「ぷ〜家で私も考えた」〜ほーじぃ就職までの遠い道のり日記
いやあ、たいへんだった、あの頃は。
あの頃とはいつかといいますと、それは約2年前、私が無職だった時期のころです。
(無職中のバリ島旅行記がまだ書きおわっておりません。わはは)
無職になったのはその時が初めてではありませんでしたが、その時にしか得られなかった経験をだいぶしたので、それをここに記しておこう、と最近考えるようになりました。
なんといってもこれから小泉首相の「痛みを伴う構造改革」で、大失業時代がくるかもしれません。職にあぶれたら、もう一回初心に戻って就職活動しよーっと考え、いわばその時のための覚え書みたいなもんですね、このコーナーは。
◆無職第一期
私が無職になった経緯はあとでかるーく触れさせていただくとしましょう。
とりあえず、会社を辞めたときの私の気持ちは非常に晴れ晴れとしたものでした。これから次の職につくまでの間、何か楽しいことをしなくっちゃ、のんびりして命の洗濯しなくっちゃ、あーのびのび。でも就職活動もある程度はしなくちゃね。
などと、のんきに構えていたのですが、なにせ根が怠け者なので、就職活動はそっちのけで、羽を伸ばすほうばかりが優先されるのはしょうがありません。ちょうど、このホームページをゆき姫が立ち上げて、明るい「ぷー」の気運が高まっていた時期でした。
そして、最初の一ヶ月が過ぎた頃、思いがけず襲ってきたのは、“隠居の気持ち”。それも「楽隠居」とか、「功為り遂げて引退」とか、そういう華やかさとは無縁の、勤めをしくじって致し方なく子に家督を譲り、周囲に気兼ねしながらも手持ち無沙汰な下級武士の隠居って感じです。
まず、自分で稼ぐお金がない。もちろん失業保険がありましたが、健康保険、国民年金、そして地方税が結構な額なのです。そうして毎日の食費や遊興費などを考えますと、やはり貯金からの持ち出しになります。そういう金銭的な心細さは親元にいた前回の失業時にはなかったものでした。
しかも、同居しているおサルが稼いだお金に家賃などの大きな出費はかなり頼らなければなりません。知恵の足りない小動物から搾取しているようで、これがだんだん心苦しくなってきました。
それでも、そんな心配を忘れるくらいにうちこめる趣味があったり、次の就職に向けた勉強にいそしんだりしていれば前向きな気持ちになったのでしょうが、悲しいことに私は無趣味で無計画なのでした。
ああ、何たる悲劇でしょう。
(こんなこと言ってますが、実はバリ旅行などにいって楽しんだりもしたので深刻に受け止めないでください。)
暗い気分の原因には、出費の削減のためあまりにも張り切りすぎて、心身を消耗したことも挙げられると思います。遠いディスカウントストアから、10キロの米を抱えて持ち帰るなど、かなり節約に根性をみせていたあの日々。果ては野菜の皮で漬物をつくり、ブロッコリーの芯まで、しいたけの軸まで食う始末。
最初は結構楽しんでいたのですが、そのうちだんだん辛くなりました。それでなくても鮮度におとる安売りの野菜を、さらに、捨てるような部分まで食べ尽くそうとしても、あまりおいしくないんですねー。一緒に食べるおサルも嬉しそうではありませんし、家庭になんともいえないうらぶれた、寂しい雰囲気が忍び寄ってきました…。
◆無職第2期
無職の暗雲はまだまだ続きます。
自分の自由になるお金を少しでも得たいがために、とうとう私は家庭内ビジネスを初めてしまいました。売るものは「労働」です。今まで各自でやっていたアイロンがけを有料で引き受けることにしたのです。「Yシャツ一枚20円」とつぶやきながら5枚仕上げて「わーい、今日は銀貨が手に入る!」と喜んでいる私の姿は、おサルの目から見ても涙ぐましいものがあったのでしょう。ときどき多めにチップをはずんでくれました。そんな小銭を握り締めて、一体何をするつもりだったのだ、当時の私!
なにやら「手袋を買いに」など、童話の世界を彷彿とさせますな。実際は、たまに区民プールに通う資金にしたり、かなり役立っていたと思うのですが、かなり涙ぐましい話ではありますね。
さて、いよいよ私が無職と本気でおさらばする気になったのには、いたたまれないような事情があります。それは昼寝中に悪夢を見るようになったからです。悪夢という言葉があてあはまるかどうかはわかりませんが。
午前中に掃除洗濯を終えてお昼ご飯を食べ終えると、猛烈な眠気に襲われて、つい昼寝をしてしまうのがこの頃の習慣になりました。そして夕飯の支度間際まで寝てしまう、というまさに自堕落な主婦ぶり。そんなとき、私が見る夢が、妙にリアルなのです。
例えば、こんな夢です。
部屋で寝ている私の耳に、がちゃんと玄関のドアが開く音が聞こえてきます。
「あ、誰か入ってきた」と思うと、
「今帰ったよー。あ、また寝てるの?」というおサルの声と足音が続くのです。
そしておサルが部屋に入ってきたらしいのを感じます。私は必死に目を開けようとするのですがなぜか開きません。
「はい、グレープフルーツ買ってきたよ」
おサルは、がさがさとコンビニの袋の音をたて、私の上にグレープフルーツらしきものをどさどさと落とすのを体が感じます。そのグレープフルーツが私の体の上を転がって顔の横におちてきた気配が感じられます。
なんだ、なんだ!何するんだ!
と、ここで私がとうとう本当に目を開けますと、私の顔の横にあるはずのグレープフルーツは夢のように消えており、もちろんおサルもいません。外はまだ明るく、おサルが帰ってくるはずの時間ではないのです…。しかし、あまりにもリアルで、今の出来事が夢とはとても思えないという、狐につままれたような夢です。
こんな感じで極めてリアルな訪問者が夢のなかに毎日一人ずつ現れました。それは母だったり、新聞売りのおっちゃんだったり。そして一様にみな、寝ている私に話し掛け、起こそうとするのです。でもなかなか目が開けられなくて、うーん、うーんと苦しんだ挙げ句、目覚めればすべて夢。疲れるんですよ、これが。
このへんちくりんな夢を、私はこう解釈しました。私がこのぷー生活を私が心から楽しめていない証拠であり、今の自堕落な生活から脱却したがっているもう一人の理性ある私が、自分を戒めている夢なのだ、と。私は社会生活に復帰すべきなのだ、と。
以下続く…