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「リナ、そうつっ立ってても仕方がない。少し座れや」 父親が優しい声で、しかし有無を言わさぬ語調で娘に声をかけた。 リナはしぶしぶ、父親が座っているすぐ横の地面に腰を下ろす。 「今まで黙っていたんだがな……」 「え?」 「俺はずっと前にガウリイと出会っていた」 「へ?」 唐突な話に、リナはぽかんとして父親の綺麗な横顔を見つめてしまった。 「お前さんがガウリイを連れて帰って来た時、俺が根掘り葉掘り、あいつといつ、どこで出会ったのか、訊いただろう?あれは、俺とガウリイが出会った時期と、お前さんが彼と出会った時期にどれくらいズレがあるのかな〜っ、お前と会った時はまだ『光の剣』を持っていたのかな〜っ、って確かめたかったからさ。どうやら、俺と別れて一週間と経たないうちにお前とあいつは出会ったらしいな」 「え、ええ〜っ!とーちゃん、ガウリイの剣のこと……」 リナはガウリイが持っていた『光の剣』のことは、家族の誰にも告げていなかった。もう失われてしまったものだし、彼には今、別の魔力剣、斬妖剣(ブラスト・ソード)がある。 「俺があいつと出会った時さ、あいつ、その『光の剣』を海に投げ捨てようとしていた……」 「はぁ?」 伝説の剣を投げ捨てる?あれほど、頂戴、とねだってみても、頑として断りつづけたガウリイが、『光の剣』を捨てようとしていた? リナは信じられなくて、父親の話に神経を集中した。 「なんでそんな真似をしようとしたのか、理由は知らない。だが、俺は自分の悩みを剣にぶつけているのが気になった。だから声をかけた」 父親は、胸ポケットから煙草を一本取り出し、口にくわえた。ただし火はつけない。 「俺もその時は、それが『光の剣』だなんて知らなかったさ。それが分かったのは、その後、二人で魔族がらみの厄介ごとに巻き込まれた時だったが。……結局、あいつは剣を捨てなかった」 「知らなかった……ガウリイが剣を捨てようと思うほど悩んだことがあったなんて……しかも伝説の『光の剣』よ!家宝だ、って言って大切にしていたのに……」 父親のくわえたタバコがぴくりと揺れる。 「……そうか……あいつは剣を大切にしていたのか……そりゃぁ、よかった。あれほどの剣、八つ当たりで捨てちまうような男だったら、可愛い娘をやることはできん、と思っていたんだが。いやぁ、よかった」 「ちょ……ちょっと、とーちゃん!どーゆー意味よっ、それ!」 リナが顔を赤らめてくってかかった。父親は苦笑しながらタバコを指の間に挟んだままの手を上げて。 「まあまあ。それよりお前、ガウリイが『光の剣』を捨てようとしていた、って聞いた時、えらく驚いていたが、意外だったか?」 「当たり前よ!まず第一に、あれほど大切にしていた『光の剣』を捨てようとした、ということ!それに、あの肉体労働専門の彼が、そんなに思いつめるほど悩んだことがあった、っていうこと!二重の意味で意外だったわ」 「ガウリイがお前の前で悩んでいる姿を見せなかったのは、以前、親切な誰かから、好きな相手の前で悩んで見せるのはカッコ悪い、って忠告されたためじゃないかねぇ」 「え?……え?」 ガウリイにアドヴァイスしたのは、多分、父親だろう。しかし、その直後に出会ったリナと、それからずっと一緒に三年近くも旅をしながら、ガウリイは一度でも自分の前で真剣に悩む姿を見せていない。ガウリイがずっとリナには、悩む姿を隠してきたということになる。つまり、ガウリイは…… そこまで考えて、リナは全身を真っ赤に染めて何やら口の中でもごもご言っている。 そんな娘に、とびきりの笑顔をみせて、父親が言った。 「ルナがガウリイ連れて帰って来たら、年貢を納めて一緒になれ。あいつなら大丈夫だ」 父親の言葉に絶句したリナだったが、はにかんだその表情があっという間に浮かないものになる。 「……どうした?せっかく親父がお墨付きを出したんだぞ?もっと素直に喜んだらどうなんだ?それともガウリイは嫌なのか」 「ち、違う!そりゃ嬉しいわよ、とーさんに許してもらえて」 「んじゃ、何考えてそんなシケた顔してるんだ」 リナはうつむいてぽつりと言った。 「何だか、うちの家族って……よくよく魔族と関わるな、って」 「何だ、そりゃぁ?」 「だって、とーちゃんがガウリイと出会ったのって、あたしと彼が出会う直前でしょう?その時、とーちゃんは魔族がらみの事件に巻き込まれてた。あたしはガウリイと出会った後、魔王シャブラニグドゥの復活に立ち会ってしまったのよ。その時に使った呪文が目をつけられて、それで今、ねーちゃんがゼロスと戦っている……ねーちゃんやあたしが魔族と関わるのは当然といえば当然でしょ。ねーちゃんは赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)だし、あたしは魔王の力を借りた呪文を連発するような魔道士だもの。……でも、とーちゃんは……」 ぱこん。 「いったーっ!何すんのよっ!いたいけな乙女に!」 「さっき自分で『魔王の力を借りた呪文を連発するような魔道士だ』って言っておきながら、同じ口で『いたいけな』なんて言うな!弁当箱で頭なでてやらんと、目もさめないんだろ」 「目を……さます?」 「お前な、家族が魔族と関わったら、それが全部自分のせいだ、なんて考えてるんだろう?はばかりながらこの俺も感じるんだよ。魔族の匂いってヤツを」 リナは真正面からぶつかる父親の温かくも強いまなざしに気おされて、黙り込んでいた。 「ガウリイと一緒に絡んだ事件も、魔族が居ることが分かった時に逃げ出すことも出来た。だがな、そいつのやり口がどーしても気に食わなくて、結局決着を着けることになったんだよ。俺にしてみれば、俺のこんな性格がお前に遺伝したんじゃないか、って心配してるくらいだぜ」 「……とーちゃん……」 「だから、親が魔族に関わるような家だから、お前もルナも巻き込まれる。そーいうことにしとけよ」 言ってにこにこと笑う父親の顔を、リナは泣こうか笑おうか困った顔つきで見返した。 「!」 突然、二人揃って全身を緊張させる。 あたりに生暖かく鼻腔を刺激する匂いが立ち込めていた。 ぽたっ…… ぱたっ…… ぽつっ…… 音ともに、親子の顔や服にどす黒い滴が降りかかる。 どさっ! 「きゃっ!」 リナの膝のすぐ前に、何か生白い色をした塊が落ちて来た。その塊から突き出した数本の突起が見え、そのうちの一本に独特の光を放つものが見える。 「…………!」 「リナ!見るな!」 父親が有無を言わさず娘を引き寄せ、自分の胸に頭を押し付けて彼女が周りを見ないようにする。リナは父親の胸で震えながら涙を流していた。 二人の目の前に落ちて来たのは、人間の右手だった。その中指には宝石のついた指輪がはめられてたが、それは里帰りした時、リナが姉に旅の土産として贈ったものだった。リナが魔法でルビーやサファイアを加工し、護符ともなっているその石の、赤から紫へと移ろう透明な色がルナは大層気に入っていた。その石のついた指輪をした右手だけが、彼らに届けられたのだ。 いや、リナが見たのはその右手だけだったが、父親の目にはもっとおぞましい光景が映っていた。彼らの居るところからセイルーンの方向へ、点々と血まみれの肉塊が落ちている。 父親は無言で娘を抱き上げ、宿の方へ足を向けた。ふだんなら、こんな真似をされたら暴れる娘が、何も言わず幼子の様に身を縮めて父親の腕の中にすっぽりと収まっている。 「俺が連れていってやるよ……セイルーンへ」 苦い気持ちがににじむ言葉に、リナは身を硬くするだけだった。 「もうすぐリナさんが来ます……ただ」 「ただ?……なんだ?」 「一人ではありません。父親が一緒です」 「そうか……」 「どうします?僕が始末しますか?」 「……いや、俺が相手をしよう。お前は見ていればいい」 「……分かりました」 ゼロスは言って、部屋の隅へと下がる。 そこから、すぐに訪れるであろう戦いに備え、剣帯を着けているゼルガディスを眺めた。今、彼らは瓦礫に埋め尽くされた「玉座の間」ではなく、セイルーン王宮と対を成す、スィーフィードの神殿の礼拝堂に居る。 精神のバランスを崩したゼルガディスは、めまぐるしく状態が変化した。泣き喚いたかと思うと、突然激怒してあたりのものを叩き壊し、またすぐ自分のカラに閉じこもって膝を抱えて動こうとしなくなる。ゼロスの存在に恐れおののいていたはずが、犬がじゃれるように甘えたり、反対にまったく無関心になる。 今、彼は最も正気に近い精神状態のようだ。 不死の肉塊となったアメリア姫には、ルナの前で見せたように熱烈な愛情を語ったかと思うと、見るのも嫌だと怯え、今はまたゼロスの結界に幽閉させている。 「戦い」が一つのキーワードとなって、闘争本能が最も戦いに適したコンディションを作ろうとしているのか。それにしても、あれほど狂った人間が、ここまで正気に戻ることがあるとは、ゼロスにとっても驚きだった。 どんなにしたたかに見える人間も、壊れる時はあっけないと思っていたのに……人の心のなんと不思議なことか…… ゼロスが物思いにふける中、ゼルガディスが一歩、ゼロスが居る祭壇から礼拝堂の中央へと歩を進める。そこは、ステングラスを通して射し込む色とりどりの光が降り注ぎ、あたかも主役俳優の登場を出迎えるステージのようである。 光を浴びて立ち止まり、ゼルガディスが前へと視線を投げた時。 ぎいいいぃぃぃぃ…… 礼拝堂の重い扉がきしんで開いた。 果たして、開いた扉から一組の父子が入って来る。 並んで進んで来る姿が、窓からの光の中に浮かび上がった時、ゼルガディスの目に、リナの怪訝な表情が映った。 「……そうか。お前が俺のこの姿を見るのは初めてだったな、リナ」 「その声?ゼルガディス?」 「そうだ。……傑作だろう?最初に当たってみて、俺の身体を人間に戻す方法が無い、と見切りをつけたこのセイルーンで、この土壇場で人間の身体に戻ったとは」 「……ゼロス、ね?」 リナの問いにゼルガディスがうなずいて答える。 「どうして、まだゼロスの言うなりになっているのよ、あなたは!アメリアをあんな目に合わせたのはゼロスなのよ!それとも、人間の身体に戻してもらった義理だとでも言うの?」 リナの口から出たアメリアの名に、祭壇の陰から見つめていたゼロスが緊張を募らせる。刺激を受けたゼルガディスが、どう変化するのか、予想もつかない。 しかし。 「……お前から見れば、俺はゼロスの言いなり、ということになるのだろうな……だが、レゾの時もそうだった。俺はヤツの言いなりになっているように見えただろうが、取引を受けたのは俺。今も同じだ。俺はゼロスの申し出を受けた。その段階で、この戦いは俺自身のものになっているんだよ。止めることは……できない」 「そのゼロスって魔族はどこだ?」 リナとゼルガディスの間に父親が進み出る。 「俺の後ろの祭壇にいるはずだが……娘の仇(あだ)を討とう、というのなら、相手が違う」 「ほう?」 父親の形のいい眉が跳ね上がった。 「俺が娘の仇(あだ)討ちに?俺はまだ、自己紹介していないんだが?」 「しらばくれる意味はあるまい。かけひきのつもりかも知れんが。ガウリイを奪われたリナが頼ったのは実の姉だった。彼女が死んだと知ってここにやって来る以上、単身で乗り込んで来るのがリナの性格だが、それを説得してここまでつきあえるのは家族以外考えられない」 かつての仲間から淡々と語られる言葉が、残酷な刃となってリナの心に斬りつける。 「へえ、随分とあたしのことを分析してくれてるじゃない」 「お前との付き合いはけして長いとは言えないが、一生分の修羅場を経験させてもらった、と思ってる。そういうお前の性格のほかに、先日、俺が王宮の方でとどめを刺した女と、そこにいる男は顔がよく似ていることから、父子でなくとも、血の繋がりが濃いことはすぐ分かる。結論としてはお前とお前の姉の父親が、娘の敵討ちに来た、と推測できる」 リナの顔からさぁっと血が引き、大きな目がいっそう大きく見開かれる。 ゼルガディスが姉を殺した? 「どいてろ!リナ!」 娘を横に突き飛ばし、父親は剣を抜き放って一散にゼルガディスに突っ込んでいった。 ぎぃん! ゼルガディスもブロード・ソードを抜いて応戦する。 リナは父親を援護すべく、呪文を詠唱し始めた。 剣を交える両者が鍔ぜりから互いを突き放して間合いを取った瞬間。 「氷の槍(アイシクル・ランス)!」 ゼルガディスに有効な呪文など無いに等しい。ただ、彼の動きを封じることが出来れば、短時間しか繰り出せない神滅斬(ラグナ・ブレード)で決着を着けるチャンスが生まれる。 ぎちぃっ! リナの放った呪文は、空中で大きな氷の塊を作っただけで床に転がった。多分、隠し持ったナイフか何かを投げ、自分に届くのを防いだのだろう。しかし、そのために剣を構えた相手への防御ががら空きになる。 「おおおおおおおっ!」 ロングソードが、鎧も着けていない相手の肩口からわき腹までを一閃した! 「なにっ?」 リナの父親も、若い頃は傭兵をやっていただけに、人を斬った感触は知っているが、今の手応えはまったく違っていた。斬った、という感じではなく、何か柔らかく取り留めの無いものの表面を滑ったような感覚。 戸惑っている間に、ゼルガディスは体勢を立て直していた。 ずむっ! ブロード・ソードが、皮鎧(レザーアーマー)を貫いてリナの父親の胴体に突き刺さる。 「ぐっ!」 うめきながらも、重傷を負った父親はロングソードを捨てると、左手で相手の右手を押さえ、右腕を相手の左脇に差し入れると強引に抱き寄せた。 「リナっ!早くヤッちまえ!」 「!」 娘の先ほどの呪文の狙いがゼルガディスの足を止めるためだったことを悟った父親は、相手に刺されたその瞬間を逆手にとって、自らが枷の役になったのだ。 「放せっ!」 もがいて相手を突き放そうとするゼルガディスだったが、必死の父親の手はますます強く、彼を縛(いまし)める。ふと見ると、リナが身に着けた四つの呪符(タリスマン)が淡い輝きを発していた。 「神滅斬(ラグナ・ブレード)!」 闇の刃を両手で構え、リナはゼルガディスめがけて突っ込んだ! 「明かりよ(ライティング)!」 「あっ!」 ただまっすぐ、目標に向かって突進したリナは、一瞬のうちに最大の光量で炸裂した光の呪文に、まともに飛び込み目を灼かれる。視力を失い、バランスを崩してたたらを踏んだ時、彼女は完全に目標を見失っていた。 「雷撃破(ディグ・ヴォルト)!」 ばしっ! 耳をつんざく音とともに、焦げる匂いがあたりに立ち込める。 まだ視力がよく回復しないまま、フラフラと音のした方に向き直ったリナは、何が起きたのか、想像がついていた。 恐らくリナの目をつぶしたゼルガディスは、彼女の父親とともに床に倒れこんで闇の刃を避けたのだろう。そして、手を放さない相手を雷撃の呪文で倒した―― 「ゼロス!」 ゼルガディスの声がする。それに答える声は聞こえない。 「邪魔はいなくなった。潮時だろう。ガウリイをここへ」 「!」 溢れる涙を拭いても拭いても、リナの目はぼんやりとしか見えない。かろうじて、ゼルガディスの白い姿が薄暗い中で見分けられる程度。しかも視界が極端に狭い。 「ガウリイ!」 いたたまれなくなって叫んだリナに答えがあった。 「リナ!大丈夫か!」 ガウリイの声に、何とか目を見開けば、うっすらと彼の金髪が見える。ゼルガディスが彼の前に立ちはだかっているようだ。しかし、二人の影もたちまちあふれる涙でおぼろになる。 「はっ!」 ゼルガディスの気合に続いて、金属がぶつかり合う音が響く。二人の間で戦いが始まった! ガウリイは?……彼は斬妖剣(ブラスト・ソード)を奪われてはいないだろうか? 生身のガウリイが、『かりそめの不死』を得て、なおかつ攻撃呪文を操るゼルガディスに勝てるチャンスはそうはない。先ほどリナの父親がやったように、ガウリイが長身を生かしてゼルガディスを組み伏せられれば、リナの呪文でとどめを刺すことも可能だが、肝心の彼女の視力はまだ十分ではなかった。 「氷の槍(アイシクル・ランス)!」 ゼルガディスの力ある言葉を聞いた時、リナは背筋が凍るような、不吉な感じがした。 「ブレイク!」 「あっ!」 「ガウリイっ!」 何があったの?ガウリイに何が! 必死に目を凝らせば、ガウリイが片足を床に氷で縫いつけられている。一本の氷の槍を斬妖剣で叩き落そうと身構えて動きが止まったところに、ゼルガディスのアレンジで砕けた氷の破片が、ガウリイの足を床に固定したのだ。 「ゼル!やめてぇ!」 リナの必死の呼びかけに返ってきたのは、無慈悲な呪文の詠唱。 ――地撃衝雷(ダグ・ハウト) リナは全身の血が逆流する思いだった。 今、止めなくては。ゼルガディスを今止めなくては―― 彼女の胸、腰、両手首の魔血玉(デモン・ブラッド)が再び輝き、それに気づいたゼルガディスが呪文を中断してリナを振り返る。 闇よりもなお昏きもの 夜よりもなお深きもの 混沌の海よ たゆたいし存在 金色なりし闇の王 リナには分かっていた。不完全な重破斬(ギガ・スレイブ)を唱えただけでは、魔族たちの手先となっているゼルガディスを止められないことを。 混沌の言葉(カオス・ワーズ)を理解しないガウリイも、彼女が何か特別な呪文を唱えていることに気づいた。 「リナ?や……」 やめろ、と叫ぼうとした途端、急に彼の声が途切れる。口をふさがれたわけではない。殴りつけられたのでもない。いくら喉に力をこめても、声が出ないのだ。 リナを見つめているゼルガディスが何かした様子は無い、と自分の後ろを振り返ったガウリイは、少し離れた壁際でゼロスがこちらに手をかざしつつ佇んでいるのを見た。 我ここに 汝に願う 我ここに 汝に誓う もう一度リナに目をやったガウリイは、皮膚が裂けるのもいとわず、足を床から引き剥がし、彼女に駆け寄ろうとした。 が、ゼルガディスの振るったブロード・ソードが深く腿を傷つけ、ガウリイは床に倒れ込む。 我が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを! リナの髪の色が白く変わり、頭上に掲げた両手の間に黒い球が生まれ、それがぐんぐんと大きさを増す。 歯を食いしばり、必死に術をコントロールしようとしているリナの身体が一瞬、びくりと揺れ―― 肥大した闇がリナの身体を飲み込み、瞬時に彼女が差し出した左手の上で凝縮した黒い球となる。今や、少女の身体は淡い金色の輝きに包まれていた。 「来たのか……遂に?」 ゼルガディスがつぶやくのと、彼の後ろで乾いた硬質な音が響いたのは同時だった。彼が何気なくそちらを向いた途端。 どんっ! 腹に衝撃を感じた―― 「……あ?……あ?」 ゼルガディスは腹に開いた穴からほとばしる鮮血を見つめながら、がっくりと膝をついた。 「……ゼ……ロ……ス?」 黒い神官に目をやると、ゼロスは左手から握りつぶしたばかりの赤い宝珠(オーブ)の欠片を、床に払い落としているところだった。 「……どう……して?」 その赤い球はゼロスの胸のブローチについていたもので、カモフラージュされた『契約の石』――ゼルガディスの魂を込めた、不死の約束の徴だった。 「僕たちは考えたのですよ、どうして冥王(ヘルマスター)様が失敗したのか。 神託によれば、この世界に具現した存在は世界を滅ぼすはずでした。それなのに、なぜ冥王様だけが滅び、世界は残ったのか。 あの時、現われたお方は言いました。リナさんの『尊き願い、誠の意志、純粋なる心、その思いゆえに我はここにある』と。リナさんの思いはガウリイさんを助けること。即ち彼の死をもたらす冥王様を倒すことでした。そこへまた、冥王様は具現したあの方を攻撃するなどというヘマをやらかしたわけです」 ゼロスはうずくまるゼルガディスの眼前に跪く。 「世界を滅ぼすはずだった力は、冥王(ヘルマスター)様を滅ぼすために費やされ、あの方は世界を後にされた。今度も同じ間違いを犯すわけには行きません。だから、リナさんの敵意の対象であるあなたにはここで死んでもらいます」 「な……に?」 「あの方にはあの方本来の望みがあるはずです。リナさんは、あなたを倒すためにあの方の力を呼び込みましたが、そのあなたが死んでいれば、あの方の力は本来の目的のために使われる……神託が実現するのです」 「せめて……最後まで……見届けさせろ……」 ゼロスがゼルガディスの顔に手をかざす。 「そうさせてあげたいのはヤマヤマなんですが、念には念を入れろ、ということもありますので……そうそう、すぐにアメリアさんも逝きますから、ご安心を。では……」 魔族の手から生み出された魔力が、ゼルガディスの眉間に吸い込まれた。 ごとん。 ゼルガディスの身体が生命を失って横たわるのを見届けると、ゼロスは立ち上がって歩き出す。それがかつて睦み合った相手であることなど、いっさい頓着しない。それよりも今度は金髪の剣士の方だ。 足に深手を負い、大量の血と体力を失いつつも、剣士は必死に少女の方へと這いずって行く。ゼロスは立ち止まって錫杖を頭上に捧げ持った。 「…………っ!」 前触れも無く、ガウリイの周りの空気が圧力を増し、彼は床の上でまったく身動きできなくなる。 動けず、声も出せなくとも、彼女に自分の思いを届かせる! (リナ!俺を見ろ!前にも戻って来たように、戻って来い!俺たちの心は通じているじゃなかったのか?俺の心を聞け!) 彼の叫びが届いたのか、目を閉じていた少女がゆっくりと目を開き、ガウリイの方を見やった。 あらん限りの力を振り絞り、リナへ手を伸ばすガウリイ。 それに応えるように、リナも、闇を載せた左手を差し出す。 少女の可憐な唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。 ![]() 世界に闇が広がる―― 『アナーキー・イン・セイルーン』完 |
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