1986年はオーケストラの来日公演史上最多の団体数となった。そしてこの年以降さらに来
日団体の数は右肩上がりで増大していくことになります。そしてその内容もまた圧巻でした。
1977年以来のベルリンフィル、ウィーンフィル、コンセルトヘボウ、シカゴ、レニングラードの
揃い踏み。レニングラードハムラヴィンスキー、ベルリンフィルはカラヤンがそれぞれ来日が中 止となったものの、ベルリンは代役が小澤征爾というこれ以上ないピンチヒッター登場と相成り ました。ウィーンフィルは歌劇場公演が開催。コンセルトヘボウはハイティンクの来日こそなか ったものの、ヨッフムが同オケとはじつに16年ぶりの来日、シカゴはショルティとバレンボイム による公演となりました。
それ以外にも天才カルロス・クライバーが待望のオーケストラ公演。フェドセーエフがモスクワ
放送と11年ぶりの来日。ロジェストヴェンスキーが自らのためにつくられた新設オケ「文化省 オケ」とのお披露目公演。全米ランキング二位にいきなり躍り出てきた新星スラットキン&セン トルイス、新しいシェフの就任で活気づいたシュタイン&バンベルクとチェリビダッケ&ミュンヘ ンの公演等、とにかく話題性のある団体の来日が多い年となりました。このうち文化省、セント ルイス、シュツットガルト放送、セントルイス、プラハ響、チェコスロヴァキア放送は初来日という こともあり、さらにその新鮮さが際立っていました。
他では、スイトナー、ザヴァーリッシュ、ブロムシュテット、フルネ、マーク、ライトナー、ルカー
チ、ピンカス・スタインバーク、アツモン、レナルト、ノイマン、ケーゲル、シャローン、ヴィト、レー クナー、ベルゲル、マータ等々、とにかく日本でお馴染みの指揮者が勢ぞろいという超豪華メン バーが日本にとっかえひっかえ来日した年でもありました。スイトナー、ピェロフラーヴェク、コ シュラーなどは年に二度も来日という、今考えるとほんとうに信じられない年でもありました。
それ以外にも前年のショパンコンクールでセンセーショナルな優勝を果たしたブーニンの初
来日もこの年の大きな話題となりました。またホロヴィッツの突然の再来日もありましたが、こ ちらは初来日時の汚名を払拭する出来ではあったらしいものの、話題は初来日ほどのものは ありませんでした。
この年はとにかく初来日、もしくは初めての組み合わせによる来日が多く、しかも大きな話題
を振り撒いた年でしたが、もうひとつ。六本木にできたサントリーホールの開場も、日本におけ るクラシックコンサート専用ホールの登場、その後に続く新ホール建設、そしてそこからおきた ホールの勢力地図の書き換えという意味で、大きな出来事であったと思います。
今回は1977年と違い、よりそのときの思い出話を中心にしていきたいと思います。
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