た行の作曲家
高橋 悠治 (1953〜 ) Yuhji TAKAHASHI
「たまおぎ 〜楚辞祭祀劇」
桐朋学園短期大学作曲科中退。柴田南雄、小倉朗に師事。ベルリンにわたり、クセナキスに師事。その後アメリカに渡る。トランソニックや水牛楽団といった独自の音楽集団を組織、独創的な活動を展開する。コンピュータを使用した音楽や、日本の伝統楽器を用いた作品などで作曲行為を行う一方で、ジョン・ゾーンなど即興系のアーティストとコラボレーションを行う(ピアニストとしても超一流である)など、音楽に対し多角的にアプローチしている。
上記作品は1973年に書かれたもの(1975年に改訂されている)。高橋睦郎の詩によっており、演奏時間、編成ともに不確定であるが、初演時の編成は「3
Pic、3 Ob、2 C-Fg、3 Trp、3 Trb、Mix-Chor」である。初演は若杉弘指揮のNHK交響楽団メンバー、日本プロ合唱団連合だった。楽譜は全音出版社。 なお、高橋悠治は1985年にヤマハ吹奏楽団浜松とカナディアン・ブラスのために「3つのジムノペディ」と「ポーギーとベス」をアレンジした経歴もある。
「しばられた手の祈り」(Pf)、三絃弾き語りとオーケストラのための「鳥も使いか」、三絃弾き語りとUPICのための「鳥も使いかII」
武満 徹 (1930〜1996) Tohru
TAKEMITSU
「室内協奏曲」、「ウェイブス」
戦後の日本を代表する作曲家。1948年より清瀬保二に短期間だけ師事した以外、作曲はほぼ独学。清瀬保二、早坂文雄らの作った「新作曲派協会」の1950年に行われた第7回発表会においてピアノ曲「二つのレント」(「リタニ」として改作されたもの)を発表。山根銀二に「音楽以前」と酷評される。1951年に湯浅譲二、園田高弘、秋山邦晴らとともに総合芸術集団「実験工房」を結成。この活動は音楽はもちろんのこと様々な文化シーンに影響を与えている。 1957年に「弦楽のためのレクイエム」を発表。この曲はストラヴィンスキーなどに絶賛された武満の出世作となる。 その後、テープ作品の作成や邦楽器へのアプローチなどを行い、様々な音響的実験を試みると同時に「日本人固有の音感覚・美意識」の探求へとつながる。 1973年より「ミュージック・トゥデイ」を企画・監修する。これは現在でも「ミュージック・トゥモロー」と姿を変えて日本の作曲界に影響を与えつづけている。 作風は、ジャズ的な和声による音響を幽玄的に扱い、官能的、耽美的な緊張感の高いスタティックなものとなっている。
「室内協奏曲」は1955年、武満25歳のときの作品で第7回実験工房演奏会において初演された演奏時間6分の作品。外山雄三指揮のN響メンバーによって初演された。編成は「2 Fl、EngHrn、2 Cl、サリュソフォーン、Fg、Sax、2 Trp、2 Hrn、Trb」であった。2001年にアールレスピランによって蘇演されている。 1976年作の「ウェイブス」は奏者数こそ少ないものの金管と木管の混成による(Cl、Hrn、Trb、Perc の計4人)という点で参考になるだろう。
「武満が吹奏楽作品を残してくれていたら」という吹奏楽人の声は少なくない。実のところ、このような「ないものねだり」をしているよりももっと前にするべきことはヤマのようにあるのだが、ここでは武満の他の作品から武満が管楽器に見ていた可能性というものを読みとってみたい。
武満の管楽器アンサンブルのための作品と言えば、まずはフィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルの委嘱で書かれた「ガーデン・レイン」が挙げられよう。この作品は武満の作品の中でも屈指の作品であると同時に、金管楽器群に常に再弱奏を求めるという極めて異例の作品である。爆発的なエネルギーを持つ演奏媒体に、極めて内向的な精神指向を持たせる、という武満の音楽の本質が管楽器に適用されている最も分かりやすい例である。もう一つ、金管楽器群のために書かれたものとして「シグナルズ・フロム・ヘヴン(デイ・シグナル/ナイト・シグナル)」もある。これはガーデン・レインに比べるとそれほど完成度の高い作品ではないのだが、一点重要な点を挙げると、この作品でもガーデン・レインと同じく金管群をニ群に分け、呼応関係としている点にある。私見ではあるが、武満が管楽器アンサンブルに見ていた可能性というのは「音の方向の指向性」、すなわち「演奏会場における音楽の空間性」というところにあったのではないか、と思うのだ。 武満には21人の奏者のための「群島S.」(1993)という作品がある。この作品は武満作品としては極めて異例な編成で書かれており、21人中10人が管楽器(木管・金管の混成である)、2人が打楽器、ハープ、チェレスタが1人ずつ、弦楽器が7人(うちコントラバス1人)となっている。アンサンブル作品では弦楽器が主体のものが多い武満においてこれほどアンサンブルの中核が管打楽器におかれている作品はない。そしてこの作品では21奏者が演奏会場に五ケ所にグループ分けされて配置される。このことからも武満が「空間性」を表現するのに管楽器の方に可能性を見ていたことを読みとれよう。 「空間性(音の物理的指向性)」はともかくとしても、群島S.は武満の管楽器運用法を考察するのに重要な作品であることは疑いないだろう。
もう一作、武満には管楽合奏用の作品がある。それが雅楽のために書かれた「秋庭歌一具」(1973/79)である。雅楽であるから当然邦楽器群による作品であるのだが、考え方を変えるとこれは立派な吹奏楽作品なのである。演奏者29名のうち、実に22人が管楽器であり、打楽器が5人、筝と琵琶という低弦楽器(これは打楽器とも言える)が一名ずつ、という編成は完全に吹奏楽の基本的な管弦打のバランスと一致している。また、雅楽とはいうものの音組織そのものはドリア旋法で書かれており、書法的には西洋音楽のそれで書かれていることも吹奏楽に限りなく近いという根拠の一つである(なお、やはりここでも演奏者は4つのグループに分けられ、空間的考察が加えられている)。この50分あまりの作品を聴くことで、武満の管楽器に対する「息の問題」に対してどのような考えを持っていたのかを読み取ることは十二分に可能だろう。
なによりも武満から吹奏楽界が学ぶべきことは、世界的作曲家に対して吹奏楽側がアプローチを怠った結果、作品を遺さずに逝ってしまった、ということであろう。そして、その教訓は現時点でも生かされているとは言い難い。武満が「遺した」ことを考えるよりも前に「遺さなかった」ことから学ぶべきことの方が大事なのではないだろうか。そうした意味で武満が吹奏楽界に与えてくれたことというのはとても大きく、大事なものであったのだと信じたい。 武満が吹奏楽に「向いていた」作曲家かどうか、というのは別問題であるにしても。
「アステリズム」(PfとOrch)、「ジティマルヤ」(MarとOrch)、「ブライス」(Fl、2
Hrp、2 Perc)、「死んだ男ののこしたものは」(混声合唱)
辻井 英世 (1933〜 ) Eisei TSUJII
「響像 I 」
作曲家については別項(現代編)参照。
上記作品は大阪市音楽団によって初演された1968年の作品。文献によっては吹奏楽作品であったり管弦楽作品であったりとはっきりしないこの作品だが、その理由はこの曲の編成にある。この曲の編成は3管編成のオーケストラよりVn、Vla、Vcを除いた編成で書かれている。即ち、SaxやEuphなどは含まれておらず、Cbも二名が指定されており、さらにHrpとPfも含まれている。よって、当サイトではこの作品を明確な人数指定がされているとの理由から管楽アンサンブル作品として扱うことにした。楽譜は音楽之友社。
津田 元 ( 〜 ) Hajime TSUDA
「めぐりくる夏の匂いの中で・・・」
作曲家については後日追記。
上記作品はウインドシンフォニカ・オブ・サッポロの委嘱で書かれた(2001年改訂)ファゴット協奏曲。編成は「Solo.Fg、Fl、Cl 4、A.Cl、B.Cl、Hrn 2、Trb、Euph、Tuba」。
戸田 邦雄 (1915〜2003) Kunio TODA
「独唱・混声合唱および管弦楽のための能の形式によるオラトリオ神秘劇<使徒パウロ>」
作曲家については別項(古典編)参照。
上記作品は1961年〜64年に書けて書かれた演奏時間90分の作品。土岐善麿の台本による。編成は独唱、合唱、および管弦楽とされているものの、オーケストラの弦楽器はコントラバスのみで、残りは管楽器、打楽器、2台のピアノ、チェレスタによっている。