か行の作曲家

片山 正見 ( 〜 )  Masami KATAYAMA
   行進曲「大東亜戦争海軍の歌」

 作曲者については後日追記。
 この曲は同名の海軍撰定歌による。


門脇 治 (1964〜 )  Osamu KADOWAKI
   「トゥワード」、「管打楽器とピアノのための音楽」

 宮城教育大学卒業、同大学院修了。作曲を本間雅夫、吉川和夫に師事。1995年の仙台電子音楽協会設立に参画するなど、東北地方の現代音楽の推進に貢献している。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会会員。
 「トゥワード」は1986年の作で演奏時間13分。宮城県多賀城高等学校吹奏楽部の委嘱。同部の定期演奏会で10周年記念作品として塚野淳一氏の指揮により初演され、その後第1楽章のみが数年間毎年オープニングで演奏されていた。多賀城高等学校OB演奏会で再演。第1楽章「ファンファーレ」、第2楽章「アリア」、第3楽章「トッカータとコラール」からなる。 「管打楽器とピアノのための音楽」は1997年の作で演奏時間21分。みやぎスーパーバンド定期演奏会で作曲者本人の指揮により初演(委嘱作ではない)。バルトークの「弦楽とチェレスタのための音楽」から作曲者が中学の頃にインスパイアされたものが母体となった。第1楽章はクラリネット5部によるフーガに始まる導入部、第2楽章は9/8拍子をもとにしたスケルツォ風ソナタ形式の楽章、第3楽章は打楽器とピアノによる夜の音楽、第4楽章は土着的なリズムによるフィナーレである。全曲を通し都節音階による日本的旋律がライトモチーフになっている。
 なお、氏には非公式ではあるが「トロピカルエピソード2番」、「相馬の祭」という二曲の吹奏楽作品もある。
 「宇宙を漂う塵がやがて星となるように」(Cb、Mar)、「際」(T-Sax、Orc)、「レインジ第二番」(Clとコンピュータ)


金田 潮兒 (1948〜 )  Chohji KANETA
   「回想・II」、「回想・III」

 東京藝術大学大学院修了。池内友次郎、矢代秋雄に師事。深新会会員、現音会員、オーケストラプロジェクト会員。東京藝大助教授。
 ロンド形式風の構成をもつ「回想」シリーズは「 I 」がピアノとMIDI音源のためのものであったのに対し、それ以後は吹奏楽を編成として持つ。とくに「回想・III」は第一回吹楽で取り上げられたことでも知られる演奏時間11分30秒の作品。。
 「天啓 I 」(オーケストラ)、「アドラツィオン II」(2Vn.)、「トランスフィギュラシオンI 」(独奏打楽器とorch.)


兼田 敏 (1935 〜 2002)  Bin KANEDA
   作品一覧

 満州生。1955年に東京藝術大学入学、在学中に毎日音楽コンクールに二年連続入賞(室内楽二位、管弦楽一位)。1959年卒。下総皖一に師事。その後は中部地方の大学にて教鞭を取る。保科洋とともに日本の吹奏楽界の基礎を築いた。 実に基本に忠実なオーケストレーションをする。それほど難解でもないが、しっかりした構成をもっている。
 「管弦楽のための25のヴァリエーション」、木管楽器のための「インプロヴィゼーション」、「弦楽オーケストラのための小交響曲」、「瀬戸のスケッチ」(Orch)


川崎 優 (1924〜 )  Masaru KAWASAKI
   作品一覧

 川崎優は元々はフルーティスト。しかし、東京音楽学校時代に作曲を諸井三郎に、指揮を森正に師事、その後アメリカのジュリアード音楽院に留学、V.パーシケッティに作曲を師事、作曲家となる。
 1975年、終戦30年を迎えたことにより、広島市は自身も被爆体験をしている川崎氏に作品を委嘱、それが三曲ある「祈りの曲」である。第1番「哀悼歌」(1975)は広島平和式典にて毎年8月6日に演奏されており、第2番「悲歌」(1977)は永世中立国であるスイスで開催されている吹奏楽フェスティヴァル「ウスター音楽祭」で発表された。
 組曲「わらべうた」(Alt、女声合唱、児童合唱、orch.)


川島 素晴 (1972〜 )  Motoharu KAWASHIMA
   「Fanfare for Band '88」

 東京藝術大学大学院作曲科修了。松下巧、近藤譲に師事。「演じる音楽」や「笑いの構造」といった独自の視点による作風が大きな特徴。作曲家としての活動はもちろん、パフォーマーとしての活動も行っている。「Ensemble Contemporary α」代表。
 上記吹奏楽作品は1988年の作で、作曲者が高校生だったころの作品にあたる3分くらいのもの。もっとも、作曲者本人はこれを「副次的作品」としており主要作品とはしていない。なお、川島氏は中学・高校とクラリネット奏者である菊地秀夫氏とともに吹奏楽部に所属しており、その部の要請で作・編曲なども行っていたそうだ。また、東京大学吹奏楽団の依頼で「恋のカーニバル」を吹奏楽編曲したこともある。 これら副次的な作品と一線を隔した、氏の本来の作曲法による管楽器のための作品といえば上野の森ブラスの委嘱により書かれたブラスアンサンブル曲「その森には25の径があった」(1998)が興味深い。
 管楽アンサンブル編も参照のこと。
 「Dual Personality I 」(Perc , Orch)、「Manic-Depressive III 」(Pf , Prep.Pf , Orch)


河添 達也 (1962〜 )  Tatsuya KAWASOI
   「坐 二番」、「七つの子の主題による変奏曲」

 山口県生まれ。1987年に島根大学教育学部特音課程作曲専攻を卒。その後留学しフライブルク音楽大学を中退。ウィーン国立音楽大学客員研究員等を経て、現在島根大学教育学部助教授。作曲を小林昭三、K・フーバー、M・ジャレルに師事。
 「坐 二番」は1986年作で演奏時間7分。 「七つの子の主題による変奏曲」は1989年作で演奏時間7分。下関で初演。
 「Intrusion」(2 Trp、Hrn、Trb、Tub)、「陰」(Trb)、「Arrow Cycle I 」(弦楽三重奏)


菅野 由弘 (1953〜 )  Yoshihiro KANNO
   「Stonehenge 環状列石」

 1980年に東京藝術大学作曲科大学院を修了。作曲は池内友次郎、三善晃、宍戸睦郎に師事。オーケストラなどの洋楽器、日本の伝統楽器、コンピュータ音楽の三つを柱とした創作活動を行っており、それらを混在させた極めて高水準の作品を創りつづけている。また、それと同時にNHK大河ドラマの音楽に代表されるようにTV番組の音楽も創るなど、多彩な活動を見せている。特に電子音楽の分野ではICMAを主宰するなど、非常に積極的な展開を見せている。その作品群については菅野氏のホームページを参照されたい。
 「環状列石」はヤマハ吹奏楽団浜松の委嘱によって1998年に作成された。
 「崩壊の神話」(オーケストラ)、聲明とパルサー波によるコンピュータ音楽のための「虚空星響」、法楽器群のための「遊月記」


菊地 幸夫 (1964〜 )  Hideo KIKUCHI
   「吹奏楽のための組曲」、吹奏楽とオルガンのための「祀典」

 1991年東京藝術大学作曲科大学院を卒業。北村昭、佐藤眞、松村禎三に師事。 若手現代音楽家の登竜門として知られている「芥川作曲賞」のほか、多くの現代オーケストラ曲での受賞経験を持つ。
 「組曲」は「響宴 〜21世紀の吹奏楽」の第一回目の演奏会において全曲版が初演された。 「祀典」は2001年に国立音楽大学の定期演奏会で初演された。
 ピアノと管弦楽のための「曜変」、「Saxophones' Studies」(Sax四重奏)、「譚歌」(オーケストラ)


北爪 道夫 (1948〜 )  Michio KITAZUME
   「風の国」、「フェスタ」

 1974年、東京藝術大学作曲科大学院卒。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、松村禎三、坪田昭三に、指揮法を斎藤秀雄、高階正光に師事。1979年から一年間文化庁派遣の作曲家としてパリ音楽院で研鑚を積む。1977年に多くの演奏家とともに「アンサンブル・ヴァン・ドリアン」を結成、多くの現代作品の紹介に努めた。 「音」に対して真摯に向き合い、自分から出てきた(天に与えられた)ものとして扱う。抽象的な世界でありながら多くの人に支持され、再演されることが多い曲を書く。私も一度お会いして曲を見ていただいたことがあるが、自分のみならず他人(時には聴衆にまでも)にまで音楽に対する深い理解力を要求するのは、さすがであると思った。氏のオーケストラ曲「映照」はぜひ聴いておきたい。音楽というものがこんなにも説得力を持っているものだということに気付かされる、間違いなく20世紀音楽の傑作である。
 「風の国」は1985年にヤマハ吹奏楽団浜松の創立25周年記念委嘱作品として作成された。楽譜は音楽之友社。 「フェスタ」は1991年の作。
 「シャドウズIV」(Cl独奏)、「ペア・ワーク」(Fl,Pf)、「ことばの旅・I」(混声合唱)


北爪 やよひ (1945〜 )  Yayoi KITAZUME
   「吹奏楽のための前奏曲」

 音楽一家の北爪家の一人で、上の北爪道夫氏の姉。東京藝術大学作曲科卒。池内友次郎、矢代秋雄に師事。リトミックの第一人者でもあり、すぐれた現代音楽の作曲家でもある。
 「前奏曲」はトーンクラスターの手法を用いながら、長大な持続を伴う曲で1969年の作。音楽之友社吹奏楽曲懸賞募集の優秀賞を受賞した。楽譜はかつて音楽之友社の雑誌「バンドジャーナル」の付録として出版された。
 「enek VI 〜遠い記憶に」(ClとPf)、「Unisongs Twist」(orch.)、「inner space」(2Pf)


木下 牧子 (1956〜 )  Makiko KINOSHITA
   「序奏とアレグロ」、「シンフォニア」、「春と修羅

 東京藝術大学卒。石桁眞礼生、浦田健次郎、丸田昭三、黛敏郎に師事。 合唱の大家として知られており、美しい旋律と和声、複雑な拍子と有機的なモティーフ構造が特徴である。
 「序奏とアレグロ」は1982年度コンクール課題曲。 「シンフォニア」は1988年のヤマハ音楽振興会・邦人作曲家による吹奏楽オリジナルシリーズの第9作目として創られた。楽譜はヤマハ音楽振興会および音楽之友社から出版されている。 どちらも、その合唱曲のスタイルからは想像もできないような厳しい曲である。 「春と修羅」は1993年に岩手県国民文化祭の委嘱で書かれた混声合唱と吹奏楽のための作品。テキストは宮沢賢治による。
 「ティオの夜の旅」(合唱)、「壷天」、「オーラ」、「消えていくオブジェ」(orch.)


木村 雅信 (1941〜 )  Masanobu KIMURA
   「マルチャ・モーラ・アルコイヤーナ」op.126-4、「祝典序曲/冬季アジア大会ファンファーレ」op.165

 作曲者については後日追記。マンドリンオーケストラのための作品を多く書いている。
 「マルチャ〜」は1984年に書かれた5分の曲で室蘭で初演された。 「祝典序曲〜」は1986年に書かれた7分の曲。札幌で初演された。
 「マンドリンオーケストラとピアノのための小協奏曲」、「エア・ヴェリエ」(古楽器アンサンブル)、「コンチェルトセレナータ」(orch)

清瀬 保二 (1900〜1981)  Yasuji KIYOSE
   「耕作の歌」

 幼少より邦楽に囲まれた環境に育ち、兄にヴァイオリンを習い、和洋合奏を行っていた。1920年(21歳)のときに突然作曲を志す。山田耕筰に二ヶ月間和声を習うも、西洋のハーモニーと自分の作曲イデーが合わないとして止めてしまう。他にも小松耕輔にも師事した。1928年に声楽家、照井瓔三と知り合って、照井と同郷の石川啄木の詩に曲をつけることで作曲家として活動を始める。1930年に「振興作曲家連盟」(後の現代作曲家連盟)を組織。1932年より三年間プリングスハイムに師事。1934年に伊藤昇、太田忠、江藤輝、中井駿ニなどと「新音楽派」を結成するも、一回作品発表を行っただけで解散した。同年、チェレプニンが来日した際に彼に認められ、そのおかげでワインガルトナー他多くの世界的権威に認められた。1946年新作曲派協会を結成。その後、日本現代作曲家連盟、日本音楽文化協会、日本現代音楽協会、国際音楽協会などで重要なポストを歴任していった。 当初ドイツ風の音楽を創っていたが、それに深い懐疑を抱き、後に23歳となってフォーレやドビュッシーなどに接してこのようなものを音楽だと直感した。 作風の根本に有るのは単純性と個性尊重。一般的に抒情作家と見られているが、音楽的には実に「日本的リアリスト」とも言うべきもので、民族的色彩の強い抽象的純粋音楽である。日本的要素と西洋的要素を融合させて自然的な世界を創る、そんな極めて個性的な作曲家である。
 「耕作の歌」は戦時中の作品である。
 「ピアノ協奏曲」、「日本舞踏組曲」(オーケストラ)、ピアノのための「小組曲」


草川 信 (1894〜1948)  Shin KUSAKAWA
   「子供の豊年祭」

 東京音楽学校甲種師範科を卒業。安藤幸子、多久寅、島崎赤太郎に師事。 歌曲「夕焼け小焼け」があまりにも有名。
 「子供の豊年祭」は戦時中の作品。
 「ゆりかごのうた」(歌曲)、「汽車」(童謡)、「どこかで春が」(女声合唱)


草野 次郎 ( 〜 )  Jiroh KUSANO
   「赤とんぼの主題による変奏曲」、「谷茶目の主題による祝典序曲」、「挽歌」

 作曲者については後日追記。
 「赤とんぼの〜」は1985年に書かれた28分の曲で龍野市で初演。 「谷茶目の〜」は1986年に書かれた7分の曲で大阪で初演。 「挽歌」は1988年に日本バンドクリニック委員会の委嘱で書かれた11分の曲。楽譜はヤマハ音楽振興会。


倉内 直子 (1963〜 )  Naoko KURAUCHI
   「無言歌 III-b」

 作曲者については後日追記。
 上記作品は1989年作で8分。
 「無言歌 IV」(Pf)、「無言歌 V」(ob , Pf)


江 文也 (1910〜1983)  KOH Bun'ya (JIANG Ewn-Ye)
   「東亜民族行進曲」

 台湾生まれ。1932年に武蔵野高工電科卒。東京御茶ノ水分教所で作曲と声楽を、東京外国語大学専修科でフランス語を学ぶ。山田耕筰、チェレプニンに師事。 戦後は中国の音楽学校にて後進を育てた。 中国の思想と音楽を結びつけた著書を多く出版しており、作風もそのようなものが多い。
 上記吹奏楽曲は戦時中の作品である。
 チェレプニンに捧げるピアノソナタ第3番「江南風光」、「孔子廟の音楽」、「紺碧の空に鳴り響く鳩笛に」(Orch.)


小鍛冶 邦隆 (1955〜 )  Kunitaka KOKAJI
   「ポルカ集・タンゴ集」

 東京藝術大学大学院で永富正之、松村禎三に師事、その後パリ国立音楽院にて作曲を学び、その後ウィーン音楽大学で指揮をスウィットナーに師事。作曲はメシアンにも習っている。 これまでにクセナキス国際作曲コンクールや文化庁舞台芸術創作奨励賞などを受賞。指揮者としても活動している。 音楽的テクストが、自己の不断の書き変えというプロセスにおいてのみ「作品」として顕在化する事実の検証と、新たな組織化への想像力の展望が、作品を通して試みられている。
 上記吹奏楽曲は単なる舞曲集ではなく、周期的な律動を基に解析・再構築した、いわばポスト・ミニマルを感じさせる作品である。第2回吹楽で取り上げられたことで広く知られるようになった。また、日本人による吹奏楽作品としては初めてのISCMの入選作である。同じ素材、同じ手法で書かれたピアノと室内管弦楽のための「ポルカ集・タンゴ集 II」もある。
 ピアノとオーケストラのための「デプロラシオン・サイクル」、「愛の歌」(オーケストラ)


古関 裕而 (1910〜1989)  Yuhji KOSEKI
   作品一覧

 菅原明朗、山田耕筰に師事。1930年より日本コロンビア専属作曲家となる。そのため歌謡曲の作品が多い。第二次世界大戦中、哀調を帯びた戦争ものの流行歌で人気を得、その傾向は戦後にも及んでいた。1954年、NHK放送文化賞を受賞。日本作曲家協会理事も努めた。
 なお、上記に挙げられた曲は札幌冬季オリンピックのために創られたものが多い。ほかにもこのオリンピックの為に書かれたものは矢代秋雄の「白銀の祭典」や三木稔の「消えゆく聖火」など、極めて多い。日本の吹奏楽史上、極めて大きな意味合いを持つイヴェントであったと言えよう。 なお、リスト中の「オリンピック・マーチ」は東京オリンピックの開会式・閉会式の選手入場行進に使われた。
 交響詩曲「大地の反逆」、「暁に祈る」(orch.)、「栄冠は君に輝く」(高校野球の歌)


近衛 秀麿 (1898〜1973)  Hidemaro KONOE
   「天理教 青年会歌」

 作曲者については後日追記。
 天理教の式典のための作品。厳密に吹奏楽の作品かどうかは難しいところだが、少なくとも「吹奏楽版」は存在する。なお、團伊玖麿などにも同様の作品がある。


小山 清茂 (1914〜 )  Kiyoshige KOYAMA
   作品一覧

 始め、教員として生活していたが、1939年より4年間安部幸明に作曲を師事し、作曲家となることになった。後に池内友次郎、金子登、山田竜男にも師事。東京都教員管絃楽団にてフルートを担当し、オーケストラを体得、同時に渡辺浦人と知り合い、啓発される。 1946年に第14回音楽コンクールにて「管弦楽のための信濃囃」で衝撃的なデビュー。1950年に同志らと作曲グループ「白涛会」を結成。 1971年には弟子の中西覚らと結成した「たにしの会」としても活動し、日本の旋法、和声を理論付けした。
 作風は徹底した日本風の音楽である。上記吹奏楽曲のうち、「イングリッシュホルンと〜」はアメリカンウインドシンフォニーの委嘱作。
 「鄙歌 第1番」、(オーケストラとテープ)、歌曲「朱の揺椅子」、オペラ「山椒太夫」


近藤 譲 (1947〜 )  Joh KONDOH
   「岩と鳥」

 東京藝術大学作曲科卒。長谷川良夫、南弘明に師事。芸大一年次よりはやくも作曲コンクールに入選、作曲家として頭角を表し、在学中に多くの賞を受賞した。作曲以外でも、70年代に後期の「トランソニック」(武満徹らによって作られた音楽の新しい方向を探るシンポジウム)に参加、1980年には若手演奏家20余名と「アンサンブル・ムジカ・プラクティカ」を結成。 20世紀の作曲の諸傾向を並列的・批判的に眺めて吟味、個性的な作曲の方法論を打ち立てた。 こののち、ケージやフェルドマンの影響を受け、ポスト・ミニマリズムの代表作家として世界的に名前を知られるようになる。「音」に対して必要以上の言を求めず、ストイックな作風が特徴である。
 「岩と鳥」はヤマハ吹奏楽団浜松の委嘱により1992年に作成、同楽団の定期演奏会にて初演された。
 「林にて」(オーケストラ)、 「点と線」(六奏者のために)、「劇場」(Cl四重奏)、「撚りII」(X台のPf)、オペラ「羽衣」


金光 威和雄 (1933〜 )  Iwao KONKOH
   「小交響曲」

 1957年に東京藝術大学作曲科卒。石桁眞礼生に師事。著書「楽器学入門」でよく知られる。
 「小交響曲」は22分あまりの1958年に創られた曲。第27回日本音楽コンクール作曲部門本選会において高田信一指揮のNHK交響楽団によって初演され、同賞の第二位を受賞した。
 「ソナタ」(Tuba、Pf)、オムニバスオペラ「小判狂言」、「Emission」(2Pf、Timp、Xylo)