カイルベルト1968
(キング)
 
バンベルク交響楽団ライヴ
[1]5月20日:東京文化会館

Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ブラームス/交響曲第4番
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲


[2]5月15日:東京文化会館

ウェーバー/オイリアンテ、序曲
ベートーヴェン/交響曲第3番
ベートーヴェン/レオノーレ序曲第三番

 [KICC−421,422]


 カイルベルト最後の来日公演で白眉といわれたバンベルク交響楽団とのライヴを収録したものがこれです。このときの公演は「ヨーゼフ・カイルベルト」の頁にその日程がありますが、それにしてもこの充実しきった演奏の数々の素晴らしさをいったい何に例えればよいのでしょうか?
 そのどれもが長い年月風雪に耐え抜きながら、がっしりと大地に根をはった古木のような逞しさを思わせる趣と力強さをもち、しかも奔流のような勢いと風格を兼ね備えているこれらの演奏は、今のような時代だからこそあらためて聴いてほしいといいたくなる演奏といっていいのかもしれません。

 ウェーバーとベートーヴェンの古典的造形の落ち着いた佇まいと、その中にある活き活きとした音楽の流れは、ある意味これらの曲の模範でありかつ理想であるといいたくなるほどの名演ですし、絶賛されたブラームスは、まるで円空の一刀彫をみるかのような厳しさと激しさを漲らせた、まさに類稀な演奏とよばれるべきものであると思います。

 それにしてもこれほど正攻法かつ、聴き終えた後に圧倒的にほどの充実感と手応えを感じることのできる演奏を行っていた指揮者が、この演奏の二ヶ月後に急逝してしまうという事実にはほんとうに「信じられない」という気持ちがでいっぱいです。
 聞くところによるとこの来日直前にも体調を崩し、医師がけっして無理をしないようにという条件付きでカイルベルトの来日を許可したいということですが、この演奏をみるととても体調を崩していた指揮者の音楽とは思えませんし、忍び寄る死の影の気配もここにはまったく感じることはできません。これはカイルベルトの音楽と愛する日本に対する気持ちが、それらのコンディションを大きく上回ったことが大きかったのかもしれません。

 オーケストラのバンベルク交響楽団はウィーンフィルやベルリンフィルのような超一流のメジャーオケというわけではなく、むしろローカルなオーケストラの典型といっていいかもしれないような響きと技術を持ったオケではありますが、カイルベルトの音楽をきわめて熟知し、それを音化することのできる、最高の団体だと思います。そういう意味でも日本におけるこの最晩年の公演の記録は、名指揮者ヨーゼフ・カイルベルトの最盛期最頂点の記録といっても過言ではないほどの内容と自分は確信しております。

 これは20世紀を代表する偉大な指揮者ヨーゼフ・カイルベルトを語る上で絶対聴き逃すことのできない演奏の数々というだけでなく、上記したスタイル以外にも強く感じられる、「歌心にもことかかない語り口の旨さと音楽運びの上手さ」などは、戦前ヨーロッパの劇場出身指揮者の演奏会における指揮姿を知る上でも、たいへん貴重な記録であるといえると思います。

N響とのブラームスの1番
 このCD、最初聴いた時はとにかくその素っ気ないくらい朴訥な表現に、少なからずものたりなさを感じたものでした。ところがオルフェオから発売されたバイエルン放送とのベートーヴェンの8番と7番。それにモーツァルトの40番とブラームスの2番のCDを聴いてからこの演奏を聴くと、カイルベルトの語法に耳がなれたのでしょうか、まったくはったりとかのない、それでいてその音楽の内に潜む激しい気迫と、奔流のような素晴しい流動感に思わず唸ってしまったものでした。またN響の充実した素晴しい響きも特筆もので、N響独特の音や東京文化会館のややデッドな響きを除けば、カイルベルトの手兵バンベルクに近しい音を響かせ、しかも極めて熱気と集中力に豊んだ最高級の演奏を演奏を聴かせてくれています。
 
 さてこの演奏ですが録音は1968年5月14日ということで、4月30日からはじまったカイルベルトのN響定期の3つ目のプログラム2日目にあたります。普通N響定期は初日に収録を行うのですが、この翌15日に同会場で、カイルベルト指揮バンベルク響の収録があり、器材の設置等の関係も考え連日収録に踏み切ったため、異例の2日目収録となったようです。おそらく前日すでに一度本番を行っていたことや、翌日のバンベルクよりいい演奏をしてやろうという気概などもあってこのような、見事な演奏を聴かせてくれたのでしょう。(これと同じ事が1995年にもありました。ブーレーズ・フェスティバルに登場したN響が、ロンドン響やシカゴ響をむこうにまわして聴かせたバルトークとラヴェルは日本のオーケストラの歴史に残る素晴しい演奏となりました。)

 カイルベルトはほんとうにN響団員から敬愛されたた指揮者でした。当時N響のコンマスだった川上氏がその人柄を偲ぶ一文をカイルベルトのCDに掲載しています。また同じく当時トップを弾いていた海野氏はカイルベルトのことを、マタチッチやザヴァリッシュが登場した時のように電気が走るような衝撃はなく、なにか大きな岩が指揮台の上にどーんとおいてある感じで、演奏も常に抑制させられるような弾き方を要求され、欲求不満がたまったものだった。だがその演奏の収録を後で放送で聴いた時今までN響から聴いたことがないほど素晴しい音がしすっかり感心し敬服してしまった。という意味のことを語っていました。(「N響五十年史」より。)練習もその温厚な人柄そのもので、けっして怒らず導くようにというものだったそうです。

 このカイルベルトの68年の来日は、バンベルク響との来日公演とN響定期の登場というけっこうたいへんなものでした。しかも来日前は体調に不安があったせいか医者の診断を受けOKもらっての来日だったのでなおさらだったのではないでしょうか。ただこの演奏ではそういう健康上の不安というのはまったく感じられません。そのためこの演奏の約二か月後の7月20日におきたカイルベルトの指揮中の突然の死はほんとうに関係者、そして当時の聴衆にとってたいへん衝撃的なものとなりました。(特にバンベルクの最終日本公演となった名古屋公演からは50日ちょっとしかたっていません。)

 カイルベルト急逝後、NHK総合TVは追悼番組を7月26日に放送を行いました。そのとき放送されたのが、このブラームスの1番でした。この放送時N響の団員のみなさんの胸中はいかばかりだったでしょうか。NHKFMでも8月から9月にかけてカイルベルトのN響定期を放送を行いました。

 カイルベルトは68年の日本公演終了後、帰国した後「1970年にもN響に行くことが決まったよ」とうれしそうに語っていたそうです。カイルベルトが亡くなった時、地元の新聞に載ったその肩書きに「NHK交響楽団名誉指揮者」と掲載されていのは、本人が特によろこんでいた肩書きのひとつであったからといわれています。

 このCDはドイツの名指揮者と日本を代表するオケが極めて幸せな状況で築き上げた演奏の、最高にして最後の記録として後世に残しておきたいもののひとつと個人的に思っています。

演奏時間:13:10・08:59・04:38・15:21

 尚、同時期にギュンター・ヴァントが初来日し、読売日響とブルックナーの8番などを指揮していたことも付記しておきたいと思います。

カイルベルト、バンベルク交響楽団関係の1968年公演一覧
黒字:カイルベルト指揮バンベルク交響楽団
茶字:カイルベルト指揮NHK交響楽団
青字:岩城宏之指揮バンベルク交響楽団

4月30日:東京文化会館
ベートーヴェン/コリオラン、序曲
ベートーヴェン/交響曲第8番
ブルックナー/交響曲第7番

5月1日:東京文化会館
ベートーヴェン/コリオラン、序曲
ベートーヴェン/交響曲第8番
ブルックナー/交響曲第7番

5月7日東京文化会館
ヘンデル/合奏協奏曲op3−2
ベートーヴェン/交響曲第2番
Rシュトラウス/ツァラトゥストラ

5月8日東京文化会館
ヘンデル/合奏協奏曲op3−2
ベートーヴェン/交響曲第2番
Rシュトラウス/ツァラトゥストラはかく語りき

5月13日東京文化会館
ハイドン/交響曲第94番
ヒンデミット/フィルハーモニー協奏曲
ブラームス/交響曲第1番

5月14日東京文化会館
ハイドン/交響曲第94番
ヒンデミット/フィルハーモニー協奏曲
ブラームス/交響曲第1番

5月15日:東京文化会館/カイルベルト
ウェーバー/オイリアンテ、序曲
ヒンデミット/画家マチス
ベートーヴェン/交響曲第3番

5月16日:東京文化会館
ウェーバー/オベロン、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第2番

5月17日:札幌市民会館
ウェーバー/オベロン、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月19日:宮城県民会館
ウェーバー/オベロン、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第2番

5月20日:東京文化会館
ハイドン/交響曲第101番
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ブラームス/交響曲第4番

5月21日:東京文化会館
モーツァルト/交響曲第41番
ブルックナー/交響曲第4番

5月21日:愛知文化講堂
ウェーバー/オベロン、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第2番

5月22日:東京文化会館
モーツァルト/交響曲第41番
ブルックナー/交響曲第4番

5月23日:フェスティバルホール
ウェーバー/オベロン、序曲
Rシュトラウス/ドン・ファン
チャイコフスキー/交響曲第5番

5月25日:松山市民会館
ウェーバー/オイリアンテ、序曲
ヒンデミット/画家マチス
ベートーヴェン/交響曲第3番

5月27日:福岡市民会館
ハイドン/交響曲第101番
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ドヴォルザーク/交響曲第9番

5月28日:広島市公会堂
ハイドン/交響曲第101番
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ブラームス/交響曲第4番

5月29日:フェスティバルホール
ハイドン/交響曲第101番
Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯
ブラームス/交響曲第4番

5月30日:愛知文化講堂
ウェーバー/オイリアンテ、序曲
ヒンデミット/画家マチス
ベートーヴェン/交響曲第3番



カイルベルト来日公演一覧


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