アナーキー・イン・セイルーン

by キューピー/DIANA

警  告

 この作品はどシリアスでダークでヘヴィです。ついでに、15禁です。15才未満の方、重・暗・悲な話が苦手な方は読まないで引き返して下さい。




その1.セイルーンにて

 世界の幸福を謳歌するがごとく、春は人々に浮き立つ気分を運んで来る。その恩恵を浴するのは、至高の冠を戴く者から市井の庶民まで変わらない。新しい季節の到来は、それだけで未来への希望を予感させる。
 白亜の宮殿で、公務の合間に神殿関係の書類に目を走らせていた若く美しい女性が、ふと、窓の外で色を競っている花々へ視線を移した。様々な色の競演は、昔、彼女が国を出て旅をしていた日々を思い出させる。野に咲く花たちは、王宮の庭の手入れされた植物よりも小さく、好き勝手に居場所を決めているようだったが、それはそれで、したたかなエネルギーを感じさせてくれた。
 彼女にとって、忙しいデスクワークに縛られる毎日は張り合いがあると言えば立派なものだが、この庭の外、王宮の外、国の外で何が起きているのか、そこに自分の居場所があるのではないか、という思いを押し殺しているのが実情だった。
 彼女はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。聖王国セイルーンの王都、白魔術都市セイルーンの王宮で、第一王位継承者である父の補佐と同時に神殿の巫女頭を勤めている。巫女でありながら、攻撃呪文も身につけ、かつては魔族と戦ったこともあり、常に正義を胸に積極的に行動する彼女は、王都の市民だけでなく国民全体から慕われている。
 彼女はここ一年半、国から外へ出ていない。外交特使となることさえなかったが、これは、その前の二年の約半分を、彼女が国をほったらかしにして冒険に勤しんでいたことの帳尻あわせだと、彼女自身は思っている。実際は、そろそろ年頃の姫君ゆえ、周囲が縁組のことを考えて、彼女に変な虫がつかないように監視しやすくするための措置だった。
 アメリア姫も、この頃女官たちが何かとつきまとうのをわずらわしく感じていたので、ついつい庭の花を見て自由な旅の思い出を鮮明に蘇らせていた。
 ――そろそろ、彼からの手紙が来る頃。
 そう思うと胸が苦しくなるが、それはけして不快な感覚ではなく、甘い感動に痺れるのだった。
 彼女が待っているのは、一年半前、異界の魔王との決戦を最後に別れた放浪の剣士からの手紙。アメリア姫は戦いのさなか、彼に「一緒にセイルーンへ来てくれますか?」と問いかけた。彼は結局その願いを断り一人の旅を続けているが、律儀に一月に一度、手紙をよこしてくる。そこにはそれまでの旅で見聞きした話が綴られ、外出もままならない姫君の大きな慰めになっていた。
 彼の気持ちは、けして彼女が望んでいるような感情ではない。命がけの戦いを共に戦い抜いた同士、けして失いたくない仲間、信頼できる友――妹以上恋人未満。それでも、彼が定期的に手紙をよこしてくれる、というだけで、アメリア姫は幸福だった。
 姫は机から立ち上がり、次の公務のため身支度を整えるべく、部屋を後にした。
 この一年で背も伸び、身体つきはいっそう女らしい曲線に縁取られ、肌もバラ色の輝きを放ち、まさに大輪の花の美しさ。女官たちはこの姫の若い美しさをいっそう引き立てるために、念入りにドレスを選び、髪をくしけずり、上品な化粧を施す。この日、彼女は外国の賓客との謁見に臨むのだが、彼女の美しさが使者によって国外に伝えられることが、縁談にも大きく影響する、と女官たちも王宮の重臣たちも考えていた。
 子供の時代よりも、今の方が着せ替え人形のようだ、と、窮屈なドレスに嫌気を覚えた姫君も、鏡に映るまばゆい姿に、愛しい人がこの姿を見てくれたら、と見とれてしまう。 百合の顔(かんばせ)のごとき微笑をたたえ、彼女は自分のなすべきことを果たすため、歩を進めた。

 「わたし宛ての手紙はありませんか?」
 「いいえ、姫君。いつも注意しておりますが、届いておりません」
 アメリア姫に尋ねられた書記官は、済まなさそうに答えた。
 ここで言う「手紙」は一般的なものではなく、特定の人物からの書簡を指していることを、書記官は言われなくても分かっていた。ほぼ一月おきに届いていた手紙が途絶えて三カ月になる。
 最近は、朝、前日までに届いた手紙の整理をしているところに期待いっぱいの顔で現われた姫が、がっくりと肩を落として帰って行くことが繰り返されている。その様子に、側近たちは誰もが気をもんだ。姫君をなんとか元気づける方法はないものか。
 一計を案じたのは件(くだん)の書記官だった。
 「姫君。差し出がましいとは存じますが、どうかこの書類をご覧ください」
 彼が提出した書面は、定期的に手紙を送ってくれた差出人の行方を諸国に尋ねる依頼書だった。それも、神殿の用事を依頼したいので、という当たり障りのない理由がつけられ、同時に「迅速な反応」を強く望んだ形になっている。
 アメリア姫は恥ずかしがりながらも側近の気づかいを喜び、その依頼書の送達を決裁した。

 セイルーンから各国に尋ね人の依頼が発送されるのと入れ違いに、沿岸諸国連合から一つの報告が入った。
 連合内のある国で反乱が起こり、王族が皆殺しになった、というのだ。しかも、王を殺した勢力が、隣接する国への侵略を開始し、たちまち連合全体を巻き込む戦闘状態が勃発した。
 連合の中の国の一部はセイルーンと同盟関係を結んでいるため、援軍を要請するために使者が送られたのである。
 急使を迎え、エルドラン王は御前会議を召集した。王位継承者である二人の息子フィリオネル王子とクリストファ王子、第一王子の次女であるアメリア姫も列席する。
 「まず、状況を説明してもらいたい。報告では、一国で発生した反乱が連合内の諸国に飛び火した、というのとは少し違う、ということだったが?」
 口火を切ったのはフィリオネル王子。
 御前会議ではエルドラン王は滅多に発言しない。何か言葉を発すればそれが「詔(みことのり)」になるからだ。
 「はい。まず最初に事件が起きたのがセラム王国です」
 使者が、資料を手に説明を始めた。
 「実はこのセラム王国から逃れて来た者の話では、国王一家を殺したのは、将軍や兵士などではなく、いきなり現れた見ず知らずの人物だった、ということです」
 「どういうことだ、それは?」
 「つまり……将軍や側近による反乱ではなく、外部からの侵入者による凶行だったということです」
 「それでは暗殺ではないのか?」
 「違います。暗殺者なら、セラム国王殺害した後、すぐに身を隠したでしょう。しかしを国王を手にかけた人物は王宮に留まり、軍の一部を配下とし、その軍を率いていきなり隣国タルカスの領土を侵略し始めたのです」
 「……すると、一国で発生した反乱が、他国に飛び火した、というのとは違うのだな?」
 クリストファ王子が念を押す。
 「はい、違います。侵略されたタルカスでは、王の指揮のもと軍隊が侵略を食い止めようとしたのですが……」
 「できなかったのか?!」
 フィリオネル王子が驚きの声を上げる。突然現われた無頼漢に率いられた軍勢なぞ、正当な王が指揮する、鍛えられた軍にかなうなど信じられない。
 しかし、使者はうなだれて。
 「はい。千の精鋭が、わずがニ百の部隊に破れ、指揮をしていた王も不覚を取り……その翌日には王都も陥落して……ただ、ここでは残りの王族は追放されるに留まりました」
 この使者はそのタルカスの出身で、祖国の災難に思わず言葉を詰まらせた。
 「信じられん……いったい、その二百の兵を指揮していたのは何者だ?また、いったい何の目的で隣国を侵略したのだ?」
 「分かりません。タルカスを占領した後、セラムの時と同様にタルカス軍の一部を味方につけ、勢力を拡大してまた隣国サルラに侵略しました。この繰り返しで既に反乱勢力の手に落ちた国は既に五つになります」
 「ほかの国々は、連帯して反乱勢力を鎮圧しようとはしなかったのか?」
 フィリオネル王子の質問が続く。
 「……それが……初めの内はどの国も、どこかで反乱勢力が止まるだろう、と考え動こうとはしなかったのです。しかし反乱勢力は一つ国を落とすたびに軍勢を増やし、次の国へとまた侵略に向かい……今や、連携を取ろうにも連絡を取り合っている間に侵略されかねない状況で……
 もう我々の力だけでは鎮圧できません。どこか大国の軍が圧倒的力をもって抑えにかからないと、けしてアヤツらは止まりません!」
 アメリア姫には、その反乱勢力がまるで伝染病が形になったもののように思えた。一つの国で王都を落とし、軍勢の一部を取り込むとまた次の国を襲う。あたかも止まればそこで終わりであるかのように。
 常人ならばそのような戦いはしない。なんらかの目的があって戦いをするのであって、戦いそのものが目的の集団などあり得ない。もし、いるとしたらそれは狂人の集まりだ。そしてその狂気を次々と広めている……
 ほかのセイルーンの為政者たちも同じ思いだった。
 狂気の伝染がどこまで続くのか?
 放っておいて鎮静化するものなら、手を出すべきではない。そんな狂気に関わったらこちらも無事では済まないからだ。しかし、もしそれが留まらなかったら、今、手を打たなければ、もっと救いがたい事態になる。
 結局、セイルーンは沿岸諸国連合に援軍を送ることを決めた。総勢六千、総大将は第二王位継承者であるクリストファ王子がその任にあたる。
 使者を迎えてわずか五日後、セイルーンの軍勢は堂々と進軍を開始した。

 クリストファ王子が王都を離れて十日後の朝、アメリア姫のもとに知らせが届いた。尋ね人の依頼への回答である。発信元はカルマート領ベゼルド。
 驚くべきことにその手紙は、単なる回答ではなく、手配犯の逮捕協力依頼になっていた。それらしき人物が三カ月前、市内の図書館で故意に火災を発生させ、数多くの貴重な書物を損壊した廉(かど)により手配されたという。手配犯がセイルーンに立ち寄った際には、逮捕し引渡しを願う、との文章が続いていた。
 アメリア姫は我が目を疑った。彼からの最後の手紙はゼフィーリア領から出されていた。ベゼルドはカルマートの中でもゼフィーリアとの国境近くに位置しているので、手紙の主はその後国境を越えたのだろうか?そこで事件を起こし、追及を逃れるために姿をくらまして手紙も出さなくなった、ということなのか?
 アメリア姫が呆然と思いにふけっているところへ、父である第一王位継承者から至急謁見への立会いを要請する使者が来た。
 急いで姫が指定された部屋へ行くと、セイルーン軍の軍服を着た男がフィリオネル王子の前で跪き、控えている。姫のほか、召集された神官長や重臣たち着席を待って王子が兵士に伝言を告げるように促した。
 「申し上げます!反乱勢力の前に我が軍は苦戦を強いられ……クリストファ殿下が重傷を負いました!敵軍はこのセイルーンを目指して進軍中であります!」
 「クリスの……総大将殿のケガの具合は?!」
 フィリオネル王子の弟を思う心が僅かに露呈する。
 「両手首を失われましたが、命に別状はございません。今、五十騎の兵が護衛しつつ、ご帰還の途にあられ、午後には御到着の予定であります……その、クリストファ殿下より、フィリオネル殿下、ならびにアメリア姫へのご伝言がございます」
 「よろしい、申せ」
 「はっ、申し上げます!反乱軍の首領はゼルガディス=グレイワーズ、とのことです」
 「何?それだけか?ほかには?」
 「ほかには何もございません。反乱軍の首領はゼルガディス=グレイワーズ。それだけ伝えよ、との仰せであられました」
 アメリア姫の周囲から音が消えた。
 ゼルガディス=グレイワーズ
 それはこの数ヶ月、待ちに待った手紙の主の名。
 反乱の首謀者が同じ名を持つなど……これは何かの間違い。
 その時、姫の驚きに追い討ちをかけるように、神官長がこう述べた。
 「フィリオネル殿下、そのゼルガディス=グレイワーズなる者は、三カ月前、ベゼルドにて図書館を焼失させ、多大な損害を出した挙句行方をくらませた、との知らせが神殿に入っております」
 「何?なぜそのような知らせが入ったのだ?」
 「今朝ほど、ベゼルドよりその人物がセイルーンと関わりがあるらしいので、立ち寄ったら逮捕に協力して欲しい旨の通知でした」
 アメリア姫が出した尋ね人の書簡は、セイルーンの神殿がゼルガディスに用事がある、との理由が添えられていたため、ベゼルドはご丁寧なことに、差出人であるアメリア姫だけでなく、神殿にも回答をよこしていたのだ。
 思わぬ事態に、フィリオネル王子は娘の様子を心配げに窺うと、彼女はこわばった表情のまま沈黙していた。何かを言うのが怖かったから。
 娘の内心の葛藤を、父であるフィリオネル王子は察していた。だから直ちに謁見の終了を告げ、緊急に召集するべき会議を午後に伸ばしたのだ。
 しかし、アメリア姫は午後の会議に出席できなかった。謁見の間を辞して神殿の執務室に戻った途端卒倒し、そのまま床に就いてしまったのだ。



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