吹奏楽コンクール課題曲公募に関して

 今回は「課題曲公募」について。 周知のように吹奏楽の発展は、毎年開催されている「吹奏楽コンクール」が最も大きな要因となっている。このコンクールにおいて課題曲が四曲(年によっては五曲)定められることになっている。これら四曲の中から全国の吹奏楽演奏者たちが、それぞれ一曲ずつ選んで練習することになるわけだ。つまり、この「課題曲」というものは「もっとも多くの人達に演奏される」ことになる曲なのだ。だから、課題曲の質によって吹奏楽の発展が大きく左右されることになるはずである。

 課題曲のうち数曲が「朝日作曲賞」と呼ばれる作曲のコンクールに応募された曲の中から選ばれる(必ず最優秀作品は課題曲になる、というわけでは無いらしい)。残りは著名な作曲家に対しての委嘱作品、という形をとるみたいである。
 課題曲に上質の作品が望まれる、ということは吹奏楽全体のことを考えても、しごく当然のことなのだが、「朝日作曲賞の募集要項には、上質の作品の登場を妨げる性質がある」ような気がしてならない。
 そこで、朝日作曲賞の募集要項(1999年に募集されたもの)から、気になる部分を抜粋して検証してみることにしよう。なお、この募集要項からの抜粋転記については全日本吹奏楽連盟の承認を得ている(99年6月14日)。
 まずは、そう気にならない部分からだ。
>楽器を始めて1-2年程度の生徒でも演奏できる技術的にやさしく、親しみやすい旋律のもの。
> 高度な技術を要するパッセージ・困難な音域・特殊奏法は避けること。

 課題曲という性質から考えれば、当然といえるが、そもそも「親しみやすい旋律」というものの定義が難しい。「断片的モティーフ」というのは旋律に入るだろうか?ミニマルミュージックは「親しみにくい」音楽だろうか?「音色旋律」は旋律のうちに入るだろうか?打楽器ソリは論外なのか? ・・・・・色々と疑問に思う点がある。この部分は「親しみやすい音楽であること」の方が適切であるかと思われる。
 「高度な技術」というのも基準がよくわからない。今の中学生は相当難しいのでも吹けてしまう。それよりも問題なのは「音域」のほうである。これについては作曲家の方が無知なのだ。楽器法の本に書いてあるものはプロの音域で書いてあるから、中学生レヴェルの音域とは別物である。これを平然と破ったものが課題曲になっていたりするから、実際問題として守られているとは思えない。吹連側は具体的なガイドを応募者側に示すべきだろう。


 上の事は、そんなに大した問題ではないのだが、次に書くことは即時改善を求めたい。それは、次の部分である。

>簡単なピアノスコアを添付すること(2段譜で書き、ピアノで初見演奏できるよう簡略化すること)。

 これはまずいだろう。この一文のせいで、どんなに課題曲の質を低下させていることか。何故ピアノ曲にする必要があろう?
 ・ピアノは音色変化に限界がある。オーケストレーションが命の吹奏楽を表現できるはずが無い。
 ・ピアノの音は発音と同時に減衰していくものである。しかしながら、管楽器の音は決して減衰するとは限らない。
 ・Tubaのhighesttoneの「C」も、Fluteのlowesttoneの「C」も、ピアノにすれば「中央のド」でしかなく、そのテンションが全く無視されており、楽譜からその音楽が伝えたいことが読み取れない。
 ・ピアノで演奏できるくらいの音域しか使わないで吹奏楽曲を書くことは愚か。また、複旋律作法もピアノで演奏しようとしたら限界がある。かの「風紋」をピアノで演奏することは不可能。
 ・同一音域で音色対位法を使って書いた場合はどうするのか。また、逆に三つ以上の音域でそれぞれ複雑な動きをしたらどうするのか。
 ・和音で速いパッセージがあったら、ピアノで弾くのは不可能。簡略化なんて「和音であることに意味がある」パッセージだったら不可能。
 ・ポルタメントやグリッサンドがあったら?そもそも打楽器は?

などなど、挙げていけばきりがないのだが、なんのためにこのような規定があるのだろうか?大体「2段譜で」なんてのが馬鹿馬鹿しい。ピアノ曲だって三段、四段譜なんてざらだ。吹奏楽をたった二段でおさめようなんて、無理なのだ。
 おそらく、「すぐに音がわかるように」とのことなのだろうが、それならピアノ譜にする必要はないはずだ。「コンデンススコアを添付すること」なら話はよくわかるが。
 しかし、そもそも「コンデンススコア」なんて審査の段階では必要のないものなのだ。私は吹連から委託されて朝日作曲賞の選考をしている先生を何人か知っているが、どなたも「フルスコアから音を把握する」なんて作曲の初歩の初歩ができない方なんていないのだ。また、それすらできないような人間が審査をしているのだったら、むしろその方が問題だ。
 学校で指導されている先生方にはピアノスコア(というよりコンデンススコア)はあったほうがいいだろうが、それは朝日作曲賞を選んだ後の作成でも問題ないはずだ。

 以上のこと(特に後者)のせいで、著しく「朝日作曲賞に応募する」気がそがれてしまうのは事実である。それが課題曲の質にも大きく影響するのだと思う。こんなところにも吹奏楽のオリジナル作品の発展の脚をひっぱっている原因があるような気がしてならない。決して作曲家だけのせいではないのだ。

 極めつけがこれだろうか。「条件を満たさないものは審査の対象とはしない」


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