みちえさまの作品

<空の名前、風の行方(第1話)>

「ねえシオン、ジョウイ遅いね。」
ナナミはテーブルに両腕の肘をついて、一番最後まで取って置いたフルーツパフェの チェリーを一つ、口の中に放り込んだ。
この二時間、同じこの台詞を何度聞いただろうと、シオンは苦笑する。
「良いじゃないか、ゆっくりさせてあげようよ。暫くぶりにお母さんに会いに行って いるんだからさ。」
シオンはこのいつも元気あり余りの義姉を、やんわりと窘めた。
ナナミも解っているのだ。
しかし、二人だけで待っているのは暇でしようがなかったのである。
シオンに言われて、ナナミは何時になくしんみりとして窓の外を見ながら言った。
「うん・・・。そうだね。・・・お母さんに会えたかなぁ・・・ジョウイ。」
シオンも窓の外に視線を移す。
この時期には珍しく、キャロの街には朝から雨が降っていた・・・。

デュナン統一戦争・・・。
後日、この名で呼ばれるようになった先の戦いで、シオンは大勢の人の優しさと、そ して・・・大勢の人の冷たさに出会った。
現在都市同盟に吸収されデュナン統一国領となりはしたが、元ハイランド王国領だっ た、この故郷キャロの街でも例外では無かった。
流石に面と向かって、シオンとナナミを罵倒する者はいない。
まさかシオンが、かつての同盟軍のリーダーだったとは誰も思わなかったのであろ う。
だが、シオンが同盟軍のスパイというあらぬ疑いを掛けられ、処刑寸前に逃げ出した 事を、まだ覚えている者も多かった。
シオン、ナナミ、そしてジョウイを迎えた街の反応は冷ややかだった。
それでもこの街へ戻って来たのは、いつも何もかもを胸にしまってしまうジョウイ が、珍しく母親に会いたがった為であり・・・
シオンとナナミも養父ゲンカクの墓参 りをしたかった為であった。
待ちくたびれてゲンカクの家を出たシオンとナナミは、冷たい視線に耐えかねて宿屋 に入った。
この新しくできた宿屋は、ミューズから移ってきた若い夫婦が始めたもので、此処だ けが二人を暖かく迎えてくれたのだ。

ジョウイが戻ってはいないかと考え、二人がまたゲンカクの家へ戻ろうと席を立った 時だった。
ドアから旅人らしい人物が入って来た。
シオンやナナミと同年代位の少年が、一人の女性を抱えている。
女性の顔色は真っ青を通り越して、まるで紙の様に白くなっていた。
余程具合が悪いのであろう。雨に濡れた為だけではなさそうだった。
少年は女性を椅子に座らせると、顔を覗き込みながら彼女に話しかけた。
「大丈夫かい?ルクレツィア?」
少年の言葉に、女性は精一杯の笑顔を浮かべ、答える。
「・・・ええ。心配かけてご免ね、シュン。」
少年が女性を気遣う声音も、女性が少年に心配をかけまいと向ける表情もとても暖か く、
シオンにはその二人を取り囲む風景が、まるで一枚の絵に思えた。
ナナミも同じように感じたのであろう。大きな声でシオンに話しかける。
「ねえねえ、シオン!きれーな人だねえ!!ね、ね、私達と同じ姉弟かなあ!?」
「わ!ナナミ!!静かにしろよ!!」
シオンは慌てて、ナナミの口を両手で塞ぐ。
しかし、話題の二人には聞こえてしまったらしい。
こちらを振り向くと、女性は優しく微笑んだ。シオンは思わずぼーっとなる。
女性と一緒の少年も、にっこりと微笑む。

「どうしたの?お姉さん、具合悪そう。」
初対面にも関わらず、ナナミは少年に近づいて、馴れ馴れしく声を掛けた。
誰とでも直ぐうち解けるのが彼女の良い所だが、シオンは何時もはらはらさせられ る。
「有り難う。でも大丈夫なんだ。彼女、変わった体質でね、”慣れれば”、具合も良 くなるんだ。」
少年がナナミに答えた。だがその答は、シオンとナナミには意味の解らないものだっ た。
「綺麗なお姉さんだねえ・・・。」
余りにも羨ましそうにシオンが呟いたので、ナナミはシオンの右腕をつねった。
その様子を見て、少年がまたくすりと笑う。
「お世辞でも嬉しいわ。」
相変わらず具合が悪そうだったが、それでも女性は微笑みを絶やさずにシオンとナナ ミを見た。
「あの二人にも聞かせてやりたいわね?シュン?」
「あはは、そうだね。でも本当に心配してるよ、ルクレの事。今だってこの街に着い た途端、薬、捜しに行ったし・・・。」
どうやらこの女性と少年には、連れがいるらしい。
「ねえ、名前、何て言うの?私はナナミ、こっちは義弟のシオン。君は?」
「僕はシュン。んで、こっちがルクレツィア。僕の・・・。」
シュンと名乗った少年が女性を紹介しようとした時、一人の青年が宿屋に入って来 た。

「フリックさん、こっち、こっち。」
シュンが、その青いマントの青年に声を掛けて手招いた。
「すまなかったな、シュン。一人でルクレを運ばせて。重かっただろう?」
フリックは足早に、シュンとルクレツィアの元に駆け寄る。
「・・・そこ、人を荷物みたいに言わない・・・。」
込み上げる吐き気を押さえながら、ルクレツィアはフリックを睨み付けた。
この二人の憎まれ口は、もう日常茶飯事になってしまっていたので、シュンは苦笑し てシオンとナナミを見た。
「・・・・?」
その時シュンは、フリックを見たシオンとナナミが息を呑んだのに気が付いた。
が、フリックは気が付かないようだった。ルクレツィアの前に跪くと、彼女の額に右 手を当てる。
「・・・熱も出てきたみたいだな・・・。どうだ具合は?少しは良くなったか?」
「・・・も・・・駄目。右手も、痛いし・・・。なんだか、この部屋に・・・いるみ たい・・・。」
ルクレツィアの言葉に、シュンはシオンとナナミから視線を外し、部屋の中を見回し た。
「それらしい人は・・・いないけどなあ・・・。」
自分達五人以外にこの宿屋にいるのは、宿屋の主人夫婦だけであった。
シオンとナナミもつられて周囲を見る。何を捜せば良いのやら、皆目見当もつかな かったのだが。
「無理しないで吐いちまえ。」
フリックはルクレツィアの背中をさする。
「・・・うん。でも、もう、吐く物もないの・・・。胃の中、空っぽ・・・。」
「何も食べていないもんなあ。取り敢えず薬買ってきた。」
「・・・ありがと。でも、薬じゃ治らないの・・・知ってるでしょ?」
「少しは良くなるかも知れないだろう?シュン、水を貰って来てくれないか?」
「了解。」
シュンがカウンターに向かって歩き出す。
背後で、ルクレツィアの呟きとフリックのぼやきが聞こえた。
「・・・嫌だなあ、薬。苦いんだもん・・・。」
「・・・お前なあ、子供じゃないんだから・・・。」

「フリックさん!!」
シオンとナナミが声を揃えて叫んだので、シュンは思わず振り返った。
「わ!何だ!!」
二人が思い切り飛び付き、フリックは弾みで背を壁にぶつけ、そのままずるずると床 に座り込んだ。
「・・・痛ってえ・・・。」
顔を上げて、彼にこの負傷を負わせた子供達の顔を見る。
「・・・ナナミに・・・シオンか!?」
フリックはこの予期せぬ再会の驚きで立ち上がると、頭上の棚に頭をぶつけた。また その場に蹲る。
「ちょっと、大丈夫!?」
一瞬具合の悪さも忘れ、ルクレツィアは席を蹴ってフリックに駆け寄った。
シュンも眼を丸くして、シオンとナナミに問い掛けた。
「フリックさんの知り合い?」
頷くシオンとナナミの瞳は、心なしか潤んでいるようにシュンには見えた。
「ああそうだ。シュン、こいつらはな・・・。」
言いかけて、フリックはルクレツィアの顔をまじまじと見た。
「・・・そうか。それでお前の具合が悪いんだな・・・。」
「・・・?何?」
真剣なフリックの眼差しに、ルクレツィアの青白い顔にほんの少し朱が走る。
「・・・ルクレ、顔赤いよ。」
シュンが目敏く、彼女の変化を見つけてからかう。
「もう、大人をからかわないでよ・・・。それでなくても・・・気持・・・悪いのに ・・・。」
ルクレツィアは再び口を押さえ、その場に座り込んだ。
シュンから手渡されたカップの水で、薬を口に含もうとする。
その様子を見ていたナナミは小首を傾げ、無邪気にシュンに向かって問い掛けた。
「ねえねえ、シュン君。お姉さん、薬なんか飲んで良いの?」
「・・・?どうしてだい?」
「だって、お腹に赤ちゃん、いるんでしょ?」
ルクレツィアは薬を吹き出した。

「そうなのかい?ルクレツィア?」
シュンは嬉しそうにルクレツィアの顔を見る。
「そ、そんな訳、無いでしょう???何、そんな嬉しそうな顔して!!」
吹き出した薬の粉で顔を真っ白にしたルクレツィアは、焦って頭を振った。
「えー、だって、ルクレに子供できたら、兄弟ができるしー。ね?」
シュンは頭の後ろで両手を組み、すっ惚けてフリックを横目で見た。
「・・・何故俺に話を振る?第一、覚えが無い。」
フリックも腕組みをして、わざと真面目に受け答えた。
「やだ!話混ぜ返さないでよ!何で、貴方に覚えが無いのが関係あるのよ!!」
赤くなったり青くなったり白くなったり・・・。
めまぐるしく変化する彼女の表情を、フリックはいくら見ていても飽きなかった。
「いや、からかうと面白いと思って、な?」
そう言ってシュンとシオンに目配せする。二人は只、笑うしかなかった。
「貴方達・・・治ったら覚えてらっしゃい・・・。」
如何にも悔しそうに捨て台詞を吐いたルクレツィアを、この騒ぎの元を作ったナナミ が不思議そうに見つめた。

「もうその辺にしておけ。」
背後から、シュンとフリックの頭を小突いた者がいた。
見慣れたぼさぼさ頭と無精ひげ。
「お前ら、ルクレツィアをからかうとは良い度胸してるぜ。命知らずも良い所だ。」
「・・・ビクトール。貴方、私に喧嘩売ってる?」
売るなら買うわよ、とばかりにルクレツィアの瞳が蒼く光るのを見て、ビクトールは 視線を明後日の方角へ泳がせた。
シオンとナナミの顔が、再びぱあっと輝く。
「ビクトールさん!!」
抱き付いてきた二人を、ビクトールは満面の笑みで受け止めた。
「よう!!シオン、ナナミ!!元気だったか?」
二人の頭を、髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫でてやる。
「ビクトールさんとフリックさんも元気そうだね!」
「二人共、今迄何処行ってたの?何してたの?」
矢継ぎ早に質問を繰り出してくる二人を、ビクトールは苦笑して制止する
「まあ、積もる話は後だ。お前さん達も今晩キャロに泊まるんだろう?それより・・ ・。」
ビクトールは相棒に向き直り、睨み付けた。
「てんめえ、買い物、俺一人に押しつけやがって!!」
「あ、あれ・・・?そうだったか?」
「”そうだったか?”じゃねえ!!お前は薬買っただけでさっさと此処へ来て、俺が 全部・・・!!」
相変わらずの二人の様子に、シオンとナナミは顔を見合わせて笑った。
ただ、今迄と違うのは・・・。
「ストーップ!!ビクトールさんもフリックさんも其処まで!!そんな大声出した ら、余計ルクレの具合が悪くなるだろう???」
シュンが二人の間に入り込み、両腕を広げてまあまあと抑える。
どうやら仲介役ができたらしい。

「シオン。この二人に、お前の”右手”を見せてやってくれないか?」
「え!?う、うん・・・。」
突然のビクトールの言葉に、シオンは少し動揺した。
余り他人に、”輝く盾の紋章”を見せたくはなかった。
だがビクトールが意味も無く、無理を言う訳がないと思い、手袋を外しその右手をお ずおずとシュンとルクレツィアの前に差し出した。
光り輝く、右手の甲。
「・・・これは・・・!?」
自分と同じ輝き。シュンが絶句する。
(・・・”輝く盾の紋章”!?)
ルクレツィアは、大きな眼を更に大きくした。
「・・・話には聞いていたけれど、見るのは初めて・・・。では、貴方が?」
彼女はシオンの顔を見ると、そこで言葉を呑んだ。
都市同盟軍のリーダーが、”輝く盾の紋章”の継承者だと言う事は周知の事実だ。
この場で言うのは憚られた。シオンの為にならないと判断したのだ。
「・・・通りで、ルクレの具合が悪い筈だよ・・・。」
シュンが呟いて傍らの彼女を見ると、もう既に腹を抱えて蹲っている。
「・・・ご免ね・・・シオン君・・・。その、紋章・・・。手袋、してくれる?・・ ・私にはその光・・・きつすぎて・・・。」
其処迄が限度だった。ルクレツィアはシュンの足下に倒れ込んだ。

「母さん!?」 叫んだシュンに、シオンもナナミも飛び上がる程驚いた。

第2話へ


みちえさまにキャロ3人組とシュン達の出会いを読みたいとお願いしたところ書いてくださいました。
みちえさま、いつも有り難うございます
みちえさはオリジナルの幻水ストーリーを書いていらしてシュンとルクレはオリジナルキャラです。
とても素敵な小説で管理人は大ファンです。是非、読んでくださいませ(みちえさまのサイトはこちら
お話はまだ、続きます。お楽しみに(^0^)


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