Wェモー』の初演を始めとした活躍により、前衛的なレパートリーの演奏における第一任者としての地位を不動のものとしています。クリスチャン・リンドベルイがただ一人尊敬するトロンボーン吹きが、グロボカールであるのも有名な話ですね。昨年5月にオペラシティで開かれた講師にグロボカールを招いたマスタークラスに私も参加しましたが、彼の循環呼吸の実演には唖然とさせられました。( 口から常に息を吹きながら行う循環呼吸は私の常識の範疇にあるものでしたが、口から常に息を吸いながら行う循環呼吸には心底驚きました。私も長い間トロンボーンを吹いて来ましたが、この楽器が吸っても音が出る楽器だとは夢にも思わなかったです )。
 作曲家としては、ベリオが『セクエンツァV 』で示した特殊奏法と演奏における演劇的な身ぶりの結合をよりラディカルにおし進めた作品、また、集団即興の経験に基づいた音場処理の手椀をみせる作品、その出自とも関係した激しい政治的メッセージに富む作品を書くことで知られています。Harmonia Mundi Franceから出ている自作自演CDを聴くのが、この音楽家の作曲家、また演奏家 としてのレベルの高さを一挙に知ることが出来るのでお薦めです。
 即興を巡る現代音楽側の人物として小杉武久やフレデリック・ジェフスキでな くグロボカールの名を挙げたのは、私が過去に書いた解説を流用出来るという 個人的な理由とともに、グロボカールの吹奏楽曲:"LA TROMBA E MOBILE"の 紹介に繋げていこうという思惑があったからです。この曲に関する紹介はそのうち書きます。
レス・ふろむ さが 投稿者:NAPP  投稿日:08月02日(月)22時49分00秒
NAPPです。ただいま実家のPCから書き込んでいます。
>畠中さま
 「空間的配置」にご賛同頂き、嬉しいです。「悲愴」の四楽章もそうですが、ベートーヴェンの第九のスケルツォもそうなんですよね。カノンの入りは昔のオケの配置だと「グルっと」廻るように発音されるようになってるんですが、現代の配置だと上手く機能しない。こだわって配置 したフルトヴェンゲラーのやつはやっぱり賛否両論あったみたいです。現代では身内ネタになって申し訳ないのですが西村朗先生の「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォニー」も配置による曲想が関係してます。あの曲は弦の初出がかなり後ろの方なんですが、はじめは一番前の方にあるピアノからパルスが打ち出され、それを後の方の管が共鳴、一度止まったときにその間に挟まれた弦によるハーモニクスが本人いわく「飛沫のように」出てくるんですよね。 配置一つで色々な楽曲イデーが考え出されるものなんですね。
 さて、ご質問の「掛け合い」についてですが、曲によるんですよね。一般的なのは「同族楽器・異なる音域での」ものですよね。Trp.とTrb.のものが特に使われますね。コウディルの「民話」の冒頭なんかそう。 私なんかはひねくれものですので、「同じ音域による」ものがすきですね。 昔は「Trp.とCl.」なんていうものが多かったですが、最近は「同じ音域だけどテンションが違う」掛け合いなんてのが好きです。たとえば、低音域Fl.と高音域Euph.とかね。あとはミュートつけてみたり、楽器を合成したり、とにかく異様な音響を探るのが好きです。
 もう現代音楽では使い古された手ですが、極端に離れた音域で掛け合いをするのも効果的ですね。マルゴリスの「テルプシコーレ」のシロフォンとコントラバスーンのデュオが面白いのが 好例。
 ようは、これらを「いかにセンスよく使い分けられるか」が作曲家の腕だと思います。

 ところで、全然関係ないですけど、畠中さまはクセナキスの名著「音楽と建築」は読まれましたか?感想が聞きたいです。


>いしづかさん
 やっぱり例の系統、聴かなきゃだめですか?比較的「平和な」入り方教えて下さい。

実家のTVに映っていた「金田一少年の事件簿」をちらっと見てびっくり。音楽の担当は和田薫。

大友良英さんによる 投稿者:いしづか  投稿日:08月02日(月)21時37分17秒
山下毅雄トリビュートはもちろんのこと、11月に出るというアルタード・ステイツのスタンダード・ジャズ集にも期待しています。そういえば、大友良英氏とアルタード・ ステイツの面々を部分集合として含む、Ground-zero のアルバム"Plays Standards"も、ピノチェト政権に虐殺されたチリのフォークシンガー:ヴィクトル・ハラの歌から、アイスラーのブレヒトソング、はたまた『ウルトラQ 』の主題曲に至る幅広い曲目に、サ ンプリングの極限とも言える刺激的な編曲を施した素晴らしい作品でした。

#アイスラーの名前を書き込んだところで思い出しましたが、現代音楽作曲家による映
#画音楽に、アイスラーの「雨を描写する14の方法」を加えるのは反則でしょうか?

 歴史的に現代音楽と即興音楽の関係を考えていくと、まず、前衛末期に現代音楽畑の人間によって、世界で同時多発的に集団即興ユニットが組まれた事が思い出されます。さ らに調べてみるなら、New Phonic Artのグロボカール等によって「完全に自由」な集団即興の魅力と限界がきちんと示されていて、グロボカールの近作はもちろん、ゾーンのゲームピースのような試みも、そうした経験の上に成り立っている事がわかるはずです。 こうした音楽史の流れは、音を嵌め込むタイプの作曲家の方々にも是非知っておいて頂 きたいと、個人的には思いますね。
 フリー系といえば、8月の終りから9月にかけて、微分音と循環呼吸を駆使するアルト サックス奏者:姜泰煥( Kang Tae Hwan ) が来日するのが楽しみですね。彼とロシア国籍だが生粋のモンゴル人歌手:サインホ・ナムチラックのデュオを収録したCDを、私は最近良く聴いています。