スイトナーのブルックナーとブラームス


ブルックナの8番(WEITBLICK)
 スイトナー(1986年12月18日:NHKホール)は一部で「端正な響き」と評されていましたが、たしかにマタチッチの豪放な演奏に比べると端正かもしれませんが、演奏そのものはきわめて厳しいスタイルに貫かれた演奏で、特に終楽章の音楽への激しいのめりこみとティンパニーの激烈な強打はブルックナーよりベートーヴェンを感じさせる演奏でした。が、これはこれで強く印象に残るたいへん激しいブルックナーで、スイトナーの激烈な一面がもろに表出した演奏でもありました。

 これは1986年の12月に聴いたN響のスイトナー指揮によるブルックナーの交響曲第8番が演奏された、定期公演二日目の感想を書いた他ページのもので、自分がスイトナーを聴いた最後の演奏会ともなりました。


 ここで取り上げます同年9月9日にシュターツカペレ・ベルリンを指揮してベルリンで録音された、スイトナー指揮によるブルックナーの交響曲第8番の実況録音。これの印象は三ヶ月後に演奏された上記のN響のものとだいたい同じ印象なのですが、ホールの残響やオケの質の違い等で若干印象の異なる部分があります。
 N響の時の方がオケの燃え立つ激しさがやや強く感じ、今回のベルリン盤の方がN響の時のものより音楽に柔軟な感覚と横への広がり付加されたような気がした部分がそれです。もちろんこれらは実演と録音を聴くという行為の違いもあるのでそのへんのことも少なくないと思います。このあたりはもしN響とのライヴがCD化されることがあったら、ぜひそのあたりも確認してみたいものです。

 それにしてもここでのスイトナーのブルックナーのもつ激しさというか、生々しい音楽への彫りこみは何に例えればよいのでしょうか。たしかにいつものスイトナーの柔和さや温かさも失われてはいないものの、全体から感じられる音楽へ立ち向かっていくその異常なまでの気合というか、円空の一刀彫を思わせるような厳しいタッチは、いつものスイトナーのそれとは随分趣を異にしたものだなという印象がことのほか強く感じられますし、厳しくも強い歌い込みを伴った弦全体の苛立つような響きからもそれを強く印象づけられます。
 特に第三楽章冒頭でのスイトナーの弱音における凄みをともなった弦の響きは従来のこの指揮者からはあまり伺い知ることのできなかったもので、しかもそこに瑞々しい透明かつ清澄な響きが絶妙に交錯しているため、この曲が進むにつれて感じられる巨大な伽藍のような感覚と、その中を満たす透明な大気のような響きが、これ以上ないと思われるほどの崇高な趣をもって聴き手を包み込んでいきます。もっともこの楽章、ところどころブルックナーにしては劇的にすぎると感じられる部分もあるかもしれません。ですがこれほど指揮者の音楽に対する感動と尊敬の念がストレートに伝わってくる演奏がどれくらいあるでしょうか。自分はそれをおもうときこの楽章、そしてこのブルックナー演奏の全体が持つ素晴らしさに例えようもない嬉しさを感じてしまいます。

 終楽章も今まで上記したことの総決算的なものを巻き込みながら、堂々とした音楽を築きながら、激しい、しかしギリギリのところで自制された圧倒的なブルックナーがここでは展開されています。スイトナーの指揮者としての活動はこの録音から数年後には健康の為停止してしまいます。ですがここにはそのようなものは微塵も感じられない、無心で音楽をする名指揮者の飾らぬ、そして偽らざる姿がここにはあります。これはスイトナーという指揮者の到達した最高の姿を留めた録音のひとつであり、屈指のブルックナーの演奏の記録であると思います。
 異色な演奏とみる方もいるでしょうが、これほど指揮者の本音が包み隠さず曲を通して語られるブルックナーというのも自分は「あり」だと思います。オケの弦の響きの癖に好き嫌いが生じるかもしれませんが、これは一人でも多くの方に聴いていただきたい、一人の指揮者の独白的ブルックナー演奏といえると思います。


(演奏時間)15:54,14:30,27:43,23:47
(CD番号)SSS0034−2


※余談ですがこのCDの日本語タスキには、N響とのブルックナーの8番が伝説化している云々と書かれていました。NHKホールでこの二年前に演奏されたマタチッチとN響、さらにその二年前に同ホールで演奏されたヨッフムとバンベルクのそれぞれの同曲による演奏は、演奏される前もされた後もそういう評価がありましたし、そういうこともあってかどちらもCD化されたものですが、スイトナーは当時ある程度は話題にはなったものの、それ以上の広がりは当時はなかったと記憶していたため、その後そこまで高く評価され、さらには「伝説化」されているといわれてることに正直ちょっと驚いています。ヴァントやチェリビダッケ、さらには朝比奈隆の同曲の演奏などによって忘れられた存在となっていたと自分は思い込んでいたのです。自分の勉強及び情報不足を改めて感じさせられたものでした。

ブラームスの1番(Altus)
  スイトナーがベルリン国立歌劇場管弦楽団とのコンビでの最後の来日となった1988年の演奏会(6月13日)からの実況録音です。尚この演奏会はスイトナーにとってもこのオケにとっても初のサントリーホールでの演奏となったものです。

 演奏は明快な音作りの中にも、悠揚たる流れを感じさせる演奏でとなっています。弦のうたわさせ方やバランスがつねに第1ヴァイオリンのトップが引っ張ってくるように入るため、懐かしい雰囲気だけでなく、オケ全体に素晴らしい流動感が生まれているのもこの演奏の特長だと思います。また弦楽器から派生したような音色と音質を誇る管の音は、まるで檜造りのような趣のある音を奏でており、場所によってはたいへん雅やかともいうべき響きが聴くことができます。そしてそれらがすべてひとつになった全体の音は、音色は明るいのに、響きは腰が低く重厚という、一見相反する要素がじつに絶妙にミックスされた、なんともいえない深みと味
のある音として響いています。

 こう書いているとまるでこのベルリンの歌劇場オケのことのみしかふれていないようですが、じつはこのオケの特長がスイトナーの音楽そのものもあらわしており、スイトナー自身はその自分の個性が深く投影されたオケをもって、ある時は落ち着いたたたずまいの演奏を行い、またある時は激しく自己の音楽に対する興を刻み込んでいくといった姿勢をとっていきました。このCDでは後者の姿勢をスイトナーはみせており、特に終楽章での生き生きとした音の交錯、テンポの変化、そしてここという時の金管の強調はたいへん印象に強く残りました。

 それにしてもこの演奏ほどスイトナーの指揮姿が浮かんでくるものも珍しいという気がします。あのノッてくると汗びっしょりになりながら、肘から先をぐるぐるまわしながら、さらには頭までまわしだす独特の指揮姿。「このときもあいかわらずグルグルまわしてたんだろうなあ」と思ってしまったものでした。 爆演というより奔演といったほうがいのでしょうか。多少人によってやや興に頼った大づかみな演奏と聴こえるかもしれませんが、音楽のもつ本来のエネルギーをどんどん最大限にくみ出しながら、しかもポイントはうまくしめながら、音楽のわきあがりを圧倒的に生かしたこのブラームス。これはこの指揮者の特長を最大限に発揮した演奏のひとつといっていいと思います。

  スイトナーは2002年の5月に80歳を向かえました。この指揮者が日本に最後に姿をみせたのは1989年の11月でした。それ以来この指揮者は健康を害し現在に至るまで来日をしていません。ですがこのCDを聴いているとなにか今すぐにでも来日しそうな不思議な感覚にとらわれてしまいます。スイトナーに70年代80年代その実演や録音に親しんだ方々にとって、そしてその実演に未だ接することができない方々にとって、これはスイトナーを「感じる」ことのできるCDとしても、かけがえのないものになるのではないかという気がしています。

 尚、このコンビの1978年来日公演時のモーツァルトの後期三大交響曲もCD化されていますが、こちらの方もたいへん素晴らしい、歌と流れにみちた、モーツァルトのひとつの理想的な演奏を展開しています。



※ブラームスの録音は最初オケの音がややホールの響きの中に埋没したようなかんじがしましたが、演奏がすすむにつれ次第にそういうかんじがしなくなりました。これは耳がただたんに録音になれただけではないような気がします。

※演奏終了時、最後の音が消える寸前に拍手がはじまり、つづいて歓声と会場全体の拍手が続きます。このため音楽の余韻を楽しもうという人にはちょっと厳しい拍手と歓声に聴こえるかもしれません。

※余談ですがこの指揮者のいまのところ最新録音で最後の来日公演から一月半後の録音であるブルックナーの交響曲第5番は、造形的な部分は曲にまかせ自らはこの曲のもつ「隠れた歌謡性」に光をあてることに徹したような、歌謡性に富んだそれでいてけっして雰囲気に流されないたいへん見事な演奏です。随所聴かれる壮麗ともいえる金管のコラールはたいへん圧倒的で、オケの状態も最高でこれを最後にこのコンビが解消してしまったのが、これを聴くたびにあらためて惜しまれる演奏です。


スイトナー来日公演一覧


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