「遮光の反映」
委嘱および作曲の経緯
Making of "Reflections from Shaded Lights"


 ここでは、私の吹奏楽作品「遮光の反映」がどのようにして生まれていったのかを、委嘱者同意のもと、日記形式で公開してみたいと思います。演奏者と作曲家がどのようにコンタクトを取り、一つの作品を共同作業で創り上げていったのか。同様の事例が増えればいいと願いつつ、ここに記しておきます。
 なお、これは作曲者側からの視点による文章です。演奏者側からの視点による文章が長崎市民吹奏楽団のサイトおよび同楽団指揮者さんのサイトに掲載されています。微妙な考え方の違いを堪能してください(笑)。


1999年

9月1日
 私がこのサイトを立ち上げて半年ほどしたころ、一通のメールが届く。それは、長崎市民吹奏楽団指揮者烏山氏からのもので、相互リンクの申し出と共に、次のような一文があった。

「それと作曲の勉強をされているようですが、書かれませんか? (一部省略) 但し、コンクール自由曲、定期での演奏、及びBESTを尽くす事はお約束出来ますが・・ 私は若い方の書いた新作の初演を是非したい思いを以前から抱いております。 アマチュアといえどもこれからの音楽に関わっていくことを使命と感じているからです。 」

 このメールが全ての始まりであった。これに対し、私は次のような返信メールを出している。

「 これはまた唐突な(笑)。でも、とてもありがたいお話ですし、とても素晴らしいお考えをお持ちだと思います。  もちろん、書かせていただける、というお話は、作曲の勉強をしている私としてはこれ以上の話は無いわけで、本来ならば今日からでも作曲に入りたい位なのですが、(中略。多忙のためすぐにはムリだという内容)。 もし書かせていただけるのなら、そののち、つまり来年の12月くらいから書き始めて翌年の3月くらいに脱稿する、ということになるのですが・・ ・・・  それにどのようなタイプの曲をお求めになるかも大きな問題でして、 (伏せ)みたいな曲がお望みなら、まぁ、書けないことはないのですがあまり気は乗らないでしょうし、私の書きたい通りのものだったら、おそらく「とてつもなく難しい」ものになると思いますよ。」

 ここに当時の私の考えが2つ読み取れる。まずは、何よりも「書きたい」ということ。しかし、同時に「どんなものを書くか」ということに対する疑念もあったのだ。アマチュアのバンドが委嘱する際にどのようなものを希望することが多いか、ということは知っていた。いわゆるイージーリスニングな曲は書けないわけではないが、今はその時期ではない。かと言って、気安く書くことを請け負って、出来たものがとても演奏したくないようなものであったら申し訳ない限りであった。そういうわけで、牽制の意をこめ、やや消極的な返信を出したのであった。事実、似たようなメールは以前にも受け取ったことがあり、その際も同様の返信をした結果、その話は立ち消えとなっていた。

9月2日
 ところが、烏山氏からの反応は私の予期したものとは少々異なっていた。時期はいつでもいい、気長に待つ、ということと共に、次の一文が私の気を惹いた。

「最も大事な問題ですね。おっしゃる通り(伏せ)や(伏せ)の様な曲を望むのならこんなお話にはなっておりません。むしろあまり興味は無いので・・・ 私は”今”の音楽に興味があるのです。吹奏楽ではウェーベルンやベルク、 武満や黛、はたまたペルトやアダムズのような曲は全くありません。 強いて上げれば、ペンデレツキーやシュワントナーは書きましたが残念ながら一般的な編成とは言い難いです。今の現代に我々は機能和声で書かれた19世紀からのスタイルによる曲しかレパートリーが無いのです。 吹奏楽の悲しい現状です。(編成、楽器等もう少し恵まれているBANDであればもう少しはなんとかなるのでしょうが・・・ )  「とてつもなく難しい」と言うのは”技術的””音楽的”のどちらを指すのでしょう ? 私共はアマチュアの吹奏楽ですので極端な音域の使い方をされると演奏不能に陥ってしまいます。 楽器の編成や、技術的な問題がクリアーされるのであれば内容的には作曲家の思考するもので良いのではないでしょうか?創作の阻害はいやです。 ただなにぶん平均的なアマチュアBANDの技術で太刀打ち出来るものであって欲しいです。しかし私は魅惑的なメロディーがなければ音楽ではないなどとは思っておりません。今のスタイル、その人のスタイルの音楽であってほしいです。」

 この一文を目にし、私はしばらく考え込んでいた。引用された作曲家の名前などからしても「何を求めているか」というのがヒシヒシと感じられた。なるほど、確かに吹奏楽の中でも屈指の作品と思われるものは特殊編成のものが多い。一般的であるなかで何ができるのか。そもそも私は基礎的なところを無視して先に進もうとしていたのではなかろうか?文面から私は直感的に、この依頼によって何かが私の中で変わるのではないかと感じた。 そこで、「いつになるかは分からないが、そのうち一曲書かせていただくことを約束する」という旨を伝えた。余談だが、この時同時に「一人で練習 していても決して全容が見えず、合奏ではじめて見えるような曲」になることが宣言されており、そして、その通りになった。

2000年
1月2日
 ところがところが、話が次のステージへ進むのは新千年紀に入ってからである。99年の9月〜2000年3月と言えば、私は「陰影と木霊」というTrp協奏曲と、「水の宇宙」というテープ作品の作成に打ちこんでいたのだ。正直3曲を同時進行させるだけの余裕はなかった。2000年1月はまさにそのTrp協奏曲の〆切が差し迫っていた時期である。 もっとも、99年9月に話を受けて以来、全く曲の内容に関して考えていなかったわけではない。当時は「吹奏楽でどんなことができるだろうか」というようなことを漠然と考えていた。「陰影と木霊」という曲が管楽器の特殊奏法をヤマのように駆使した作品であったため、「これを大人数でやったらどうなるかなぁ」というようなことを考えていた。この頃から「憐光」という曲(作曲ノオト参照)のことを考えるようになっていたのだろう。そして、この「憐光」において最も核になる部分を抽出し、一度技法的な制約を加えた上で、もっと根源的な「新しい吹奏楽の可能性」を追求してみることを思い立つ。これが「遮光の反映」である。断っておくが、「遮光」は「憐光」の縮小曲ではない。「憐光」が吹奏楽の例外的特異性へベクトルを向けているのに対し、「遮光」はむしろ普遍的特性へと向いている。そうした意味でこのニ曲は正反対の性格であると言えよう。
 年賀メールでのやりとりを契機に、楽曲作成へ向けての具体案がやりとりされるようになる。1月2日は新千年紀とともに「遮光」が動き出した日でもあった。このとき、お互いの運営するサイトで、この曲ができるまでの経緯を将来的に発表しよう、ということになった。そう、今ご覧のページがそうです。

1月5日
 「事前連絡」と称したメールで編成にピアノが含まれる、ということと「遮光の反映」というタイトル(当時は仮題)をお知らせする。また、初演団体である長崎市民吹奏楽団の当時の編成も確認する。ところが、この「編成」に関して検討するうちに、一つの案が私の中で大きくなっていくのである。

1月11日
 編成に関しての確認メールを出す。実はこの時点では、委嘱団体の編成と全く同じ楽器・人数で作曲することを構想していた。それがどうなったのかは後述しよう。また、このころより打楽器に関する私の要求も横暴と言えるほど多くなってくる。なぜか、という問いには出来あがった作品自体を答えとしておこう。
 この日のメールに、曲の完成予想のようなものが書かれていたので載せておこう。

 「メインとなってるのは「遮光」ではなくて「反映」のほうなんですよ。架空の光源(音程が聞き取れないクラスター状の低音)を複数箇所設定して、 それを倍音で乱反射させる、っていうんですけど。明確な光ではないのは管楽器の音色の特徴かな?  ちなみに、前半は小節感、拍節感が希薄な、いわゆる「ゲンダイオンガク」。後半は私が得意とするプレストの変拍子になりますんで。ま、書き始めるのは早くても8月になるでしょうけれど。」

 今読むと、多少食い違っている点もあるが(倍音云々)、完成したものと比べるとまさにその通りである。まぁ、これだけ大雑把な見取り図との間に大きな開きがあったら、それはそれで問題だろうが・・・・・

 
1月30日
 編成に関する団側からの回答を頂く。その中で「将来的に起こるであろう人事移動による多少の人数の増減の可能性」という事に触れ、編成を完全に規定してしまうことの無謀さを漠然と感じ始める。 また、この問題に関する貴重なご意見を頂く。

 「最後に現場の立場から一言申し上げたいと思います。 様々な響きの多様性を追い求めるのは良いのですが、通常のバンドにとって あまりに非日常的な特殊楽器を安易に用いることは賛同しかねます。 現代音楽としての吹奏楽作品の多くは、総譜を見たときにその編成に愕然とし演奏を断念せざるを得なくなる事がほとんどです。 (一部略) アマチュアの吹奏楽団に演奏を想定して書くのであれば特殊な編成は出来る限り避けるべきです。100のうち1つか2つの楽団しか演奏できないような作品では意味があるのか無いのか解りかねます。 (それでは第一商売にならんですよ) 作曲家の方がホイと書き入れてくれた特殊楽器の為にえらい苦労をするのです。 技術的、音楽的に苦労をするのは構いません。それに関しては最大限努力します。 しかし、借りれる当ての無い楽器を探すことにより時間を使うより、練習に時間を目一杯使いたいのです。 A・リードの作品がこれほどまでに取り上げられるのは、作品に理由があるのも言えますが、スコアリングにもあると思います。彼の曲では大変細かく親切にオプション楽器を指定することにより、かなりの小編成の楽団でも演奏可能に書いています。好き嫌いは別として、彼ほどアマチュアBANDの事を理解し、かつ親切に書いている作曲家は他にいません。この点だけは感心します。 ところで、通常の編成でもまだまだ多くの可能性が残されていないでしょうか? 武満徹のオケ作品で、魅力的な響きが印象的な部分は大抵の場合普通の編成で鳴っているケースが多いですよね?彼は決して奇をてらいません。 是非、ご配慮の上での創作をお願いします。貴方が言うとおり作曲家は「表現者」 であって「教育者」ではない、というのは充分賛同するのですが・・・・・ とにかく、現場の私どもをどうかご理解下さい。編成で苦労しない限りは全身全霊を もって取り組むこと難くお約束しますので・・・・・」

 このご意見はありがたかった。 なるほど、再現性のない作品にどれほどの意味があるかは問題である。一度きりでもいいからやることに意義がある作品、というのもあるだろうが、今回の作品の意図はそうではないことは明白であった。しかし、「どこでもやれる」ようにしたスコアリングが結果としてあのような音色の変化に乏しいものに終始していることも否定できない。そこにどのような解決策を見出せるのか。このことを、この日を境に深く考えるようになった。なお、私はこれに対し、次のように返信している。

 「たしかにご指摘の通り、日本(世界)に数多くある吹奏楽団すべてに演奏可能な編成であることは、今回の作曲意図を達成するには外せない項目です。 「どこまでが普通の楽器で、どこからが特殊な楽器なのか」というのが難しいと思います。私のようにオケを中心に活動している人間にとって普通に使われる楽器(スティールドラムとか)が吹奏楽では非日常的な楽器だったりするわけですから。 コントラバスの弓にしても、「吹奏楽にはコントラバスが標準で入っているから」とか思ってしまうわけですね。
 是非、今回の編成を決めるにあたって、多くの助言を頂きたく思います。 私としても、あまり楽器をむやみに増やすのは好きではありません。通常の楽器を、通常の奏法(+α)で、ただ使い方の視点を変えてみる、というようなやりかたを試みたいと思っています。 編成を決める前に明確にしておくことがありましたね。 「どんな前提で私が書きたいのか」という私側の意図をお伝えしていませんでした。 ご一読下さい。
1、職業演奏家ではない人々でも可能な演奏技法、および楽器を傷つけない奏法のみによって、
   これまで吹奏楽に見られなかったような音響を得る。
2、吹奏楽独自の編成を生かした構成をとる。即ち、例えば多数のクラリネット奏者がいるにも
   関わらず3パートに割り振る、というような、いわば「オーケストラ三管編成」の呪縛を脱却する。
 こんな感じです。 例えば、1だったら「替え指トリル」(同一の音が出る二つの指遣いを交互に奏し、トーンカラーを変化させる)を使ってみたり、ティンパニをスーパーボールで擦ってみるとか。 2だったら同一楽器群によるマクロポリフォニーによるトーンクラスターを創ってみるとか。  まぁ、「通常の編成に残されている多くの可能性」の一つではないで しょうか。  それで、今回私が重視しているのは、「管楽器のパート数」ではなく、 「楽器ごとの人数」なのです。これが明確に決められないと、バランスが崩壊してしまうことが目に見えています。
 私は「委嘱団体の編成に一人のくるいも無く適合した曲を書く。再演を他団体が行う場合には、初演団体に可能な限り編成を合わせる」というような新しい委嘱のスタイルを考えています。」

 実際どこまで書いたことを実行できたかは分からないが、できるだけの努力はしたと思う。もっとも、最後の「委嘱団体の編成に一人のくるいも無く適合した曲を書く」という部分だけは、大幅に考えを修正することとなる。

3月5日
 その後しばらく曲に関する打ち合わせは期間を空ける。しかし、私はこの間に編成に関する一つの解決案を思い立つ。委嘱団体の編成に厳格に従うわけではなく、しかしもっと吹奏楽に相応しいスコアリングはできないものだろうか。それに対する一つの考えを「作曲にあたっての新・編成組織方法の提案」と題したコラムにしてネット上に発表する。私は「遮光」の作曲をこの方法論の実践として位置付け、その可能性を探ってみることを決意する。これを考案したことにより、以後数回起こる演奏団体側の編成の変動はそれほど大きな問題とはならなくなる。

3月15日
 烏山氏のところに私の過去の作品の音源をまとめて送りつける(笑)。大体のイメージを掴んでもらうためである。しかし、いずれも旧作、「遮光」の質に及ぶべくもない。はたしてどう思われただろう?当時の音になった最新作、電子音楽作品「水の宇宙」を気に入ってもらえたのが嬉しかった。後日、烏山氏に「遮光」前半部のイメージがこの「水の宇宙」に近い、と言われ、興味深い。

5月8日
 Ob奏者が退団してしまった、というメールをもらう。しかしながら、もはや編成に関する問題については何ら心配していなかった私は「それは今後のバンドの活動として痛いですね。頑張ってください。」と余裕の返信。おそらく作曲の段階でObがいたとしても、結局optionalパートとして扱われていただろう。
 この当時、私は「交響残像」というオーケストラの大曲(我ながらよく書いた)の作成に没頭しており、未だに「遮光」の作曲には手をつけていない。打楽器に関しては、本格的に構想してからでないと使用楽器が決められない、という旨のメールを出している。

8月4日
 しばらく期間が空いているが、この間、個人的に教育実習などがあり多忙を極めていた。
 この日、初めて烏山氏と直接お会いする。とはいっても、まだ全然作曲にかかっていない時期であったので、お互い顔見せといった意味合いが強い。編成に関する基本的な概念などを話し、あとは「遮光」とは直接関係ない色々な話をする。これは有意義で楽しい時間だった。

11月2日
 作曲の進行具合を尋ねる催促メールが届く(笑)。10月に「交響残像」完成、同じ頃「Time Fragments」完成。11月は目前に差し迫った大学院入試の準備で大忙しであった。加えて、11月3日は私のTrp協奏曲「陰影と木霊」の初演もあり、パート譜やら練習やらでてんてこ舞い。とまぁ、以上のような言い訳のため未だに手付かず。そろそろ焦り出す。
 この日のメールで2001年度の長崎市民吹奏楽団の定期演奏会の話がでる。「遮光」を含み、全曲邦人作品でのプログラムとのこと。先の話ではあるが、興味をそそられる。

11月3日
 「陰影と木霊」の初演。初演自体は演奏者がおちまくる、という失敗に終わる。練習ではうまくいってたのになぜ?よって音源は残らなかった。 これが「遮光」とどう関係があるのか、というと実はある。この曲は管楽器が非常に多く含まれており、とても多くの種類の特殊奏法が指示されていた。この中で、思ったよりも効果があったもの、あんまり効果が期待できなかったものを選別する。その結果、当初予定していたいくつかの特殊奏法は「遮光」では見送ることとなる。代わりに、重音奏法は「指を知らないだけでやってみると意外と簡単」という管楽器奏者の言葉を信じ、使用してみようと決意する。

11月6日
 学園祭の打ち上げやら何やらで(11月5日には「Time Fragments」も初演された)出しそびれていた返信メールを出す。この時点で編成が確定する。

2001年
1月4日
 年が変わって新世紀。またしばらく空白期があったが、烏山氏と再びお会いする。まだこの時点ではやはり書き始めてはいないのだが、実はかなり頭の中で纏まっていた。基本的な要素(音列要素)もこの時には完成していた。 この時には「交響残像」のスコアをお渡しし、「遮光」に対するイメージを膨らませてもらうことで勘弁してもらおうと思う。もっとも、このオケ曲はプロ用に書いているのであんまり参考にならなかったかもしれないのだが・・・・・

2月15日
 東京に戻った1月中頃より、いよいよ五線紙に書き始める。スケッチに使用したグラフ記譜は完成していたのだが、どうも時間配分が当初とは違うものになりそうな気がしていた。烏山氏いわく「時間は決めないけれど、コンクールで演奏する場合にはカットせざるをえないので、そのときはカットを考えてもらうことになる。定期演奏会では全曲やる」ということで時間的制限は一切なかったのだが、一度完成した曲のカットを考えるのは苦痛である、など様々な理由から最初から7分くらいの計画で書き始めていた(完成したら8分だった)。
 この日のメールでTrpへのプランジャーミュート(結局これはハーマンに変更)の使用と、ヴィブラフォン使用の可能性を打診する。

 
3月8日
 作曲の進行具合を打診するメール(泣)。大学の卒業式関係で意外と時間がとれない、という言い訳(苦笑)。
 ヴィブラフォンの使用を決意。また、HrnとTrbに超低音域の練習を徹底しておくようにとの通達。これが後に重大な意味を持った(?)。

3月25日
 さらに催促、ではなくて、打楽器に関するやりとりを行う。かなり慎重に打楽器を選別した結果、私の作品としては異例なまでに種類が少なくてすんだ。結局このとき提示した打楽器でまかなうことができた。
 このとき曲のタイトルを「遮光の反映 ― 吹奏楽のために」(Reflections from Shaded Lights  for Symphonic band)と正式決定する。

4月3日
 帰省し、烏山氏にお会いする。パート譜作成の都合上、とりあえず完成しているところまでスコアをお渡ししよう、ということにする。曲の前半部、速くなる前までの楽譜をお渡しする。作曲上のイメージなどもお話しする。少しずつ自分の手から離れていくことを意識する(まだ完成してないくせに)。

4月28日
 大学院が始まり、予想をはるかに越えた忙しさとなり、作曲が大きく遅れてしまう。G.W.前に楽譜を送らなければパート譜作りに支障をきたすと判断、さらに確定している部分を郵送する。本来なら、このような「小出し」にすることは避けたかったのだが・・・・・ こんなとこだけプロの作曲家と同じになっちゃいかん。

5月7日
 完成。ノーテーションなどを作成し、製本して郵送する。これが私の黄金週間(笑)。

5月15日
 パート譜は演奏者側で作っていただけることになっていたのだが、ピアノパートだけは複雑な和音が多用されているために自分で作ることになっていた。Finaleで作成し、郵送。

5月31日
 「演奏の手引き」なる文章の第一回目を作成。メールで送る。初演後にはこれも公開してみるのもいいかな。

6月2日
 初音出しをした、とのメールをいただく。とりあえずは、まだ「わけわからん状態」であろうことは容易に想像ができる。あとは自分の作品が演奏者の皆さんにどれだけ受け入れてもらえるか、それが気がかりである。

6月21日
 「演奏の手引き」の第二弾を送信する。また、このころより団員の方から直接質問メールを頂くようになる。

7月2日
 幾つかの特殊奏法について「どのような音が欲しいのかわからない」との声があったので、幾つかの音をサンプルとして録音し、郵送する。

7月10日
 曲の各部分のイメージを断片的に書き、メールで送る。しかし、こういったものを送るのはいかがなものか、と後で自問自答する。

7月18日
 17日に帰省し、18日に長崎市民吹奏楽団の練習場へ伺わせて頂く。いきなりだが自分で振ることに。正直、頭の中は現在作成中の「綾の断面」という曲でいっぱいだったので焦る。自分でも纏まりのない合奏をしてしまい、申し訳ない限り。

7月19日
 前日に受け取ったパート譜に間違いがないか目を通す。ただでさえ細かく・小さく・量が多い私の曲であるから、これを作るのは大変だったろう、と今さらながら思う。やはり、パート譜は忙しくても自分で作るべきかもしれない。

7月20日
 ホール練習に立ち合わせていただく。事前に自分の曲を勉強する、という珍しいことをする。これほど練習場で聴くのとホールで聴くのに違いがある曲も珍しいだろう。
 夜、団員の方々とお酒の席を共にさせていただく。「面白い」と言ってくださったかたがいたのがとても嬉しい。もっとも、「大変」という方も多かったが(笑)

7月21日
 私が練習に立ち合わせていただくのも最後であった。あとは本番だけである。あまり演奏に口出しはするまい、と思っていたのだが、つい口を出してしまう自分がそこにいる。後で激しく反省する。



 以上、日記形式で現在までの流れを綴ってみました。  7月25日 現在



作品データ
<編成表>

Piccolo(s) (also Flute) 1 player over     Horns in F 4 players over
Flutes 2 players over Trumpets in B♭ 3 players over
Oboe(s) optional part Trombones 3 players over
Bassoon(s) optional part Euphonium(s) 1 player over
Clarinet(s) in E♭ optional part Tubas 2 players over
Clarinets in B♭ 6 players over String Bass(es) optional part
Alto Clarinet(s) in E♭ optional part  
Bass Clarinet(s) in B♭ 1 player over Pianoforte 1 player
Alto Saxophones in E♭ 2 players over  
Tenor Saxophone(s) in B♭ 1 player over Percussion players  3 players over
Baritone Saxophone(s) in E♭  1 player over  


     〜Percussion〜
    <1>. Tam-Tam , Vibraphone , Flexatone , 3-Tom-Toms
    <2>. Bass-Drum , Rin (on the pedal Timpano) , Tublar-bells , Slap-whip , Bongo
    <3>. Suspended-cymbal , Glockenspiel , Triangle , Agogo-bells


    ・指定された人数より多ければ何人で演奏してもよい。可能な限り大人数であるほうが好ましい。
    ・optional part は無くても演奏可能なように書かれている。使用できるものは使用した方が望ましい。


     演奏時間 : 約8分

      楽譜  : スコア … 作曲者保有   パート譜 … 初演者保有
              (Tuba1奏者Ver.あり その場合はSt.Bassが必要)
        楽譜はスコアは作曲者に、パート譜は初演者に問い合わせのこと。
          (印刷代・送料などの実費がかかります。金額は応相談のこと)

     初演権 : 長崎市民吹奏楽団保有    2001年中は独占演奏権を保有
     演奏権 : 作曲者の許諾が必要



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