最近の若手作曲家にみられる諸問題


 まだ学生の私が偉そうなことを言える身分ではないことは承知しているが、それでも最近感じてならないことを書いてみようと思う。

 最近の吹奏楽(に限らないのだが)の曲が「底が浅い」という状況に陥っていると強く感じる。なんというか、「だからなんなの」というものが多いのだ。
 今回は次の二点から意見を述べてみたい。


1、作曲とは?
 ごく簡単に言うと、言うまでもなく「曲を作る」こと(某先生によると「曲がったものを作る」ことらしい)なのだが、では「曲を作る」とはいったいどのようなことを言うのだろうか。
 曲というものを「表現」としてのものと「娯楽」としてのものにあえて分類して考えてみると、最近の吹奏楽曲は「娯楽」としてのものがほとんどであるようにしか思えてならない。
 「作曲」というものは、実に多くの手法があり、それらが複雑に絡み合って楽曲は構成されているはずのものだ。それらの手法(作法、とも換言できる)はすぐに目につく(耳につく)ものから、実に細かいものまでさまざまである。 何が言いたいかというと、最近の作曲家は「メロディー作りに走りすぎ」ということだ。というより、「メロディー作りだけしか能がない」のだ。 もちろん、メロディーを作ることができる能力というのは作曲技法の中でも非常に大切なものだ。最近の音楽批判のなかでも「メロディーがない」というのはよく言われることであるし、旋律のない音楽だけが全てではない(旋律がないものでもよい音楽は多数あるのだが)。 よいメロディーを作ることができるのは大事ではあるけれども、それが作曲という行為の全てではない。大事なのは作った旋律を「いかに展開させられるか」ということなのだ。
 最近の曲を聴いていて、「最初のほうは面白かったけど、だんだんつまらなくなってきた」という経験はないだろうか? そのような曲は大抵「同じ事の繰り返し」である場合がほとんどだ。
 いいメロディーが浮かんだ → とりあえず書いてみた → 先が続かない → 楽器だけ変えて繰り返してみた
 というものが実に多い。こんな手法は過去にすでに完成されたことなのだ。 基本的に単純な繰り返しは音楽的な意味は皆無だ(ミニマルなどの例外あり)。 いまさら「学習ソナタ」の形式で曲を作れとは言わないが、すくなくとも「発展のある楽曲」を作って欲しいものだ。思いつきで書くのではなく、先を見越して、準備、提示、展開をやる、そんな曲作りもして欲しい。さらには、そういう理論的なところを聴衆に感じさせないような小手先のテクニックもあればなお一層よい。
 例として、「マーチ スタウト・アンド・シンプル」(1988年課題曲 原博 作)を挙げておこう。この曲と、そこらへんにころがってるマーチを聴き比べてみてほしい。なんとなく私の言いたいことが分かっていただけるだろう。
 


2、ピアノに毒されてないか?
 手近な吹奏楽のスコアをみてほしい。主旋律が大抵の場合、最上声部にあると思う。なぜだろうか。
 これは、その作曲家が「ピアノの上(もしくはDTM)で作曲している」ということの証拠だ。このようにして創られた音楽は、大抵旋律が最上、もしくは最下声にあり、内声にあることは極めてまれだ。
 「音色対位法」というものを知っているだろうか。一般には「同一音域内に二つの動機が混在していた場合、ごちゃごちゃして聞こえなくなる」とされている。ところが、これを例えば「ClのピアノとTrpのフォルテ」くらいでやると、きちんと独立して聞こえる。これが「音色対位法」である。八声以上のフーガなどで必要不可欠な手法だ(例 「風と炎の踊り」 1989年課題曲 小長谷宗一 作)。 最近の曲ではこのような高度な手法を持つものは実に少なくなっている。ピアノで曲作りをしていたら絶対に思いつかない発想だ。
 吹奏楽、という音色的に非常に多彩な編成でやるのであれば、それなりに多彩な手法で書いてもらいたいものだ。

 ところで、優秀な作曲家は音大から出る、というのは幻想である。音大出の作曲家の多くは実に現場の実際をしらない。実際、オーケストレーションの実習で「ティンパニに半音階を書いた」人がいて、絶句させられたことがある。それくらい楽器法に関しては無知なのだ。今のは極端な例だが、よくあることでは「楽器法の本に書いてあったから」と楽器の出せるぎりぎりの音域を集中して使うことだ。特殊な効果を狙うなら別だが、普通にやりたいのなら実にナンセンスなことだ。 よくやられるのが3rd Tromboneのへ音記号下加線一本のEs以下の音。ここでスタッカートのフォルテシモ、というものをよく見るが、プロならともかく、楽器をはじめて2〜3年の人達に要求するのは酷な話だ。 最高の演奏効果というのは、やはり「演奏しやすい音域」で書いてこそ生まれるものだ。 とくに吹奏楽という編成を使うのなら常に意識しておくべきことだと思う。
 音大出の作曲家にこのような人が多いのは、入学試験にピアノの試験があるからだと思っている。 大概の課題曲はBachの「平均律クラヴィーア曲集 プレリュードとフーガ」なのだが、はっきり言って難しい(ついでに、他に自由曲を一曲弾かないといけないが、大体は古典派のピアノソナタでくる人が多い)。高校生くらいから「音大に行こう」と思っても、これまでピアノをやったことがない人は、まずアウトだろう。結果として、残ったのはピアノ出身の人達だけだ。そして、上のようなことになるわけなのだ。



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