaxとバンドのための曲だったら、M.コルグラスの「アーバン・レクイエム」(4 Saxとバンド)の方が面白かったり。
 後半となって五曲目、周文中「禦風」。アメリカンウインドシンフォニーの委嘱で書かれたこの作品、どんな曲なのかと期待して行ったのですが、正直ガッカリ。ほとんど記憶に残っていないのですが、高音域の木管楽器の吹き流しが受け渡されていく、というような作品だったと思います。AWSの編成は6管編成のオーケストラの管パート(Sax、Euphなし)という編成で、船の上から演奏を行なっていた団体なので、「流れ」ということが念頭にあったのでしょうが、ちょっと流れすぎではないでしょうか。
 六曲目は尹伊桑「無窮動」。こちらは弦抜きオケ編成で書かれていて、今回は原典編成による演奏。CDも出ている事だし、ノーコメント。
 七曲目は田中吉史「ウインド・オーケストラのための協奏曲」。この曲は当初の予定では前半の最後になるはずだったのですが、「ラマラ」と演奏順を入れ替えたとのこと。前半の曲(ファンファーレを除いて)が大編成の「ミリタリーバンド様式」なのに対し、後半の最初の二曲は「ウインドアンサンブル様式」。それではこの曲は、というとスコアには指定こそされていない(のですよね)ものの、基本的に1パート1人のウインドアンサンブル様式で演奏したほうがよいと判断されたのでしょう。Flから始まる冒頭のような細かい動きが徐々に他の楽器が加わって絡み合っていくという楽案は、大編成では効果が薄いでしょう。ラム「内光」が大編成の可能性を提示していたのに対し、この曲は小編成の可能性を感じさせるものと言え、実に好対照であったと思います。特に、たった1本の線がユニゾンで、かなりのきわどいタイミングで受け渡されて行く部分は緊張感が高く、管楽器の音色の直進性と音色変化の幅広さが相まって、とても面白く聴けました。ホールの残響がもっと少なかったらさらに違う感想を持ったかもしれません。
 ラストはB.ピゴヴァ「イエメンの風」。一転して大編成で、音楽的な変化に富んだこの作品は、伊福部昭「シンフォニア・タプカーラ」のようなスケールの大きな曲。これがもし現代音楽の演奏会ではなく、有名バンドの定期演奏会で演奏されていたら大人気となるのではないか、そんな気になる曲でした。私は常々「吹奏楽でしかできない音楽」というのがどんなものなのかを考えているのですが、「聴き手を圧倒するような大音響」というのもそんな中の一つではないか、と真剣に考えてしまいました。終演後、某氏が「いや〜、吹奏楽を聴いた、って感じだった」というようなことを語っていたのが印象に残っています。

 総じて、「現代音楽の演奏会」としてよりも「吹奏楽の演奏会」として成功していたように思います。ちなみに客の入りとしてはホールの1/4ほどですが、アジア音楽祭の演奏会としては(大河ドラマの曲を集中的に取り上げたファイナルを別として)集客率が高いものであったことは明記しておきます。「売れる現代音楽」としての吹奏楽、って見方もアリではないでしょうか?「比較的」という注意書きもいりますが。
 選曲・プログラミングの巧さも目立った演奏会だと思います。小編成から大編成、曲の傾向も各種揃え、吹奏楽らしさも残す。人によって聴後感は様々かと思いますが、各人がそれぞれ「吹奏楽」について考えるような結果になったのではないでしょうか? ところで、このアジア音楽祭の実行委員長でアジア作曲家連盟会長の松下功氏の作品は、一連のアジア音楽祭の中で一曲も演奏されていないんですね。プログラムが発表される前は東京佼成と松下氏の関係からしても「飛天の舞」なんかは演奏されることを予想していたのですが、外れてしまいました。
 東京佼成の演奏は素晴らしかったと思います。ボストックの、右手で明確に拍を示し左手で表情を伝える指揮は、現代モノの演奏に合っていたような気がします。アーノルドとかホルストとかよりも、もっとふさわしい選曲があるように思うのですが。

接点 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月13日(月)01時23分25秒
NAPPさん。

>>それはほとんどが演奏者や作曲者に対してではなかったですか?
はその通りですけど、
>>音楽マネージメントに関しては専門ではないので、
主眼が音楽マネージメントでは、ないです。(^^;)
「吹奏楽は閉鎖社会だ」と言う人は多いですが、閉鎖社会から一歩踏み出すためには音楽マネージメント『等』に目を向けることも方法の一つではないか、という立場です。

以下は一例に過ぎませんが、(音楽マネージメントと関係の無いような例ですが)
雑誌「広告批評」今月号の橋本治氏のコラムで、
テレビ朝日の「ニュース・ステーション」キャスターの久米宏氏と日本の政界の関係を例に挙げ、
「閉鎖社会というのは、出された意見を考慮するかしないかの判断を、意見の内容の正誤ではなく、
意見を出してきた者が関係者なのか、部外者なのかという意見者の立場で決める」とありまして、
「私のやってきたことは、ムダなのかなー」と落ち込んでおります。吹奏楽では「閉鎖性」ということを問題にする時、
「自分が賛成出来るような意見に出会いたい」とか
「仲間を探して世界放浪、ではなく『仲間募集』」とか
「論旨ではなく、資格が大切」というような、日本人的な(?)閉鎖性という議論までには到達しませんからね〜。
よその分野で試行錯誤されている解決方法が吹奏楽で有効かどうか、検証がされていない。
管打・吹奏楽学会なら大丈夫なのか、機関誌の目次を見た限りでは大したことなさそうですし…。

>>そもそも「音楽学吹奏楽史専攻の人」というのが存在するのでしょうかね。
音大の卒論で「吹奏楽の可能性」をテーマにした人を何人か聞いたことがありますし、まさかさかさまさんのように文献を質問する人もあちこちで見かけますんで、音大に専攻の人や講師ぐらいいるだろうと思ったのですが、甘いですかね。

レス 投稿者:NAPP  投稿日:10月12日(日)19時38分20秒
 約一ヶ月ぶりのレスになってしまいました。何かと忙しい今日この頃、学生時代に更新を一杯しておけばよかったと後悔。夏に掲載予定だったコラムは来年になるかもしれません・・・・・

 書き込み順にレスしますので、同じ人へのレスが分かれて書いてあります。

>ののさん、おかむらさん
 大変ご無沙汰しております m(_ _)m お二人のお名前をみると、久し振りにこの掲示板が本来の話題になっているような気がします (^^ゞ
 フェラーリには22日と25日にはなんとか行けそうです。19日に本当は一番行きたかったのですが、どうも無理っぽいです。無念。


>七時マーチさん
>>理想と現実のバランスをとり方向性を打ち出すマネージメント機関の
>>存在だと思います。
>なんでこういった機関が存在しないのか。私は必要としている人が
>少ないか、いないからだと思います。
 吹奏楽の場合、アマチュアが主体である以上、どうしてもそこには「趣味的なもの」という意識が先行していて、「売る・売らない」とは基本的に無縁な活動が多いことが一因でしょうね。「日本の吹奏楽関係者」は本質的には「音楽業界の外」にいる人(音楽以外で生活収入を得ている人)であることを忘れてはいけませんね。彼らに問題意識が希薄なのはある意味で仕方が無いのかもしれません。
 問題はプロの演奏団体までもがこれに追従してしまっていること。また、企画者や演奏者などの運営に関わる各種業務がはたして分業化・専門化されているのかも疑問です。七時マーチさんはこれまでに多くの吹奏楽関係者に御自分の意見をぶつけてこられたと思いますが、それはほとんどが演奏者や作曲者に対してではなかったですか?彼ら(私を含めて)は音楽マネージメントに関しては専門ではないので、おそらく望まれるような回答は返ってこなかったと思います。その人達に欠けている部分を補うためにマネージメント部門の人達がおり、音楽団体運営は両者の相克(協力よりはこっちでしょう)によって成り立っているのだと思います。そして、今の吹奏楽界はマネージメント部が圧倒的に弱い。そこを何とかしてくれる人がいるとよいのですが。それは私には絶対にできないことなのですけどね。
 いかがですか? 国音大マネージメント学科のそこのアナタ。

>某大学の工学部の関係者と知り合って、優れた学者の定義を質問したら、
>深い洞察力と、無くなった文献を、それでも見つけてくる能力と言われ、
>音楽学吹奏楽史専攻の人達って…と落胆しましたよ。
 そもそも「音楽学吹奏楽史専攻の人」というのが存在するのでしょうかね。私の知っている限りでは存在しないのですが。塚原康子氏は洋楽受容史、片山杜秀氏は思想史、秋山紀夫氏はバンドディレクション、谷村政次郎氏は(元)自衛隊員もしくは旧軍楽隊(海軍)員研究、私は作曲、と、みんな専門ではない。そもそも探して無い、というのが実状でしょう。私が作曲をやめて音楽学に転向すれば探すでしょうけど、そうしちゃうと私にとってはまさに死活問題(笑)。
 いかがですか?芸大音楽学専攻のそこのアナタ。

>ものすごい洞察力と蒐集力で吹奏楽史を調査・著述をしている人も
>大勢いるかもしれません。
 例えば IAMLなどからRILM発行の目録などを見ればそういう人・調査結果も見つかるかもしれませんね。


>越後屋嘉兵衛さん
 個人的には、中学生のころにバンドの指揮をちょっとやってたのが今に活きているような気がします。要は、結局実演に触れてみるのが一番いい、ということなのですが、それができれば苦労はしないんですよね。頑張って下さい。


>まさかさかさま さん、いしづかさん
 アジア音楽祭の感想、ありがとうございました。私の感想は項を改めて書きますので、それをレスに代えさせて下さい。


>畠中さん
 改めまして、新会社の設立、おめでとうございます。ウインド・シンフォニカの休止は残念ではありましたが、発展的解散となることを信じ、これからの御活躍を祈念致します。


>七時マーチさん
>電脳社会ではなくて、現実社会なり所属吹奏楽団の中なりに吹奏楽の
>勉強会とか研究会とかを作るのって、何か方法論ってありませんかね。
 既存の影響力を持つ組織のなかで発展させる、というのはどうでしょうかね。管打・吹奏楽学会なんかは紀要も発行しているし、発言者が少ないだけで十分素地はある団体だと思うのですが。
 個人的には、研究会を発足させ、価値のある研究成果を挙げたとしても、それを世に知らしめる手段・影響力を持っていないと、単なる同人的集団に過ぎなくなってしまうと感じます。今はネットで発表するという手段がありますが、あまりにも誰でも発表できるがために影響力を持つには至らないケースが多い。どうやって影響力のある場所から発言できるようになるか、というのも難しい問題です。

>「進め!荒鷲 戦前日本のマーチ傑作集」のCD
 キングのマーチCD(特に「進め!荒鷲」、「カタロニアの栄光/コンサートマーチ傑作集」、「若い力/スポーツマーチ傑作集」)は発売枚数が少なく、廃盤で、これにしか収録されていない音源が多数ありますからね。「若い力」は1万円を超えたのを過去に何回か見たことがあります。
 喇叭鼓隊目的で「進め!荒鷲」を購入した人・・・・・残念でした。


>まさかさかさま さん
>1.オランダの芸術と風土について
 アンドリーセンに関してならば、コンポージアムでの来日以来頻繁に目にするようになった一連のCDが一番入手しやすいでしょう。新宿のタワレコ、もしくはオペラシティNadiffがまとめて買いやすいですね。コンポージアムのプログラムが手に入れば、そのものズバリなのですが。書籍なら「アヴァン・ミュージック・ガイド」(作品社)が従来の視点とは異なったところから書かれていて面白いです。それにしても、オランダの音楽(クラシック系列)を語るのだったら、ルイよりも親族のユリアンやヘンドリクのほうが一般的のような気もします。
 オランダの音楽を語るなら、なんといっても古楽。古楽器による現代作品も多いし、ここらへんは大いに国柄と結び付いているでしょうね。
 オランダのクラシック音楽を概観するなら、世界有数のホールであるコンセルトヘボウと、そこを本拠地にするコンセルトヘボウ管を中心に見ていけばよいと思います。ニューグローヴでオランダの項をひけば一発ですが。
 オランダの現代音楽を見るなら何と言ってもガウデアムス国際音楽コンクール。フリージャズなんかも盛んだと聞きましたが、詳しくないのでパス。
 私がオランダの作曲家、と言われて咄嗟に浮かぶのがヘンク・バディングスですが、生まれはインドネシアなんですよね。8歳のときに移住したらしいです。他はトン・デ・レーウとか?誰か抜けてるんだけど、思い出せない。
 どうでもいいことですが、オランダ語ってドイツ語と英語が混ざったような言語で、「ありがとう」を「ダンキュー」と言います。


>2.日本の音楽受容にける吹奏楽の役割と現状について
 それではちょっと曖昧すぎます。「音楽受容」と言われても、いつ頃のことなのか、「音楽」がどのようなものを指すのか、「受容」するのは誰なのか、などと色々ありますし、「吹奏楽」と言われても「演奏するものとして」なのか「聞くものとして」なのか、「機会音楽として」なのか、「ポップス的側面」を考慮するのか、など範囲が広すぎます。全体を概観するだけなら98さん御指摘のように私の書いたコラムにある参考文献で十分だと思います。


>98さん
 オランダにおける吹奏楽といえば、これでしょうか(4枚シリーズ)。歴史目的で買うなら、概論が載ってる1巻。でも、ちょっと内容薄いかもしれません。
 調べてると面白いのがネーデルラント・ウインドアンサンブル。ハルモニームジークを祖に持つプロ吹奏楽団で、BBCプロムスにも登場するというツワモノ。モーツァルトからメシアン、毎年の委嘱活動と幅広い演奏活動は勿論だけど、もっと凄いのはフリージャズのアーティストとのコラボレーション。そのスタイルでコンセルトヘボウでニューイヤーコンサートを開き、ライヴCDまで出してしまうんだから恐ろしや。たぶん、98さん好み。
 固い事は言いたく無いですが、第三者への言葉遣いはもうちょっと留意して頂きたいかと。ここは2ちゃんねるではありませんので・・・・・

吹奏楽受容史 投稿者:98  投稿日:10月12日(日)03時32分36秒
>まさかさかさま様
1.のほうはぼくには全然わからないんですが、
2.日本の音楽受容にける吹奏楽の役割と現状について
 厳しいかもしれないですが…ちょっとは調べてから書いてくれ。
日本の(西洋)音楽受容ってのは、ほぼ吹奏楽による受容であったわけです。吹奏楽講座と音楽辞典関係を見て、ある程度見当をつける。nappさんのページのなかにも参考文献は挙がっている。つーあたりまで進めれば、キーワードは「洋楽」の「軍楽隊」による受容ってことがわかる。そこまでいけば、図書館関係で検索をかければずいぶんでてくる。どうやって調べればいいかってのを探るのも勉強っすよ。あるていど絞れてきたら、分野によっては協力できると思いますので、また書いてみて下さい。

で、余談ですが、1.と2.の折衷案として、オランダにおける吹奏楽史ってのをやってくれると、すごく嬉しい。

アンドリーセン、日本の音楽受容 投稿者:まさかさかさま  投稿日:10月11日(土)14時03分44秒
全くの私事で恐縮ですが、どうしたらよいかわからず、皆様のお力を借りたいと思います。
このたび、大学のゼミで発表をすることになったのですが、そのための参考文献があまり見つからず、困っています。テーマとして2つ候補があります。以下に記します。

1.オランダの芸術と風土について
オランダの芸術作品と風土の関係を何らかの形で指摘したいと思い、ルイ・アンドリーセンについての資料を探しています。論文からCD解説まで、どのようなものでもかまいませんので情報をご提供ください。また、アンドリーセン以外の面白いオランダの作曲家などもお教えください。

2.日本の音楽受容にける吹奏楽の役割と現状について
日本の音楽受容がどのようなものであったか、とりわけ吹奏楽について考えて見たいと思っています。文献等の情報をお願いいたします。

1.2.ともどんな些細なことでもかまいませんのでご協力お願いいたします。
失礼いたしました。

CD 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月 9日(木)08時59分18秒
「進め!荒鷲 戦前日本のマーチ傑作集」のCDがヤフオクに出品されてましたね〜。
最終価格が八千円って、やけに高いと思いますが、どうでしょう?
みんな喇叭鼓隊目当てだったりして。:b

http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f8554835


またも訃報 投稿者:NAPP  投稿日:10月 7日(火)02時02分17秒
今度は武田明倫先生の訃報です。65歳。
最近は訃報が多く、哀しいことです・・・・・

(無題) 投稿者:七時マーチ  投稿日:10月 6日(月)23時05分35秒
電脳社会ではなくて、現実社会なり所属吹奏楽団の中なりに吹奏楽の勉強会とか研究会とかを作るのって、何か方法論ってありませんかね。
2ちゃんねるの「バンドを立ち上げたいんですけど」スレ、スレッドとしてはかなり良スレだと思うけど、益野さんの書き込み・軌跡を読んだ後だと、日本の吹奏楽の限界って音楽性とか演奏者の意識以前に限界を意識するような人材が決定的に不足しているように思えてならない。
現実に対する無力感というか、諦念というか。

どこかお勧めの「会」って、ないでしょうか?>お〜る

http://music2.2ch.net/test/read.cgi/suisou/1064326331/


訃報 投稿者:NAPP  投稿日:10月 3日(金)22時51分21秒
音楽評論家の富樫康先生が逝去されました。83歳。
著書「日本の作曲家」が無くては、このサイトのコンテンツ作成は不可能でした。
謹んで御冥福をお祈り致します。

業務連絡 投稿者:NAPP  投稿日:10月 1日(水)02時15分31秒
 公開講座の告知です

 10月8日(水) 17:10 〜 (19:00 終了予定)
 東京音楽大学 Jスタジオにて作曲公開講議
「フルートと打楽器の為の現代音楽 〜ヨーロッパの今〜」
を行ないます。入場無料、入場自由です。
 講師にはスイスよりクリストフ・ボッシュ Christoph Bosch (Fl)とダニエル・ブース Daniel Buess (Perc) のお二人を迎えます。(通訳付き)
 皆さん、どうぞ御来場下さい。


 明日、完成した楽譜を発送すれば楽になりますので、そうしたらレスとアジア音楽祭の感想を書けるようになるかと思います。細々としたものを終わらせて・・・・・そろそろ次の楽譜も書きはじめないとヤバイんだっけ・・・・・ うぅぅ・・・・・