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返信ありがとうございます 投稿者:畠中 秀幸  投稿日:07月31日(土)17時39分14秒
中橋さん、yosuke@さん
 早速の返信ありがとうございます。 編成については、当楽団の考えとほぼ同じ様です。 いろいろな試行錯誤の結果、40人程度が管楽器の集合としては妥当な線だなと感じています。 それ以上だとどうしても関係性が飽和してしまって、グレイッシュな響きになってしまうと思うのです。 (うちのWEBの表紙の写真はアンコールのものであるため多少多めの編成になっておりますが、 本編については極力人数を減らして、プログラムにはインストルメンテーションを記載するようにしています)
 yosuke@さんが書かれた通り、低音楽器を中央にまとめて安定感を確保したうえで、 左右の対比を強調することにより、音場の広がりと立体感を作るのは非常に有効だと私も思います。 (うちの団は木管低音群が異常に充実しているんです) ただその際いつも迷うのがダブルベースの位置ですね。 どうしても中央に集めた低音楽器と離れてしまう。
 佼正の昔のセッティングもそうですよね。何かいい方法はないものでしょうか。
あと中橋さんが書かれた「より空間的な」配置についてですが、 私も団員にセッティングの意図を伝えるときに全く同じ言葉で説明しています。(ちょっとうれしくなってしまいました) 私の本職は建築家なので、どうしても全体の構造とかシステムを形に表さないと気が済まない性質なものですから・・・ 関係性の集積としての構造のストレートな表現ほど美しいものはないと信じています。 いずれにせよ、アンサンブルにおける個々の指向性の綾織りが密であればあるほどいいわけですし、その距離があればあるほど、そのベクトルは強いものになりますよね。 ただこの前それを意識するあまりクラリネットを真っ二つに裂いて左右に配置したら奏者から「何もそこまで・・・」といわれてしまいました。 個人的には気に入っていたんですが。(まさに悲愴の4楽章かもしれません)
あとホルンはボックスで上手にもってくるのが好き(音場的にも美的にも)とかいろいろありますが・・・
そこでまた伺いたいことがあるのですが、作曲されるときどんな楽器間に掛け合いを求められているのですか。これまたそれぞれのシークエンスによっていろいろな組み合わせがあると思うので、無理な質問かもしれませんが、特に気をつけていらっしゃるポイントなどがあったら是非教えてください。 企業秘密?の流出にならない程度で結構ですから・・・ よろしくお願いします。

追伸:当団WEBへの書き込みありがとうございました。
    今後ともよろしくお願いします。

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私にとっての理想の編成 投稿者:中橋愛生(NAPP)  投稿日:07月30日(金)02時35分48秒
 畠中様、お久しぶりです。ウインドシンフォニカ・オブ・サッポロ様の掲示板で、知らずの内に意見が求められていたようですので、そちらのほうにも(別の内容を)書きこませていただき ますね。
 さて、ご質問の件ですが、私の想定している編成はyosuke@さんの書いておられる計36名のものに比較的近いものですね。ただ、Trp.が3パート6名で、ラメータの指示を多用することと、テューバが2名ないし3名、打楽器が6名、あと、必ずピアノないしハープが加わることが常です。
 私の吹奏楽曲はまだ1曲、しかも現在は演奏する気全くなしの初期の習作ですが、それでもオケのこれまでの実習の傾向からして私の音の求める編成はこんな感じです。
 理由としては、前々から述べられているように、倍音の渦を最大限に生かすために低音を厚く、高音を薄く、ということ。また、カンパノロジストを自認する私としては薄い高音群に代わる物として厚い金属打楽器群を要求するのでしょう。
 演奏配置としては、一概には言えませんが「より空間的な」配置が好きです。つまり、掛け合いをする2パートがあれば、その2つのパートを可能な限り離して配置するのが好きです。チャイ コフスキの「悲愴」の4楽章だったらVnの1stと2ndを離してしまう、みたいな(例が極端)。
 以上が私の曲の場合の話ですが、吹奏楽全般にある程度通用するようなものはまた別にあると思うんです。ですが、「低音厚く、高音薄く」というのは、ある程度通用することだと思います。 あとは指揮者の状況判断でバランスをとればよいかと。
 配置は楽団の持っているパート人数に左右されると思いますが、少なくとも打楽器は「上に載せる」べきだと私は思っています。

配置と人数について、私見 投稿者:yosuke@  投稿日:07月30日(金)00時42分16秒
以下は、ひたすら私見です。
これが最もよい…という事が判りにくいです。決めてを持たせにくい、と思っています。
管弦楽の通例(常識)は、1パート1本ずつを忠実に守る…かといえば、そうでもないですし。結果バランスを取りきれないで終わる事もあります。 レスピーギのオーケストレーションなんか、本当は木管を倍管にした方がいいくらいですし。 ベルリン・フィルは、曲に合わせて人数を都合している…んでしょうね、多分。何でも重複しているわけでもないんでしょう。 重複した編成で完璧にバランスを作ってますし。 こうなると、日本のオケ全般に見られる「1パート=1本」の正直さは、 意外にもプレイヤー自身の首を絞める事もあるのではないか、と思います。
で、吹奏楽の場合。人数をひたすら多くして、逆にそれだけ「自滅」しやすくなります。 …いや、フェスティバルとかは別ですよ。
個人的に(あくまでも個人的に…)、吹奏楽のトーンか綺麗にまとまるのは、最大でも50名程度だと思っています。
Fl/Picc×5、Ob×2、Bsn×2、Eb Cl×1、Bb Cl×9(3×3)、A.Cl×1、B.Cl×1、 Sax×4、Hr×4、Trp×4〜5、Trb×3、Euph×2、Tuba×2、St.Bass×2、Perc.×6  計49名
好きなのが
Fl/Picc×4、Ob×1、Bsn×1、Bb Cl×6(2×3)、B.Cl×1、Sax×4、 Hr×4、Trp×4、Trb×3、Euph×1、Tuba×1、St.Bass×1、Perc.×5   計36名
曲を作る(またはアレンジする)場合は、この36名を想定します。 ほとんどのカラーは出せると信じています。 中学の現場では、人を集めるにも最近はこれが限度ですし、この編成に持って行ってしまいますね。
配置については、ホントに何とも言えませんが、 低音楽器を舞台の中心に持って行ったセッティングをやった事があり、 非常にまとまりと安定感を感じ、左右に広がるカラーの対比も心地よいものでした。 これは佼正ウィンドのレコーディングでやった配置なんです。 J.バーンズが振った「レジェンド」というアルバムに、写真が載っています。
 小生も曲を作るヒトですが、むしろ現場の事情に合わせるのが良いはずなので、 作る立場として…という見解は特にありません。 セッティングも、演奏家の作品に対する解釈の一つとも思っていますし。
長くなってスミマセンでした。

お久しぶりです 投稿者:畠中 秀幸  投稿日:07月29日(木)18時35分50秒
中橋さん、お久しぶりです。ウィンドシンフォニカofサッポロの畠中です。
掲示板いつも楽しく拝見させて頂いております。ここに書き込まれている皆さんの貴重のレベルの高さにはただただ驚くばかりです。
さて中橋さんが下で書かれた「倍音の渦」についてですが、僭越ながらわたしも吹奏楽の音楽的特長として同じようなことを感じております。私たちはその表出のために、一人一パートを原則とした能動的な個のやわらかな集合体づくりを行い、さらにはオリジナル作品のみを演奏することを手法として選び取ってきたといっても過言ではありません。 そこで質問なのですが・・・
 その音楽的特性を最大限に発揮しうるためにはどんな編成(人数)及び配置(いわゆる並び方)をとれば良いとお考えになっているかについて、作曲家としてのご意見を伺いたいのですが。非常に漠然とした質問で恐縮です。楽曲毎のイメージによってそれぞれ特殊解が生じることも重々承知しておりますが、今の吹奏楽にはその辺りのルールの欠落がもっとも由々しき問題であるという認識に立っての発言としてご理解ください。
 時間が許せばまた私どものWEBも覗いてみてください。 次回公演のプログラムの素案も掲載しておりますので、いろいろなご意見をいただければ幸いです。

http://member.nifty.ne.jp/mih


なんかすごいことになってますね。 投稿者:wackey  投稿日:07月28日(水)12時48分43秒
WHEの脇村です。 久しぶりに来てみるとすごく熱くディスカッションされていますね。 (もう初心者の私にはまったくついていけないよー)
ところで東京支部入団希望でてきましたけど・・・>NAPPさん

大阪はすごく盛り上がっていて見学者も前回6名次回は10名以上!? といった具合です。 東京のほうもそろそろ団員募集に取り掛かりたいですね。

http://www2.freeweb.ne.jp/~wakimura


そうですね 投稿者:こが  投稿日:07月27日(火)18時02分22秒
>そうそう、吉松の例の発言ですが、彼の軽率で自己矛盾に満ちた行動はいつものことですから捨て置きましょう。

そうですね。ある意味、一番恐れていたこと(軽率とはいえ、影響力がないとも言えないので)だったので、 この問題を過剰に意識してしまったようです。みなさん、済みませんでした。

蘇演 ・ 深層 投稿者:NAPP  投稿日:07月27日(火)16時11分51秒
>蘇演に関して
 武満の「室内協奏曲」、伊福部の「吉志舞」、どちらも難しい問題ですね。
武満の場合、作曲者自身がその曲をどのような扱いをしていたかが、すでに分からなくなってい るのが厳しいですね。 いかに初期の作品とはいえ、「遮られない休息」の後の作品でありますから、はたして本当に習作の域を脱しない曲だったのかすらも不明。だからといって穿り返して演奏してしまうのも考え物ですね。
 音源だけならきっと湯浅先生あたりが保有してらっしゃるでしょうから、機会があったら伺っておきましょう(順調にいけば2,3年後、私は湯浅先生のゼミ生になれることになっているので)。
 吉志舞については、伊福部先生が蘇演をいやがられる理由がどのへんにあるのかが一番問題ですね。はたして本当に「軍部のいやな思い出」が理由なのでしょうか。「協奏風交響曲」の蘇演にも伊福部先生はかなり嫌がっていたそうですし。一度「消滅した」と思った曲が復活することに対してなにか特別な考えがおありなのでしょうか。
 これは余談なので冗談半分で読んでくださいね。「協奏風交響曲」がうちの大学のシンフォニ ックオーケストラで演奏されたときのことです。このときのPfソリストは私の同級生でラーメン仲間の友達だったのですが、この関係でちょっとした裏話が聞けました。
それによると、「この曲はもう発見されることがないだろうから」と思って旋律などを映画音楽に流用、それがばれるのが嫌だから蘇演したくなかった、と伊福部先生がおっしゃていたそうです。片山氏によると吉志舞の旋律はゴジラにおける自衛隊の行進の音楽として復活しているそうですね。  ・・・・・あくまでもこれは伊福部先生の冗談ですよ。このような話は他の作曲家にもよくある話ですし。これが本当の理由であるはずはありませんので、ご承知おき下さいね。

 そうそう、吉松の例の発言ですが、彼の軽率で自己矛盾に満ちた行動はいつものことですから 捨て置きましょう。


>深層の祭について
 「交響三章」との比較はクラの用法ではなく「管楽器のソロ的用法と合奏用法の違い」を参照してもらうためで、編成による違いによるものではないつもりでしたが・・・・・ 曲の構造が 近いので交響三章でした。 ちなみにスコアですが、音楽之友からの出版ですがあそこは近年、現代音楽の楽譜出版から大幅な撤退をして以来多くの楽譜が絶版となっていますので、手に入ら ない可能性が高いです。あるとすれば渋谷か銀座のヤマハでしょう。
 「深層」のクラ用法に関してはyosuke@さんのご指摘が一番適切ですね。おそらく三善先生に委嘱がいった際に吹連から「小人数で演奏可能なものを」との要望があったのでしょう。楽譜に tuttiなのかsoloなのかが指定されていないのはちょっと?ですね。吹連が用意したパート譜は Cl,Trp,Bassが二部づつですので。同年の「交響的舞曲」ではきちんと書いてありますね。
 深層の練習番号10や16(スコアない人、ごめんなさい)とかは「金管群のffにも消されない」という確信の元に木管群が書いてありますよね。ここなんかはClやFlが複数であることが前提でないと書けませんよね。「16」の受け渡しなんかはClだけでなくSaxなんかもソロのほうがいいような気がしますし。 他の曲なども見てみてtuttiにおける各楽器の鳴らし方(鳴らさな方)などで「群れ」を意識して書いているかどうかが分かるような気がします。
 吹奏楽は管弦楽の部分集合、というのはおそらく一番無難な結論でしょうね。でも、やっぱり私は「合奏音色」にこだわりたいなぁ。あのヴーンと唸るような倍音の渦が、やっぱり吹奏楽の魅力の一つだと思っていますんで。

S.O.さん、お返事ありがとうございます 投稿者:こが  投稿日:07月27日(火)12時34分03秒
>もしかりに私がその時代に生きていたとして、毅然たる態度で戦争を批判し、誇りを持って憲兵
>にしょっ引かれて拷問を受け、非業の最期を遂げる.....うーむ、やっぱりそんなの嫌だ。

  そうですね。私もそういうことで伊福部さんを責めるつもりなぞ、毛頭ありません。 そもそも私は戦争を体験してませんから、そんなことを言えた義理ではないのです。
 純粋に音楽的に考えた場合、『吉志舞』『寒帯林』は興味深い作品です。 『吉志舞』は中間部がフリゲート・マーチと同一楽想なのだそうです。主部は舞楽風の曲想なわけですが、ひょっとしたら『わんぱく王子の大蛇退治』のテーマみたいな感じでしょうか? もしそうなら『ブーレスク風ロンド』みたいな感じですね。 もちろん、違う楽想である可能性もありますが、いずれにせよ戦後の作品に転用された可能性は高いです。  ちなみに、『ブーレスク風ロンド』の冒頭の『わんぱく王子』テーマは、『協奏風交響曲』にも登場します。
 満州国政府の依頼によって書かれた『寒帯林』の第1楽章は「シベリウス風の瞑想的な曲想」とのこと。 『釧路湿原』の中心主題みたいな旋律を、コールアングレで吹いているのかもしれません。 第2楽章は「山歌」。第3楽章は「満州楽に材を取った」とのこと。
満州楽とは、満州帝国が旧清王朝から受け継いだ宮廷音楽です。 伊福部さんは熱河の離宮を訪れているので、そのときにお聴きになったのでしょう。 戦時中のSPを復刻した『東亜の音楽』に、この満州楽が2曲収められています。
・・・やはり『寒帯林』は蘇演して欲しいですねぇ。(^^;

(無題) 投稿者:S.O.  投稿日:07月26日(月)23時36分58秒
 こがさん。貴重なご意見、ありがとうございました。
 最初にお断りしますが、私は国粋主義者ではありませんし、戦争を擁護するつもりも全くありません。 しかし、もしかりに私がその時代に生きていたとして、毅然たる態度で戦争を批判し、誇りを持って憲兵にしょっ引かれて拷問を受け、非業の最期を遂げる.....うーむ、やっぱりそんなの嫌だ。虐げられそうな作曲家の多くが早々に余所へ逃げちゃった独逸周辺と違って、その時代の日本は、作曲家が軍国主義的作品を書かされても仕方がなかったと思うのですよ。それよりも、当時の作曲家が必死になって作曲していたということが、とても尊いことだと思うのです。
 そのうえ、伊福部氏は必ずしも体制に迎合していたとも思えません。海軍から「早急に軍楽隊用行進曲を書くように」と言われて、出来たのが「舞曲」ですから。そのうえ、他の作曲家は露骨に「神軍」「皇軍に奉らむ」「闘魂」「闘志」というようなタイトルを付けているんですが、「吉志舞」は「神功皇后時代の舞曲に題材を求めた(だけだヨ〜ン).....」と理由付ければ、「おおっ、これぞ皇国思想に合致して おるぞ!。」と解釈されるという、上手いタイトルですねえ。こういうとろこに、私は伊福部氏の反骨精神を感じとれるのですが。 その上、氏が「ごじら」に代表されるように、反戦・反核の立場をとられていたことをご存知の方も多いでしょう。あえて、氏を戦争擁護者と取り違える人がいるでしょうか。
 私は、音楽は政治思想や背景などとは切り放して聞くことにしてます。でなきゃ、黛敏郎なんて、聴けないですよ。ワーグナーを聞きながら、これを戦意高揚に利用したナチスのことを思い浮かべたり、タコ5を聞きながら、ジダーノフ批判に怯える作者を想像したって面白くないです。
 作曲者の意志を尊重するというのも、素晴らしいことではあります。しかし...。しかしですよ。  縁起でもないことですが、伊福部先生がもし万が一お亡くなりになったら、「吉志舞」は、当分の間 日の目を見ないことになってしまいます。運が良ければ、故人の遺志も薄らいだ頃(数百年後)に、研究者(好事家?)によって発掘されるかもしれませんが.....。もったいないことだと思うんです。

細かいことを言うようですけど… 投稿者:yosuke@  投稿日:07月26日(月)17時39分00秒
「深層の祭」は非常に好きな曲なので、反応してしまいました。 あのスコアは、小生も「1パート1人ずつ」と考えてバランスが取れる、 と思っています。
で、クラリネットの事ですが、 ソロ的な書き方と、複数で演奏する部分がごっちゃになっている様に見えました。 "1 desk"とか"all"など、書き込める感じがしますね。 練習番号「2」(スコアのない方、ごめんなさい)の1.Bb Cl→Eb Clに移るフレーズはどう考えても1本ずつでやりたいし、練習番号「7」は、これがもし1本ずつだったら、煽るような感じは出ないでしょうし。 (すっかり個人的見解。)
…しばしば議論になるスコアですね。

交響三章 投稿者:梶木隆一  投稿日:07月26日(月)12時47分10秒
楽譜を見てみたいのはやまやまですが、近くにこのような楽譜まで置いている店がありませんので、次に都内に出かける機会があれば確認してみます。 (店頭在庫がありそうなお店を教えてください。)
でも、そもそも編成が違うわけですから、管弦楽曲での特定の楽器の用法と比べてどうかはあまり意味がないように思います。 単にスコアを読んで、この曲は1パート1人を前提に書かれているのではないか という印象を受けましたので。
もはや吹奏楽曲は単に管弦楽曲の部分集合だと思うのですがいかがでしょう。

伊福部さんの戦時中の作品 投稿者:こが  投稿日:07月26日(月)12時20分05秒
最近、戦前の日本のアジア侵略などを正当化する「自由主義史観」なるものが台頭しつつあります。 吉松隆が『音楽現代』8月号で自由史観派に迎合するかのような発言をしているのを見たときは、愕然としました。
私は、日本の行く末をかなり本気で心配しているのですが、 とりあえず、伊福部さんの音楽が政治的な意図で利用されることだけは、あってはならないと思います。
伊福部さん自身、そのようなことを決して望んではおられないでしょう。 もし、『吉志舞』『寒帯林』を蘇演する場合、それらの曲が政治的意図に結び付かないことが保証されている必要があります。それが駄目なら蘇演すべきではないと思います。
伊福部さんは戦時中に、軍部の横暴なやり方に何度も嫌な思いをなさっています。 これ以上、古傷に触れることなく、そっとして差し上げたい気もします。

無念 投稿者:S.O.  投稿日:07月25日(日)21時38分56秒
 閑古鳥先生、ありがとうございます。今後とも、御迷いにならずに、どしどしお願いしますm(_ _)m。

 伊福部「吉志舞」での経過について。これは、伊福部作品に心酔している札幌の益野さんという方が、 伊福部氏に自分の率いる吹奏楽団のための新作を依頼したのですが、多忙のため断られたということを聞いて、私が提案してみた曲です。作品リストには焼失となってたんですが、偶然NHKの資料室に保管されていることが判ったんです。スコアを見た益野さんはこの曲を大変気に入り、是非演奏したいと伊福部氏に許可を求めています。
 しかし、伊福部氏は戦時中の作品を「抹殺してしまいたい」と思われているようで、良い返事をくれません。彼としては、未熟な作品(海軍から急いで行進曲を作るように命じられて出来た作品)と思っている上に、軍国体制に迎合したと思われるのが嫌なのでしょう。でも、同じ傾向の「兵士の序楽」が、割と良い曲だったりしますし、実際に感銘を受けている人もいる訳です。例えば、チャイコの5番のように、作者が最初嫌っていても、ファンから好評をうけるにつれ、だんだん好きになったような例もあります。ということで、再演を希望する旨のファンレター攻撃で、御大が許可を出すように働きかけようかと画策してたりします。なに、お体をこわされていると?!。これは、急がねば!。

 大作曲家の初期の作品って、作曲を志す(私には、もうその時間もないのですが)人ならば、是非知りたいことですよね。誰の影響から出発したとか、どのような変遷を辿るかとか、おおいに参考になりますから。 でも、武満氏が作品を撤回されているのなら、もはや無理でしょうね。生きている人ならば口説くこともできようが、死んでしまってはどうにもならぬ。(オマエは、司馬懿か?。たいした芝居だって?:-P) 。
 惜しい!。  私は、編成としては問題なく吹奏楽だと思っていたのですが、残念ながらリストには入れられないでしょ うね。惜しい。惜しいのだ!。

re:武満・室内協奏曲ほか 投稿者:NAPP  投稿日:07月25日(日)19時54分26秒
 リンク集に「音ヲ遊ブ」様を追加しました。ご存知の方には「遅せーよ」といったところでしょうが、私としても「なんで今までリンクしなかったかな?」というところです。とても有名な、素晴らしいページですので、みなさん訪問しましょうね。

>閑古鳥さん
 はじめまして。「室内協奏曲」への情報およびご意見、ありがとうございました。 確かに習作の域を脱しないものかもしれませんね。楽譜を見た、曲を聴いた記憶のある方がいないので何とも言えませんが。
 ただ、演奏するにしてもしないにしても、「武満が管楽器に対して持っていた考え」ということを知ることが出来る数少ない資料の一つなので、楽譜だけでも見てみたいです。ティンパニなどの「あまりにも露骨な」効果の楽器を嫌っていた武満ですので、いったいどのような表現を管楽器に求めていたのか・・・・・

 三善先生の「深層の祭」の件について補足。「トレモロ」は「トリル」を含んだ表現です。 また、あの曲の楽器用法がソロ的ではない根拠として、同じようにモティーフ作法によって創られている「交響三章」の参照をお勧めします(もちろん吹奏楽のエセ編曲版ではなく、オケ原曲のほう)。「深層」のクラパートの用法が、はたして「交響三章」の弦パートとクラパートのどちらに近いか、ということを考えていただければ。
 しかし、「弦なしオケ」と「吹奏楽」の線引きって、ハイドンの初期の交響曲を「オケにするかコンチェルトグロッソにするか」と同じ位きわどいことですね。

武満:室内協奏曲 投稿者:閑古鳥  投稿日:07月23日(金)23時36分05秒
いつも楽しく拝見しています。熱の入りようはコワーイほどですが、 武満作品に関しての話題が出ていたので、ちょっと迷いましたがフォロウしておきます。
初期作品は、たぶん撤回に近い形だろうと思います。例えば、ピアノのための 《二つのレント》という作品をご存じだと思いますが、藤井一興さんの録音が 出て、その後、彼は何度か演奏していますが、武満自身はなりゆき上、藤井さんの演奏は認めたようですが、その後楽譜をしまい込んでしまい、《リタニ》 という改作のみが出版され、演奏に供されています。
実験工房発表会で初演された《室内協奏曲》も、その後再演されていないと記 憶しますが、武満としては習作であったのでしょう、結局、出版されず、楽譜も不明です(NHKにあるという話も聞きません。これはもういちど調べてみる必要はありますが、望みは薄いでしょう)。 遺品のなかに、手稿があるかも知れませんが、これもはっきりしません。 それよりも重要なのは、ご遺族が、生前に武満自身が認めていなかった作品の上演に対し、消極的であるということだろうと思います。これは当然のことで欧米の作曲家などには、常に起こる問題ですが、日本の作曲家の場合にもようやくそうした問題が出てくるようになった、というところでしょうね。
個人的には、非常に聴いてみたい作品ですが、たぶん可能であっても、もう少 し時間がかかるのではないでしょうか。

ヤマハにて 投稿者:NAPP  投稿日:07月23日(金)02時38分03秒
 今日、YAMAHAに行ったら「日本の管弦楽曲」という本がおいてありました。結構前からあるみたいなんですが、あらためて見てみたらすごいんです!「1910年〜1992年」の日本人のオーケストラ曲の全初演データ、楽譜・音源の発売元が網羅されてるんです。しかもかなり綿密に調べてあるみたいです(天野正道先生が海外で発表したオケと合唱の曲まで載っていた)。著者は楢崎洋子先生、監修は日本交響楽振興財団です。最初の方なんか、八木伝の作品がずらっ と並んでいて面白かったです。ただ、あくまでも管弦楽のみで、吹奏楽については一作品も載っていませんでした。これも見事。よくオケと間違えられる曲についても載っていませんでしたから。
 ただ、なぜか武満の「室内協奏曲」については記述がありました。それによると、楽譜は未出版、音源なし。演奏時間は約6分。初演は外山雄三指揮、N響団員、東京は山葉ホール(今の銀座にあるヤマハホールのことかな?)において行われた「第7回実験工房発表会」においてです。この切り口から攻めて行けば見つかるかもしれませんね。
 この本、買っても良かったんですが、値段が9000円もしたために、さすがに手が出せませんでした。なにせ注文していて届いた北爪道夫先生の「映照」のスコアを取りに行ったついでに見たんですが、このスコアが薄っぺらいのに(音楽密度は滅茶苦茶濃いけど)4000円もしたんで。西村朗先生のCD「光の鳥」も(やっと)買ったし。

>梶木さん
 そうですか?クラリネットとかは合奏音色が求められているように感じますが(トレモロが多いのがその理由)。「深層」のテーマは冒頭主題が有機的に発展して行く様子が主眼、前半にソ ロ的要素が強いのは後半との対比を著しくするための手法だと思います。

Re: 吹奏楽とは? 投稿者:梶木隆一  投稿日:07月22日(木)21時28分10秒
>作曲家がそのパートの音をソロ的音色で求めているか、合奏音色で求めているか

たとえば、三善晃の「深層の祭」は前者のように思いますがいかがでしょう。

あれえ? 投稿者:のの  投稿日:07月22日(木)12時34分33秒
RZのアレは、Nuovo Cansonanzaじゃなかったっけ?もちろん、中原さんが持ってきた トホホなアレではないことはわかっています。
トホホといえば、Carlos Zingaroの打ち込み作品集をディスクユニオン新宿店のノイズコーナーで拾ったら、超トホホで苦笑。
「フリー」とは言っても、本当にフリーなのはベイリ−周辺だけなので、安心して聴いて下さいな。「音の佇まい」としてヒントはたくさん転がっているはずです。「フリー」の人々は、前衛音楽を吸収してあそこまで行ったのだから、今度は「現代音楽」の側が謙虚に聴くべきだと思います。客観的に見ても、音楽の密度ではとっくに逆転してますし。

re:吹奏楽とは?(2) 私見編 投稿者:NAPP  投稿日:07月22日(木)12時03分00秒
 さて、私の見解です。
>梶木さん
 私なんかの足でよければ、いくらで揚げ足取ってください (^。^) それがさらなる議論の発展になれば、これ以上嬉しいことはありません。

>アンサンブル"11"(木管五重奏+金管五重奏+打楽器)のような編成

 は、とりあえず置いといて、

>事実上人数が規定(1パート1人)されている

 ここに注目しておきましょう。A.W.Sの場合はちょっと難しいのですが、「日本の」吹奏楽に限定した場合、ここが「オケとの違い」になるのではないでしょうか。すなわち、オケの場合は 「1パート1人」と決められていますよね(たまにステージ上にパート数より多い人数が乗っていることがあるが、それはフォルテシモの補強や、長丁場で辛いときに交代で吹く、いわゆる「トラ」と呼ばれるもので、人数にはカウントされない)。これは「管楽器はソロ扱い」という意味合いがあります。
 弦楽器の例で考えてみます。「弦楽オーケストラ」のチェロの響きと「弦楽四重奏」のチェロの響きは全く違いますよね。作曲家的見地で言うと、「弦オケ」の場合は和声主体で曲を書きますが、「弦カル」の場合は対位法主体で書きます。これは、弦カルのほうが横の動きを重視し、結果としてソリスト的な役割を与えられているからです。演奏者的には、やはり弦カルのときには独立した声部として聞かせようとしますし、オケのときには「溶け合おう」と努力するでしょ う。同じようなことが吹奏楽における管楽器にも言えるのではないでしょうか。つまり、例えば 「1st クラ」が「一つのパートの中で群れをなしている」か「ソリスト的である」かどうかが、 ひいては「作曲家がそのパートの音をソロ的音色で求めているか、合奏音色で求めているか」が 「吹奏楽とオケ」の違いかと思います。 加えて、オケの場合弦楽器の数は「プルト」という単位でまとめられていて、明確な人数指定がない(あるのもあるが)ということも、吹奏楽の人数が規定されていないのと似ているかな、とも思います。
 こう考えると先の「アンサンブル"11"(木管五重奏+金管五重奏+打楽器)のような編成」と いう問題も説明がつくかと。
 こうなってくると問題となるのがA.W.S.のスタイル。う〜ん。
 さらなる問題提起を期待しております。

>S.O.さん
 武満、いま行われているこの議論の行方しだいですね。ハラハラしてて下さい (^_^);;
 市川氏は亡くなられたのですか。他にも生没年のはっきりしない人が何人かいるのです。
 奥村氏は斎藤氏が入っている以上、載せないわけにはいけませんね。早川氏は調べてみます。 端山氏、私も知りません。やっぱり調べておきます。石原氏というと「サバンナ」の人ですね。 辻井氏も調べておかなきゃ。って、そればっか。
 とりあえず私は故・秋山邦晴氏の書いたという本が欲しいです。これがあればもっと幅が広がるのに。

re:吹奏楽とは?(2) 引用編 投稿者:NAPP  投稿日:07月22日(木)12時01分58秒
 まずは引用から。音楽之友社「新音楽辞典」によると・・・・・

吹奏楽:band(英)、Blasorchester(独)、harmonie(仏)、banda(伊)
 日本で吹奏楽と称しているものは、木管・金管楽器を主体とし、これに打楽器を加えた合奏をさしている。10名から50名に至る大小様々の団体があって、楽器の種類も種々雑多である。 もっとも完備した吹奏楽団は軍楽隊と同様な編成をもっている。また、吹奏楽団をブラスバンドともいっているが、ヨーロッパでは木管楽器(サクソフォーンを例外として)の加わらないものをブラスバンドとよんでいる。

#まぁ!軍楽隊と吹奏楽団って違うもので、しかも軍楽隊のほうが編成としてまとまってるんだ。  ふ〜ん。(冷ややかな眼差し)
 では、その軍楽隊はというと・・・・・

軍楽隊 : 軍楽隊は陸軍・海軍・空軍・などがもっている楽隊(またはそれと同じ形式の団体)で、木管と金管の楽器群と、いくつかの打楽器から成り立っており、儀式、行進、レクリエーションなどの音楽を演奏する。編成は国により多少ずつ異なっている。

 ついでにもう一個

軍楽 : 式典、行進、あるいは士気を鼓舞するための軍隊用の実用音楽。その歴史は極めて古 く、ギリシア以前にさかのぼる。が、古代の軍楽を大成したのはローマで、トランペットと太鼓を主体としたその編成は、中世・近世を通じて、長く軍楽のモデルになった。軍楽に従事する中世のトランペット奏者は、特殊な権利を有してギルドをつくり、他のトランペット奏者より社会的に高いものとされた。軍楽の表現力が飛躍的に向上するのは、17−18世紀にかけ、オーボエ、 ファゴット、クラリネット、ホルンなど、旋律楽器が導入されたあとのことで、たとえば、リュリが組織したルイ14世時代のフランスの軍楽隊、フリードリヒ2世時代のプロイセンの軍楽隊は、新しいタイプの軍楽隊として当時評判になった。さらに18世紀後半、トルコの軍楽の影響をうけ、 シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、クレスントなどの打楽器が新たに加えられ、近代の軍楽の基礎が固まった。例えば、19世紀初頭、ナポレオン1世がフランス歩兵連隊に配属 した軍楽隊は、ピッコロ 1、ソプラノ・クラリネット 1、クラリネット 16、ファゴット 4、 セルパン 2、トランペット 2、バス・トランペット 1、ホルン 4、トロンボーン 3、小太鼓  2、大太鼓 1、トライアングル 1、シンバル 2対、クレスント 2 合計40楽器の編成である。 以後、各国の軍楽隊は、テューバ、スーザフォーン、サクソフォーンなどの新しい管楽器を加え たが、その基本的な編成原理に変化は認められない。なお、19世紀後半、ヨーロッパやアメリカ合衆国では、いわゆる吹奏楽が盛んになったが、これは、本質的には、軍隊から離脱した軍楽と して発展、しだいに独自の性格を強めていった。

 のだそうです。ご参考に。

すごい資料になりましたね 投稿者:S.O.  投稿日:07月22日(木)07時24分48秒
 作品リスト、感動しました。日本の作曲家も、結構すごいですよね。
 少し、気が付いた所を。市川都志春氏は、今年亡くなられたと思います。それに、クドいんですが、 武満徹はボツでしょうか(T_T)。それと奥村一も(確かに、松竹専属の映画音楽作家という面はあるのですが....。
余談ですが、團、芥川、奥村、斎藤高順、早川博二(課題曲「アイヌの輪舞」の作者)らは、東京音楽学校から陸軍戸山学校軍楽隊に借り出された人達で、いわば「同期の桜」。)。
 秋山邦晴、上野晃、石田一志、武田明倫の各氏が、年度毎に最も注目される作品を挙げるという企画があったのですが、そこで1970に端山貢明「メタボリズム」(上野)、72に三枝成章「ピアノ協奏曲」(秋山)、75に武満「ガーデン・レイン」(秋山)が挙がっています。端山氏の作品は何も聞いたことがないのですが、評論家からも高い評価を受けているということで、リストに入っても良いのではと思います。あと、石原忠興や辻井英世は如何。