吹奏楽から見る西洋音楽史



 よく聞く吹奏楽に関する言葉に「吹奏楽には古典がないから」というのがあるが、それは本当であろうか?
 ここでは音楽史的に重要な人物たちが遺してくれている、数少ない貴重な吹奏楽作品を特集しよう。 多少「吹奏楽」という編成からははずれているものもあるが、そこは「楽器の発展が遅れていたから」とか「既存の概念に縛られない」とかいうことにしておいてほしい。

 なお、当コーナーは改訂作業のために長い間閉鎖されておりましたが、改訂作業の滞り、再開希望の声などもありまして、未改訂のまま再掲載いたしました。そのため「編集方針」とやや矛盾する切り口がありますことをご理解下さい。


Lully , Jean=Baptiste (1632.11.28 〜 1687.3.22)
    「王の軍隊のための行進曲」、「皇太子の馬上競技のためのファンファーレ」

 リュリはイタリア生まれ、17世紀後半のフランスを代表する作曲家。ルイ14世の恩寵のもとで音楽行政上の独裁権を欲しいままにし、作曲家・舞踏家・指揮者として活動した。
 特にオペラにおける功績が大きく、フランスのみならず、ヨーロッパの広くに影響を与えた。 また、当時の指揮は床を棒で叩く方式を取っており、それでリュリは足を突いてしまい、それがもとで破傷風にかかって死んでしまったことも、音楽史上の逸話として有名な話。
 上に挙がった二曲だが、吹奏楽とは言うものの当時の楽器を推測するに、現在のものとはかけ離れたものだろう。楽器も現在とはかなり違うものによったと思われる。しかし、それでもなお吹奏楽器のみによるアンサンブルということは、今日の吹奏楽の源流とも考えられるだろう。


Handel , George Frideric (1685.2.23 〜 1759.4.14)
    「王宮の花火の音楽」

 ヘンデルといえばJ.S.Bachと並ぶ後期バロックの代表的作曲家。なかでもオペラ、オラトリオの分野での功績は目を見張るものがあり、オラトリオ「メサイア」は特に有名。
 「王宮〜」は現在耳にすることが出来る版は、管弦楽編曲版がほとんど。 しかし元々の編成は「Trumpet 9 , Horn 9 , Oboe 24 , Bassoon 12 , Contrabasson 1 , Serpent 1 , Timpani 3 , SnareDrum 2 」であるため、吹奏楽曲と見ることもできる。Dover版などで確認可能。


Bach , Carl Philipp Emanuel (1714.3.8 〜 1788.12.14)
    「行進曲 ハ長調」Wq.188

 かのヨハン・セバスティアン・バッハの(成人した)二番目の息子で、C.P.E.バッハと呼ばれるドイツの作曲家。「ベルリンのバッハ」とか「ハンブルグのバッハ」と呼ばれることもある。「無伴奏フルートソナタ」などで特に知られ、素人音楽愛好家のための作品がとても親しみやすい。
 Wq.というのはヴォトカンによる作品目録の番号。他にも「6つの小品、または行進曲」Wq.185というのがあるが、こちらの編成は「Hrn. 2, Ob. 2, Cl. 2, Bsn」であり、吹奏楽というよりは「ハルモニームジーク」であろう。


Gosec , Francois-Joseph (1734.1.17 〜 1829.2.16)
    「軍隊行進曲」、「葬送行進曲」、行進曲「帝国の守り」

 ゴセックはベルギーに生まれてフランスで活躍した、マンハイム楽派の流れを汲む前期古典派の作曲家。同時に音楽教育家としての功績も大きい。
 マンハイム楽派の作曲家らしく管楽器の色彩的音響効果を重視し、早くから管楽器を用いた作品を書いていたとされている。例えば「ニ長調の交響曲」はフランスで初めてクラリネットを用いた管弦楽曲であるし、「狩の交響曲」ではホルンの効果が有名である。
 フランス革命真っ只中であったため、軍楽隊のために書かれた幾つかの作品がこれらの吹奏楽曲である。 なお、吹奏楽の古典的名曲とされている「古典序曲」はゴールドマンとスミスによる編曲ものである。


Paisiello , Giovanni (1740.5.9 〜 1816.6.5)
    「マレンゴ総督近衛兵行進曲」、「第一執政行進曲」、「オッシュ将軍のための葬送行進曲」

 イタリア人のパイジエロは、ナポリ楽派のオペラ作曲家として知られている。その名声は遠くロシアにまで聞こえ、女帝エカテリーナ2世に招かれて宮廷劇場監督に任命されたこともある。その後、ナポレオンに招かれてパリの礼拝堂の楽長となるなどもした。
 上記の吹奏楽曲が、全てが政治的な匂いのするタイトルであるのも、そういった事情によるのだろう(イタリアでも宮廷音楽監督となっている)。


Devienne , Francois (1759.1.31 〜 1803.9.5)
    「序曲」

 フランスのフルート奏者、ファゴット奏者であり、作曲家でもあるドヴィエンヌ。その出自を生かした多くの作品により当時の管楽器音楽の水準を大きく引き上げた。
 「序曲」はHofmeinster出版より楽譜が入手可能。


Cherubini , Luigi (1760.9.8? 〜 1842.3.15)
    「6つの行進曲と7つのパソ・ドブレ」

 イタリア、フランス、ドイツで活躍したイタリア生まれの古典派作曲家、ケルビーニ。
 宗教音楽やオペラの他にはあまり作品数が多くないが、構成と管弦楽法に秀でた作品群は多くの後進作曲家に影響を与えたといわれている。


Mehul , Etienne-Nicola (1763.1.22 〜 1817.10.18)
    「序曲 へ長調」

 フランス古典派の作曲家、メユールは、作品こそあまり知られていないものの、ゴセックとベルリオーズの間を結ぶフランスの作曲家として、またフランス革命期を代表するオペラ作曲家として、音楽史上とても重要な人物。
 上記吹奏楽曲は1793年の作。


Beethoven , Ludwig van (1770.12.16? 〜 1827.3.26)
    「ヨーク連隊行進曲」、「行進曲ハ長調《帰営ラッパ》」、「エコセーズ」、「ポロネーズ」

 後期古典派と前期ロマン派にわたって多くの名曲を残した、偉大なるベートーヴェン。彼にも吹奏楽の曲が数曲発見されている。
 上記の曲のほかにも「ボヘミア国防軍のための行進曲 へ長調」などもある。「ヨーク連隊」、「行進曲ハ長調」、「ボヘミア国防軍」の三作品で「帰営の音楽 第1,2,3番」と呼ばれている。
 しかしながら、その大半の吹奏楽曲にはなぜか作品番号が与えられていない。参考までに書いておくと、「帰営の音楽第二番(帰営ラッパ)」は、キンスキー・ハムルのベートーヴェン作品目録では「WoO.20」(作品番号のない作品)となっている。


Meyerbeer , Giacomo (1791.9.5 〜 1864.5.2)
    「たいまつの踊り 一番(B-dur)、二番(Es-dur)、三番(c-moll)、四番(C-dur)」

 マイヤベーアはフランス・グランドオペラの代表的作曲家であるドイツ人。ジャコモ(Giacomo)ではなく、ヤーコプ=リープマン(Jakop Liepman)というのがもともとの名前だが、家庭の事情により改名した。 そのオペラは、コミック・オペラ的要素を持ち、後のヴァーグナーによる批判もあいまってオペラにおける「タブロー」、「ショック」という構成要素についての問題提起と(結果的に)なったことで、音楽史的に重要。
 「たいまつの踊り」は彼のプロイセンの音楽総監督のころの作品で、19世紀のプロイセン宮廷における儀式に用いられていた伝統的舞踏を題材としている。 第一番は1844年、プロイセン王女マリアの婚礼のために、第二番は1850年、同シャルロッテ王女の婚礼のために、第三番は1856年、同アンナ王女の婚礼のために、第四番は1858年、新婚のプロイセン皇太子歓迎のために、それぞれ書かれた。
 日本では第三番がとくによく知られている。


Rossini , Gioacchino (1792.2.29 〜 1868.11.13)
    「バンドのためのスケルツォ」(原題:ファンファーラ)

 19世紀前半のイタリア・オペラの代表的な作曲家の一人であるロッシーニ。
この作品は、南カリフォルニア大学のウィリアム・A・シェーファーが第二次世界大戦後にロンドンの大英博物館に大量にあった未整理だった吹奏楽作品の包みの中から発見した。 メキシコのマキシミリアン皇帝に献呈されているこの作品の元々のタイトルは「ファンファーラ」(ファンファーレ、ではなくイタリア語での「吹奏楽、金管合奏」という程度の意味)であったが、シェーファーが曲の性格から判断して「スケルツォ」という名前を与えた。


Schubert , Franz(Peter) (1797.1.31 〜 1828.11.19)
    「ドイツ・ミサ曲」D.872

 オーストリアの作曲家で、言わずと知れた歌曲王、シューベルト。シューベルトのミサ曲はEs-durの最後のミサ曲(D.452)などのように完成度の高いものが多い。「ミサの聖奉献儀のために」という副題を持つ「ドイツ・ミサ曲」は死の前年に完成した作品で、編成は「Ob 2 , Cl 2 , Bsn 2 , Hrn 2 , Trp 2 , Trb 3 , Timp , Cb (ad lib.) , Org , MixChor」というもの。楽譜はPeters出版。
 シューベルトだけではなく、ブルックナーなどもミサ曲において「弦抜きオーケストラ」的な編成で創作していることが多く、興味深いことである。


Berlioz , Hector (1803.12.11 〜 1869.3.8)
    「葬送と勝利の大交響曲」op.15

 フランス・ロマン派の作曲家、ベルリオーズは「幻想交響曲」などで知られるようにオーケストレーションの名手として有名。ヴァーグナー同様に超巨大な編成を好んで用いたベルリオーズの作品。フル編成では、任意に女声合唱と弦楽が加えることができるのだが、それはあくまでもオプションであり、管楽合奏が主体、ということに変わりは無いので入れておいた。


Mendelssohn , Felix (1809.2.3 〜 1847.11.4)
    「吹奏楽のための序曲」op.24

 ドイツ・ロマン派の作曲家、メンデルスゾーンの15歳のときの作品。バルト海沿岸にあるドンペルという街に避暑で訪れた際に、その土地のバンドのために書かれた管楽11重奏(Fl.1、Cl.2、Ob.2、Bsn.2、Horn.2、Trp.1、Bass E.Hrn.1)が原曲。1838年にメンデルスゾーンはこの曲の出版をシムロックに持ちかける際にスコアを書き換え、2管編成のオーケストラの金管・木管を基にF管の小クラリネット、C管クラリネット、バセット・ホルン、バス・ホルン、コントラバスーン、打楽器を加えたものによる23名による作品になった。 さらにこれを1945年にアメリカのF.グリ−セルが拡大編曲し、ゴールドマンバンドにより演奏されて急速に広まった。(参考:東芝EMI「吹奏楽名曲コレクション9・名曲選vol.4 CZ28-9119)
 15歳のときの作品とはいえ、三拍子の序奏を持つソナタ形式で書かれたその音楽は、やはり彼の天才ぶりを証明するのに充分。


Chopin . Fryderyk Franciszek (1809?.2.22? 〜 1849.10.17)
    「軍隊行進曲」

 「ピアノの詩人」といわれ、チェロソナタ、数曲の歌曲以外にはピアノ曲、ピアノ協奏曲しか書いていないと思われているショパンだが、意外なことに吹奏楽曲を一曲書いているらしい(200CD本参考)。
 この行進曲はロシアのコンスタンチン大公に献呈されたものだが、書簡に記述があるのみで楽譜などは発見されていない。。


Wagner , Richard (1813.5.22 〜 1883.2.13)
    「葬送のシンフォニー」、「誓忠行進曲」

 ドイツ・後期ロマン派の作曲家で、19世紀後半におけるもっとも偉大なオペラ作曲家の一人ヴァーグナー。
 ヴァーグナーには数多くの行進曲があるが、吹奏楽行進曲と管弦楽行進曲を明確に書き分けている。「葬送のシンフォニー」はウェーバーの再埋葬のために書かれたもので、「誓忠行進曲」はルードヴィヒ2世に献呈されたもの。


Raff , Joachim (1822.5.22 〜 1882.6.25)
    「シンフォニエッタ」op.188

 ラフはドイツの作曲家。生前はリストのような新ドイツ派的傾向をもつサロン風の曲が人気を博していたが、死後急速にその存在が忘れられていった。現在ではVn.とPf.のための「カヴェティーナ」op.85-3くらいしか知られていない。
 「シンフォニエッタ」はヘ長調、1873年の作品。音楽辞典などで「吹奏楽作品」と書いてあるが、厳密にはハルモニームジークである。しかし、辞書に書かれているということで誤解を招きやすいのでここに載せておいた。


Bruckner , Anton (1824.9.4 〜 1896.10.11)
    「行進曲」、「ミサ曲 第二番」

 オーストリアの作曲家で、ベートーヴェン以後の最大の交響曲作家との評も高いブルックナー。上記の吹奏楽曲は1865年に書かれたEs-durの行進曲。
 俗に「アポロ行進曲」と呼ばれるやはりEs-durの行進曲も、1862年(?)にリンツで創られたブルックナーのものとして知られているが、こちらは本人の作ではないという学者もいて、真偽の程が分からない。
 「ミサ曲」は複数番存在するが、そのうちの第二番は管楽アンサンブルと合唱のためのミサ曲。


Saint-Saens , Camille (1835.10.9 〜 1921.12.16)
    「行進曲 東洋と西洋」op.25、「フランスースペイン讃歌」、「ナイル河畔にて」

 フランスの作曲家で、「動物の謝肉祭」などで知られるサン=サーンスにも吹奏楽曲がある。それがギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のために書かれた(と彼らが主張する)これら吹奏楽曲である。
 「東洋と西洋」はスエズ運河開通にちなんで創られたとされている。


Grieg , Edvard Hagerup (1843.6.15 〜 1907.9.4)
    「葬送行進曲」

 ノルウェーの作曲家で、民族音楽研究家としても名高いグリーグ。「葬送行進曲」は元々ピアノ曲だったものを作曲者自身の手で吹奏楽に改編したもの。


Rimsky-Korsakov , Nikolay Andreyevich (1844.3.18 〜 1908.6.21)
    「トロンボーンと吹奏楽のための協奏曲」、「クラリネットと吹奏楽のためのコンツェルトシュテュック」、「オーボエと吹奏楽のための変奏曲」

 ロシア五人組の一人で管弦楽法の大家として知られるリムスキー=コルサコフ。Trb.協奏曲は1877年に、Cl.協奏曲は1878年に書かれた。
 彼の曲のタイトルに含まれる「吹奏楽」とは、この場合ソビエトの「軍楽隊」のこと。彼にはこの他にも「ソロとミリタリーバンド」という編成の曲が数多くあったらしい。「吹奏楽伴奏」の協奏曲というのは非常に珍しいものだが、残念なことに多くの作品が失われてしまい現在では知ることが出来ないものがある。抜群のオーケストレーションの能力を持つ作曲家の作品だけに、残念だ。


Strauss , Richard (1864.6.11 〜 1949.9.8)

 リヒャルト・シュトラウスには、管楽器のための作品が少なくない。管楽合奏のための作品が主要作品のなかに挙げられる作曲家はそう多くない。
 「吹奏楽」というよりは「管楽アンサンブル」と言ったほうが適切なものが少なくないが、これらが吹奏楽に与えた影響は絶対に無視できないので紹介する。
 「13管楽器のための組曲」、「13管楽器のためのセレナード」は厳密には木管楽器アンサンブルであって、吹奏楽ではない。 「16の管楽器のためのソナチネ第一番・傷病兵の工場より」、「16の管楽器のためのソナチネ第二番・楽しい工場(仕事場)」、「ヨハネ修道騎士会の荘重な入場」というのが有名どころ。 他にもウィーンの街のために書かれた「ウィーン・フィルハーモニーのためのファンファーレ」、「ウィーン市役所のファンファーレ」、「ウィーン市の祝典音楽」などがある。


Koechlin , Charles (1867.11.27 〜 1950.12.31)
    「民衆の祭のためのいくつかのコラール」op.153

 フランスにおいて作曲家としてのみならず、文筆活動など多彩な活動を行っていたケックラン。彼のこの曲はドンディーヌ演奏の音源があるので知っている人も多いであろう。フランス近代管楽合奏を知る上で無視できない重要な曲となっている。


Roussel , Albert (1869.4.5 〜 1937.8.23)
    「邪教の儀式のためのファンファーレ」

 フランスにおいて活動したルーセル。アジアにたびたび旅行したことがその作品に大きな影響を与えている。
 上記ファンファーレには作品番号がついていない。


Schmitt , Florent (1870.9.28 〜 1958.8.17)
    「ディオニュソスの祭」op.62-1、交響詩「セラムリク」op.48

 フランスの作曲家にして、音楽評論家としての厳しさも有名だった「アルデンヌの狼」ことフローラン・シュミット。代表作「詩篇47番」や「サロメの悲劇」で見せた、その圧倒的迫力を持った音楽は吹奏楽でも健在。


Vaughan Williams , Ralph (1872.10.12 〜 1958.8.26)
    「イギリス民謡組曲」、「海の歌」、「トッカータ・マルツィアーレ」

 イギリスの作曲家で合唱音楽の大家、RVWこと「ヴォーン・ウィリアムス」は、親友ホルストの影響で吹奏楽作品を書くようになった。
 「作曲家はその芸術によってコミュニティの全生活を表現すべきだ」という国民楽派的な思想そのままの「イギリス民謡組曲」や、とても勇壮な「トッカータ・マルツィアーレ」などは現代の吹奏楽作品とは別の面白さがある。さすが「グラン・オールド・マン」といったところか。


Holst , Gustav (1874.9.21 〜 1934.5.25)
    「吹奏楽のための第一組曲・第二組曲」、「ハマースミス」

 イギリスの作曲家であり、生涯一教師でもあったホルスト。自身がトロンボーン奏者だったこともあり、吹奏楽作品を書いている。
 このホルストの「一組・二組」はこれまで軍楽音楽や野外音楽として扱われがちだった吹奏楽という音楽分野を芸術音楽として世界に認めさせた画期的作品。有名なオーケストラのための「組曲・惑星」よりもこちらのほうが音楽史的役割は大きい。
 他にも「ムーア風組曲」などブラスバンドの曲もある。


Schonberg , Arnold (1874.9.13 〜 1951.7.13)
    「主題と変奏」op.43a

 12音音楽の創始者としても知られるシェーンベルク。彼がカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教えていた頃に出版社から吹奏楽作品の委嘱を受け、制作したもの。ところが、スクールバンド用の曲を想定していた出版者側の思惑とは別に、かなり高度な曲ができたために演奏にかなり困難な点が生じていた。そのため、この曲は管弦楽に編曲されたもののほうが普及し(op.43b)、また作曲者自身や研究者が主要作品リストから外しているためにあまり注目されることがない。
 しかしながら、シェーンベルク自身はこの曲に関して「技巧的な面では傑作であり、独創的であり、おおきな喜びを持って作曲した」と語っているのだ。


Respighi , Ottorino (1879.7.9 〜 1936.4.18)
    「ハンティングタワー・バラード」

 イタリアの作曲家レスピーギ。「ローマ三部作」などで見せたダイナミックなオーケストレーションが吹奏楽愛好家に大受けしている。
 しかし、そのレスピーギに純然たる吹奏楽曲があることも知っておいてもらいたいものだ。


Myaskovsky , Nikolay Yakovlevich (1881.4.20 〜 1950.8.8)
    「交響曲19番 変ホ長調」

 ミヤスコフスキーはソヴィエトの作曲家。同世代のロシアの作曲家たちに比べるとやや目立たないが、なかなか個性的な作品を書いている。
 モスクワ騎兵軍楽隊の隊長、イヴァン・ペトロフの委嘱で書かれたこの交響曲は、サックスが入っておらず、サクソルン系の楽器が多めに入っている。


Grainger , Percy (1882.7.8 〜 1961.2.20)
    「リンカーンシャーの花束」、「ヒル・ソングス第二番」など多数

 オーストラリア(イギリスではない)生まれアメリカの作曲家、グレインジャーは近年再評価の気運が高まってきている。
 以上の他にも多くの吹奏楽曲が見られ、それらはイギリスやオーストラリアなどの民謡を用いるなど、いずれもが聴きやすい曲であるが、彼の作風全体は、ヨーロッパの伝統的な様式を否定し多くの実験的な作曲法を試みたものである。
 また、編曲マニア(?)としても有名で、同一の曲が他の編成で演奏されることも多数。その中に当然吹奏楽も含まれいる。
 彼が現代の吹奏楽・管楽アンサンブルに与えた影響というのものは、はかりしれない。


Stravinsky , Igor (1882.6.17 〜 1971.4.6)
    「シンフォニーズ」、「ピアノと管楽器のための協奏曲」

 ロシアに現れた音楽界の鬼才、ストラヴィンスキー。吹奏楽、というには編成上の相違があるかもしれないが、管楽合奏であることは疑いようもない。
 コラールの部分がドビュッシーに捧げられていることで有名な「シンフォニーズ」はときどき「交響曲」と訳されてしまうこともあるが、そのまま「シンフォニーズ」としておくことをお勧する。


Varese , Edgard (1883.12.22 〜 1965.11.6)
    「ハイパープリズム」、「オクタンドル」、「インテグラル」、「エクァトリアル」、「デザート」

 フランス系アメリカの作曲家であるヴァレーズは近代管楽アンサンブルを語る上で極めて重要な位置にいる。極めて進んだ考えを持ち、当時の音楽状況からは考えられないような作品群が多数ある。弦楽という古典的な響きのするものを嫌い、管楽アンサンブルと電子音響に急激に接近していった。ヴァレーズについてはCD紹介の項でも詳しく触れているのでそちらも参照されたい。


Villa-Lobos , Heitor (1887,3,5 〜 1959.11.17)
    「ショーロス13番 〜ニ群の管弦楽と吹奏楽のための」、「ショーロス14番 〜管弦楽と吹奏楽、合唱のための」

 ブラジルの異才、ヴィラ=ロボス。バッハなど多くの作曲家の研究により作曲を独学で学び、ミヨーやF.シュミットと知り合い、多くの事を学ぶ。非常に個性的な作品を多数残し、ブラジルの音楽レヴェルを国際レヴェルまで引き上げた。
 「ショーロス」はとても興味深い(私は聴いたことがない)。他にも吹奏楽曲があるが、現在詳細を調査中。


Martinu , Bohuslav (1890.12.8 〜 1959.8.28)
    「チェロ、ピアノと管楽のためのコンチェルティーノ」

 チェコの作曲家でパリに学び、のちにアメリカにナチスから逃れ、スイスで没したマルティヌー。新古典主義的かつチェコの民族主義的でリズムに特色のある作風で知られる。
 1924年、パリにいるときの作品。


Prokofiev , Sergey (1891.4.23 〜 1953.3.5)
    「4つの行進曲」op.69 、「行進曲 変ロ長調」op.99 、「戦争終結に寄せる頌歌」op.105、「体育会行進曲」

 ロシア・ソヴィエトの作曲家、プロコフィエフ。彼の吹奏楽作品の生まれるに至った経緯はやや複雑である。
 1936年、社会主義の風潮の強まる新生ソヴィエトでは文芸芸術のイデオロギー強化が進行、プラウダ紙上でショスタコーヴィチが痛烈に批判されたのを契機に形式主義批判「具体的素材によるオペラ、オラトリオなど平明単純な音楽を大衆に伝える」社会主義リアリズムの遵守が改めて確認された。プロコフィエフもこれに従わざるを得ず、これらの吹奏楽作品や合唱音楽、有名な「ピーターと狼」などを書くことのきっかけとなったのは皮肉なことである。
 なお、「体育会行進曲」は「4つの行進曲」のなかの1曲。


Honegger , Arthur (1892.3.10 〜 1955.11.27)
    「バスチーユ広場への行進」

 スイス国籍の近代フランスの作曲家、オネゲルの吹奏楽曲。ミヨーなどと共にフランス六人組の一人と目されながらも、その反ロマン主義には賛同せずヴァーグナー支持を表明、やや新古典主義的な対位法を重視した、形式的な曲を残した。
 まさにこれから、というときに心臓病により急逝した。


Milhaud , Darius (1892.9.4 〜 1974.6.22)
    「フランス組曲」op.248 、「解放のための2つの行進曲」op.260 、「ウェスト・ポイント組曲」op.313 、「劇場の音楽」op.334b

 あらゆる分野に多くの作品を提供していた車椅子のフランス人作曲家、ダリウス・ミヨーは吹奏楽作品も多数書いている。 中でもフランス解放の象徴「フランス組曲」は吹奏楽屈指の名曲。
 また、彼の「交響曲5番」は編成上間違いなく、吹奏楽である。


Schulhoff , Erwin (1894.6.8 〜 1942.8.18)
    「弦楽四重奏と吹奏楽のための協奏曲」

 チェコの作曲家でピアニスト、ユダヤ人であったためナチスによって闇に葬られた「頽廃音楽」のエルヴィン・シュールホフ。
 実に器用な人物で、多くの作曲スタイルを混合、とくにジャズの要素を用いた作品を創っていた。ナチスの強制収容所で死亡。


Hindemith , Paul (1895.11.16 〜 1963.12.28)
    「交響曲 変ロ調」、「吹奏楽のための協奏音楽」op.41

 ヒンデミット、といえば「実用音楽、アマチュアが楽しむための音楽」という考え方を提唱していた作曲家。そんな彼にとってアメリカの吹奏楽界とは「高水準の軍楽隊からスクールバンドまで広く生活に浸透した、広い裾野をもつ」非常に魅力的な音楽分野に見えたのだろう。「交響曲」の委嘱をアメリカ陸軍バンドに受けた際、この当時最高水準のバンドの性能をフルに活かすように高度な対位法と楽器法を駆使した作品を創作、他のアメリカの作曲家たちの吹奏楽作品への作曲意欲を刺激した。
 「交響曲」は吹奏楽に少ない交響曲としてとても重要な意味を持つ。特に終楽章のテーマが重なっていく部分は圧巻。しかしこの作品には作品番号は与えられておらず、「協奏音楽」(演奏会用音楽ともいう)の方には作品番号がついている。


Weill , Kurt (1900.3.2 〜 1950.4.3)
    「小さな三文音楽」、「ベルリン・レクイエム」、「ヴァイオリンと管楽オーケストラのための協奏曲」

 ヴァイル、といえばドイツ生まれのアメリカの作曲家。ブロードウェイの舞台を活動の主な場所とし、政治問題と絡めたジャズの語法による音楽で才能を見せながらも50歳の若さで世を去った。
 「小さな三文音楽」は、彼が28歳のときブレヒトとともに書いた名作「三文オペラ」の中から作曲者自身が抜粋した8曲を組曲としたもの。実はこの曲は吹奏楽編成で書かれていて、「Fl. 2 , Cl. 2 , Sax. 2 , Bsn. 2 , Trp. 2 , Trb , Tuba , Timp. , Perc. , Pf 」これにバンジョー、ギター、アコーディオンを加えたもの。
 「ベルリン・レクイエム」は「テナー、バリトン、合唱と管楽のための小カンタータ」という副題がついている。Universal出版。
 「Vn.と管楽オーケストラのための協奏曲」は先頃の生誕100年・没後50年の折に多く取り上げられたので知っている人も多いだろう。


Rubbra , Edmund (1901.5.23 〜 1986.2.13)
    「《輝く川》による変奏曲」op.101、「ヨーロッパのためのファンファーレ」op.142

 ラブラはイギリスの作曲家で、14年間鉄道員として働きながら作曲を学んだという変り種。そののちロンドンのギルドホール音楽学校の作曲科教授にまでなる。 ホルストの教えも受け、事実上ホルスト、ヴォーン=ウィリアムスの後継者だが、民謡の影響はそれほど受けていない。
 「輝く川による〜」は、それら先輩たちにならって創ったものなのかも知れない。


Tomasi , Henri (1901.8.17 〜 1971.1.13
    交響詩「ベトナムへの聖歌」、「典礼ファンファーレ」

 フランスの作曲家であり指揮者でもあるトマジ。サックス奏者にとってはとても重要なレパートリ−であるサックス協奏曲に代表されるように、エキゾティックな魅力のある曲を書いている。
 管楽六重奏のための「春」という曲もある。


Rodrigo , Joaquin (1902.11.12 〜 1999.7.6)
    「管楽器のためのアダージョ」

 スペインの盲目の作曲家ロドリーゴ。「アランフェス協奏曲」で特に知られているが、この「アダージョ」でもその第二楽章に似たフルートによる旋律が魅力。そうは言っても、速い部分の迫力はなかなかのもの。


Khachaturian , Aram Il'yich (1903.6.6 〜 1978.5.1)
    「ソヴィエト警察行進曲」、「フィールドマーチ 第1番」、「愛国の戦いの英雄達へ」、「アルメニアン・ダンス」

 ソヴィエトの作曲家、バレー音楽ガイーヌの中の「剣の舞」で特に知られるハチャトゥリアンは、ミャスコフスキの弟子、民族性とヨーロッパ的作曲技法の融合した音楽に個性が見られる。
 このころのソヴィエトの作曲家の作品は、社会主義的要求によって表現様式が制限されていたものが少なくない。上記吹奏楽行進曲三曲もそうした影響が色濃く見えるだろう。
 「フィールドマーチ」はハチャトゥリアンらしくアルメニアの民謡を用いたもの。 旧ソ連の吹奏楽では、映画「スターリングラードの戦」の音楽が好んで演奏されているらしい。


Skalkottas , Nikolaos (1904.3.21 〜 1949.9.20)
    「9つのギリシア舞曲」、「古典交響曲」、「ピアノ協奏曲第3番」

 ギリシアのヴァイオリン奏者兼作曲家でシェーンベルク、クルト・ヴァイルの弟子であるスカルコッタス。民族的な活動とは一線を隔し、シェーンベルクの影響を強く受けたセリエリズムの曲が多いが、「9のギリシア舞曲」は民族主義的な手法で書かれている。原曲はオーケストラのための「36の舞曲」で、作曲者自身が軍楽隊のために編曲した。


Hartmann , Karl Amadeus (1905.8.2 〜 1963.12.5)
    「ピアノと吹奏楽のための協奏曲」、「ヴィオラ、ピアノ、管楽器と打楽器のための協奏曲」、「交響曲第5番」

 ドイツの作曲家で、ナチスによって公的活動を禁じられたこともある壮大なシンフォニズムが特徴のハルトマン。汎半音階的多調、水平及び垂直の鏡像構造、多律動、可変拍節、フーガ書法などを実に巧みに織り交ぜる作曲技法は目を見張るものがある。
 「Pf協奏曲」の楽譜はScottMainz出版。


Shostakovich , Dmitri (1906.9.25 〜 1975.8.9)
    「ソヴィエト警察のための行進曲」、「謹厳な行進曲」

 ソヴィエトの作曲家ショスタコーヴィチは、近年スターリン体制下で苦渋を強いられた作曲家としても注目を集めているが、ここではそのことには触れないでおきたい。
 これら行進曲もそれら社会的要素を考慮して聴いた場合、どうしてもそれに捕らわれてしまう。「皮肉」という言葉がこれほど似合ってしまう作曲家も珍しいだろう。


 


 現在存在が知られている作品だけでも、少なくともこれだけは存在する。また、この音楽史の流れは、こののちメシアンなどに繋がっていき、多くの管楽合奏作品が生まれていくことになる。さらには上では触れなかったアメリカの流れにも多くの「音楽史的に重要な吹奏楽作品」が存在する。
 現在の吹奏楽のスタイルがきちんと歴史の上に成り立っていることは見失ってはいけないと思いう。


参考

「新音楽辞典 人名編」   音楽之友社
「200CD 管楽器の名曲・名盤」   立風書房
「200CD 吹奏楽 名曲・名盤」   立風書房

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