これからのアレンジへの提言

 アレンジの利点、欠点については前に述べた。こうしてみると、アレンジはよいこととは言いがたいが、かといって廃止してしまうのも考え物であると言える。
 そこで、今後アレンジを行うにしても、少し考えを変えてやってみることを提案したい。
 アレンジ作品のリストを眺めていて、ふと思ったことがある。「なぜ、オーケストラ作品のアレンジが多いのだろう」と。カルミナ・ブラーナやトスカなどの「オケ付き声楽曲」は例外として、ほとんどがオーケストラからの編曲である。それ以外、つまり室内楽からのアレンジはほとんどない。
 考えてみると、オーケストラは吹奏楽をその内側に含んでいる編成だと言える。つまり、オケ曲のアレンジは「大きいものから小さいものへ向かう縮小ベクトル」を持っている。これでは、その曲の持っている世界を小さくしてしまい、あまりよい結果は生まないだろう。
 ゆえに、吹奏楽へアレンジする曲は、吹奏楽よりも編成的、すなわち音色的に小さいものを吹奏楽へアレンジする「拡大ベクトル」を持つものにすればよいのではないかと思う。もちろん、小人数ゆえに面白みのある弦楽四重奏などをするのは好ましくない。もっとよいものがあるはずだ。 その辺りを開発して行くのが作曲家、編曲家の仕事。この成功例ではBachの「トッカータとフーガ」あたりが有名だろう。

 音色的に吹奏楽よりも少ない編成からアレンジするのは、編曲者に相当の音色感覚が要求される。オーケストラ曲からでは大概の楽器に何らかの音がすでに割り振ってあるので、音色のイメージは大体固定されている。そうでない、たとえばオルガン曲などからアレンジするには「この旋律にはこの楽器がふさわしい」と想像できる力が必要となる。
 このようにすることは、決してオケのコピーなどではなく、原曲の世界を拡張したひとつの作品であると考えてもいいのではなかろうか。 作曲家の中にはオーケストラルな曲想を持っているにもかかわらず、オーケストレーションの技術不足のためにピアノ曲にとどめてしまった人が結構いる。有名なところではシューマンやムソルグスキーなど。特にムソルグスキーはその作品の大半が他の人(リムスキー=コルサコフやラヴェル)に編曲されたことによって真価が発見された作曲家だ。

 私は今後アレンジをしなければならない状況になったら、このようなアレンジ法をとりたいと思っている。 私としてもラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第2番」の「タランテラ」あたりはぜひ編曲してみたいと思うのだが・・・・・


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