- 吹奏楽のオリジナル作品の歴史的経緯
吹奏楽は歴史が浅い。これは意外と意識されていないことかもしれない。そもそも管楽器自体、単独の楽器で全ての音階が吹けるようになったのはごく最近の事なのだから(金管楽器の話)。
だから、木管・金管の両方が入り交ざった管楽器による大合奏は近代になるまで日の目をみることは少なかった。当然管楽器が中心となる吹奏楽は弦楽器を含むそれと比べて成立が遅かったのである。よく、音大生のギャグで「おまえの楽器はBachが無伴奏曲を書いてないから育ちが悪い」とか「Mozartがコンチェルトを書いてないからやくざものだ」というのがあるが、(オーボエの茂木先生も書いていらしたですね)ということは「吹奏楽は暴力団のようなもの」という人もいるかもしれない。
古い吹奏楽オリジナル作品を探してみると、現在のいわゆる「吹奏楽」でそのまま演奏してもパート・楽器の過不足がないものは、古典派以前にはほとんど存在しない。
ということは、吹奏楽には「確固たる機能和声で書かれた曲」というものが実に少ないということを意味している。これは問題だ。機能和声を知らないでその先の時代の音楽をやろうというのは、いわば「富士山に登ったことのない人がエベレストを登ろうとする」のにちょっと似ている(この辺が後で書こうと思ってる「アレンジ作品をやるわけ」に関わってくるのではなかろうか)。
分かりやすい例をだしてみよう。Brahmsが亡くなったのが1897年だ。この年を後期ロマン派の年だと考えてみる(多少無理があるが)。印象派の代表作曲家、Debussyが生まれたのが1862年。Debussyが35歳のときにBrahmsは亡くなっている。そして、「きんさん、ぎんさん」が20歳のとき、Debussyは40歳なのだ。
こう考えると、楽器が発達したのがいかに最近か、というのが実感していただけるかと思う。
今回のまとめは、「吹奏楽が発達しはじめたのは、ごく最近のことである。それゆえに音楽的に根本的な土台が欠けている」ということだろうか。
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