これからのプロに期待する

 多くの吹奏楽の演奏会のプログラム。大体はこんな感じのプログラムだろう。 「第1部 吹奏楽オリジナル曲(アレンジを混ぜることも多い)、 第2部 クラシックアレンジ曲(ステージドリルのところも多い)、 第3部 ポップスステージ」
 別に一般のアマチュア吹奏楽団がこのようなプログラムを組むことは決して悪いことではない。みなさんは「音楽を演奏することを楽しむ」ためにそうした演奏活動を行っている(と私は思っている)のだから。正直、楽しんでやれるのだったらオケのアレンジものだろうがなんだろうが、別になにをやってもいいと考えている(それが吹奏楽の発展を妨げない程度としてなら)。
 しかし、プロの吹奏楽団となると話は違うのではないだろうか。日本の(世界の?)吹奏楽の発展の重責を担うプロの演奏会で上に挙げたような「何を聴かせたいのかの主張がないプログラム」を組むことは好ましくないと思われる。
 全体的に見て、日本の吹奏楽ファンはプロに対して甘いところがある。楽団は厳しい批判の目にさらされてこそ上手になっていくものだ。最近ではほとんどなくなった事だが、ライヴではないのに重大な演奏ミスがある録音をCDとして発売するようなプロは、これがオーケストラだったらとっくの昔に淘汰されてしまっているだろう。

 と、ここまで書いておきながら、これは実はあながちプロのせいだけではないことも書いておかなければならない。それは、プロの数が少ないことも原因の一つにあると思われる。
 吹奏楽は実に多彩な面を持った音楽形態だ。それに対して真にプロと呼べるだけの力量をもった楽団は日本にいくつあるだろうか。その数少ない「プロフェッショナル」の楽団が全ての傾向の音楽をフォローしなければならない、というのは非常に酷な話である。しかしながらそれら全てに対する需要があるのならプロとしてそれに答えなければならない、その責務の大きさは計り知れないものがあろう。
 管弦楽の世界では、多くの楽団が存在するため、各楽団ごとのカラー、すなわち得意とする分野がだいたい決まっており、楽団ごとに傾向を分散させることが出来ている。たとえば「バッハ・コレギウム・ジャパン」と「アンサンブル・アンテル・コンタンポラン」。この二つの楽団が得意とするプログラムを交換して演奏するところが想像できるだろうか?
 「何でもできる」というのは、実は「何にもできない」というのと同じなのではなかろうか。日本のプロ吹奏楽団はまさに「カラーがない」のだ。

 しかし近年、嬉しいことに確実に「真のプロ」の吹奏楽団が育ちつつあるような気がする。また、佐渡、岩城といった指揮者が日本の吹奏楽を振りはじめているし、広上もストックホルムシンフォニックウインドを振り、最近話題の大勝秀也も吹奏楽へは無関心ではないだろう。
 これから先、多くのプロ吹奏楽団が産まれ、優秀な指揮者に牽引されていけば、きっと多彩なカラーをもつ吹奏楽団が誕生していくだろう。そうした中から現代ものを得意とする楽団も生まれてくれると嬉しいものだ。

 プロの態度が吹奏楽全体を引っ張っていく、というのは明らかである。ぜひ明確な主張を掲げて欲しいと思う。 そして、そのプロを育てていくためにも、聴衆が厳しい目で見ていくことが必要なのだ。
 私はこれから先にきっとおとずれるであろう「プロフェッショナルな」指揮者がついた「プロフェッショナルの」吹奏楽団の活動が楽しみでならない。



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