な行の作曲家

永井 建子 (慶応2年〜1940)  Kenshi NAGAI
   「山桜行進曲」、「第一軍凱旋の歌」

 パリ国立音楽院留学。元・陸軍軍楽隊隊長。多数の軍歌の作詞・作曲を手がけた。
 上記の吹奏楽曲も戦時中に軍楽隊用の音楽として創られたものの一部である。
 「元寇」、「雪の進軍」(ともに軍歌)


長生 淳 (1964〜 )  Jun NAGAO
   「交響曲」、Sax協奏曲「英雄の時代」、「レミニサンス」、「天涯の庭」、「波の穂」、「蒼天の滴」、「翠風の光」

 東京藝術大学作曲科卒。永富正之、野田暉行に師事。現代音楽のほかにもポピュラーや放送音楽、ゲーム音楽などでも活動してきた。NHK大河ドラマ「琉球の風」の音楽などでも知られる。また、「夏―朱い忘却」で2000年の武満徹作曲賞を受賞。
 ドラマティックで分かりやすい作品が多く、これら吹奏楽曲も現代作品としてはかなり親しみやすい。 「交響曲」はCDも出ているので知っている人も多いだろう。 「レミニサンス」は1997年に書かれた佼成出版社の委嘱作品。楽譜も同社より刊行されている。 「天涯の庭」はユーフォニアムと吹奏楽のための作品で1998年の作。「波の穂」は2000年、「蒼天の滴」は2001年、「翠風の光」は2002年のヤマハ吹奏楽団浜松の委嘱作。
 「ラ・ルネ・アン・パラディ」(Sax,Pf)、「おちみず」(Vn、オーケストラ)、「千の還流」(オーケストラ)


中田 喜直 (1923〜2000)  Yoshinao NAKADA
   「別れの歌(サヨナラ)」

 作曲者については後日追記。
 上記作品は1971年に書かれたもので、翌年の札幌冬季オリンピック閉会式で演奏された。サトウハチローのテキストによる合唱を伴う。吹奏楽へのリアリゼーションは藤田玄播が担当しており、厳密には氏の吹奏楽作品とは言い難いかもしれない。


中嶋 恒雄 (1937〜 )  Tsuneo NAKAJIMA
   「かいじ国体のための炬火賛歌」

 作曲者については後日追記。
 上記作品は1985年の作で2分。甲府で初演された。


中島 洋一 (1941〜 )  Yoh'ichi NAKAJIMA
   シンフォニックアンサンブルのための「暁闇」

 作曲者については後日追記。
 上記作品は1981年の作で15分。東京で初演された。


中村 滋延 (1950〜 )  Shigenobu NAKAMURA
   「ヤントラ 〜打楽器とウインドオーケストラによる協奏曲」、「変容」

 ミュンヘン留学後、愛知県立芸術大学に入学。作曲をキルマイヤー、石井歓に師事。現音会員、日本作曲家協議会理事。 関西を中心とした音楽活動を展開、コンピュータを用いたミュージック・シアターの作品で知られる。
 「ヤントラ」は大阪フィルの打楽器奏者、久保田喜則氏のために書かれ、創価学会関西吹奏楽団により初演された。また、第一回吹楽で取り上げられたことでも知られ、その後もたびたび演奏されているようだ。演奏時間10分30秒。 「変容」は1980年の作で演奏時間5分。 中村氏にはこの他にも数曲の吹奏楽作品があるらしい。
 「Kagami」(電子音によるミュージック・シアター)、「Epitaph」(映像音響詩)、「Vc.と管弦楽のための交響的庭園」


中村 透 (1946〜 )  Tohru NAKAMURA
   「哀歌」、「沖縄民謡による情景 I」、「沖縄民謡による情景 II」、「昇華 〜木管・金管・打楽器のための協奏曲」、序曲「ばんがむり」

 作曲者については後日追記。
 「哀歌」は1973年に国立音楽大学の委嘱で書かれた12分の作品。セリーの使用が見られる。 二曲ある「沖縄民謡〜」はどちらも琉球大学吹奏楽団の委嘱で1979年に書かれた。「I」は6分半の作品で、楽譜はかつてバンドジャーナルの付録として出ていた。「II」は演奏時間12分で4つの部分からなる組曲。 「昇華」は1982年に国立音楽大学の委嘱で書かれた18分の曲。 「ばんがむり」は1975年に国立音楽大学の委嘱で書かれたもので、宮古島の民謡「ばんがむり」が使われている。昭和50年の笹川賞C部門第一位受賞曲で、日本国民音楽新興財団より出版されている。
 「Trbと和太鼓のための宴」、「collage in C」(Pfと弦楽五重奏)


中村 隆一 (1941〜 )  Ryuh'ichi NAKAMURA
   「宴」、「希求」、「吹奏楽のための協奏曲」、「躍動」、「オルガンと吹奏楽のための音楽」、「フラグメント」、「シンフォニア」、「エオリアン・スケルツォ」、吹奏楽と和太鼓のための「府中国府太鼓」

 1970年に国立音楽大学大学院作曲専攻を卒業。その後、国立音大において音楽学者としての活動が広く知られる。とくに和声学の研究での著作が知られている。作品でも、和声を生かした抒情的な旋律を持つものが親しみやすい。
 「宴」、「躍動」、「オルガンと〜」は国立音大ブラスオルヒュスター委嘱。「希求」は浜松工業高等学校吹奏楽部の委嘱。その「希求」と「フラグメント」の楽譜は国立楽器からレンタル扱いである。 「躍動」の楽譜はカワイ出版。 「シンフォニア」の楽譜は東京音楽出版。 「オルガンと〜」はCDがFontecより販売されている。 「エオリアン〜」はオルガンと吹奏楽のための作品。 「府中国府太鼓」は1999年に鈴木忠明指揮の府中市青少年吹奏楽団によって初演された。
 著作「大作曲家の和声法」


夏田 鐘甲 (1916〜 )  Syohkoh NATSUDA
   吹奏楽のための「ファンタジー」、吹奏楽のための音楽「栄光」

 韓国生。韓国名:禹鐘甲。帝国音楽学校本科を卒。諸井三郎、池内友次郎に師事。幼少の頃より慣れ親しんだ韓国の伝統音楽と西洋音楽を融合させた作風で、さらに60年代以降は、アジアの伝統音楽の研究から得られた素材やその精神を応用し、西洋と東洋の融合による新しい音楽の創造を目指して活動している。日本現代音楽協会名誉会員。
 「ファンタジー」はヤマハ吹奏楽団浜松の1982年の委嘱作で、韓国ソウルの民謡を主題とした一種の変奏曲。7分余りの曲で、楽譜はヤマハまたは音楽之友社。 「栄光」は1984年の作で12分。川崎で初演された。翌年に管弦楽に編曲されている。 なお、「ファンタジー」は1984年に、「栄光」は1989年にどちらもソウルにてKBS交響楽団により演奏された。
 「交響管絃楽の為の三楽章」、「伽藍」(オーケストラ)、「シムハーナンダナ」(打楽器合奏)


名取 吾郎 (1921〜1992)  Goroh NATORI
   作品一覧

 陸軍戸山学校において吹奏楽を学ぶ。作曲は池内友次郎、小船幸次郎に師事。戦後は日本作曲家協議会のメンバーとしても活躍。「エコールや師弟関係に一切とらわれず、個々が自らの芸術性に根差した作品を追求する」という理念を提唱、作曲グループ「蒼」を発足させた。1982年7月の旗揚げ公演以来、毎回楽器編成を特定し各会員が作品を書き寄せる、という方法で作品発表を行う。この活動で発表された作品は100を越え、編成も室内楽のほぼ全てのジャンルを網羅している。名取氏亡き後もその活動は続いていており、この「蒼」のメンバーには、現代吹奏楽界の期待の星、飯島俊成氏も名を連ねている。 また、日本吹奏楽指導者協会の会員として、8人の作曲家からなる「ニューエイトの会」を設立、吹奏楽の発展に大きく貢献した。
 名取氏の作品は、その戦争体験に起因するものが少なくない。堅実な楽器法と形式に捕らわれない自由な書法で、様々な思い、感情を歌い上げている。
 序曲「とうげ路」(Orch)、「ピアノのための断章」、「あなたの知らない海」(歌曲)、「寒戸の婆」(混声合唱)


成本 理香 (1969〜 )  Rica NARIMOTO
   「メタモルフォーシスII」、「縞枯れの森〜トランペットとウィンド・オーケストラのための」

 愛知県立芸術大学作曲専攻を首席で卒業。同大学院修士課程及び研修科修了。森川隆之、松井昭彦、兼田敏、フィリップ・マヌリに師事。現音主催のコンクールなどで複数回の受賞暦がある。
 「メタモルフォーシスII」について詳細はよく分からないが、1995年4月15日に山口一郎指揮の大和市民吹奏楽団によって演奏された記録がある。これが初演であったかは不明。 「縞枯れの森」はトランペット協奏曲で曾我部清典トランペットリサイタルのために書かれた。初演は愛媛県土居中学校吹奏楽部によって2000年8月23日になされた。ソリストは曾我部清典氏。
 「雲の墓標」(Trpソロ)、「ILLUSION」(Vnソロ)


新実 徳英 (1947〜 )  Tokuhide NIIMI
   「水の嬉遊曲」

 東京大学工学部卒業後、東京藝術大学卒。東大入学直前から大中恩の合唱団に入団、合唱に熱中するうちに作曲家となることを決める。 「自然」に関する主題で楽想が練られることも多く、音を「生命の宿った対象」とみなし、作品を「生命体の交感の場」としてとらえているかのように感じられる。 作風としては一種のヘテロフォニーともいえる「アンラサージュ」(纏わり付き)の手法を用い、そこに強い個性を埋没させることなく盛り込んでいる。 また、自らの育ったフィールドである合唱の分野でも精力的に活動しており、中学生のためのやさしい合唱曲なども多数創っている。
 「水の喜遊曲」は墨田区の委嘱により1985年に書かれ、隅田区の中学校合同で初演された。演奏時間17分。楽譜はカワイ出版。
 「ことばあそびうた I ・ II」(合唱)、ピアノ協奏曲「創造神の眼」、「メロスI」(尺八とギター)


西田 幸士郎 (1958〜 )   Kohshiroh NISHIDA
   「Fiesta」、「ゴールデンマンボ」

 作曲者については後日追記。
 「Fiesta」は1981年の作で8分。 「ゴールデンマンボ」は1986年の作で5分。東京で初演。
 「朝の歌」(弦楽合奏、電子エフェクト)、「にじんで…ゆ…く…」(Fl)、「ゆがんで…ゆ…く…」(Fl , Pf)


西村 朗 (1953〜 )  Akira NISHIMURA
   「巫楽」

 1980年、東京藝術大学大学院卒。池内友次郎、矢代秋雄、野田暉行、間宮芳生に師事。学生時代より数多くの作曲賞に入選、アジアの民族音楽、美学の要素を研究した独自のヘテロフォニックなスタイルを確立する。「新ロマン主義」であることを自認するその音楽は、まさに「日本の音楽界」の新ロマン主義である。
 1990年に墨田区の委嘱で書かれた「巫楽」もその特色であるヘテロフォニーの手法が用いられ、非常にアジア的な響きがする超難曲である。この曲の編成はPic 3 、Ob 2 、EsCl 4 、Cl 15 、Bsn 2 、S.Sax 5 、Trp 6 、Hrn 5 、Trb 4 、Euph 2 、Tuba 3 、St.Bass 2 、Perc 6となっている。演奏時間13分。汐澤安彦指揮・東京吹奏楽団によって両国国技館において初演された。 なお、「-dto-」は1994年に巫楽を改訂したもの。こちらの編成はPic 3 、Ob 3 、EsCl 1 、Cl 2 、Bsn 2 、D.Bsn 1 、D Trp 1 、Trp 2 、Hrn 4 、Trb 3 、Tuba 1 、St.Bass 2〜6 、Perc 6となっている(Sax、Euphなし)。また、この曲にはdto(同上、という意味)という改訂版(1994年版)があり、これは小松一彦指揮・メキシコ国際交響楽団によって初演された。演奏時間は変わらず13分。 dtoの楽譜は全音楽譜出版社よりスコア・パート譜ともにレンタルである。
 管楽アンサンブル編も参照のこと。
 「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォニー」、「ケチャ」(打楽器アンサンブル)、女声合唱とオーケストラのための「光のマントラ」


野田 暉行 (1940〜 )  Teruyuki NODA
   「典礼風序曲」、「いまうたわなければ」

 1967年、東京藝術大学大学院卒。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、島岡譲に、指揮を渡辺暁雄に師事。在学中より数多くの作曲賞に入選、その明晰かつ綿密な、一貫した理論を持つ高い完成度を持つ音楽が注目された。1974年に「第二次深新会」を結成。 作風は、時代や社会に媚びることがなく、流行のスタイルも追わない独自の音楽語法を見つめた結果のもので、音高と時間の組み合わせを追求し、「純粋に思考の結果」として作品を創っている。日本の伝統楽器を用いた作品も多い。 また、東京芸大作曲科で教鞭を取り、多くの作曲家を育成している。特に和声学の分野では「野田和声」と言われるほどの権威で、問題集なども作っている。
 「典礼風序曲」は1991年に墨田区の委嘱で書かれた。 「いまうたわなければ」は1989年に書かれた四部混声合唱と吹奏楽のための9分の作品。大宮で初演された。
 「死者の書」(混声合唱)、「ルミナス −光芒の彼方から」(尺八、筝、オーケストラ)


野平 一郎 (1953〜 )  Ichiroh NODAIRA
   「彷徨する空間 第2番」

 東京藝術大学、パリ国立高等音楽院に学ぶ。作曲は間宮芳生、永富正之、セルジュ・ニッグ、ベッツィー・ジョラスに師事。作曲家としてはもちろんのこと、ピアニストとしての活動も盛ん。また、IRCAMにおいてライヴ・エレクトロニクスの活動も行っている。 極めて論理的な構造をもち、時にはエレクトロニクスも巧みに用いた独特の作風が特徴。その作品群については野平氏のページを参考。
 上記の曲は12分のもので、1985年のフランス文化省の委嘱作品。ノルマンディー管楽アンサンブルにより初演された。楽譜はフランスのウジェル社より貸譜として出版されている。
 「彷徨する空間第3番」(4 Perc.)、「挑戦への14の逸脱」(Pf、8人の弦、4Xコンピュータ)