医療と薬の歴史
第2回 中国医学と漢方
1. 古代中国 
1)殷・周・春秋時代(BC1500年頃〜)
殷嘘の甲骨文に宗教的医療の記載;呪術師、巫(シャーマン)、16種の病気。
原始的医術から、次第に経験的医学へ発展。 巫と医の分離へ。
2)戦国時代(BC403年〜221年)
中国医学はかなりの水準へ。この時代の医療経験の集積が次代の書物に。
3)漢時代(前漢BC202年〜AD8、後漢AD25〜220年)
中国古代医学の薬物学・薬物療法が一応完成、中国医学の基礎は一応完成。
3つの古典、以来2000年近い間、中国医学は基本的にこれらの伝統を継承。
「黄帝内経」:前漢時代に出た中国医学の古典、黄帝は伝説上の帝王。人体の生理
・解剖・病理を論じ、治療に言及。鍼灸術の記載。
「神農本草経」:後漢時代に出た中国最古の薬物書、神農は伝説上の帝王。
365品の薬物記載、上・中・下薬に分類、薬効主眼に分類。
「傷寒雑病論」:後漢の末期、200年頃に出た薬物治療の古典、張仲景の書。
後に、「傷寒論」と「金貴要略」に、現在もなお実用価値。
中国医学の理論体系は、古代の自然哲学思想を人間の生命現象に当てはめ、自然
現象の観察・整理と豊富な医療経験に基づく自然哲学に裏付けられた理論。
精気学説:正気;人体自身が持つ病気に対する抵抗力。
邪気;病気に至らしめる各種の要素、精気の強弱が疾病要因。
陰陽学説:森羅万象に相関する2つの概念、陰と陽が調和を失えば発病。
治療の基本原則は陰陽を調整し、その均衡を回復させる。
五行学説:万物は木・火・土・金・水の5つの要素から成る。機能の異なる臓腑を
五行に配し、相互関係・疾病過程を説明。生理・病理現象から推測した
五臓を中心に人体を一つの有機体と見なす。
2. 古代以降の中国 
1)三国・晋・南北朝時代(220〜581年)
異文化と接触、インド医学・仏教文化の影響。 道教が広まり、不老長生術に関連
して錬金術が発達。 鉱物性の薬物が使用されるようになった。
2)隋・唐時代(581〜907年)
唐300年で中国文化の華咲く。「千金要方」「外台秘要」など医学全書編纂。
3)宋時代(96O〜1127年)
中国文化の思想的転機、宋学は思弁的理論を尊重。学問を奨励、古典を校訂。
4)金・元時代(1127〜1368年)
北方異民族による支配、特異な文化が起こり、停滞した医学に初めて革新。
シルクロードや海上交通で東西交流盛んに、中国医学・薬物が海外へ。
金元医学:復古主義、張仲景の方法論を応用、新時代の病気には新処方を!
劉張学派;金時代、攻撃的治療
李朱学派;元時代、体力増強を主眼、温補派。 明時代に日本へ影響大。
5)明・清時代(1368〜1911年)
明・清の医学は大きな変化なし、金元医学の延長。
6)現代中国
1840〜42年 アヘン戦争:欧米列強の中国侵入激しくなり、次第に西洋医学が広く
伝わるようになった。
1911年 辛亥革命、中華民国成立:政府は中国医学廃止の方針、中医の反対運動で
完全実施されず。
1949年 中華人民共和国成立:紅軍の医療を担った中医薬学を毛沢東も高く評価、
中西医合作提案。中西医合作vs中医廃止の対立へ。
1950年 第1回全国衛生会議:中医と西医は一致団結の基本方針を確認。
1980年 政府方針決定:3派の併存を認め、それぞれの方向で研究を深化。
@西洋医学派;中医を排す
A中医派;西洋医学との結合拒否、現代中国の生薬療法理論導入
B中西医合作派;中医学の現代的検討、西洋医学との結合
3. 日本の漢方 
1)古代中国医学の伝来
4世紀末頃、中国医学を十分吸収していた朝鮮医学が伝来した。
6世紀半ばに仏教伝来、仏典には古代インド医学の知識、僧が医療も担当。
7世紀初頭から、遣隋使・遣唐使・留学により、中国医学・制度を導入。
8世紀中頃に鑑真和上来日、唐の高僧、医薬に詳しく、正倉院の薬物が現存。
984年(平安中期)「医心方」:日本最古の医書、宮廷医・丹波康頼の著。中国資料
から抽象論削って、具体的・実用的部分、処方もシンプルに(当時の中国処方
は50〜60種配合→5〜6種)。康頼は日本的医学の開祖。
2)古代以降の中国医学の伝来/日本の漢方は17〜18世紀に開花
15世紀末 田代三喜;僧、明に留学、李朱医学を日本へ、宗教と医学を分離。
16世紀 曲直瀬道三;三喜の門人、信長・秀吉の厚遇を受けた名医。腹診術を開発し、
日本医学中興の祖。江戸初期の後世方派の祖。自己経験と古書の粋を合わせ
て日本の実情に適合させ、日本医学を革新した。
17世紀 江戸時代初期、幕藩体制整備、政治・社会の倫理的支柱として儒学、特に
朱子学が官学に。仏教による政治支配が崩壊し、儒教に代わった。名古屋
玄医が“傷寒論を読み、張仲景に帰れ”の古医方(古方)を提唱。
18世紀 吉益東洞;江戸中期の名医、腹診を体系化、古方派と言えば東洞。
日本独自の簡潔を旨とし、実証を重んじる漢方医学を確立。
3)和洋折衷
18世紀後半 オランダ医学(蘭方)が盛んに、日本的な和魂洋才。
1805年 華岡青州が、世界に先駆けて漢方薬で全身麻酔、乳ガン手術。
19世紀初め 大槻玄沢が、漢蘭折衷医療、中西結合の最初の医師。
1868年 明治維新:西洋文化一辺倒の社会風潮、医学は西洋医学が正当医学の座に。
伝統医学は漢方の呼び名が定着、以後20世紀前半まで落日。針灸
療法については、失明者救済のため、針灸師が技術を継承した。
1910年 和田啓十郎著「医学の鉄椎」、漢方の治療医学としての優秀性を強調。
1978年(昭和52年)に漢方エキス製剤43方の薬価基準収載、漢方のリバイバル。
4. 西洋医学と中国医学 
1)形成過程
西洋医学:16〜17世紀の科学革命による自然科学確立を基盤に、近代科学的医学とし
て発達。微細を極めた分析、局部的に綿密な研究の分析的思考法で成果。
細菌学の発達により伝染病克服、また外科的処置に優れ、予防医学・社会
医学に長足な発展を示した。
中国医学:中国医学は、戦国〜後漢時代(BC4世紀〜AD2世紀)のほぼ600年の医療経験
の集積として一つの体系が形成された。
形成過程の特徴は、@鍼灸という特異な治療法の存在、
A鍼灸療法と結びついて医学理論を形成、
Bそれが薬物療法を初めとする医学の全体系の基礎
理論に発展。
長い歴史的蓄積を持つ経験の宝庫、内科的治療を得意とし、個人医学と
して発達を遂げた。儒教の教えは人体切らず、外科未発達。中国医学は、
現代の中国の中医学、及び日本の漢方に継承。
2)診断方法
西洋医学:病巣部位・病因を検査により科学的に特定し、病名診断。即ち、病態を
他覚的所見、詳細な検査データに基づいて分析診断。
中国医学:患者の自覚症状を重んじ、病態を観察して「証」を決定する証診断。
患者の全体パターンを広く認識し、個体差判別した症侯特徴が証。
4)治療特性
西洋医学:個を排し、一般化で大発展。病態を薬理学的に改善する薬剤を投薬。
最近、薬理遺伝学の進歩により、疾患のサブタイプ診断、個の医学の方向も。
中国医学:診断と治療が一体、「証」に応じて方剤決定の個の医学。複合成分によ
って生体の恒常性維持機構を調整する療法。長い歴史の中で生き残った
検証済みの治療、慢性疾患・難治性疾患に試してみる価値。

